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「言語記号は恣意的である」ということは言語学の初歩で学ぶことである.だが,これは主に音と意味の結びつきが自然的・論理的でないことを示しているのであって,形態が連辞的な関係 ( syntagmatic relation ) に並べられる場合には,必ずしも恣意的であるとはかぎらない.形態論 ( morphlology ) や統語論 ( syntax ) においては,ある関係が言語化されるとき,もとの現実世界における関係がそのまま言語の上に影のように反映されるケースがある.この「言語は世界を写し出す」性質を iconicity 「図像性」と呼ぶ.Aitchison によれば,iconicity は次のように説明される.
Languages inevitably shadow the world, and try to retain this shadowing, it is sometimes claimed. That is, they weakly copy certain external figures, a phenomenon known as iconicity. (164)
具体例として三つの言語現象が挙げられている.
(1) 複数形は単数形よりも長い形態をもつ.例えば,英語では名詞の複数形に s を付加するが,その分,単数形よりも長くなる.これは,現実世界において単数(一つのもの)よりも複数(二つ以上のもの)のほうが「大きい」ことに対応する.
(2) 相を示す形態素は,時制を示す形態素よりも密接に動詞語幹に接辞される.例えば,ラテン語の palpitābat "(he/she/it) was throbbing repeatedly" は,動詞 palpō "(I) stroke" に反復を示す it を付加し,さらに未完了過去を示す ba を付加した形態である.ここでは「反復相 + 未完了過去時制」という順序で接辞が加えられており,その逆ではない.反復の動作という動詞の意味が確定してから時制が付与されるというのが,現実の認知に即した順序である.
(3) Julius Caesar の発したとされる Veni, vidi, vici "I came, I saw, I conquered" は,現実に起こった順番をそのまま言語に写し取った順番になっている.
このような例を見てみると,iconicity は形態論,統語論,意味論の交差点をとらえており,言語の本質的な作用であるように思えてくる.
言語変化の観点から iconicity を考えると次のような意義があるのではないか.現実世界の関係を言語化するときに,その関係をそのまま言語へ写し取るのが自然な発想であるとするならば,ある関係---たとえば名詞の単複---が初めて言語化されるときには,複数形は単数形より長い形態として表される可能性が高い.また,その言語で後に単数形や複数形に関して言語変化が起こる際にも,同じ自然な発想により,単数形よりも複数形の方が形態的に長いという関係が維持される可能性が高い.
iconicity の発想は絶対的な「原理」ではなく,多くの言語にみられる「傾向」にすぎないが,言語の発生および変化に,ある種のパターンを与え得るということは言えそうである.
・Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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