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暗号 (cryptology) と言語・文字の関係について「#2699. 暗号学と言語学」 ([2016-09-16-1]),「#2701. 暗号としての文字」 ([2016-09-18-1]),「#2717. 暗号から始まった点字」 ([2016-10-04-1]) その他の記事で考えてきた.その関連で,稲葉(著)『暗号学 歴史・世界の暗号からつくり方まで』を読んだ.著者はカエサル暗号,ポリュビオス暗号,エニグマ暗号などの典型的な暗号のみならず,点字や手話も含めて広い意味での「暗号」ととらえており,その洞察に刺激を受けた.点字や手話を暗号ととらえる視点は,ともすればそれを常用する人々にとって失礼な見方ではあるかもしれない.点字や手話はその常用者にとって事実上の母語であり,それが一般の多くの人々にとっては理解されず謎めいているように見えるからといって,「暗号」などと称されるいわれはない,と.
しかし,点字や手話に限らず,実はあらゆる言語や文字が同じ意味において「暗号」となりうるのだ.英語を理解しない者とっては英語は暗号そのものだし,日本語を理解しない者にとっては日本語は暗号である.つまり,点字,手話,日本語,英語,文字,その他の言語代替物(トーキング・ドラム,狼煙,手旗信号,野球のサイン等)は,条件次第で暗号となりうるということだ.「暗号である」というよりは「暗号としても用いられる」と表現すれば誤解がないだろう.
実際,「#2699. 暗号学と言語学」 ([2016-09-16-1]) で触れたように,第2次世界大戦中,アメリカ先住民のナヴァホ族はナヴァホ語を操る暗号員 "codetalker" として活躍した.ガダルカナル攻略戦,サイパン上陸作戦,硫黄島攻撃などで活躍したとされる.ナヴァホ語(正確にはナヴァホ語に基づいて作られたコード体系)は,ナヴァホ族にとっては母語以外の何物でもないが,外の世界には通じにくいという条件が利用され,暗号として「も」利用されたということである.
なお,稲葉 (52) によると,興味深いことに日本国内でも似たようなコード・トーカーが存在したという.そこでコードとなった言語は,なんと鹿児島弁である.
アメリカがナバホ語という少数民族の言語をつかったのと同じように,第2次世界大戦中,日本の外交官が早口の鹿児島弁で重要事項を電話連絡したことがあった.普通なら,戦時下の電話は盗聴されている前提で暗号がつかわれるが,早口の鹿児島弁は同郷人でないとわからないほど独特の方言であるため,暗号と同じような役割をはたしたのだ.
確かに,このようなコード・トーカーには,英語や日本語といった大言語の母語話者ではなく,マイノリティ言語の母語話者が採用されるのが常だろう.しかし,この差異は,その言語の言語学的条件というよりは社会言語学的条件に依存するにすぎない.社会的な条件さえ満たされれば,すなわち外の世界に通じにくい言語であるという条件が満たされれば,あらゆる言語が暗号として用いられ得る.この見方を取れば,「外国語」は暗号であり,その翻訳は暗号化・復号化であるといえる.
・ 稲葉 茂勝 『暗号学 歴史・世界の暗号からつくり方まで』 今人舎,2016年.
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最終更新時間: 2024-09-24 08:28
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