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syntax - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-05-22 11:34

2022-11-11 Fri

#4946. 推奨を表わす動詞の that 節中における shall の歴史的用例 [auxiliary_verb][subjunctive][mandative_subjunctive][sobokunagimon][syntax]

 昨日の記事「#4945. なぜ推奨を表わす動詞の that 節中で shall?」 ([2022-11-10-1]) に引き続き,標記の問題について.今回は歴史的な立場からコメントします.
 歴史的にみると,that 節を含む従属節において,通常であれば接続法(仮定法)現在あるいは should が用いられる環境で,意外な法助動詞 shall が現われるケースは,まったくなかったわけではありません.
 Visser (III, §1513) を調べてみると,関連する項目がみつかり,多くの歴史的な例文が挙げられています.今回の話題は,いわゆる mandative_subjunctive という接続法現在の用法と,その代用としての should の使用に関わる問題との絡みで議論しているわけですが,Visser の例文にはいわゆる「#2647. びっくり should」 ([2016-07-26-1]) の代用としての shall の用例も含まれています.
 古英語から近代英語に至るまで多数の例文が挙げられていますが,今回の問題の考察に関与しそうな例文のみをピックアップして引用します.

   1513---Type 'It (this) is a sori tale, þæt þet ancre hus schal beon i ueied to þeo ilke þreo studen'

   There is a rather small number of constructions in which shall is employed in a clause depending on such formulae as 'it is a wonderful thing', 'this is a sorry tale', 'alas!' Usually one finds should used in this case, or, in older English, modally marked forms.

     . . . | c1396 Hilton, Scale of Perfection (MS Hrl) 1, 37, 22b, þanne sendiþ he to some men temptacions of lecherie . . . þei schul þinke hit impossible . . . þat þey ne shulle nedinges fallen but if þei han help. . . . | 1528 St. Th. More, Wks. (1557) 126 D10, Than said he ferther that yt was meruayle that the fyre shall make yron to ronne as siluer or led dothe. | 1711 Steele, Spect. no. 100, It is a wonderful thing, that so many, and they not reckoned absurd, shall entertain those with whome they converse by giving them the History of their Pains and Aches. | 1879 Thomas Escott, England III, 39, He has to judge whether it is advisable that repairs in any farm-buildings shall be undertaken this year or shall be postponed until the next (P.).


 最後の "it is advisable that . . . shall . . . ." などは参考になります.ただし,この shall の用法は,歴史的にみてもおそらく頻度としては低かったのではないかと疑われます.
 ちなみに,現代英語の類例を求めて BNCweb で渉猟してみたところ,"An Islay notebook. Sample containing about 46775 words from a book (domain: world affairs)" という本のなかに1つ該当する例をみつけました(赤字は引用者による).

802 "This Meeting being informed that Cart Drivers are very inattentive as to their Conduct upon the road with Carts It is now recommended that all Travellers upon the road shall take to the Left in all situations, and that when a Traveller upon the road shall loose a shew of his horse, the Parochial Blacksmith shall be obliged to give preference to the Traveller. "


 おそらく稀な用法なのでしょうが,問題の環境での shall の使用は皆無ではない(そしてなかった)ことは確認されました.
 改めて「物議を醸す日本ハム新球場「ファウルゾーンの広さ」問題を考えてみてください.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

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2022-11-10 Thu

#4945. なぜ推奨を表わす動詞の that 節中で shall [auxiliary_verb][subjunctive][mandative_subjunctive][sobokunagimon][syntax]

 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の「#464. まさにゃんとの対談 ー 「提案・命令・要求を表わす動詞の that 節中では should + 原形,もしくは原形」の回について,リスナーの方より英文解釈に関わるおもしろい話題を寄せていただきました.
 11月8日配信のYahoo!ニュースより「物議を醸す日本ハム新球場「ファウルゾーンの広さ」問題。事の発端は野球規則の“解釈”にあった?」をご覧ください.公認野球規則2021の2.01項に球場のレイアウトに関する規定があり,日本ハムが北海道に建設中の新球場がその規定に引っかかっているという案件です.
 公認野球規則2021は,英語版公認野球規則 Offical Baseball Rules (2021 edition) の和訳となっています.多少の日本独自の付記はありますが,原則としては和訳です.今回問題となっているのは Rule 2.01 に対応する次の箇所です.英日語対照で引用します.

It is recommended that the distance from home base to the backstop, and from the base lines to the nearest fence, stand or other obstruction on foul territory shall be 60 feet or more.

本塁からバックストップまでの距離、塁線からファウルグラウンドにあるフェンス、スタンドまたはプレイの妨げになる施設までの距離は、60フィート(18.288メートル)以上を必要とする。


 英文は It is recommended . . . となっていますが,和文では「推奨する」ではなく「必要とする」となっています.つまり,英文よりも厳しめの規則となっているのです.これは誤訳になるのでしょうか.
 It is recommended that . . . のような構文であれば,通常 that 節の中で接続法(仮定法)現在あるいは should の使用が一般的です.さらにいえばアメリカ英語としては前者のほうがずっと普通です.しかし,この原文では shall という予期せぬ法助動詞が用いられています.和訳に際して,この珍しい shall の強めの解釈に気を取られたのでしょうか,結果として「必要とする」と訳されていることになります.
 誤訳云々の議論はおいておき,ここではなぜ英文で shall とう法助動詞が用いられているのかについて考えてみたいと思います.問題の箇所のみならず Rule 2.01 全体の文脈を眺めてみましょう.適当に端折りながら引用します.

The field shall be laid out according to the instructions below, supplemented by the diagrams in Appendices 1, 2, and 3. The infield shall be a 90-foot square. The outfield shall be the area between two foul lines formed by extending two sides of the square, as in diagram in Appendix 1 (page 158). The distance from home base to the nearest fence, stand or other obstruction on fair territory shall be 250 feet or more. . . .

It is desirable that the line from home base through the pitcher's plate to second base shall run East-Northeast.

It is recommended that the distance from home base to the backstop, and from the base lines to the nearest fence, stand or other obstruction on foul territory shall be 60 feet or more. See Appendix 1.

When location of home base is determined, with a steel tape measure 127 feet, 33?8 inches in desired direction to establish second base. . . . All measurements from home base shall be taken from the point where the first and third base lines intersect.


 全体として,法律・規則の文体にふさわしく,主節に shall を用いる文が連続しています.強めの規則を表わす shall の用法です.その主節 shall 文の連続のなかに,It is desirable that . . .It is recommended that . . . という異なる構文が2つ挟み込まれています.その that のなかで異例の shall が用いられているわけですが,これは前後に連続して現われる主節 shall 文からの惰性のようなものと考えられるのではないでしょうか.
 ちなみに,It is desirable that . . . . に対応する和文は「本塁から投手板を経て二塁に向かう線は、東北東に向かっていることを理想とする。」とあり,desirable がしっかり訳出されています.この点では recommended のケースとは異なります.
 いろいろと論点はありそうですが,私の当面のコメントとして本記事を書いた次第です.今回のような that 節中の法助動(不)使用の話題については,こちらの記事セットをご覧ください.

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2022-11-01 Tue

#4936. なぜ間接目的語や前置詞の目的語が主語となる受動文が可能なのか? [passive][syntax][inflection][verb][me][sobokunagimon][word_order]

 一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,リスナーさんから寄せられた質問に回答する形で「#517. 間接目的語が主語になる受動態は中英語期に発生した --- He was given a book.」を配信しました.ぜひお聴きください.



 原則として古英語では動詞の直接目的語が主語となる受動文しか存在しませんでした.ところが,続く中英語期になり,動詞の間接目的語や前置詞の目的語までもが主語となる受動文も可能となってきました(概要は中尾・児馬 (125--31) をご覧ください).今日はこの配信への補足となります.
 Fischer によれば,現代英語では次のすべての受動文が可能です.

1 The book was selected by the committee
2 Nicaragua was given the opportunity to protest
3 His plans were laughed at
4 The library was set fire to by accident


 英語史研究では,この受動文の拡大に関する議論は多くなされてきました.いくつかの考え方があるものの,概ね受動化 (passivisation) に関する統語規則の適用範囲が変化してきたととらえる向きが多いようです.要するに,受動化の対象が,時間とともに動詞の直接目的語から間接目的語へ,さらに前置詞の目的語へ拡大してきた,という見方です.
 ただし,これも1つの仮説です.もしこれを受け入れるとしても,なぜそうなのかというより一般的な問題も視野に入れる必要があります.受動化とは異なるけれども何らかの点で関係する統語現象においても類似の変化・拡大が起こっているとすれば,それと合わせて考察する必要があります.この辺りの事情を Fischer (384) に語ってもらいましょう.

There are two general paths along which one could look for an explanation of these developments. One can hypothesise that there was a change in the nature of the rule that generates passive constructions . . . Another possibility is that there was a change in the application of the rule due to changes having taken place elsewhere in the system of the language . . . The latter course seems to be the one now more generally followed. Additional factors that may have influenced the spread of passive construction are the gradual loss of the Old English active construction with indefinite man . . . (this construction could most easily be replaced by a passive) and the change in word order . . . .


 統語変化の仮説の設定と検証は,なかなか容易ではありません.そのために英語史という専門分野があり,日々研究が続けられているのです.

 ・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.
 ・ Fischer, Olga. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 207--408.

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2022-10-20 Thu

#4924. クジラ構文と斎藤秀三郎 [syntax][history_of_linguistics][prescriptive_grammar][comparison][adjective][adverb][english_in_japan]

 つい先日,ゼミの学生と「クジラ構文」の発祥について議論になった.そのときは,調べてみる価値があるね,おもしろそうだね,と話していた.そもそも「クジラ構文」とは,いかにも日本の英語教育(受験英語業界)に特有の jargon ぽい.ある段階で不動の地位を得たのだろうなと思っていたのだが,導入したのは斎藤秀三郎先生の Practical English Grammar (1898--99) らしい.斎藤浩一著『日本の「英文法」ができるまで』の p. 112 に次のようにあった.前後の文脈も合わせて引用する.

 つづく形容詞論,副詞論においても,従来の枠組みや形式規則群が踏襲されたうえで,これに含まれる個別表現の意味が重視された.例えば「不定」を表す certain や some, any の違いのほか,(a) few や (a) little の用法,さらには every, each, all, ever, always, since, ago, often, either, nearly, almost, still, same などの用法がその類義語と対比されるかたちで解説されたのである.
 くわえて,例えば形容詞 other の用法と連動して,'one after the other' や 'one after another' などの表現が紹介されたことに象徴されるように,個々の表現に関連するイディオムや構文も大量に体系化されることになった.この結果,現代のわれわれにとってもなじみ深い 'would rather A than B' や 'no / not more /less than' をはじめ,'A whale is no more a fish than a horse is.', 'He saves what little money he earns.' といった定番の例文も導入された


 日本の英文法史に燦然と輝くクジラ構文の登場である.
 こうしたものを「定番構文」とくくってみると,改めてその具体性に驚く.暗記すべき1つの構文として目の前に現われるので,影響力が大きいのだ.「英語の規範文法」という概念こそ18世紀イングランドからの借り物だが,それ自体は大雑把で抽象的である.それを,斎藤秀三郎流の「イディオモモロジー」という装置に流し込むと,ミンチのように細かくされ,個々の具体的な「定番構文」となって出てくる.ここまで具体的な単位に落とし込まない限り,英語を母語としない学習者にとって「規範文法」などをまともに学ぶことはできないだろう.そんな日本人学習者の心理を汲み取って斎藤秀三郎が定式化した数々の「定番構文」の最も有名なものの1つ,それが「クジラ構文」なのではないか.

 ・ 斎藤 浩一 『日本の「英文法」ができるまで』 研究社,2022年.

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2022-10-18 Tue

#4922. 形態論と統語論の区別を廃した斎藤秀三郎 [morphology][syntax][history_of_linguistics][english_in_japan]

 連日,斎藤浩一著『日本の「英文法」ができるまで』を引用・参照している.
 日本の「学習英文法」を完成させ「日本英学界の巨人」とも称される斎藤秀三郎 (1866--1929) の主著の1つに Practical English Grammar (1898--99) がある.斎藤英文法の重要な特徴の1つとして,形態論(品詞論や語形論とも)と統語論の垣根を取り払ったことがある.斎藤浩一 (110) より説明を引用する.

 まず全体に関わることとして,伝統的な「品詞(語形)論」と「統語論」の区別が撤廃されたことが注目される.すなわち彼自身の言葉を借りれば,'In learning a language so slightly inflected as English, the study of form should go hand in hand with that of meaning. There is no need of separating English Syntax from English Etymology. The student must know the use and meaning of the different forms' というのである(斎藤秀三郎 Practical English Lessons, No. 2 (Fourth Year) 訂正再版,1901年).
 つまり斎藤は,英語の形式的特性に対する考慮から,従来の体系を支配していた「縦割り」の組織を廃し,新たに「形式」 ('form') と「意味」 ('meaning') にもとづく記号の体系として横断的に文法事象を捉えていたのである.


 「#4917. 2500年に及ぶ「学習英文法」の水脈 --- 斎藤浩一(著)『日本の「英文法」ができるまで』より」 ([2022-10-13-1]) で確認したように,日本における英文法の伝統は,究極的には西洋のギリシア語やラテン語の文法論に遡る.これらの西洋古典語は屈折語であるから,その文法論は当然ながら形態論に大きく依拠するものであった.一方,近代以降の英語は屈折語としての性質を大幅に失い,主として統語論に依存する文法をもつに至っていたが,それにもかかわらず文法論は形態論に重きを置く伝統にしがみついてきたために,何ともチグハグな英文法論が築かれる始末となった.
 この点を鋭く見抜き,なんとなれば形態論と統語論の区別など無用にしてしまおうと言い放ったのが,日本人である斎藤秀三郎だったわけだ.なかなか痛快な話しではないか.

 ・ 斎藤 浩一 『日本の「英文法」ができるまで』 研究社,2022年.

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2022-10-16 Sun

#4920. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第20回「なぜ英語の文には主語が必要なの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][word_order][syntax][impersonal_verb][hellog_entry_set]

 『中高生の基礎英語 in English』の11月号が発売されました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」も第20回となります.今回はなかなか本質的な問い「なぜ英語の文には主語が必要なの?」を取り上げています.

『中高生の基礎英語 in English』2022年11月号



 素朴な疑問であるからこそ,きれいに答えるのが難しいですね.特に日本語は主語がなくて済む場合のほうが多いので,それと比較対照すると,英語の「主語は絶対に存在しなければならない」という金科玉条は理解しにくいですし説明もしにくいわけです.なぜ英語はそんなに主語の存在にうるさいのか,と.
 ところが,英語史を振り返ってみると,古英語や中英語という古い時代には,必ずしも主語が存在しない文もあったのです.しかも,存在すべきなのに省略されているというケースだけでなく,そもそも主語の存在が想定されていない(つまり省略しようにも省略すべきものがない)ケースすらあったのです.
 今回の連載記事では,その辺りの事情を語りました.記事の最後では,疑問文で主語と動詞をひっくり返したり,命令文で主語を省略する統語規則についても言及しました.ぜひ11月号を手に取ってみてください!

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2022-10-09 Sun

#4913. 両義性にもいろいろある --- 統語的両義性から語彙的両義性まで [semantics][syntax][polysemy]

 「#2278. 意味の曖昧性」 ([2015-07-23-1]) でみたように,一口に曖昧といっても様々なタイプがある.タイプの1つに両義性 (ambiguity) がある.そして,この両義性自体にも様々なタイプがある.先の記事では統語的なものと語彙的なものの例を挙げた.今回はもう少し細かくみてみよう.Cruse (66) によれば,4種があるという.

(1) Pure syntactic ambiguity:
   old men and women
   French silk underwear
(2) Quasi-syntactic ambiguity:
   The astronaut entered the atmosphere again.
   a red pencil
(3) Lexico-syntactic ambiguity:
   We saw her duck.
   I saw the door open.
(4) Pure lexical ambiguity:
   He reached the bank.
   What is his position?


 それぞれの表現にどのような両義性が潜んでいるか,分かるだろうか.
 (1) については,(old men) and women なのか old (men and women) なのか,(French silk) underwear なのか French (silk underwear) なのかという統語構造上の区切り方の違いによる両義性が関与している.
 (2) については,大気圏への突入(地球への帰還)が1度目なのか2度目なのか,「赤い鉛筆」なのか「赤鉛筆」なのかという両義性が関わっている.一見すると統語的な問題のようにも見えるし,あるいは語彙的な問題にも見えるかもしれないが,実際にはどちらともいえない.何とも扱いづらいタイプの両義性だ(これについては Cruse による多少の議論がある).
 (3) の両義性は,彼女のアヒルを見たのか,彼女がかがむのを見たのか,扉が開いているのが見えたのか,扉が開くのが見えたのか,の違いに関係する.ここでは統語的要因と語彙的要因がタッグを組んで作用している.
 (4) の両義性は,bank が土手なのか銀行なのか,position が身分なのか見解なのかという純粋に語の多義性に基づくものである.

 ・ Cruse, D. A. Lexical Semantics. Cambridge: CUP, 1986.

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2022-09-08 Thu

#4882. 統語的な「省略」には様々な解釈があり得る [syntax][masanyan][subjunctive][auxiliary_verb][ame_bre][terminology][mandative_subjunctive]

 昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」では「#464. まさにゃんとの対談 ー 「提案・命令・要求を表わす動詞の that 節中では should + 原形,もしくは原形」」と題し,「仮定法現在」と should の問題について,日本初の古英語系 YouTuber (?)であるまさにゃん (masanyan) とインフォーマルに歓談しました.(この問題については,補足的にこちらの hellog 記事セットもご覧ください.)



 この問題の典型的な例文を挙げると,次のようになります.

 ・ I suggest that John go to see a doctor. (アメリカ英語では「仮定法現在」,すなわち形式的には「原形」)
 ・ I suggest that John should go to see a doctor. (イギリス英語では「should + 原形」)

 この事情を端的に1行で記述すれば,

 ・ I suggest that John (should) go to see a doctor. (イギリス英語では should を用いるがアメリカ英語では should を用いない)

となるでしょうか.さらに端的に説明しようと思えば「アメリカ英語では should を省略する」と言って済ませることもできます.
 今回の簡略化した説明に当たって「省略」という表現を用いてみましたが,統語論を扱っている文脈で「省略」という場合には,理論的立場によって様々な意味合いが付されているので注意が必要です.
 上記のように英文法教育の立場から使い分けの分布を簡略に伝えるに当たっては,「should の省略」という表現は妥当だと私は考えています.共時的な英米差をきわめて端的に記述・指摘できますし,1つの合理的な行き方だと思います.「仮定法現在」という比較的マイナーな用語を出さずに済ませられるという利点もあります.英文法教育の対象レベルにもよりますし,英文法全体の体系的記述の観点からは議論があり得ますが,1つの行き方ではあるという立場です.
 一方,私自身が専攻する英語史の立場,あるいは歴史的・通時的英語学の立場からすると「省略」とは言えません.対談内でも触れているように,英語史の当初より,類似した統語的文脈で「仮定法現在」と should の両方が文証されており,どちらが時間的に先立つ表現なのか,はっきりと確かめることができないからです.歴史的過程として,should が省略されたのか,あるいは逆に挿入されたのか,というような時系列を追いかけることができないのです.もっといえば,英語史や比較言語学の視点からいえば,一方から他方が派生したとは考えられていません.「仮定法現在」は形態的な現象,should を用いた表現は統語的な現象として別々の話題であり,直接的な接点はないと考えるのが一般的です.両表現は相互に代替可能だった時代が長く,そのような variation の関係だったと解釈します.つまり,一方から他方が派生したわけではないと解釈します.ですから,通時的過程としての「省略」はなかった,最も控えめにいっても,はっきりと確認されていない,という立場を取ります.
 さらに,共時的な統語理論の立場からみるとどうでしょうか,例えば生成文法による分析を念頭におくと,アメリカ英語流の「仮定法現在」は IP の主要部 V の位置に生起するけれど,イギリス英語流の should は IP の主要部 I の位置に生起するとして両者の違いを表現するのだと想定されます.生成過程でこの違いを生み出している原動力が何なのかは生成文法家ではない私には分かりませんが,少なくとも「省略」と呼ばれ得るものではないと想像されます.
 ほかにも異なる立ち位置や解釈があるはずです.
 日本で統語的な文脈の英文法用語としてしばしば用いられる「省略」は,理論的立ち位置によって多義となり得るものと理解しておくことが重要だろうと思われます.少なくとも,共時的変異を記述する便法としての「省略」が用いられている一方で,歴史的・通時的過程として時系列を念頭に置いた「省略」もあり得ます.どのような立ち位置から「省略」と述べているのかが重要だと考えています.そして,各々の立ち位置の考え方の癖を理解しておくことも同様に重要だと考えています.

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2022-08-24 Wed

#4867. 英語の文構造を見る2つの視点 --- 通信スクーリング「英語学」 Day 3 [english_linguistics][syntax][generative_grammar][word_order][voicy][2022_summer_schooling_english_linguistics][cognitive_linguistics]

 「英語学」スクーリングの Day 3 では,英語の統語論 (syntax) に注目します.1950年代後半に Noam Chomsky が現われて以来,それまではさほど注目されていなかった統語論研究が,とみに活発化しました.生成文法 (generative_grammar) が一世を風靡すると,次いでそのアンチとして George Lakoff と Ronald W. Langacker が主導する形で1980年代後半より認知文法が興隆しましたが,統語論はそこでも注目され続けました(cf. 「#3532. 認知言語学成立の系譜」 ([2018-12-28-1])).
 とりわけ英語は「語順の言語」なので統語論は重要です.英語統語論という膨大な領域を短時間で一望しようとするのも無理があるのですが,具体的な問題の扱いを通じて統語論の力を味わってみたいと思います.



1. 生成文法
  1.1 統語ツリーを描く
  1.2 「#1820. c-command」 ([2014-04-21-1])
  1.3 「#2136. 3単現の -s の生成文法による分析」 ([2015-03-03-1])
  1.4 「#4860. 生成文法での受動文の作られ方」 ([2022-08-17-1])
2. 機能的構文論
  2.1 情報構造と冠詞: 「#3831. なぜ英語には冠詞があるのですか?」 ([2019-10-23-1])
  2.2 「#4641. 副詞句のデフォルトの順序 --- 観点,過程,空間,時間,付随」 ([2022-01-10-1])
  2.3 「#4864. 相互動詞と視点」 ([2022-08-21-1])
3. 英語の語順とその歴史: 「#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介」 ([2021-09-18-1])
4. 本日の復習は heldio 「#450. 英語学・英語史と統語論」,およびこちらの記事セットより




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2022-08-17 Wed

#4860. 生成文法での受動文の作られ方 [generative_grammar][passive][syntax][case][case_filter]

 学校文法では,能動文(ここではSVOの文型を仮定)から受動文を派生させる際に,もとの能動文の主語と目的語をクロスさせ,be 動詞を補ったり,動詞を過去分詞にしたり,前置詞 by を補ったりと,いろいろなことが起こると解説される.



   the teacher scolded John
     │    │  │
       │        │    │
   ┌─┼────┼──┘
   │  └────┼────┐
   │            │        │
   │      ┌──┘        │
   ↓      ↓              ↓
   John was scolded by the teacher



 生成文法では,このように能動文から受動文を派生させることはしない.深層構造 (D-structure) においてすでに独自の構造を想定し,そこから目的語に相当する要素を主語位置に移動させるという過程を考える.



   [IP___[I'[I was][VP[V' scolded John] by the teacher]]]
                ↓
   [IP Johni [I'[I was][VP[V' scolded ti] by the teacher]]]



 このように考える理屈は次の通りである.深層構造では,能動文さながらに [V' scolded John] という構造が想定されている.通常であれば scold という他動詞が John に対格を付与するはずだが,scolded のように過去分詞になると格付与能力を失うと考えられ,John は格付与されないままに宙ぶらりんとなる.すると「John のような名詞句は必ず格付与されなければならない」という格フィルター (case filter) の原理に抵触してしまうため,これを回避するために John は格を付与してもらえる位置,つまり深層構造の先頭の ___ へと移動していく.この位置は,定動詞 was によって主格を付与してもらえる位置だからである.こうして,めでたく表層構造が導かれる.
 この生成文法流の仕掛けには様々な前提が設けられており,なぜその前提を据えることが妥当なのかは,おおいに議論しなければならない.しかし,この例から,生成文法の特徴の1つとして格付与を重視する伝統があることが分かるだろう.以上,三原 (79) を参照した.

 ・ 三原 健一 「第3章 生成文法」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.

Referrer (Inside): [2022-08-24-1]

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2022-08-12 Fri

#4855. 複合語の認定基準 --- blackboard は複合語で black board は句 [word][compounding][compound][word_formation][phrase][morphology][syntax][terminology]

 独立した語を複数組み合わせて,新たな1つの語を作り出す語形成を複合 (compounding) といい,そのようにして形成されたものを複合語 (compound) という.複合(語)の分類については「#924. 複合語の分類」 ([2011-11-07-1]),「#2652. 複合名詞の意味的分類」 ([2016-07-31-1]) を参照されたい.
 今回は,複合語と句 (phrase) がどのように区別されるのかという問題を取り上げる.両者とも独立した語を複数組み合わせて作るという点では同じだが,一般に複合語は形態的な単位であり,句は統語的な単位であると区別してとらえられる.例えば,black board (黒い板)は句で blackboard (黒板)は複合語と判断されるが,どのように区別されるのだろうか.なお,綴字上2要素間にスペースが置かれているかどうかは慣習的な正書法の問題にすぎず,本質的な決め手とはならないことを先に述べておく.
 複合語の認定基準について,竝木 (39) より3点を示そう.

a. 意味に関する基準(普遍的なもの)
 2つ(またはそれ以上)の単語がまとまりをなすとき,全体の意味が部分の意味から合成的に得られない場合,そのまとまりは複合語である.(意味の非合成性)

b. 形態に関する基準(普遍的なもの)
 2つの単語がまとまりをなすとき,両者の間に他の要素を入れられない場合や,最初の単語のみを修飾する単語が付けられない場合,そのまとまりは複合語である.(形態的な緊密性)

c. 音韻的な基準(個別言語に特有で,ここでは英語の場合)
 2つの単語がまとまりをなすとき,第1強勢が最初の単語に置かれる場合,そのまとまりは複合語である.


 black boardblackboard の具体的なペアで上記の基準を確認してみよう.black (黒い)と board (板)という2つの独立した単語とその意味を知っていれば,意味の足し算により black board の意味「黒い板」を容易に割り出すことができる.しかし,blackboard は一般的な黒い板ではなく,学校教室での授業など特定の用途のために使われるモノにつけられた名前である.だから,実際には緑色に近かったとしても blackboard ということができる.blackboard は単純な意味の足し算によって予想することができない特殊な意味をもつのである(意味の非合成性).
 次に,句である black board については very black boardblacker board のように black の意味を強調・比較させることができるが,複合語である blackboard については *very blackboard や *blackerboard のようにすることは許されない.複合語を構成する2要素の関係があまりに緊密だからである(形態的な緊密性).
 最後に,句の blàck bóard と複合語の bláckbòard とでは,強勢の置かれる部分が異なる.前者は一般的な句の強勢パターンに従い,後者は一般的な語の強勢パターンに従っている.
 上記の複合語の認定基準は,当然ながら語 (word) そのものの認定基準と重なるところが多い.この関連する問題については「#910. の定義がなぜ難しいか (1)」 ([2011-10-24-1]),「#911. の定義がなぜ難しいか (2)」 ([2011-10-25-1]),「#912. の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1]),「#921. の定義がなぜ難しいか (4)」 ([2011-11-04-1]),「#922. の定義がなぜ難しいか (5)」 ([2011-11-05-1]) を要参照.

 ・ 竝木 崇康 「第2章 形態論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.

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2022-07-26 Tue

#4838. worth の形容詞的特徴 [adjective][preposition][pos][prototype][complementation][syntax]

 昨日の記事「#4837. worth, (un)like, due, near は前置詞ぽい形容詞」 ([2022-07-25-1]) に引き続き,worth の品詞分類の問題について.Huddleston and Pullum (607) によると,まず worth が例外的な形容詞であるとの記述が見える.

As an adjective, . . . worth is highly exceptional. Most importantly for present purposes, it licenses an NP complement, as in The paintings are [worth thousands of dollars]. In this respect, it is like a preposition, but overall the case for analysing it as an adjective is strong.


  では,Huddleston and Pullum は何をもって worth がより形容詞的だと結論づけているのだろうか.まず,機能的な特性として2点を指摘している.1つは,典型的な形容詞らしく become の補語になれるということ.もう1つは,(分詞構文的に)述語として機能できるということである.それぞれ以下の2つの例文によって示される,前置詞ではあり得ない芸当ということだ.

 ・ What might have been a $200 first edition suddenly became [worth perhaps 10 times that amount].
 ・ [Worth over a million dollars,] the jewels were kept under surveillance by a veritable army of security guards.


 一方,比較変化および修飾という観点からみると,worth は形容詞らしくない.It was more worth the effort than I'd expected it to be. のような比較級の文は可能ではあるが,worth それ自体の意味について比較しているのかどうかについては議論がある.同様に,It was very much worth the effort. のように worth が強調されているかのような文はあり得るが,この強調は本当に worth の程度を強調しているのだろうか,議論があり得る.
 もう1つ,精妙な統語論的な分析がある.worth が前置詞であれば関係代名詞の前に添えることができるが,形容詞であれば難しいと予想される.そして,その予想は当たっているのだ.

 ・ This was far less than the amount [which she thought the land was now worth].
 ・ *This was far less than the amount [worth which she thought the land was now].


 上記を検討した上で総合的に評するならば,worth は典型的な形容詞とはいえず,前置詞的な特徴を持つものの,それでもどちらかといえば形容詞だ,ということになりそうだ.奥歯に物が挟まった言い方であることは承知しつつ.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

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2022-07-25 Mon

#4837. worth, (un)like, due, near は前置詞ぽい形容詞 [adjective][preposition][pos][prototype][complementation][syntax]

 先日 khelf(慶應英語史フォーラム)内で,worth は形容詞か前置詞かという問題が議論された.歴史的には古英語の形容詞・名詞 w(e)orþ に遡ることが分かっているが,現代英語の worth を共時的に分析するならば,どちらの分析も可能である.
 まず,「価値がある」という明確な語彙的な意味をもち,「価値」の意味をもつ対応する名詞もあることから,形容詞とみるのが妥当という意見がある.一方,後ろに原則として補語(目的語)を要求する点で前置詞のような振る舞いを示すことも確かだ.実際に,いくつかの英和辞書を参照すると,形容詞と取っているものもあれば,前置詞とするものもある.
 一般に英語学では,このような問題を検討するのに prototype のアプローチを取る.典型的な形容詞,および典型的な前置詞に観察される言語学的諸特徴をあらかじめリストアップしておき,問題の語,今回の場合であれば worth について,どちらの品詞の特徴を多く有するかによって,より形容詞的であるとか,より前置詞的であるといった判断をくだすのである.
 この分析自体がなかなかおもしろいのだが,当面は worth を,後ろに補語を要求するという例外的な特徴をもつ「異質な」形容詞とみておこう.Huddleston and Pullum (546--47) によれば,似たような異質な形容詞の仲間として (un)likedue がある.以下の例文で,角括弧に括った部分が,それぞれ補語を伴った形容詞句として分析される.

 ・ The book turned out to be [worth seventy dollars].
 ・ Jill is [very like her brother].
 ・ You are now [due $750]. / $750 is now [due you].

 さらにこのリストに near も加えることができるだろう.
 関連して「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]),「#4436. 形容詞のプロトタイプ」 ([2021-06-19-1]),「#209. near の正体」 ([2009-11-22-1]) を参照.
 品詞分類を巡る英語の問題としては,形容詞と副詞の区分を巡る議論も有名だ.これについては「#981. 副詞と形容詞の近似」 ([2012-01-03-1]),「#995. The rose smells sweet. と The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]),「#1354. 形容詞と副詞の接触点」 ([2013-01-10-1]),「#2441. 副詞と形容詞の近似 (2) --- 中英語でも困る問題」 ([2016-01-02-1]) などを参照.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

Referrer (Inside): [2022-07-26-1]

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2022-06-11 Sat

#4793. 多くの方に視聴していただいています!井上・堀田の YouTube 第30弾「英語の語順は大昔は SOV だったのになぜ SVO に変わったかいろいろ考えてみた」 [word_order][syntax][youtube][notice][link][inoueippei]

 6月8日(水)に,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 の第30弾が公開されました.「英語の語順は大昔は SOV だったのになぜ SVO に変わったかいろいろ考えてみた。祝!!30回!」です.過去数回と比べて多くの方に視聴していただいているようです.関心をもった方が多いと思われますので,今回はこの話題について情報を補足したいと思います.



 基本語順で考えると,ゲルマン祖語では SOV,古英語では SOV + SVO,中英語以降は SVO というのが大雑把な流れです.基本語順の通時的変化の問題については,これまでも hellog その他で様々に扱ってきましたので,以下にリンクなどを張っておきます.上記 YouTube 動画と合わせてご参照ください.

[ 英語史における語順の変化・変異とその原因 ]

 ・ 「#3127. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移」 ([2017-11-18-1])
 ・ 「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1])
 ・ 「#4597. 古英語の6つの異なる語順:SVO, SOV, OSV, OVS, VSO, VOS」 ([2021-11-27-1])
 ・ 「#4385. 英語が昔から SV の語順だったと思っていませんか?」 ([2021-04-29-1])
 ・ 「#2975. 屈折の衰退と語順の固定化の協力関係」 ([2017-06-19-1])

[ 基本語順の類型論 ]

 ・ 「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1])
 ・ 「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1])
 ・ 「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1])
 ・ 「#3128. 基本語順の類型論 (3)」 ([2017-11-19-1])
 ・ 「#3129. 基本語順の類型論 (4)」 ([2017-11-20-1])
 ・ 「#4316. 日本語型 SOV 言語は形態的格標示をもち,英語型 SVO 言語はもたない」 ([2021-02-19-1])
 ・ 「#3734. 島嶼ケルト語の VSO 語順の起源」 ([2019-07-18-1])

[ 過去の連載記事などの紹介 ]

 ・ 英語史連載企画(研究社)「現代英語を英語史の視点から考える」の第11回と第12回
   - 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら
   - 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら
 ・ 知識共有サービス「Mond」での回答:「日本語ならSOV型,英語ならSVO型,アラビア語ならVSO型,など言語によって語順が異なりますが,これはどのような原因から生じる違いなのでしょうか?」
 ・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])
 ・ 「#4583. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第9回「なぜ英語の語順は SVO なの?」」 ([2021-11-13-1])
 ・ 「#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介」 ([2021-09-18-1])

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2022-06-08 Wed

#4790. therethey に相当する中英語の it の用法 [personal_pronoun][expletive][syntax][agreement][me][french][german][existential_sentence]

 中英語を読んでいると,it の用法が現代英語よりも広くて戸惑うことがある.例えば there is 構文のような存在文 (existential_sentence) における there の代わりに it が用いられることがある(cf. フランス語 il y a, ドイツ語 es gibt).Mustanoja (132) から解説と例文を示そう.動詞が it ではなく意味上の主語に一致していることに注意.

In many instances it occurs in a pleonastic function carried out by there in Pres. E: --- of hise mouth it stod a stem, Als it were a sunnebem (Havelok 591); --- of þe erth it groues tres and gress (Cursor 545, Cotton MS); --- it es na land þat man kan neven ... þat he ne sal do þam to be soght (Cursor 22169, Cotton MS); --- bot it were a fre wymmon þat muche of love had fonde (Harley Lyr. xxxii 3); --- hit arn aboute on þis bench bot berdles chylder (Gaw. & GK 280); --- bot hit ar ladyes innoȝe (Gaw. & GK 1251).


 関連して「#1565. existential there の起源 (1)」 ([2013-08-09-1]),「#1566. existential there の起源 (2)」 ([2013-08-10-1]),「#4473. 存在文における形式上の主語と意味上の主語」 ([2021-07-26-1]) を参照.
 もう1つは,事実上 they に相当するような it の用法だ.こちらも Mustanoja (132--33) より解説と例を示そう.

Another aspect in the ME use of the formal it is seen in the following cases where it is virtually equivalent to 'they:' --- holi men hit were beiene (Lawman B 14811; cf. hali men heo weoren bæien, A); --- it ben aires of hevene alle þat ben crounede (PPl. C vi 59); --- thoo atte last aspyed y That pursevantes and heraudes ... Hyt weren alle (Ch. HF 1323). --- to þe gentyl Lomb hit arn anioynt (Pearl 895); --- hit arn fettled in on forme, þe forme and þe laste ... And als ... hit arn of on kynde (Patience 38--40); --- þei ... cownseld hyr to folwyn hyr mevynggys and hyr steringgys and trustly belevyn it weren of þe Holy Gost and of noon evyl spyryt (MKempe 3). This use goes back to OE. Cf. also German es sind ... and French ce sont ...


 いずれもフランス語やドイツ語に類似した構文が見られるなど興味深い.中英語の構文は,フランス語からの言語接触という可能性はあり得るが,むしろ統語論的な要請に基づくものではないかと睨んでいる.どうだろうか.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2022-06-03 Fri

#4785. It is ... that ... の強調構文の古英語からの例 [syntax][cleft_sentence][personal_pronoun][oe]

 学校文法で「強調構文」と呼ばれる統語構造は,英語学では「分裂文」 (cleft_sentence) と称されることが多い.分裂文の起源と発達については「#2442. 強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ」 ([2016-01-03-1]),「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]),「#4595. 強調構文に関する「ケルト語仮説」」 ([2021-11-25-1]) などで取り上げてきた.
 歴史的事実としては,使用例は古英語からみられる.ただし,古英語では,it はほとんど用いられず,省略されるか,あるいは þæt が用いられた.Visser (§63) より,いくつか例を示そう.

   63---g. The type 'It is father who did it.'
   This periphrastic construction is used to bring a part of a syntactical unit into prominence; it is especially employed when contrast has to be expressed: 'It is father (not mother) who did it'. In Old English hit is omitted (e.g. O. E. Gosp., John VI, 63, 'Gast is se þe geliffæst'; O. E. Homl. ii, 234, 'min fæder is þe me wuldrað') or its place is taken by þæt (e.g. Ælfred, Boeth. 34, II, 'is þæt for mycel gcynd þæt urum lichoman cymð eall his mægen of þam mete þe we þicgaþ'; Wulfstan, Polity (Jost) p. 127 則183, þæt is laðlic lif, þæt hi swa maciað; O. E. Chron. an. 1052, 'þæt wæs on þone monandæg ... þæt Godwine mid his scipum to suðgeweorce becom'). This pronoun þæt is still so used in: Orm 8465, 'þætt wass þe lond off Galileo þætt himm wass bedenn sekenn'.


 中英語以降は it がよく使用されるようになったようだ.
 名詞(句)ではなく時間や場所を表わす副詞(句)が強調される例も,上記にある通りすでに古英語からみられるが,それに対する Visser (§63) の解釈が注目に値する.そのような場合の is は意味的に happens に近いという.

When it was, it is has an adverbial adjunct of time or place as a complement, (as e.g. in 'It was on the first of May that I saw him first'), to be is not a copula, but the notional to be with the sense 'to happen', 'to take place' that also occurs in constructions of a different pattern, such as are found in e.g. C1350 Will. Palerne 1930, 'Manly on þe morwe þat mariage schuld bene; 1947 H. Eustis, The Horizontal Man (Penguin) 41, 'Keep your trap shut when you don't know what you're talking about, which is usually'; Pres. D. Eng.: 'The flower-show was last week' (OED).


 分裂文の起源と発達は,英語統語史上の重要な課題である.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

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2022-06-01 Wed

#4783. 懸垂不定詞? [participle][syntax][dangling_participle][infinitive]

 「#4754. 懸垂分詞」 ([2022-05-03-1]),「#4764. 慣用的な懸垂分詞の起源と種類」 ([2022-05-13-1]),「#4765. 慣習化して前置詞に近づいた懸垂分詞」 ([2022-05-14-1]) の記事にて,judging from/by ... の事例を念頭に懸垂分詞 (dangling_participle) の話題を取り上げた.主節の主語の共有を前提とする分詞構文から独立し,慣習化し,前置詞に近づいたものと解釈することができる.
 似たような例は不定詞にもみられる.独立不定詞と呼ばれる用法だ.定型句としてよくみられるが,この場合は避難の意味を込めて「懸垂不定詞」などと呼ばれることはないようだ(なぜだろうか?).

 ・ to be frank
 ・ to be honest with you
 ・ to be sure
 ・ to begin with
 ・ to do someone justice
 ・ to make a long story short
 ・ to make matters worse
 ・ to say the least of it
 ・ to tell the truth
 ・ so to speak

 先の2つめの記事 ([2022-05-13-1]) で,懸垂分詞の先駆的表現は古英語に認められるということだったが,懸垂不定詞の例についてはどうだろうか.Visser (§987) によると,中英語と近代英語では "extremely frequent" だが,古英語からは Wulfstan's Homilies より hrædest to secganne ("for that matter" ほどの意か)という例しか確認できないという.その例文を挙げておこう.

Wulfstan, Hom. (Napier) 27, 1, ðyder sculon wiccan and wigleras, hrædest to secganne ealle ða manfullan, ðe ær yfel worhton and noldan geswican ne wið god ðingian. | Idem 36, 7, ðonne wyrð ðæt wæter mid ðam halgan gaste ðurhgoten, and, hrædest to secganne eal, ðæt se sacerd deð ðurh ða halgan ðenunge gesawenlice, eal hit fulfremeð se halga gast gerynelice. | Idem 115, 3, ðider sculan ðeofas ... and, hrædest to secganne ealle ða manfullan.


 その後の歴史をみてみると,分詞と不定詞の間で揺れがみられたようである.例えば,現代では分詞を用いる speaking of ... が普通だが,中英語や近代英語では to speak of ... のように不定詞を用いる言い方があった.また,judging from/by ... についても,後期近代英語などからは不定詞を用いた to judge from/by ... の用例も一定数あがってくる.この辺りはコーパスで通時的に調べてみるとおもしろそうだ.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

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2022-05-14 Sat

#4765. 慣習化して前置詞に近づいた懸垂分詞 [participle][syntax][grammaticalisation][preposition][french][contact][dangling_participle][conjunction]

 昨日の記事「#4764. 慣用的な懸垂分詞の起源と種類」 ([2022-05-13-1]) に続き,懸垂分詞の起源について.
 この構文を Jespersen (407) は "dangling participle" や "loose participle" と呼び,数ページにわたって議論している.とりわけ pp. 409--10 では,"perfectly established" したものとして allowing for, talking of, speaking of, judging by, judging from, saving, begging your pardon, strictly speaking, generally speaking, counting, taking, considering の例が挙げられている.
 pp. 410--11 では,さらに慣習化して前置詞に近くなったものがあるとして,中英語以降からの豊富な例文とともに挙げられている.今後の考察のためにも,ここに引用しておきたい.

22.29. A loose participle sometimes approaches the value of a preposition. This use is with possibly doubtful justice ascribed to French influence by Ross, The Absolute Participle, 30. Examples: Ch B 4161 as touching daun Catoun | More U 64 Now as touchyng this question . . . But as concernyng this matter . . . | Caxton R 11 touchyng this complaint | Hawthorne S 247 I am utterly bewildered as touching the purport of your words | Caxton R 54 alle were there sauyng reynard | Gay BP 40 . . . a Jew; and bating their religion, to women they are a good sort of people | Hawthorne Sn 51 barring the casualties to which such a complicated piece of mechanism is liable | Quincey 116 one may bevouack decently, barring rain and wind, up to the end of October | Scott I 31 incapable of being removed, excepting by the use of the file | Di Do 239 Edith, saving for a curl of her lip, was motionless | Dreiser F 292 what chance would he have, presuming her faithfulness itself | Defoe R 2.190 his discourse was prettily deliver'd, considering his youth | Hope D 77 Considering his age, your conduct is scandalous | Thack N 5 there may be nothing new under and including the sun.
   Cf. also regarding, respecting (e.g. Ruskin S 1.291) | according to (Caxton R 57, etc.) | owing to | granting (Stevenson JHF 103 even granting some impediments, why was this gentleman to be received by me in secret?).
   Cf. pending, during, notwithstanding 6.34.
   On the transition of seeing, granting, supposing, notwithstanding with or without that to use as conjunctions, see ch. XXI; on being see above 6.35.


 これによると,慣習化した懸垂分詞はフランス語の対応構文からの影響の結果とみなす説もあるようだが,昨日の記事でもみたとおり古英語にルーツを探ることができる以上,少なくともフランス語からの影響のみに依拠する説明は妥当ではないだろう.
 引用の最後の部分にあるように,現代までに完全に前置詞化,あるいは接続詞化したものも数例あるので,judging from 問題を考察するに当たって,そのような事例にも目を配っていく必要がある.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 5. Copenhagen: Munksgaard, 1954.

Referrer (Inside): [2022-06-01-1]

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2022-05-13 Fri

#4764. 慣用的な懸垂分詞の起源と種類 [participle][syntax][grammaticalisation][preposition][dangling_participle]

 「#4754. 懸垂分詞」 ([2022-05-03-1]) で取り上げたように,judging from のように慣用表現として定着している懸垂分詞 (dangling participle) の例がある.speaking of, strictly speaking, considering, including なども仲間だろう.もともと現在分詞句として始まった表現が,文法化 (grammaticalisation) を経て,機能的に前置詞に近いものへ発展してきたのだろうと考えることができる.
 この統語構造について,Visser (§1075) が1セクションを割いている.先駆的表現はすでに古英語にあったとのことだ.

>>
   1075 --- Types 'Speaking of daughters, I have seen Miss Dombey' 'This is, strictly speaking, no quibble'

   Here follow a number of instances of the use of non-related free -ing adjuncts which have nowadays begun to be generally considered established usage. In this case the adjunct never takes the having + past participle or the being + past participle form. Some of the adjuncts are more or less halfway in their development to prepositions, e.g. 'talking of' = 'apropos of'.
   It seems worth while to cite the following Old English passage as being a kind of forerunner of the idiom under discussion: Ælfric, Gen. 13, 10, 'eall se eard . . . wæs mirige mid wætere gemenged swa swa godes neorxna wang and swa swa Egipta land becumendum on Segor' (Auth. V.: as thou comest unto Zoar). A Middle English instance is: c1450 Cov. Myst. p. 387, 'My name is great and marveylous, treuly you telland.'


 Visser は同セクションで,近代英語期からの用例を多数引きつつ,16種類の関連表現を列挙している.allowing, begging, considering, counting, excluding, excusing, granting, including, judging, letting alone, reckoning, speaking, supposing, taking, talking, waiving
 同セクションには,この問題を掘り下げていくに当たって(必然的に古いものではあるが)有用な参考文献が数多く紹介されているので,その辺りからスタートするのがよさそうだ.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

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2022-05-03 Tue

#4754. 懸垂分詞 [participle][syntax][khelf][dangling_participle]

 慶應英語史フォーラム (khelf) で,このGW中に盛り上がっている話題が1つある.英文法で「懸垂分詞」 (dangling participle) と呼ばれている現象だ.今後,議論が深まっていきそうなので,今回は用語辞典より基本的な解説をあげておきたい.まず『新英語学辞典』 (283) より.

 dangling participle 〔文〕(懸垂分詞)
 Curme (1931, pp. 159--60) の用語.分詞構文 (participial construction) において意味上の主語が主文の主語と異なるのに主語を表現していない分詞(句)をいう.Having walked two miles, I was tired. (2マイル歩いたので私は疲れた)はふつうの分詞構文であるが,Having walked two miles, the cabin was a welcome sight. (2マイル歩いた後で小屋が見えたので,嬉しかった)は懸垂分詞構文である.懸垂分詞は学者によって,hanging participle, loose participle, unrelated participle (非関連分詞),unattached participle, unrelated adjunct (非関連付加詞)などさまざまな呼び方をされている.
 懸垂分詞は正しくない用法であると見なす人も多いが,分詞の意味上の主語として総称人称の one を補いうる generally speaking, judging from [by] や慣用的に I を表わさない talking [speaking] of のようなものは,その使用が慣用的に確立している.また,形式的には整っていないが意味が不明確でない限り標準用法として認めようとする立場や,許容される段階に差をつけて考える立場もある.Quirk & Greenbaum (UGE, §11.35) によれば,?Since leaving her, life has seemed empty. では主文の seemed empty に to me を補いうるので分詞の意味上の主語として I が推定できるのに対し,*Reading the evening paper, a dog started barking. は主文に分詞の意味上の主語を推定させるものがないので許容されない.


 もう1つ,Crystal の用語辞典より.

dangling participle In traditional grammar, a term describing the use of a participle, or a phrase introduced by a participle, which has an unclear or ambiguous relationship to the rest of the sentence; also called a misrelated participle. If taken literally, the sentence often appears nonsensical or laughable: Driving along the street, a runaway dog gave John a fright. To avoid such inadvertent effects, manuals of style recommend that such sentence be rephrased, with the participial construction moved or replaced, as in When John was driving along the street, a runaway dog gave him a fright.


 目下 khelf 内で議論になっているのは,なぜ judging from のような懸垂分詞は慣用として認められているのか,という問題だ.歴史的な関心からは,いつ,どのように,なぜ慣用化するに至ったかという問いとなる.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

Referrer (Inside): [2022-06-01-1] [2022-05-13-1]

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