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terminology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-05-01 05:55

2012-12-18 Tue

#1331. 語彙の英米差を整理するための術語 [terminology][ame_bre][lexicology][lexeme]

 語彙の英米差には,様々な種類ものがある(例は,[2010-04-19-1]の記事「#357. American English or British English?」を参照).種々の語彙の英米差を区別,整理,言及するのに,一群の術語を導入すると便利だと考えた.以下で説明しよう.
 英語には英米の変種が区別されると言われる.各変種をそれぞれ "the British variety of English", "the American variety of English" と呼ぶことにしよう(この短縮形が,それぞれ "British English" であり "American English" である).この2つの変種の間には多くの "lexical variation" (語彙的変異)が観察される.その変異の例の一つひとつを "a (lexical) variable" ((語彙的)変項)と呼ぶことにする.例えば,"a rest of time" (休暇)を意味するのに,典型的にイギリス英語では holiday を用いるが,アメリカ英語では vacation を用いる.このとき,この意味に関する英米変種間の variable は, "the British variant" (イギリス英語版の異形) holiday と,"the American variant" (アメリカ英語版の異形) vacation の2つの異形のあいだの揺れとして記述できる.これを次の1のような記法で表わすことにしよう.

1. ("a time of rest"): BrE holiday ~ AmE vacation


 語彙的変項には別種のものもある.pants という語は,イギリス英語では "underpants" (下着)を意味するが,アメリカ英語では "trousers" (ズボン)を意味する.これは次の2のように記述できる.

2. (pants): BrE "underpants" ~ AmE "trousers"


 いずれの場合も変項は ( ) で囲むこととし,斜体の文字列は "signifiant" を,引用符でくくった文字列は "signifié" を表わすものとする.あるいは,別の用語を導入すれば,斜体の文字列は "lexeme" (語彙素)を,引用符でくくった文字列は "sememe" (意義素)を表わすものとする.
 語彙的変異のなかでも,1のタイプの変項は,同じ sememe に対して異なる lexeme が各変種で対応するので,"a synonymic variable" と呼ぶことができる.一方,2のタイプの変項は,同じ lexeme に対して異なる sememe が各変種で対応するので,"a homonymic variable" と呼ぶことができる.
 ほかにも,undergroundsubway の関係のように,英米変種間でともに "synonymic variables" でもあり "homonymic variables" でもあるような語群があるが,このような語群は "a lexical class (field) of variables" を構成していると表現できるだろう.first floor, second floor, third floor 等々も,階数に関する "a lexical class of variables" と呼んでよい.
 以上のように,"variation", "a (lexical) variable", "a variant", "a lexeme", "a sememe", "a synonymic variable", "a homonymic variable", "a lexical class of variables" という用語を導入することで,語彙の英米差の複雑な状況を整理することに役立つのではないか.なお,ここでの lexeme や sememe という術語の用法は,形態論や意味論で用いられる際の定義と厳密には異なっている可能性があるが,前者が問題の variant における signifiant を,後者が signifié を指すものとして前もって了解しておけば,対応語句として便利に使えるだろう.あえて "word" (語)という術語を用いず,"lexeme" などを持ち出したのは,必要であれば,「#22. イディオムと英語史」 ([2009-05-20-1]) で触れたようにイディオムのような単位にも対応させられるからである.

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2012-11-23 Fri

#1306. for the nonce [etymology][inflection][metanalysis][terminology][sir_orfeo][oed][dative][genitive][ormulum]

 for the nonce (さしあたって,当座は;当分)という句がある.The team is called "the Lions," at least for the nonce. のように使われる.この表現には,定冠詞 the のかつての屈折形の名残がみられ,語源的に興味深い.
 現在の形態に直接につながる初例は,1200年くらいの作とされる Ormulum において forr þe naness として現われる.第3語の語頭の n は,直前の定冠詞の初期中英語での単数与格屈折形 þen の語末の n異分析 (metanalysis) されたものであり,語幹の一部と再解釈されて現在に至っている.かつての単数与格屈折語尾が意外なところで化石的に生き残っている例である.
 この句は,形態的にも意味的にも現代英語でいう *for the once に対応するかのように見えるが,歴史的には第3語を once あるいは one's[2009-07-18-1]の記事「#81. oncetwice の -ce とは何か」を参照)に相当する初期中英語の属格に基づく表現に直接由来すると解するには難点がある.OED によれば,属格形は確かに間接的には関与するだろうが,この句は,むしろ古英語に見られる to þam anum や その初期中英語版 to þan ane などと比較されるべき,one の与格を含む表現として始まったのではないかという.後に定着した属格形は,与格形が置換されたものと考えられる.置換の理由としては,「一度」を意味するのに属格に由来する anes, ones と並んで,与格に由来する ane, ene も用いられたことから,両者の交替が自然だったのではないか.
 中英語では,異分析が生じる前の形態と生じた後の形態が共存しており,MED には ōnes (adv.) の語義5と nōnes (n.(1)) の語義1の両方に,この句が登録されている.後者によれば,現在に伝わる「臨時に」と「当座は」の語義のほかに,強意語として "indeed" ほどの語義や,韻律的な埋め草としての意味の希薄な用法があると記載されている.強意あるいは埋め草としての例を,Bliss 版 Sir Orfeo (Auchinleck MS, ll. 51--56) から引こう.

Þe king hadde a quen of priis
Þat was y-cleped Dame Heurodis,
Þe fairest leuedi, for þe nones,
Þat miȝt gon on bodi & bones,
Ful of loue & of godenisse;
Ac no man may telle hir fairnise.


 句として以外にも,nonce には「臨時の」という形容詞としての用法がある.名詞とともに一種の複合語を形成して,言語学の術語として nonce-word (臨時語),nonce-form (臨時形)などと使う.この用法の初例は,OED の編纂者 James Murray が1884年に OED 初版の説明書きに用いたときである.

1884 N.E.D. Fasc. 1, p. x, Words apparently employed only for the nonce, are, when inserted in the Dictionary, marked nonce-wd.


 OED にこの旨が詳しく記載されているのだから,OED による自作自演の用法といってよいだろう.

 ・ Bliss, A. J., ed. Sir Orfeo. 2nd ed. Oxford: Clarendon, 1966.

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2012-10-06 Sat

#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか [terminology][verb][grammar][history_of_linguistics][etymology][dionysius_thrax][sobokunagimon]

 昨日の記事「#1257. なぜ「対格」が "accusative case" なのか」 ([2012-10-05-1]) に引き続き,文法用語の問題について.術後一般にいえることだろうが,文法用語には意味が自明でないものが多い.例えば,他動詞を "transitive verb" ,自動詞を "intransitive verb" と呼んでいるが,transitive とは何のことを指すのだろうか.
 transitive は,語源的にはラテン語 transitīvus に遡り,その基体となる動詞は transīre (trans- "over" + īre "to go") である.transitive は,全体として "going over, passing over" ほどの意味となる.OED で "transitive, a. (n.)" の語義およびその例文の1つを確認すると,次のようにあった.

2. a. Gram. Of verbs and their construction: Expressing an action which passes over to an object; taking a direct object to complete the sense.
. . . .
1590 J. Stockwood Rules Constr. 64 A verbe transitiue .. is such .. as passeth ouer his signification into some other thing, as when I say, 'I loue God'.


 ここから,動詞の表わす動作の影響が他のもの(目的語の指示するもの)へ「及ぶ」「伝わる」という点で,"going over, passing over" なのだとわかる.
 verbum transitīvum "transitive verb" という用語そのものではなくとも,動詞のこのとらえ方は,2世紀に古代ギリシア語文法を著わした Apollonius Dyscolus に帰せられる.Dionysius Thrax の Techne Grammatike を継承し,後の Priscian のラテン語文法にも大きな影響を与えた偉大な文法学者である.Dyscolus は,名詞(の格)と動詞の関係に注目し,動詞の用法を transitive, intransitive, passive へと分類した.言語学史における Dyscolus の評価を,Robins (47) より引用しておこう.

Syntax was dealt with extensively by Apollonius Dyscolus writing in Alexandria in the second century A. D. He wrote a large number of books, only some of which survive, and it would appear that despite earlier writings on Greek syntax his was the first attempt at a comprehensive syntactic description and analysis of the Greek language. His importance, together with that of the Téchnē, was realized by his successors, and the great Latin grammarian, Priscian, some three centuries later referred to him as 'the greatest authority on grammar', and explicitly imposed Apollonian methods on his own full-scale description of the Latin language.


 ・ Robins, R. H. A Short History of Linguistics. 4th ed. Longman: London and New York, 1997.

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2012-10-05 Fri

#1257. なぜ「対格」が "accusative case" なのか [terminology][case][greek][latin][grammar][history_of_linguistics][etymology][sobokunagimon]

 古英語を含む印欧諸語の文法では,様々な格 (case) に専門的な呼称が与えられている.印欧祖語に再建される8格でいえば,それぞれ主格 (nominative) ,対格 (accusative) ,属格 (genitive) ,与格 (dative) ,具格 (instrumental) ,奪格 (ablative) ,位格 (locative) ,呼格 (vocative) と呼ばれる.それぞれの英単語はいずれもラテン語由来だが,ラテン語としてみれば,およそ当該の格の代表的な意味や用法が反映された呼び名となっている.
 genitive は,ややわかりにくいが,ラテン語 genitus 「生み出された」に由来し,典型的に「生まれ,起源」を表わす属格の用法をよく反映している.むしろ,日本語の訳語に問題があるのかもしれない.
 だが,accusative は理解しにくい.なぜ,これが対格(あるいはその機能)に対応するのか.accuse は「訴える,非難する」の意で,同義のラテン語 accūsāre に由来する.対格に直接かかわるとは思えない.
 しかし,accusative の語源を調べてみると,事情が判明する.格の名称は古代ギリシア語の文法用語に由来し,そこでは aitiātikḕ (ptōsis) "(the case) of that which is caused or affected" と呼ばれていた.aitíā に "cause" の語義があったのである.ところが,この aitiā は別に "accusation, charge" の語義を合わせもっていたため,翻訳者がこの用語をラテン語へ移し替える際に両語義を混同してしまい,"accusation" の語義として訳してしまった.正しくはラテン語 causātivus 辺りが訳としてふさわしかったのであり,この方向で継承されれば,英語では対格は causative (case) となっていたことだろう (Robins 44) .
 この誤訳の責任者は,ローマの代表的な教養人で,ローマで最も独創的な学者だったとも評される Varro (116--27 B.C.) であるといわれる.ラテン語文法をも論じた Varro は,4世紀の Donatus や6世紀の Priscian による影響力のあったラテン文法の影で,後世にとってその存在があまり目立たないが,ギリシア文法の模倣が全盛の時代にあって,独創的な仕事をした.例えば,それまでは明確に区別されていなかった屈折形態論と派生形態論を分けた功績は,Varro に帰せられる (Robins 63) .

 ・ Robins, R. H. A Short History of Linguistics. 4th ed. Longman: London and New York, 1997.

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2012-01-16 Mon

#994. syntagmatic relation と paradigmatic relation [linguistics][saussure][terminology]

 言語学における基本的な対立概念の1つに,syntagmatic relation と paradigmatic relation がある.
 言語表現において A--B--C と並んだ要素が互いにどのような関係にあるかを記述するとき,これを統合的関係 (syntagmatic relation) という.したがって,syntax と呼ばれる統語論とは,語の並び順の研究のことである.一方,A--B--C と並んだ要素で,例えば A の代わりに A' や A'' や A''' が現われることも可能だったし,B の代わりに B' や B'' や B''' が現われることも可能だったが,ここでは A と B がそれぞれ選択されたと考えられる.このとき,A, A', A'', A''', etc. や B, B', B'', B''', etc. の各要素間は系列的関係 (paradigmatic relation) にあるといわれる.(代)名詞や動詞の語形変化表などは paradigm と呼ばれるが,これは,表として整理されるている項目のいずれかが,言語表現上に実現されるからである.
 Martinet (49--50) の説明を拙訳つきで示そう.

. . . on a, d'une part, les rapports dans l'énoncé qui sont dits syntagmatiques et sont directement observables : ce sont, par exemple, les rapports de /bòn/ avec ses voisins /ün/ et /bier/ et ceux de /n/ avec le /ò/ qui le précède dans /bòn/ et le /ü/ qu'il suit dans /ün/. On a intérêt à réserver, pour désigner ces rapports, le terme de contrastes. On a, d'autre part, les rapports que l'on conçoit entre des unités qui peuvent figurer dans un même contexte et qui, au moins dans ce contexte, s'excluent mutuellement ; ces rapports sont dits paradigmatiques et on les désigne comme des oppositions : bonne, excellente, mauvaise, qui peuvent figurer dans les mêmes contextes, sont en rapport d'opposition : il en va de même des adjectifs désignant des couleurs qui peuvent tous figurer entre le livre... et... a disparu. Il y a opposition entre /n/, /t/, /s/, /l/ qui peuvent figurer à la finale après /bò-/.

一方では,発話には「統合的」と呼ばれる関係,直接に観察可能な関係がある.これは,例えば,/bòn/ が隣り合う /ün/ と /bier/ に対してもつ関係であり,/bòn/ や /ün/ のなかで /n/ が先行する /ò/ や /ü/ に対してもつ関係である.この関係を示すのに「対比」という用語を取っておくのがよいだろう.他方では,同じ文脈に現われうるが,少なくともその文脈では互いに排他的である要素間にみられる関係がある.この関係は「系列的」と呼ばれ,「対立」として示される.bonne, excellente, mauvaise は同じ文脈に現われうるので,対立の関係にあるといえる.le livre... と ... a disparu の間に現われうる色の形容詞についても事情は同じだ./bò-/ の後に最終音として現われうる /n/, /t/, /s/, /l/ の間にも対立がみられる.


 syntagmatic relation と paradigmatic relation は言語において極めて基本的な着眼点の差であり,その発想の源流は,ソシュール (Ferdinand de Saussure; 1857--1913) の統合関係 (rapport syntagmatique) と連合関係 (rapport associatif) にある.しかし,その後,異なる学派が異なる術語をもって論じているので,terminology には注意を要する.
 syntagmatic relation については,統合的関係のほか,連辞的関係,連項的関係,連鎖関係 (chain relation),両立の関係 (both-and),接合の関係 (conjunction),連関 (relation),構造 (structure) という術語が,paradigmatic relation については系列的関係のほか,範列的関係,選項的関係,選択関係 (choice relation),分立の関係 (either-or),離接の関係 (disjunction),相関 (correlation),体系 (system) という術語が認められる.

 ・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.

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2011-10-26 Wed

#912. の定義がなぜ難しいか (3) [morphology][terminology][word_formation][word][dictionary][lexicology][hapax_legomenon][ghost_word]

 [2011-10-24-1], [2011-10-25-1]に引き続き,語の定義の難しさを垣間見る記事の第3弾.語を定義する最も単純な方法,語の範囲を限定する最も直感的な方法は,辞書を参照することだろうと思われるかもしれない.辞書の見出し語はすべて「語」のはずであり,大型辞書を参照すれば当該言語の語の目録 (lexicon) を作成することができる,と.しかし,語の範囲を限定する際に,辞書に頼ってはならないいくつかの理由がある.Lieber (13--15) に拠って,列挙しよう.

 (1) 辞書は,編集者によってある方針に基づいて編まれている.編集者の想定する語の定義によっては収録語彙の範囲に差が生じる可能性があり,実際に,語に対する考え方は辞書間で異なっていることが普通である.差別用語や専門用語を掲載するかどうか,俗語や古語はどうか,新語はどの程度社会に浸透していれば収録可とみなせるか,接辞は語に含まれるか,派生語や複合語はどこまで納めるか,等々の決定において,各辞書編集者は独自の方針をもっている.世界最大の英語辞書 OED であっても,事情は変わらない.また,参照者においてもどの辞書を選ぶかという決定は恣意的である.辞書に語の定義を委ねることは,問題を一段階さかのぼらせたにすぎず,問題の解決になっていない.
 (2) 辞書には,一度しか文証されない語(臨時語,nonce word, hapax legomenon)が収録されている場合がある.例えば,OED では umbershoot という語が見出し語として挙げられており,James Joyce の Ulysses からの唯一の例が引かれているが,定義欄に "a word of obscure meaning" とある.果たして,これを実際的な意味において語とみなしてよいのだろうか.文豪 Joyce だから許されるのか,一般の話者の発する臨時語はどうなのか.
 (3) 誤植,勘違い,民間語源などにより,間違えて辞書に忍び込んでしまった幽霊語 (ghost word) なる語がある.OED には,ambassady なる hapax legomenon が収録されているが,これは ambassade の単純な綴り間違い,あるいは誤植ではないかと考えられている.辞書を盲信すると,実在しないかもしれない語を語としてみなす誤りが生じうる.特殊で意図的な幽霊語として,"mountweazel" 語と呼ばれるものがある.これは,辞書編纂者が他の辞書編纂者による辞書の著作権侵害を見破るために,意図的に密かに挿入した幽霊語であり,実在の語ではない.このような mountweazel 語の存在は,辞書を絶対的な語彙目録として用いることの危険を物語っている.
 辞書やその他の権威は,"Is xyz a word?" という問いに必ずしも正しい答えを与えてくれるとは限らないことが分かるだろう.

 ・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.

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2011-10-25 Tue

#911. の定義がなぜ難しいか (2) [morphology][terminology][word_formation][word]

 昨日の記事[2011-10-24-1]に引き続き,語の定義の難しさを垣間見る記事の第2弾.英語の正書法には,語と語の間に空白を入れる習慣があるので,語の定義は自明のように思われるかもしれない.しかし,英語に限らず言語一般について語を定義づけようとするのであれば,各言語の正書法の習慣に依存した定義は不適切である(正書法ですら,flower pot ~ flower-pot ~ flowerpot などの揺れが示すとおり,語の区切りは不明確である).そもそも書き言葉をもたない言語も多いのだから,話し言葉を基準にした語の定義がなされなければならない(言語学における話し言葉の優位性については,[2011-05-15-1]の記事「#748. 話し言葉書き言葉」を参照).
 Crystal (240--41) は,話し言葉で語を見分ける基準として,これまでに提案されてきたものを紹介している.以下に,解説を加えながら要約しよう.

 (1) 話し言葉で考えると,英語の正書法の空白に相当するものは発話上の休止 (pause) だが,自然の発話では語と語の間は流れるように連続することが多く,語を見分けるための基準として休止に頼る方法は見た目ほどうまくゆかない.ある文を,意識的に休止を入れながらゆっくりと読み上げるようにと話者に指示するテストにおいては,おおむね語の区切りで休止が入るが,必ずしもそうではない場合がある.例えば,The three little pigs went to the market. において,mar/ket と語中に休止の入る可能性がある.
 (2) 語を適当に追加・削除・置換せよというテストにおいては,例えば The big pig once went straight to the market. などが得られ,追加・削除・置換の生じる位置に語と語の区切りがあると想定できるかもしれない.これは,語の主たる特徴としてしばしば言及される中断不可能性 (uninterruptibility) に関するテストだが,abso-blooming-lutely のような例外のあることはよく知られている.
 (3) アメリカ構造言語学による「語とは "minimal free form" である」とする定義があるが,theof は実際には独立して現れることはほとんどない.他の語とともに現れるという点では,拘束形態素 (bound morpheme) に近い.
 (4) 語の内部でのみ作用する音韻規則があり,その規則が適用される範囲の内外を分ける境界線が,語と語の区切りと一致するではないか.諸言語の強勢の位置に関する規則や母音調和の規則は語の内部にのみ適用されることが多いので,これを利用するという方法だが,実際には例外も多い.
 (5) 意味単位の区切りが語と語の区切りに一致するのではないか.しかし,昨日の記事[2011-10-24-1]で触れたとおり,idiom は複数の語から成って初めて1つの意味単位に対応する.意味の単位と語の単位が必ずしも連動していない証拠である.

 誰もが直感的に知っているものに漏れのない科学的な定義を与えるということは,難しい.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2007.

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2011-10-24 Mon

#910. の定義がなぜ難しいか (1) [morphology][terminology][word_formation][idiom][word][proverb]

  (word) をいかに定義するかという問題は,言語学の最大の難問の1つといってよい.語は,いまだに明確な定義を与えられていない.形態素 (morpheme) についても事情は同じである.関連する議論は,以下の記事でも触れてきたので参照されたい.

 ・ #886. 形態素にまつわる通時的な問題: [2011-09-30-1]
 ・ #700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体: [2011-03-28-1]
 ・ #554. cranberry morpheme: [2010-11-02-1]

 さて,一般的な感覚で語を話題にする場合には,次の2つの条件を与えておけば語の定義として十分だろうと思われる (Carstairs-McCarthy 5) .

  (a) 予測不可能な (unpredictable) 意味を有し,辞書に列挙される必要があること
  (b) 句や文を形成するための構成要素 (building-block) であること

 しかし,この2つの条件を満たしていれば語と呼んでよいかというと,厳密には漏れがある.
 dioecious を例にとろう.日常的な感覚ではこれはれっきとした語である.まず,The plant is dioecious. あるいは a dioecious plant などと使え,句や文を構成する要素であるから,(b) の条件は満たしている.また,ほとんどの読者がこの語の意味(生物学の専門用語で「雌雄異体の」の意味)を知らなかったと思われるが,そのことは意味が予測不可能であるという (a) の条件を満たしていることを表わしている.しかし,いったんこの語を知ってしまえば,dioeciouslydioeciousness という派生形の意味は予測可能だろう.ここで (a) の条件が満たされなくなるわけだが,dioeciouslydioeciousnessdiocious と同じ資格で語としてみなすのが通常の感覚だろう.たとえ辞書には列挙されないとしても,である.
 別の例として,keep tabs on は「?に気をつける」という idiom を取りあげよう.この表現は,通常の感覚では3つの語から構成されていると捉えられ,論理的には語そのものではなく語より大きい単位とみなされている.つまり,(b) の条件を満たしていないことが前提となっているが,idiom の常として意味は予測不可能であり,(a) の条件は満たしている.idiom よりも大きな文に相当する単位でありながら,その意味が予測不可能なことわざ (proverb) も同様である.
 上の2つの例は,問題の表現が (a), (b) の条件 をともに満たしていて初めて語とみなせるのか,どちらかを満たしていればよいのか,あるいは条件の設定そのものに難があるのか,という疑問を抱かせる.Carstairs-McCarthy は,(a) を満たしている単位を lexical item,(b) を満たしている単位を専門的な意味での word として用い,区別の必要を主張している (12--13) .
 以上,語の定義の難しさを垣間見る記事の第1弾.

 ・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002.

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2011-10-15 Sat

#901. 借用の分類 [borrowing][terminology][loan_word][loan_translation]

 昨日の記事「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]) に引き続き,今回は借用の分類の話題を.Haugen の提案している借用の分類では,importation と substitution の区別がとりわけ重要である.分類を概観する前に,用語を導入しておこう.

 ・ model: 借用元の形式
 ・ loan: 借用により自言語に定着した形式
 ・ importation: model と十分に類似した形式を自言語へ取り込むこと
 ・ substitution: model に対応する自言語の形式を代用すること

 Haugen (214--15) は借用語を大きく3種類に分類している.

  (1) LOANWORDS show morphemic importation without substitution. Any morphemic importation can be further classified according to the degree of its phonemic substitution: none, partial, or complete.
  (2) LOANBLENDS show morphemic substitution as well as importation. All substitution involves a certain degree of analysis by the speaker of the model that he is imitating; only such 'hybrids' as involve a discoverable foreign model are included here.
  (3) LOANSHIFTS show morphemic substitution without importation. These include what are usually called 'loan translations' and 'semantic loans'; the term 'shift' is suggested because they appear in the borrowing language only as functional shifts of native morphemes.


 具体例で補足すると,(1) の(狭い意味での) loanword の典型例として,英語の America が日本語へそのまま借用された「アメリカ」がある.この際に生じたのは,形態的な importation であり,かつ音韻的にもほぼそのまま model が受け継がれている (imported) .一方,形態的に importation ではあるが,音韻的に完全に日本語化した (substituted) と考えられる「ラブ」 (love) がある.「ラヴ」として借用されたのであれば,音韻上,部分的に日本語化したと表現できるだろう.
 (2) の loanblend の例としては,複合語の借用の場合などで,形態的な importation と substitution が同時に見られる「赤ワイン」 (red wine) のような例が挙げられる.しばしば,hybrid として言及されるが,過程としての hybrid と結果としての hybrid は,本来区別すべきものである(昨日の記事[2011-10-14-1]の最終段落を参照).混合がその中で生じている形態の単位によって,blended stem, blended derivative, blended compound が区別される.
 (3) の loanshift には,loan_translation (翻訳借用; calque とも)呼ばれているもの,そして semantic loan (意味借用)と呼ばれているものが含まれる.前者では自言語の語彙目録に新たな morph が登録されることになるが,後者に至っては同形態がすでに存在するので,他言語からの影響を示すものは意味のみであるという点が特異である.ただし,既存の morph と意味の関連が希薄な場合には,語彙目録に異なる morph として立項されるかもしれない.意味の近似により既存の morph に従属する場合には loan synonym,意味の隔たりにより別の morph として立項される場合には loan homonym と呼ばれる.loan translation が複合語を超えてイディオムなどの連語という単位へ及ぶと,syntactic substitution と呼べることになるだろう (ex. make believe < F fair croire ) .
 借用の方法が importation か substitution か,借用の単位が morphology か phonology かによって (1), (2), (3) の区分と,さらなる下位区分が得られることになる.ここで注意したいのは,どの種の借用でも semantics のレベルでは必ず importation が生じていることである.「意味借用」などの術語に惑わされてはならないのは,いずれにせよ,意味は必ず借用されるということである.
 Haugen は,さらに細かい下位区分と多くの術語を導入しながら,借用を論題通りに "analysis" してゆく.借用という問題の奥深さが感じられる好論である.

 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.

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2011-10-14 Fri

#900. 借用の定義 [borrowing][terminology][loan_word]

 言語項目の借用 (borrowing) については,語の借用を中心に様々な話題を扱ってきた.英語史においても,語の借用史は広く関心をもたれるテーマであり,それ自体が大きな主題だ.借用語に関する話題は,時代ごとあるいはソース言語ごとに語を列挙して,形態的・意味的な特徴を具体的に指摘したりすることが多いが,借用という現象について理論的に扱っている研究はあまりない.そこで,借用の理論化を試みている Haugen の論文を紹介したい.
 Haugen (210--11) は,borrowing を "Sprachmischung" (= language mixture) あるいは "hybrid" と呼ばれる過程とは区別すべきだと説く.Sprachmischung はカクテルシェーカーで2言語の混合物を作るような過程を想像させるが,実際には2言語使用者であっても同時に2つの言語から自由に言語要素を引き出すということはしない.両者の間でめまぐるしく交替することはあっても,一時に話しているのはどちらか一方である.したがって,Sprachmischung は borrowing と同一視することはできないと同時に,それ自体が普通には観察されない言語現象である.また,"hybrid language" とは,あたかも "pure language" が存在するかのような前提を含意するが,"pure language" なるものは存在しない.
 このように,Sprachmischung や hybrid との区別を明確にした上で,Haugen (212) は borrowing を次のように記述し,定義づけた.

(1) We shall assume it as axiomatic that EVERY SPEAKER ATTEMPTS TO REPRODUCE PREVIOUSLY LEARNED LINGUISTIC PATTERNS in an effort to cope with new linguistic situations. (2) AMONG THE NEW PATTERNS WHICH HE MAY LEARN ARE THOSE OF A LANGUAGE DIFFERENT FROM HIS OWN, and these too he may attempt to reproduce. (3) If he reproduces the new linguistic patterns, NOT IN THE CONTEXT OF THE LANGUAGE IN WHICH HE LEARNED THEM, but in the context of another, he may be said to have 'borrowed' them from one language into another. The heart of our definition of borrowing is then THE ATTEMPTED REPRODUCTION IN ONE LANGUAGE OF PATTERNS PREVIOUSLY FOUND IN ANOTHER. . . The term reproduction does not imply that a mechanical imitation has taken place; on the contrary, the nature of the reproduction may differ very widely from the original . . . .


 借用の議論においてもう1つ重要な点は,借用は過程であり結果ではないということである.例えば,借用語は借用という歴史的過程の結果として共時的に観察される言語項目である.ある語が借用され,その借用語に基づいて新たな語形成が行なわれ,2次的に新語が作られた場合,この新語は共時的にはあたかも借用語のように見えるが,借用の過程を経たわけではないことに注意したい.借用が過程であるという点については,Haugen (213) も特に注意を喚起している.

Borrowing as here defined is strictly a process and not a state, yet most of the terms used in discussing it are ordinarily descriptive of its results rather than of the process itself. . . . We are here concerned with the fact that the classifications of borrowed patterns implied in such terms as 'loanword', 'hybrid', 'loan translation', or 'semantic loan' are not organically related to the borrowing process itself. They are merely tags which various writers have applied to the observed results of borrowing.


 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.

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2011-10-07 Fri

#893. shortening の分類 (1) [word_formation][terminology][acronym][blend][shortening]

 [2011-10-01-1]の記事「#887. acronym の分類」に引き続き,上位概念である shortening の分類を紹介したい.Heller and Macris は,厳格な術語群を導入して,shortening の類型の構築を試みた.下の表は,Haller and Macris (207) をほぼ忠実に再現したものである.

 1. Type of shortening
  A. Acronym (initial): ad
  B. Mesonym (medial): Liza
  C. Ouronym (tail): Beth
  D. Acromesonym (initial + medial): T.V.
  E. Acrouronym (initial + tail = blend): brunch
  F. Mesouronym (medial + tail): Lizabeth
 2. Medium shortened
  A. Phonology: ad, Liza, Beth
  B. Orthography: Dr.
 3. Hierarchy affected
  A. Monolectic (one word): ad
  B. Polylectic (more than one word, i.e., a phrase): brunch

 Haller and Macris は,Baum の acronym の分類に現われる 1st order, 2nd order などの区分は論理的でないとして,上の表の "1. Type of shortening" と "3. Hierarchy affected" の2つの観点を用いて様々な shortening の方法を整理した.1 の基準は,短化する前の元の形態 (etymon) からどの部分を残しているかという基準である.前,中,後とその組み合わせによる6つの論理的なクラスが設けられている.3 では,etymon が1語か,複数語からなる句かを区別する.この2つの基準によって,例えば brunch は "a polylectic acrouronym" であると分類される.
 しかし,とりわけ重要なのは,"2. Medium shortened" によって,従来は体系的に扱われてこなかった音韻上の短化と書記上の短化の区別が明示されたことである.両種類の短化は,etymon からの「引き算である」 (subtractive) という点で共通しているが,書記上の短化には特有の「置き換える」 (replacive) タイプがあることを指摘した点は注目に値する (203--04) .例えば,£pound の書記上の短化とみなすことができそうだが,前者は後者の書記上のどの部分も反映していないので,置換というほうが適切である.この考え方でゆけば,Xmas (= Christmas) のような例は,"acroreplacive" とでも呼べることになる (204) .
 この3つの基準によって,既存の shortening の大多数を記述することができる.この基準では記述できない複雑な例もあるだろうが,基本を押さえていれば応用は難しくない.

 ・ Heller, L. G. and James Macris. "A Typology of Shortening Devices." American Speech 43 (1968): 201--08.

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2011-10-01 Sat

#887. acronym の分類 [word_formation][terminology][acronym][initialism][blend]

 [2011-09-29-1]の記事「#885. Algeo の新語ソースの分類 (3)」の分類表を眺めていると,いろいろと気づくことが多い.その1つに,ITEM_NO で 21--25, 27, 28 の語に共通して付与されている acronym頭字語)という語形成の呼称に関する問題がある.
  通常,acronym は radar (= radio detection and ranging) のようにそれ自身が1語として発音されるものを指し,アルファベットとして1文字ずつ読まれる FBI の類の initialism (頭文字語)とは区別される.Web3CALD3 の定義を見てみよう.

Web3: a word formed from the initial letter or letters of each of the successive parts or major parts of a compound term (as anzac, radar, snafu)

CALD3: an abbreviation consisting of the first letters of each word in the name of something, pronounced as a word


 acronym は,上記のように initialism と区別された上で,さらに下位区分される.Algeo の分類表にある "1st order" や "2nd order" というものがそれである.この分類は Baum (49) に拠っているようなので,そちらを参照してみると次のように説明されていた.

 ・ acronym of the 1st order (or a pure acronym): "formed only from the first letter of each major unit in a phrase" (ex. asdic for Anti-Submarine Detection Investigation Committee)
 ・ acronym of the 2nd order: "two initial letters of the first unit" (ex. radar for radio detection and ranging, loran for long range navigation)
 ・ acronym of the 3rd order: "Lewis Carroll's portmanteau word" (ex. motel from motor and hotel)
 ・ acronym of the 4th order: "a blend formed from the initial syllables of two or more words" (ex. minicam for miniature camera, amtrac for amphibious tractor)
 ・ acronym of the 5th order: "other coinages [that approach] agglutinative extremes, introducing medial as well as initial and final letters" or "a code designation very much like the truncated blends used in cablegrams" (ex. TRANSPHIBLANT for Transports, Amphibious Force, Atlantic Fleet)

 5th order ともなると,acronym と呼んでしかるべきかどうか,おぼつかなくなってくる.the 3rd order の blend ですら,acronym の一種ととらえるのは妥当かどうかおぼつかないが,etyma となる最初の語の頭字を取っている点で,少なくとも半分は acronym 的だったのだなと新たな視点を得られる.
 最初,このような acronym の下位区分は分類のための分類ではないかと疑っていたが,acronym, blend, clipping, initialism などの関係を明らかにするのに有益だということがわかった.また,Baum が半世紀も前に早々と指摘していた通り,"Perhaps now that the acronym has been institutionalized, some kind of order will be re-established in discussions of this subject" (50) .
 acronym という用語は1943年に初出しており,その年代は acronym による造語力が爆発的に増大し始めた時期(出現した時期ではない)とおよそ一致するに違いない.整理の必要があるほどに acronym が増えてきたということだろう.

 ・ Baum, S. V. "The Acronym, Pure and Impure." American Speech 37 (1962): 48--50.

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2011-09-30 Fri

#886. 形態素にまつわる通時的な問題 [morphology][terminology][diachrony]

 現代の言語学で形態素 (morpheme) は基本的な言語単位の1つとして広く認められているが,研究者によってその定義は異なっており,確かな共通の基盤が存在しないことは驚くべきことである.Bolinger が指摘しているように,"it [the morpheme] represents at present a curious survival of the confusion of contemporary and historical analysis" (18) .この問題については, [2010-11-02-1]の記事「cranberry morpheme」や[2011-03-28-1]の記事「#700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体」でも触れた.
 最も早くからは Bloomfield の定義が知られている."a linguistic form which bears no partial phonetic-semantic resemblance to any other form" (Section 10.2) .しかし,おそらく最も広く受け入れられている定義は,Hockett や Nida による "the smallest meaningful element" とするものだろう.
 形態素の同定の悩みは,典型的に,接辞と語幹の区別に関する問題に現われる.例えば,disease は語源知識を頼りにすると dis- + ease と形態素分析されるかもしれない.原義は「安らかにあらず」で,「病気」との意味的距離は近い.語源を教えられればこの形態素分析は正当化されるように思われるが,「語源を教えられれば」という条件を,本来,共時的であるはずの形態素分析に加えてよいものだろうか,という問題が持ち上がる(関連して[2011-09-10-1]の記事「#866. 話者の意識に通時的な次元はあるか?」を参照).大多数の英語話者にとって disease はより小さい単位へと分析される必要の感じられない1つの形態単位かつ意味単位であり,平均的話者の共時的な言語感覚を記述することが形態理論の目指すところであるとするのであれば,この語は1形態素から成ると結論せざるを得ないだろう.
 一方で,dishonestydisinterest については,dis- が否定の接頭辞であり,語幹から区別し得るという感覚は,少なくとも disease に比べれば強いかもしれない.この場合には,dis- は形態素として切り出すことができるということになるだろうか.
 同じような問題は,無数の例に観察される.motorcycle は2形態素から成ると認識されるだろうが,bicycle はどうか( cycle 部分の母音の違いにも注意).recall, reclaim, return には,re- の接頭辞としてのおよそ一様な意味「再び;戻って」を感じることができるかもしれないが,語源的に同一の接頭辞をもつ repertory, religion, recipe には,それはおそらく感じられないだろう.話者の語源的な知識や語に対する感覚によって,この辺りの判断は揺れるのだろうが,いずれにしても共時的な re- と通時的な re- とを区別する必要はあるのではないだろうか.しかし,通常,両方の re- は一緒くたに扱われ,形態素に共時的次元と通時的次元が奇妙に混在する結果となっている.そして,この種の取り扱いの難しい「形態素ぽいもの」を指すのに,連結形 (combining form) という別の術語が用意されることにもなっている ([2010-10-31-1]) .
 Bolinger は,共時的な次元での形態素を "formative" ,通時的な次元での形態素を "component" と呼び分けて,従来の混乱を避けるべきだとしている(なお,cran- のような cranberry morpheme は,"residue" としてさらに区別すべきとしている).無論,両者の区別の曖昧性は,術語の問題である以前に,本質的な問題であることは上に述べた通りではある.しかし,少なくとも術語の区別をつけておけば,常に共時態と通時態の問題に注意を喚起してくれるものとして役に立つだろう.
 この区別を考慮すると,例えば once の語末の ce は,共時的には何の意味もなさないので formative とは呼べないが,通時的にはかつての属格語尾を体現しており component とは呼べることになる(oncetwice の語形成については ##81,84 の記事を参照).
 結論としては,Bolinger にとって,共時的な意味での morpheme (= formative) の基準は,"Potentiality for new combination" (21) にあるということのようだ.少なくとも意味に依拠しない分,扱いやすいのかもしれないが,potentiality をいかに測るかという別の問題はあるだろう.

 ・ Bolinger, Dwight L. "On Defining the Morpheme." Word 4 (1948): 18--23.
 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2011-09-29 Thu

#885. Algeo の新語ソースの分類 (3) [word_formation][morphology][borrowing][terminology]

 昨日と一昨日の記事 (##883,884) で取りあげてきた,Algeo による word-making の詳細分類の続編.Algeo の論文の補遺 (129--31) には,彼が9個の基準 (CR1--CR9) により設けた37クラス (CLASS) と,各クラスおよびその下位クラスを代表する63語 (NEW_ITEM) が表の形で示されている.今日は,その表に MAJOR_CLASS なる大分類 (root creation, conversion, clipping, composite, blending, borrowing) の情報を加えたものを掲載する.word-making の分類の際のお供に.
 9個の基準分類については,改めて以下に要約しておく.

 CR1: Does the new item have an etymon?
 CR2: Does the new item have a borrowed etymon?
 CR3: Does the new item combine two or more etyma?
 CR4: Does the new item shorten an etymon?
 CR5: Does the new item have an etymon that lacks a formal exponent in the item?
 CR6: Does the new item have a phonological motivation?
 CR7: Do the etyma include more than one base? (More precisely: If there is only one etymon, does it consist of more than one base; or if there are several etyma, do at least two contain bases?)
 CR8: Does the new item derive from written rather than spoken etyma?
 CR9: Does the new item add new morphs to the language?

ITEM NO.NEW_ITEMCR1CR2CR3CR4CR5CR6CR7CR8CR9ETYMATRADITIONAL_CLASSCLASSMAJOR_CLASS
1googol-0000-00+---arbitrary coinage1root creation
2miaow-0000+00+---onomatopoeia2root creation
3fun (adj)+--------fun (n)functional shift3conversion
4watt+--------(James) Wattcommonization3conversion
5grudge+----+--+grutchanalogical reformation4conversion
6splosh+----+--+splashanalogical reformation4conversion
7cónstrùct+----+--+constrúctanalogical reformation4conversion
8mho+----+-++ohmreverse form5conversion
9bassackwards+----++-+assbackwardsspoonerism6conversion
10cab+--+----+cabrioletback clipping (stump word)7clipping
11'fessor+--+----+professoraphaeresis7clipping
12curtsy+--+----+courtesysyncope7clipping
13flu+--+----+influenzafront & back clipping7clipping
14H+--+---++horse, heroininitialism8clipping
15prof+--+---++professorfront clipping8clipping
16Dr.+--+---+-Doctorabbreviation9clipping
17jet+--+--+--jet-propelled airplaneclipped compound10clipping
18show biz+--+--+-+show businessclipped compound11clipping
19sitch com+--+--+-+situation comedyclipped compound11clipping
20CO+--+--+++commanding officerinitialism12clipping
21scuba+--+--+++self contained underwater breathing apparatusacronym, 1st order12clipping
22radar+--+--+++radio detecting and rangingacronym, 2nd order12clipping
23Inbex+--+--+++Industrialized Building Expositionacronym, 2nd order12clipping
24Nabisco+--+--+++National Biscuit Companyacronym, 2nd order12clipping
25bit+--+--+++binary digitblend (acronym, 3rd order; acrouronym)12clipping
26Amerindian+--+--+++American Indianblend12clipping
27bus ad+--+--+++business administrationclipped compound (acronym, 4th order)12clipping
28sit com+--+--+++situation comedyclipped compound (acronym, 4th order)12clipping
29vroom+--+-+--+boomonomatopoeia & phonestheme13clipping
30morphonemics+--+-++-+morphophonemicshaplology14clipping
31riddle+--+++--+riddles & -sback formation15clipping
32burger+--++++-+hamburger & hamback formation16clipping
33slowly+-+------slow & -lysuffixation17composite
34unloose+-+------un- & looseprefixation17composite
35funhouse+-+---+--fun & housecompound18composite
36abso-damn-lutely+-+---+--absolutely & damnsandwich term18composite
37dice+-+--+--+die & -smetanalysis19composite
38ofay+-+--+--+foe & ayPig Latin19composite
39hotshot+-+--++--hot & shotrime compound20composite
40tiptop+-+--++--tip & topablaut compound20composite
41funny farm+-+--++--funny & farmalliterative compound20composite
42bye bye+-+--++--bye & byereduplication20composite
43goodschmood+-+--++-+good & schm- & goodreduplication with onset substitution21composite
44trouble and strife ("wife")+-+-+++--trouble & and & strife & wiferiming slang22composite
45buxom ("busty")+-+-+++--buxom & bosomclang association22composite
46hanky+-++----+handkerchief & -yclipping & suffix23blending
47happenstance+-++--+--happening & circumstanceblend24blending
48smog+-++--+-+smoke & fogblend25blending
49scrunch+-++--+-+scram/screw/scrimp & bunch/crunch/hunchphonesthemes25blending
50bridegroom+-++-++--bridegoom & groomfolk etymology26blending
51guesstimate+-++-++-+guess & estimateblend27blending
52meld+-++-++-+melt & weldblend27blending
53prepocerous+-++-++-+preposterous & rhinocerosforced rime27blending
54sayonada++------+sayonarapopular adoption28borrowing
55sayonara++-----++sayonaralearned adoption29borrowing
56disc++-+---++discusadaptation30borrowing
57foot ("metrical unit")+++-+----foot & pēscalque31borrowing
58superman+++-+-+--super & man & &Uum;bermenschloan translation32borrowing
59foe paw+++-+++--foe & paw & faux pasfolk etymology33borrowing
60fox pass+++-++++-fox & pass & faux pasfolk etymology34borrowing
61coffee klatch++++--+-+coffee & Kaffee Klatschloanblend35borrowing
62chaise lounge++++-++++chaise longue & loungeloanblend & folk etymology36borrowing
63tamale++++++--+tamal-es & -smetanalysis37borrowing


 ・ Algeo, John. "The Taxonomy of Word Making." Word 29 (1978): 122--31.

Referrer (Inside): [2012-05-25-1] [2011-10-01-1]

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2011-09-28 Wed

#884. Algeo の新語ソースの分類 (2) [word_formation][morphology][borrowing][terminology]

 昨日の記事「#883. Algeo の新語ソースの分類 (1)」 ([2011-09-27-1]) の続編.Algeo による word-making の9個の基準は,以下の問いで表わされる.

 (1) Does the new item have an etymon?
  既存の語から作られているかどうか.ほとんどの新語について答えは Yes だが,そうでない稀なケースでは語根創成 (root creation) が行なわれていると考えられる.例えば,10の100乗の数を表わす googol は,子供による語根創成とされる.
 (2) Does the new item have a borrowed etymon?
  この基準は,(1) が Yes の場合に,その既存の語が自言語(化された)のものであるか,他言語から借用されたものであるか (borrowing) を区別する.例えば,influenza は借用語だが,fluinfluenza が自言語化した後にそれに基づいて作られた語と考えられるので,この基準の問いの答えは No となる.
 (3) Does the new item combine two or more etyma?
 (4) Does the new item shorten an etymon?
  この2つの基準を掛け合わせると,以下の4種類の区別が得られる.
 1 etymon2+ etyma
unshortenedfun (conversion)funhouse (composite)
shortenedcab (clipping)smog (blending)

  名詞の fun から形容詞の fun が生じるような例は,品詞転換 (conversion), 機能転換 (functional shift), ゼロ派生 (zero-derivation) などと呼ばれる.語彙体系に新しい語形が加わるわけではないという点で,特異である.
 (5) Does the new item have an etymon that lacks a formal exponent in the item?
  smog においては,元となっている smokefog の形態がそれぞれ部分的にではあるが反映されている.しかし,なかには元となっている要素が形態上まったく反映されていない例がある.例えば,supermanÜbermensch翻訳借用 (loan translation or calque) とされるが,形態上,新語に原語の要素は反映されていない.Cockney riming slang の trouble and strife (= wife) も同様の例である(ただし,まったく反映されていないわけではないので線引きは難しい).
 (6) Does the new item have a phonological motivation?
  grutch の語末子音の置換により grudge が生じたり,morphophonemics から重音脱落により morphonemics が生じたりする例などがある.
 (7) Do the etyma include more than one base? (More precisely: If there is only one etymon, does it consist of more than one base; or if there are several etyma, do at least two contain bases?)
  funhouse では答えは Yes であり slowly では答えは No である.つまり,この基準は,複合 (compounding) と接辞添加 (affixation) を区別する.それ以外にも,jet-propelled airplane を切り株にしたと考えられる jet と,cabriolet を切り株にした cab とを区別するのにも関与する.
 (8) Does the new item derive from written rather than spoken etyma?
  situation comedy の短縮として sitch com より sit com が普通であるのは,situation の綴字への依存が大きいからである.頭字語 ( acronym ) なども書き言葉に依存している.
 (9) Does the new item add new morphs to the language?
  funhouse は語彙目録に新しい形態を追加しない(funhouse も既存の形態である)が,smog は新しく語彙目録に加わったといってよい.

 9個の基準をかけ合わせれば,word-making の論理的な組み合わせの種類は膨大となる.実際的には,Algeo が論文の補遺で提示している37のクラス分けで十分(以上)に用を足すだろう.
 また,新語を分類するのに,実際上ここまで詳細な区分に則る必要があるのか,あるいはより粗い区分で済むのかは,分類の目的によっても変わってくるだろう.しかし,このような論理的で理論的な区分を意識しておくことには利点がある.1つには,Algeo (127) が指摘しているように,一見すると同じ blending の例と考えられる guesstimateAmerindian でも,前者は paradigmatic な関係にある2つの etyma (guessestimate) の合成であり,後者は syntagmatic な関係にある1つの句としての etymon (American Indian) の短縮である,というように直感的には得にくい区別が得られるようになるという利点がある.他には,ある語の word-making を分類中に迷いが生じた場合,それが悩むに値する問題なのか,あるいは理論的にも扱いにくいものだからといって開きなおるか,いずれの選択肢を取るべきかを決定する指針を与えてくれるという実際的な利点もある.
 word-making は共時態と通時態の接点でもある."etymon" という術語が示唆しているとおり,上記の9個の基準はいずれも通時的である.しかし,それによって新語を分類しようとする目的そのものは共時的だ.word-making の話題のおもしろさと奥深さは,この点にもあるのだろうと思う.
 無論,漏れのない分類法を作ることは不可能に近い.上記の基準でも明確に区分されない例は多々あることは前提としたい.

 ・ Algeo, John. "The Taxonomy of Word Making." Word 29 (1978): 122--31.

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2011-08-14 Sun

#839. register [register][terminology]

 本ブログの各所で register言語使用域)という用語を使ってきた.これは便利ではあるが,実際には複雑な概念である.以下,『新英語学辞典』の "register" の項目を参照して執筆する.
 register は言語の変種の1タイプである.地域方言や階級方言などの言語変種は,原則として話者に備わっているもので,話者が意図的に使い分けることをしない恒久的なタイプの変種 (user variety) であるのに対して,register は話者が場面によって使い分ける一時的なタイプの変種 (use variety) である.[2009-12-10-1]の記事「英語変種のモデル」の variety classes に対応させれば,(1), (2) は user variety ,(3), (4), (5) は use variety (register) といえるだろう.register はあくまで一時的な変種ではあるが,言語の変異性を考える上で,重要な概念である.
 Halliday の言語学 (Hallidayan linguistics) によれば,register は以下のように下位区分される.

 (1) field of discourse (談話の場).場には,大きく分けて言語の認知使用 (cognitive use) にかかわるものと,交感的使用 (phatic use) にかかわるものがある.後者は話し手と聞き手の心理的なつながりを構築するための言語使用で,儀礼的常套句や挨拶がその典型例である ( phatic function については[2010-10-02-1]の記事「言語の機能と言語の変化」を参照).場が言語使用に影響を与えるのは,主に内容語や各種の文法項目である.日常的口語,公式なアナウンス,講義,怪談の語り,科学論文,法律文書,小説,電子メールなどでは,それぞれに特有の表現や文法項目がある.ジャンルや主題といった概念に近い.
 (2) mode of discourse (談話の媒体).大きく話しことば(音声言語)と書きことば(文字言語)に分かれる.両者は言語使用においてしばしば対置されるが,実際には両者の関係は入り組んでいる.この問題については,[2011-05-15-1]の記事「話し言葉書き言葉」や[2009-12-13-1]の記事「話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」を参照.
 (3) style (tenor) of discourse (談話のスタイル).話し手と聞き手の関係に応じた形式張りの度合いに対応し,形式度の高いものから順に frozen, formal, consultative (unmarked), casual, intimate などと,明確には区分できない連続体を形成する.

 register は一応このように分解して考えることができるが,3つの下位区分はいずれも連続体であり,その相互関係も依存している面と独立している面があり,複雑である.register は1970年代以降に広まった用語と概念であり,主題としては比較的新しい.学者間で関連する術語に差異が見られるなどの問題があるのも歴史の浅さゆえだろう.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.

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2011-08-11 Thu

#836. 機能負担量と言語変化 [functionalism][language_change][systemic_regulation][terminology][phonology][drift][minimal_pair][functional_load]

 昨日の記事「機能主義的な言語変化観への批判」([2011-08-10-1]) で触れた,機能負担量 (functional load or functional yield) について.機能負担量とはある音韻特徴がもつ弁別機能の高さのことで,多くの弁別に役立っているほど機能負担量が高いとみなされる.
 例えば,英語では音素 /p/ と /b/ の対立は,非常に多くの語の弁別に用いられる.別の言い方をすれば,多くの最小対 (minimal pair) を産する (ex. pay--bay, rip--rib ) .したがって,/p/ と /b/ の対立の機能負担量は大きい.しかし,/ʃ/ と /ʒ/ の対立は,mesher--measure などの最小対を生み出してはいるが,それほど多くの語の弁別には役立っていない.同様に,/θ/ と /ð/ の対立も,thigh--thy などの最小対を説明するが,機能負担量は小さいと考えられる.
 機能負担量という概念は,上記のような個別音素の対立ばかりではなく,より抽象的な弁別特徴の有無の対立についても考えることができる.例えば,英語において声の有無 (voicing) という対立は,すべての破裂音と /h/ 以外の摩擦音について見られる対立であり,頻繁に使い回されているので,その機能負担量は大きい.
 では,機能負担量と言語変化がどのように結び着くというのだろうか.機能主義的な考え方によると,多くの語の弁別に貢献している声の有無のような機能負担量の大きい対立が,もし解消されてしまうとすると,体系に及ぼす影響が大きい.したがって,機能負担量の大きい対立は変化しにくい,という議論が成り立つ.反対に,機能負担量の小さい対立は,他の要因によって変化を迫られれば,それほどの抵抗を示さない.この論でゆくと,/θ/ と /ð/ の対立は,機能負担量が小さいため,ややもすれば失われないとも限らない不安定な対立ではあるが,一方でより抽象的な次元で声の有無という盤石な,機能負担量の大きい対立によって支えられているために,それほど容易には解消されないということになろうか.機能主義論者の主張する,言語体系に内在するとされる「対称性 (symmetry) の指向」とも密接に関わることが分かるだろう.
 体系的な対立を守るために,あるいは対立の解消を避けるために変化が抑制されるという「予防」の考え方は,すぐれて機能主義的な視点である.しかし,話者(集団)は体系の崩壊を避ける「予防」についてどのように意識しうるのか.話者(集団)は日常の言語行動で無意識に「予防」行為を行なっていると考えるべきなのか.これは,[2011-03-13-1]の記事「なぜ言語変化には drift があるのか (1)」で見たものと同類の議論である.

 ・ Schendl, Herbert. Historical Linguistics. Oxford: OUP, 2001.

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2011-08-05 Fri

#830. sandhi [assimilation][euphony][phonetics][terminology][sanskrit][article]

 [2011-08-02-1]の記事「she の語源説」の (3) で,"sandhi-theory" に言及した.sandhi (サンディー)とはサンスクリット語 (Sanskrit) に由来する文法用語で,我が国では連声(れんじょう)と訳されることもある.原語では,「(彼は)まとめる,つなげる」を表わす saṃ-dadhāti の名詞形で「連結」を意味する.ある語の語末と後続する語の語頭のあいだに見られる音便 (euphony) を指し,その現われは言語によって様々だが,多くは母音や子音の同化 (assimilation) を含む.
 Sanskrit には sandhi が音韻形態規則として深く埋め込まれており,その音形が文字にも反映されるので非常に重要な音韻過程である.語と語のあいだ,あるいは複合語の構成要素のあいだに見られる連声は外連声 (external sandhi) と呼ばれ,語中の語幹と派生接辞・屈折接辞のあいだに見られる連声は内連声 (internal sandhi) と呼ばれる.
 英語に見られる(外)連声の例としては以下のようなものがある.

 ・ did you が [did juː] ではなく [diʤuː] となる子音の同化.
 ・ far 単独では [fɑː] のように non-rhotic だが,far away では [ˈfɑːrəˈweɪ] のように rhotic になる linking r の現象.
 ・ 不定冠詞 a が母音(ときに無強勢の h )で始まる語の前に置かれる場合に an となる現象 (see [2010-07-30-1], [2010-08-01-1]) .上記の2例と異なり,sandhi の有無を示す異形態が正書法上も区別されている点で,英語では珍しい例である.

 「連声」の概念は,「音便」という術語において日本語にも応用されており,アンオン(安穏)がアンノンに,オンヨウジ(陰陽師)がオンミョウジに,セツイン(雪隠)がセッチン,サンイ(三位)がサンミになるように,ン,チ,ツ音にア行・ワ行・ヤ行音が後続する環境で主として漢語の内部に生じる例が多数ある.12世紀を中心とする院政期までには特に仏典の読誦で頻発していたようだが,あくまで中世の現象であり,現在までに生産性を失って語彙的に固定化している.
 フランス語の vous aimez [vuzeme] や est-il [ɛtil] などに見られるリエゾン (liaison) も sandhi の一種だが,英語や日本語のそれよりも体系的である.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.

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2011-07-15 Fri

#809. euphony and cacophony [phonetics][euphony][assimilation][terminology]

 楽音と同様に,言語音にも快音と不快音がある.euphony 「快音調」と cacophony 「不快音調」の区別は,単音についても言えるし,音連続についても言える.一般には (1) 調音位置の非常に異なる音が連続する,(2) 子音群が連続する,(3) 同一音が近接して連続する,などの場合に cacophonous とみなされることが多いが,快不快はあくまで主観的な基準であり,言語や文化によってとらえ方は異なる.英語においては,柔らかい,流れるような,融合的な音が euphonious とみなされることが多く,具体的には長母音,半母音 /j, w/ ,鼻音や流音 /l, m, n, r/ が快音調の代表である.
 聴いて快適であるのと発音しやすいのとは別のことではあるが,関連はしている.特に後者は英語の形態論や統語論に少なからぬ影響を与えている.潜在的な異形が存在する場合に,cacophony を回避し euphony を得るという目的で,ある形態が選択されているように見える例がある.*a apple ではなく an apple, *Amn't I ではなく Aren't I, *tobaccoist ではなく tobacconist ( n の挿入については[2011-07-03-1]の記事「nightingale」を参照), *for conscience's sake ではなく for conscience' sake, *inpossible ではなく impossible などである.最後の例のような同化 (assimilation) も euphony の一種といえるだろう.
 このように,euphony が異形の選択に影響力をもっているように見える例はいくつもあるが,決定的な力をもっているかと言えばそうではないだろう.その言語の音素配列,語法の慣習,類推作用などがより強い影響力を有していることが多く,euphony は,[2011-04-09-1]の記事「独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」で触れた eurhythmy と同様に,常に効いてはいるが相対的に弱い力として考えられる.
 では,cacophony は常に嫌われ者かといえば,R. Browning や Hopkins のような詩人にとってはむしろ武器であった.彼らは cacophony を積極的に利用することで,新鮮な音連続を作り出し,詩的効果を狙ったのである.

Referrer (Inside): [2011-07-16-1]

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2011-06-22 Wed

#786. 前接語後接語 [clitic][affix][morphology][terminology]

 の記事で,willy-nilly の語形成を説明するのに,前接的(語) (enclitic) と後接的(語) (proclitic) という術語を導入した.今回は,これについてもう少し解説する.
 接語 (clitic) とは,本来は語(自由形態素)だが,隣接する語に依存して強勢を失い,しばしば音の脱落を伴う,語と接辞の中間的な形式を指す.もとはギリシア語文法の用語だが,他言語の比較される形態を指し示すのにも用いられる.前接語は直前の語に寄生する種類の接語であり,以下のように現代英語の口語表現では頻繁にみられる.

I'm, you're, it's, she'll, we've, they'd, don't, wanna, He is a tough'un., That's more'n I know.


 上記のように,人称代名詞の関わる例が多く,名詞に前接語が付加される例は少ない.ただし,My mother's late.Peter'd been there. などの例がみられる.
 一方,後接語は直後の語に寄生する種類の接語で,現代英語の例は比較的少ないが,以下のような表現にみられる.

How d'ye do? ([2011-06-17-1]), 'Tis fine today., Go an' see it.


 最初の2例がやや古風な表現であることから推測されるかもしれないが,歴史的には後接の過程は少なくなかった.例えば,歴史的過程の結果としての前接語には,o'clock ( < "of the clock" ), alive ( < "on live" ), そして willy-nilly の記事 で紹介した nillnam などがある.

Referrer (Inside): [2011-10-20-1]

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