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最終更新時間: 2019-10-15 07:51

2017-02-28 Tue

#2864. 分類学における系統段階 [family_tree][anthropology][homo_sapiens][diachrony][terminology][linguistic_area][typology][methodology][world_languages][evolution]

 世界の言語を分類する際の2つの基準である「系統」と「影響」は,言語どうしの関係の仕方を決定づける基準でもある.この話題については,本ブログでも以下の記事を始めとして,あちらこちらで論じてきた (see 「#369. 言語における系統影響」 ([2010-05-01-1]),「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]),「#371. 系統影響は必ずしも峻別できない」 ([2010-05-03-1]),「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」 ([2012-06-06-1]),「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]),「#1930. 系統と影響を考慮に入れた西インドヨーロッパ語族の関係図」 ([2014-08-09-1])) .
 系統と影響は,それぞれ通時態と共時態の関係にも通じるところがある.系統とは時間軸に沿った歴史の縦軸を指し,影響とは主に地理的な隣接関係にある横軸を指す.言語における「系統」と「影響」という視点の対立は,生物分類学でいうところの「系統」と「段階」の対立に相似する.
 分岐分類学 (cladistics) では,時間軸に沿った種分化の歴史を基盤とする「系統」の視点から,種どうしの関係づけがなされる.系統としての関係が互いに近ければ,形態特徴もそれだけ似ているのは自然だろう.だが,形態特徴が似ていれば即ち系統関係が近いかといえば,必ずしもそうならない.系統としては異なるが,環境の類似性などに応じて似たような形態が発達すること(収斂進化)があり得る.このような系統とは無関係の類似を,成因的相同 (homoplasy) という.系統的な近さではなく,成因的相同に基づいて集団をくくる分類の仕方は,「段階」 (grade) による区分と呼ばれる.
 ウッド (70) を参考にして,現生高等霊長類を分類する方法を取り上げよう.「系統」の視点によれば,以下のように分類される.

ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族
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               \

 一方,「段階」の視点によれば,以下のように「ヒト科」と「オランウータン科」の2つに分類される.

                           
ヒト科          オランウータン科
                │
      ┌─────────┼───────┐
      │                │              │
ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族

 「段階」の区分法は,言語学でいえば,類型論 (typology) や言語圏 (linguistic_area) に基づく分類と似ているといえる.ただし,生物においても言語においても「段階」という用語とその含意には十分に気をつけておく必要がありそうだ.というのは,それは現時点における歴史的発達の「段階」によって区分するという考え方を喚起しやすいからだ.つまり,「段階」の上下や優劣という概念を生み出しやすい.「段階」の区分法は,あくまで共時的類似性あるいは成因的相同に基づく分類である,という点に留意しておきたい.

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

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2017-01-17 Tue

#2822. cross-linguistic influence [world_englishes][variety][language_contact][sla][terminology][sociolinguistics][language_contact]

 「英語が○○語から影響を受けた」あるいは「英語が○○語に影響を与えた」という話題は,英語史でもよく話題とされる.しかし,「英語」も様々な変種の集合体であり,かつ「○○語」も1言語に限定されるわけではなく,無数の言語を指すと考えると,その影響関係は極めて複雑なネットワークとなるだろう.Baugh and Cable によると,このような影響関係は "cross-linguistic influence" (400) と呼ばれる.その実体は多角的で動的であるため,あまり研究も進んでいないようだが,今後の世界の言語状況,特に言語学習を巡る状況を理解する上で,非常に重要な概念となっていくのではないか.Baugh and Cable (400) は,これからの領域として注目している.

In projections of the future status of global languages, there has been little discussion of the reciprocal reinforcement that some of the major languages of the world give to each other---or what is known as "cross-linguistic influence." Spanish and Portuguese in Latin America, for example, indirectly boost the fortunes of English, or at least of English as a proficiently acquired foreign language, in comparison to languages that are less closely related to these Indo-European languages historically and typologically. Similarly, in the opposite direction there is a cross-linguistic influence of English on the learning of Spanish in the United States: knowledge of Spanish is diffused among many native English speakers in Texas in a way that Chinese in Northern California is not. One reason that research and discussion are lacking is that, until recently, most of the scholarship in foreign-language learning has concentrated on the differences between two languages rather than the similarities, with an emphasis on "interference."


 この辺りは,第2言語習得の研究と広い意味での英語史(あるいは歴史社会英語学)と接点となる可能性が高い.もちろん,ほかにも code-switching や借用の研究などの言語接触論や,広く英語教育の議論にも関連してくると思われる.
 英語史の名著の第6版にて,Baugh and Cable が最後に近い節で上のような "cross-linguistic influence" に言及していることは示唆的である.英語史は,21世紀の新しい英語学(より広く「英語の学」)を下から支える,頼りになる土台として,重要なポジションにある.
 上の引用にあるラテン・アメリカにおける英語については,「#2610. ラテンアメリカ系英語変種」 ([2016-06-19-1]) も要参照.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2017-01-06 Fri

#2811. 部分語と全体語 [hyponymy][meronymy][lexicology][semantics][semantic_field][terminology]

 「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1]) や「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1]) でみた概念階層 (conceptual hierarchy) あるいは包摂関係 (hyponymy) においては,例えば「家具」という上位語 (hypernym) の配下に「机」という下位語 (hyponym) があり,さらにその「机」が上位語となって,その下に「勉強机」や「作業机」という下位語が位置づけられる.ここでは,包摂という関係に基づいて,全体が階層構造をなしているのが特徴的である.
 このような hyponymy と類似しているが区別すべき語彙的関係として,meronymy (部分と全体の関係)と呼ばれるものがある.例えば,「車輪」と「自転車」は部分と全体の関係にあり,「車輪」は「自転車」の meronym (部分語),「自転車」は「車輪」の holonym (全体語)と称される.meronymy においても hyponymy の場合と同様に,その関係は相対的なものであり,例えば「車輪」は「自転車」にとっては meronym だが,車輪を構成する「輻(スポーク)」にとっては holonym である.Cruse (105--06) からの meronymy の説明を示そう.

meronymy This is the 'part-whole' relation, exemplified by finger: hand, nose: face, spoke: wheel, blade: knife, harddisk: computer, page: book, and so on. The word referring to the part is called the 'meronym' and the word referring to the whole is called the 'holonym'. The names of sister parts of the same whole is called 'co-meronyms'. Notice that this is a relational notion: a word may be a meronym in relation to a second word, but a holonym in relation to a third. Thus finger is a meronym of hand, but a holonym of knuckle and fingernail. (Meronymy must not be confused with by hyponymy, although some of their properties are similar: for instance, both involve a type of 'inclusion', co-meronyms and co-taxonyms have a mutually exclusive relation, and both are important in lexical hierarchies. However, they are distinct: a dog is a kind of animal, but not a part of an animal; a finger is a part of a hand, but not a kind of hand.


 meronymy と hyponymy は,いずれも「包摂」と「階層構造」を示す点で共通しているが,上の説明の最後にあるように,前者は part,後者は kind に対応するものであるという差異が確認される.また,meronymy では,部分と全体が互いにどのくらい必須であるかについて,hyponymy の場合よりも基準が明確でないことが多い.「顔」と「目」の関係はほぼ必須と考えられるが,「シャツ」と「襟」,「家」と「地下室」はどうだろうか.
 さらに,hyponymy と meronymy は移行性 (transitivity) の点でも異なる振る舞いを示す.hyponymy では移行性が確保されているが,meronymy では必ずしもそうではない.例えば,「手」と「指」と「爪」は互いに meronymy の関係にあり,「手には指がある」と言えるだけでなく,「手には爪がある」とも言えるので,この関係は transitive とみなせる.しかし,「部屋」と「窓」と「窓ガラス」は互いに meronymy の関係にあるが,「部屋に窓がある」とは言えても「部屋に窓ガラスがある」とは言えないので,transitive ではない.

 ・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2016-12-30 Fri

#2804. アイルランドにみえる母語と母国語のねじれ現象 [irish][terminology][linguistic_ideology]

 「母語」という用語を巡る問題について「#1537. 「母語」にまつわる3つの問題」 ([2013-07-12-1]),「#1926. 日本人≠日本語母語話者」 ([2014-08-05-1]),「#2603. 「母語」の問題,再び」 ([2016-06-12-1]) の記事で考えてきた.「母語」と「母国語」とは本質的に異なる概念である.「母語」 (one's mother tongue) とは,個人が最初に習得し,自らの日常的な使用言語であるとみなしている言語のことであり,きわめて私的なものである.一方,「母国語」 (one's national language) とは「母国」である国家が公的に採用している言語を指し,定義上,公的なものである.それぞれの用語の前提にある態度が正反対であることに注意したい.
 典型的な日本に生まれ育った日本人の場合,ほとんどのケースで「母語=母国語=日本語」の等式が成り立つだろう.したがって,日常の言説では,いちいち「母語」と「母国語」の用語を使い分ける必要性がほとんど感じられず,たいてい「母国語」で用を足している人が多いのではないか.しかし,古今東西,このような等式が成立しないケースは珍しくないどころか,普通といってよい.世界を見渡せば,多くの人々にとって「母語≠母国語」という状況がある.
 母語と母国語のねじれた関係が,およそ国家単位で見られるという興味深い例が,昨日の記事「#2803. アイルランド語の話者人口と使用地域」 ([2016-12-29-1]) でも取り上げたアイルランドに見られる.嶋田著『英語という選択 アイルランドの今』を読むまで知らなかったのだが,アイルランド人は,アイルランド語を流ちょうに使えずとも,ときにその言語を「私たちの母国語」ではなく「私たちの母語」と表現することがあるという.ここには上に述べた用語の混乱という問題が含まれているが,むしろ,人々がこの用語のもつ曖昧さに訴えて,アイルランド語に対する自らの思いの丈を表明しているのだと解釈するほうが妥当だろう.つまり,「私たちの母なることば」というニュアンスに近い意味で「私たちの母語」と呼んでいるのだと.
 嶋田 (25--26) は,1999年に行なったアンケート調査の自由記述欄から,アイルランド語を言い表す表現を集めた.

 ・ our true language
 ・ our national tongue
 ・ our native language
 ・ our native tongue
 ・ our own language
 ・ OUR language
 ・ our mother tongue
 ・ our original native language

 口から発せられている言葉と口から発せられるべきと信じている言葉が異なっているというチグハグ感.用語遣いにみる「ねじれ現象」を前に,何とも表現しがたいが,悲哀を禁じ得ない.

 ・ 嶋田 珠巳 『英語という選択 アイルランドの今』 岩波書店,2016年.

Referrer (Inside): [2018-03-09-1]

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2016-12-28 Wed

#2802. John Witherspoon --- Americanism の生みの親 [ame][americanism][terminology][webster][lexicography][witherspoon]

 「アメリカ語法」を表わす Americanism という語を初めて用いたのは,初期のプリンストン大学の学長 John Witherspoon (1723--94) である.Witherspoon はスコットランド出身で,アメリカにて聖職者・教育者として活躍しただけでなく,独立宣言の署名者の1人でもある.
 この語が造られた経緯について Baugh and Cable (380--81) に詳しいが,Witherspoon は1781年に Pennsylvania Journal 9 May 1/2 において Americanism という語を初めて用いたという.彼がこの表現に与えた定義は "an use of phrases or terms, or a construction of sentences, even among persons of rank and education, different from the use of the same terms or phrases, or the construction of similar sentences in Great-Britain." である.定義に続けて,Witherspoon は,"The word Americanism, which I have coined for the purpose, is exactly similar in its formation and signification to the word Scotticism." と述べている.実際,Scotticism という語は,OED によると時代的には1世紀半近く遡った1648年の Mercurius Censorius No. 1. 4 に,"It seemes you are resolved to..entertain those things which..ye have all this while fought against, the Scotticismes, of the Presbyteriall government and the Covenant." として初出している.
 Witherspoon は Americanism という語を最初に用いたとき,そこに結びつけられがちな「卑しいアメリカ語法」という含意を込めてはいなかった.彼曰く,"It does not follow, from a man's using these, that he is ignorant, or his discourse upon the whole inelegant; nay, it does not follow in every case, that the terms or phrases used are worse in themselves, but merely that they are of American and not of English growth." ここには,イギリス(英語)に対して決して卑下しない,独立宣言の署名者らしい独立心を読み取ることができる.
 タイトルに Americanism の語こそ含まれていなかったが,最初のアメリカ語法辞書が著わされたのは,造語から35年後の1816年のことである.John Pickering による A Vocabulary, or Collection of Words and Phrases which have been supposed to be Peculiar to the United States of America である.しかし,この辞書はむしろイギリス(英語)寄りの立場を取っており,アメリカ語法が正統なイギリス英語から逸脱していることを示すために用意されたとも思えるものである.同じアメリカ人ではあるが愛国主義者だった Noah Webster が,Pickering の態度に業を煮やしたことはいうまでもない.この Pickering と Webster の立場の違いは,後世に続く Americanism を巡る議論の対立を予感させるものだったといえる.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2017-10-10-1]

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2016-11-09 Wed

#2753. dialect に対する language という用語について [dialect][terminology][sociolinguistics][language_or_dialect]

 昨日の記事「#2752. dialect という用語について」 ([2016-11-08-1]) に引き続き Haugen (923) を参照しながら,dialect という用語と対比しつつ language という用語について考える.両用語が問題を呈するのは,それが記述的・共時的な用語であると同時に,歴史的・通時的な用語でもあるからだ.Haugen (923) 曰く,

In a descriptive, synchronic sense "language" can refer either to a single linguistic norm, or to a group of related norms. In a historical, diachronic sense "language" can either be a common language on its way to dissolution, or a common language resulting from unification. A "dialect" is then any one of the related norms comprised under the general name "language," historically the result of either divergence or convergence.


 共時的には,"language" とは,1つの規範をもった変種を称する場合もあれば,関連する規範をもった複数の変種の集合体に貼りつけられたラベルである場合もある.一方,通時的には,"language" とは,これからちりぢりに分裂していこうとする元の共通祖語につけられた名前である場合もあれば,逆に諸変種が統合していこうとする先の標準変種の呼称である場合もある.
 通時的に単純に図式化すれば「language → dialects → language → dialects → . . . 」となるが,"language" の前後の矢印の段階を輪切りにして共時的にみれば,そこには "language" を頂点として,その配下に "dialects" が位置づけられる図式が立ち現れてくるだろう.一方,"language" の段階では,"language" が唯一孤高の存在であり,配下に "dialects" なるものは存在しない.ここから,"language" には多義性が生じるのである.Haugen (923) は,この用語遣いの複雑さを次のように表現している.

"Language" as the superordinate term can be used without reference to dialects, but "dialect" is meaningless unless it is implied that there are other dialects and a language to which they can be said to "belong." Hence every dialect is a language, but not every language is a dialect.


 最後の「すべての方言は言語だが,すべての言語が方言とはかぎらない」とは,言い得て妙である.

 ・ Haugen, Einar. "Dialect, Language, Nation." American Anthropologist. 68 (1966): 922--35.

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2016-11-08 Tue

#2752. dialect という用語について [greek][terminology][dialect][standardisation][koine][literature][register][language_or_dialect][dialect_levelling]

 Haugen (922--23) によれば,dialect という英単語は,ルネサンス期にギリシア語から学術用語として借用された語である.OED の「方言」の語義での初例は1566年となっており,そこでは英語を含む土着語の「方言」を表わす語として用いられている.フランス語へはそれに先立つ16年ほど前に入ったようで,そこではギリシア語を評して abondante en dialectes と表現されている.1577年の英語での例は,"Certeyne Hebrue dialectes" と古典語に関するものであり,1614年の Sir Walter Raleigh の The History of the World では,ギリシア語の "Æeolic Dialect" が言及されている.英語での当初の使い方としては,このように古典語の「方言」を指して dialect という用語が使われることが多かったようだ.そこから,近代当時の土着語において対応する変種の単位にも応用されるようになったのだろう.
 ギリシア語に話を戻すと,古典期には統一した標準ギリシア語なるものはなく,標準的な諸「方言」の集合体があるのみだった.だが,注意すべきは,これらの「方言」は,話し言葉としての方言に対してではなく,書き言葉としての方言に対して与えられた名前だったことである.確かにこれらの方言の名前は地方名にあやかったものではあったが,実際上は,ジャンルによって使い分けられる書き言葉の区分を表わすものだった.例えば,歴史書には Ionic,聖歌歌詞には Doric,悲劇には Attic などといった風である (see 「#1454. ギリシャ語派(印欧語族)」 ([2013-04-20-1])) .
 これらのギリシア語の書き言葉の諸方言は,元来は,各地方の話し言葉の諸方言に基盤をもっていたに違いない.後者は,比較言語学的に再建できる古い段階の "Common Greek" が枝分かれした結果の諸方言である.古典期を過ぎると,これらの話し言葉の諸方言は消え去り,本質的にアテネの方言であり,ある程度の統一性をもった koiné によって置き換えられていった (= koinéization; see 「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1])) .そして,これがギリシア語そのもの (the Greek language) と認識されるようになった.
 つまり,古典期からの歴史をまとめると,"several Greek dialects" → "the Greek language" と推移したことになる.諸「方言」の違いを解消して,覇権的に統一したもの,それが「言語」なのである.本来この歴史的な意味で理解されるべき dialect (と language)という用語が,近代の土着語に応用される及び,用語遣いの複雑さをもたらすことになった.その複雑さについては,明日の記事で.

 ・ Haugen, Einar. "Dialect, Language, Nation." American Anthropologist. 68 (1966): 922--35.

Referrer (Inside): [2016-11-09-1]

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2016-11-01 Tue

#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2) [standardisation][sociolinguistics][terminology][register][style][language_planning]

 [2016-10-29-1]の記事に引き続き,標準化 (standardisation) の過程に認められる4段階について,Haugen を参照する.標準化は,時系列に (1) Selection, (2) Codification, (3) Elaboration, (4) Acceptance の順で進行するとされるが,この4つの過程と順序は,社会と言語,および形式と機能という2つの軸で整理することができる (下図は Haugen 933 をもとに作成).

 Form Function
Society(1) Selection (4) Acceptance
  
Language(2) Codification   →   (3) Elaboration


 まずは,規範となる変種を選択 (Selection) することから始まる.ここでは,社会的に威信ある優勢な変種がすでに存在しているのであれば,それを選択することになるだろうし,そうでなければ既存の変種を混合するなり,新たに策定するなどして,標準変種の候補を作った上で,それを選択することになろう.
 第2段階は成文化 (Codification) であり,典型的には,選択された言語変種に関する辞書と文法書を編むことに相当する.標準的となる語彙項目や文法項目を具体的に定め,それを成文化して公開する段階である.ここでは,"minimum variation in form" が目指されることになる.
 第3段階の精巧化 (Elaboration) においては,その変種が社会の様々な場面,すなわち使用域 (register) や文体 (style) で用いられるよう,諸策が講じられる.ここでは,"maximum variation in function" が目指されることになる.
 最後の受容 (Acceptance) の段階では,定められた変種が社会に広く受け入れられ,使用者数が増加する.これにより,標準化の全過程が終了する.
 社会・言語,および形式・機能という2つの軸からなるマトリックスにより,標準化の4段階が体系としても時系列としてもきれいに整理されてしまうのが見事である.この見事さもあって,Haugen の理論は,現在に至るまで標準化の議論の土台を提供している.

 ・ Haugen, Einar. "Dialect, Language, Nation." American Anthropologist. 68 (1966): 922--35.

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2016-10-29 Sat

#2742. Haugen の言語標準化の4段階 [standardisation][sociolinguistics][terminology][language_or_dialect][language_planning]

 昨日の記事「#2741. ascertaining, refining, fixing」 ([2016-10-28-1]) で,17世紀までの英語標準化から18世紀にかけての英語規範化へと続く時代の流れを見た.
 一言で「標準化」 (standardisation) といっても,その過程にはいくつかの局面が認められる.Haugen の影響力の強い論文によれば,ある言語変種が標準化するとき,典型的には4つの段階を経るとされる.Hudson (33) による社会言語学の教科書からの引用を通じて,この4段階を要約しよう.

(1) Selection --- somehow or other a particular variety must have been selected as the one to be developed into a standard language. It may be an existing variety, such as the one used in an important political or commercial centre, but it could be an amalgam of various varieties. The choice is a matter of great social and political importance, as the chosen variety necessarily gains prestige and so the people who already speak it share in this prestige. However, in some cases the chosen variety has been one with no native speakers at all --- for instance, Classical Hebrew in Israel and the two modern standards for Norwegian . . . .

(2) Codification --- some agency such as an academy must have written dictionaries and grammar books to 'fix' the variety, so that everyone agrees on what is correct. Once codification has taken place, it becomes necessary for any ambitious citizen to learn the correct forms and not to use in writing any 'incorrect' forms that may exist in their native variety.

(3) Elaboration of function --- it must be possible to use the selected variety in all the functions associated with central government and with writing: for example, in parliament and law courts, in bureaucratic, educational and scientific documents of all kinds and, of course, in various forms of literature. This may require extra linguistic items to be added to the variety, especially technical words, but it is also necessary to develop new conventions for using existing forms --- how to formulate examination questions, how to write formal letters and so on.

(4) Acceptance --- the variety has to be accepted by the relevant population as the variety of the community --- usually, in fact, as the national language. Once this has happened, the standard language serves as a strong unifying force for the state, as a symbol of its independence of other states (assuming that its standard is unique and not shared with others), and as a marker of its difference from other states. It is precisely this symbolic function that makes states go to some lengths to develop one.


 当然ながら,いずれの段階においても,多かれ少なかれ,社会による意図的で意識的な関与が含まれる.標準語の出来方はすぐれて社会的な問題であり,常に人工的,政治的な匂いがまとわりついている.「社会による意図的な介入」の結果としての標準語という見解については,上の引用に先立つ部分に,次のように述べられている (Hudson 32) .

Whereas one thinks of normal language development as taking place in a rather haphazard way, largely below the threshold of consciousness of the speakers, standard languages are the result of a direct and deliberate intervention by society. This intervention, called 'standardisation', produces a standard language where before there were just 'dialects' . . . .


 関連して,「#1522. autonomyheteronomy」 ([2013-06-27-1]) を参照.

 ・ Haugen, Einar. "Dialect, Language, Nation." American Anthropologist. 68 (1966): 922--35.
 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.

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2016-10-24 Mon

#2737. 現代イギリス英語における所有代名詞 hern の方言分布 [map][personal_pronoun][suffix][dialect][terminology]

 「#2734. 所有代名詞 hers, his, ours, yours, theirs の -s」 ([2016-10-21-1]) の記事で,-s の代わりに -n をもつ,hern, hisn, ourn, yourn, theirn などの歴史的な所有代名詞に触れた.これらの形態は標準英語には残らなかったが,方言では今も現役である.Upton and Widdowson (82) による,hern の方言分布を以下に示そう.イングランド南半分の中央部に,わりと広く分布していることが分かるだろう.

Map of

 -n 形については,Wright (para. 413) でも触れられており,19世紀中にも中部,東部,南部,南西部の諸州で広く用いられていたことが知られる.
 -n 形は,非標準的ではあるが,実は体系的一貫性に貢献している.mine, thine も含めて,独立用法の所有代名詞が一貫して [-n] で終わることになるからだ.むしろ,[-n] と [-z] が混在している標準英語の体系は,その分一貫性を欠いているともいえる.
 なお,mymine のような用法の違いは,Upton and Widdowson (83) によれば,限定所有代名詞 (attributive possessive pronoun) と叙述所有代名詞 (predicative possessive pronoun) という用語によって区別されている.あるいは,conjunctive possessive pronoun と disjunctive possessive pronoun という用語も使われている.

 ・ Upton, Clive and J. D. A. Widdowson. An Atlas of English Dialects. 2nd ed. Abingdon: Routledge, 2006.
 ・ Wright, Joseph. The English Dialect Grammar. Oxford: OUP, 1905. Repr. 1968.

Referrer (Inside): [2018-11-21-1]

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2016-10-15 Sat

#2728. steganography [steganography][cryptology][terminology]

 cryptology (クリプトグラフィ)とは異なるが,広い意味で暗号作成法の1つとみなせるものに,steganography (ステガノグラフィ)がある.ギリシア語の stégeín (to cover) と grápheín (to write) に基づく連結形からなり,いわば「覆い書き,隠し書き」である (cf. stegosaur は「よろいで覆われた恐竜」の意;英語 thatch も印欧祖語の同根 *steg- に遡る).クリプトグラフィが,誰でも暗号であると見てすぐに分かるような典型的な暗号を指すのに対して,ステガノグラフィはそれを見ても,そもそも暗号があるとは気づかないタイプを指す.例えば,乾くと消える明礬水などで紙にメッセージを書き,火であぶれば文字が浮き出す「あぶり出し」が,ステガノグラフィの1つの典型である.メッセージそのものに手を加えて言語的に解釈するのを難しくするのではなく,メッセージはいじらずに,暗号者と復号者の間に回路が開いていること自体を悟られないようにする秘匿法である(ただし,両者を組み合わせて秘匿の度合いを高めるという場合もある).
 ステガノグラフィの種類を分類すると,以下のようになる(詳しくは,リクソン(著)『暗号解読事典』の4章「ステガノグラフィ」 (pp. 398--431) を参照).

                         ┌─── 物理的隠匿
                         │
 ステガノグラフィ ───┤                          ┌─── セマグラム
                         │                          │
                         └─── 言語的隠匿 ───┤
                                                     │
                                                     └─── その他

 物理的秘匿とは,上の「あぶり出し」(隠顕)を始めとして,スパイ小説などでお馴染みのように,隠された仕切り・ポケット・くりぬいた本・傘の柄などにメッセージを埋め込んだりする手法や,頭髪を剃り落として頭皮にメッセージを書いた上で髪を伸ばして隠す方法,蜜蝋を塗って文字を隠した書字板など,各種の方法がある.極小の字を書き込んで,文字の存在自体を悟られないようにするのも,この一種だろう.
 言語的隠匿は,一歩,クリプトグラフィに近い.まず「セマグラム」と呼ばれる方法がある.リクソン (408) によると,「ドミノの点,予め決めておいた意味をお伝えるような位置に置いた写真の中の被写体,あるいは絵の中で,木の短い枝と長い枝がモールス符号のトンツーを表すようにしておくのである.第三者にとっては,そこに情報が隠されているとは判らない」.要するに,一見何の変哲もない絵や図のなかに,関与者にしかわからない形で(代替)言語的メッセージを埋め込んでおくものである.
 その他の言語的隠匿法として,何の変哲もない自然な文章のなかに,密かに秘密のメッセージを隠す種々のやり方がある.怪しくない普通の文章の各単語の頭文字だけを拾っていくと重要なキーワードになっていたり (cf. 「#1875. acrostic と折句」 ([2014-06-15-1])),特定の文字の字体を微妙に変えて合図したり,部分的に穴の空いた金属板(=グリル)を文章の上に重ねて,穴の部分のみを読むとメッセージになっていたり,ある語句の存在・不在が何らかのコードとなっているものなど,様々なものがある.
 ステガノグラフィは気づかれてしまったら最後という弱点があるし,作成に時間がかかるなどの理由で,秘匿メッセージが日常的に大量にやりとりされる戦時中などにはさほど用いられなかった.暗号の歴史を通じて,主流はステガノグラフィではなくクリプトグラフィだったのである.つまり,秘匿メッセージであること,秘匿メッセージをやりとりしていること,秘匿方法(アルゴリズム)の種類をむしろ公開してしまい,ある意味で堂々と復号者に挑戦状をたたきつけるような方法が主流となってきたのである.通常の言語コミュニケーションで喩えれば,「コソコソした内緒話し」ではなく「堂々と翻訳で勝負」が主流となってきた,というところか.

 ・ フレッド・B・リクソン(著),松田 和也(訳) 『暗号解読事典』 創元社,2013年.

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2016-10-12 Wed

#2725. ghost word [lexicography][word_formation][folk_etymology][ghost_word][terminology]

 ghost word (幽霊語),あるいは ghost form (幽霊形)と呼ばれるものがある.「#912. の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1]) で簡単に触れた程度の話題だが,今回はもう少し詳しく取り上げたい.
 『英語学要語辞典』によれば,"ghost word" とは「誤記や誤解がもとで生じた本来あるべからざる語」と定義づけられている.転訛 (corruption),民間語源 (folk_etymology),類推 (analogy),非語源的綴字 (unetymological spelling) などとも関連が深い.たいていは単発的で孤立した例にとどまるが,なかには嘘から出た誠のように一般に用いられるようになったものもある.例えば,aghastghost, ghastly からの類推で <h> が挿入されて定着しているし,short-lived は本来は /-laɪvd/ の発音だが,/-lɪvd/ とも発音されるようになっている.
 しかし,幽霊語として知られている有名な語といえば,derring-do (勇敢な行為)だろう.Chaucer の Troilus and Criseyde (l. 837) の In durryng don that longeth to a knyght (= in daring to do what is proper for a knight) の durryng don を,Spenser が名詞句と誤解し,さらにそれを Scott が継承して定着したものといわれる.
 別の例として,Shakespeare は Hamlet 3: 1: 79--81 より,The undiscovered country, from whose bourne No traveller returns という表現において,bourne は本来「境界」の意味だが,Keats が文脈から「王国」と取り違え,fiery realm and airy bourne と言ったとき,bourne は幽霊語(あるいは幽霊語彙素)として用いられたことになる.このように,幽霊語は,特殊なケースではあるが,1種の語形成の産物としてとらえることができる.
 なお,ghost word という用語は Skeat の造語であり (Transactions of the Philological Society, 1885--87, II. 350--51) ,その論文 ("Fourteenth Address of the President to the Philological Society") には多数の幽霊語の例が掲載されている.以下は,Skeat のことば.

1886 Skeat in Trans. Philol. Soc. (1885--7) II. 350--1 Report upon 'Ghost-words', or Words which have no real Existence..We should jealously guard against all chances of giving any undeserved record of words which had never any real existence, being mere coinages due to the blunders of printers or scribes, or to the perfervid imaginations of ignorant or blundering editors.


 ・ 寺澤 芳雄(編)『英語学要語辞典』,研究社,2002年.298--99頁.

Referrer (Inside): [2016-10-13-1]

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2016-08-11 Thu

#2663. 「オープン借用」と「むっつり借用」 (1) [borrowing][loan_word][semantic_borrowing][loan_translation][terminology][contact][sign]

 標題は私の勝手に作った用語だが,言語項(特に語彙項目)の借用には大きく分けて「オープン借用」と「むっつり借用」の2種類があると考えている.
 議論を簡単にするために,言語接触に際して最もよく観察される単語レベルの借用に限定して考えよう.通常,他言語から単語を借りてくるというときに起こることは,供給側の言語の単語という記号 (sign) が,多少の変更はあるにせよ,およそそのまま自言語にコピーされ,語彙項目として定着することである.記号とは,端的に言えば語義 (signifié) と語形 (signifiant) のセットであるから,このセットがそのままコピーされてくるということになる (「記号」については「#2213. ソシュールの記号,シニフィエ,シニフィアン」 ([2015-05-19-1]) を参照) .例えば,中英語はフランス語から uncle =「おじ」という語義と語形のセットを借りたし,中世後期の日本語はポルトガル語から tabaco (タバコ)=「煙草」のセットを借りた.
 確かに,記号を語義と語形のセットで借り入れるのが最も普通の借用と考えられるが,語形は借りずに語義のみ借りてくる意味借用 (semantic_borrowing) や翻訳借用 (loan_translation) という過程もしばしば見受けられる.例えば,古英語 god は元来「ゲルマンの神」を意味したが,キリスト教に触れるに及び,対応するラテン語 deus のもっていた「キリスト教の神」の意味を借り入れ,自らに新たな語義を付け加えた.deus というラテン語の記号から借りたのは,語義のみであり,語形は本来語の god を用い続けたわけである(「#2149. 意味借用」 ([2015-03-16-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]) を参照).これは意味借用の例といえる.また,古英語がラテン語 trinitas を本来語要素からなる Þrines "three-ness" へと「翻訳」して取り入れたときも,ラテン語からは語義だけを拝借し,語形としてはラテン語をまるで感じさせないような具合に受け入れたのである.
 ごく普通の借用と意味借用や翻訳借用などのやや特殊な借用との間で共通しているのは,少なくとも語義は相手言語から借り入れているということである.見栄えは相手言語風かもしれないし自言語風かもしれないが,いずれにせよ内容は相手言語から借りているのである.「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) でも注意を喚起した通り,この点は重要である.いずれにせよ内容は他人から借りているという点で,等しくスケベである.ただ違うのは,相手言語の語形を伴う借用(通常の借用)では借用(スケベ)であることが一目瞭然だが,相手言語の語形を伴わない借用(意味借用や翻訳借用)では借用(スケベ)であることが表面的には分からないことである.ここから,前者を「オープン借用」,後者を「むっつり借用」と呼ぶ.
 はたして,どちらがよりスケベでしょうか.そして皆さんはどちらのタイプのスケベがお好みでしょうか.

Referrer (Inside): [2018-07-31-1] [2016-08-12-1]

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2016-08-07 Sun

#2659. glottochronology と lexicostatistics [glottochronology][lexicology][statistics][terminology][speed_of_change][frequency]

 言語学の分野としての言語年代学 (glottochronology) と語彙統計学 (lexicostatistics) は,しばしば同義に用いられてきた.だが,glottochronology の創始者である Swadesh は,両用語を使い分けている.私自身も「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) の記事で,両者は異なるとの前提に立ち,「glottochronology (言語年代学)は,アメリカの言語学者 Morris Swadesh (1909--67) および Robert Lees (1922--65) によって1940年代に開かれた通時言語学の1分野である.その手法は lexicostatistics (語彙統計学)と呼ばれる.」と述べた.今回は,この用語の問題について考えてみたい.
 人類言語学者・社会言語学者の Hymes (4) は Swadesh に依拠しながら,両用語の区別を次のように理解している.

   The terms "glottochronology" and "lexicostatistics" have often been used interchangeably. Recently several writers have proposed some sort of distinction between them . . . . I shall now distinguish them according to a suggestion by Swadesh.
   Glottochronology is the study of rate of change in language, and the use of the rate for historical inference, especially for the estimation of time depths and the use of such time depths to provide a pattern of internal relationships within a language family. Lexicostatistics is the study of vocabulary statistically for historical inference. The contribution that has given rise to both terms is a glottochronologic method which is also lexicostatistic. Glottochronology based on rate of change in sectors of language other than vocabulary is conceivable, and lexicostatistic methods that do not involve rates of change or time exist . . . .
   Lexicostatistics and glottochronology are thus best conceived as intersecting fields.


 つまり,glottochronology と lexicostatistics は本来別物だが,両者の重なる部分,すなわち語彙統計により言語の年代を測定する部門が,いずれの分野にとっても最もよく知られた部分であるから,両者が事実上同義となっているということだ.ただし,Swadesh から80年近く経った現在では,lexicostatistics は,電子コーパスの発展により言語の年代測定とは無関係の諸問題をも扱う分野となっており,その守備範囲は広がっているといえるだろう.
 上で引用した Hymes の論文は,言語における "basic vocabulary" とは何か,という根源的かつ物議を醸す問題について深く検討を加えており,一読の価値がある."basic vocabulary" は,commonness (or frequency), universality (of semantic reference), (historical) persistence のいずれかの属性,あるいはその組み合わせに基づくものと概ね受け取られているが,同論文はこの辺りの議論についても詳しい.基本語彙の問題については,「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) や「#1965. 普遍的な語彙素」 ([2014-09-13-1]) の記事で直接に扱ったほか,「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]),「#1089. 情報理論と言語の余剰性」 ([2012-04-20-1]),「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]),「#1497. taboo が言語学的な話題となる理由 (2)」 ([2013-06-02-1]),「#1874. 高頻度語の語義の保守性」 ([2014-06-14-1]),「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1]),「#1970. 多義性と頻度の相関関係」 ([2014-09-18-1]) なの記事で関与する問題に触れてきたので,そちらも参照されたい.

 ・ Hymes, D. H. "Lexicostatistics So Far." Current Anthropology 1 (1960): 3--44.

Referrer (Inside): [2018-08-18-1] [2016-08-08-1]

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2016-08-01 Mon

#2653. 形態論を構成する部門 [terminology][morphology][morpheme][compound][derivation][inflection]

 形態論 (morphology) という部門は,屈折形態論 (inflectional morphology) と派生形態論 (derivational morphology) に分けられるのが慣例である.この2分法は,「#456. 比較の -er, -est は屈折か否か」 ([2010-07-27-1]),「#1761. 屈折形態論と派生形態論の枠を取っ払う「高さ」と「高み」」 ([2014-02-21-1]) で触れたように,理論的な問題もなしではないが,現代言語学では広く前提とされている.
 この2分法を基準にさらに細分化してゆくことができるが,Bauer (33) が基本的な用語群を導入しつつ形態論を構成する部門や区分を概説してくれているので,それを引用しよう.ここには,昨日の記事「#2652. 複合名詞の意味的分類」 ([2016-07-31-1]) で紹介した区分も盛り込まれている.

Morphology deals with the internal structure of word-forms. In morphology, the analyst divides word-forms into their component formatives (most of which are morphs realizing roots or affixes), and attempts to account for the occurrence of each formative. Morphology can be divided into two main branches, inflectional morphology and word-formation (also called lexical morphology). Inflectional morphology deals with the various forms of lexemes, while word-formation deals with the formation of new lexemes from given bases. Word-formation can, in turn, be subdivided into derivation and compounding (or composition). Derivation is concerned with the formation of new lexemes by affixation, compounding with the formation of new lexemes from two (or more) potential stems. Derivation is sometimes also subdivided into class-maintaining derivation and class-changing derivation. Class-maintaining derivation is the derivation of new lexemes which are of the same form class ('part of speech') as the base from which they are formed, whereas class-changing derivation produces lexemes which belong to different form classes from their bases. Compounding is usually subdivided according to the form class of the resultant compound: that is, into compound nouns, compound adjectives, etc. It may also be subdivided according to the semantic criteria . . . into exocentric, endocentric, appositional and dvandva compounds.


 上の文章で説明されている形態論の分類のうち,主要な諸部門について図示しよう(Bauer (34) を少々改変して示した).

                                    [ The Basic Divisions of Morphology ]


                 ┌─── INFLECTIONAL                                                
                 │       (deals with forms                                   ┌─── CLASS-MAINTAINING
                 │       of individual lexemes)                              │
MORPHOLOGY ───┤                                ┌─── DERIVATION  ───┤
                 │                                │       (affixation)      │
                 │                                │                         └─── CLASS-CHANGING
                 └─── WORD-FORMATION ─────┤
                          (deals with              │                         ┌─── COMPOUND NOUNS
                          formation of             │                         │
                          new lexemes)             └─── COMPOUNDING ───┼─── COMPOUND VERBS
                                                            (more than one    │
                                                            root)             └─── COMPOUND ADJECTIVES

 形態論に関連する重要な術語については,「#700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体」 ([2011-03-28-1]) も参照.

 ・Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983.

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2016-07-31 Sun

#2652. 複合名詞の意味的分類 [compound][word_formation][morphology][terminology][semantics][hyponymy][metonymy][metaphor][linguistics]

 「#924. 複合語の分類」 ([2011-11-07-1]) で複合語 (compound) の分類を示したが,複合名詞に限り,かつ意味の観点から分類すると,(1) endocentric, (2) exocentric, (3) appositional, (4) dvandva の4種類に分けられる.Bauer (30--31) に依拠し,各々を概説しよう.

 (1) endocentric compound nouns: beehive, armchair のように,複合名詞がその文法的な主要部 (hive, chair) の下位語 (hyponym) となっている例.beehivehive の一種であり,armchairchair の一種である.
 (2) exocentric compound nouns: redskin, highbrow のような例.(1) ように複合名詞がその文法的な主要部の下位語になっているわけではない.redskinskin の一種ではないし,highbrowbrow の一種ではない.むしろ,表現されていない意味的な主要部(この例では "person" ほど)の下位語となっているのが特徴である.したがって,metaphormetonymy が関与するのが普通である.このタイプは,Sanskrit の文法用語をとって,bahuvrihi compound とも呼ばれる.
 (3) appositional compound nouns: maidservant の類い.複合名詞は,第1要素の下位語でもあり,第2要素の下位語でもある.maidservantmaid の一種であり,servant の一種でもある.
 (4) dvandva: Alsace-Lorraine, Rank-Hovis の類い.いずれが文法的な主要語が判然とせず,2つが合わさった全体を指示するもの.複合名詞は,いずれの要素の下位語であるともいえない.dvandva という名称は Sanskrit の文法用語から来ているが,英語では 'copulative compound と呼ばれることもある.

 ・Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983.

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2016-07-21 Thu

#2642. 言語変化の種類と仕組みの峻別 [terminology][language_change][causation][phonemicisation][phoneme][how_and_why]

 連日 Hockett の歴史言語学用語に関する論文を引用・参照しているが,今回も同じ論文から変化の種類 (kinds) と仕組み (mechanism) の区別について Hockett の見解を要約したい.
 具体的な言語変化の事例として,[f] と [v] の対立の音素化を取り上げよう.古英語では両音は1つの音素 /f/ の異音にすぎなかったが,中英語では語頭などに [v] をもつフランス単語の借用などを通じて /f/ と /v/ が音素としての対立を示すようになった.
 この変化について,どのように生じたかという具体的な過程には一切触れずに,その前後の事実を比べれば,これは「音韻の変化」であると表現できる.形態の変化でもなければ,統語の変化や語彙の変化でもなく,音韻の変化であるといえる.これは,変化の種類 (kind) についての言明といえるだろう.音韻,形態,統語,語彙などの部門を区別する1つの言語理論に基づいた種類分けであるから,この言明は理論に依存する営みといってよい.前提とする理論が変われば,それに応じて変化の種類分けも変わることになる.
 一方,言語変化の仕組み (mechanism) とは,[v] の音素化の例でいえば,具体的にどのような過程が生じて,異音 [v] が /f/ と対立する /v/ の音素の地位を得たのかという過程の詳細のことである.ノルマン征服が起こって,英語が [v] を語頭などにもつフランス単語と接触し,それを取り入れるに及んで,語頭に [f] をもつ語との最小対が成立し,[v] の音素化が成立した云々ということである(この音素化の実際の詳細については,「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]),「#2219. vane, vat, vixen」 ([2015-05-25-1]) などの記事を参照).仕組みにも様々なものが区別されるが,例えば音変化 (sound change),類推 (analogy),借用 (borrowing) の3つの区別を設定するとき,今回のケースで主として関与している仕組みは,借用となるだろう.いくつの仕組みを設定するかについても理論的に多様な立場がありうるので,こちらも理論依存の営みではある.
 言語変化の種類と仕組みを区別すべきであるという Hockett の主張は,言語変化のビフォーとアフターの2端点の関係を種類へ分類することと,2端点の間で作用したメカニズムを明らかにすることとが,異なる営みであるということだ.各々の営みについて一組の概念や用語のセットが完備されているべきであり,2つのものを混同してはならない.Hockett (72) 曰く,

My last terminological recommendation, then, is that any individual scholar who has occasion to talk about historical linguistics, be it in an elementary class or textbook or in a more advanced class or book about some specific language, distinguish clearly between kinds and mechanisms. We must allow for differences of opinion as to how many kinds there are, and as to how many mechanisms there are---this is an issue which will work itself out in the future. But we can at least insist on the main point made here.


 関連して,Hockett (73) は,言語変化の仕組み (mechanism) と原因 (cause) という用語についても,注意を喚起している.

'Mechanism' and 'cause' should not be confused. The term 'cause' is perhaps best used of specific sequences of historical events; a mechanism is then, so to speak, a kind of cause. One might wish to say that the 'cause' of the phonologization of the voiced-voiceless opposition for English spirants was the Norman invasion, or the failure of the British to repel it, or the drives which led the Normans to invade, or the like. We can speak with some sureness about the mechanism called borrowing; discussion of causes is fraught with peril.


 Hockett の議論は,言語変化の what (= kind) と how (= mechanism) と why (= cause) の用語遣いについて改めて考えさせてくれる機会となった.

 ・ Hockett, Charles F. "The Terminology of Historical Linguistics." Studies in Linguistics 12.3--4 (1957): 57--73.

Referrer (Inside): [2018-06-09-1] [2018-01-05-1]

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2016-07-19 Tue

#2640. 英語史の時代区分が招く誤解 [terminology][periodisation][language_myth][speed_of_change][language_change][hel_education][historiography][punctuated_equilibrium][evolution]

 「#2628. Hockett による英語の書き言葉と話し言葉の関係を表わす直線」 ([2016-07-07-1]) (及び補足的に「#2629. Curzan による英語の書き言葉と話し言葉の関係の歴史」 ([2016-07-08-1]))の記事で,Hockett (65) の "Timeline of Written and Spoken English" の図を Curzan 経由で再現して,その意味を考えた.その後,Hockett の原典で該当する箇所に当たってみると,Hockett 自身の力点は,書き言葉と話し言葉の距離の問題にあるというよりも,むしろ話し言葉において変化が常に生じているという事実にあったことを確認した.そして,Hockett が何のためにその事実を強調したかったかというと,人為的に設けられた英語史上の時代区分 (periodisation) が招く諸問題に注意喚起するためだったのである.
 古英語,中英語,近代英語などの時代区分を前提として英語史を論じ始めると,初学者は,あたかも区切られた各時代の内部では言語変化が(少なくとも著しくは)生じていないかのように誤解する.古英語は数世紀にわたって変化の乏しい一様の言語であり,それが11世紀に急激に変化に特徴づけられる「移行期」を経ると,再び落ち着いた安定期に入り中英語と呼ばれるようになる,等々.
 しかし,これは誤解に満ちた言語変化観である.実際には,古英語期の内部でも,「移行期」でも,中英語期の内部でも,言語変化は滔々と流れる大河の如く,それほど大差ない速度で常に続いている.このように,およそ一定の速度で変化していることを表わす直線(先の Hockett の図でいうところの右肩下がりの直線)の何地点かにおいて,人為的に時代を区切る垂直の境界線を引いてしまうと,初学者の頭のなかでは真正の直線イメージが歪められ,安定期と変化期が繰り返される階段型のイメージに置き換えられてしまう恐れがある.
 Hockett (62--63) 自身の言葉で,時代区分の危険性について語ってもらおう.

Once upon a time there was a language which we call Old English. It was spoken for a certain number of centuries, including Alfred's times. It was a consistent and coherent language, which survived essentially unchanged for its period. After a while, though, the language began to disintegrate, or to decay, or to break up---or, at the very least, to change. This period of relatively rapid change led in due time to the emergence of a new well-rounded and coherent language, which we label Middle English; Middle English differed from Old English precisely by virtue of the extensive restructuring which had taken place during the period of transition. Middle English, in its turn, endured for several centuries, but finally it also was broken up and reorganized, the eventual result being Modern English, which is what we still speak.
   One can ring various changes on this misunderstanding; for example, the periods of stability can be pictured as relatively short and the periods of transition relatively long, or the other way round. It does not occur to the layman, however, to doubt that in general a period of stability and a period of transition can be distinguished; it does not occur to him that every stage in the history of a language is perhaps at one and the same time one of stability and also one of transition. We find the contrast between relative stability and relatively rapid transition in the history of other social institutions---one need only think of the political and cultural history of our own country. It is very hard for the layman to accept the notion that in linguistic history we are not at all sure that the distinction can be made.


 Hockett は,言語史における時代区分には参照の便よりほかに有用性はないと断じながら,参照の便ということならばむしろ Alfred, Ælfric, Chaucer, Caxton などの名を冠した時代名を設定するほうが記憶のためにもよいと述べている.従来の区分や用語をすぐに廃することは難しいが,私も原則として時代区分の意義はおよそ参照の便に存するにすぎないだろうと考えている.それでも誤解に陥りそうになったら,常に Hockett の図の右肩下がりの直線を思い出すようにしたい.
 時代区分の問題については periodisation の各記事を,言語変化の速度については speed_of_change の各記事を参照されたい.とりわけ安定期と変化期の分布という問題については,「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]) の議論を参照.

 ・ Hockett, Charles F. "The Terminology of Historical Linguistics." Studies in Linguistics 12.3--4 (1957): 57--73.
 ・ Curzan, Anne. Fixing English: Prescriptivism and Language History. Cambridge: CUP, 2014.

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2016-07-06 Wed

#2627. アクセントの分類 [typology][prosody][stress][terminology]

 言語におけるアクセント(強勢)について,一般言語学的な立場から,「#926. 強勢の本来的機能」 ([2011-11-09-1]) や「#1647. 言語における韻律的特徴の種類と機能」 ([2013-10-30-1]) で概説した.関連して,斉藤 (109) がアクセントの類型論を与えているので,それを参照した以下の分類図を作成した.

Typology of Accent

 図の左から右へと見ていくと,広義の「アクセント」は,有限のいくつかのパターンから「どれ」を選ぶかという「トーン」系列と,「どこ」を卓越させるかに関する狭義のいわゆる「アクセント」系列に2分される.「トーン」系列は,パターンの適用される単位が音節単位か単語単位かによって分けられ,さらに細分化することもできるが,全体としては広い意味で「ピッチアクセント」に属する.
 一方,図の下方の「アクセント」系列は,高低を基準とする「ピッチアクセント」(狭義)と強弱を基準とする「ストレスアクセント」に分かれる.それぞれは大きな分類としては「ピッチアクセント」と「アクセント」に属する.
 用語と分類に若干ややこしいところがあるが,これをアクセントの類型論の見取り図として押さえておきたい.

 ・ 斉藤 純男 『日本語音声学入門』改訂版 三省堂,2013年.

Referrer (Inside): [2018-11-09-1]

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2016-06-12 Sun

#2603. 「母語」の問題,再び [sociolinguistics][terminology][linguistic_ideology]

「#1537. 「母語」にまつわる3つの問題」 ([2013-07-12-1]),「#1926. 日本人≠日本語母語話者」 ([2014-08-05-1]) で「母語」という用語のもつ問題点を論じた.
 母語 (mother tongue) とネイティブ・スピーカー (native speaker) は1対1で分かちがたく結びつけられるという前提があり,近代言語学でも当然視されてきたが,実はこの前提は1つのイデオロギーにすぎない.クルマス (180--81) の議論に耳を傾けよう.

 母語とネイティブ・スピーカーを結びつけることは,さまざまな形で批判されてきた.それはこうした概念が,現実に即していない,理想化された二つの考えに基づいているからである.①言語とは,不変であり,明確な境界をもつシステムであり,②人は一つの言語にのみネイティブ・スピーカーになることが可能であるというものである.
 こうした思想は,書記法が人々に広く普及し,実用言語がラテン語,ギリシア語,ヘブライ語といった伝統的な書き言葉から,その土地固有の話し言葉に移行した,書記ルネサンスのヨーロッパにおいて顕著だ.このときこそ「言語」文脈において,母のイメージが初めて現われたときである.フランス革命後の数世紀,義務教育の普及は母語を学校教育における教科として,そして政治的案件へと変えた.かつて無意識のうちに獲得すると考えられていた母語を話す技能は,意図的で,意識的な学習となったのだ.生来の能力であるものを学ばなければならないという,明らかな矛盾をはらみながら,完全な母語能力は生来の話者にしか到達し得ないという排他意識が強化されたのは,国民国家の世紀である19世紀であった.
 それは言語,帰属意識,領土,国民間を結ぶイデオロギーが,国語イデオロギーに統合されたためである.学校教育が普及するに伴い,ドイツの哲学者 J. G. ヘルダーが提唱した,言語は国民精神の宝庫であるという考えに多くの国が賛同した.ヘルダーは,子供が母語を学ぶのは,いわば自分の祖先の精神の仕組みを受け継ぐことであると論じている.ヘルダーの思想の流れに続くロマン的な思想は,国語と見立てることで母語を,生まれつきでないと精通できない,あるいはできにくいシステムであると神話化した.言語のナショナリズムは個別言語を,排他的なものとしてとらえる傾向を強めた.明治時代,このイデオロギーは日本でも定着した.多くのヨーロッパ諸国と同様,日本も国民の単一言語主義を理想的なものとして支持した.
 近代の始まりにヨーロッパで国家の統合のために使われた,排他的な母語のイデオロギー構成概念が,こうしたものとは違った伝統をもつ,つまり多言語が普通である土地の言語学者によって批判的に脱構築されたのは不思議なことではない.だからインドの言語学者 D. P. パッタナヤックは,人は実際に話すことができなくても,ある言語に帰属意識を感じる事が可能な一方,他方でそれが家庭で使われている言語であるかに係わらず,一番よくできる言語を母語として選べると指摘した.
 多言語社会の人間にとって,安らぎ,かつ自分をきちんと表現できる第一言語は必ずしも一つである必要はない.多言語社会では,言語獲得の多種多様なパターンが存在する.「母語は自然に身につく」というヘルダーの単一言語の安定性を重視するイデオロギーに対し,二つまたはそれ以上の言語システムが存在する社会では,母語能力とネイティブ・スピーカーを単純にむすぶイデオロギーも覆されることになる.


 ここでクルマスが示唆しているのは,「母語」とは相対的な概念であり,用語であるということだ.話者によって,社会によって「母語」に込められた意味は異なっており,その込められた意味とは1つの言語イデオロギーにほかならない.母語とネイティブ・スピーカーは必ずしも1対1の関係ではないのだ.
 私も,日常用語として,また言語についての学術的な言説において「母語」や「ネイティブ・スピーカー」という表現を多用しているが,その背後には,あまり語られることのない,しかしきわめて重大な前提が隠れている可能性に気づいておく必要がある.

 ・ クルマス,フロリアン 「母語」 『世界民族百科事典』 国立民族博物館(編),丸善出版,2014年.180--81頁.

Referrer (Inside): [2016-12-30-1]

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