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sociolinguistics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-08-02 08:24

2015-08-12 Wed

#2298. Language changes, speaker innovates. [language_change][sociolinguistics][causation][invisible_hand][methodology][contact]

 本ブログでは,英語史に関する記事と同じくらい言語変化 (language_change) に関する記事を書いてきた.言語変化という用語や概念を当然の前提としてきたが,この前提の背景において理解しておかなければならないことがある.それは,言語変化 (linguistic change) と話者刷新 (speaker-innovation) の区別である (Milroy 77) .言語が変化するのは,話者が言葉遣いを刷新するからである.
 話者が言葉遣いを刷新したからといって,それが言語変化に直結するとは限らない.一度きりの繰り返されることのない刷新にすぎないかもしれないし,個人的な変異にとどまるかもしれない.それが言語体系のなかに定着し,言語共同体内に拡がってはじめて,言語変化が生じたといえる.時間順でいえば,話者刷新は言語変化に先行する.また,話者不在の言語変化はありえないということでもある.このことは考えてみれば自明ではあるが,私たちは「言語変化」を論じる際に,しばしば言語体系を自律したものとして扱い,話者を脇に追いやる.意識的にそのような方法論を採っているのであれば問題は少ないと思われるが,言葉遣いの刷新の主体が話者であるという事実は,常に念頭においておく必要がある.
 刷新や変化の主体が話者と言語のあいだで容易にすり替わり得るのは,刷新から変化への移行に関するメカニズムがよく解明されていないからでもある.そのメカニズムの1つとして見えざる手 (invisible_hand) が提案されているが,それも含めて,今後の研究課題といってよいだろう.
 似たような用語上の懸念として,話者(集団)どうしが接触しているにもかかわらず,しばしば「言語接触」 (language contact) が語られるということがある.言語接触という見方そのものに問題があるわけではないが,それに先だって常に話者接触があるという認識が肝心である.
 言語変化と話者刷新の区別や話者不在の言語(変化)論については,以下の記事で話題にしてきたので,参照されたい.
 
 「#546. 言語変化は個人の希望通りに進まない」 ([2010-10-25-1])
 「#835. 機能主義的な言語変化観への批判」 ([2011-08-10-1])
 「#837. 言語変化における therapy or pathogeny」 ([2011-08-12-1])
 「#1168. 言語接触とは話者接触である」 ([2012-07-08-1])
 「#1549. Why does language change? or Why do speakers change their language?」 ([2013-07-24-1])
 「#1979. 言語変化の目的論について再考」 ([2014-09-27-1])
 「#1992. Milroy による言語外的要因への擁護」 ([2014-10-10-1])
 「#2005. 話者不在の言語(変化)論への警鐘」 ([2014-10-23-1])

 ・ Milroy, James. "A Social Model for the Interpretation of Language Change." History of Englishes. Ed. Matti Rissanen et al. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 72--91.

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2015-08-03 Mon

#2289. 命令文に主語が現われない件 [imperative][syntax][pragmatics][sociolinguistics][politeness][historical_pragmatics][emode][speech_act]

 標題は,長らく気になっている疑問である.現代英語の命令文では通常,主語代名詞 you が省略される.指示対象を明確にしたり,強調のために you が補われることはあるにせよ,典型的には省略するのがルールである.これは古英語でも中英語でも同じだ.
 共時的には様々な考え方があるだろう.命令文で主語代名詞を補うと,平叙文との統語的な区別が失われるということがあるかもしれない.これは,命令形と2人称単数直説法現在形が同じ形態をもつこととも関連する(ただし古英語では2人称単数に対しては,命令形と直説法現在形は異なるのが普通であり,形態的に区別されていた).統語理論ではどのように扱われているのだろうか.残念ながら,私は寡聞にして知らない.
 語用論的な議論もあるだろう.例えば,命令する対象は2人称であることは自明であるから,命令文において主語を顕在化する必要がないという説明も可能かもしれない.社会語用論の観点からは,東 (125) は「英語は主語をふつう省略しない言語だが,命令文の時だけは省略する.この主語(そして命令された人も)を省略する文法は,ポライトネス・ストラテジーのあらわれだといえよう」と述べている.関連して,東は,命令文以外でも you ではなく一般人称代名詞 one を用いる方がはるかに丁寧であるとも述べており,命令文での主語省略を negative politeness の観点から説明するのに理論的な一貫性があることは確かである.
 しかし,ポライトネスによる説明は,現代英語の共時的な説明にとどまっているとみなすべきかもしれない.というのは,初期近代英語では,主語代名詞を添える命令文のほうがより丁寧だったという指摘があるからだ.Fennell (165) 曰く,". . . in Early Modern English constructions such as Go you, Take thou were possible and appear to have been more polite than imperatives without pronouns."
 初期近代英語の命令や依頼という言語行為に関連するポライトネス・ストラテジーとしては,I pray you, Prithee, I do require that, I do beseech you, so please your lordship, I entreat you, If you will give me leave など様々なものが存在し,現代に連なる please も17世紀に誕生した.ポライトネスの意識が様々に反映されたこの時代に,むしろ主語付き命令文がそのストラテジーの1つとして機能した可能性があるということは興味深い.上記の東による説明は,よくても現代英語の主語省略を共時的に説明するにとどまり,通時的な有効性はもたないだろう.
 この問題については,今後も考えていきたい.

 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

Referrer (Inside): [2016-07-23-1] [2016-02-05-1]

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2015-08-02 Sun

#2288. ショッピングサイトでのスペリングミスは致命的となりうる [sociolinguistics][spelling]

 社会言語学に,言語市場 (linguistic marketplace) という概念がある.社会において,言語は文字通りにカネの回る市場であるという考え方だ.言語と経済の関係が密接であることは,私たちもよく知っている.世界経済の「通貨」は英語を筆頭とするリンガ・フランカ (lingua_franca) であるし,多言語を使いこなせる人は市場価値が高いとも言われる.営業マンは言葉遣いが巧みであれば業績が上がるだろうし,通訳や翻訳などは直接に言語で稼ぐ業種である.ほかにも,セネガルにおいて,言葉による挨拶の仕方とその人の経済力が結びついていることは,「#1623. セネガルの多言語市場 --- マクロとミクロの社会言語学」 ([2013-10-06-1]) で見たとおりである.このように,言語,言語能力,言語使用には,市場価値がある.
 言語の市場価値という観点から,興味深い指摘がある.ウェブ上のショッピングサイトでは,スペリングの正確さが売上に直結する重要な要素であるということだ.だましサイトには間違えたスペリングやいかがわしい表記が溢れていることはよく知られており,買い物客はサイトにおける綴字ミスには敏感なのである.買い物客は,売り手がいかに「きちんと」商売しているかを,部分的に綴字の正確さで測っているという.Horobin (4--5) が次のように述べている.

. . . there is an economic argument for the importance of correct spelling. Charles Duncombe, an entrepreneur with various online business interests, has suggested that spelling errors on a website can lead directly to a loss of custom, potentially causing online businesses huge losses in revenue (BBC News, 11 July 2011). This is because spelling mistakes are seen by consumers as a warning sign that a website might be fraudulent, leading shoppers to switch to a rival website in preference. Duncombe measured the revenue per visitor to one of his websites, discovering that it doubled once a spelling mistake had been corrected. . . . So the message is clear: good spelling is vital if you want to run a profitable online retail company, or be a successful email spammer.


 言語と経済の関係については様々な論考があるが,「#2163. 言語イデオロギー」 ([2015-03-30-1]),「#2166. argot (隠語)の他律性」 ([2015-04-02-1]) で取り上げたものとして Irvine の論文を挙げておこう.

 ・ Irvine, Judith T. "When Talk Isn't Cheap: Language and Political Economy." American Ethnologist 16 (1989): 248--67.
 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

Referrer (Inside): [2017-10-07-1]

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2015-07-27 Mon

#2282. カナダ英語とは何か? (2) [canadian_english][variety][language_myth][sociolinguistics][sobokunagimon]

 標題に関連して,「#2243. カナダ英語とは何か?」 ([2015-06-18-1]),「#2265. 言語変種とは言語変化の経路をも決定しうるフィクションである」 ([2015-07-10-1]),「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]),「#1373. variety とは何か」 ([2013-01-29-1]) など,canadian_english を中心に考察してきた.今回は,この議論にもう1つ材料を加えたい.
 これまでの記事でも示唆してきたように,カナダ英語に迫るのには,言語学的な方法と社会言語学的な方法とがある.言語学的な考察の中心になるのは,カナダ英語を特徴づけるカナダ語法 (Canadianism) の同定だろう.Brinton and Fee (434) は,"Canadianisms" の定義として "words which are native to Canada or words which have meanings native to Canada" を掲げており,この定義に適う語彙を pp. 434--38 で数多く列挙している.
 一方,社会言語学的な方法を採るならば,カナダ英語の母語話者の帰属意識や忠誠心という問題に言い及ばざるをえない.Bailey (160) は,カナダ英語という変種を支える3つの政治的前提に触れている.

. . . "Loyalists" in the Commonwealth; "North Americans" by geography; "nationalists" by virtue of separatism and independent growth. Each political assumption and linguistic hypothesis has adherents, but the facts of Canadian English resist unambiguous classification.


 個々の話者によって,3つの前提のいずれを取るのか,あるいは複数の前提をどのような配合で混在させているのかは異なっているのが普通だろう.このような話者集合体の話す変種こそがカナダ英語なのだという,そのようなアプローチも可能である.むしろ,言語変種とは,往々にしてそのように成立していくものなのかもしれないとも思う.

 ・ Brinton, Laurel J. and Margery Fee. "Canadian English." The Cambridge History of the English Language. Vol. 6. Cambridge: CUP, 2001. 422--40 .
 ・ Bailey, Richard W. "The English Language in Canada." English as a World Language. Ed. Richard W. Bailey and Manfred Görlach. Ann Arbor: U of Michigan P, 1983. 134--76.

Referrer (Inside): [2015-11-24-1]

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2015-07-10 Fri

#2265. 言語変種とは言語変化の経路をも決定しうるフィクションである [canadian_english][language_myth][variety][sociolinguistics]

 昨日の記事「#2264. カナダ英語における non-prevocalic /r/ の社会的な価値」 ([2015-07-09-1]) で参照した Bailey のカナダ英語に関する1章には,言語における変種 (variety) がいかにして作られ,いかにして育てられ,いかにして社会的影響力をもつに至るかという問いへのヒントが隠されている.カナダ英語とアメリカ英語という2つの変種を例に挙げながら,Bailey (142) は以下のように述べる.

The history of Canadian settlement is immensely significant in determining the origins of English in Canada. Only by romanticizing history are present-day Canadians able to trace their linguistic ancestry to the "United Empire Loyalists," but they are not alone in creating a history to support national sensibilities. In the United States, for instance, some anglophones like to imagine a direct connection with Plymouth Colony (if they are Yankees) or with the First Families of Virginia (if they admire the antebellum South). But a history that is partly fictional may nonetheless be socially significant, and national myths can bolster notions of linguistic prestige and thus influence the course of language change in progress. Hence accounts of settlement history must combine the facts of migration with the beliefs that combine with them to create present-day norms of language behavior.


 Bailey によれば,例えばカナダ英語という変種は,それを話す話者集団が,自分たちの歴史と言語とを結びつけることによって生み出すフィクションである.しかし,そのフィクションはやがて自らが威信や規範を生み出し,それ自身が話者集団に働きかけ,その変種の言語変化の進路に影響を与える.これは,神話や宗教の形成にも類する過程のように思われる.「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) で論じたように,変種とはフィクションにすぎない.しかし,フィクションだからこそ,話者集団にとって強力な神話ともなりうるし,その言語変化の経路をも決定する重要な要因になりうるのだろう.
 言語に関するフィクションや神話が生み出される過程については,「#626. 「フランス語は論理的な言語である」という神話」」 ([2011-01-13-1]),「#1244. なぜ規範主義が18世紀に急成長したか」 ([2012-09-22-1]),「#1738. 「アメリカ南部山中で話されるエリザベス朝の英語」の神話」 ([2014-01-29-1]) などの記事を参照されたい.また,言語変種のフィクション性を巡る議論については,「#1373. variety とは何か」 ([2013-01-29-1]),「#2116. 「英語」の虚構性と曖昧性」 ([2015-02-11-1]),「#2241. Dictionary of Canadianisms on Historical Principles」 ([2015-06-16-1]),「#2243. カナダ英語とは何か?」 ([2015-06-18-1]) も参照.

 ・ Bailey, Richard W. "The English Language in Canada." English as a World Language. Ed. Richard W. Bailey and Manfred Görlach. Ann Arbor: U of Michigan P, 1983. 134--76.

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2015-07-09 Thu

#2264. カナダ英語における non-prevocalic /r/ の社会的な価値 [canadian_english][rhotic][sociolinguistics]

 「#2242. カナダ英語の音韻的特徴」 ([2015-06-17-1]) の記事において,(5) Retention of [r] について次のように述べた.「SCE 〔Standard Canadian English〕は一般的に rhotic である.歴史的には New England からの王党派 (Loyalists) によってもたらされた non-rhotic な変種の影響も強かったはずだが,rhotic なイギリス諸方言が移民とともに直接もたらされた経緯もあり,後者が優勢となったものだろう.」
 この non-prevocalic /r/ に関する予想外の分布と展開をもう少し調べてみた.カナダ英語,とりわけ New England 変種と歴史的な関係の深い沿岸諸州のカナダ英語変種で,結果として rhotic となっていったのは,なぜなのだろうか.Bailey (144) によると,2つの理由があるという.

Two factors doubtless account for the eventual disappearance of New England r-less pronunciations in the Maritimes. One must certainly be the migration that brought other varieties of English to Canada. Since most of the newcomers were from northern England, Scotland, and Ireland (where [r] after vowels was and is a systematic feature of pronunciation), they provided an English that competed with that of the American Loyalists, and apparently these migrants were more influential than those from the south of England, where r-loss was well established in prestige dialects by the early nineteenth century. But a more important reason is to be found in the growing sense of national identity among the new Canadians. Their institutions may have been American in origin, but as keepers of the true Loyalist faith they despised the rebels and were staunch in their defense against attempts by the United States to annex Canada in the War of 1812. In the years that followed, they continued to resist threats of annexation from the south, and though they had not yet formed a nation, they constituted a community. By maintaining Loyalist traditions, they believed that they were preserving Loyalist language. In fact, they reversed the process of change already well established at the time of their exodus northward.


 1つは,New England からの移民のほかにも,直接ブリテン諸島からやってきた移民がいたためであるとしている.後者にはとりわけ北部イングランド,スコットランド,アイルランドの出身者が多く,その故郷では「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1]) で見たように,過去にも現在にも rhotic な変種が主として行われている.
 しかし,より重要な理由は,New England からカナダへ移民した王党派 (Loyalists) が感じるようになった "national identity" にあるだろうという.彼らは生まれこそアメリカであり,New England であったが,王党派としてカナダへ逃れてからは,むしろカナダを併合しようと企む新生アメリカ合衆国に対して反感を募らせた.1812年に英米間の戦争が再発してからは,彼らはますますアメリカに対する反感を強め,rhotic な発音を採用することによって,non-rhotic な発音をすでに定着させつつあった New England と,社会言語学的に距離を置こうとしたのではないか ("sociolinguistic distancing") .
 当時の方言状況や /r/ に関する変化の詳細について不案内なので,この説を適切に評価することはできないが,少なくとも英語の諸変種において non-prevocalic /r/ が社会言語学的な価値を帯びやすいことは歴史的な事実である.この問題については,「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1]),「#1050. postvocalic r のイングランド方言地図について補足」 ([2012-03-12-1]),「#1371. New York City における non-prevocalic /r/ の文体的変異の調査」 ([2013-01-27-1]),「#1535. non-prevocalic /r/ の社会的な価値」 ([2013-07-10-1]) を参照されたい.

 ・ Bailey, Richard W. "The English Language in Canada." English as a World Language. Ed. Richard W. Bailey and Manfred Görlach. Ann Arbor: U of Michigan P, 1982. 134--76.

Referrer (Inside): [2015-07-10-1]

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2015-06-21 Sun

#2246. Meillet の "tout se tient" --- 社会における言語 [sociolinguistics][linguistics][language_change]

 昨日の記事「#2245. Meillet の "tout se tient" --- 体系としての言語」 ([2015-06-20-1]) を受けて,言語は体系であること,言語においては "tout se tient" であると述べた Meillet の,もう1つの側面,すなわち社会的な言語観をのぞいてみよう.
 Meillet (16--18) は,言語の現実は言語的なものであると同時に社会的なものでもあることを強く主張した.この二重性こそが,言語の特徴であると.昨日の引用箇所を含めて,少々長いが,関連する部分を引く.

   [La réalité d'une langue] est linguistique : car une langue constitue un système complexe de moyens d'expression, système où tout se tient et où une innovation individuelle ne peut que difficilement trouver place si, provenant d'un pur caprice, elle n'est pas exactement adaptée à ce système, c'est-à-dire si elle n'est pas en harmonie avec les règles générales de la langue.
   A un autre égard, la réalité de la langue est social : elle résulte de ce qu'une langue appartient à un ensemble défini de sujets parlants, de ce qu'elle est le moyen de communication entre les membres d'un même groupe et de ce qu'il ne dépend d'aucun des membres du groupe de la modifier ; la nécessité même d'être compris impose à tous les sujets le maintien de la plus grande identité possible dans les usages linguistiques : le ridicule est la sanction immédiate de toutes les déviations individuelles, et, dans les sociétés civilisées modernes, on exclut de tous les principaux emplois par des examens ceux des citoyens qui ne savent pas se soumettre aux règles de langage, parfois assez arbitraires, qu'a une fois adoptées la communauté. Comme l'a très bien dit, dans son Essai de sémantique, M. Bréal, la limitation de la liberté qu'a chaque sujet de modifier son language « tient au besoin d'être compris, c'est-à-dire qu'elle est de même sorte que les autres lois qui régissent notre vie sociale ».
   Dès lors il est probable a priori que toute modification de la structure sociale se traduira par un changement des conditions dans lesquelles se développe la langage. Le langage est une institution ayant son autonomie ; il faut donc en déterminer les conditions générales de développement à un point de vue purement linguistique, et c'est l'objet de la linguistique générale ; il a ses conditions anatomiques, physiologiques et psychiques, et il relève de l'anatomie, de la physiologie et de la psychologie qui l'éclairent à beaucoup d'égards et dont la considération est nécessaire pour établir les lois de la linguistique générale ; mais du fait que le langage est une institution sociale, it résulte que la linguistique est une science sociale, et le seul élément variable auquel on puisse recourir pour rendre compte du changement linguistique est le changement social dont les variations du langages ne sont que les conséquences parfois immédiates et directes, et le plus souvent médiates et indirectes.
   Il ne faut pas dire qu'on soit par là ramené à une conception historique, et qu'on retombe dans la simple considération des faits particuliers ; car s'il est vrai que la structure sociale est conditionnée par l'histoire, ce ne sont jamais les faits historiques eux-mêmes qui déterminent directement les changements linguistiques, et ce sont les changements de structure de la société qui seuls peuvent modifier les conditions d'existence du langage. Il faudra déterminer à quelle structure sociale répond une structure linguistique donnée et comment, d'une manière générale, les changements de structure sociale se traduisent par des changements de structure linguistique.


 Meillet は,言語が "tout se tient" の体系である以上,言語変化とは言語体系の変化のことにほかならず,それは社会体系の変化に呼応して生じるものであると考えている.個々のミクロな社会変化ではなくマクロな社会体系の変化こそが,言語の置かれる環境や条件を変え,結果として間接的に言語体系に揺さぶりをかけるのだ.したがって,本質的な問題は,最後の文にあるように,所与の言語体系がいかなる社会体系に対応しており,社会体系の変化がどのように言語体系の変化となって現われるのかという点にある.
 (構造)言語学と社会言語学をつなぐこの問題意識こそが,Meillet の身上だろう.関連して,「#2161. 社会構造の変化は言語構造に直接は反映しない」 ([2015-03-28-1]) も参照.

 ・ Meillet, Antoine. Linguistique historique et linguistique générale. Paris: Champion, 1982.

Referrer (Inside): [2019-08-23-1] [2016-01-06-1]

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2015-06-18 Thu

#2243. カナダ英語とは何か? [variety][canadian_english][bilingualism][language_planning][sociolinguistics][history][sobokunagimon]

 昨日の記事「#2242. カナダ英語の音韻的特徴」 ([2015-06-17-1]) でカナダ英語の特徴の一端に触れた.カナダ英語とは何かという問題は,変種 (variety) を巡る本質的な問題を含んでいる (cf. 「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]),「#1373. variety とは何か」 ([2013-01-29-1]),「#2116. 「英語」の虚構性と曖昧性」 ([2015-02-11-1]),「#2241. Dictionary of Canadianisms on Historical Principles」 ([2015-06-16-1])) .Brinton and Fee (439) は,カナダ英語の概説を施した章の最後で,カナダ英語とは何かという問いについて,次のような回答を与えている.

Canadian English is the outcome of a number of factors. Canadian English was initially determined in large part by Canada's settlement by immigrants from the northern United States. Because of the geographical proximity of the two countries and the intertwining of their histories, economic systems, international policies, and print and especially television media, Canadian English continues to be shaped by American English. However, because of the colonial and postcolonial history of the British Empire, Canadian English is also strongly marked by British English. The presence of a long-standing and large French-speaking minority has also had an effect on Canadian English. Finally, social conditions, such as governmental policies of bilingualism, immigration, and multiculturalism and the politics of Quebec nationalism, have also played an important part in shaping this national variety of English.


 ここでのカナダ英語の定義は,言語学的特徴に基づくものではなく,カナダの置かれている社会言語学的環境や歴史的経緯を踏まえたものである.カナダ英語の未来を占うのであれば,アメリカ英語の影響力の増大は確実だろう.一方で,社会的多言語使用という寛容な言語政策とその意識の浸透により,カナダ英語は他の主要な英語変種に比べて柔軟に変化してゆく可能性が高い.
 これまでにゼミで指導してきた卒業論文をみても,日本人英語学習者のなかには,カナダ英語(そして,オーストラリア英語,ニュージーランド英語)に関心をもつ者が少なくない.英米の2大変種に飽き足りないということもあるかもしれないが,日本人はこれらの国が基本的に好きなのだろうと思う.そのわりには,国内ではこれらの英語変種の研究が少ない.Canadian English は,社会言語学的にもっともっと注目されてよい英語変種である.

 ・ Brinton, Laurel J. and Margery Fee. "Canadian English." The Cambridge History of the English Language. Vol. 6. Cambridge: CUP, 2001. 422--40 .

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2015-06-04 Thu

#2229. マルタの英語事情 (2) [esl][new_englishes][diglossia][bilingualism][sociolinguistics][history]

 昨日の記事 ([2015-06-03-1]) に引き続き,マルタの英語事情について.マルタは ESL国であるといっても,インドやナイジェリアのような典型的な ESL国とは異なり,いくつかの特異性をもっている.ヨーロッパに位置する珍しいESL国であること,ヨーロッパで唯一の土着変種の英語をもつことは昨日の記事で触れた通りだが,Mazzon (593) はそれらに加えて3点,マルタの言語事情の特異性を指摘している.とりわけイタリア語との diglossia の長い前史とマルタ語の成立史の解説が重要である.

There are various reasons for the peculiarity of the Maltese linguistic situation: 1) the size of the country, a small archipelago in the centre of the Mediterranean; 2) the composition of the population, which is ethnically and linguistically quite homogeneous; 3) its history previous to the British domination; throughout the centuries, Malta had undergone various invasions, its political history being intimately connected with that of Southern Italy. This link, together with the geographical vicinity to Italy, encouraged the adoption of Italian as a language of culture and, more generally, as an H variety in a well-established situation of diglossia. Italian has been for centuries a very prestigious language throughout Europe, since Italy has one of the best known literary traditions and some of the oldest European universities. Maltese is a language of uncertain origin; it was deeply "restructured" or "refounded" on Semitic lines during the Arab domination, between 870 and 1090 A.D. It has since then followed the same path as other spoken varieties of Arabic, losing almost all its inflections and moving towards analytical types; the close contact with Italian helped in this process, also contributing large numbers of vocabulary items.


 現在のマルタ語と英語の2言語使用状況の背景には,シックな言語としての英語への親近感がある.世界の多くのESL地域において,英語に対する見方は必ずしも好意的とは限らないが,マルタでは状況が異なっている.ここには,国民の "integrative motivation" が関与しているという.

The role of this integrative motivation must always be kept in mind in the case of Malta, since the relative cultural vicinity and the process through which Malta became part of the Empire made this case somehow anomalous; many Maltese today simply deny they ever were just a "colony"; young people seem to partake in this feeling and often stress the point that the British never "invaded" Malta: they were invited. There is a widespread feeling that the British never really colonialized the country, they just "came to help"; the connection of the Maltese people with Britain is still quite strong, not only through the British tourists: in many shops and some private houses, alongside the symbols of Catholicism, portraits of the British Royal Family are proudly displayed on the walls. (Mazzon 597)


 確かに,マルタはESL地域のなかでは特異な存在のようである.マルタの言語(英語)事情は,社会歴史言語学的に興味深い事例である.

 ・ Mazzon, Gabriella. "A Chapter in the Worldwide Spread of English: Malta." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 592--601.

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2015-06-03 Wed

#2228. マルタの英語事情 (1) [esl][new_englishes][bilingualism][diglossia][language_planning][sociolinguistics][history]

 マルタ共和国 (Republic of Malta) は,「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]),「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1]) で触れたように,ヨーロッパ内では珍しい ESL (English as a Second Language) の国である.同じく,ヨーロッパでは珍しく英連邦に所属している国でもあり (cf. 「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1])),さらにヨーロッパで唯一といってよいが,土着変種の英語が話されている国でもある.マルタと英語との緊密な関わりには,1814年に大英帝国に併合されたという歴史的背景がある (cf. 「#777. 英語史略年表」 ([2011-06-13-1])).地理的にも歴史的にも,世界の他の ESL 地域とは異なる性質をもっている国として注目に値するが,マルタの英語事情についての詳しい報告はあまり見当たらない.関連する論文を1つ読む機会があったので,それに基づいてマルタの英語事情を略述したい.

Map of the Mediterranean Map of Malta

 マルタは地中海に浮かぶ島嶼国で,幾多の文明の通り道であり,地政学的にも要衝であった.EthnologueMalta によると,国民42万人のほとんどが母語としてマルタ語 (Maltese) を話し,かつもう1つの公用語である英語も使いこなす2言語使用者である.マルタ語は,アラビア語のモロッコ口語変種を基盤とするが,イタリア語や英語との接触の歴史を通じて,語彙の借用や音韻論・統語論の被ってきた著しい変化に特徴づけられる.この島国にとって,異なる複数の言語の並存は歴史を通じて通常のことであり,現在のマルタ語と英語との広い2言語使用状況もそのような歴史的文脈のなかに位置づける必要がある.
 1814年にイギリスに割譲される以前は,この国において社会的に威信ある言語は,数世紀にわたりイタリア語だった.法律や政治など公的な状況で用いられる「高位の」言語 (H[igh Variety]) はイタリア語であり,それ以外の日常的な用途で用いられる「低位の」言語 (L[ow Variety]) としてのマルタ語に対立していた.社会言語学的には,固定的な diglossia が敷かれていたといえる.19世紀に高位の言語がイタリア語から英語へと徐々に切り替わるなかで,一時は triglossia の状況を呈したが,その後,英語とマルタ語の diglossia の構造へと移行した.しかし,20世紀にかけてマルタ語が社会的機能を増し,現在までに diglossia は解消された.現在の2言語使用は,固定的な diglossia ではなく,社会的に条件付けられた bilingualism へと移行したといえるだろう(diglossia の解消に関する一般的な問題については,「#1487. diglossia に対する批判」 ([2013-05-23-1]) を参照).
 現在,マルタからの移民は,英語への親近感を武器に,カナダやオーストラリアなどへ向かうものが多い.新しい中流階級のエリート層は,上流階級のエリート層が文化語としてイタリア語への愛着を示すのに対して,英語の使用を好む.マルタ語自体の価値の相対的上昇とクールな言語としての英語の位置づけにより,マルタの言語史は新たな段階に入ったといえる.Mazzon (598) は,次のように現代のマルタの言語状況を総括する.

[S]ince the year 1950, the most important steps in language policy have been in the direction of the promotion of Maltese and of the extension of its use to a number of domains, while English has been more and more widely learnt and used for its importance and prestige as an international language, but also as a "fashionable, chic" language used in social gatherings and as a status symbol . . . .


 ・ Mazzon, Gabriella. "A Chapter in the Worldwide Spread of English: Malta." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 592--601.

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2015-05-22 Fri

#2216. 研究社Webマガジンの記事「コーパスで探る英語の英米差 ―― 実践編 ――」 [link][corpus][bnc][coca][ame_bre][sociolinguistics][language_change][gender_difference][link]

 一ヶ月前の「#2186. 研究社Webマガジンの記事「コーパスで探る英語の英米差 ―― 基礎編 ――」」 ([2015-04-22-1]) に引き続き,5月20日付で「実践編」が公開されました.研究社WEBマガジン Lingua リンガより,こちらをご覧ください.  *
 今回は,複数のコーパスを用いることの利点やおもしろさを押し出しました.また,英語の英米差という一見すると静的な話題にも,動的あるいは通時的に迫ることにより,新たな見方が得られる点も強調しました.
 記事のなかでも触れましたが,実際には今回の「実践編」で述べた結論に至るには,もっと詳しく調査しなければなりません.しかし,コーパスを用いて,例えばこのような言語変化の徴候をとらえることができるかもしれないという可能性を感じ取ってもらえれば,という気持ちで執筆しました.基礎編,実践編で私の執筆担当は完結ですが,来月以降も引き続き研究社WEBマガジン Lingua リンガの記事にご注目ください.バックナンバーも非常に有用です.以下,改めて研究社WEBマガジン Lingua リンガの各記事へのリンク(最新版)を張っておきます.

 1. なぜコーパスか? (赤須 薫)
 2. 英語コーパス体験ツアー ― BNCweb を検索してみる ―(前編) (石井 康毅)
 3. 英語コーパス体験ツアー ― BNCweb を検索してみる ―(後編) (石井 康毅)
 4. Google をコーパスに見立てる (仁科 恭徳)
 5. 言語統計の基礎(前編) ― 頻度差の検定 ― (小林 雄一郎 )
 6. 言語統計の基礎(後編) ― 共起尺度 ― (小林 雄一郎)
 7. コーパスを活用した古くて新しい学問領域:フレイジオロジー ― 理論編 ― (井上 亜依)
 8. コーパスを活用した古くて新しい学問領域:フレイジオロジー ― 実践編 ― (井上 亜依)
 9. 学習者コーパスとは何か? (鎌倉 義士)
 10. 学習者コーパスで何ができるのか? (鎌倉 義士)
 11. パラレルコーパスの可能性 (仁科 恭徳)
 12. 日本語コーパスに見られる慣用句の用法 (石田 プリシラ)
 13. 日本語コーパスに見られる慣用句の変化可能性 (石田 プリシラ)
 14. COCA を使ったコロケーションの検索 (内田 諭)
 15. COCA を使った類義語の検証 (内田 諭)
 16. コーパスで話し言葉を探る ― 基礎編 ― (青木 理香)
 17. コーパスで話し言葉を探る ― 実践編 ― (青木 理香)
 18. 学習者の話し言葉コーパスを使った語用論分析 (1)談話標識 well, I mean, kind of, like の使い方 (三浦 愛香)
 19. 学習者の話し言葉コーパスを使った語用論分析 (2)買い物での要求の表現 (三浦 愛香)
 20. 認知言語学を用いてコーパスから意味を探る― 入門編 ― (大谷 直輝)
 21. 認知言語学を用いてコーパスから意味を探る― 前置詞・句動詞編 ― (大谷 直輝)
 22. コーパスで探る英語の英米差 ―― 基礎編 ―― (堀田 隆一)
 23. コーパスで探る英語の英米差 ―― 実践編 ―― (堀田 隆一)

 なお,今回の実践編で注目した gorgeous に関しては,本ブログでも以下の記事で扱ってきましたのでご参照ください.
 
 ・ 「#476. That's gorgeous!」 ([2010-08-16-1])
 ・ 「#477. That's gorgeous! (2)」 ([2010-08-17-1])
 ・ 「#607. Google Books Ngram Viewer」 ([2010-12-25-1])

 また,英語(言語)の男女差についても gender_difference の各記事で扱ってきました.特に言語の男女差とコーパス利用を絡めた記事として,「#913. BNC による語彙の男女差の調査」 ([2011-10-27-1]) をご覧ください.

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2015-05-01 Fri

#2195. Toubon 法の「同義」 [french][language_planning][sociolinguistics][loan_word][synonym]

 昨日の記事「#2194. フランス語規範主義,英語敵視,国民的フランス語」 ([2015-04-30-1]) で,フランスで1994年に制定された Toubon 法 (Loi Toubon) に触れた.Toubon 法という俗称は,文化・フランコフォニー相 (Le ministre de la culture et de la francophonie) の Jacques Toubon がこの法の制定を主導したことにちなむ.公的な場でのフランス語の使用を法制化し,(とりわけ英語を意識して)外来語の使用を制限した言語生活介入法といってよい.フランスの言語政策及び言語への姿勢を体現した法と見ることができる.
 Toubon 法は,言語的規範主義,純粋主義,言語政策などの社会言語学的な観点から確かに興味深い問題ではあるが,言語学的な観点から話題とされることは少ない.しかし,条文のなかに言語学的に考慮すべき点が1つある.Article 5 に次のようにある.

Quels qu'en soient l'objet et les formes, les contrats auxquels une personne morale de droit public ou une personne privée exécutant une mission de service public sont parties sont rédigés en langue française. Ils ne peuvent contenir ni expression ni terme étrangers lorsqu'il existe une expression ou un terme français de même sens approuvés dans les conditions prévues par les dispositions réglementaires relatives à l'enrichissement de la langue française.


 公的な契約書では,同じ意味 ("même sens") のフランス語の表現・語句がある場合に,対応する外来語を用いてはいけないという条文である.ここでいう「同じ意味」という表現は,意味論的に問題を含んでいる.「#1498. taboo が言語学的な話題となる理由 (3)」 ([2013-06-03-1]) で触れたように,よく知られているとおり,言語に厳密な意味での同義語は存在しにくい.自言語の語句と一見して同義とおぼしき他言語の語句が借用され並存するとしても,両者は微妙に機能を違えるのが普通である.ここで「機能」と呼んだものは,denotation も connotation も含めての「意味」と同じものである.条文の "sens" は denotation のみを指しているようだが,これは "sens" の狭い解釈の仕方だろう.話者が本来語を使うか借用語を使うかで選択する場合には,denotation のみならず connotation をも考慮して選択しているのであり,その点で両者は互いに完全同義ではない.
 1つの signifié に対応する signifiant が2つあり,それを文章の中で任意に交替するというのは,確かにいたずらに誤解を招く可能性を高めるだけで,公的な文書にふさわしくないだろう.しかし,「1つの signifié に対応する signifiant が2つある」という状況は,上述のように稀である.稀ではあるが,あるにはあるという前提のもとでその懸念を抱いているのであれば,「いたずらに誤解を招くことのないように」などという文言を条文に含めればよいものだろう.しかし,法案作成者の関心は,直接そのような危惧にあるというよりは,実は "l'enrichissement de la langue française" にあるようである.
 この条文は,"même sens" という言語学用語を用いて趣旨を伝えようとしているが,最後には言語学的というよりは言語政策的というべき響きをもつ "l'enrichissement de la langue française" で終えていることになる.この辺りにうさんくささを感じる.

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2015-04-07 Tue

#2171. gravity model の限界 [geolinguistics][geography][gravity_model][dialectology][sociolinguistics][social_network][weakly_tied][auxiliary_verb][merger]

 昨日の記事で紹介した「#2170. gravity model」 ([2015-04-06-1]) は言語変化の地理的な伝播を説明する優れた仮説だが,限界もある.このモデルでは,伝播の様式は2地点間の距離と各々の人口規模によって定まると仮定されるが,実際にはこの2つのパラメータのほかにもいくつかの要因を考慮する必要がある.例えば,言語に限らず一般的な伝播の研究を行っている Rogers は,(1) the phenomenon itself,(2) communication networks, (3) distance, (4) time, (5) social structure の5変数を主要因として掲げているが,gravity model が扱っているのは (3) と,大雑把な意味においての (2) のみである.
 では,Wolfram and Schilling-Estes (726--33) を参照しながら,他の要因を考えていこう.まず,地理境界がある場合の "barrier effect" が考慮されなければならないだろう.例えば,イングランドとスコットランドの境界は,そのまま重要な英語の方言境界ともなっている.スコットランドの境界内で生じた言語変化がスコットランド内部で波状に,あるいは都市伝いに伝播することがあっても,境界を越えてイングランドの境界内へ伝播するかどうかはわからないし,逆の場合も然りである.津軽藩と南部藩の境界を挟んだ両側の村で,方言が予想される以上に異なっていたという状況も,過去に起こった数々の言語変化が互いに境界を越えて伝播しなかったことを示唆する.
 次に,gravity model はもともと物理学の理論の人文社会科学への応用であり,後者とて一般論で語ることはできない.例えば,文物の伝播の様式と言語の伝播の様式に関与する要因は異なるだろう (cf. 「#2064. 言語と文化の借用尺度 (1)」 ([2014-12-21-1]),「#2065. 言語と文化の借用尺度 (2)」 ([2014-12-22-1])).例えば,言語の伝播を論じる際には,言語体系への埋め込み (embedding) の側面も考慮する必要があるが,gravity model はそのようなパラメータを念頭に置いていない.言語体系に関するパラメータについては,「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]),「#2011. Moravcsik による借用の制約」 ([2014-10-29-1]),「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) を参照.ただし,言語体系間の類似性が,言語項の伝播や借用においてどの程度の効果をもつかについては否定的な議論も少なくないことを付け加えておきたい.
 さらに,gravity model は地理的な伝播についての仮説であり,社会的な伝播を度外視しているという問題がある.1つの地域方言の内部には複数の社会的な方言が区別されるのが普通である.言語変化がある地域方言へ伝播するというとき,その地域方言内のすべての社会方言に同時に伝播するとは限らず,特定の社会方言にのみ伝播するということもありうる.gravity model は地理的な横の軸に沿った伝播しか考慮していないが,言語変化の伝播を考察する上では社会的な縦の軸も同じくらいに重要なのではないか.
 social_network の理論によれば,弱い絆 (weakly_tied) をもつ個人や集団が,言語変化を伝播する張本人となるとされる.gravity model は人口規模の大きいところから小さいところへというマクロのネットワークこそ意識しているが,特定の個人や集団の関与するミクロのネットワークは考慮に入れていないという欠点がある.この欠点を補う視点として,「#882. Belfast の女性店員」 ([2011-09-26-1]),「#1179. 古ノルド語との接触と「弱い絆」」 ([2012-07-19-1]),「#1352. コミュニケーション密度と通時態」 ([2013-01-08-1]) を参考にされたい.
 最後に,人口規模の小さい地域から大きい地域へと「逆流」する "contra-hierarchical diffusion" の事例も報告されている.昨日の記事でも触れたように Oklahoma では,/ɔ/ -- /a/ の吸収が gravity model の予想するとおりに都市から田舎へと hierarchical に伝播しているが,同じ Oklahoma で準法助動詞 fixin' to (= going to) はむしろ田舎から都市へと contra-hierarchical に伝播していることが確認されている.Tennessee の鼻音の前の /ɪ/ と /ɛ/ の吸収も同様に contra-hierarchical に伝播しているという.日本語でも,「#2074. 世界英語変種の雨傘モデル」 ([2014-12-31-1]) で少し話題にしたように,方言形の東京への流入という現象は意外と多くみられ,contra-hierarchical な伝播が決して稀な事例ではないことを示唆している.

 ・ Wolfram, Walt and Natalie Schilling-Estes. "Dialectology and Linguistic Diffusion." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 713--35.
 ・ Rogers, Everett M. Diffusion of Innovations. 5th ed. New York: Free Press, 1995.

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2015-04-05 Sun

#2169. 日本語における「女性語」 (3) [gender_difference][gender][japanese][discourse_analysis][historical_pragmatics][sociolinguistics][linguistic_ideology]

 「#1905. 日本語における「女性語」」 ([2014-07-15-1]),「#1915. 日本語における「女性語」 (2)」 ([2014-07-25-1]) に引き続いての話題.先の2つの記事では,日本語の女ことばの起源と発展について,日本語史で伝統的に言われてきたことに基づいて記述した.しかし,中村はジェンダー論,歴史談話分析,歴史社会言語学の立場から,従来行われてきた女ことばの歴史記述に異議を唱え,女ことばは各時代に特有の言語イデオロギー(「#2163. 言語イデオロギー」 ([2015-03-30-1]))により形成されてきたと主張する.
 例えば,室町時代の女房詞を女ことばの起源とする伝統的な見解について,中村は疑念を表明している.「女性たちが使ってきた言葉づかいは多様なので,多様な言葉づかいが自然にひとつの「女ことば」を形成することは考えにくい」 (50) とあるように,女房詞は後世の女ことばの数多くあるルーツの候補の1つではあるが,それが単独かつ直接に女ことばへ発展していったわけではないという.そもそも,女房詞の属性には,女性に使用されるということだけでなく,宮中で使用されるという社会階級に関する側面も含まれている.むしろ,後者に力点を置けば,女房詞は女ことばというよりは階級方言と呼ぶほうがふさわしい.もともと階級方言に近かった言葉遣いのいくつかを,後に女性一般の規範的な言葉遣いのなかへ意図的に取り込むことによって,徐々に女ことばが形成されてきたと考えられる.
 中村は,時代ごとの女ことばの発展の背景にはいつも政治的・倫理的な側面があったと主張し,それに支えられ,それを支えている言語イデオロギーの正体を次々と暴いていく.明治期の標準語策定における女ことばの排除,言文一致運動と翻訳文学に駆動された女ことばの創出,女子教育の高まりとともに却って女ことばに付加されるようになったセクシュアリティの含蓄,戦中の礼賛されるべき美しき日本語の伝統としての女ことば,戦後の自然な女らしさを発露するものとして捉えられた女ことば,等々.
 中村の提起する数々の言語イデオロギーを要領よくまとめることができないので,中村自身の結論を引用したい (227--29) .

 本書では、女ことばという理念が、西洋やアジアとのグローバルな関係や、都市と地方、中流階級と労働者階級、近代と伝統、未来と過去などのさまざまに対立する社会過程の中で、「女らしさの規範」「西洋近代との親和性」「セクシュアリティ」「天皇制国家の伝統」「家父長制の家族制度」「日本文化の優位性」「日本語の伝統」などの意味づけを与えられることで形成されてきたことを見てきました。
 鎌倉時代から続く規範の言説によって女性の発言を支配する傾向が、江戸時代の女訓書に列挙された女房詞という具体的な語彙によって強化され、「つつしみ」や「品」となって現代のマナー本にも見られるような女らしさとの結びつきが強調されるようになったこと。
 明治の開国後、近代国家建設の過程で必要となった国語理念を、男性国民の言葉として純化させるために、そして、女子学生を西洋近代と日本を媒介する性的他者とするためにも、「てよ・だわ」など具体的な語と結びついた女学生ことばが広く普及したこと。
 戦中期には、アジアの植民地の人々に日本語を教えることで皇国臣民にする同化政策や家父長的な家族的国家観に基づいて女性も戦争に動員する総動員体制を背景に、女ことばが天皇制国家の伝統とされ、家父長制の象徴である「性別のある国語」が強調されたこと。
 戦後には、占領軍によって男女平等政策が推進され、天皇制や家父長制が否定される中で、女ことばを自然な女らしさの発露として再定義する言説が普及し、女ことばには、日本の伝統を象徴することが期待されるようになったこと。
 その過程で、「女の言葉」は、近代国語を純化させる否定項として、帝国日本語の伝統として、常に「日本語」や「日本」との関係で語られ続けてきました。日本語に「女ことばがある」と信じられているのは、いつの時代にも女の言語行為について語る言説が可能になり、意味を持ち、普及するような政治経済状況があったからです。この意味で、女ことばの歴史を知ることは、女だけにかかわる事象というよりも、日本語がなぜ今ある形をしているのかを理解する上で、欠くことのできない作業だと言えるのです。


 非常に手応えのある新書だった.

 ・ 中村 桃子 『女ことばと日本語』 岩波書店〈岩波新書〉,2012年.

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2015-04-02 Thu

#2166. argot (隠語)の他律性 [sociolinguistics][language_or_dialect][register][variety][terminology]

 「#1522. autonomyheteronomy」 ([2013-06-27-1]) で論じたように,独立した言語変種は autonomy (自律性)があるといわれ,それに依存する変種は heteronomous (他律的)と言われる.だが,ある変種が自律的あるいは他律的であるということは具体的にはどういうことなのだろうか.この区別は社会言語学的な含意をもってつけられるのが普通だが,言語的な側面はあるのだろうか.
 自律性と他律性を考える際にはある言語の標準方言と地域方言を念頭に置くのが普通だが,ここではある言語の標準的な言葉遣いと隠語 (argot) とを,それぞれ自律的なコードと他律的なコードと考えてみよう.argot とは犯罪者の仲間うちで用いられる暗号的な言葉遣いであり,暗語や符牒とも呼ばれる.slang や jargon も特定の集団に用いられる言葉遣いであり,その点では似ているが,argot はとりわけ犯罪性と秘匿性が強い.しかし,なぜ argot のような言葉遣いが存在するのかを理解するには,この2特徴を指摘するだけでは不十分である.argot の語形成,意味場の構成,音韻過程は,対置される標準的な言葉遣いからの故意の逸脱を狙っているのであり,その意味においてかえって標準語に対して他律的,依存的であるという逆説が生じていることが重要である.これに関して,Irvine (253) が次のように指摘している.

. . . the codes' origin in counter-societies is reflected in many aspects of their linguistic form, for instance in their elaboration of lexicon and metaphor relevant to their special activities and their attitudes toward the normative society, and in their frequent use of formal inversions and reversals, such as metathesis. Also significant is their conspicuous avoidance and violation of forms recognized as "standard" . . . . These anti-languages are clearly not autonomous codes, then, although the normative codes on which they depend may be. The anti-language is not, and has never been, anyone's native tongue, nor are all its formal characteristics simply arbitrary. Both functionally and formally it is derived from the normative code, just as its speakers define their social role in opposition to the normative society.


 引用にある "anti-language" は,Halliday の用語であり,argot などのコードを指すものととらえてよい.このような非規範的なコードを用いる話者が,規範的なコードを効果的に忌避したり破壊するためには,むしろ後者に精通している必要がある.規範を効果的に破ろうとすれば,それをよく理解していなければならないからだ.この意味において,argot を含む "anti-language" は他律的である.
 日本語の隠語の例をみれば,音位転換の結果としての「ネタ」は当然ながら規範的な「種」が前提となっており,他律的である.「くノ一」は「女」の漢字に基づいいるから,「女」に対して他律的である,等々.
 このように,自律性 (autonomy) と他律性 (heteronomy) の区別は,社会言語学的な側面からと同時に言語学的な側面から眺めることができる.

 ・ Irvine, Judith T. "When Talk Isn't Cheap: Language and Political Economy." American Ethnologist 16 (1989): 248--67.

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2015-03-30 Mon

#2163. 言語イデオロギー [linguistic_ideology][sociolinguistics][gender][japanese][linguistic_imperialism][terminology]

 私たちは,個々の言語や変種について特別な思いをもっている.例えば,母語である日本語に対して伝統をもつ美しい言葉であると思っているかもしれないし,一方でその1変種である若者ことば堕落していると嘆くかもしれない.標準語は高い地位をもつ正式な言葉遣いだと認識しているかもしれないし,広く国際語として学ばれている英語は大きな力をもつ言語であると考えているかもしれない.これらの言葉に対する「特別の思い」は言語意識や言語観と呼ぶこともできるが,特定の集団に何らかの利害関係をもたらすような社会的な価値観を伴って用いられる場合には言語イデオロギーと呼んでおくのが適切である.
 『女ことばと日本語』を著した中村 (18--20) は,日本語における女ことばの位置づけについて考察する観点として,言語イデオロギーの概念を導入している.中村 (18) は 言語人類学者の Irvine を引用して,言語イデオロギーとは「言語関係について個々の文化が持っている理念の体系を指し,これらは倫理的・政治的価値をもっている」との定義を紹介している.(なお,Irvine の原文 (255) によると,". . . linguistic ideology---the cultural (or subcultural) system of ideas about social and linguistic relationships, together with their loading of moral and political interests" とあるので,定義の最初は「社会と言語の関係について」となるべきだろう.また,"interests" は「価値」よりも「利害関係」と理解しておくのが適当だろう.)
 この定義の要点は3つある.1つは,言語イデオロギーが言語の実践そのものではなく理念 (ideas) に関するものだということである.イデオロギーであるから,言語に関する考え方という抽象的なものである.例えば,母語や母方言を美しいと思うのは,その言語変種の実践ではなく,その言語変種に対して抱く理念である.
 2つ目に,言語イデオロギーとは,そのような諸理念の体系 (system) であるということだ.それぞれの理念が独立して集合されたものではなく,互いが互いに依存して成り立っている組織である,と.例えば,母方言に対する愛着は,標準語の無味乾燥という見方との対比に支えられているといえる.
 3つ目は,言語イデオロギーは倫理的・政治的な利害関係 (moral and political interests) を伴っているということだ.例えば,英語は国際的に優位な言語であるという肯定的なとらえ方,あるいは逆に帝国主義的な言語 (linguistic_imperialism) であるとの否定的なとらえ方は,英語を倫理的あるいは政治的な観点から評価している点で,イデオロギーである.「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1]) で世界の4つの英語観を示したが,これらはいずれも倫理的・政治的な利害関係を伴う理念の体系であるから,4つの英語に対する言語イデオロギーと言い換えてよい.
 言語に対する美醜の観念,規範主義や純粋主義,言語の帝国主義批判,言語差別,言語権といった諸々の概念に共通するのは,その根底に何らかの形の言語イデオロギーが存在しているということである.

 ・ Irvine, Judith T. "When Talk Isn't Cheap: Language and Political Economy." American Ethnologist 16 (1989): 248--67.
 ・ 中村 桃子 『女ことばと日本語』 岩波書店〈岩波新書〉,2012年.

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2015-03-28 Sat

#2161. 社会構造の変化は言語構造に直接は反映しない [sociolinguistics][language_change][causation]

 言語変化の言語内的な要因と言語外的な要因については,多くの記事で考えてきた (cf. 「#442. 言語変化の原因」 ([2010-07-13-1]),「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」 ([2010-07-14-1]),「#1015. 社会の変化と言語の変化の因果関係は追究できるか?」 ([2012-02-06-1]),「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1]),「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1]),「#2151. 言語変化の原因の3層」 ([2015-03-18-1])) .
 言語外的な要因の1つとして社会構造の変化が挙げられるが,社会構造の変化が言語構造にいかに反映しうるかという問題は興味深い.言語体系の外にあったものが内に取り込まれるというのは,いったいどういうことなのか.例えば,中英語期に英語とフランス語の diglossia により言語使用の社会的な上下関係が現われたとき,その上下関係は,swinepork のような語彙の register における上下関係として英語の言語体系に反映されることとなった.この反映とは,いったいどのような仕組みで起こっているのだろうか.この問題については,「#1489. Ferguson の diglossia 論文と中世イングランドの triglossia」 ([2013-05-25-1]),「#1491. diglossia と borrowing の関係」 ([2013-05-27-1]),「#1583. swine vs pork の社会言語学的意義」 ([2013-08-27-1]) の記事でも取り上げた.
 コセリウ (169) は,上で述べた「反映」の仕組みについては詳しく述べてこそいないが,それが間接的であることを次のように論じている(原文の圏点は太字に置き換えてある).

いわゆる「外的」要因(異族間の混淆や文化の中心地の役割とかのような)は〔中略〕、言語活動を直接に決定することのない、二次的な要因である。それらが決定するのは言語的知識の構成であって、それは話す行為の条件となる。したがって、言語的自由が対している状況は、異族間の混淆そのものではなく、そのことから生ずる個人間の言語的知識の状態である。同じことは、「社会構造の変化」についても言えるのであって、なかんずくA・メイエは、これを言語変化の究極の理由であるとした。社会構造の変化が言語の内的構造の中にそのまま反映され得ないのは、同じく構造とはいっても、両者の間に平衡関係がないからである。社会構造は言語の外的構造、すなわち言語の社会的成層に対応している。そして、これは文化のことがらである。社会的なものは、疑いもなく言語の「進化」における重要な直接的要因ではあるが、言語的知識の多様化と階層化のことを言うばあいにかぎって、つまり文化の要因としてのみそう言えるのである。


 コセリウは,続く箇所で同じ議論によって,歴史は言語構造に直接は反映しないと論じている.社会や歴史の要因を軽視しているのではなく,それと言語構造とは別の次元にあるものだという主張だろう.この観点からすると,言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要かという問題は,異なるレベルの2つのものを比べているという点で,ナンセンスということになる.どちらも異なる次元において重要だということだろう.
 引用で触れられているメイエの言語変化の原因についての議論は,「#1973. Meillet の意味変化の3つの原因」 ([2014-09-21-1]) を参照.

 ・ E. コセリウ(著),田中 克彦(訳) 『言語変化という問題――共時態,通時態,歴史』 岩波書店,2014年.

Referrer (Inside): [2015-06-28-1] [2015-06-21-1]

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2015-03-26 Thu

#2159. 共時態と通時態を結びつける diffusion [lexical_diffusion][diachrony][dialectology][language_change][geography][geolinguistics][sociolinguistics][isogloss]

 「#2134. 言語変化は矛盾ではない」 ([2015-03-01-1]) で,共時態と通時態が相矛盾するものではないとするコセリウの議論をみた.両者は矛盾しないというよりは,1つの現実の2つの側面にすぎないのであり,むしろ実際には融合しているのである.このことは,方言分布や語彙拡散の研究をしているとよく分かる.時間の流れが空間(地理的空間や社会階層の空間)に痕跡を残すとでも言えばよいだろうか,動と静が同居しているのだ.このような視点をうまく説明することはできないかと日々考えていたところ,Wolfram and Schilling-Estes による方言学と言語的拡散についての文章の冒頭 (713) に,求めていたものをみつけた.言い得て妙.

Dialect variation brings together language synchrony and diachrony in a unique way. Language change is typically initiated by a group of speakers in a particular locale at a given point in time, spreading from that locus outward in successive stages that reflect an apparent time depth in the spatial dispersion of forms. Thus, there is a time dimension that is implied in the layered boundaries, or isoglosses, that represent linguistic diffusion from a known point of origin. Insofar as the synchronic dispersion patterns are reflexes of diachronic change, the examination of synchronic points in a spatial continuum also may open an important observational window into language change in progress.


 引用内で "spatial" というとき,地理空間を指しているように思われるが,同じことは社会空間にも当てはまる.実際,Wolfram and Schilling-Estes (714) は,2つの異なる空間への拡散の同時性について考えている.

Although dialect diffusion is usually associated with linguistic innovations among populations in geographical space, a horizontal dimension, it is essential to recognize that diffusion may take place on the vertical axis of social space as well. In fact, in most cases of diffusion, the vertical and horizontal dimensions operate in tandem. Within a stratified population a change will typically be initiated in a particular social class and spread to other classes in the population from that point, even as the change spreads in geographical space.


 地理空間と社会空間への同時の拡散のほかにも,様々な次元への同時の拡散を考えることができる.語彙拡散 (lexical_diffusion) はそもそも言語空間における拡散であるし,時間は一方向の流れなので「拡散」とは表現しないが,(「時間空間」とすると妙な言い方だが,そこへの)一種の拡散とも考えられる.このような多重的な言語拡散の見方については,「#1550. 波状理論語彙拡散含意尺度 (3)」 ([2013-07-25-1]) で,"double diffusion" や "cumulative diffusion" と呼びながら議論したことでもある.新たに「同時多次元拡散」 (simultaneous multi-dimensional diffusion) と名付けたい思うが,この命名はいかがだろうか.ソシュールによる態の区別の呪縛から解放されるためのキーワードの1つとして・・・.

・ Wolfram, Walt and Natalie Schilling-Estes. "Dialectology and Linguistic Diffusion." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 713--35.

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2015-03-22 Sun

#2155. 言語変化と「無為の喜び」 [language_change][causation][exaptation][functional_load][functionalism][sociolinguistics][social_network][weakly_tied]

 昨日の記事 ([2015-03-21-1]) でコセリウによる「#2154. 言語変化の予測不可能性」を,それに先立つ2日の記事 ([2015-03-19-1], [2015-03-20-1]) で Lass による外適応の話題を取り上げてきた.それぞれ独立した話題のように思えるが,外適応も他の言語変化と同様にある条件のもとでの任意の過程にすぎないと Lass が述べたとき,この2つの問題がつながったように思う.言語変化が任意であり自由でありという点について,コセリウと Lass の立場は似通っている.
 Lass (98) は,外適応について検討した論文の "The joys of idleness" (無為の喜び)と題する最終節において,"historical junk" (歴史的なくず)がしばしば言語変化の条件を構成することに触れつつ,ほとんど役に立たないようにみえる言語項が言語変化にとって重要な要素となりうることを指摘している.

. . . useless or idle structure has the fullest freedom to change, because alteration in it has a minimal effect on the useful stuff. ('Junk' DNA may be a prime example.) Major innovations often begin not in the front line, but where their substrates are doing little if any work. (They also often do not, but this is simply a fact about non-deterministic open systems.) Historical junk, in any case, may be one of the significant back doors through which structural change gets into systems, by the re-employment for new purposes of idle material.
   Crucially, however, mere 'uselessness' is not itself either a determinate precursor of exaptive change, or - conversely - a precursor of loss. Historical relics can persist, even through long periods of apparently senseless variation, and it is impossible to predict, solely on the basis of such idleness or inutility, that ANYTHING at all will happen.


 なるほど,機能が低ければ低いほど外適応するための条件が整うのであるから,"conceptual novelty" が生まれやすいということにもなるだろう(ただし,必ず生まれるとは限らない).この謂いには一見すると逆説的な響きがあるように思われるが,これまでも「#836. 機能負担量と言語変化」 ([2011-08-11-1]) などで論じてきたことではある.体系としての言語という観点からいえば,対立の機能負担量 (functional_load) が少なければ少ないほど,なくてもよい対立ということになり,したがって消失するなり,無為に存在し続けるなり,別の機能に取って代わられるなりすることが起こりやすい.さらに別の言い方をすれば,体系組織のなかに強固に組み込まれておらず,ふらふらしている要素ほど,変化の契機になりやすいということだ.「#1232. 言語変化は雨漏りである」 ([2012-09-10-1]) や「#1233. 言語変化は風に倒される木である」 ([2012-09-11-1]) で見たように,変化が体系の弱点において生じやすいという議論も,「無為の喜び」と関係するだろう.
 構造言語学ならずとも社会言語学の観点からも,同じことが言えそうだ.social_network の理論によれば,弱い絆で結ばれている (weakly_tied) 個人,言い換えれば体系組織のなかに強固に組み込まれておらず,ふらふらしている要員こそが言語変化の触媒になりやすいとされる (cf. 「#882. Belfast の女性店員」 ([2011-09-26-1]),「#1179. 古ノルド語との接触と「弱い絆」」 ([2012-07-19-1])) .
 荘子も「無用の用」を説いた.これは,体系組織に関わるあらゆる変化に当てはまるのかもしれない.

 ・ Lass, Roger. "How to Do Things with Junk: Exaptation in Language Evolution." Journal of Linguistics 26 (1990): 79--102.

Referrer (Inside): [2015-11-03-1]

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2015-03-18 Wed

#2151. 言語変化の原因の3層 [language_change][causation][sociolinguistics][cognitive_linguistics]

 言語変化の原因を大きく二分すると,言語内的なものと言語外的なものに分けられる.この伝統的な区別については,「#442. 言語変化の原因」 ([2010-07-13-1]),「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」 ([2010-07-14-1]),「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1]),「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1]) などで論じてきたとおりである.
 この2つはそれぞれ社会言語学的要因と(純)言語学的要因と読み替えることもできるが,この二分法ではいかんせん大雑把にすぎる.例えば,語用的要因とか,言語の産出と理解に関わる神経的な要因とかいう場合には,言語内・外のいずれが関与していることになるのだろうか.また,語順の類型論におけるSOVの語順と「形容詞+名詞」の語順との相関関係というような議論を持ち出す言語変化論においては,その要因とは言語学的なものなのか,認知的なものなのか,あるいは単に統計的なものなのか.○○的要因というときの○○とは,言語変化の諸要因のある種の体系化に基づく厳密な言葉遣いとして用いられているのか,それともその都度あてがわれる適当なラベルにすぎないのか.このような問題意識は言語変化の multiple causation (cf. 「#1986. 言語変化の multiple causation あるいは "synergy"」 ([2014-10-04-1]))と無関係ではなく,それがいかに複雑な問題であるかを反映している.
 Aitchison (736) は,上に述べた様々な○○を "layer" (層)と表現した上で,言語変化の主たる原因には(少なくとも)3層が認められると述べている.社会言語学的,(純)言語学的,認知心理学的の3種である.

In historical linguistics, at least three overlapping layers of causes can usefully be distinguished. First is immediate trigger, which can be regarded as "sociolinguistic," as when, in Labov's seminal paper, the permanent inhabitants of Martha's Vineyard imitated the vowels of the fishermen they subconsciously admired . . . . Second is "linguistic proper," due to vocal tract configurations, or to the maintenance of language patterns, as when, in the Martha's Vineyard case, the diphthongs [ai] and [au] follow a roughly parallel course of change. The third level is when broad properties of the human mind are hypothesized to account for any such changes. For example, memory limitations or processing procedures might plausibly be invoked to explain why front and back vowels tend to move in tandem not just in Martha's Vineyard, but everywhere. This "top layer" of causation can be labeled psycholinguistic or cognitive, even though such labels need to be used with care: they have been applied in the literature in a number of different ways. . . . This territory is a no-person's-land between language universals and more general psychological ones. The location of the boundary is often dependent on the theory adopted, rather than on an (unachievable) Olympian view of the situation.


 3層のみの設定でよいのか,なぜその最上層が「認知心理」であるのか,引用に述べられているような「言語学的」と「認知心理学的」の境目の曖昧さなど,切り込みたいことはいろいろある.しかし,言語内的(社会言語学的)と言語外的(言語学的)という一見するとわかりやすい二分法が,単に大雑把であるという以上に,誤解を招く(誤解を含む)分類であることが,少なくともよくわかるようになる一節とはいえるだろう.

 ・ Aitchison, Jean. "Psycholinguistic Perspectives on Language Change." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 736--43.

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