hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 次ページ / page 2 (20)

spelling - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-19 09:34

2023-03-15 Wed

#5070. ソーシャルメディアと中英語の綴字のヴァリエーションは酷似している [spelling][me][nlp][med][social_media][media]

 ソーシャルメディアの書き言葉は,省略やタイポが多い.英語でいえば単語の省略の仕方は一通りではなく,いずれの省略綴字が用いられるかは予測できない.自然言語処理 (nlp) においては,このような省略綴字を正規化するなどの前処理が必要となり,なかなか厄介な問題のようだ.
 一方,中英語の綴字のヴァリエーションも豊富である.綴り方は一通りではなく,いずれの綴字が用いられるかは,方言ごとに緩い傾向はあるものの,完全には予測できない.中英語を読んだり分析する際には,多様な綴字を「正規化」する必要があり,かなり厄介な問題だ.
 両者は,このようにとても似ている."tomorrow" という単語の綴字ヴァリエーションを例に取り,比較してみよう.ソーシャルメディアの例は Vajjala 他 (p. 295) から,中英語の例は MED から取った.

[ ソーシャルメディアからの "tomorrow" の綴字 ]

tmw, tomarrow, 2mrw, tommorw, 2moz, tomorro, tommarrow, tomarro, 2m, tomorrw, tmmrw, tomoz, tommorow, tmrrw, tommarow, 2maro, tmrow, tommoro, tomolo, 2mor, 2moro, 2mara, 2mw, tomaro, tomarow, tomoro, 2morr, 2mro, tmoz, tomo, 2morro, 2mar, 2marrow, tmr, tomz, tmorrow, 2mr, tmo, tmro, tommorrow, tmrw, tmrrow, 2mora, tommrow, tmoro, 2ma, 2morrow, tomrw, tomm, tmrww, 2morow, 2mrrw, tomorow

[ MED からの "tomorrow" の綴字 ]

tōmōrn, tomorne, -moroun(e, -morwen, -morwin, -morewen, -morgen, tomor3en, -moregan, -moreuin, -marewene, -marwen, -marhen, -mar3an, -mar3en, -mær3en, temarwen; tōmōrwe, tomorewe, -moreu, -mor(r)owe, -mor(r)ou, -morou, -moru(e, -mor3e, -marewe, temorwe, tomoruwe, -more3e, -mar3e, -mær3e

 もう主旨はお分かりだろう.ソーシャルメディアを対象とする自然言語処理技術の発展は,中英語研究にも有用にちがいない! 笑い話のようでありながら,いや,なかなかおもしろい比較ではないか.

 ・ Vajjala, Sowmya, Bodhisattwa Majumder, Anuj Gupta, Harshit Surana (著),中山 光樹(訳) 『実践 自然言語処理 --- 実世界 NLP アプリケーション開発のベストプラクティス』 オライリー・ジャパン,2022年.

Referrer (Inside): [2023-03-17-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-02-07 Tue

#5034. ヘボン式ローマ字表記は本当に英語に毒されている? [youtube][notice][romaji][digraph][h][spelling][orthography][french][norman_conquest][link][alphabet]

 一昨日公開された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回では,英語史の観点から日本語を表記するためのローマ字について,とりわけヘボン式ローマ字について語っています.「最近よく見かける shi,chi,ji などのローマ字表記は,実は英語的ではない!」です.17分弱の動画となっております.どうぞご視聴ください.



 今回依拠したローマ字使用に関するデータは,昨年9月30日に文化庁より公開された,2021年度の「国語に関する世論調査」の結果です.詳細は「令和3年度「国語に関する世論調査」の結果について」 (PDF) よりご確認いただけます.
 日本語を表記するためのローマ字の使用については,これまでも様々な議論があり,本ブログでも romaji の記事群で多く取り上げてきました.今回の YouTube 動画ととりわけ関連の深い記事へのリンクを張っておきますので,合わせてご参照ください.

 ・ 「#3427. 訓令式・日本式・ヘボン式のローマ字つづり対照表」 ([2018-09-14-1])
 ・ 「#1892. 「ローマ字のつづり方」」 ([2014-07-02-1])
 ・ 「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1])
 ・ 「#2550. 宣教師シドッチの墓が発見された?」 ([2016-04-20-1])
 ・ 「#4905. 「愛知」は Aichi か Aiti か?」 ([2022-10-01-1])
 ・ 「#4925. ローマ字表記の揺れと英語スペリング慣れ」 ([2022-10-21-1])
 ・ 「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1])
 ・ 「#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か?」 ([2018-03-22-1])

 日本語社会がいかにしてローマ字というアルファベット文字体系を受容し,改変し,手なずけようとしてきたかを振り返ることは,これから英語を始めとする世界中の言語や文字とどう付き合っていくかを考える上でも大事なことだと考えます.今回の動画を通じて,日本語を表記するためのローマ字使用について改めて考えてみてはいかがでしょうか.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-02-03 Fri

#5030. 英語史における4種の綴字改革 [spelling_reform][spelling][webster][shaw][orthography][standardisation][orthoepy][johnson][diacritical_mark][digraph]

 英語綴字の改革や標準化への関心は,英語史の長きにわたって断続的に観察されてきた.古英語の "West-Saxon Schriftsprache" は正書法の策定の1例だし,初期中英語期にも "AB-language" の綴字や Ormulum, Laȝamon などの綴り手が個人レベルで正書法に関心を寄せた.16世紀以降には正音学 (orthoepy) への関心が高まり,それに伴って個性的な綴字改革者が立て続けに現われた.18世紀以降には Samuel Johnson や Noah Webster が各々正書法の確立に寄与してきたし,現代にかけても数々の新しい綴字改革の運動が旗揚げされてきた.hellog でも spelling_reform の多くの記事で触れてきた通りである.
 Crystal (288) によると,伝統的な正書法 (TO = traditional orthography) に対する歴史上の改革は数多く挙げられるが,4種類に分けられるという.

 ・ Standardizing approaches, such as New Spelling . . . , uses familiar letters more regularly (typically, by adding new digraphs . . .); no new symbols are invented.
 ・ Augmenting approaches, such as Phonotypy . . . add new symbols; diacritics and invented letters have both been used.
 ・ Supplanting approaches replace all TO letters by new symbols, as in Shavian . . . .
 ・ Regularizing approaches apply existing rules more consistently or focus on restricted areas of the writing system, as in Noah Webster's changes to US English . . . or those approaches which drop silent or redundant letters, such as Cut Spelling . . . .


 穏健路線から急進路線への順に並べ替えれば Regularizing, Standardizing, Augmenting, Supplanting となるだろう.これまで本格的に成功した綴字改革はなく,せいぜい限定的に痕跡を残した Hart や Webster の名前が挙がるくらいである.そして,限定的に成功した改革提案は常に穏健なものだった.英語史において綴字改革はそれほど難しいものだったのであり,今後もそうあり続ける可能性が高い.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-01-29 Sun

#5025. 最長の英単語をめぐって --- 『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』より [review][spelling][vocabulary][shakespeare][word_game]

 昨年出版された安藤聡(著)『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』(平凡社)を読了した.英語(文化)史を中心とした教養のエッセイ集である.

安藤 聡 『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』 平凡社,2022年.



 本書の2つめのエッセイの題が「最も長い英単語」である (24--31) .本ブログでも関連する記事を3本書いてきた.

 ・ 「#63. 塵肺症は英語で最も重い病気?」 ([2009-06-30-1]) より pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis
 ・ 「#2797. floccinaucinihilipilification」 ([2016-12-23-1])
 ・ 「#391. antidisestablishmentarianism 「反国教会廃止主義」」 ([2010-05-23-1])

 この3つの語は当該のエッセイでも触れられているが,もう1つ私の知らなかった長大な語が挙げられていたので,オォっとなった.supercalifragilisticexpialidocious という34文字からなる無意味な語である.OED によると "A nonsense word, originally used esp. by children, and typically expressing excited approbation: fantastic, fabulous." と説明がある.1931年が初出だが,1964年のディズニー映画『メリー・ポピンズ』のなかで呪文として用いられ有名になった語ということだ.
 同エッセイでは,特別部門での最長英単語も紹介されている.例えば固有名詞部門としてウェイルズの地名 Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch は58文字からなる.2つの村が合併して両方の名前が接続されたために,このようなことになったらしい.読み方は不明で,そもそも英単語なのかというと怪しいところがあり,アレではある.
 同じ文字を繰り返さない pangram 的な最長英単語の部門としては,dermatoglyphics 「掌紋学」と uncopyrightable 「版権を取ることが出来ない」がそれぞれ15文字で最長語候補となる.pangram については「#1007. Veldt jynx grimps waqf zho buck.」 ([2012-01-29-1]) を参照.
 Shakespeare が用いた最長単語の部門としては,『恋の骨折り損』より honorificabilitudinitatibus 「名誉を受けるに値する」が挙げられている.
 最後に,語頭と語末の間に1マイルもの距離がある smiles が最長英単語であるというのは古典的なジョークである.
 英語好きにぜひお勧めしたいエッセイ集.

 ・ 安藤 聡 『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』 平凡社,2022年.

Referrer (Inside): [2023-03-14-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-01-27 Fri

#5023. 新著『文献学と英語史研究』で示されている英語綴字史研究の動向と展望 [notice][philology][spelling][orthography][bunkengaku][lalme]

 2週間前の1月12日より,家入葉子先生(京都大学)と堀田隆一(慶應義塾大学)による共著『文献学と英語史研究』が開拓社より発売となっています(A5版,264ページ,税込3,960円).すでに hellog, Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」, YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 などでも紹介しています.著者による本書の案内・解説へのリンクをまとめたこちらのページをご訪問ください.

家入 葉子・堀田 隆一『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.



 本書では,第3章「音韻論・綴字」の第5,6節で,類書のなかでは比較的珍しいのですが英語綴字史研究の動向と展望が記述されています.まとめの部分を少し引用します (96--97) .

綴字の研究については,上述の通り,文献学の証拠に直接関わる分野として本質的に重要でありながらも,相対的に軽視されてきた経緯がある.しかし,中英語の方言研究と綴字研究を合流させたことによる「LALME 革命」は,そのような潮流を反転させる契機を作り出した.発音の証拠としての綴字も重要だが,綴字それ自身が自立した媒体として追究に値するという認識が拡がってきている.今後の綴字の変化は,音韻論はもちろんのこと文字論,社会言語学,世界英語などの観点を取り込みながら,豊かな分野に発展していく可能性を秘めている.とりわけ近年の英語史では各英語変種への関心が強まってきており,音韻論・綴字の研究も多元化する変種に焦点を合わせたものが増えてくるだろう.同時に,それらと対照的な位置にある標準変種や標準化という従来の問題も相対化されていくのではないかと予想される.


 これは綴字史研究を要約した部分の引用にすぎず,英語綴字史の具体的な問題は同章のなかで多く取り上げられています.綴字の問題に関心のある方は,ぜひ第3章をお読みいただければと思います.同章の著者である私自身の綴字への関心を反映し,類書に比べて綴字問題への言及は多いと思います.

 ・ 家入 葉子・堀田 隆一 『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.

Referrer (Inside): [2023-06-11-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-01-15 Sun

#5011. 英語綴字史は「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨」!? by ゆる言語学ラジオ [graphotactics][orthography][spelling][gh][digraph][yurugengogakuradio][spelling_pronunciation_gap][grapheme][voicy][prestige][minim][linguistics][link][youtube]

 言語学 (linguistics) というメジャーとはいえない学問をポップに広めるのに貢献している YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」.昨日1月14日に公開された最新回では,1つ前の回に引き続き,<ghoti> ≡ /fɪʃ/ の問題を中心に英語の綴字と発音の珍妙な関係が話題となっています(前回の話題については「#5009. なぜバーナード・ショーの綴字ネタ「ghoti = fish」は強引に感じられるのか?」 ([2023-01-13-1]) も参照).2回にわたり私が監修させていただいたのですが,その過程もたいへん楽しいものでした(水野さん,関係者の方々,ありがとうございます!).
 ghoti, high, women, nation, debt などの綴字について,水野さんと堀元さんの軽妙洒脱なトークをどうぞ.ものすごいタイトルで「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨。綴りの変遷理由が意外すぎる。【発音2】#194」です.



 「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨」というフレーズですが,英語綴字史のツボのうち3点を実におもしろく体現している表現だと思います.英語の綴字は,中英語以降にフランス語風にかぶれたというのは事実です.また,悪筆というのは写字生個人の悪筆というわけではありませんが,当時の特殊な字体や字形が,現代の観点からは悪筆と見える場合があることを指摘しています(今回は縦棒 (minim) が問題となっていました).懐古厨は,英国ルネサンスと重なる初期近代英語期に古典語(特にラテン語)への憧憬が募ったことを指しています.
 フランス語かぶれと(ラテン語)懐古厨は,時代も動機も異なってはいますが,社会言語学的にいえば,いずれも威信 (prestige) ある言語への接近としてとらえることができます.これは,英語綴字史を通じて観察される大きな潮流です.
 この2回の「ゆる言語学ラジオ」で取り上げられた話題に関して,私自身も「hellog~英語史ブログ」,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」,YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」,著書などを通じて,様々に発信してきています.ここにリンクをまとめると煩雑になりそうですので,note 上に特設ページ「「ゆる言語学ラジオ」の ghoti 回にまつわる堀田リンク集」を作ってみました.そちらも合わせてご覧ください.
 なお,最新回の最後の「おおおっ,オレかよ!」は,「#224. women の発音と綴字 (2)」 ([2009-12-07-1]) のことです.12年前の個人的な仮説(というよりも感想)で,書いたこと自体も忘れていますよ,そりゃ(笑).
 Voicy パーソナリティ兼リスナーとして,「ゆる言語学ラジオ」の Voicy 版があることも紹介しておきたいと思います.最新回「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨。綴りの変遷理由が意外すぎる。#194」です.


Referrer (Inside): [2023-05-14-1] [2023-04-28-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-01-13 Fri

#5009. なぜバーナード・ショーの綴字ネタ「ghoti = fish」は強引に感じられるのか? [graphotactics][orthography][spelling][phonotactics][gh][digraph][yurugengogakuradio][spelling_pronunciation_gap][grapheme][voicy][youtube]

 言語に焦点を当てた YouTube と Podcast の人気チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の1月10日に公開された最新回は「ghoti と書いてフィッシュと読む?英語学ジョークを徹底解剖【発音1】#193」です.英語の綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) を皮肉ったものとしてよく知られている話題が紹介されています.私が英語綴字史を研究しているということもあり,このたび続編となる次回と合わせて監修させていただくことになりました(水野さん,お世話になっています!).



 <ghoti> という綴字で fish /fɪʃ/ と読める,というトンデモネタですが,これは英語の綴字改革に関心を寄せていたアイルランド出身の劇作家 George Bernard Shaw (1856--1950) が英語の綴字のひどさを皮肉ったものとして紹介されることが多いです.Shaw および <ghoti> の <gh> に関する hellog 記事として,以下を挙げておきます.

 ・ 「#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ?」 ([2009-05-13-1])
 ・ 「#605. Shavian Alphabet」 ([2010-12-23-1])
 ・ 「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1])
 ・ 「#2085. <ough> の音価」 ([2015-01-11-1])
 ・ 「#2590. <gh> を含む単語についての統計」 ([2016-05-30-1])
 ・ 「#3945. "<h> second" の2重字の起源と発達」 ([2020-02-14-1])

 なぜ <ghoti> ≡ /fɪʃ/ が成り立つのかについては,ゆる言語学ラジオの2人のトークに勝る説明はありませんので,ここで野暮なことは述べません.
 Shaw はこの例を皮肉として挙げたわけで,当然ながら私たち受け取る側も何かしらの違和感を感じています.<ghoti> ≡ /fɪʃ/ のカラクリは説明されれば分かるけれども,かなりの牽強付会だと感じます.この強引さの感覚はどこから来るのでしょうか.
 私たちは,現代標準英語の正書法 (orthography) のなかでも特に文字配列法 (graphotactics) が守られていない点に反応しているのだろうと思われます.英語綴字の諸規則は複雑多岐にわたりますが,そのなかでも綴字を構成する文字素 (grapheme) の配列に関する規則があり,それを文字配列法と呼んでいます.<ghoti> ≡ /fɪʃ/ のなかでもとりわけ子音に対応する綴字 <gh> と <ti> について,文字配列法の規則が破られている,つまり不規則だという感覚が生じているのです.
 <gh> ≡ /f/ の関係は確かに cough, enough, laugh, rough, tough など比較的頻度の高い語にもみられ,極端に珍しいわけではありません.しかし,この関係が成り立つのは基本的には語末(形態素末)においてであり,このことが文字配列法の規則に組み込まれていると考えられます.つまり,英単語には <gh> ≡ /f/ の関係が語頭(形態素頭)で現われる例がないために,ghoti が文字配列法の規則に違反していると感じられるのでしょう.
 同様に <ti> ≡ /ʃ/ の関係も,それ自体は決して珍しくありません.-tion や -tious をもつ単語は多数あり,私たちも見慣れています (ex. nation, station, ambitious, cautious) .しかし,/ʃ/ に対応する <ti> は基本的にそれだけで独立して現われるわけではなく,後ろに <on> や <ous> を伴って現われるのが文字配列法の規則です.<ghoti> の <ti> を /ʃ/ と読ませる際に感じる強引さは,この規則違反に由来します.
 英語の文字配列法については以下の記事もご覧ください.

 ・ 「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1])
 ・ 「#3882. 綴字と発音の「対応規則」とは別に存在する「正書法規則」」 ([2019-12-13-1])

 ゆる言語学ラジオには Voicy 版 もあり,今回の最新回はこちらとなっています.



 Voicy 内ではゆる言語学ラジオも,私の「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 も,同じ「語学」セクションにカテゴライズされているチャンネルであるため,たまに両アイコンが仲良く横に並ぶことがあります(笑).

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-01-10 Tue

#5006. YouTube 版,515通りの through の話し [spelling][me_dialect][lme][scribe][youtube][standardisation][oed][med][laeme][lalme][hc][through]

 昨年2月26日に,同僚の井上逸兵さんと YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を開始しました.以降,毎週レギュラーで水・日の午後6時に配信しています.最新動画は,一昨日公開された第91弾の「ゆる~い中世の英語の世界では綴りはマイルール?!through のスペリングは515通り!堀田的ゆるさベスト10!」です.



 英語史上,前置詞・副詞の through はどのように綴られてきたのでしょうか? 後期中英語期(1300--1500年)を中心に私が調査して数え上げた結果,515通りの異なる綴字が確認されています.OEDMED のような歴史英語辞書,Helsinki Corpus, LAEME, LALME のような歴史英語コーパスや歴史英語方言地図など,ありとあらゆるリソースを漁ってみた結果です.探せばもっとあるだろうと思います.
 標準英語が不在だった中英語期には,写字生 (scribe) と呼ばれる書き手は,自らの方言発音に従って,自らの書き方の癖に応じて,様々な綴字で単語を書き落としました.同一写字生が,同じ単語を異なる機会に異なる綴字で綴ることも日常茶飯事でした.とりわけ through という語は方言によって発音も様々だったため,子音字や母音字の組み合わせ方が豊富で,515通りという途方もない種類の綴字が生じてしまったのです.
 関連する話題は hellog でもしばしば取り上げてきました.以下をご参照ください.
 
 ・ 「#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り」 ([2009-06-20-1])
 ・ 「#54. through 異綴りベスト10(ワースト10?)」 ([2009-06-21-1])
 ・ 「#3397. 後期中英語期の through のワースト綴字」 ([2018-08-15-1])
 ・ 「#193. 15世紀 Chancery Standard の through の異綴りは14通り」 ([2009-11-06-1])
 ・ 「#219. eyes を表す172通りの綴字」 ([2009-12-02-1])
 ・ 「#2520. 後期中英語の134種類の "such" の異綴字」 ([2016-03-21-1])
 ・ 「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1])

 今回,515通りの through の話題を YouTube でお届けした次第ですが,その収録に当たって「小道具」を用意しました.せっかくですので,以下に PDF で公開しておきます.

 ・ 横置きA4用紙10枚に515通りの through の綴字を敷き詰めた資料 (PDF)
 ・ 横置きA4用紙1枚に1通りの through の綴字を大きく印字した全515ページの資料 (PDF)
 ・ 堀田の選ぶ「ベスト(ワースト)10」の through の綴字を印字した10ページの資料 (PDF)

 ユルユル綴字の話題と関連して,同じ YouTube チャンネルより比較的最近アップされた第83弾「ロバート・コードリー(Robert Cawdrey)の英英辞書はゆるい辞書」もご覧いただければと(cf. 「#4978. 脱力系辞書のススメ --- Cawdrey さんによる英語史上初の英英辞書はアルファベット順がユルユルでした」 ([2022-12-13-1])).

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-12-26 Mon

#4991. -ise か -ize か問題 --- 2つの論点 [spelling][suffix][z][greek][latin][french][verb][oed][academy][orthography]

 昨日の記事「#4990. 動詞を作る -ize/-ise 接尾辞の歴史」 ([2022-12-25-1]),および以前の「#305. -ise か -ize か」 ([2010-02-26-1]),「#314. -ise か -ize か (2)」 ([2010-03-07-1]) の記事と合わせて,改めて -ise か -ize かの問題について考えたい.今回は文献参照を通じて2つほど論点を追加する.
 昨日の記事で,OED が -ize の綴字を基本として採用している旨を紹介した.<z> を用いるほうがギリシア語の語源に忠実であり,かつ <z> ≡ /z/ の関係がストレートだから,というのが採用の理由である.しかし,この OED の主張について,Carney (433) が -ise/-ize 問題を解説している箇所で疑問を呈している.有用なので解説全体を引用しておこう.

17 /aɪz/ in verbs as <-ise>, <-ize>

The <-ize> spelling reflects a Greek verbal ending in English words, such as baptize, organize, which represent actual Greek verbs. There are also words that have been made up to imitate Greek, in later Latin or in French (humanise), or within English itself (bowdlerise). Some printers adopt a purist approach and spell the first group with <-ize> and the second group with <-ise>, others have <-ize> for both.
   Since this difference is opaque to the ordinary speller, there is pressure to standardize on the <s> spelling, as French has done. To standardize with a <z> spelling as American spelling has done has disadvantages, because there are §Latinate verbs ending in <-ise> which have historically nothing to do with this suffix: advertise, apprise, circumcise, comprise, supervise, surmise, surprise. If you opt for a scholarly <organize>, you are likely to get an unscholarly *<supervize>. The OED argues that the pronunciation is /z/ and that this justifies the <z> spelling. But this ignores the fact that <s>≡/z/ happens to be the commonest spelling of /z/. To introduce more <z> spellings would probably complicate matters for the speller.


 もう1つの論点は,イギリス英語の -ise はフランス語式の綴字を真似たものと理解してよいが,その歴史的な詳細については調査の必要があるという点だ.というのは,フランス語でも長らく -ize は使われていたようだからだ.ここで,フランス語でいつどのように -ise の綴字が一般化したのかが問題となる.また,(イギリス)英語がいつどのように,そのようなフランス語での -ise への一般化に合わせ,-ise を好むようになったのかも重要な問いとなる.Upward and Davidson (170--71) の解説の一部がヒントになる.

          The suffix -IZE/-ISE

There are some 200 verbs in general use ending in the suffix -ISE/-IZE, spelt with Z in American usage and s or z in British usage. The ending originated in Gr with z, which was transmitted through Lat and OFr to Eng beginning in the ME period.

・ Three factors interfered with the straightforward adoption of z for all the words ending in /aɪz/:
   - The increasing variation of z/s in OFr and ME.
   - The competing model of words like surprise, always spelt with s (-ISE in those words being not the Gr suffix but part of a Franco-Lat stem).
   - Developments in Fr which undermined the z-spelling of the Gr -IZE suffix; for example, the 1694 edition of the authoritative dictionary of the Académie Française standardized the spelling of the Gr suffix with s (e.g. baptiser, organiser, réaliser) for ModFr in accordance with the general Fr rule for the spelling of /z/ between vowels as s, and the consistent use of -ISE by ModFr from then on gave weight to a widespread preference for it in British usage. American usage, on the other hand, came down steadfastly on the side of -IZE, and BrE now allows either spelling.


 英語の -ise/-ize 問題の陰にアカデミー・フランセーズの働きがあったというのはおもしろい.さらに追求してみたい.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

Referrer (Inside): [2023-10-10-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-12-25 Sun

#4990. 動詞を作る -ize/-ise 接尾辞の歴史 [spelling][suffix][z][greek][latin][french][consonant][diphthong][verb][oed][ame_bre]

 動詞を作る接尾辞 -ize/-ise について,いずれのスペリングを用いるかという観点から,「#305. -ise か -ize か」 ([2010-02-26-1]),「#314. -ise か -ize か (2)」 ([2010-03-07-1]) で話題にしてきた.今回は OED の記述を要約しながら,この接尾辞の歴史を概説する.
 -ize/-ise はギリシア語の動詞を作る接尾辞 -ίζειν に遡る.人や民族を表わす名詞について「~人(民族)として(のように)振る舞う」の意味の動詞を作ることが多かった.現代英語の対応語でいえば barbarianize, tyrannize, Atticize, Hellenize のような例だ.
 この接尾辞は3,4世紀にはラテン語に -izāre として取り込まれ,そこで生産力が向上していった.キリスト教や哲学の用語として baptizāre, euangelizāre, catechiizāre, canōnizāre, daemonizāre などが生み出された.やがて,ギリシア語の動詞を借用したり,模倣して動詞を造語する際の一般的な型として定着した.
 この接尾辞は,中世ラテン語やヴァナキュラーにおいて,やがて一般的にラテン語の形容詞や名詞から動詞を作る機能をも発達させた.この機能の一般化はおそらくフランス語において最初に生じ,そこでは -iser と綴られるようになった.civiliser, cicatriser, humaniser などである.
 英語は中英語期よりフランス語から -iser 動詞を借用する際に,接尾辞をフランス語式に基づいて -ise と綴ることが多かった.この接尾辞は,後に英語でも独自に生産性を高めたが,その際にラテン語やフランス語の要素を基体として動詞を作る場合には -ise を,ギリシア語の要素に基づく場合にはギリシア語源形を尊重して -ize を用いるなどの傾向も現われた.しかし,この傾向はあくまで中途半端なものだったために,-ize か -ise かのややこしい問題が生じ,現代に至る.OED の方針としては,語源的であり,かつ /z/ 音を文字通りに表わすスペリングとして -ize に統一しているという.
 なお,英語のこの接尾辞に2重母音が現われることについて,OED は次のように述べている.

In the Greek -ιζ-, the i was short, so originally in Latin, but the double consonant z (= dz, ts) made the syllable long; when the z became a simple consonant, /-idz/ became īz, whence English /-aɪz/.

Referrer (Inside): [2023-10-10-1] [2022-12-26-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-12-03 Sat

#4968. put, butcher, full, cuckoo, Beowulf [vowel][pronunciation][spelling][centralisation][phoneme]

 母音字 <u> の綴字が短母音 /ʊ/ の発音に対応するのは一見すると素直だが,英語では短母音に関する限り <u> ≡ /ʌ/ の対応のほうが普通である (ex. but, hundred, much, run, sung) .
 では,少数派である <u> ≡ /ʊ/ を示す例にはどのような単語があるのだろうか.すでに標題に挙げたものも含めて,音韻環境ごとに例を挙げてみよう(単語によっては /ʊ/ 以外の母音の発音もあり得る).Carney (145--46) を参照する.

 ・ /ʃ/ の前位置:push, bush, cushion, bushel, ambush, cushy
 ・ /tʃ/ の前位置:butcher
 ・ /s/ の前位置:pussy, brusque
 ・ /z/ の前位置:hussar
 ・ /f/ の前位置:buffet
 ・ /l/ の前位置:full (and suffix -ful), pull, bull, bullet, bulletin, bully, pulley, pullet, bullion

 音韻環境は別にして,その他 put, cuckoo, pudding などがある.また,古い,あるいは外来の固有名詞では Beowulf, Ethelwulf; Bruckner, Budda, Gluck, Grundig, Innsbruck, Irkutsk, Kuwait, Krupp, Lund, Mogul, Muslim, Mustapha, Uppsala などでも /ʊ/ を示す(あるいは示し得る).
 ちなみに今回話題になっている短母音 /ʊ/ は現代標準英語において最も生起頻度の低い音素であることを付け加えておく(see 「#1022. 英語の各音素の生起頻度」 ([2012-02-13-1])).この短母音に関する話題として,次の記事も参照.

 ・ 「#1866. putbut の母音」 ([2014-06-06-1])
 ・ 「#3822. 『英語教育』の連載第8回「なぜ bus, bull, busy, bury の母音は互いに異なるのか」」 ([2019-10-14-1])
 ・ 「#4048. much, shut, such, trust の母音と中英語方言学」 ([2020-05-27-1])

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-11-14 Mon

#4949. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第21回「「マジック e」って何?」 [notice][sobokunagimon][rensai][final_e][spelling][vowel][terminology][silent_letter][pronunciation][spelling_pronunciation_gap]

 本日は『中高生の基礎英語 in English』の12月号の発売日です.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第21回では「「マジック e」って何?」という疑問を取り上げています.

『中高生の基礎英語 in English』2022年12月号



 綴字上 matemat は語末に <e> があるかないかの違いだけですが,発音はそれぞれ /meɪt/, /mæt/ と母音が大きく異なります.母音が異なるのであれば,綴字では <a> の部分に差異が現われてしかるべきですが,実際には <a> の部分は変わらず,むしろ語尾の <e> の有無がポイントとなっているわけです.しかも,その <e> それ自体は無音というメチャクチャぶりのシステムです.多くの英語学習者が,学び始めの頃に一度はなぜ?と感じたことのある話題なのではないでしょうか.
 一見するとメチャクチャのようですが,類例は多く挙げられます.Pete/pet, bite/bit, note/not, cute/cut などの母音を比較してみてください.ここには何らかの仕組みがありそうです.少し考えてみると,語末の <e> の有無がキューとなり,先行する母音の音価が定まるという仕組みになっています.いわば魔法のような「遠隔操作」が行なわれているわけで,ここから magic e の呼称が生まれました.
 今回の連載記事では,なぜ magic e という間接的で厄介な仕組みが存在するのか,いかにしてこの仕組みが歴史の過程で生まれてきたのかを易しく解説します.本ブログでもたびたび取り上げてきた話題ではありますが,連載記事では限りなくシンプルに説明しています.ぜひ雑誌を手に取ってみてください.
 関連して以下の hellog 記事を参照.

 ・ 「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1])
 ・ 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])
 ・ 「#1827. magic <e> とは無関係の <-ve>」 ([2014-04-28-1])
 ・ 「#1344. final -e の歴史」 ([2012-12-31-1])
 ・ 「#2377. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (1)」 ([2015-10-30-1])
 ・ 「#2378. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (2)」 ([2015-10-31-1])
 ・ 「#3954. 母音の長短を書き分けようとした中英語の新機軸」 ([2020-02-23-1])
 ・ 「#4883. magic e という呼称」 ([2022-09-09-1])

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-11-07 Mon

#4942. sirloin の民間語源 --- おいしすぎて sir の称号を与えられた牛肉 [folk_etymology][french][loan_word][spelling]

 牛肉の良質な部位の代表格である sirloin (サーロイン).この単語は,16世紀に古フランス語 *surloigne を借用したものである.sur (上部) + loigne (腰肉)という構成だ.
 ところがフランス語に明るくない英語話者は,loin はすでに知っていたとしても sur が何のことなのか分からなかった.そこで,その肉がおいしすぎるあまり,王様が sir の称号を与えたという物語をでっち上げ,この単語を理解しようとした.17世紀以降 sirloin の綴字が一般化していったが,その背景にはこのようなでっち上げがあったらしい.民間語源 (folk_etymology) の典型例である.
 OED には,この物語のでっち上げ過程を伝える例文が3つ挙げられている.

1655 T. Fuller Church-hist. Brit. vi. 299 A Sir-loyne of beef was set before Him (so Knighted, saith tradition, by this King Henry [VIII]).
1738 J. Swift Compl. Coll. Genteel Conversat. 121 Miss. But, pray, why is it call'd a Sir-loyn? Ld. Sparkish. Why,..our King James the First,..being invited to Dinner by one of his Nobles, and seeing a large Loyn of Beef at his Table, he drew out his Sword, and..knighted it.
1822 Cook's Oracle 163 Sir-Loin of Beef. This joint is said to owe its name to King Charles the Second, who dining upon a Loin of Beef,..said for its merit it should be knighted, and henceforth called Sir-Loin.


 牛肉にナイト爵位を与えた粋な王は,ヘンリー8世,ジェームズ1世,あるいはチャールズ2世ということになっているが,各例文の年代を参照すると,時代的に遠く離れすぎていないのがおもしろい.

Referrer (Inside): [2023-07-03-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-10-30 Sun

#4934. 英語綴字の(不)規則性の考え方 [spelling][orthography][writing][spelling_pronunciation_gap][methodology]

 英単語の綴字はしばしば不規則である,あるいは例外が多いなどと言われるが,この言い方には「規則」が存在するという前提がある.「規則」はあるが,そこから逸脱しているものが多いという理由で「不規則」なのだ,とそのような理屈だろう.
 しかし,それだけ逸脱が多いとすれば,そもそも「規則」と呼んでいたものは,実は規則の名に値しなかったのではないか,という議論にもなり得る.不規則を語るためには規則が同定されなければならないのだが,これが難しい.論者によって立てる規則が異なり得るからだ.
 この問題について Crystal (284) が興味深い解説を与えている.

Regularity implies the existence of a rule which can generate large numbers of words correctly. A rule which works for 500 words is plainly regular; one which works for 100 much less so; and for 50, or 20, or 10, or 5 it becomes progressively less plausible to call it a 'rule' at all. Clearly, there is no easy way of deciding when the regularity of a rule begins. It has been estimated that only about 3 per cent of everyday English words are so irregular that they would have to be learned completely by heart, and that over 80 per cent are spelled according to regular patterns. That leaves some 15 per cent of cases where we could argue the status of their regularity. But given such statistics, the chief conclusion must be that we should not exaggerate the size of the problem, as some supporters of reform are prone to do. Nor minimize it either, for a great deal of confusion is caused by that 3--15 per cent, and some 2 per cent of the literate population never manage to resolve it . . . .


 綴字の問題に限らず,言語における「規則」はおおよそ理論上の構築物であり,その理論の数だけ(不)規則の数もあることになる.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-10-29 Sat

#4933. wh の発音 [pronunciation][spelling][phonetics][phonology][phoneme][ame_bre][digraph][consonant]

 <wh> という2重字 (digraph) は疑問詞のような高頻度語に現われるので馴染み深い.しかし,この2重字に対応する発音についてよく理解している英語学習者は多くない.
 what, which を「ホワット」「フィッチ」とカタカナ書きしたり発音したりする人は多いかもしれないが,イギリス標準英語においては「ワット」「ウィッチ」である.つまり,Watt, witch とまったく同じ発音となる.音声学的にいえば無声の [ʍ] ではなく,あくまで有声の [w] ということだ.
 上記はイギリス標準英語の話しであり,アメリカ英語はその限りではなく what, which は各々 [ʍɑt], [ʍɪtʃ] が規範的といわれることもある.しかし,実際上は有声の [w] での発音が広まってきているようだ.
 <wh> の表わす子音の現状について Cruttenden を参照してみよう.

In CGB (= Conspicuous General British) and in GB speech in a more formal style (e.g. in verse-speaking), words such as when are pronounced with the voiceless labial-velar fricative [ʍ]. In such speech, which contains oppositions of the kind wine, whine, . . . /ʍ/ has phonemic status. Among GB speakers the use of /ʍ/ as a phoneme has declined rapidly. Even if /ʍ/ does occur distinctively in any idiolect, it may nevertheless be interpreted phonemically as /h/ + /w/ . . . . (Cruttenden 233)


 ちなみに上記引用文中の "CGB (= Conspicuous General British)" は Cruttenden (81) によると,"that type of GB which is commonly considered to be 'posh', to be associated with upper-class families, with public schools and with professions which have traditionally recruited from such families, e.g. officers in the navy and in some army regiments" とされる.いわゆる "RP" (= Received Pronunciation) に近いものと捉えてよいが,様々な理由から RP と呼ぶべきでないという立場があり,このような用語遣いをしているのである.
 他変種については,次の引用が参考になるだろう.

The only regional variation concerns the more regular use of [ʍ] in words with <wh> in the spelling. This happens in Standard Scottish English, in most varieties of Irish English and is often presented as the norm in the U.S., although the change from [ʍ] to /w/ seems to be more common than is thought by some. (Cruttenden 234)


 手元にあった Longman Pronunciation Dictionary (3rd ed.) の "wh Spelling-to-sound" も覗いてみた.

Where the spelling is the digraph wh, the pronunciation in most cases is w, as in white waɪt. An alternative pronunciation, depending on regional, social and stylistic factors, is hw, thus hwaɪt. This h pronunciation is usual in Scottish and Irish English, and decreasingly so in AmE, but not otherwise. (Among those who pronounce simple w, the pronunciation with hw tends to be considered 'better', and so is used by some people in formal styles only.) Learners of EFL are recommended to use plain w.


 引用の最後にある通り,私たち英語学習者は一般に <wh> ≡ /w/ と理解しておいてさしつかえないだろう.
 <wh> と関連して「#3870. 中英語の北部方言における wh- ならぬ q- の綴字」 ([2019-12-01-1]),「#3871. スコットランド英語において wh- ではなく quh- の綴字を擁護した Alexander Hume」 ([2019-12-02-1]) の記事も参照.

 ・ Cruttenden, Alan. Gimson's Pronunciation of English. 8th ed. Abingdon: Routledge, 2014.
 ・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-10-22 Sat

#4926. yacht の <ch> [dutch][loan_word][silent_letter][consonant][spelling_pronunciation][metathesis][phoneme][grapheme][spelling_pronunciation_gap][spelling][consonant][phonology][orthography][digraph][eebo]

 学生から <ch> が黙字 (silent_letter) となる珍しい英単語が4つあるということを教えてもらった(貴重な情報をありがとう!).drachm /dræm/, fuchsia /ˈfjuːʃə/, schism /sɪzm/, yacht /jɑt/ である.典拠は「#2518. 子音字の黙字」 ([2016-03-19-1]) で取り上げた磯部 (7) である.
 今回は4語のうち yacht に注目してみたい.この語は16世紀のオランダ語 jaght(e) を借用したもので,OED によると初例は以下の文である(cf. 「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1])).初例で t の子音字がみられないのが気になるところではある.

a1584 S. Borough in R. Hakluyt Princ. Navigations (1589) ii. 330 A barke which was of Dronton, and three or foure Norway yeaghes, belonging to Northbarne.


 英語での初期の綴字(おそらく発音も)は,原語の gh の発音をどのようにして取り込むかに揺れがあったらしく,様々だったようだ.OED の解説によると,

Owing to the presence in the Dutch word of the unfamiliar guttural spirant denoted by g(h), the English spellings have been various and erratic; how far they represent varieties of pronunciation it is difficult to say. That a pronunciation /jɔtʃ/ or /jatʃ/, denoted by yatch, once existed seems to be indicated by the plural yatches; it may have been suggested by catch, ketch.


 <t> と <ch> が反転した yatch とその複数形の綴字を EEBO で検索してみると,1670年代から1690年代までに50例ほど上がってきた.ちなみに,このような綴字の反転は中英語では珍しくなく,とりわけ "guttural spirant" が関わる場合にはよく見られたので,ある意味ではその癖が初期近代英語期にまではみ出してきた,とみることもできるかもしれない.
 yatch の発音と綴字については,Dobson (371) が次のように言及している.

Yawt or yatch 'yacht' are two variant pronunciations which are well evidenced by OED; the former is due to the identification of the Dutch spirant [χ] with ME [χ], of which traces still remained when yacht was adopted in the sixteenth century, so that it was accommodated to the model of, for example, fraught and developed with it, while OED suggests that the latter is due to analogy with catch and ketch---it is certainly due to some sort of corrupt spelling-pronunciation, in the attempt to accommodate the word to native models.


 <t> と <ch> の綴字上の反転と,それに続く綴字発音 (spelling_pronunciation) の結果生み出された yacht の妙な異形ということになる.

 ・ 磯部 薫 「Silent Consonant Letter の分析―特に英語史の観点から見た場合を中心として―」『福岡大学人文論叢』第5巻第1号, 1973年.117--45頁.
 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-10-21 Fri

#4925. ローマ字表記の揺れと英語スペリング慣れ [romaji][spelling][japanese][writing][register]

 先日の「#4905. 「愛知」は Aichi か Aiti か?」 ([2022-10-01-1]) と関連して,今朝の朝日新聞朝刊2面で「いちからわかる! ローマ字のつづり方複数あるの?」と題する2種類のローマ字の解説が掲載されていた.記事によると「小学校の国語では,内閣告示をふまえて訓令式を中心に学ぶ.でも,パスポートの表記や道路標識など社会生活では,英語に近いヘボン式が多く見られる.文化庁が9月末に発表した2021年度の国語に関する世論調査で,地名などをローマ字で書くならどれ?と聞くと,ヘボン式が浸透している言葉が多かった.ただ,訓令式が多く選ばれる言葉もあったんだ.」とある.
 先々週のある授業で,この話題を取り上げて議論した.受講生にいくつかの日本地名のローマ字書きについて尋ねたところ,興味深いことに文化庁の世論調査と同様に,個人によって揺れがあるようだということが分かった.私自身は○○とつづるのが普通だと思っていたのに,△△とつづる人もけっこういるのだなと気づき,なかなかフレッシュな経験だった.
 Aiti/Aichi, Gihu/Gifu, Uzi/Uji, Akasi/Akashi, Atugi/Atsugi, Gosyogawara/Goshogawara, Tanba/Tamba のような訓令式とヘボン式の差異について,自身のつづり方を振り返り,自己分析してもらった.おもしろい分析が出たのでいくつか紹介しよう.

 ・ 個人的には sho ではなく syo を使う.もしかしたらその原因は syo という文字列を英語で見ることがないので,ti と違って英語の発音が心の中で干渉してこないという事情があるのかもしれない.
 ・ 意識的にか無意識にかはわからないが,表記される語が使用される状況などを考慮してしまうのではないか.例えば,「抹茶」は観光客向けに用いられることが多いだろうから,ローマ字で書くとなった時に英語(=ヘボン式)をより意識する可能性があると思った.
 ・ 個人としては,Tamba (丹波)以外は書くときもキーボードを打つときもすべてヘボン式だったので,なぜなのだろうと考えてみた.おそらく chi や shi, sho などは,英単語の中でも目にする機会が多く,頭の中で英語風に自動変換しやすくなっているのだと感じる.一方で「たんば」や「てんぷら」の「ん」という音を m と自動変換できるほどには英語脳になっておらず,あくまで日本人の感覚の音基準でローマ字を書いていそうだ.
 ・ パソコンでの文字入力の際には,「ち」は英語的な「chi」と入力するのに対して,「しょ」は日本語的(?)な「syo」と打つのが多数派であった.この一音一音での違いはどのような原因によって生じるものなのかが非常に気になった.
 ・ 授業内でも話題に出ていたが,それを読まれることを意識して書くかということも大きく影響すると感じた.ローマ字をローマ字として表記する場合は日本語母語話者ではない人(主に英語話者)を想定するので,書く場合はヘボン式で書くことが多いように感じる.一方,パソコンで打つ場合など実際の表記が表に出ない場合はヘボン式と訓令式を混在して使っているように思う.

 どうやらローマ字表記の揺れのには,個人の英語経験や習慣から社会的配慮に至るまで様々な要因が絡んでいそうである.とりわけ英語のスペリングへの慣れに基づく干渉という要因は注目に値する.
 言語使用の variation を議論するのに良いお題だったので,ぜひ皆さんも議論を.

Referrer (Inside): [2023-02-07-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-10-01 Sat

#4905. 「愛知」は Aichi か Aiti か? [romaji][spelling][japanese][writing][register]

 今日の朝日新聞朝刊(13版35面)に「Aichi それとも Aiti ローマ字つづり方混在 文化庁が整理検討」と題する記事が掲載されている.30日,文化庁より2021年度の「国語に関する世論調査」が発表された.「令和3年度「国語に関する世論調査」の結果について」 (PDF) より閲覧できる.
 今回の調査結果のなかで目を引くのが,第3章の「ローマ字表記に関する意識」についてである.日本語のローマ字表記に関するいくつかの質問が立てられているのだが,「明石」「愛知」などをどのようにローマ字表記するかというアンケート結果がおもしろかった.
 例えば「明石」の場合,Akashi が75.4%,Akasi が23.3%となっている.いわゆる「ヘボン式」と「訓令式」の違いだが,少数派である後者による表記はとりわけ70歳以上で41%と高い値を示しているという.「愛知」については Aichi が88.0%,Aiti が10.8%となり,ここでもヘボン式が優勢である.
 ところが「五所川原」になると,訓令式の Gosyogawara が54.8%,ヘボン式 Goshogawara が43.9%となり,形勢が逆転しているのがおもしろい.さらに「抹茶」の混乱ぶりも興味深い.ヘボン式の matcha と maccha がそれぞれ32.4%,12.1%,訓令式 mattya が23.6%だという.ヘボン式は緩く「英語式」と捉えてよいが,英語における <tch> の綴字については「#4033. 3重字 <tch> の分布と歴史」 ([2020-05-12-1]),「#4034. 3重字 <tch> の綴字に貢献した Caxton」 ([2020-05-13-1]) で英語史の観点から論じたことがある.
 「どのローマ字表記を使うか」という質問の回答結果を読み解くと,全体の趨勢としては訓令式よりもヘボン式が優勢であるといえそうだ.日本語母語話者が用いるローマ字表記としては,日本語の音韻体系に寄り添った訓令式のほうが規則的で例外が少なく馴染みやすいというのが理屈上の議論なのだが,実際のところは英語教育などを通じて英語の綴字に慣れ親しんでいる人が多いからだろうか,ヘボン式への傾斜が今回確認されたことになる.
 日本語のローマ字表記については,日本語音韻体系あるいは英語綴字体系との親和性という音韻論・綴字論の観点から,訓令式とヘボン式(とその他)のいずれが好ましいかという議論がなされてきた.しかし,より重要な論点は,どのような機会に日本語がローマ字表記されるのか,という社会語用論的な文脈にあると私は考えている.
 日本語を理解しないインバウンド訪問者を念頭に日本語をローマ字表記するという場面であれば,国際語である英語に寄り添ったヘボン式を用いるほうが伝わりやすいことが多いだろう.しかし,日本語母語話者が日本語をタイピングする際にローマ字を用いるという場面であれば,打数の観点からも日本語に寄り添った訓令式のほうが合理的である.
 では,道路標識などで漢字書きされた難語地名の振り仮名としてローマ字が用いられる場合には,どちらがベターだろうか.日本語母語話者にとっては漢字を読み解くヒントの役割を果たすかもしれないが,漢字を読めない日本語非母語話者にとっては,ローマ字表記はヒントどころかアンサーそのものとなる.
 複数のローマ字表記があると混乱を招くので整理するのがよいという意見は理解できる.とりわけ公的な色彩の強い文書ではその通りだろう.一方,上述のようにローマ字を使う場面(社会語用論的なレジスター)は公式文書以外にもあり,多様である.整理するにせよ,何をどこまで整理するのがよいのか,というところから議論を始める必要がある.
 ローマ字を巡る話題は hellog でも romaji の記事群で取り上げてきたので,そちらも参照.

Referrer (Inside): [2023-02-07-1] [2022-10-21-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-09-09 Fri

#4883. magic e という呼称 [oed][final_e][spelling][vowel][terminology][mulcaster][walker][silent_letter][pronunciation][spelling_pronunciation_gap]

 take, meme, fine, pope, cute などの語末の -e は,それ自体は発音されないが,先行する母音を「長音」で読ませる合図として機能する.このような用法の emagic e (マジック e)と呼ばれる.魔法のように他の母音の発音を遠隔操作してしまうからだろう.英語教育・学習上の用語としてよく知られている.
 magic e の働きや歴史の詳細は hellog より以下の記事を参照されたい.

 ・ 「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1])
 ・ 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])
 ・ 「#1827. magic <e> とは無関係の <-ve>」 ([2014-04-28-1])
 ・ 「#1344. final -e の歴史」 ([2012-12-31-1])
 ・ 「#2377. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (1)」 ([2015-10-30-1])
 ・ 「#2378. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (2)」 ([2015-10-31-1])
 ・ 「#3954. 母音の長短を書き分けようとした中英語の新機軸」 ([2020-02-23-1])

 今回は magic e という呼称そのものに焦点を当てたい.OED の magic, adj. (and int.) のもとに追い込み見出しが立てられている.

magic e n. (also with capital initials) (chiefly in primary school literacy teaching) a silent e at the end of a word or morpheme following a consonant, which lengthens the preceding vowel and consequently appears to transform its sound; as the e in hope, lute, casework, etc.
     Cf. silent adj. 3c.
   1918 Primary Educ. Mar. 183/2 Let us see how the a will sound after magic e is fastened on mat. (Write mate on board. Pronounce.) You see what trick he did. He changed short a into long a.
   2005 L. Wendon & L. Holt Letterland: Adv. Teacher's Guide (2009) ii. 58 It was recommended that children play-act the Magic e's function in tap and tape.


 初出は100年ほど前の教育学雑誌となっている.19世紀や18世紀には遡らない,比較的新しめの表現ではないかと予想していたが,当たったようだ.
 上記で Cf. として挙げられている silent, adj. and n. を参照してみると,3c の項に "silent e" に関する記述があった.

c. Of a letter: written but not pronounced. Cf. mute adj. 4b, magic e n. at magic adj. Compounds.
     Sometimes designating a letter whose absence would have no impact on the pronunciation of the word, as b in doubt, and sometimes designating a letter that has a diacritic function, as final e indicating the length of the vowel of a preceding syllable, as in mute or fate.
   1582 R. Mulcaster 1st Pt. Elementarie xvii. 113 Som vse the same silent e, after r, in the end, as lettre, cedre, childre, and such, where methink it were better to be the flat e, before r, as letter, ceder, childer.
   1775 J. Walker Dict. Eng. Lang. sig. 4Ov Persuade, whose final E is silent, and serves only to lengthen the sound of the A in the last syllable.
   1881 E. B. Tylor Anthropol. vii. 179 The now silent letters are relics of sounds which used to be really heard in Anglo-Saxon.
   2017 Hispania 100 286 The letter 'h' is silent in Spanish and is often omitted by those who are not familiar with the spelling of a word.


 magic e は "silent e" と同値ではない.前者は後者の特殊事例である.上の引用で Mulcaster からの初例は magic e のことを述べているわけではないことに注意が必要である.一方,2つ目の Walker からの例は,確かに magic e のことを述べている.
 さらに mute, adj. and n.3 の 4b の項を覗いてみると "mute e" という呼び方もあると分かる.これは "silent e" と同値である.この呼称の初例は次の通りで,そこでは実質的に magic e のことを述べている.

1840 Proc. Philol. Soc. 3 6 It gradually was established..that when a mute e followed a single consonant the preceding vowel was a long one.

Referrer (Inside): [2022-11-14-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-09-07 Wed

#4881. 書記体系を広く見渡した上での結論5点 [writing][spelling]

 Sampson による書記体系に関する著書の最後の2ページで,同著で繰り返し議論されてきた一般的なテーマとして5点が挙げられている.書記体系を広く見渡した上での結論らしきものといってよいだろう.それぞれを抜粋して紹介する.

First, scripts are diverse. . . . A logographic script really is a different kind of thing from an alphabetic script, and syllabic scripts are different again. (265)


 1点目は,様々な種類の書記体系があるという基本的な事実である.背後には,いずれの種類の書記体系が本質的に優れている,劣っているという話しではないという著者の主張がある.そして,この多様性が何によるものかというと,次にみるように,部分的には対応する話し言葉の性質だろうと著者は考えている.

Second, spoken languages are diverse, and sometimes scripts differ because different kinds of writing suit different kinds of language. Logographic writing works well for Chinese, where morphemes are clearly separate in the spoken language. It would be much harder to adapt to a "synthetic" language such as the European classical languages, where it is difficult to decide just what morphemes an inflected word includes. Syllabic writing is a natural approach for a language whose syllables are mainly of the CV type, but the Linear B example shows that it is not easy to make it work for a language with a more complicated phonological structure. Vowel-less writing works for Semitic languages, but would work less well for European languages. (265)


 言語の形態音韻論的な特徴に応じて,いずれの種類の書記体系がよりふさわしいかという議論はできるだろうという.ただし,これが必ずしも強力な議論にはならないことを,次のように付け加えている.

This second point should not be pressed too far. I do not suggest that differences between script types are always explainable in terms of difference between the spoken languages they record. . . . Many properties of scripts result from external historical causes unrelated to language structure. (265--66)


 言語的特徴よりも言語外的要因のほうがアッパーハンドを握っているというわけだ.そして最後に,表音的な書記体系が最も理想的であるというのは,歴史を見れば分かるとおり,一種の幻想であると次の通りに喝破する.

Finally, contrary to what is often supposed, the history of writing systems does not support the assumption that the ideal script for a language is one that records speech sounds with perfect fidelity. (266)


 最後の最後に,英語のスペリングはどうかといえば,英語社会にはそれなりに適合していると締めくくられる.

And, as one implication, English spelling may suit English-speaking societies better than is often supposed. (266)


 5点,いずれの結論にも納得した.

 ・ Sampson, Geoffrey. Writing Systems. 2nd ed. Sheffield: Equinox, 2015.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow