hellog〜英語史ブログ     前の日     最新     2025-10     検索ページへ     ランダム表示    

hellog〜英語史ブログ / 2025-10-14

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

2025-10-14 Tue

#6014. 表記スペースが足りないときには母音字を捨てる --- 英語史小ネタ from スーパー [writing][spelling][consonant][vowel][abbreviation][alphabet]

 New Zealand は Christchurch に着いて2週間弱が経過した.お世話になっているいくつかのスーパーマーケットの1つが,"NZ's Lowest Food Prices" を謳うNZローカルのスーパー PAK'n'SAVE だ.倉庫型の巨大スーパーで,品揃えを眺めて歩くだけでも時間を忘れる.NZ的な野菜・肉・魚はもちろん,日本食材を含めアジアのものも手に入る.日常的なモノほど英語での表現が出てこないものなので,店内を歩き回るのは単純に英語学習によい.
 日本食材の棚を眺めていたとき,背後の棚にあるメープルシロップが視界に入った.以下の写真の通りだが,左下のラベルを読んでみると,次のようにある:"PAMS FINEST / MPLE SYRP / CNDIAN A GRD / 250ML" .

Maple Syrup in PAK'n'SAVE 20251006

 ラベルの記入欄が狭いので,綴字を省略せざるを得ない.そこで何を省略するかといえば,典型的に母音字である.子音字は音節の骨格を形成するため,それさえ残せば読み手にとって十分なヒントになるからだ.実際に英語の知識があれば,商品そのものもそこにあるため,頭の中で展開するのは用意だ.フルに展開すると "PAMS FINEST / MAPLE SYRUP /CANADIAN A GRADE / 250ML" となる.
 スーパーの英語綴字におけるこのような省略は,アルファベット文化圏では広く見られるものだろう.細かくみれば各言語の音素配列,音節構造,綴字体系に依存するものと思われるが,子音字を残すのが基本である.
 この傾向は,文字,とりわけ表音文字の発展の経緯と連動しており意味深長だ.絵文字から発展した表語文字は,少なからぬ文字文化圏において,表音文字へと発展した.表音文字は,まず音節文字から始まるのが普通だ.例えば /ka/ という音節を「か」と仮名1文字で書くような発想だ.このような音節文字は,しばしば母音を無視して子音のみを標示する用法を発達させた.「か」と書いておきながら,これを /k/ という単独の子音として読ませるやり方だ.母音の「読み捨て」である.
 ちなみに,アルファベット発達史を眺めても,子音字を重視する姿勢が一貫している.ここには,アルファベットという単音文字が,子音重視の音節構造をもつアフロアジア語族において発生・発達した事実が関係してくるだろう.相対的に母音字は軽視されてきたのである.アルファベット史でよく知られているように,母音字を積極的に「書き救う」動きが出たのは,フェニキア文字からギリシア文字が派生したときだった.以降,ローマ字の展開を経て,広くローマ字文化圏でも,原則として母音字を表記する綴字習慣が根付いた.
 メープルシロップの例のように,表記スペースが足りないというやんごとなき事情がある場合に,子音字を残して母音字を捨てるというのは,ある意味で文字史を遡っているかのような現象なのである.振り返ったメープルシロップの棚の前で,(買わずに)アルファベット史3700年を振り返った次第.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2025 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

最終更新時間: 2025-10-14 07:02

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow