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新年度の「英語史」の講義が始まりました.毎年度,初回の授業では,何でもよいので英語に関する疑問,とりわけ素朴な疑問を出してくださいと呼びかけています.今回も,おかげさまで,たんまりとブログのネタが集まりました.実際には必ずしも「素朴」でもなく高度だったりするのですが,本格的に英語の先生にこんな問いを投げかけてよいのだろうか,と問うことを躊躇していたような問いでも,とにかく出してくださいと呼びかけての募集だったで,なかなかの良問が出そろいました.向こう数週間,本ブログで,そのような学生からの問いを取り上げていきたいと思います.ということで,まずは標題の疑問.
千年ほど前に話されていた古英語 (Old English) では,フランス語やドイツ語をはじめとする現在のヨーロッパ諸言語にみられる文法上の性(文法性 = grammatical gender)が健在でした.すべての名詞が男性,女性,中性のいずれかに割り振られていたのです.おそらく第2外国語として文法性のある言語を学んだことのある学生が,このことを聞いて「英語にも文法性があったのか」と驚き,そこから標題の問いへと思いを巡らせたのかと思います.確かに,現代の英語には,船を始めとする各種の乗り物や国名を指して女性代名詞 she で受ける言語習慣があります.たとえば,次の通りです.
・ Look at my sports car. Isn't she a beauty?
・ What a lovely ship! What is she called?
・ Hundreds of small boats clustered round the yacht as she sailed into Southampton docks.
・ There were over two thousand people aboard the Titanic when she left England.
・ Iraq has made it plain that she will reject the proposal by the United Nations.
・ France increased her exports by 10 per cent.
・ Britain needs new leadership if she is to help shape Europe's future.
・ After India became independent, she chose to be a member of the Commonwealth.
しかし,これは古英語にあった文法性とは無関係です.乗り物や国名を女性代名詞で受ける英語の慣習は中英語期以降に発生した比較的新しい「擬人性」というべきものであり,古英語にあった「文法性」とは直接的な関係はありません.そもそも「船」を表わす古英語 scip (= ship) は女性名詞ではなく中性名詞でしたし,bāt (= boat) にしても男性名詞でした.古英語期の後に続く中英語期の文化的・文学的な伝統に基づく,新たな種類のジェンダー付与といってよいでしょう.詳しくは,以下の記事をご覧ください.
・ 「#852. 船や国名を受ける代名詞 she (1)」 ([2011-08-27-1])
・ 「#853. 船や国名を受ける代名詞 she (2)」 ([2011-08-28-1])
・ 「#854. 船や国名を受ける代名詞 she (3)」 ([2011-08-29-1])
・ 「#1028. なぜ国名が女性とみなされてきたのか」 ([2012-02-19-1])
・ 「#1912. 船や国名を受ける代名詞 she (4)」 ([2014-07-22-1])
・ 「#1517. 擬人性」 ([2013-06-22-1])
そもそも文法性とは何なのだ,と気になる人も多いと思います.言語学的にもいろいろと議論できるのですが,私は人間の「フェチ」の一種であると考えています.「#2853. 言語における性と人間の分類フェチ」 ([2017-02-17-1]) をご参照ください.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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