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村上隆(著)『金・銀・銅の日本史』を読んだ.ある特定の切り口による○○史というものは,一般の政治史とは異なる発想が得られることが多く,英語史や言語史を再考する上で参考になる.日本における金属の歴史は,村上 (v--vi) によれば,端的に次のように要約される.
日本において,本格的に金属が登場するのは,弥生時代までさかのぼる.日本では,長く見積もっても金属はたかだが二五〇〇年程度の歴史しか持たない.しかも,自らの文化的な発達過程で自然発生的に生み出されたものではないから,その変遷は他国とは異なり個性的である.〔中略〕当初は中国大陸や朝鮮半島から渡ってきた人たちの世話になりながら,技術の移転と定着を実現し,長い年月をかけて独り立ちに至る.そして,やがて近世を迎える頃には,汎世界的に見ても,人類が獲得した技術の最高峰にまで登り詰めるとともに,一時期には世界有数の金属産出国となり,さらには輸出国にもなるのである.
その上で,村上 (vii) は「金・銀・銅」を中心とした金属の日本史を7つの時代に区分している(以下では,原文の漢数字はアラビア数字に変えてある).
草創期 弥生時代?仏教伝来(538)
定着期 仏教伝来(538)?東大寺大仏開眼供養(752)
模索期 東大寺大仏開眼供養(752)?石見銀山の開発(1526)
発展期 石見銀山の開発(1526)?小判座(金座の前身)の設置(1595)
熟成期 小判座(金座の前身)の設置(1595)?元文の貨幣改鋳(1736)
爛熟期 元文の貨幣改鋳(1736)?ペリーの来航(1853)
再生期 ペリーの来航(1853)?
この時代区分が非常におもしろい.「模索期」が約800年間続くのが,一見すると不均衡に長すぎるようにも思われるものの,金属という切り口から見れば,これはこれで理に適っているようだ.村上 (114) によれば,
そして,いよいよ約八〇〇年にわたる長い模索期の静けさを破るときが到来する.歴史とは不思議なものである.いくつかの出来事が,一斉に動き出すような瞬間がある.一六世紀の初めの頃も,ちょうどそんなときだったのだろう.「金・銀・銅」をめぐるダイナミズムの口火が切られるのである.一端,動き出すと急激に複合作用が生じて一〇〇年にも満たない間に,日本は当時の世界の中で,屈指の鉱山国にまで急成長した.長い模索期に十分な活性化エネルギーが蓄積されたから,一瞬で急激な反応が生じたのである.
英語史では,11--12世紀という比較的短い期間に,文法体系を揺るがす大変化が生じている.ここでも,それ以前の「長い模索期に十分な活性化エネルギーが蓄積されたから,一瞬で急激な反応が生じた」と考えることができるかもしれない.「ダイナミズムの口火が切られ」,屈折語尾の水平化,格の衰退,文法性の消失,語順の台頭,前置詞の反映などの「いくつかの出来事が,一斉に動き出」したと見ることができそうだ.
金属に焦点を当てた日本の歴史と英語の歴史との間の共通点は,それぞれ「金属」や「英語」という対象の歴史を扱っているように見えるものの,実際には人間社会が「金属」や「英語」をどのように用いてきたかという歴史であり,あくまで主体は人間であることだ.つまり,○○史の時代区分は,○○それ自体の有り様の通時的変化に対応しているわけではなく,人々が○○をどのように使いこなしてきたかという通時的変化に対応している.一方,両者の異なるのは,金属は本来「自然」のものであり,その自然史も記述可能だが,言語は金属のような意味において「自然」ではないことだ.しかし,言語もある意味では「自然」と言えなくもない,という議論も可能ではあろう.これについては,「#10. 言語は人工か自然か?」 ([2009-05-09-1]) の "phenomena of the third kind"(第三の現象)を参照.
・ 村上 隆 『金・銀・銅の日本史』 岩波書店〈岩波新書〉,2007年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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