標題の話題について,##910,911,912,921 の記事の続編.言語学の研究者は例外なく辞書好き人間だが,辞書が絶対的ではないということもよく知っている.自分が語とは何かという究極の問いに対する答えを知らないにもかかわらず,辞書編纂に関わる可能性すらあるからだ.
市販の辞書 (dictionary) は,理論と現実の妥協の産物であり,脳内の語彙目録 (lexicon) を反映しているわけではない.前者は,あくまで現実的な諸事情を反映した便宜的な語彙リストである.というのは,辞書編纂者は,編集に際して以下の条件に縛られるからである.Lieber (27) より,辞書編纂者が考慮しなければならない要点を引用しよう.
・ the size of the dictionary, which determines the number of words it can hold;
・ the intended audience of the dictionary (adults, children, language learners, etc.);
・ whether a word has a sufficiently broad base of usage;
・ whether it's likely to last;
・ whether it's too specialized or technical for the intended audience;
・ for a word borrowed from another language, whether it's assimilated enough to be considered part of English.
近年の online dictionary の興隆により,紙幅の都合という従来の辞書の旧弊は克服されつつある.しかし,online とはいえども,辞書としてある種の読者を対象とする以上,他の条件は満たさざるを得ない.
市販の辞書は多かれ少なかれ複数の言語使用者をターゲットにするが,mental lexicon は言語使用者一人ずつに存在するものである.この両者を調和させるということ自体が,無理な注文なのかもしれない.dictionary と (mental) lexicon という用語の間に横たわる考え方の違いを認識することが重要である.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
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