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ここ数年のあいだに歴史語用論のなかで育ってきた概念の1つに,「周辺部」 (periphery) がある.この周辺部は概ね統語的に理解してよいが,正確には発話の両端の部分ととらえておきたい.発話の左端は LP (left periphery),右端は RP (right periphery) と呼ばれ,語用論的にとりわけ重要な機能を果たすポジションとされる.その機能とは,具体的には,会話運営上の意図を伝える,相手へのポライトネスを含めた配慮を示す,話題転換や会話開始などの行為を示す,等々が含まれる(小野寺, p. 16).
歴史語用論研究の主たる関心事である談話標識 (discourse_marker) は,確かに周辺部に現われることが多い.談話標識は理論的には「発話をくくる」 (bracket an utterance) 機能を有するといわれるが,周辺部に現われることは,その目的に適っていると考えられる.ただし,LP と RP の両側から挟み込むようにして「くくる」というよりは,いずれかのみが利用されることが実際には多いようである.
では,LP ではどのような談話標識や他の表現が用いられる傾向があるのか,あるいはどのような語用論的機能が果たされることが多いのか.また,RP ではどうなのか.また,通言語的にみた場合,"form-function-periphery mapping" (小野寺,p. 17)の関係について何らかの類型論が得られるだろうか.これらの問題はまだ詳しく解明されていないが,これまでの研究で分かってきたことはいくつかある.小野寺 (17--20) より,3点を紹介しよう.
(1) LP には,後続する主たる部分を理解させるための認知的枠組を与える形式が置かれやすい.その形式とは,談話標識,英語の if 条件説,ドイツ語の wenn 条件説,隣接応答ペアの第一ペア部分,トピック--コメント構造のトピック部分などである.話し手が,言いたいことの前に何らかの枠組を伝えておくための場所ととらえられる.
(2) LP と RP の両方が話順取り (turn-taking) に関わっている.会話のやりとりにおいて,発話のバトンを受けた話し手は,LP において話順を取ったことを示す傾向があり,バトンを相手に渡すときには RP において話順を譲ることを示す傾向がある.
(3) LP には,これから行われる話者の行為が何であるかを知らせる機能がある.換言すれば,LP に置かれる談話標識等の形式は,談話の行為構造 (action structure) を司る役割を果たす.ドイツ語で話者がこれから述べようとする反対意見を知らせる obwohl や,日本語で話者が会話の開始を伝える「でも」などが,ここに属する.
(1), (2), (3) はそれぞれ趣は異なるが,いずれも「発話をくくる」という語用論的機能を果たしている.一方で,(1), (2), (3) は別個の語用論的機能というよりは,それぞれが互いに乗り入れる連続体のようにも思われる.例えば,英語の Excuse me, but . . . や日本語の「すみませんが・・・」は LP に現われ,(1) と (3) (さらに (2) も?)の機能を同時に果たしていると考えられないだろうか.「周辺部」とは,おもしろい概念が現われてきた.
・ 小野寺 典子 「談話標識の文法化をめぐる議論と「周辺部」という考え方」『歴史語用論の世界 文法化・待遇表現・発話行為』(金水 敏・高田 博行・椎名 美智(編)),ひつじ書房,2014年.3--27頁.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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