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「#279. 言語への関心と言語学への関心のギャップ」 ([2010-01-31-1]) で述べたように,ほとんどの人々が程度の差はあれ言葉に関心があるし,何らかの意味で言葉の問題には注意を払っている.しかし,言語「学」となると話は別であり,人々の関心の度合いはぐんと下がる.なぜ言語学は人を寄せつけないのだろうか.
大きな理由として,人々にとって言葉は空気のようにあまりに自然で身近なものであり,改めて「学」として考察したり議論したりする動機づけを感じにくいということがあるだろう.近すぎて学の対象としてとらえにくいという事情があるのではないか.すでに「分かっている」ものについて,掘り下げて研究する必要性が感じられにくい.
言語学者も日常的にはある言語の話者であるから,その点では一般の人々と変わりない.せいぜい,日常的な言語使用に対するアンテナが,言語学者の場合には広かったり高かったりするという,程度の違いがあるくらいのように思われるかもしれない.しかし,言語学者が非言語学者と大きく異なるのは,言語をみる視点や態度にこそある.当たり前の物事を当たり前に見ていては学にならないので,その見方に創意工夫を凝らすのが言語学者ということになる.つまり身近な事柄に対して新鮮な視点を与えるというのが言語学者の身上であるから,言語学とはいってみれば視点の学なのである.もちろん観察対象となる言葉じたいが重要なことは言うまでもないが,それと同じくらい,場合によってはそれ以上に,観察する視点が重要である.
安井(23--24) は,およそ同趣旨のことを,次のように述べている.
言語について何か考えようとする場合,その材料となるものに関する限り,言語学者という専門家と専門家ではない一般の人々との間に,ハンディキャップのようなものはほとんどないことになる.このことは,言語学を,他の学問分野,たとえば,その研究対象が大型の粒子加速装置であるとか大型の望遠鏡であるとかを用いることによってはじめて得られるというような学問分野から区別している大きな特色であると考えられる.
もしも,同じ材料に基づいて言語というものを考えてゆくのであるなら,言語学者が考える言語の姿と,一般の人々が考える言語の姿とは,あまり違わないものになりそうな気もするであろう.専門家と非専門家とを比べているのであるから,「あまり違わない」というのはやや不正確で,むしろ,かなり違うことは,当然予想されるところであるが,その違い方は,いわば程度の差であって,専門家のほうが精密度の高い見方をしているにすぎないというふうに言うべきである,としても,もちろん,よろしい.が,実際は,どのようになっているのであろうか.結論を先に言うと,両者の間には,大きな,そしてむしろ質的な違いがあるように思われる.専門家の存在理由というのも,そこのことろにあるとしてよい.
どうしてそういうことになっているかと言うと,逆説的な言い方になるけれども,言語というものがあまりにも身近なものでありすぎるからである,と考えられる.ことばというものは,われわれの生活のすみずみにまでみなぎっており,われわれの生存の一瞬一瞬が,すべて言語によって支えられているのであると言っても,言いすぎではない.言語というものは,それくらいわれわれの生活に密着しているものである.したがって,われわれは,一般に,ことばのない世界というものは想像することさえできないし,あるいは,人間のことばをまったく解さない,たとえば,宇宙人のようなものが人間のことばに接したときに示すかもしれない反応についても,それがどのようなものであるのか,見当をつけることもできないのではないかと思われる.けれども,言語の構成がどのようになっているかということや,私たちが言語を用いているときの姿がどのようなものであるかというようなことを調べようとする場合には,まさに,このような,いわば自分を言語から一度つき放してみるという態度,つまり,言語という世界の外側に身を置き,そこから言語の世界を,できるだけとらわれない,新鮮な目で観察しなおしてみるという態度が必要であると思われる.
つまり,言語学は「宇宙人の視点」で言語を観察するということである.「宇宙人の視点」を提案したり獲得したりすることは,観察する対象が言葉でなくとも,地球人にとって学ぶところが多いだろう.異なる視点,多様な見方が重要性を増している現代,言語学は多くのものを差し出すことができるはずである.
・ 安井 稔 『20世紀新言語学は何をもたらしたか』 開拓社,2011年.
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最終更新時間: 2024-09-24 08:28
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