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昨日の記事「#1486. diglossia を破った Chaucer」 ([2013-05-22-1]) で,diglossia について解説した.diglossia は古今東西に広く観察され,稀な現象ではないこともあり,その概念と用語は学界で大成功を収めるに至った.
しかし,Ferguson の提案した diglossia は,次第に拡大解釈を招くようになった.昨日も述べた通り,本来の diglossia は1言語の2変種の間にみられる上下関係を指すものだったが,Fishman (Sociolinguistics 75) は異なる2言語の間にみられる上限関係をも diglossia とみなした.これにより,例えばパラグアイにおける Spanish と Guaraní のように系統的には無関係の言語どうしの関係も,diglossia の範疇に含められた.また,中世イングランドにおける Norman French と English の関係も diglossia として言及できるようになった.diglossia の概念の拡大は,この辺りまでであれば,いまだ有用性を保っているように思われる.
ところが,diglossia は,2変種あるいは3変種の併用状況を指すにとどまらず,10言語併用や20言語併用といったほとんど無意味な細分化の餌食となっていった.すべての言語共同体には各種の方言 (dialects) や使用域 (registers) があり,これらをも変種 (varieties) とみなすのであれば,どの共同体も多かれ少なかれ diglossic ということになってしまう.Ferguson は言語共同体の類型論のために diglossia という概念を提案したのだが,その意図が汲み取られずに,概念が無意味なまでに拡大されてしまった.イギリスやアメリカのように複数の社会方言の併用状況が問題となっているのであれば,diglossia というのは大げさであり,"social-dialectia" ほどでよいのではないか (Hudson 51) .
diglossia に関するもう1つの問題は,Ferguson にせよ Fishman にせよ,diglossia を静的な言語状況としてしかとらえていない点にある.なぜそのような言語状況が生じたのかという,動的,通時的な次元の考察が抜け落ちている.昨日示した Ferguson の定義には "a relatively stable language situation" とあるし,Fishman ("Prefatory Note" 3) では,"an enduring societal arrangement, extending at least beyond a three generation period" とあり,持続的,安定的な社会言語学的状況が前提とされている.しかし,昨日も中世イングランドについてみたように diglossia は破られうるものである.どのように diglossia の状況が起こり,どのように持続し,どのように解消されるのかという通時的な視点がない限り,しばしば旧植民地において上位変種を占めているヨーロッパ宗主国の言語と,現地の下位変種の言語との上下関係が固定的なものであり,解消されないものであるというイデオロギーが助長されかねない.つまり,diglossia を「安定的」と表現することは,すでにある種のイデオロギーが前提とされているのではないかということになる.少なくとも,diglossia を解消しようと運動している社会改革者にとって,diglossia の定義の中に「安定」や「持続」という表現が盛り込まれるのは我慢ならないことだろう.カルヴェ (68) は次のように述べている.
このように,ダイグロシアという概念が成功を収めたことは,それが世に問われた歴史上の時代によって説明されるような印象を受ける.アフリカ諸国の独立期に,数多くの国が複雑な言語状況に直面していた.一方では多言語状況,そして他方では旧宗主国の言語の公的側面における優位支配である.こうした状況に理論的枠組みを与えるうえで,ダイグロシアは,正常で安定したものとして紹介される傾向にあり,それがみずから呈する言語紛争をもみ消して,状況が何も変わらないということをある意味で正当化する傾向にあった(実際,植民地支配を脱した国のほとんどにおいて起こったことであった).このような学問とイデオロギーとの関係は,稀なることではない.
・ Fishman, J. Sociolinguistics: A Brief Introduction. Rowley: Newbury House, 1971.
・ Fishman, J. "Prefatory Note." Languages in Contact and Conflict, XI. Ed. P. H. Nelde. Wiesbaden: Steiner, 1980.
・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.
・ ルイ=ジャン・カルヴェ(著),萩尾 生(訳) 『社会言語学』 白水社,2002年.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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