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私たちが意識しているか否かにかかわらず,言語行為はほぼ常に潜在的なフェイス侵害の可能性(フェイス・リスク)を含んでいる.フェイス・リスクが限りなく小さい場合には事実上ゼロと考えられるかもしれないが,理論上,程度の差はあれ常にフェイス・リスクは存在していると考えてよい.
Brown and Levinson (76--78) は,フェイス・リスクの大きさは相手との距離 (D),力関係 (P),事柄の負荷度 (R) の3要因によって決まるとして定式化した.滝浦 (30--31) の要約を引用することで,これを紹介しよう.
【フェイス・リスク見積もりの公式】
Wx = D (S, H) + P (H, S) + Rx
Wx (weightiness): ある行為 x の相手に対するフェイス・リスク
D (distance): 話し手 (speaker) と聞き手 (hearer) の社会的距離
P (power): 聞き手 (hearer) の話し手 (speaker) に対する力
Rx (rating [ranking] of imposition): 特定の文化内における行為 x の負荷度
つまり,ある行為 x のフェイス・リスク (Wx) は,ヨコの人間関係における話し手と聞き手の「社会的距離 (D)」,タテの人間関係における聞き手の話し手に対する「力 (P)」,そして,x という行為がその文化内でどの程度の負荷になると見なされているかの「負荷度 (R)」,という三要素が可算的に働いて決まってくるとブラウン&レヴィンソンは考えた.
概略としては,とてもよくできた公式である.細かいことをいえば,単純な加算でよいのか,各要素に適切な重み付けが必要なのではないか,といった批判はありうる.しかし,3つの要素がフェイス・リスクの見積もりに総合的に効くというのは,直感にも常識にもかなう.
3つめの要素である Rx に「特定の文化内における」という限定が付加されているのも意味深長である.滝浦 (31) の評価に耳を傾けよう.
この最後の点は,文化比較的ないみでも興味深い.たとえば,旅行に行く人に対して,旅先で特定の物を買ってきてくれるよう依頼する,という行為を考えよう.いまの日本の場合,この頼み事はあまり気安いものではないし,もし頼まれたとしたら結構煩わしく感じる人が多いことだろう.ところが,たとえば中国や台湾では事情が異なる.頼むことに抵抗を感じないという人が多いし,高額なものでなければ代金を渡さなくてもかまわないと考える人も少なくない.頼まれた側も,自分が人から頼りにされていることの証しとして誇りに思い,なるべく断らないのだという.
実際に計算できるかどうかはともかく,ブラウン&レヴィンソンの枠組みは,少なくとも概念的にはこうした差異もとらえられる幅を備えている.ブラウン&レヴィンソンに対する批判のなかには,文化差を考慮していないというものがある.しかし,いま見たように“文化差”の要因もパラメータとして組み込まれており,そうした批判は直ちには当たらない〔後略〕.
なるほど,形としては単純だが懐の深さを備えている公式である.関連して「#2126. FTA と FTA を避ける戦略」 ([2015-02-21-1]) も参照.
・ Brown, Penelope and Stephen Levinson. Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge: CUP, 1987.
・ 滝浦 真人 『ポライトネス入門』 研究社,2008年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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