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聴覚知覚 (auditory perception) の1分野である言語の音声知覚 (speech perception) では,人が言語音をどのようにして認識し理解するかが研究されている.聴者は音声知覚にあたって,能動的な解読に関わっているのか,あるいは受動的に音声メッセージを受けているだけなのか.昨日の「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]) と関係が類似している理論的な問題として,口で知覚するのか耳で知覚するのかという議論を,Crystal (48--50) に拠りながら紹介する.
まず,聴者が音声メッセージを知覚するときには,自らがそれを発する際にどのように発音するかという知識を参照しながら解読作業を行っている,とする説がある.例えば,1960年代に提起された motor theory (運動説)によれば,聴者は話者の調音の動きを内的に参照しているとされる.聴者は自らも音声器官を動かしているかのようにして聴きとっているという説だ.
同様に聴者に能動的な役割を認める説に analysis by synthesis (合成による分析)がある.これによれば,聴者は入ってくる音響信号を抽象的な特徴群へと分析する心的規則をもっているとされる.同じ心的規則は発話の際にも用いられ,そこでは特徴群を合成して音響信号を作り出すのに寄与する.同じ心的規則が,知覚と産出とで逆方向ではあるが,使い回されるという説である.この立場では,知覚(耳)と産出(口)は不可分ということになる.
一方,聴者は音声知覚にあたってそれほど能動的な役割を果たしていないとする立場もある.聴者は単に音声メッセージを受け,波形の規則的な弁別特徴を認識し,解読するという知覚過程を受動的に経験するにすぎないと考える.例えば,template matching (テンプレート照合)という仮説によれば,入ってくる聴覚パターンを抽象的な発話パターン(例えば母音や音節などの単位)へ照合させる機構が脳内に格納されているという.別の feature detector theory (特徴検出器説)では,ある種のフォルマントなど,音声刺激の特定の特徴に反応する神経感覚器官 (feature detectors) が存在し,それを利用して音声知覚しているのだという.
上記の諸説にはそれぞれ一長一短ある.「口で知覚する」説は,聴者がどのように話者の訛り,声質,話す速度などの違いに柔軟に対応できるのかを説明するのに都合がよい.シャドーイングにおいて聴者が話者よりも先を越して発音してしまう例は,耳と口を連動させて能動的に聴いている証拠となり得る.「耳で知覚する」説は,病理的な理由で発話はできないが音声知覚はできるという失語症患者の存在によって支持される.また,聴者が,吃音症の話者,第2言語学習者,幼児などの調音をまねることが難しい話者からの音声メッセージでも十分に解読できるという事実も,「耳で知覚する」説に有利である.今回も,両方の説の組み合わせが,音声知覚の現実を最もよく説明するのではないか.
・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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