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spelling - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-11 11:43

2014-03-25 Tue

#1793. -<ce> の 過剰修正 [spelling][french][etymology][hypercorrection][spelling_pronunciation_gap]

 「#81. oncetwice の -ce とは何か」 ([2009-07-18-1]) の記事で,once, twice の -<ce> は語源的には属格語尾の -s を表わすが,フランス語の綴字習慣を容れて置き換えたものであると述べた.他に hence, thence も同様だし,語源的に複数語尾の -s を表わした pence のような例もある.また,ice, mice などの本来語の語根の一部を表わす /s/ ですら,垢抜けた見栄えのするフランス語的な -<ce> で綴られるようになった.何としても /s/ を <ce> で表わしたいという思いの強さが伝わってくるような例の数々である.
 だが,Horobin (88) が指摘しているように,この -<ce> は妙な分布を示している.上記の通り現代英語で複数形 mice は -<ce> を示すが,単数形 mouse では本来語的な -<se> の綴字が保持されている.louse -- lice も同様だ.単複のあいだにこの綴字習慣が共有されていないというのが気になるところである.とりわけ -<ice> という綴字連鎖が好まれるということのようだ.
 それでは,-<ice> をもつ語を洗いざらい調べてみよう.OALD8 より該当する語(複合語は除く)を拾い出すと62語が得られた.上記の ice, lice, mice を除きほとんどがフランス語起源だが,このうち語源形において問題の子音が <s> で綴られていたものは以下の22語である.

advice, apprentice, choice, coppice, cowardice, device, dice, juice, lattice, liquorice, poultice, price, pumice, rejoice, rice, service, sluice, splice, suffice, surplice, vice, voice


 例えば,advice はフランス語 avis に対応するので,英語側で -<is> → -<ice> が生じたことになる(advice については,「#1153. 名詞 advice,動詞 advise」 ([2012-06-23-1]) を参照).同様に,rice は古フランス語の ris (現代フランス語では riz)に対応したので,やはり英語側で -<is> → -<ice> と刷新した.現代フランス語の標準的な綴字と異なるものもあり,フランス語側での綴字変化も考慮に入れる必要はあるが,それでも英語として,いかにもフランス的な外見を示す -<ice> で定着してきたことが興味深い.
 この英語側の行動は,一種の過剰修正 (hypercorrection) と呼んでいいだろう.当然ながらこの過剰修正は一貫して起こったわけではないため,英語の綴字体系にもう1つの混乱がもたらされることとなった.ただし,-<ce> は /z/ ではなく /s/ を一意に表わすことができるという点で,両音を表わしうる -<se> よりも機能的とは言える.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

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2014-03-22 Sat

#1790. フランスでも16世紀に頂点を迎えた語源かぶれの綴字 [etymological_respelling][spelling][latin][history_of_french][french][hfl]

 語源かぶれの綴字 (etymological_respelling) について,「#116. 語源かぶれの綴り字 --- etymological respelling」 ([2009-08-21-1]) や「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1]) を始めとして多くの記事で取り上げてきた.中英語後期から近代英語初期にかけて,幾多の英単語の綴字が,主としてラテン語の由緒正しい綴字の影響を受けて,手直しを加えられてきた.ラテン語への心酔にもとづくこの傾向は,しばしば英国ルネサンスの16世紀と結びつけられることが多い.確かに例を調べると16世紀に頂点を迎える感はあるが,実際には中英語期から散発的に例が見られることは注意しておくべきである.また,同じ傾向はお隣のフランスで,おそらくイングランドよりも多少早く発現していたことも銘記しておきたい.このことについては,「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1]) の記事で少し触れた.
 フランスでは,13世紀後半辺りに,ラテン語の語源的綴字からの干渉を受け始めたようだが,ブリュッケル (77) によれば,そのピークはやはり16世紀だという.

フランス語の単語をそれらの語源語またはそれらの自称語源語に近づけようというこうした関心は16世紀に頂点に達する.例えば,ある数のフランス語の単語の歴史において,r の前で a と e の選択に躊躇をする一時期があり,その時期は,実際には,15世紀から17世紀にまで拡がっていることが知られている.元の母音が復元されたのは古いフランス語の形にしたがってではなく,語源語であるラテン語にしたがってであることが確認される.armes 〔武器〕はその a を arma に,semon 〔説教〕はその e を(sermo の対格である)sermonem に負っている.さらには,中世と16世紀初頭において識られている唯一の形である erres 〔担保,保証〕はカルヴァンの作品においては arres に置き代えられ,のちになって arrhes がそれにとって代わることになるが,それらの相次ぐ二つの置き代えはまさに語源語である arrha に基づいてなされた.


 フランス語史と英語史とで,ラテン語にもとづく語源かぶれの綴字が流行した時期が平行していることは,それほど驚くことではないかもしれない.しかし,英語史研究で語源かぶれの綴字が問題とされる場合には,当然ながら語源語となったラテン語の綴字のほうに強い関心が引き寄せられ,フランス語での平行的な現象には注意が向けられることがない.両言語の傾向のあいだにどの程度の直接・間接の関係があるのかは未調査だが,その答えがどのようなものであれ,広い観点からアプローチすることで,この英語史上の興味深い話題がますます興味深いものになる可能性があるのではないかと考えている.

 ・ シャルル・ブリュッケル 著,内海 利朗 訳 『語源学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1997年.

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2014-03-15 Sat

#1783. whole の <w> [spelling][phonetics][etymology][emode][h][hc][hypercorrection][etymological_respelling][ormulum][w]

 whole は,古英語 (ġe)hāl (healthy, sound. hale) に遡り,これ自身はゲルマン祖語 *(ȝa)xailaz,さらに印欧祖語 * kailo- (whole, uninjured, of good omen) に遡る.heal, holy とも同根であり,hale, hail とは3重語をなす.したがって,<whole> の <w> は非語源的だが,中英語末期にこの文字が頭に挿入された.
 MED hōl(e (adj.(2)) では,異綴字として wholle が挙げられており,以下の用例で15世紀中に <wh>- 形がすでに見られたことがわかる.

a1450 St.Editha (Fst B.3) 3368: When he was take vp of þe vrthe, he was as wholle And as freysshe as he was ony tyme þat day byfore.


 15世紀の主として南部のテキストに現れる最初期の <wh>- 形は,whole 語頭子音 /h/ の脱落した発音 (h-dropping) を示唆する diacritical な役割を果たしていたようだ.しかし,これとは別の原理で,16世紀には /h/ の脱落を示すのではない,単に綴字の見栄えのみに関わる <w> の挿入が行われるようになった.この非表音的,非語源的な <w> の挿入は,現代英語の whore (< OE hōre) にも確認される過程である(whore における <w> 挿入は16世紀からで,MED hōr(e (n.(2)) では <wh>- 形は確認されない).16世紀には,ほかにも whom (home), wholy (holy), whoord (hoard), whote (hot)) whood (hood) などが現れ,<o> の前位置での非語源的な <wh>- が,当時ささやかな潮流を形成していたことがわかる.wholewhore のみが現代標準英語まで生きながらえた理由については,Horobin (62) は,それぞれ同音異義語 holehoar との区別を書記上明確にするすることができるからではないかと述べている.
 Helsinki Corpus でざっと whole の異綴字を検索してみたところ(「穴」の hole などは手作業で除去済み),中英語までは <wh>- は1例も検出されなかったが,初期近代英語になると以下のように一気に浸透したことが分かった.

 <whole><hole>
E1 (1500--1569)7132
E2 (1570--1639)682
E3 (1640--1710)840


 では,whole のように,非語源的な <w> が初期近代英語に語頭挿入されたのはなぜか.ここには語頭の [hw] から [h] が脱落して [w] となった音韻変化が関わっている.古英語において <hw>- の綴字で表わされた発音は [hw] あるいは [ʍ] だったが,この発音は初期中英語から文字の位置の逆転した <wh>- として表記されるようになる(<wh>- の規則的な使用は,1200年頃の Ormulum より).しかし,同時期には,すでに発音として [h] の音声特徴が失われ,[w] へと変化しつつあった徴候が確認される.例えば,<h> の綴字を欠いた疑問詞に wat, wænne, wilc などが文証される.[hw] と [h] のこの不安定さゆえに,対応する綴字 <wh>- と <h>- も不安定だったのだろう,この発音と綴字の不安定さが,初期近代英語期の正書法への関心と,必ずしも根拠のない衒いに後押しされて,<whole> や <whore> のような非語源的な綴字を生み出したものと考えられる.
 なお,whole には,語頭に /w/ をもつ /woːl/, /wʊl/ などの綴字発音が各種方言に聞かれる.EDD Online の WHOLE, adj., sb. v. を参照.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

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2014-02-20 Thu

#1760. 時間とともに深まってきた英語の正書法 [spelling][orthography][alphabet][spelling_pronunciation_gap][spelling_reform][pde_characteristic]

 表音的な文字体系の正書法や綴字が,時間とともに理想的な音との対応関係を崩していかざるをえない事情について,「#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ?」 ([2009-05-13-1]) で話題にした.原則的に表音的であるアルファベットのような文字体系において,文字と音とがいかに密接に対応しているかを示すのに,正書法の「浅さ」や「深さ」という表現が使われることがある.この用語使いを英語の正書法に適用すれば,「英語の正書法は時間とともに深くなってきた」と言い換えられる.これに関して,Horobin (34) は次のように述べている.

The degree to which a spelling system mirrors pronunciation is known as the principle of 'alphabetic depth'; a shallow orthography is one with a close relationship between spelling and pronunciation, whereas in a deep orthography the relationship is more indirect. It is a feature of all orthographies that they become increasingly deep over time, that is, as pronunciation changes, so the relationship between speech and writing shifts.


 現代英語の正書法の不規則性については,「#503. 現代英語の綴字は規則的か不規則的か」 ([2010-09-12-1]) や「#1024. 現代英語の綴字の不規則性あれこれ」 ([2012-02-15-1]) ほか多くの記事で取り上げてきた話題だが,その不規則性を適切に評価するのは案外むずかしい.[2010-09-12-1]の記事でも示唆したように,英単語の type 数でみれば不規則な綴字を示す語は意外と少ないのだが,token 数でいえば,日常的で高頻度の語に不規則なものが多いために,英語の正書法が全体として不規則に見えてしまうという事情がある.英語の正書法は一般には「深い」とみなされているが,Crystal (72) は,この深さは見かけ上のものであるとして,現状を擁護する立場だ.

There are only about 400 everyday words in English whose spelling is wholly irregular --- that is, there are relatively few irregular word types . . . . The trouble is that many of these words are among the most frequently used words in the language; they are thus constantly before our eyes as word tokens. As a result, English spelling gives the impression of being more irregular than it really is. (Crystal 72)


 確かに日常的な高頻度語が不規則であるというのは "trouble" ではあるが,一方,この少数の不規則な綴字さえ早期に習得してしまえば,問題の大半を克服することにもなるわけであり,ポジティヴに考えることもできる.どんな正書法も時間とともに深まってゆくのが宿命であるとすれば,綴字改革の議論も,少なくともこの宿命を前提の上でなされるべきだろう.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

Referrer (Inside): [2019-12-09-1] [2017-10-07-1]

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2014-02-13 Thu

#1753. interpretorinterpreter (3) [spelling][suffix]

 「#1740. interpretorinterpreter」 ([2014-01-31-1]) 及び昨日の記事「#1752. interpretorinterpreter (2)」 ([2014-02-12-1]) に引き続いての話題.
 Marchand (221--22) によると,中英語から近代英語にかけての状況を指すものと思われるが,-er, -or, -ar などの種々の動作主接尾辞が -er へ一本化する大きな流れと,それに対して -or, -ar などへと向かう小さな逆流がともに存在したという.

Variants in -or are sailor 1642, orig. sailer LME, vendor 1594 (AE also vender), editor (cp. to edit), conqueror (cp. conquer), visitor (formerly -er, cp. visit), operator(cp. operate), survivor (coined as a legal term 1503; in law terms the spelling -or with pronunciation [ɔ(r)] is usual), director (cp. direct) and many others. / . . . . Original loans from French (ending in -ier, -our, -oir) which had a verb or a suffixless noun to go with, naturally came to be felt as derivatives. Examples are: farmer, jeweller, gardener / miner, commander / dresser, counter. On the other hand, classical influence produced a certain counter-action in the 16th and 17th c. insofar as -er words received a Latinizing spelling in -ar or -or . . . . There are thus two opposite currents: one is to assimilate foreign elements to the native -er, and the other to introduce a learned or pseudo-learned element. The latter is responsible for the frequent AE pronunciation [ɔ(r)] in creator, actor a.o. / Latin-coined words in -ator also contain the sf -er for the present-day linguistic feeling. Their stress is dictated by that of the underlying verb in -ate: génerate/génerator, oríginate/oríginator. Between 1550 and 1750 the stress was often on the penult, after the Latin accentuation (see B. Danielsson 137--142).


 Marchand の言う通りだとすると,interpreter は,-or から -er へのより一般的な潮流に乗った語例の1つということになる.どの語がどちらの潮流に乗ることになったのかという問題に対して,歴史的に,言語学的にどこまで切り込めるかはわからず,これ以上踏み込むのはためらわれるが,今後,諸例に遭遇する際には注意しておきたいと思う.

 ・ Marchand, Hans. The Categories and Types of Present-Day English Word-Formation: A Synchronic-Diachronic Approach. 2nd. ed. München: Beck, 1969.

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2014-02-12 Wed

#1752. interpretorinterpreter (2) [spelling][suffix][corpus][emode][hc][ppcme2][ppceme][archer][lc]

 標記の件については「#1740. interpretorinterpreter」 ([2014-01-31-1]) と「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) で触れてきたが,問題の出発点である,16世紀に interpretorinterpreter へ置換されたという言及について,事実かどうかを確認しておく必要がある.この言及は『英語語源辞典』でなされており,おそらく OED の "In 16th cent. conformed to agent-nouns in -er, like speak-er" に依拠しているものと思われるが,手近にある16世紀前後の時代のいくつかのコーパスを検索し,詳細を調べてみた.
 まずは,MED で中英語の綴字事情をのぞいてみよう.初例の Wycliffite Bible, Early Version (a1382) を含め,33例までが -our あるいは -or を含み,-er を示すものは Reginald Pecock による Book of Faith (c1456) より2例のみである.初出以来,中英語期中の一般的な綴字は,-o(u)r だったといっていいだろう.
 同じ中英語の状況を,PPCME2 でみてみると,Period M4 (1420--1500) から Interpretours が1例のみ挙った.
 次に,初期近代英語期 (1418--1680) の約45万語からなる書簡コーパスのサンプル CEECS (The Corpus of Early English Correspondence でも検索してみたが,2期に区分されたコーパスの第2期分 (1580--1680) から interpreterinterpretor がそれぞれ1例ずつあがったにすぎない.
 続いて,MEMEM (Michigan Early Modern English Materials) を試す.このオンラインコーパスは,こちらのページに説明のあるとおり,初期近代英語辞書の編纂のために集められた,主として法助動詞のための例文データベースだが,簡便なコーパスとして利用できる.いくつかの綴字で検索したところ,interpretour が2例,いずれも1535?の Thomas Elyot による The Education or Bringing up of Children より得られた.一方,現代的な interpreter(s) の綴字は,9の異なるテキスト(3つは16世紀,6つは17世紀)から計16例確認された.確かに,16世紀からじわじわと -er 形が伸びてきているようだ.
 LC (The Lampeter Corpus of Early Modern English Tracts) は,1640--1740年の大衆向け出版物から成る約119万語のコーパスだが,得られた7例はいずれも -er の綴字だった.
 同様の結果が,約330万語の近現代英語コーパス ARCHER 3.2 (A Representative Corpus of Historical English Registers) (1600--1999) でも認められた.1672年の例を最初として,13例がいずれも -er である.
 最後に,中英語から近代英語にかけて通時的にみてみよう.HC (Helsinki Corpus) によると,E1 (1500--70) の Henry Machyn's Diary より,"he becam an interpretour betwen the constable and certein English pioners;" が1例のみ見られた.HC を拡大させた PPCEME によると,上記の例を含む計17例の時代別分布は以下の通り.

 -o(u)r-er(s)
E1 (1500--1569)21
E2 (1570--1639)35
E3 (1640--1710)06


 以上を総合すると,確かに16世紀に,おそらくは同世紀の後半に,現代的な -er が優勢になってきたものと思われる.なお,OED では,1840年の例を最後に -or は姿を消している.

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2014-02-08 Sat

#1748. -er or -or [suffix][morphology][morpheme][phonotactics][spelling][word_formation][-ate][agentive_suffix]

 「#1740. interpretorinterpreter」 ([2014-01-31-1]) で話題にした -er と -or について.両者はともに行為者接尾辞 (agentive suffix, subject suffix) と呼ばれる拘束形態素だが,形態,意味,分布などに関して,互いにどのように異なるのだろうか.今回は,歴史的な視点というよりは現代英語の共時的な視点から,両者の異同を整理したい.
 Carney (426--27), Huddleston and Pullum (1698),西川 (170--73),太田など,いくつかの参考文献に当たってみたところを要約すると,以下の通りになる.

 -er-or
語例非常に多い比較的少ない
生産性生産的非生産的
接辞クラスClass IIClass I
接続する基体の語源Romance 系に限らないRomance 系に限る
接続する基体の自由度自由形に限る自由形に限らない
強勢移動しないしうる
接尾辞自体への強勢落ちない落ちうる
さらなる接尾辞付加ないClass I 接尾辞が付きうる


 それぞれの項目についてみてみよう.-er の語例の豊富さと生産性の高さについては述べる必要はないだろう.対する -or は,後に示すように数が限られており,一般的に付加することはできない.
 接辞クラスの別は,その後の項目にも関与してくる.-er は Class II 接辞とされ,自由な基体に接続し,強勢などに影響を与えない,つまり単純に語尾に付加されるのみである.自由な基体に接続するということでいえば,New Yorkerdouble-decker などのように複合語の基体にも接続しうる.自由な基体への接続の例外のように見えるものに,biographer, philosopher などがあるが,これらは biography, philosophy からの2次的な形成だろう.基体の語源も選ばず,本来語の fisher, runner もあれば,例えばロマンス系の dancer, recorder もある.一方,-or は Class I 接辞に近く,原則として基体に Romance 系を要求する(ただし,sailor などの例外はある).また,-or には,alternator, confessor, elevator, grantor, reactor, rotator のように自由基体につく例もあれば,author, aviator, curator, doctor, predecessor, spectator, sponsor, tutor のように拘束基体につく例もある.強勢移動については,-or も -er と同様に移動を伴わないのが通例だが,ˈexecute/exˈecutor のような例も存在する.
 接尾辞自体に強勢が落ちる可能性については,通常 -or は -er と同様に無強勢で /ə/ となるが,少数の語では /ɔː(r)/ を示す (ex. corridor, cuspidor, humidor, lessor, matador) .特に humidor, lessor の場合には,同音異義語との衝突を避ける方略とも考えられる.
 さらなる接尾辞付加の可能性については,ambassador ? ambassadorial, doctor ? doctoral など,-or の場合には,さらに Class I 接尾辞が接続しうる点が指摘される.
 上記の他にも,-or については,いくつかの特徴が指摘されている.例えば,法律に関する用語,あるいは専門的職業を表す語には,-or が付加されやすいといわれる (ex. adjustor, auditor, chancellor, editor, mortgagor, sailor, settlor, tailor) .一方で,ときに意味の区別なく -er, -or のいずれの接尾辞もとる adapter--adaptor, adviser--advisor, convener--convenor, vender--vendor のような例もみられる.
 また,西川 (170) は,基体の最後尾が [t] で終わるものに極めて多く付き,[s], [l] で終わるものにもよく付くと指摘している.さらに,-or に接続する基体語尾の音素配列の詳細については,太田 (129) が Walker の脚韻辞書を用いた数え上げを行なっている.辞書に掲載されている581の -or 語のうち,主要な基体語尾をもつものの内訳は以下の通りである.基体が -ate で終わる動詞について,対応する行為者名詞は -ator をとりやすいということは指摘されてきたが,実に過半数が -ator だということも判明した.

EndingWord typesExamples
-ator291indicator, navigator
-ctor63contractor, predictor
-itor29inheritor, depositor
-utor16contributor, prosecutor
-essor15successor, professor
-ntor14grantor, inventor
-stor12investor, assistor


 最後に,-er, -or とは別に,行為者接尾辞 -ar, -ier, -yer, -erer の例を挙げておこう.beggar, bursar, liar; clothier, grazier; lawyer, sawyer; fruiterer.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ 西川 盛雄 『英語接辞研究』 開拓者,2006年.
 ・ 太田 聡  「「?する人[もの]」を表す接尾辞 -or について」『近代英語研究』 第25号,2009年,127--33頁.

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2014-01-31 Fri

#1740. interpretorinterpreter [spelling][suffix][latin]

 昨年末,標記の綴字の歴史的変遷に関する質問をいただいた.

寺澤芳雄 編『英語語源辞典(縮刷版)』(研究社、1999年、p.731)によりますと、interpreterという語において、語尾 -er が用いられるようになったのは16世紀からとされています。-er が優勢になった背景にはどんな事情があったのでしょうか。ご教示いただけたら幸いです。


 それから少し調べてみたが,これは interpreter という1語の問題ではなく,動作主接尾辞 -er, -or を巡る,より一般的な問題のようであり,歴史的状況は複雑とみられる.本格的に回答するには少々腰を据えて調べなければならないと思われるので,今回は取り急ぎのものを示したい.
 -or が -er へ置換されたもの,またその逆方向の置換は,英語史上しばしば見られる.起源についていえば,接尾辞 -er は英語本来のもの,接尾辞 -or はラテン語に由来するものであるが,中英語以来,両者は代用あるいは併用される例が現れる.現代英語においてラテン語要素 -or をもつ英単語の観点から歴史的状況を眺めると,Upward and Davidson (143--44) に次のような記述がある.

-OR, -OUR: The ending -OR was originally Lat, and many of the words with that ending in ModE are exact Lat forms: actor, doctor, professor, poerator, error, horror, senior, superior, etc.

・ Many other words with -OR may have it modelled on the Lat ending, but derive more directly from Fr forms with other endings which were often used in ME or EModE:
 * Ambassador, author, emperor, governor, tailor were often written with -OUR in EModE.
 * Bachelor, chancellor were often written with -ER in ME and EModE.
 * Councillor was formerly not distinguished from counsellor. Both derive from Fr counseiller and were often written counseller in ME.
 * Warrior (OFr werreor, ModFr guerrier) was in ME generally spelt -IOUR.
 * Ancestor, anchor, traitor have ModFr equivalents ending in -RE (ancêtre, etc.) and were often spelt with -RE in ME.
 * Mayor was adopted in EModE as a more Latinate form (compare major) in preference to ME mair(e) from Fr maire.


 ラテン語形として -or をもつ語が英語に入ってくると,-or が保たれるものは確かに多いが,一方で英語やフランス語の慣例に従って -(i)our や -er と脱ラテン化する場合もあったことがわかる.
 このような混乱まじりの慣例のなかから,ある程度の体系を示す慣例が次第にできあがってきた.「#1349. procrastination の生成過程」 ([2013-01-05-1]) や「#1383. ラテン単語を英語化する形態規則」 ([2013-02-08-1]) でも話題にしたように,ラテン語からの借用に慣れてくるにしたがって,ラテン単語を英語として取り入れる際の緩やかな「英語化規則」が適用されるようになってきたということだろう.その新しい慣例・規則の1つに,ラテン語で -ator をもつ動作主名詞を -er として受け入れる(あるいは受け入れなおす)というものがあったのではないか.ただし,慣例・規則とは言ったものの,実際にはある程度確立されるまでには時間もかかったわけであり,その間,共時的な変異と通時的な変化があったものと思われる.ラテン語の -ator は,まず -eur, -or, -our などのフランス語的な形態を経て,最終的には英語風の -er に収ったのではないか.結果としてみれば,ラテン語 -ator と英語 -er の対応が成立したことになる.これについて,Upward and Davidson (110) は次のように述べている.

The -ER may have developed from Lat -ATOR through MFr/ME -OUR to ModE -ER: e.g. Lat portator > OFr porteour > ME porteour > ME portour > ModE porter. Similar histories underlie controller, counter, recorder, turner, and partially also waiter (< OFr waitour).


 そして,この引用の最後にもう1つ付け加えるべき例として,今回問題にしている LL interpretātor (explainer) が挙げられるのではないか.ここから,OF interpreteur や AF interpretour を経由して, ME interpretourinterpretor が行なわれ,ModE で interpreter へと至ったと考えられる.
 以上を要約すれば,ラテン語の -ator に起源をもつ一群の語が,中英語期に -or その他の形態を経たのち,近代英語期に -er へ至る例が多かったということではないか.16世紀の interpretor > interpreter は,その事例の1つとみなすことができそうである.
 この問題については,今後もいろいろ調べていく予定である.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2014-01-23 Thu

#1732. Shakespeare の綴り方 (2) [shakespeare][spelling][alphabet][graphemics]

 「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1]) で,劇作家の現存する自著としては,現在の標準的な綴字 Shakespeare は見当たらないと述べた.自著の綴字は5種類あったが,いずれも <k> と <s> のあいだに母音字 <e> がなかったのである.ただし,当時,この姓を表わす綴字として <e> をもつ ShakespeareShake-speare が多く行われていたことも確かである.では,この <e> の有無はどのように説明されるのだろうか.
 Crystal and Crystal (72) によると,Shakespeare の綴字が最初に印刷物に現れたのは,1593年の Venus and Adonis の出版に伴う献呈の辞においてである.以降,印刷業者はこの綴字を続けることになった.<e> を挿入したのは,おそらく <k> と <s> の活字を隣り合わせにするのを避けるためだった.というのは,隣り合わせにすると,<k> の右下の脚の湾曲が long <s> の左下の脚の湾曲とぶつかってしまうおそれがあるからだ.この間に <e> を(そしてさらに続けてハイフンを)挿入すると,この活字上の問題は解決する(下図参照).つまり,私たちの見慣れているあの綴字は,エリザベス朝の活版印刷に特有の事情により生じた,印刷業者の作り出した綴字だったということになる.

Shake-speare

 long <s> については,「#584. long <s> と graphemics」 ([2010-12-02-1]) を参照.

 ・ Crystal, David and Ben Crystal. The Shakespeare Miscellany. Woodstock & New York: The Overlook Press, 2005.

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2014-01-21 Tue

#1730. AmE-BrE 2006 Frequency Comparer [corpus][ame_bre][web_service][cgi][frequency][spelling]

 先日,Professor Paul Baker - Linguistics and English Language at Lancaster University というページを教えてもらった.Baker 氏の編纂した現代英語・米語コーパス BE06 と AmE06 の情報と,そこから抽出した単語リストが得られる.当該のコーパス自体は,ユーザIDを請求すれば,ランカスター大学の CQP (Corpus Query Processor) system よりアクセスできる.
 BE06 と AmE06 は,2006年前後に出版されたイギリス変種とアメリカ変種の書き言葉均衡コーパスである.編纂方式や構成は「#428. The Brown family of corpora の利用上の注意」 ([2010-06-29-1]) で紹介した The Brown family に準じており,500テキスト×2000語の計100万語ほどの規模だ.
 さて,上のページからダウンロードできる BE06 Wordlist in WordSmith 5 formatAmE06 Wordlist in WordSmith 5 format より(見出し語ではなく)語形による頻度表を抽出し,それぞれをデータベース化して,英米変種の語の頻度を比較してくれる AmE-BrE Frequency 2006 Comparer なるツールを作成してみた.

    
Sort: by AmE freq by BrE freq alphabetically nothing (non-regex mode only)


 入力するのは原則としてPerl5相当の正規表現だが,カンマ,タブ,改行などで区切った(非正規表現の)単語リストも受け付ける.1つの語形のみを入力したい場合には ^ と $ で挟んで ^loves$ のようにするか,あるいは "nothing (non-regex mode only)" のラジオボックスをオンにする.
 出力形式は,デフォルトではアメリカ英語コーパスにおける頻度の高い順でソートされるようになっている ("by AmE freq") が,イギリス英語コーパスの頻度順 ("by BrE freq"),語形のアルファベット順 ("alphabetically") も可能.単語リストで入力した場合に,入力したそのままの順序で出力したいときには,"nothing (non-regex mode only)" をオンにする.
 いずれも100万語規模の(今となっては)小さめのコーパスなので,語形によっては十分な頻度が得られないこともあるが,簡便に英米差をチェックしたいときには便利だろう.出力結果の WORD, AME_2006, BRE_2006 の3列を切り出して,最後の行にコーパスサイズとして "total\t1000000\t1000000" と補ったうえで,Log-Likelihood Tester, Ver. 1 に放り込めば,英米差を統計的に検定することができる.
 例として,「#244. 綴字の英米差のリスト」 ([2009-12-27-1]) のうち,とりわけよく知られている類の米英綴字のペアを抜き出したリストを挙げよう.以下をコピーして,上のテキストボックスに放り込み,"nothing (non-regex mode only)" を選択して実行すると,数値として米英差が実感できる.

acknowledgment, acknowledgement, aging, ageing, aluminum, aluminium, analyze, analyse, apologize, apologise, armor, armour, behavior, behaviour, center, centre, civilization, civilisation, color, colour, defense, defence, disk, disc, endeavor, endeavour, favor, favour, favorite, favourite, fiber, fibre, flavor, flavour, fulfill, fulfil, gray, grey, harbor, harbour, honor, honour, humor, humour, inquiry, enquiry, judgment, judgement, labor, labour, license, licence, liter, litre, marvelous, marvellous, mold, mould, mom, mum, neighbor, neighbour, neighborhood, neighbourhood, odor, odour, organize, organise, pajamas, pyjamas, parlor, parlour, program, programme, realize, realise, recognize, recognise, skeptic, sceptic, specter, spectre, sulfur, sulphur, theater, theatre, traveler, traveller, tumor, tumour


 これまでは,語彙や綴字に関する英米差のコーパスによる比較は,「#708. Frequency Sorter CGI」 ([2011-04-05-1]) を用いたり,「BNC Frequency Extractor」 ([2012-12-08-1]) と「#1322. ANC Frequency Extractor」 ([2012-12-09-1]) を組み合わせたり,the Brown Family corpora を併用するなど,各変種コーパスの個別比較により対処してきたが,今回のツールにより多少便利な環境ができた.

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2014-01-11 Sat

#1720. Shakespeare の綴り方 [shakespeare][spelling]

 英語の綴字の歴史は本ブログでも様々に扱ってきたが,歴史的にはすべての単語に異綴りが確認されるといっても過言ではない.Shakespeare という姓も,例外ではない.現在では,英語の読み手や書き手は,この姓とこの綴字に慣れ親しんでいるが,英語史上確認される異綴りは70以上もある.
 姓の構成は単純で,shake + spear すなわち「槍持ち」ほどの意味である.13世紀に遡ることのできる比較的凡庸な名前であり,その70以上の歴史的異綴りのなかには,1248年に文証される Shakespere のほか,Shaksper, Chacsper, Schakespere, Scakespeire, Saksper などが含まれる.
 David Kathman という研究者が収集したところによると,劇作家 William Shakespeare (1564--1616) の姓としては,生存中のものとして,25種類の異綴りが確認されたという.全収集例342個のうち,6割以上は ShakespeareShake-speare だったというから,現在の綴字は歴史的にも正当 (?) といってよいかもしれない.
 Crystal and Crystal (108) に挙げられている,その25種類の綴字を以下に列挙しよう.

Schaksp, Shackespeare, Shackespere, Shackspeare, Shackspere, Shagspere, Shakespe, Shakespear, Shakespeare, Shake-speare, Shakespere, Shakespheare, Shakp, Shakspe?, Shakspear, Shakspeare, Shak-speare, Shaksper, Shakspere, Shaxberd, Shaxpeare, Shaxper, Shaxpere, Shaxspere, Shexpere


 なお,真正とされる Shakespeare による自著は6点残っているが,そのなかに次の5種類の綴字が現れる (Crystal 131) .Shakp (1612年,Belott-Mountjoy Deposition), Shakspe(r) (1613年,Gatehouse Conveyance), Shaksper (1613年,Gatehouse Mortgage), Shakspere (1616年,first and second sheet of will), Shakspeare (1616年,third sheet of will) .おもしろいことに,このなかに現在の標準的な綴字はない.
 Shakespeare の時代には,綴字の標準化は着々と進行中だったが,定着したといえるまでにはもう数十年が必要だった.17世紀半ばにはおよそ定着したが,より強固な基盤ができあがるまでには18世紀半ばの Johnson の辞書を待たねばならなかった.とりわけ印刷ではなく手書きでは,綴字の揺れはいまだ激しかったろう.
 現在の Shakespeare の綴字は,現代人にとっても十分に変則的な綴字に見えるが,多少間違えたところで恥ずかしく感じる必要はない.Shakespeare 自身も使っていなかった可能性はあるし,かつてはこんな綴字もあったのだと軽く受け流せばよい(かもしれない)ので.

 ・ Crystal, David and Ben Crystal. The Shakespeare Miscellany. Woodstock & New York: The Overlook Press, 2005.

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2014-01-07 Tue

#1716. shewshow (3) [spelling][corpus][clmet][representativeness]

 「#1415. shewshow (1)」 ([2013-03-12-1]) と「#1416. shewshow (2)」 ([2013-03-13-1]) で扱った問題を,「#1637. CLMET3.0 で betweenbetwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した The Corpus of Late Modern English Texts, version 3.0 (CLMET3.0) により再訪したい.具体的には,同タグ付きコーパスを "\bshow(s|n|ed|ing)?_VB" と "\bshew(s|n|ed|ing)?_VB" で検索して,3時代区分ごとに生起頻度数を比べた.以下の結果が出た.


shew 系列show 系列総語数
1710--17803351,54510,480,431
1780--18501593,10011,285,587
1850--1920925,11812,620,207


 前回「#1416. shewshow (2)」 ([2013-03-13-1]) で利用した PPCMBE (Penn Parsed Corpus of Modern British English) は100万語弱のコーパスだが,今回の CLMET3.0 は約3,400万語の巨大コーパスである.ほぼ同じ時代をカバーしているので比較には都合がよい.前回と同様に今回も showshew を着実に置き換えている様子がうかがえるが,前回と大きく異なるのは,1710--1780年の第1期においてすでに show が圧倒的に勝っていることである.これを信じるならば,後期近代英語期に入るまでに,すでに show は勝敗を決していたということになる.PPCMBE では shew は後期近代英語期中に「優勢→同列→劣勢」と推移したが,CLMET3.0 では「当初から劣勢→もっと劣勢→さらに劣勢」と推移している.2世紀にわたる通時的な視点からは両コーパスともに大雑把には似たような傾向を示すとはいえるものの,18世紀の共時的な分布については両コーパスの示す数値の差は大きすぎるように思われる.ここには「#1280. コーパスの代表性」 ([2012-10-28-1]) という問題が関わってきそうであり,慎重な解釈が求められることになろう.
 なお,1つの文脈で shewshow がともに用いられている興味深い例もいくつかあった.3例のみ挙げよう.

 ・ Why, you have shewn your wit upon the subject, and I mean to show your courage;
 ・ Mr. Wright, as well as Nadin, professed they were perfectly satisfied of this, and appeared to shew to me all the polite attention that they were capable of showing.
 ・ Assuredly I did not show him the face which I shewed Folderico.

Referrer (Inside): [2019-10-15-1] [2014-04-07-1]

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2013-11-29 Fri

#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説 [h][spelling][pronunciation][spelling_pronunciation][french][anglo-norman][scribe]

 英語史における語頭の <h> を巡る問題は,それ自体が歴史をもっている.英語史において語頭の <h> は実際に発音されてきたのか,それとも発音されてこなかったのか.発音されなかったとすると,どの時代に,どの変種で発音されなかったのか.そして,いつどのようにして標準変種では <h> が発音 [h] として「復活」したのか.その音韻論的位置づけはどうなっているのか.フランス借用語などによる影響はあったのか,なかったのか.解決していない問題が山積みである.
 語頭の <h> の研究史上,最も古い説は,今では「アングロ・ノルマン写字生の神話」と呼ばれている仮説である(「#1238. アングロ・ノルマン写字生の神話」 ([2012-09-16-1]) を参照).この説によれば,語頭の <h> は常に発音 [h] として実現されてきた.基本的には <h> = [h] の関係は,中英語を含む英語史の全時代にわたって維持されてきた.中英語によく見られる <h> に関する綴字の誤りは,英語を理解しないアングロ・ノルマン写字生により導入されたものにすぎず,英語史において [h] が消失したことを示す証拠とはなりえない,とする.この説に関して,Crisma (Were 51) が明快に要約しているので,引用する.

[T]he traditional view . . . is that [h]- was preserved before vowels throughout ME, though it could be dropped in words bearing weak stress, such as pronouns and forms of auxiliary have. Spelling errors involving <h>- are noted, but they are not considered sufficient evidence for [h]- loss, being dismissed by attributing them to '(Anglo-)Norman' scribes. The general validity of this treatment of errors, however, has been very convincingly questioned by Clark . . ., who labels it as a 'myth'.


 現在では「アングロ・ノルマン写字生の神話」説は受け入れられていない.そこで,新しい仮説が現れた.中英語期に語頭の <h> は綴字としては旧来通りに残っていたが,発音としては消失したというものである.語頭の <h> の綴字を巡る誤りが頻繁であること,Pearl-poet などで <h> で始まる語と母音で始まる語が頭韻を踏む例があること,Chaucer などで語末の <e> の脱落に関して,後続する語頭の <h> と母音が同じ振る舞いを示すことなどから,語頭の [h] は発音としては失われていたと解釈すべきだという議論である.現在ではすでに伝統的となっている仮説だが,「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]) でも問題として取り上げたとおり,もし中英語期での消失を仮定すると,近代英語期でのほぼ完全なる「復活」をどのように説明するかという難問が生じる.Crisma (Were 52) もこの難点を指摘している.

Assuming an early and widespread loss of word-initial [h]- poses the problem of how to account for its eventual restoration. It seems dubious that this might have happened 'mainly via spelling and the influence of the schools' (Lass, 1992: 62), first because [h], if it was really generally lost at some point, was re-established without errors in all native words, which would be a spectacular success indeed.


 語頭の [h] は消失したのか,しなかったのか.次いで,この問題を巡って折衷的な仮説が現れた.Milroy, J. ("On the Sociolinguistic History of /h/-Dropping in English." Current Topics in English Historical Linguistics. Ed. M. Devenport, E. Hansen, and H. -F. Nielsen. Odense: Odense UP, 1983. 37--53) は,語頭の [h] が消失した変種と消失しなかった変種があり,両変種が文体的な変異として話者個人のなかに共存していたと考えた.これによれば,近代英語期の語頭の [h] の復活も大きな問題とはならない.
 現在,この折衷路線は,異なった形ではあるが,Paola Crisma や Julia Schlüter などの研究者が推進している.

 ・ Crisma, Paola. "Were They 'Dropping their Aitches'? A Quantitative Study of h-Loss in Middle English." English Language and Linguistics 11 (2007): 51--80.
 ・ Crisma, Paola. "Word-Initial h- in Middle and Early Modern English." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 130--67.
 ・ Schlüter, Julia. "Consonant or 'Vowel'? A Diachronic Study of Initial <h> from Early Middle English to Nineteenth-Century English." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 168--96.

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2013-11-27 Wed

#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2) [h][spelling][pronunciation][spelling_pronunciation][french][ot]

 英語史における /h/ の不安定性について h の各記事で扱ってきたが,今回は語頭の /h/ の歴史について,Crisma の論文を読んでみた.
 この問題について従来唱えられてきた説の1つに次のようなものがある.語頭の /h/ は音としては中英語期に完全に消えたが,近代英語期に標準変種で復活を果たしたというものだ.だが,Crisma (136--37) は以下の3点を指摘しつつ,この説を批判している.

 (1) この説によると,後の /h/ の復活は綴字発音 (spelling_pronunciation) の原理によるものということになるが,少なくともすべての本来語において復活した事実を考えれば,復活の完璧さと徹底ぶりは信じがたいほどである(「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]) を参照).通常,綴字発音はここまで体系的には作用せず,単語ごとに単発で生じることが多い.
 (2) 綴字発音の原理の作用と想定されている現象は,フランス借用語においては,効き始める時期が遅かった.なかには効き目が現れずに後の標準変種に残った heir, honest, honour, hour などの語も散見される.完全消失→完全復活という仮説では,フランス借用語と本来語の振る舞いの違いを説明できない.
 (3) 近代英語期の /h/ の完全復活は /h/ を保っていた北部方言からの影響であると考える説もあるが,そもそもなぜ北部方言が標準変種に影響を与えうるのかが分からない.

 代案として Crisma が唱えているのは,具体的な議論は込み入っているが,一言で次のようにまとめられるだろう.中英語において,語頭の /h/ は消えたわけではなく,基底に確たるものとして存在していた /h/ が,複雑に絡みあう条件のもとで,予期される [h] ではなく [φ] として実現された,ということである.Crisma は,中英語と近代英語のコーパスを駆使して,h で始まる語に先行する不定冠詞 a vs an の分布および所有形容詞 my/thy vs myn(e)/thyn(e) の分布を詳細に調査し,その調査結果を最適性理論 (Optimality Theory) で分析した.最適性理論は,淵源に生成文法の思想があり,深層(入力)と表層(出力)を区別する理論である.単純に /h/ が消失したとみるのではなく,入力には /h/ があったけれども出力としては [φ] となるものがあったと議論するのである.Crisma (158) の結論部を引用して,新説の要約としよう.

To sum up, I propose that the distribution of the different forms of the indefinite article and of the 1st and 2nd person singular possessive pronouns can be captured in its diachronic development in Middle and Early Modern English assuming that the phonetic realization of the phoneme /h/- became at some point `disliked' in the grammar of the language. This dislike results in its inability to surface in a series of contexts, which vary along time because of the slight differences in the interaction with other constraints on the well-formedness of the phonetic output. This proposal is empirically superior to theories failing to distinguish between true /h/-loss and a (sic) the coexistence of a lexical /h/-ful underlying representation with a contextually-bound [h]-less phonetic output, and therefore unable to account for the complex and apparently contradictory evidence.


 ・ Crisma, Paola. "Word-Initial h- in Middle and Early Modern English." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 130--67.

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2013-11-03 Sun

#1651. jg [alphabet][grapheme][grammatology][spelling][pronunciation][g][j][caxton][flemish]

 昨日の記事「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]) のために <j> の歴史を調べていたときに,Scragg (66--67fn) に記されていた <j> と <g> の相補的関係についての洞察に目がとまった.

In Old French orthography, the sound /dʒ/ (Mod. Fr. /ʒ/) was represented <i> (<j>) before <a o u> and <g> before <e i>. The convention was carried into Middle English in French loanwords, and survives, for example, in jacket, join, July, germ, giant. The resulting confusion with <g> for /g/ has sometimes been avoided by extending <j> to positions before <e> and <i>, e.g. jet (cf. get), jig (cf. gig), or alternatively the French convention of using <gu> for /g/ was adopted (guess, guide). In the sixteenth century, <gu> for /g/ was more widespread than it is today (e.g. guift, guirl 'gift, girl'), and some printers followed Caxton, whose long association with the Netherlands led him to use <gh> for /g/ very frequently (e.g. gherle, ghoos, ghes, ghoot 'girl, goose, geese, goat'). Sixteenth-century books often have <gh> where modern spelling has <gu> (e.g., ghess, ghest), and the Oxford English Dictionary even records ghuest. Sixteenth-century familiarity with Italian literature may have contributed here, as Italian has <gh> for /g/. In English it survives only in ghost, ghastly and gherkin.


 この説明を私なりに整理すると次のようになる.フランス借用語を大量に入れた中英語では,フランス語の綴字習慣をまねて,/ʤ/ に対する綴字を,後続母音の前舌性・後舌性によって <g> か <j> かに割り当てた.一方,<g> は従来 /g/ を表わしていたので,<g> と <j> の音の対応は原則として以下のようになっていた.


<i><e><a><o><u>
<g>/ʤi/, /gi//ʤe/, /ge//ga//go//gu/
<j>

/ʤa//ʤo//ʤu/


 前舌母音の前で <g> が機能過多になっていたことがわかるだろう.これを解消するのに2つの方法があった.1つは,<j> = /ʤ/ の対応を後続母音の種類にかかわらず一般に押し広げることによって,<g> = /ʤ/ の連想を弱めてやろうとする方法である.もう1つは,<g> が前舌母音の前位置で確実に /g/ を表せるように,再びフランス語の綴字習慣を参照して,<gu> を採用しようとする方法である.この結果,本来語的な綴字習慣とフランス語的な綴字習慣が混ざり合って,以下のような分布を示すようになった.


<i><e><a><o><u>
<g>(/ʤi/, /gi/)(/ʤe/, /ge/)/ga//go//gu/
<gu>/gi//ge/


<j>/ʤi//ʤe//ʤa//ʤo//ʤu/


 16世紀になると,/g/ の音価のために,フランス語から借用した <gu> のみならず,Flemish の綴字習慣の影響を受けた Caxton とその後続印刷家により <gh> も用いられるようになった.この <gh> の綴字習慣は後に一般的にはならなかったが,ghost, ghastly など少数の語に痕跡をとどめている.Caxton と Flemish との関わりについては,「#128. deer の「動物」の意味はいつまで残っていたか」 ([2009-09-02-1]) および「#435. <oa> の綴りの起源」 ([2010-07-06-1]) も参照されたい.
 なお,<j> で始まる英単語は原則として英語本来語ではないということを付け加えておこう.

 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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2013-11-02 Sat

#1650. 文字素としての j の独立 [alphabet][grapheme][grammatology][spelling][pronunciation][punctuation][johnson][j]

 現代英語でアルファベットの第10番目の文字 <j> は,生起頻度としては「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) でみたとおり,<z>, <q> に続いて最低である.それほどまでに目立たない文字だが,それもそのはず,独り立ちししてから長めに数えても400年と経っていないのだ.
 <j> は <i> を下にのばし鉤をつけてできた文字である.歴史的には <j> はローマ時代から存在したが,機能としては <i> と重複しており,文字素 <i> の変異形にすぎなかった.つまり,<j> は独立した文字素としてはみなされていなかったのである.中世英語を通じて,<j> は典型的にはローマ数字におけるように,<i> が連続する際の最後の <i> の代わりに用いられた (ex. iiij) .
 ところが,1630--40年に,<i> を母音字として,<j> を /ʤ/ に対応する子音字として用いる現代風の慣習が始まりだす.だが,慣習が始まりだしただけで,すぐに <j> が <i> と区別される独立した地位を獲得したわけではない.それにはさらに時間がかかった.例えば,1755年の Johnson の辞書でも,"I is in English considered both as a vowel and consonant; though, since the vowel and consonant differ in their form as well as sound, they may be more properly accounted two letters" と区別が示唆されてはいるが,実際には <i> で始まる語と <j> で始まる語が同じ見出しのもとに配列されている.つまり,jar, jaw, jay, ice, idol, jealous, jerk, ill などがこの順序で見出しとして現われるのである (Upward and Davidson 184--85) .大文字 <J> と <I> の区別はさらに遅れ,混用は19世初期まで続いた (Crystal 260) .なお,1828年の Webster の辞書では,両文字は完全に区別されている.
 <j> が /ʤ/ に対応する子音字として用いられるようになったのは,古フランス語においてその対応があったからである.ラテン語 iacere, iunctus iuvenis などの語頭の <i> は半子音 /j/ を表わしたが,古フランスに至る過程でこの /j/ は音韻過程を経て,最終的に破擦音 /ʤ/ となった.こうして成立した <i/j> = /ʤ/ の対応関係が中英語にも移植され,17世紀前半に,ある程度安定的に現代風の分布で用いられるようになった (Upward and Davidson 133--34) .また,15世紀のスペイン語における母音字 <i> と子音字 <j> の使い分けの慣習も,英語における両文字の分化に関わっている.これについては,<i>, <j> の上の点 (dot) とも関連して,「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1]) を参照.さらに詳しくは,OED の "J, n. の項を参照されたい.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2013-10-18 Fri

#1635. -sion と -tion [pronunciation][spelling]

 昨日の記事「#1634. 「エキシビジョン」と equation」 ([2013-10-17-1]) で取り上げた語尾の /-ʃən/ と /-ʒən/ の発音について,綴字との関連で分布を調べてみた.一般的に,昨日の equation を除き <-tion> は /-ʃən/ に対応し,<-sion> は /-ʃən/ あるいは /-ʒən/ に対応するように思われるが,実際のところはどうなのだろうか.
 揺れを詳しく調査するのは時間と労力を要すると思われるので,今回は揺れを示す可能性のある語については主たる発音のみを扱うこととし,ざっと分布を出すにとどめることにした.利用したデータベースは1191. Pronunciation Search」 ([2012-07-31-1]) である."SH AH0 N$" (/-ʃən/) と "ZH AH0 N$" (/-ʒən/) で発音検索し,ヒットした語の綴字別にタイプ数を数えた.まずは,/-ʃən/ 語から見てみよう.

-cean3
-chen6
-cian25
-cion4
-shane2
-chian1
-shion2
-shan7
-shen3
-shon5
-sian4
-sion24
-ssion46
-szen1
-tian16
-tion974
-xion2


 <-tion> と /-ʃən/ とがとりわけ強く結びついていることがわかる.続いて <-ssion>, <-cian>,<-sion>, <-tian> が多い.
 次に /-ʒən/ 語を見てみよう.

-sian10
-sion73
-ssion1
-tion1


 equationrescission の2語の例外を除き,ヒットした語のすべてが <-sian> か <-sion> で終わっていた.案の定,発音の分布が割れているのは <-sion> である.<-sion> に対応する /-ʃən/ が24語,/-ʒən/ が73語(うち -vision 複合語を含む)である.それぞれを列挙しておこう.

1. <-sion> = /-ʃən/ (24語)
 apprehension, ascension, comprehension, compulsion, condescension, convulsion, dimension, dissension, emulsion, expansion, expulsion, extension, hypertension, hypotension, l'expansion, mansion, misapprehension, overexpansion, pension, pretension, propulsion, revulsion, suspension, tension

2. <-sion> = /-ʒən/ (73語)
 abrasion, activision, allusion, aversion, cablevision, circumcision, cohesion, collision, collusion, computervision, conclusion, confusion, contusion, conversion, coopervision, corrosion, decision, delusion, derision, diffusion, disillusion, dispersion, diversion, division, envision, erosion, evasion, excision, exclusion, excursion, explosion, extrusion, fusion, illusion, immersion, implosion, incision, inclusion, incursion, indecision, infusion, intrusion, invasion, inversion, lesion, macrovision, misprision, multivision, occasion, occlusion, persuasion, perversion, precision, profusion, provision, recision, rediffusion, reperfusion, reversion, revision, seclusion, suasion, subdivision, submersion, subversion, supervision, television, transfusion, univision, version, vision, worldvision, xyvision


 <-sion> の直前の綴字・発音を調べてみると,/-ʃən/ では必ず nl が先行しているという特徴がある.一方,/-ʒən/ では母音(字)や r が先行している.この分布が具体的にいつ頃から定まったのかは詳しく調べてみなければ分からないが,おそらく中英語期の /s/ と /z/ の揺れを示す分布がもととなっていると思われる.

Referrer (Inside): [2017-10-20-1]

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2013-10-17 Thu

#1634. 「エキシビジョン」と equation [phonetics][spelling][pronunciation][spelling_pronunciation]

 『すっきりわかる!超訳「カタカナ語」事典』という文庫を買ってぱらぱら読んでいたら,「エキシビション」の項で「エキシビジョン」と発音する人が多いとのコメントにが目にとまった.英語では exhibition /ˌɛksɪˈbɪʃən/ なので「ション」の発音で借用されたはずだが,フィギュアスケートなどの公開演技は確かに視覚に訴えるものなので,vision /ˈvɪʒən/ からの類推で「ジョン」と発音されたり書かれたりすることが多くなったのだろう.中納言によれば,エキシビションが13件,エキシビジョンが7件ヒットした.
 モデルの英単語 <exhibition> を参照する規範的な論者であれば,英語の <-tion> は /-ʃən/ に厳密に対応し,/-ʒən/ に対応することはないので,/ション/ が正しいと議論するかもしれない.原則としてはその通りなのだが,英語にも <-tion> = /ʒən/ の対応例が1つある.equation /ɪˈkweɪʒən/ である.
 正確にいえば,equation には /ɪˈkweɪʒən/ と /ɪˈkweɪʃən/ の両方の発音があるのだが,綴字と発音の規則から逸脱する前者のほうが圧倒的によく使われる.LPD によると,アメリカ英語では90%が /ɪˈkweɪʒən/ の発音だという.

Pronunciation of

 両発音の揺れは理解できる.英語では,語尾において /-ʃən/ と /-ʒən/ との揺れが観察される語が少なくないからである.例えば,conversion, dispersion, version, Asian (「#919. Asia の発音」の記事[2011-11-02-1]を参照), Persian などで揺れが見られる.ただし注意すべきは,揺れを示すこれらの語の綴字は,<-sion> や <-sian> のように <s> をもつものがほとんどであり,equation の例のように <-tion> をもつものはないといってよい.<s> だからこそ /ʃ/ と /ʒ/ のあいだで揺れ得るのであって,<t> では原則として無声の /ʃ/ で固定のはずだ.この綴字と発音の規則を参照すれば,綴字発音 (spelling_pronunciation) の圧力により equation /ɪˈkweɪʒən/ が流行するということは考えにくいが,実際に現在優勢であるということは,綴字と発音の規則が関与する以上に,<-sion> に代表される語の /ʃ/ と /ʒ/ の揺れのほうに強く巻き込まれてしまったと想定するのが妥当だろう.この問題を掘り下げるには,equation を含む発音の揺れを示す語について,揺れの発生時期とその後の分布などを通時的に調査する必要がある.
 エキシビ「ジ」ョン派にとっては残念なことに,英語 exhibition にはまだ */ˌɛksɪˈbɪʒən/ の発音は現れていない.ただし,名前をもじったロックバンド ExhiVision は実在する.

 ・ 造事務所(編著) 『すっきりわかる!超訳「カタカナ語」事典』 PHP研究所〈PHP文庫〉,2012年.
 ・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.

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2013-04-16 Tue

#1450. 中英語の綴字の多様性はやはり不便である [me_dialect][spelling][standardisation][wycliffe][bible]

 中英語の綴字の不統一あるいは多様性については,me_dialect spelling の記事などで言及してきた.綴字が標準化,規範化されている現代の感覚からすると信じられないことだが,中英語の書き手や読み手はこれで何とかやってきたのである.しかし,中英語テキストに向かい合う現代の研究者にとっては,実際上悩ましいことも多い.「#1311. 綴字の標準化はなぜ必要か」 ([2012-11-28-1]) で述べたことを繰り返そう.

中英語のテキストを読む現代人は,辞書である語を引くのに,登録されている綴字の当たりをつけてから引かなければならない.テキストに現われる綴字のままで辞書に登録されている保証はないからである.何度も試行錯誤し,結局,登録されていないのだと諦めることもしばしばである.ここには,辞書使用者は標準綴字を求めているにもかかわらず,実際の綴字には標準形がないという涙ぐましい問題がある.


 この現実的な問題を解決すべく,せめて MED (Middle English Dictionary) は便利に使いたいと,「#1178. MED Spelling Search」 ([2012-07-18-1]) で異綴字の正規表現検索を可能にするなど,努めてきたわけである.
 だが,中英語の多様な綴字に著しい不便を感じるのは,本当に現代の研究者だけなのだろうか.中英語の書き手や読み手も,許容こそすれ,やはり不便は感じていたのではないか.そうだからこそ,遅ればせながらではあるが,中世後期から近代にかけて綴字の標準化が目指されたのではないか(綴字の標準化については spelling standardisation の各記事を参照).
 Crystal (227) によると,中英語母語話者もやはり不便を感じていたことを示すおもしろい資料がある.15世紀初期に Wycliffe の新訳聖書のコンコーダンス(英語史上初のコンコーダンス)を編んだ者があったが,アルファベット順にこだわらざるを得なかったこの無名の編纂者は,自らの綴字の決断が絶対的なものではないことを読者に断わっておく必要があったのである.以下は,1425年頃の East Midland のテキストで,British Library MS Royal 17.B の ff. 5a--b より Kuhn の校訂版 (272) から引用しよう.

Sumtyme þe same word & þe self þat is writen of sum man in oo manere is writen of a-noþir man in a-noþir manere. . . . Þese diuerse maneris of writyng ben to be considerid in þis concordaunce. ffor per chaunse, aftir my manere of writyng, sum word stondiþ in sum place, which same word, aftir þi maner of writying, shulde stonde in anoþir place. If it plese to ony man to write þis concordaunce, & him þenkiþ þat summe wordis ben not set in ordre aftir his conseit & his manere of writyng, it is not hard, if he take keep wiþ good avisement in his owne writyng, to sette suche wordis in such an ordre as his owne conseit acordiþ wel to.


 私の配列が気にくわなかったら,読者は自分でコンコーダンスを作りなさいと言わんばかりの口調だが,このように言い訳を述べなければならなかった状況こそが問題だったのだろう.

 ・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
 ・ Kuhn, Sherman M. "The Preface to a Fifteenth-Century Concordance." Speculum 43 (1968): 258--73.

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2013-03-31 Sun

#1434. left および hemlock は Kentish 方言形か [oe_dialect][me_dialect][vowel][standardisation][spelling][etymology]

 昨日の記事「#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布」 ([2013-03-30-1]) で古英語方言について概観したが,Kentish 方言が遠く現代標準英語に影響を与えている(可能性のある)例を2つほどみてみたい.標題の2語に含まれる母音 e である.
 すでに類例については,本ブログでも「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1]) ,「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1]) ,「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]) で言及済みであるので,問題の母音(字)についての歴史はそちらを参照されたいが,かいつまんでいえば,古英語には West-Saxon の y が,Anglian では i に,Kentish では e に対応するという母音の相違があった.この分布はおよそ中英語方言へも持ち越され,西部では <u> の綴字と /y/ の発音が行なわれ,北東部では <i> /ɪ/ が,南東部では <e> /ɛ/ が行なわれた.中英語後期から近代英語にかけてゆっくりと進んだ綴字の標準化に際しては,どの方言の母音(字)が結果として選ばれたかは単語によって異なっており,綴字と発音の間ですら一致が見られない例も現われてしまった.現代でも綴字と発音の関係に問題を抱えている busybury などの例がそれだ.
 上記の標準化の過程で,古英語の Kentish 方言や中英語の南東部方言に由来する母音(字)<e> /ɛ/ が採用された例は少ないものの,「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1]) で挙げたように merry (West-Saxon myrig) や knell (West-Saxon cnyllan) がある.だが,これだけでは寂しいので,標題の2語を加えてみたい.
 left(左)は基本語・高頻度語だが,一説によると語源は lift (持ち上げる)と同根である.挨拶のとき左手を挙げることから「挙げた(手)」とつながるのではないかという.West-Saxon では lyft(空)として現われるが,「左」の語義はもっていない.新しい語義の初出は1200より前,初期中英語期のことである.MED では,lift (adj.) として見出しが立っている.
 別の説によれば,「#329. 印欧語の右と左」 ([2010-03-22-1]) で触れたように,left(左)は印欧祖語で「弱い」を原義とする語根に遡り,leprosy(ハンセン病)などと同根となる.West-Saxon 形 lyftādl (paralysis) の第1要素として含まれていることが,しばしば言及される.
 いずれの語源説を採るにせよ,古英語の Kentish 由来の母音(字)が採用されて現代標準英語に定着した少数の例であることは間違いない.
 もう1つは,hemlock(ドクニンジン)である.ソクラテスを死に至らしめた毒草と信じられている.West-Saxon では hymlic(e) として現われる一方,中英語では,MEDhemlok(e (n.) として見出しが立っているが,実際には種々の母音(字)で確認される.
 影の薄い Kentish 方言が少しだけ現代標準英語で顔をのぞかせているという小話でした.

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