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熟語や慣用語句 (idiom) は個々の構成要素の意味の和ではなく,全体として特別な意味を有する言語単位であり,分析しようとしても意味的にも統語的にも無理が生じる.熟語はまた歴史的に育まれるものであり,古い語法を保っているものが多いので,現代の文法では説明しにくい.
例えば,現代英語の熟語には前置詞の後に形容詞が裸で現われるものが少なくない.標題の go from bad to worse のほか,at last, in earnest, in vain などが思い浮かぶ.対照表現の young and old, rich and poor なども無冠詞で用いられる.現代英語において「定冠詞+形容詞」が名詞として用いられるのは規則だが,「無冠詞+形容詞」が名詞として用いられるというのは慣用表現以外では見られない.
しかし,古英語や中英語では,冠詞のサポートがなくとも形容詞が名詞として用いられることが多々あった.形容詞は性・数・格によって複雑に屈折していたので,単独でも名詞相当の役割を果たすことができたのである.無冠詞単数で抽象名詞相当の意味を表わす用法から上記のような「前置詞+形容詞」の熟語が生まれ,本来は複数語尾が付加されて集合名詞として機能していた形態から上記のような対照表現が生まれた.現代に残るこれらの慣用語句は,中英語の語法の名残である.
中英語後期以降になると形容詞の屈折がほぼ消失し,無冠詞の名詞用法は少なくなってゆき,名詞用法としては次第に「定冠詞+形容詞」に限定されるに至った.以上の中英語における形容詞の名詞用法については,Mustanoja, pp. 643--47 に概説されている.関連して,細江,pp 35--37 も参照.
なお,慣用によって定冠詞の有無は異なり,定冠詞のついた形が熟語として定着している on the whole, in the main などもある.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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