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hellog〜英語史ブログ / 2016-03-08

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2016-03-08 Tue

#2507. 英文学史における自由と法則 [literature][history][historiography]

 齋藤 (2--5) が『英文学史概説』で,英文学(史)の特質を,自由と法則の並存あるいは交替として一掴みに要約している.非常に簡潔な見取り図である.長いが以下に引用する.

 イギリス人は個人の思想と行動との自由を切望すると同時に,秩序を守り法則を尊ぶ。それは,放縦と乱脈とにおちいることなく,徐徐として自由獲得を完成するためである。かように彼らは良識に富み,実行性がゆたかである。しかし彼らは驚嘆すべき想像力と独創力とを特徴としている。そしてイギリス文学は,この国民性の現われである。
 イギリス人は,概括的に言えば,系統化を好まない。そして明解な説明よりも余韻の多い暗示に重きをおく。また気のきいた wit よりも humour を愛する。ヒューマーとは,悲喜愛憎,いかなるばあいにも,心のゆとりとうるおいとを失わずに,聞く人,見る人をにこりとさせる表現である。機智は人をからからと笑わせることに終りがちであるが,ヒューマーは難局を救い,そのあとまでも考えさせる。そしてこの暗示とヒューマーとは,イギリス文学における表現上の特色である。
 イギリス人の祖先は荒寥たる北国に住んでいたので,孤独な生活に馴れ,そして人よりも絶対者にたより,また教会を中心として社会生活をいとなんで来た。従って今日にいたるまで,イギリス文学は宗教的道徳的精神に富んでいる。そしてそこには Puritan spirit の長短特質両面が現われている。
 また自然感のゆたかなことも,イギリス文学の特色である。山川,草木などをも生物と見なすことは,鳥や犬などを愛することと相通ずるこころの現われであろう。そして都会生活には移り変わりが多いけれども,自然のすがたにはそれが稀であるから,自然をうたった文学には流行おくれとして見捨てられるものがすくない。
 西欧諸国と同じく,イギリスの文学も,民族固有の特質が専らイスラエル思潮とギリシア思潮との流れを汲むことによって発達した文化の表現である。聖書にえがかれているイスラエル民族の長所は,唯一絶対の神を信じ,厳粛な道徳を目標として生活したことにある。またギリシア民族の特質は,多様な教養を完成するために,善と美とを兼ね備えた心境に必要なものとして理性を尊んだ点にある。なおギリシア人が形体美にあこがれたことと,イスラエル人が偶像をしりぞけたこととは,大きな対照をなす。そしてイギリス文学は,この二大思潮を融合させようとしたものとも見られようけれども,どちらかと言えば,アングロ・サクソン民族には,聖書の真剣さがギリシア・ローマの古典の知性尊重よりも性に合うものらしい。
 注意すべき点がもう一つある。イギリス文学において自由を尊ぶことと法則を重んじることが入りまじり,そして両者がよく調節されてはいるが,主として表現について言えば,法則を守ることと自由を主張することとが,時代の推移とともに,互に交代した。中世には人々がカトリック教を殆んど無条件に信奉したように,中世前期の詩人はゲルマン民族の韻律法をきびしく守り,また中世後期には封建制度の法則とともにフランス語の韻律法を取り入れて,その法則に従った。けれども近世になってからは,Renaissance の影響を受けて,あらゆる方面に人間の能力を延ばそうとする自由の精神が特色となり,文学には放胆な表現が盛んに用いられた。次の時代に,Puritans は聖書に記してある神の命令には絶対に服従することを主張したが,王権をおさえて民権と自由とのために戦った。それと同様に,表現上は古典を模範とする者と新機軸を求める者とが並び存した。王政回復以降は,社交場の礼儀作法とラテン文学の法則とを固く守るようになり,自由の精神は甚だしく衰えた。その反動として奮起した Romantics は,ひたすら革命思想と自由な表現とにあこがれて,新しい生命を吹きこんだ。しかしそののち Victorians は生活においても表現においてもややもすれば因習的な法則に傾き,前世紀末にはその反動が見える。そして自然法をもって人間を説明しようとする Naturalism がイギリスでもとなえられたのは,そのころのことである。今世紀になってからは,二度の大戦争のため,あらゆる方面に種種雑多の傾向があらわれて混乱し,思想上,道徳上,政治上,徹底的な崩壊が考えられ,文学も極端に放胆な自由が認められ,晦渋が意味の深さと同一視されたが,しだいに秩序が回復されるようになって来た。


 英語史と英文学史,さらに英国史の関係は,もちろん互いに密接ではあるが,例えば上記の英文学史における自由と法則の交替が,英語史における何に対応するのかは定かではない.どの辺りがリンクし,どの辺りが無関係なのかを整理することで,英文学史の観点からの英語史とか,英語史の観点からの英文学史が,もっとおもしろいものになるのではないか.

 ・ 齋藤 勇 『英文学史概説』 研究社,1963年.

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