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音変化には,古今東西の言語でよく見られるタイプのものと,そうでないものとがある.例えば [p] が摩擦音化する事例は,グリムの法則 (grimms_law) でも生じているし ([p] → [f]),太古日本語でも起こったとされるが([p] → [ɸ]),逆向きの例はまず観察されないといってよい.このような意味で,音変化には非対称性があり,それは音声的偏り (phonetic bias) とも呼ばれる.音声的偏りは,産出と知覚の観点からの4つの要因によって生じると考えられている.服部 (48--50) より紹介しよう.
(1) 調音企画 (motor planning): 発話に先立って行われる脳内での調音運動企画.実際の発話において調音企画とは異なる音声が具現化されると,いわゆる「言い間違い」 (speech error) が生じ,音変化の原因となりうる.
(2) 空気力学的制約 (aerodynamic constraint): 声道内の気流が関与する調音の難易の差によって生じる制約.たとえば,閉鎖子音の調音時に有声化は困難だが,母音調音時には容易である等.優勢閉鎖音は無声化という音変化を生じやすいといったことが説明される.また,摩擦音の調音には狭窄部分の十分な空気圧を必要とするが,それが不足すると摩擦音はわたり音 (glide) になりやすい.たとえば古英語 (Old English: OE) 後期の lagu [lɑɣʊ] 'law' の母音間の優勢軟口蓋摩擦音 [ɣ]] がわたり音化し,中英語 (Middle English: ME) で laue [lɑwə] となったのはこの制約により説明される.
(3) 調音動作機構 (gestural mechanics): 各調音器官の相互作用によって起こるもので,二つのタイプに下位区分される.
(3a) 調音動作重複 (gestural overlap): たとえば hand grenade において [-nd] の部分の舌頂による調音は後続の [ɡ] の舌体による調音がかぶさることにより,背後に隠されてしまい,聴者には [hæŋ ɡɹəneɪd] のように聞こえてしまう.また,OE から ME にかけて起こった円唇母音に後続する摩擦音 [x] > [f] の変化があるが (cough, laugh, rough),[x] から [f] への変化の途上に,円唇化した摩擦音 [xw] の段階があったことが知られている.この音は円唇母音と [x] との調音動作重複により起こったものとされる.
(3b) 調音動作融合 (gestural blend): 一つの調音器官が同時に二つの調音を行うことをいう.たとえば keep の [k] は cot などの [k] と異なり,後続の前舌母音の影響で,やや口蓋化した軟口蓋音となる.
(4) 知覚時の解析過程 (perceptual parsing): 音変化は知覚上の類似性によっても生じる.聴者による知覚時の聴き取りの混同により,聞き違いが生じた結果,それが一般化して音変化に至ることがある.聞き違いは両方向的・対称的に起こりうる(つまり,A と B と聞き違えれば,同様に B を A と聞き違えることも同程度に起こる)ように思われるかもしれないが,たとえば,英語の短母音(弛緩母音)の知覚実験で,当該母音より開口度の広い母音に聞き違える場合は多いが,その逆の事例はほとんどないことが知られている.現代英語 (Present-day English: PDE) の各種変種に見られる [θ] から [f] への置換(たとえば,think [θɪŋk] > [fɪŋk])は知覚解析上の錯誤に端を発するものと考えられる.
(4) のように,音変化においては聞き手が重要な役割を演じる場合が多々あり,昨今ではそちらの役割が重要視されるようになってきた.これについては「#2140. 音変化のライフサイクル」 ([2015-03-07-1]),「#2150. 音変化における聞き手の役割」 ([2015-03-17-1]),「#2586. 音変化における話し手と聞き手の役割および関係」 ([2016-05-26-1]) を参照されたい.
・ 服部 義弘 「第3章 音変化」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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