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hellog〜英語史ブログ / 2023-05-26

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2023-05-26 Fri

#5142. 「ペレヒル」と「十五円五十銭」 [cryptology][sociolinguistics][spanish][haitian_creole][japanese][korean]

 昨日の記事「#5140. shibboleth 「試し言葉」」 ([2023-05-24-1]) で,民族や言語集団を区別する手段としての言語という,言語の負の側面をみた.このような事例は古今東西にみられる.
 本ブログでこれまで何度か参照してきた山本冴里(編)『複数の言語で生きて死ぬ』(くろしお出版,2022年)の第4章 (pp. 61--76) では,この話題が取り上げられている.「ペレヒルと言ってみろ --- 「隔てる」ものとしてのことば」と題する第4章の扉には,次の文が掲げられている.

「われわれの一員」と「排除と虐殺の対象」とを
外見からは判断できないとき,
歴史上幾度も利用されてきたのは,
何らかの言葉を発音させることだった.


 1つ目の例として取り上げられているのは,ドミニカ共和国(公用語はスペイン語)においてハイチ人(ハイチクレール語を母語とする)をあぶり出すために,パセリを意味するスペイン語「ペレヒル」の発音が試し言葉として利用された例である.史実をもとにしたフィクション(舞台は1937年のドミニカとハイチ)のなかで,[r] と [l] の難しい発音の組み合わせを含む「ペレヒル」が踏み絵として用いられる事例が示されている.両音の区別が苦手な日本語母語話者としても背筋が凍る.
 もう1つの例は,むしろ日本語母語話者が朝鮮人を区別するために利用した恐るべき試し言葉である.「十五円五十銭」は,1923年の関東大震災の混乱のなかで朝鮮人が井戸に毒を入れたとの流言蜚語が乱れ飛んだ際に,朝鮮人を識別する踏み絵として利用された.山本 (68--69) は次のように解説する.

 なぜ,このとき,「十五円五十銭」を言わせたのか.ほかの記録には,「十円五十銭」「十五円五十五銭」なども残っている.「ご」「じゅう」は濁音で始まるが,朝鮮語では,語頭は濁らない.さらに,「じゅう」の「じ」は,ザ行だ.ザ行にもっとも近く対応する朝鮮語は,「ㅈ」であり,これはザ行よりもやや口の奥に下を当て,より弾くように発音する音である.結果的には,「じゅう」は,ひらがなで書くならば「ちゅう」のような音で聞こえる.
 関東大震災時の流言蜚語,朝鮮人虐殺と,この「十五円五十銭」については,安田 (2015) が詳細な分析を行い,「語頭に濁音がこないという単なる現象が『発音できない』という否定的言辞と化すのは,区別・識別して『かれら』を析出する必要性が潜在的に存在していたからだろう.そしてこの識別法は朝鮮人虐殺の記憶へとつながっていく」と記す.


 ウチとソトを分ける手段としての言語.優越と劣等を生み出す装置としての言語.言語のもつネガティヴな側面について,改めて考えたい.

 ・ 山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.

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最終更新時間: 2024-10-26 09:48

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