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#1957. 伝統的意味論と認知意味論における概念[cognitive_linguistics][terminology][semantics]

2014-09-05

 言語の意味とは,その指示対象 (referent) そのものではなく,それが喚起する概念 (concept) であるというのが,現代の意味論では主流の考え方である.しかし,この概念というものが一体どのようなものであるかは,今ひとつはっきりしない.この「意味=概念」説は,大きく2つの立場に分かれる.

「概念」説には2種あり,一つは形式(記号)論理学の流れを汲む伝統的意味論の考え方であり,もう一つは新しい認知言語学の考え方である.伝統的意味論では,概念(=意味)を,言語表現が表わす事物や事象がカテゴリー(類)として持つ特性の集合体と考える.たとえば,「犬」という語の概念(=意味)は,現実に存在する多様な犬がカテゴリーとして持つ特性(哺乳類である,四つ足で尻尾がある,人間によくなつく,など)の束であると考える.伝統的意味論での概念は,このように,それが適用される事物や事象の定義として働く.また,このような考え方の概念は,言語表現の音声形式と同じように,言語使用の場においては既存のものとして扱われ,そのため当の概念がどのような過程を経て形成されるかという概念形成の過程は問題にされない.
 これに対し,言語研究において人間の認知能力を重要視する認知言語学では,言語表現が表わす概念は,概念化 (conceptualization) と呼ばれる,言語使用者の外界の捉え方 (construal) を反映した概念形成法によって形成されるものと考えられ,言語使用者から離れて存在する(既存の)ものとはみなされない.概念を固定したものでなく,言語使用者が使用の場に応じて弾力的に形成するものとするこの認知言語学の概念観は,概念(カテゴリー)の可変性や比喩表現に見られる概念の拡張を説明するのに非常に有効である.(中野,p. vii--viii)


 伝統的意味論における概念を,もう少し詳しく説明すると,次のようになる(「#1931. 非概念的意味」 ([2014-08-10-1]) も参照).

概念 (concept) とは,事物や出来事をカテゴリー(類)として把握することから生まれる認識で,この認識は事物や出来事の個別的・差異的特徴を排除し,共通的・本質的要素を抽出することによって得られる.(中野,p. 13--14)


 このように,伝統的意味論において,言語の意味(=概念)とは客観的,静的で形の定まった固体という風である.一方,新しい認知意味論の立場では,言語の意味(=概念)とは主観的,動的で形の定まらない流体という風である.
 この30年ほどの間に急成長してきた認知言語学 (cognitive_linguistics) の分野には,生成文法などの学派には典型的な,これぞという金科玉条があるわけではない.言語(の意味)に関して様々な関心をもった複数の研究者が緩やかに呼応し,徐々に共通の認識を築きあげてきた結果,台頭してきた分野である.その緩やかな共通認識のいくつかとは,谷口 (7) によると,次のものである.

 ・ ことばは「記号」である。つまり、「形式」と「意味」の結びつきで成り立っている。
 ・ ことばの「形式」が違えば「意味」も必ず違う。
 ・ 同じ「形式」に結びつく意味が複数ある場合、その意味は相互に関連性を持ち、1つのまとまりを形成している。
 ・ ことばの「意味」は、客観的な意味内容だけに限らず、私がちがそれをどのように捉えたかという、認知的な作用も含んでいる。


 4つ目で示唆されているように,認知意味論においては,ことばの意味(=概念)はあくまで流動的なものである.

 ・ 谷口 一美 『学びのエクササイズ 認知言語学』 ひつじ書房,2006年.
 ・ 中野 弘三(編)『意味論』 朝倉書店,2012年.

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