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昨日の記事「#957. 19世紀後半から続々と出現した人工言語」 ([2011-12-11-1]) で人工言語 (artificial language) を話題にしたが,その普及は自然言語に遠く及んでいないのが現実である.確かに,最も有名な人工言語といってよいエスペラント語 (Esperanto) は,少ない推計でも数十万人,多い推計では1500万人以上の話者(主として第2言語話者)を擁するとされ,並の自然言語に比べれば普及しているとみなすことは可能かもしれない(関連して[2010-01-26-1]の記事「#274. 言語数と話者数」を参照;なお,ヨーロッパ以外でエスペラント語話者の多いのは日本である).
しかし,国際的な人工言語として意図されてはいるとはいえ,世界エスペラント協会の会員の大半は東欧人であり,地理的な(そして政治的な)偏りの見られることは否定できない.「普及」の定義にもよるが,エスペラント語ですら国際的に広く行なわれているとは言い難いのだから,他の人工言語の普及の程度は推して知るべしである.
では,国際的に普及すべき理想的な人工言語とはどのようなものだろうか.どのような条件を備えていれば,多くの人が納得し,受け入れるような理想の人工言語となり得るのだろうか.人工言語の創案者や支持者は,次のような条件を指摘している (Crystal 357) .
(1) 学びやすいこと.文法が規則的で単純であり,語形と意味の関係が透明であり,綴字が音標的であり,発音が容易であることが必要である.
(2) 母語と関連していること.自然言語との相互翻訳が容易である必要がある.柔軟な構造をもっており,母語のイディオムを反映することができ,言語の普遍的特徴を多く備えており,国際的に使用されてきた歴史的基盤のある語根をもっていることが望ましい.
(3) 豊富な機能を果たせること.日常の話し言葉や書き言葉のみならず,科学,宗教,通商,スポーツ,政治などの専門的な領域でも機能を果たせる必要がある.国際コミュニケーションのメディアでの使用にも耐えられるようでなければならない.
(4) 標準的であること.方言による変異があってはならない.これを守るためには,権威ある機関による監視が必要だろう.
(5) 政治的,言語的に中立であること.すべての国に受け入れられるためには,中立の確保が肝要である.多くの人工言語の支持者は,これを人類の平和共存のために不可欠な条件と考えている.
(6) 洞察を促すものであること.理想的な人工言語は,単に国際コミュニケーションの手段としてだけでなく,明晰で論理的な思考を促す道具としても有効であることが望ましい.これは,特に17世紀の a priori な人工言語が目指していた哲学的な理想である.
いずれの条件もそれぞれ満たすことが難しいが,同時に満たすのはなおさら難しい.言語的条件,政治的条件,哲学的条件が同居しており,いずれに優先順位を与えるかによって論者の間に対立が生じかねないことは自明である.そして,実際にそのような理由で論者の間に対立が生じてきた.特に (2) と (5) などは,ある特定の母語と関連していながら,同時に言語的に中立であるという矛盾する条件を要求しているのだから,問題の根は深い.
この理想的な条件の羅列のなかに,英語などの国際的な影響力をもつ自然言語への反発心を探ることは容易である.その判断自体が主観を帯びざるを得ないとはいえ,上記の条件のうち,例えば英語が満たしている条件は (3) くらいではないか.
ただし,このような理想的な条件をただ冷笑的に眺めているだけでは生産的ではない.完全には満たせずとも,国際コミュニケーションのためにはこうであれば良いという努力目標として捉えるのであれば,その方向へ一歩でも近づくことは有益だろう.自然言語である英語を,特に語彙に関して (1) の観点から改良しようとした試みの1つに,Charles Kay Ogden (1889--1857) の考案した Basic English がある.これについては明日の記事で.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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