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hellog〜英語史ブログ / 2012-02-05

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2012-02-05 Sun

#1014. 文明の発達と従属文の発達 [syntax][language_change][civilisation][causation]

 言語史において,従属文は歴史が浅いといわれる.従属構造は,文明が高度に発達し,思考や表現が洗練されて初めて出現するものだ,ということが,文献上でしばしば指摘されている.たとえば,最近,出会ったものとして2点引用しよう.

従文(従属文,dependent clause)は従属接続詞または関係詞によって導かれる.言語の発達史上,従文は人間の表現能力がより高度に発展した段階で生じた.〔中略〕言語史的にはまず並置法が,のちにより複雑な従位法が発達した.(下宮,p. 57)


La comparaison des langues indo-européennes montre que la proposition relative est une acquisition tardive, et l'observation synchronique indique que le type d'expansion représenté par les propositions subordonnées ne s'impose, dans certaines communautés, que sous la pression de besoins nouveaux apportés par la culture occidentale. (Martinet 179)

印欧語の比較により,関係節は遅れて獲得されたものであることが明らかにされているし,共時的な観察により,従属節の示す種類の拡大過程は,ある共同体では,西洋文化によってもたらされる新しい必要の圧力のもとでしか現われない.


 ここで考慮する必要があるのは,下宮氏のいう「人間の表現能力がより高度に発展した段階」や,Martinet のいう「西洋文化によってもたらされる新しい必要の圧力のもとでしか」という表現に含意されているように思われる文明の発達と,複雑な統語構造の1例としての従属文の発達とは,いかなる関係にあるかということである.
 少なくとも印欧語の文脈では,Martinet の言うように,従属節の発達が印欧諸語の発達の比較的遅い段階に見られるというのは客観的な事実である.つまり,文明の発達と従属文の発達とが時間的におよそ符合することは確かだ.しかし,時間的な符合は,即,因果関係を含意するわけではない.両者の間に因果関係はあるのか,ないのか.あるとすれば,どの程度の因果関係なのか.印欧語以外の文脈ではどうなのか.
 直感的には,文明が発達することによって,社会が複雑化し,それに伴って指示対象や思考の様式も複雑化し,それに伴って対応する言語表現も複雑化するというのは,自然のように思われる(Martinet は,蒸気船の発明に伴う le bateau qui marche à la vapeur という表現を例に挙げている).
 別のステップを思い描くこともできる.文明が発達すると,知識の集積と情報の伝達の必要が増大する.その必要に応えるための主たる媒体が言語,特に書きことばだとすれば,物事や出来事の関係を正確に記すための論理的な表現法が必要となる.そこで,その目的を達するのに必要な統語,形態,句読法などが新たに作り出されることになるが,その統語的な刷新の1つとして従属文の発達ということがあったのではないか.
 しかし,文明の発達と従属文の因果関係を実証することは極めて難しい.両方の発達とも,一夜にしてではなく相当の長さの時間をかけて起こったものであり,そのあいだに他の多くの要因が紛れ込んだ可能性があるからだ.間接的な因果関係がありそうだというところはまでは提起できても,因果関係を示す事実を挙げながら説得力をもって論じるということは難しそうだ.
 ただし,関連して興味深い例があるので示しておこう.池内 (59) のいうように,併合+標示付けや回帰的階層的句構造は人の言語を特徴づけるものであり,複雑な統語構造の発達は潜在的にどの言語でも可能である.しかし,複雑な統語構造が顕在化するかどうかは言語によって異なり,そこには文化的な要因も関わっているかもしれない.アマゾン流域の狩猟採集民族によって話されるピラハー語には回帰的な埋め込み構造がないとされ,研究者の注目を集めているが,池内 (59) によれば,「ピラハー語には,他の言語と同様に,(回帰的操作としての)併合と標示付けはあり,階層的句構造は生み出されるが,文化的な制約で回帰的な埋め込み構造まではいかない」だけであり「たまたま複雑な回帰がない」にすぎないという.
 文明の発達と個別の文化の制約とは異なるとはいえ,言語外の要因によって統語構造という言語内の体系が変化する可能性があるということは,注目すべきである.言語外の要因が語彙や意味に影響を及ぼす例は多く挙げられるが,より抽象的な統語レベルにも同様に影響を及ぼしうるのかという点は,なかなか追究するのが難しい.
 この問題については,[2011-01-12-1]の記事「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」に引用した Leech et al. の主張にも耳を傾けたい.また,文明の発達と言語の発達という点で,[2011-08-25-1]の記事「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」も,本記事の話題と関連するかもしれない.

 ・ 下宮 忠雄 『歴史比較言語学入門』 開拓社,1999年.
 ・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
 ・ 池内 正幸 『ひとのことばの起源と進化』 〈開拓社 言語・文化選書19〉,2010年.

Referrer (Inside): [2012-02-06-1]

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最終更新時間: 2018-12-25 05:04

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