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ゼミ生OGの英語教員を通じて現役中学生から寄せられた素朴な疑問です.each は「各(人)」,otherは「他(人)」と分かっていても,なぜそれが組み合わさると「お互い」の意味になるのか,というもっともな疑問です.なかなか手強い質問ですが,回答に挑戦してみます.以下の解説は現段階での私の仮説です.
日本語の「お互い」にせよ英語の each other にせよ,よく考えてみるととても便利な表現です.「ジョンとメアリーはお互いを愛している」や John and Mary love each other. はそれぞれの言語で当たり前の文のように思われますが,「お互い」や each other などを用いずに,同じ相互性を表わそうとすると,少々厄介です.日本語であれば「ジョンとメアリーは愛し合っている」辺りもありそうですが,英語ではどうでしょうか.
1つには,John loves Mary and Mary (also) loves John. のように表現する方法があります.明確ですが実にくどいですね.ほかには,John loves Mary, and vice versa. というスマートな方法もあります(スマートすぎて手抜き感すら漂っているような・・・).
別のそこそこバランスの取れた処方箋は,論理学風の匂いは増すものの,配分代名詞と不定代名詞を組み合わせた技有りの方法です.つまり,Each of John and Mary loves the other. のようにする方法です.ジョンとメアリーの各々を主語に立てた2つの文を想定し,目的語は主語でないほうの人を指す,という取り決めのもとで,each と the other を連動させ,意図していた相互性を表わすという論理学の式のような方法です.理屈ぽいですが目的は達成できています.さらにこの文をもう少し変形し,each を「遊離」させることも可能です.そうすると John and Mary each love the other. となるでしょう.だんだんアレに近づいてきた感があります.
さて,歴史的にみると,前段落で示した類いの表現は古英語から存在していました.当時は定冠詞 the が現代ほど発達しておらず,上記のような表現において the other も確かにありましたが,the を伴わない裸の other も可能でした.つまり,John and Mary each love other. に相当する文も許容されました.
この John and Mary each love other. の文を,古英語・中英語の文法に則して疑問文にしてみましょう.当時の英語は現代英語と異なり,一般動詞 love を用いた文を疑問文にする際に do は用いませんでした.その代わりに,動詞 love を主語 John and Mary の前に,つまりこの場合文頭にもってくることで疑問文を作りました(be 動詞や助動詞の疑問文の作り方と同じですね).つまり,Love John and Mary each other? となります.
おっと,ここにきて,はからずも each と other が隣り合ってしまいました.本来 each は John and Mary という主語のほうを睨んで「2人の各々」を意味する役割の語でした.一方,other はあくまで動詞 love の目的語でした.each と other は文法的な役割としては分断されているはずなのですが,はからずも隣り合って each other という見映えになってしまったために,話し手が狙っていた本来の文法を,聞き手が誤解してしまう契機が生じたのです.勘違いした聞き手は,John and Mary が主語で each other が「お互い」を意味する目的語なのだと斬新な文法解釈をしてしまったのです! ある意味では,この勘違いの瞬間に,英語に「お互い」を意味する得難いほどに便利な語(=相互代名詞)が生まれたといえます(cf. 昨日の記事「#4147. 相互代名詞」 ([2020-09-03-1]) を参照).
話し手の意図した文法が,聞き手により誤って分析され,はからずも斬新な文法や語が誕生する現象は,統語的再分析 (syntactic reanalysis) と呼ばれています.英語史においても頻繁に起こってきたとは言いませんが,決して稀な現象ではありません.詳しくは調査していませんが,OED による歴史的文例から示唆されるところによれば,each other に関しては,この現象が遅くとも15世紀半ばまでに生じていたとみられます.
以上,each other は,異分析の結果「お互い」を意味する語として突如生じたと解説してきました.冒頭にも述べたように,これは今のところ私の仮説にとどまっています.疑問文以外にも同様の異分析が生じる契機はあり得ましたし,その他なすべき考察や検証もいろいろと残っています.ですので,1つの可能性としてとらえてください.
それでも,こう考えてくると,「お互い」や each other の語としてのありがたさが分かってきたのではないでしょうか.歴史からの素敵な贈り物なのです.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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