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協調の原理 (the Cooperative Principle) について,[2012-05-23-1], [2012-06-03-1]の記事で取り上げてきた.談話の参加者が暗黙のうちに遵守しているとされるルールのことであるが,あくまで原則として守られるものとしてと捉えておく必要がある.原則であるから,ときには意識的あるいは無意識的に破られることもある.例えば,Grice (30) によれば,原理 (principle) あるいは公理 (maxims) は以下のような場合に破られることがある.適当な例を加えながら解説しよう.
(1) 相手に知られずに公理を犯す場合.結果として,聞き手の誤解を招くことが多い.嘘をつくことがその典型である.嘘は,質の公理を犯すことによって,聞き手に誤ったメッセージを信じさせる行為である.嘘に限らず,誤解を生じさせることを目的とした意地悪な物言いなども,このタイプである.
(2) 原理や公理から意図的に身を引く場合.質問に対して「その質問には答えません」と返したり,「ところで・・・」と話しをそらすようなケース.
(3) ある公理に従うことで他の公理を犯すことになってしまう場合.「○○さんはどこに住んでいるんだろうね?」に対して,具体的な住所は知らずに「東北地方のどこか」と答えるようなケース.量の公理によれば,質問に対して必要なだけ詳しい回答を与えることが期待されるが,質の公理によれば,知らないものは口にすべきではないということになり,後者の遵守が前者の遵守を妨げる結果となる.
(4) 公理をあえて無視し,それにより特定の含意 (implicature) を生み出す場合.[2012-05-23-1]の記事で挙げた,"How is that hamburger?" --- "A hamburger is a hamburger." のような例.別の例を挙げよう.
A: Smith doesn't have a girlfriend these days.
B: He has been paying a lot of visits to New York lately.
このやりとりで,B の発言は額面通りに取れば A の発言に呼応しておらず,関係の公理を犯しているかのようにみえる.しかし,B が対話から身を引いているようには思われない以上,B は A の発言に有意味な発言をしているにちがいない.B はあえて関係の公理を破り,そのことを A もわかっているはずだとの前提のもとに,A に言外の意味を推測するよう駆り立てているのである.「Smith はニューヨークに新しい彼女がいる」という含意 (implicature) が生まれるのは,このためである.公理の力を利用した裏技といえるだろう.皮肉や機知や各種の修辞的技法はこのタイプである.
原理とは,破られるときにこそ,その力がはっきりと理解されるものかもしれない.
・ Grice, Paul. "Logic and Conversation." Studies in the Way of Words. Cambridge, Mass.: Harvard UP, 1989. 22--40.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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