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hellog〜英語史ブログ / 2013-07-13

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2013-07-13 Sat

#1538. Sapir-Whorf hypothesis 研究の新展開 [sapir-whorf_hypothesis][linguistic_relativism][neurolinguistics]

 「#1484. Sapir-Whorf hypothesis」 ([2013-05-20-1]) について,近年,心理学や神経言語学 (neurolinguistics) からのアプローチが目立つようになってきている.従来の同仮説の研究は,人類言語学的な観点から諸言語,諸文化を比較するという方法が主だったが,新しい見方が現われてきている.
 神経言語学の立場からみると,「#1515. 言語は信号の信号である」 ([2013-06-20-1]) で話題にしたように,「言語には,それに固有の生理学はない」.言語は,人間以外の動物にも備わっている共通の神経機能の土台のうえに築き上げられた高度な学習能力の反映である.
 『ことばと思考』の著者である今井は,この事実を強調しながら,この点にこそ Sapir-Whorf hypothesis の神髄がある,同仮説の意義は,動物(および人間の赤ちゃん)と人間とのあいだに横たわる大きな溝を説明することにあると力説する.

動物と人間の知性の違いは甚だしく大きいが、それは単純に遺伝子の違い、脳の構造の違いにすべて起因するものではない。人間の認識の基礎になるほとんどの要素は、人間以外の動物にも共有されている。ことばを話す以前の人間の赤ちゃんの認識は、人間の大人よりも、動物のそれに近いといってよいかもしれない。人間以外の動物と人間の子どもの間で大きく異なるのは、持っている知識を使って、さらに学習していく学習能力なのだ。言語は、私たち人間に、伝達によってすでに存在する知識を次世代に伝えることを可能にした。しかし、それ以上に、教えられた知識を使うだけでなく、自分で知識を創り、それを足がかりにさらに知識を発展させていく道具を人間に与えたのだ。/ことばと認識の関係というと、違う言語の話者の認識が違うか否か、という点に興味が集まりがちだ。異なる言語が話者にどのような認識の違いをもたらすかを知ることは、確かにとても大事なことだ。しかし、相対的にいって、言語を獲得した後の、異なる言語の話者の間の認識の違いより、言語を学習することによっておこる、子どもから大人への、革命といってよいほどの大きな認識と思考の変容こそが、ウォーフ仮説の神髄であると考えてもよいのではないだろうか。(182--83)


言語と思考の関係を考える場合に、もはや、単純に、異なる言語の話者の間の認識が違うか、同じかという問題意識は、不十分で、科学的な観点からは、時代遅れだといってよい。いま私たちがしなければならないことは、私たちの日常的な認識と思考---見ること、聞くこと、理解し解釈すること、記憶すること、記憶を思い出すこと、予測すること、推論すること、そして学習すること---に言語がどのように関わっているのか、その仕組みを詳しく明らかにすることである。/その上で、異なる言語がそれぞれの認識と思考にどのように関わるのか、その関わり方が言語の文法による構造的な特徴や語彙の特徴によってどのように異なるのか、という問題に取り組んでいくことになるだろう。(214--15)


 Sapir-Whorf hypothesis は,言語どうしの比較対照という横軸ではなく,言語未習得状態から言語習得過程を通じて言語既習得状態へと至る縦軸に沿って再解釈すべきだという提案として理解できる.
 さらに,今井は,思考や認識における外国語学習の効用について,次のように的確な意見を述べている(原文の圏点は,ここでは太字にしてある).

一つの言語(つまり母語)しか知らないと、母語での世界の切り分け方が、世界中どこでも標準の普遍的なものだと思い込み、他の言語では、まったく別の切り分けをするのだ、ということに気付かない場合が多い。外国語を勉強し、習熟すると、自分たちが当たり前だと思っていた世界の切り分けが、実は当たり前ではなく、まったく別の分け方もできるのだ、ということがわかってくる。この「気づき」は、それ自体が思考の変容といってよい。/言い換えれば、外国語を勉強し、習熟することで、その外国語のネイティヴと全く同じ「思考」を得るわけではないにしても、母語のフィルターを通してしか見ていなかった世界を、別の視点から見ることができるようになるのである。つまり、バイリンガルになることにより、得ることができるのは、その外国語の母語話者と同じ認識そのものではなく、母語を通した認識だけが唯一の標準の認識ではなく、同じモノ、同じ事象を複数の認識の枠組みから捉えることが可能であるという認識なのである。自分の言語・文化、あるいは特定の言語・文化が世界の中心にあるのではなく、様々な言語のフィルターを通した様々な認識の枠組みが存在することを意識すること---それが多言語に習熟することによりもたらされる、もっとも大きな思考の変容なのだと筆者は考える。(222--23)


 かねてからの外国語学習に関する持論が,心理学や神経言語学という観点からも支持されたと感じる.

 ・ 今井 むつみ 『ことばと思考』 岩波書店〈岩波新書〉,2010年.

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最終更新時間: 2019-10-22 18:30

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