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sociolinguistics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-09-27 11:40

2010-08-31 Tue

#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do [emode][syntax][synthesis_to_analysis][inflection][sociolinguistics][scots_english][do-periphrasis]

 [2010-08-26-1]の記事で見たように,迂言的 do ( do-periphrasis ) は,初期近代英語期に疑問文や否定文を中心に発達してきた.英語史の大きな視点から見ると,この発展は総合的言語 ( synthetic language ) から分析的言語 ( analytic language ) へと進んできた英語の発展の流れに沿っている.
 do, does, did を助動詞として用いることによって,後続する本動詞はいかなる場合でも原形をとれば済むことになる.主語の人称・数と時制を示す役割は do, does, did が受けもってくれるので,本動詞が3単現形や過去形に屈折する必要がなくなるからである.この流れでいけば,疑問文や否定文に限らず肯定平叙文でも do-periphrasis が発達することも十分にあり得たろう.実際に,16世紀には,現代風に強調を含意する用法とは考えられない,純粋に迂言的な do の使用が肯定平叙文で例証されており,do はこの路線を歩んでいたかのようにみえる.
 ところが,[2010-08-26-1]のグラフに示されている通り,肯定平叙文での do の使用は17世紀以降,衰退の一途をたどる.英語史の流れに逆らうかのようなこの現象はどのように説明されるのだろうか.Nurmi ( p. 179 ) は社会言語学的な視点からこの問題に接近した.Nevalainen ( pp. 109--10, 145 ) に触れられている Nurmi の説を紹介しよう.
 ロンドン地域における肯定平叙文での do の使用は,17世紀の最初の10年で減少しているとされる( Nevalainen によれば Corpus of Early English Correspondence のデータから示唆される).17世紀初頭といえば,1603年にスコットランド王 James VI がイングランド王 James I として即位するという歴史的な出来事( Stuart 朝の開始)があった.当時のスコットランド英語 ( Scots-English ) では肯定文での迂言的 do の使用は稀だったとされ,その変種を引きさげてロンドンに都入りした James I と彼の周辺の者たちが,その権威ある立場からロンドンで話される変種に影響を与えたのではないかという.
 この仮説は慎重に検証する必要があるが,言語変化を社会言語学的な観点から説明しようとする最近の潮流に沿った興味深い仮説である.

 ・ Nurmi, Arja. A Social History of Periphrastic DO. Mémoires de la Société Néophilologique de Helsinki 56. Helsinki: Société Néophilologique, 1999.
 ・ Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2010-08-14 Sat

#474. 「英語が変化する」の2通りの意味とその相互関係 [sociolinguistics][language_change][wsse]

 英語(言語)が変化するというときに普通に想定されているのは,発音,文法,語彙などの言語体系の構成要素が変化するということだろう.これを言語学的変化 ( linguistic change ) と呼ぼう.
 しかし,もう1つの意味での変化がありうる.それは社会的な観点における変化で,例えば社会における英語の位置づけであるとか,英語が使用される分野や機会の拡大であるとか,英語という言語の社会的機能の変化を指す.これを社会言語学的変化 ( sociolinguistic change ) と呼ぼう.
 英語の歴史や未来を論じる場合にはこの2種類の変化を区別する必要があるが,この2者は互いにどのような関係にあるのだろうか.社会言語学的変化が言語学的変化を誘引してきた例は,間違いなく英語史にある.長らくラテン語やフランス語のくびきのもとで地下に潜っていた英語が,中英語後期よりイギリス国内で復活を遂げてきた.英語がイギリス国内のあらゆる分野・領域 ( domain ) で用いられるようになり,それに応じて綴字の標準化も進んできた.続く近代英語期には,辞書や文法書が数多く著され,英語の規範が確立された.
 社会言語学的変化が言語学的変化を牽引する近年の例では,英語が ELF ( English as a Lingua Franca ) として広く使われるようになるに伴い,WSSE ( World Standard Spoken English ) と呼ばれる新タイプの英語変種が現れつつある.WSSE では,地域色の強い語句や発音が避けられる傾向があるという.以上の例は,英語が各時代に要求される社会的機能に対応して言語的に変化が生じるという例だ.
 それでは,逆の方向の影響,つまり言語学的変化が社会言語学的変化を誘引する事例はあるのだろうか.これは,慎重に議論すべき問題だろう.この問題は,例えば「英語は文法が単純化したからこそ世界語の地位を獲得できたのだ」というような説を検討する際に関係してくる.以下の2つの命題において「 (1) ゆえに (2) 」という説である.

 (1) 英語の文法が単純化した(言語学的変化)
 (2) 英語が世界語の地位を獲得した(社会言語学的変化)

 英語の未来についての論客の1人である Crystal はこの説は俗説として退けている (7--10) .私も Crystal の意見には賛成で,(1) が (2) をもたらしたという因果関係はないという考えである.しかし,いったん英語が世界語の地位を確立し,世界の相当部分がその潮流に乗るという方向が定まった後では,(1) は (2) を後押しするくらいの効果はあるのではないかとも考えられる.だが,この意見は「 (1) ゆえに (2) 」という直接の因果関係を意図するものではない.
 言語学的変化の結果として社会言語学的変化が新たに生じたという明らかな事例は一体あるのだろうか.

 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2010-07-01 Thu

#430. 言語変化を阻害する要因 [language_change][sociolinguistics][icelandic][old_norse][speed_of_change]

 言語変化はほとんどの場合,人為的な制御がきかない.起こるときには自然に起こってしまうものである.綴字改革や常用漢字制定など,人々が意識的に言語を統制しようとする例もあるが,必ずしもうまくいかないことが多い.しかし,Keller のいうように,個々の人間の制御は効かないとしても社会全体が見えざる手となって言語変化をもたらしていることは確かである.そして,言語変化の起こりやすさや進行速度も,社会条件によって変化すると考えられる.
 英語は相当の変化を経てきた言語だと思うが,それはイギリスを中心とした英語社会が歴史的に変動の多い社会だったからだと言われる.イギリスは幾多の征服を被り,人口構成を組み替え,大陸文化を吸収し,自らも外に飛び出して世界帝国となった.多くの激しい社会変動を経た国であるから,その言語も大きく激しく様変わりするというのは理解しやすい.
 それとは反対に,一般に社会変動が少ないと言語変化も少ないと考えられる.ここでは言語変化を阻害しうる要因を考えてみたい.以下は,Brinton and Arnovick (16) に挙げられている要因である.

 ・ geographic isolation, which protects a language from foreign influence;
 ・ separation from the mother tongue, which leads to conservatism on the part of speakers who are reluctant to depart from tradition;
 ・ political and social stability, which eliminates the need for linguistic change to meet changing social conditions;
 ・ attitudes of ethnic and linguistic purism, which encourage the vigilance of speakers of a language against external influences and internal change; and
 ・ a strong written tradition.


 Brinton and Arnovick はその他に言語的統一を推奨する mass communication も言語変化を阻害する要因であるとしている.さらに,purism や written tradition とも深く関係するが,教育の普及,特に言語教育の普及も規範主義 ( prescriptivism ) を促進するため,言語変化を阻害する要因の一つと考えられるだろう.
 さて,これらの要因の多くを合わせもつ社会の典型に Iceland がある.Iceland で話されている Modern Icelandic は,Old Icelandic の時代から言語的に大きく変化していない ( see [2010-04-20-1] ) .特に書き言葉に関する限り,変化は僅少である.これは,Iceland が (1) 地理的に孤立しており,(2) Scandinavia の故地から遠く隔たっていることにより保守的であり,(3) 政治社会的に安定しており,(4) 借用語使用を忌避する強い言語純粋主義をもっており,(5) 11世紀からの長い書き言葉の伝統を有していることによると考えられる.
 一方で,英語が比較的短期間の間に著しく変化した古英語後期から初期中英語期のイギリス社会を考えてみよう.そこでは,(1)(2) 島国ながらも大陸との関係が深く,孤立していず ( see [2009-10-03-1] ) ,むしろ大陸のヴァイキング(ゲルマン語派の同胞)やノルマン人と激しく接触していた.また,(3) 征服による動乱の政治社会であり,(4) 民族混交によりそもそも純粋主義を掲げている場合ではなく,(5) ノルマン人のフランス語が書き言葉の標準となったために,英語の書き言葉の伝統はほぼ失われた.言語変化を阻害する要因が一切見あたらないのである.
 では,現代英語はどうだろうか.globalisation や社会の可動性という側面を考えれば,現代英語では言語変化が激しく生じるだろうという可能性を予想させる.一方で,マスメディアの隆盛や教育の普及という側面を考えると,言語変化が阻害されるだろうという可能性も予想できる.言語変化の促進剤と抑制剤が今後どのように働いていくか,じっくりと見守っていきたい.

 ・ Keller, Rudi. On Language Change: The Invisible Hand in Language. Trans. Brigitte Nerlich. London and New York: Routledge, 1994.
 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

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2010-06-14 Mon

#413. カメルーンにおける英語への language shift [pidgin][sociolinguistics][language_shift]

 昨日の記事[2010-06-13-1]に続き,カメルーンの英語の話題.昨日も触れたが,現在のカメルーンでは標準的なイギリス英語 Educated English ( EdE ) はエリートと結びついており,対照的に Cameroon Pidgin English ( PE ) は社会的地位が相対的に低くなっている.PE は国内で広く長く使われてきた歴史があり,本来は社会言語学的にも無色透明に近いはずだが,公用語として採用された EdE との対比により「色」がついてきた.
 他言語社会カメルーンの人々は多くが multilingual だが,どの言語を母語とするか,どの順序で複数の言語を習得するかについては都市部と地方部でかなりの揺れがある.特に近年は,都市部で現地の言語や PE ではなく EdE を母語として(第二言語としてではなく)教える親が増えているという.日本でも,将来性を見込んで我が子に英語の早期教育を,という状況は普通に見られるようになってきているが,まさか日本語をさしおいて英語を母語として教えるというケースはないだろう.以下は,カメルーンの諸都市で EdE と PE を第一言語としている子供の比率の通時的変化を示した表である ( Jenkins 176-77 ).20年ほどの間に,EdE を母語とする子供の比率が伸び出してきたのが分かる.

CityEdE (%)PE (%)
1977-781998?1977-781998?
Bamenda13.52224
Mamfe012525
Kumba131922
Buea7132628
Limbe493130


 (両)親の母語が EdE でないにもかかわらず子供が EdE を母語として習得するという状況はカメルーンでなくとも世界各地で起こり始めている.これは新しい ENL 変種が現れてくる可能性を示唆している.母語をある言語から他の言語へと乗り換えることを language shift と呼ぶが,英語はこうした language shift によっても母語話者数を少しずつ伸ばしているということになる.英語の language shift に関する統計はまだ少なく,世界中での進行状況はよく分かっていないが,英語の実力,あるいは「株価」のようなものがあるとすれば,そこに language shift の数値も織り込む必要があるのではないだろうか.もちろん英語の株価上昇の背後には,現地で用いられている他言語が犠牲になっているという陰の側面があることは認識しておかなければならない.

 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009. 176--83.

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2010-06-13 Sun

#412. カメルーンの英語事情 [pidgin][sociolinguistics][map]

 明日は FIFA World Cup の日本対カメルーン戦の試合日ということで,カメルーンの英語事情について.カメルーン共和国 ( Republic of Cameroon ) はアフリカ大陸の様々な特質を一つの国の中にもち,ミニ・アフリカと呼ばれる.[2010-06-02-1]の記事で掲載したが,民族や言語の多様性も著しく,言語の多様性指数 ( diversity index ) で世界第7位,実に279もの言語が国内に行われている.植民地の歴史により英語とフランス語が公用語だが,国民の70%以上が英語ベースのピジン語である Cameroon Pidgin English (PE) を話すとされ,潜在的には多民族を一つにまとめる役割を果たしうる.

Map of Cameroon

 カメルーンにおけるピジン英語 PE の歴史は,1400年にまで遡りうる.ポルトガルの商船がイングランドの使用人を引き連れてカメルーン海岸を訪れた際に,英語ベースのピジン語の種が蒔かれたという.ちなみに,国名のカメルーンは土地の川に産するエビを指すポルトガル語 Camarões にちなんだものという.15世紀以降にヨーロッパ人がやってくるようになると,交易やキリスト教の布教において初期にはポルトガルやオランダの影響が強かったが,後にイギリスやドイツが取って代わった.1844年にバプテスト宣教師が英語学校を設立してイギリス標準英語が入ってくることになるが,それまでは PE が支配的であった.PE はピジン英語とはいっても,長い年月の間に周辺のアフリカの言語の影響を大いに受けて独自の発展を遂げており,宣教師は PE を外国語として学ぶ必要があったほどである.
 1884年,イギリスの影響力が圧倒的だったにもかかわらず,ドイツがカメルーンの領土権を主張した.ドイツによる併合と搾取の時代を経て,カメルーンは第一次世界大戦後にイギリスとフランスの統治時代に移る.イギリスが西側 1/5 の地域を,フランスが東側 4/5 の地域を支配し,後の国内分裂の原因を作った.第二次世界大戦後,東西統合の大きな問題を部分的に残しつつ1960年にカメルーン共和国として独立を達成した.
 植民地の歴史は複雑だが,それ以前から数世紀ものあいだ非公式に用いられていた交易の言語たる PE が現在でも国民に広く通用するという事実が興味深い.しかし,Jenkins が論じているところによると,英語が公用語として採用されるようになるに及び,その反動として PE の社会的地位が相対的に低くなってきているという.広く通用するにもかかわらず社会的な stigmatisation が増してきているというのは,カメルーンのような多言語国での国内コミュニケーションの効率を考えれば損失以外の何ものでもない.しかし,そこには「エリートの英語,下層民の PE 」という社会言語学的な二分化があらがいがたく反映されているのだという.「あなたにとって英語とは?」という問いは,カメルーン国民と日本国民にとって,相当に異なる問いとして受け止められることだろう.[2010-01-19-1] の記事で触れた問題点を改めて考えさせられる.
 カメルーンの諸言語については,EthnologueLanguage of Cameroon も参照.

 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009. 176--83.

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2010-06-07 Mon

#406. Labov の New York City /r/ [sociolinguistics][phonetics][language_change][ame_bre][rhotic]

 car, hear などにみられる語尾の <r> が発音されるか ( rhotic ),発音されないか ( non-rhotic ) は,一般に英語の英米差と結びつけられることが多い.しかし,一般に non-rhotic とみなされるイギリス英語でも,ロンドンを中心とする南東部以外の方言では広く /r/ が聞かれるし,一般に rhotic とみなされるアメリカ英語でも,New England や Southern の方言では /r/ が発音されない.したがって,一般に言われている /r/ の英米差は,あくまでイギリス英語とアメリカ英語の標準的な変種を比べての話である.
 New York City ( NYC ) も,20世紀前半にはアメリカ英語らしからぬ non-rhotic な地域であった.これは当時の諸記録や映画からも明らかである.しかし,以降,現在に至るまで,アメリカ英語の大半に歩調を合わせるかのごとく NYC でも /r/ が発音されるようになってきている.ここ数十年の間に一つの言語変化が起こってきたということになるが,この変化に注目し,社会言語学の先駆的な調査・研究を行ったのが University of Pennsylvania の William Labov だった.彼の研究は後の社会言語学のめざましい発展に貢献し,その独創的な手法は今なお人々の興味を引いてやまない.
 20世紀後半の言語学者は NYC の人々が /r/ を発音したりしなかったりする事実には気づいていたが,その使い分けや分布はランダムであり,個々人の好みの問題にすぎないと考えていた.しかし,Labov はその分布はランダムではなく何らかの根拠があるはずだと考えた.そこで,社会階級によって分布が異なるのではないかという仮説を立て,それを検証すべく次のような調査を計画した.階級レベルの高い人々ほど /r/ を発音する傾向があり,低い人ほど /r/ を発音しない傾向があると仮定し,NYC にある客層の異なる三つの百貨店で販売員の発音を調査することにしたのである.というのは,別の研究で,販売員は主な客層の話し方に合わせて話す傾向があるとされていたので,販売員の発音は対応する客層の発音を代表しているはずだと考えたからである.
 Labov は,高階級の Saks Fifth Avenue,中階級の Macy's,低階級の Klein's という百貨店をターゲットにした.いずれの百貨店も,一階は客で込み合っており商品も多く陳列されている庶民的なフロアだが,最上階は客が少なく商品もまばらで高級感のあるフロアとなっている.Labov はまず一階の販売員に,四階に売られていることがあらかじめわかっている商品を挙げて,○○の売場はどこですかと尋ねた.販売員の fourth floor という返答により,二つの /r/ の有無を確かめることができるというわけだ.さらに,Labov はその返答が聞こえなかったように装い,もう一度,今度はより意識された丁寧な発音をその販売員から引き出した.次に4階に上がり,ここは何階かと販売員に尋ねることで,再び /r/ の有無のデータを引き出した.このようにして多くのデータを集め,様々なパラメータで分析したところ,当初の予想通りの結果となった.
 三つの百貨店を全体的に比べると,高階級の Saks で rhotic の率がもっとも高く,低階級の Klein's でもっとも低かった.また,各百貨店についてデータを見ると,一階よりも上層階での発音ほど /r/ を多く含んでいることがわかった.また Klein's については,聞き返した二度目の発音のほうが一度目よりも多く /r/ を含んでいることがわかった.結果として,NYC の話者は階級が高いほど,また意識して発音するほど rhotic であることが判明した.こうして,社会的な要因で rhotic か non-rhotic かが無意識のうちに使い分けられているということが明らかになったのである.
 この調査の詳細は Labov の著書に詳しいが,上の要約は Aitchison (42--45) に拠った.

 ・ Labov, William. Sociolinguistic Patterns. Philadelphia: U of Pennsylvania P, 1972.
 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.

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2010-03-11 Thu

#318. 地下に潜った英語と潜らなかった日本語 [japanese][me][sociolinguistics][reestablishment_of_english]

 [2009-09-05-1]の記事で,英語の復権について述べた.1066年のノルマン人の征服 ( Norman Conquest ) 以降,1362年辺りにいたるまで,イングランドでは公の場で英語が用いられることはほぼなかった.確かに初期中英語期と呼ばれるこの時期にも英語で書かれた文書は存在するが,あくまで非公的文書である.文学的にもあまり洗練されていないと評価されることが多い.公用語フランス語のくびきのもとで,庶民の言語である英語はまさに地下に潜っていたのである.
 さて,日本語史をみてみると,平安初期に一見すると英語と似通った事情があった.日本語で書かれた文学は,『万葉集』の作られたと考えられる760年頃から,勅撰の『古今集』の作られた905年までのあいだに空白がある.この時代は漢文が全盛の時代で,男性貴族が『凌雲集』『経国集』『文華秀麗集』などの漢詩集を著し,漢文の秀才振りを示した.公の書の最たるものである『日本書紀』『日本後記』『続日本後記』『文徳実録』『三大実録』などの国史も,すべて漢文で書かれていた.書き言葉でみる限り,日本全体があたかも漢語に乗っ取られたかのような様相を呈していたのである.土着の言語が公の書き言葉としてほとんど現れてこない点で,時代こそ異なれ,英語と日本語の状況は似ているように見える.
 しかし,大きく異なる点がある.日本では,ある意味でもっとも公的な意味合いを帯びた文章が,漢語文ではなく,紛れもない日本語文として記されていたのである.天皇の祝詞(のりと)である.祝詞は天皇によって口頭で読み上げられる大和言葉である.いくら貴族が競って漢文を書こうが,日本の公世界の頂点たる天皇の口から発せられた言葉は日本語そのものであった.祝詞の文章は宣命体という形式で書かれており,そこでは漢字が中心であることは間違いないが,助詞・助動詞の類が万葉仮名で示され,語順も日本語そのものである.漢字文ではあるが,紛れもない日本語の文章である.日本では,天皇をはじめ貴族の話し言葉が日本語だったことは疑いをいれない.それに対して,中世初期のイギリスでは,王侯貴族の日常的な話し言葉は英語ではなくフランス語だった.
 当時の両国で,社会的地位の高い言語(日本では漢語,イギリスではフランス語)を上層言語,低い言語(日本では日本語,イギリスではフランス語)を下層言語と呼ぶことにすると,当時の状況は以下の表のようにまとめられる.

 日本イギリス
庶民の話し言葉下層下層
公の書き言葉上層上層
王侯貴族の話し言葉下層上層


 日本とイギリスの状況が一見共通しているように見えるのは上二段のゆえである.だが,最下段の「王侯貴族の話し言葉」では対照をなす.この違いを一言でいえば,当時のイギリスの言語状況は王朝の征服の結果として生じたものだが,日本の言語状況は征服によるものではなく,あくまで中国からの甚大な文化的な影響によるものだったということだろう.日本語は,英語と同じ意味で「地下に潜った」わけではない.

 ・ 渡部 昇一 『アングロサクソンと日本人』 新潮社〈新潮選書〉,1987年.72--75頁.
 ・ 山口 仲美 『日本語の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2006年. 54, 71--72頁.

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2009-12-09 Wed

#226. 英語は "apolitical" な言語か? [politics][sociolinguistics][elf]

 社会言語学では,言語が社会的な存在であり,しばしば政治的な存在でもあることが前提とされている.特に,世界語としての英語が議論されるとき,議論のなかに政治的な要素がまったく入り込まないということはあり得ないのではないかとすら思われる.例えば,[2009-11-30-1], [2009-12-05-1]でみた英語話者の同心円モデルでいえば,Inner Circle に属するものが「規範」 ( norma ) の中心におり,外側の Circles に属する人々の用いる英語に影響を与えるという見方は,それ自体が政治的 ( political ) 含みをもっている.
 社会言語学でおなじみの「言語」と「方言」の区別に関する議論も,言語が政治的な存在であることを示している.日本で関西地方が政治的に独立して独立国家を形成すれば,その新国民は自分たちの言語を「日本語の関西方言」ではなく「関西語」と称するかもしれない.独立以前と以後で言語的には何ら変化していないにもかかわらずである.
 また,インドなどの多言語社会においては,他の言語に比べて政治的に中立の立場にあるからという理由で,英語が国内コミュニケーションの目的で用いられている.この場合,英語は政治的に中立と見なされているのだから,非政治的 ( unpolitical ) な役割を果たしているとも言えそうであるが,そもそも複雑な言語事情の政治的解決策として英語が持ち出されてきたわけであり,この事態が政治と関係がないとは言えない."political" 「政治的」にせよ "unpolitical" 「非政治的」にせよ,いずれも politics 「政治」の含みがあることを前提とした形容詞である.
 このように,社会言語学では,言語が本質的に政治から自由ではないことを示す事例が多く挙げられる.私だけではないと思うが,社会言語学を学習した者は「言語=政治的」というテーゼをたたき込まれるわけである.ところが,Kachru の次の文章に出くわして驚いた.世界語としての英語に関する議論,すなわち社会言語学の通念からは政治的でないはずのない議論のさなかに,"apolitical" という形容詞が出てくるのだ.そして,その主語は「英語」なのである.やや長いが,引用する.

As an aside, one might add here that all the countries where English is a primary language are functional democracies. The outer circle and the expanding circle do not show any such political preferences. The present diffusion of English seems to tolerate any political system, and the language itself has become rather apolitical. In South Asia, for example, it is used as a tool for propaganda by politically diverse groups: the Marxist Communists, the China-oriented Communists, and what are labelled as the Muslim fundamentalists and the Hindu rightists as well as various factions of the Congress party. Such varied groups seem to oppose the Western systems of education and Western values. In the present world, the use of English certainly has fewer political, cultural, and religious connotations than does the use of any other language of wider communication. (14)


 "unpolitical" 「非政治的」ではなく "apolitical" 「無政治的,政治とは無関係の」であるところがポイントとなる."unpolitical" はマイナス方向に "political" 「政治的」であるという意味で,結局のところ "political" と同じ土俵の上にある用語である.政治を意識しているからこそ,"political" か "unpolitical" かという区別が重要なのである.ところが,"apolitical" は,そもそも政治という土俵の外にあり,政治に対して無関係・無関心であることを表す用語である.なるほど,英語が世界へ拡大してゆく過程においては,各国・地域の政体がどうであるかとかアメリカとの国際関係がどうであるかなどということは,ゼロとは言わないまでもそれほど関与的ではない.
 「言語=政治的」という社会言語学の洗脳を受けた頭には,世界語としての英語が "apolitical" でありうるという発想は新鮮だった.

 ・Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.

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