<gh> の綴字に対応する音価については「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1]),「#210. 綴字と発音の乖離をだしにした詩」 ([2009-11-23-1]),「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1]),「#1936. 聞き手主体で生じる言語変化」 ([2014-08-15-1]) などで話題にしてきたが,現代英語にどれだけのヴァリエーションがあるのかをまとめてみよう.ブルシェ (145) は,次のようなリストを挙げている.
[au] bough,plough など [ou] dough,though など [ɔ:] bought,thought など [ɔf] cough,trough――変異形 [ɔ:f] もこれら同じ語に存在する [ʌf] enough,tough など [ɔk] hough [u:] through [ʌp] hiccough [ə] borough,thorough――最後の二例は [ <ough> が ] アクセントのない音節にある
<ough> という一続きの綴字に対して,単語によって9種類(ないし10種類)の発音が対応することになる.全体としては30語ほどしかないようなので,この音価の多様性は驚くべき事実である.それぞれの音価がいかなる経緯で生じてきたかを歴史的に説明するとなると実に複雑なのだが,ここでは (1) 中英語の段階での母音の違い,(2) <gh> で表わされていた無声軟口蓋摩擦音 [x] の前位置で母音が変形を受けたり受けなかったりしたこと,(3) 問題の [x] が消失したり唇歯音 [f] へ置換されたこと,(4) 類推による綴りなおし,(5) 無強勢位置における母音の弱化,等の諸要因が異なる段階に異なる語において作用したと述べるにとどめておこう.night における <gh> のように前寄りの無声硬口蓋摩擦音 [ç] が関わる場合にはその後の音変化は直線的で素直なのだが,後寄りの無声軟口蓋摩擦音 [x] が関与すると事態は複雑化するもののようだ.一部詳細は「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1]) で触れたし,ブルシェ (145--47) に簡潔な記述があるのでそちらも参照されたい.
上で全体として30語ほどと述べたが,ざっとデータベースで拾い上げてみると固有名詞と派生語・複合語を除いて以下の34語が挙がった.
although, blough, borough, bough, bought, brough, brought, chough, clough, cough, dough, drought, enough, fought, furlough, hiccough, hough, lough, 'nough, nought, ought, plough, rough, slough, sough, sought, thorough, though, thought, through, tough, tought, trough, wrought
・ ジョルジュ・ブルシェ(著),米倉 綽・内田 茂・高岡 優希(訳) 『英語の正書法――その歴史と現状』 荒竹出版,1999年.
昨日の記事「#2076. us の発音の歴史」 ([2015-01-02-1]) に引き続き,人称代名詞の発音について.2人称代名詞主格・目的格の you は,形態的には古英語の対応する対格・与格の ēow に遡る (cf. 「#180. 古英語の人称代名詞の非対称性」 ([2009-10-24-1])) .古英語の主格は ġe であり,これは ye の形態で近代英語まで主格として普通に用いられてきたが,「#800. you による ye の置換と phonaesthesia」 ([2011-07-06-1]) でみたように,you に主格の座を奪われた.以後,主格・目的格の区別なく you が標準的な形態となり,現在に至る.
しかし,少し考えただけでは古英語 ēow がどのようにして現代英語の /juː/ (強形)へ発達し得たのか判然としない.中尾 (251) により you の音韻史をひもとくと,強勢推移を含む複雑な母音の変化を遂げていることが分かった.古英語の下降2重母音的な /ˈeːou/ は強勢推移により上昇2重母音的な /eˈoːu/ の音形をもつようになり,ここから第1要素に半子音が発達し /joːu/ となった.中英語期には,この2重母音が滑化して /juː/ となった.この /juː/ は現代英語の発音と同じだが,そこに直結しているわけではなく,事情はやや複雑である./juː/ は強形としては16世紀半ばからさらなる変化を遂げて,/jəu?joː/ を発達させたが,これは17世紀には消失した.一方,/juː/ からは弱形として /jʊ, jə/ が生まれ,現在の同音の弱形に連なるが,これが再強化されて強形 /juː/ が復活したものらしい.古英語の属格 ēower も似たような複雑な経路を経て,現代英語 your (強形 /jɔː, jʊə/)を出力した.
人称代名詞の音形が弱化と強化を繰り返すというパターンは,昨日の記事 ([2015-01-02-1]) や「#1198. ic → I」 ([2012-08-07-1]) でも見られた.中尾 (316) がこの点を指摘しながら他の人称代名詞形態についても注を与えているので,引用しておこう.
ModE における文法語の強形,弱形:一般に ModE には強形,弱形が併存したが,後,前者が廃用となり,後者が再強勢を受け強形となりここからまた弱形が発達し PE に至るという経路を普通とるようである.しかし時折,弱形がそのまま強形,弱形同様に用いられることもあった.
① Prn: my [əɪ?ɪ]/me [iː, ɛː?ɪ, ɛ]//we [iː?ɪ]//thou [uː?ʊ]/thee [iː?ɪ]//ye [iː?ɪ, ɛ], 再強勢による [ɛː]/your: (i) uː > (下げ)oː, (ii) uː > (16c 半ば)[əʊ], (iii) [juː] からの弱形 [jʊ] (ここから強形 [juː])の3つが行われていた/ you: ME [juː] から (i) 強形として(16c 半ば)[jəʊ?joː] (17世紀に消失),(ii) 弱形 [jʊ] > (16c) [jə] または再強勢形 [juː] (これが PE で確立した)//he [hiː, hɛː?ɪ]//she [ʃiː?ʃɪ]//it [ɪt?t] ([t] は後消失)//they [ðəɪ?ðɪ]//their [ðɛːr?ðɛr] . . . // who [oː, uː?ɔ, ʊ]
なお,you は綴字上も実に特殊な語である.常用英単語には <u> で終わるものが原則としてないが,この you は極めて稀な例外である(大名,p. 45).
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
新年明けましておめでとうございます.2015年です.今年も英語史に関する話題を長く広く紹介していきますので,どうぞよろしくお願いします.
新年最初の話題として,英語学習者向けに,母音字と母音の長短の対応に関する問題を取り上げる.英語の各母音字には,それぞれ「長」音と「短」音と呼ばれる発音が対応している.
Vowel letter | "Short" vowel | "Long" vowel |
---|---|---|
<a> | [æ] | [eɪ] |
<e> | [ɛ] | [iː] |
<i>, <y> | [ɪ] | [aɪ] |
<o> | [ɑ/ɔ] | [oʊ] |
<u> | [ʌ] | [juː] |
Suffix | Long | Short |
---|---|---|
-al | crime | criminal |
grade | gradual | |
nation | national | |
nature | natural | |
rite | ritual | |
-(at)ive | derive | derivative |
evoke | evocative | |
provoke | provocative | |
-ic | athlete | athletic |
cone | conic | |
lyre | lyric | |
metre | metric | |
microscope | microscopic | |
mime | mimic | |
satire | satiric | |
tone | tonic | |
volcano | volcanic | |
state | static | |
-ity | audacious | audacity |
breve | brevity | |
divine | divinity | |
extreme | extremity | |
obscene | obscenity | |
rapacious | rapacity | |
sane | sanity | |
serene | serenity | |
sublime | sublimity | |
vivacious | vivacity |
標記の語の綴字は,前者の <dispatch> が標準的とされるが,特にイギリス英語では後者の <despatch> も用いられる.辞書では両方記載されているのが普通で,後者が特に非標準的であるという記述はない.しかし,規範家のなかには後者を語源的な観点から非難する向きもあるようだ.この問題について Horobin (230--31) は次のように述べている.
The preference for dispatch over despatch is similarly debatable, given that despatch is recorded as an alternative spelling for dispatch by the OED. The spelling dispatch is certainly to be preferred on etymological grounds, since its prefix derives from Latin dis-; the despatch spelling first appeared by mistake in Johnson's Dictionary. However, since the nineteenth century despatch has been in regular usage and continues to be widely employed today. Given this, why should despatch not be used in The Guardian? In fact, a search of this newspaper's online publication shows that occurrences of despatch do sneak into the paper: while dispatch is clearly the more frequent spelling (almost 14,000 occurrences when I carried out the search), there were almost 2,000 instances of the proscribed spelling despatch.
引用にあるとおり,事の発端は Johnson の辞書の記述らしい.確かに Johnson は見出し語として <despatch> を掲げており,語源欄ではフランス語 depescher を参照している.しかし,この接頭辞の母音はロマンス諸語では <i> か <e> かで揺れていたのであり,Johnson の <e> の採用を語源に照らして "mistake" と呼べるかどうかは疑問である.もともとラテン語ではこの語は文証されていないし,イタリア語では dispaccio,フランス語では despeechier などの綴字が行われていた.英語の綴字を決める際にどの語源形が参照されたかの問題であり,正誤の問題ではない.また,Johnson は辞書以外の自らの著作においては一貫して <dispatch> を用いており,いわば二重基準の綴り手だったことを注記しておきたい.
<despatch> の拡大の背景に Johnson の辞書があったということは,実証することは難しいものの,十分にありそうだ.後期近代英語コーパス CLMET3.0 で70年ごとに区切った3期における両系統の綴字の生起頻度を取ってみると,次のように出た.
Period (subcorpus size) | <dispatch> etc. | <despatch> etc. |
---|---|---|
1710--1780 (10,480,431 words) | 403 | 354 |
1780--1850 (11,285,587) | 145 | 267 |
1850--1920 (12,620,207) | 67 | 263 |
昨日の記事に引き続き,英仏両言語における語源的綴字 (etymological_respelling) の関係について.Scragg (52--53) は,次のように述べている.
Throughout the Middle Ages, French scribes were very much aware of the derivation of their language from Latin, and there were successive movements in France for the remodelling of spelling on etymological lines. A simple example is pauvre, which was written for earlier povre in imitation of Latin pauper. Such spellings were particularly favoured in legal language, because lawyers' clerks were paid for writing by the inch and superfluous letters provided a useful source of income. Since in France, as in England, conventional spelling grew out of the orthography of the chancery, at the heart of the legal system, many etymological spellings became permanently established. Latin was known and used in England throughout the Middle Ages, and there was a considerable amount of word-borrowing from it into English, particularly in certain registers such as that of theology, but since the greater part of English vocabulary was Germanic, and not Latin-derived, it is not surprising that English scribes were less affected by the etymologising movements than their French counterparts. Anglo-Norman, the dialect from which English derived much of its French vocabulary, was divorced from the mainstream of continental French orthographic developments, and any alteration in the spelling of Romance elements in the vocabulary which occurred in English in the fourteenth century was more likely to spring from attempts to associate Anglo-Norman borrowings with Parisian French words than from a concern with their Latin etymology. Etymologising by reference to Latin affected English only marginally until the Renaissance thrust the classical language much more positively into the centre of the linguistic arena.
重要なポイントをまとめると,
(1) 中世フランス語におけるラテン語源を参照しての文字の挿入は,写字生の小金稼ぎのためだった.
(2) フランス語に比べれば英語にはロマンス系の語彙が少なく(相対的にいえば確かにその通り!),ラテン語源形へ近づけるべき矯正対象となる語もそれだけ少なかったため,語源的綴字の過程を経にくかった,あるいは経るのが遅れた (cf. 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1])) .
(3) 14世紀の英語の語源的綴字は,直接ラテン語を参照した結果ではなく,Anglo-Norman から離れて Parisian French を志向した結果である.
(4) ラテン語の直接の影響は,本格的にはルネサンスを待たなければならなかった.
では,なぜルネサンス期,より具体的には16世紀に,ラテン語源形を直接参照した語源的綴字が英語で増えたかという問いに対して,Scragg (53--54) はラテン語彙の借用がその時期に著しかったからである,と端的に答えている.
As a result both of the increase of Latinate vocabulary in English (and of Greek vocabulary transcribed in Latin orthography) and of the familiarity of all literate men with Latin, English spelling became as affected by the etymologising process as French had earlier been.
確かにラテン語彙の大量の流入は,ラテン語源を意識させる契機となったろうし,語源的綴字への影響もあっただろうとは想像される.しかし,語源的綴字の潮流は前時代より歴然と存在していたのであり,単に16世紀のラテン語借用の規模の増大(とラテン語への親しみ)のみに言及して,説明を片付けてしまうのは安易ではないか.英語における語源的綴字の問題は,より大きな歴史的文脈に置いて理解することが肝心なように思われる.
・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.
中英語期から近代英語期にかけての英語の語源的綴字 (etymological_respelling) の発生と拡大の背後には,対応するフランス語での語源的綴字の実践があった.このことについては,「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1]),「#1156. admiral の <d>」 ([2012-06-26-1]),「#1790. フランスでも16世紀に頂点を迎えた語源かぶれの綴字」 ([2014-03-22-1]),「#1942. 語源的綴字の初例をめぐって」 ([2014-08-21-1]) などの記事で触れてきたとおりである.
したがって,英語におけるこの問題を突き詰めようとすれば,フランス語史を参照せざるをえない.14--16世紀の中世フランス語の語源的綴字の実践について,Zink (24--25) を引用しよう.
Latinisation et surcharge graphique. --- L'idée de rapprocher les mots français de leurs étymons latins ne date pas de la Renaissance. Le mouvement de latinisation a pris naissance à la fin du XIIIe siécle avec les emprunts opérés par la langue juridique au droit romain sous forme de calques à peine francisés.... Parti du vocabulaire savant, il a gagné progressivement les mots courants de l'ancien fonds. Il ne pouvait s'agir dans ce dernier cas que de réfections purement graphiques, sans incidence sur la prononciation ; aussi est-ce moins le vocalisme qui a été retouché que le consonantisme par l'insertion de graphèmes dans les positions où on ne les prononçait plus : finale et surtout intérieure implosive.
Ainsi s'introduisent avec le flot des emprunts savants : adjuger, exception (XIIIe s.) ; abstraire, adjonction, adopter, exemption, subjectif, subséquent. . . (mfr., la prononciation actuelle datant le plus souvent du XVIe s.) et l'on rhabille à l'antique une foule de mots tels que conoistre, destre, doter, escrit, fait, nuit, oscur, saint, semaine, soissante, soz, tens en : cognoistre, dextre, doubter, escript, faict, nuict, obscur, sainct, sepmaine, soixante, soubz, temps d'après cognoscere, dextra, dubitare, scriptum, factum, noctem, obscurum, sanctum, septimana, sexaginta, subtus, tempus.
Le souci de différencier les homonymes, nombreux en ancien français, entre aussi dans les motivations et la langue a ratifié des graphies comme compter (qui prend le sens arithmétique au XVe s.), mets, sceau, sept, vingt, bien démarqués de conter, mais/mes, seau/sot, sait, vint.
Toutefois, ces correspondances supposent une connaissance étendue et précise de la filiation des mot qui manque encore aux clercs du Moyen Age, d'où des tâtonnements et des erreurs. Les rapprochements fautifs de abandon, abondant, oster, savoir (a + bandon, abundans, obstare, sapere) avec habere, hospitem (!), scire répandent les graphies habandon, habondant, hoster, sçavoir (à toutes les formes). . . .
要点としては,(1) フランス語ではルネサンスに先立つ13世紀末からラテン語借用が盛んであり,それに伴ってラテン語に基づく語源的綴字も現われだしていたこと,(2) 語末と語中の子音が脱落していたところに語源的な子音字を復活させたこと,(3) 語源的綴字を示すいくつかの単語が英仏両言語において共通すること,(4) フランス語の場合には語源的綴字は同音異義語どうしを区別する役割があったこと,(5) フランス語でも語源的綴字に基づき,それを延長させた過剰修正がみられたこと,が挙げられる.これらの要点はおよそ英語の語源的綴字を巡る状況にもあてはまり,英仏両言語の類似現象が関与していること,もっと言えばフランス語が英語へ影響を及ぼしたことが示唆される.(5) に挙げた過剰修正 (hypercorrection) の英語版については,「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1899. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (3)」 ([2014-07-09-1]),「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1]) も参照されたい.
語源的綴字を巡る状況に関して英仏語で異なると思われるのは,上記 (4) だろう.フランス語では,語源的綴字の導入は,同音異義語 (homonymy) を区別するのに役だったという.換言すれば,書記において同音異義衝突 (homonymic_clash) を避けるために,語源的原則に基づいて互いに異なる綴字を導入したということである.ラテン語からロマンス諸語へ至る過程で生じた数々の音韻変化の結果,フランス語では単音節の同音異義語が大量に生じるに至った.この問題を書記において解決する策として,語源的綴字が利用されたのである.日本語のひらがなで「こうし」と書いてもどの「こうし」か区別が付かないので,漢字で「講師」「公私」「嚆矢」などと書き分ける状況と似ている.ここにおいてフランス語の書記体系は,従来の表音的なものから,表語的なものへと一歩近づいたといえるだろう.
英語では同音異義衝突を避けるために語源的綴字を導入するという状況はなかったように思われるが,機能主義的な語源的綴字の動機付けという点については,もう少し注意深く考察する価値がありそうだ.
・ Zink, Gaston. ''Le moyen françis (XIVe et XV e siècles)''. Paris: Presses Universitaires de France, 1990.[sic]
今日の記事は,報告というか,感謝というか,宣伝というか,そんな記事です.
先週末の土日に,日本中世英語英文学会の第30回大会が同志社大学で開催されました.その土曜日の午後に,2013年に Does Spelling Matter? を上梓したオックスフォード大学の Simon Horobin 教授を特別ゲストとして招き,"Does Spelling Matter in Pre-Standardised Middle English?" と題するシンポジウムを催しました.そのシンポジウムの司会(と発表者)の役を務めさせていただきましたが,当日は大勢の方に会場にお越しいただきました.大会関係者の方々も含めて,深く御礼申し上げます.
さて,今日はそのシンポジウムに関連して,いくつか話題を提供します.Simon Horobin 教授については,本ブログでもいろいろなところで参照してきました(cf. Simon Horobin) .特に著書 Does Spelling Matter? からは英語綴字に関する話題を引き出しては,本ブログでも取り上げてきたので,大変お世話になった(多分今後もお世話になる)本です.実は,その Horobin 教授自身も2012年より Spelling Trouble と題するブログを書き綴っています.かなりおもしろいので,ぜひ購読をお勧めします! 本人も書いていて楽しいと述べていました.
シンポジウムで私が話したのは,本ブログでもたびたび扱ってきた語源的綴字 (etymological (re)spelling) についてでした.これまでばらばらに書き集めてきたことを少し整理して示そうと思ったわけですが,まとめるにしてもまだまだ多くの作業が必要なようです.関心のある方は,これまでに書きためてきた個々の記事を是非ご参照ください.関連記事はこれからも書いていこうと思います.セッションで質疑応答くださった方々,及びその後に個人的にコメントをくださった方々には感謝いたします.
また,シンポジウムでは,Horobin 教授が著書を出されたときから私もずっと気になっていた質問 "Does Spelling Matter?" に対する答えが明らかにされました.結論からいえば,"Yes" ということでした.隣に座っていた私も連鎖的に "Yes" と答え,他のパネリストの新川先生も高木先生も持論に即してお答えになっていました.いずれにせよ,綴字1つとっても十分におもしろい英語史上のテーマになり得ることを,改めて確認し確信しました.「綴字の社会言語学」 (sociolinguistics of spelling) なるものを構想することができるのではないかと・・・.
いずれにしましても,大会関係者のすべての方々へ,ありがとうございました!
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
英語史において無声歯茎硬口蓋摩擦音 /ʃ/ は安定的な音素だったといえるが,それを表わす綴字はヴァリエーションが豊富だった.近現代英語では二重字 (digraph) の <sh> が原則だが,とりわけ中英語では様々な異綴字が行われていた.その歴史の概略は「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1]) で示し,ほかにも「#479. bushel」 ([2010-08-19-1]) や「#1238. アングロ・ノルマン写字生の神話」 ([2012-09-16-1]) の記事で関連する話題に軽く触れてきた.
今回は OED sh, n.1 の説明に依拠して,英語史上,問題の子音がどのように綴られてきたのか,もう少し細かく記述したい.まずは,OED の記述に基づいてあらあらの年表を示そう.正確を期しているわけではないので,参考までに.
以下注記を加える.後期古英語の標準綴字だった <sc> は中英語に入ると衰微の一途をたどり,他の種々の異綴字に置き換えられることになった.この子音は当時のフランス語の音素としては存在しなかったため,フランス語で書くことに慣れていた中英語の写字生は,何らかの工夫を強いられることになった.最も単純な試みは単独の <s> を用いる方法で,初期近代英語では語頭と語末の /ʃ/ を表わすのに利用されたが,一般的にはならなかった.その点,重子音字 <ss> は環境を選ばずに用いられたこともあり,より広く用いられた.語中と語末では <ssh> も成功を収め,長く16世紀まで用いられた.16世紀の変わり種としては,Coverdale (1535) でしばしば用いられた <szsh> や <szh> が挙げられるが,あまりに風変わりで真似る者は出なかった.<ss> や <sch> のほかに中英語の半ばで優勢だった異綴字としては,現代ドイツ語綴字を思わせる <sch> を挙げないわけにはいかない.とりわけ語頭では広く行われ,北部方言では16世紀末まで続いた.
特定の語や形態素に現われる /ʃ/ を表わすのに,特定の綴字が用いられたケースがある.例えば she を表わすのに,13世紀には <sge>, , <sze> のような綴字がときに用いられた.East Anglia では,よく知られているように shall や should の語頭子音が <x> で綴られ,奇妙な <xal> や <xulde> がみられた.また,形態素 -ship は中英語ではときに -<chipe> と綴られた.
最後に,1200年頃の Ormulum でもすでに規則的に用いられていたが,<sh> が優勢な二重字として他を圧することになる.14世紀末のロンドン文書や Chaucer でも一般的であり,Caxton では標準となった.
近現代英語では,いくつかの語においてこの子音を表わすのに他の字を用いることもあるが,いずれも語源的あるいは発音上説明されるべき周辺的な例である.例えば,machine, schedule, Asia, -tion (cf. 「#2018. <nacio(u)n> → <nation> の綴字変化」 ([2014-11-05-1])) などである.
「#2043. 英語綴字の表「形態素」性」 ([2014-11-30-1]) の記事の後半で,動詞 <pronounce> に対して名詞 <pronunciation> と綴られる理由に触れた.近現代英語の綴字はより表語的(より正確には表「形態素」的)な体系へと発展してきたが,前時代的な表音性も多分に残っており,この例のように <ou> = /aʊ/, <u> = /ʌ/ の関係が守られているケースがある.
しかし,派生関係にある動詞と名詞の語幹部分に異なる母音,異なる母音字があるというのは厄介なことには違いない.そこで,この不一致を是正しようという欲求,あるいは一種の類推作用が生じることは自然の成り行きである.名詞を <pronouciation> と綴ったり,/prəˌnaʊnsiˈeɪʃən/ と発音する試みが行われてきた.この試みはしばしば規範主義者から誤用とレッテルを貼られてきたが,逆にいえば,それほどよく用いられることがあるということだ.Horobin (247) にも,"commonly misspelled pronounciation" として言及がある.OED は次のように述べている.
The forms pronouncyacyon, pronounciacion, pronountiation, pronounciation show the influence of PRONOUNCE v. This influence is also seen in the pronunciation Brit. /prəˌnaʊnsɪˈeɪʃn/, U.S. /prəˌnaʊnsiˈeɪʃ(ə)n/, which has frequently been criticized in usage guides.
名詞における /aʊ/ の発音は,Web3 では "substandard" とレーベルが貼られており,Longman Pronunciation Dictionary では注意が喚起されている.
名詞形の問題の母音を表わす綴字については,この語がフランス語から借用された後期中英語より <u> が普通だったが,OED によれば <ou> をもつ異綴りが15世紀以来行われてきたという.そこで,EEBO (Early English Books Online) に基づいたテキスト・データベースで調べてみると,16--17世紀には確かにパラパラと <ou> の例が挙がる.多少の異形も含めて検索した結果は以下の通り.
Period (subcorpus size) | <pronunciation> etc. | <pronounciation> etc. |
---|---|---|
1451--1500 (244,602 words) | 0 wpm (0 times) | 0 wpm (0 times) |
1501--1550 (328,7691 words) | 9.73 (32) | 0.30 (1) |
1551--1600 (13,166,673 words) | 1.14 (15) | 0.30 (4) |
1601--1650 (48,784,537 words) | 1.35 (66) | 0.12 (6) |
1651--1700 (83,777,910 words) | 1.38 (116) | 0.19 (16) |
1701--1750 (90,945 words) | 0 (0) | 0 (0) |
Period (subcorpus size) | <pronunciation> etc. | <pronounciation> etc. |
---|---|---|
1710--1780 (10,480,431 words) | 31 | 2 |
1780--1850 (11,285,587) | 43 | 0 |
1850--1920 (12,620,207) | 64 | 0 |
「#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差」 ([2012-12-19-1]),「#1386. 近代英語以降に確立してきた標準綴字体系の特徴」 ([2013-02-11-1]),「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1]),「#1940. 16世紀の綴字論者の系譜」 ([2014-08-19-1]) でみたように,近現代英語の綴字体系はいくぶん表語的 (logographic) である.もちろん表音文字を標榜するアルファベットを利用している以上,完全に表語的ということはありえないが,先立つ中英語のすぐれて表音的な綴字体系と比較すれば,より表語的な性格を示しているということはできる.
表「語」的と述べてきたが,正確にいえば表「形態素」的 ("morphographic"?) と表現すべきだろう.1つの形態素にある決まった文字列をあてがい,その関係をいつでもどこでも保持するというのが,表「形態素」性の本質である.これは,生成文法の枠組で形態論を研究する者にとってはありがたい状況だろう.理論的で抽象的な基底形が,一般に使用されている具体的な正書法の綴字とおよそ一致するからだ.
Carney (18) は,英語綴字の表「形態素」性について,母音と子音それぞれ例を挙げながら的確に説明を与えている.
2.4 LEXICAL SPELLING
Keeping the spelling of a morpheme constant
The English writing system is not simply concerned with mapping phonemes on to letters. To a large extent it tries to offer the reader a constant spelling for a morpheme in spite of the varying pronunciation of the morpheme in different contexts. Children are taught both a long and a short phonemic value for the simple vowel letters. In spite of the very considerable present-day phonetic differences in pronunciation, the pairs /eɪ/ -- /æ/ (sane, sanity), /aɪ/ -- /ɪ/ (mime, mimic), /əʊ/ -- /ɒ/ (cone, conical, /iː/ -- /e/ (diabetes, diabetic) have a constant vowel letter. Only in the pair /aʊ/ -- /ʌ/ (pronounce, pronunciation) do the vowel letters used in the spelling (<ou> -- <u>) sometimes vary to reflect the surface difference. But even here there are long-short differences such as South, Southern where the morpheme keeps its spelling identity. Similarly the different correspondences /s/ ≡ <c>, /k/ ≡ <c>, and /ʃ/ ≡ <c> allow a constant morphemic spelling in words such as electricity, electrical, electrician. The past tense and participle morpheme {-ed} in regular verbs (ignoring forms such as spelt, spent, dreamt) has a constant <-ed> spelling in spite of the phonemic variation /ɪd/ (waited), /d/ (warned) and /t/ (watched).
上の引用で注目したいのは,<pronounce> と <pronunciation> が表「形態素」性の例外として挙げられていることだ.先日,ある授業で学生からなぜこの動詞と名詞のペアにおいては母音字が異なっているのかという質問を受けていたからだ.歴史的に調べてみる価値はあるだろうが,当面 Carney に基づいて答えることができそうだ.<south> /saʊθ/ と <southern> /sʌðən/ では,母音は異なるが,同じ形態素を一定の綴字で表わそうとする表「形態素」性の原則により,共通して <ou> で綴られる.これが英語綴字の全体としての方針である.しかし,/aʊ/ と /ʌ/ の交替に関しては,例外的に表音主義を採用する <pronounce> vs <pronunciation> のようなものがある.Carney はこのペアが唯一例のように述べているが,<denounce> vs <denunciation>, <renounce> vs <renunciation>, <abound> vs <abundance>, <redound> vs <redundancy> のような例もある.
このような質問が出るということは,<pronounce> vs <pronunciation> に示される表音主義が現代英語の綴字としては例外という直感があるということだ.逆にいえば,<south> vs <southern> の示す表語主義のほうが原則という直感が働いているのだろう.
・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
フランス語を学習中の学生から,こんな質問を受けた.フランス語では actif, effectif など語尾に -if をもつ語(本来的に形容詞)が数多くあり,男性形では見出し語のとおり -if を示すが,女性形では -ive を示す.しかし,これらの語をフランス語から借用した英語では -ive が原則である.なぜ英語はフランス語からこれらの語を女性形で借用したのだろうか.
結論からいえば,この -ive はフランス語の対応する女性形語尾 -ive を直接に反映したものではない.英語は主として中英語期にフランス語からあくまで見出し語形(男性形)の -if の形で借用したのであり,後に英語内部での音声変化により無声の [f] が [v] へ有声化し,その発音に合わせて -<ive> という綴字が一般化したということである.
中英語ではこれらのフランス借用語に対する優勢な綴字は -<if> である.すでに有声化した -<ive> も決して少なくなく,個々の単語によって両者の間での揺れ方も異なると思われるが,基本的には -<if> が主流であると考えられる.試しに「#1178. MED Spelling Search」 ([2012-07-18-1]) で,"if\b.*adj\." そして "ive\b.*adj\." などと見出し語検索をかけてみると,数としては -<if> が勝っている.現代英語で頻度の高い effective, positive, active, extensive, attractive, relative, massive, negative, alternative, conservative で調べてみると,MED では -<if> が見出し語として最初に挙がっている.
しかし,すでに後期中英語にはこの綴字で表わされる接尾辞の発音 [ɪf] において,子音 [f] は [v] へ有声化しつつあった.ここには強勢位置の問題が関与する.まずフランス語では問題の接尾辞そのもに強勢が落ちており,英語でも借用当初は同様に接尾辞に強勢があった.ところが,英語では強勢位置が語幹へ移動する傾向があった (cf. 「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]),「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]),「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1]),「#1473. Germanic Stress Rule」 ([2013-05-09-1])) .接尾辞に強勢が落ちなくなると,末尾の [f] は Verner's Law (の一般化ヴァージョン)に従い,有声化して [v] となった.verners_law と子音の有声化については,特に「#104. hundred とヴェルネルの法則」 ([2009-08-09-1]) と「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]) を参照されたい.
上記の音韻環境において [f] を含む摩擦音に有声化が生じたのは,中尾 (378) によれば,「14世紀後半から(Nではこれよりやや早く)」とある.およそ同時期に,[s] > [z], [θ] > [ð] の有声化も起こった (ex. is, was, has, washes; with) .
上に述べた経緯で,フランス借用語の -if は後に軒並み -ive へと変化したのだが,一部例外的に -if にとどまったものがある.bailiff (執行吏), caitiff (卑怯者), mastiff (マスチフ), plaintiff (原告)などだ.これらは,古くは [f] と [v] の間で揺れを示していたが,最終的に [f] の音形で標準化した少数の例である.
以上を,Jespersen (200--01) に要約してもらおう.
The F ending -if was in ME -if, but is in Mod -ive: active, captive, etc. Caxton still has pensyf, etc. The sound-change was here aided by the F fem. in -ive and by the Latin form, but these could not prevail after a strong vowel: brief. The law-term plaintiff has kept /f/, while the ordinary adj. has become plaintive. The earlier forms in -ive of bailiff, caitif, and mastiff, have now disappeared.
冒頭の質問に改めて答えれば,英語 -ive は直接フランス語の(あるいはラテン語に由来する)女性形接尾辞 -ive を借りたものではなく,フランス語から借用した男性形接尾辞 -if の子音が英語内部の音韻変化により有声化したものを表わす.当時の英語話者がフランス語の女性形接尾辞 -ive にある程度見慣れていたことの影響も幾分かはあるかもしれないが,あくまでその関与は間接的とみなしておくのが妥当だろう.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
標記の語のように現代英語で -<ow> をもつ語は,中英語では -<we> で綴られるのが普通である.古英語では見出し語形は folgian, sceadu, sorg のように様々だが,中英語にかけて語幹末に半子音 /w/ が発達した (cf. 「#194. shadow と shade」 ([2009-11-07-1])) .中英語の -<we> 以降の綴字と発音の発達について関心があったので,調べてみた.
まず Jespersen (192) によると,問題の -<we> に表わされる半子音 /w/ が /u/ へと母音化する音韻変化を経た.この /u/ はときに長音化して /uː/ となり,長短の間でしばらく揺れを示した.おそらく,この長音化した音を表わすのに <ow> の綴字が採用されたのではないかという.一方で,/o/ や /oʊ/ をもつ異形も現われていたようで,<ow> はこの後者を直接したものとも考えられる.同時に,問題の母音が弱化した /ə/ も現われ,現代英語の非標準的な発音としては引き継がれている.
. . . /wə/ became syllabic /w/, that is /u/, thus ME folwe, shadwe, sorwe, medwe, etc. became /folu, ʃadu/, etc. This pronunciation is often found in the old orthoepists; thus H 1569 has /felu/ and /feluˑ/ by the side of /felo/, /folu/ by the side of /folo/, and /halu/, for fellow, follow, hallow.
M 1582 says that -ow in the ending of bellow, mellow, yallow is = "u quick". H 1662 likewise -ow = u: hollow hollu, tallow tallu, etc.; J 1701 has "oo" in follow. This pronunciation is continued in vg [ə]:[fɔlə, gæləs], and the spelling -ow adopted in all these words was probably at first intended for the sound /u/ or possibly /uˑ/. But we soon find another pronunciation cropping up; H 1569, besides /u/ as mentioned, has also /boro/ and /borou/ borrow. G 1621 does not seem to know /u/, but has /oˑu/ in follow, shadow, bellow, hollow. J 1764 says that -ow in follow, etc. = "o", but if another vowel follows, it is "ow". Now [o(ˑ)u] is the established pronunciation.
Dobson Vol. 2 (866--67) に当たってみると,問題の /w/ の前にわたり音 (glide) として /o/ が発達したのではないかという見解だ.だが,Dobson は Jespersen よりも複雑な変異を想定しているようだ.半子音 /w/ が関与する音節には,いかに多くの variants が発達しうるかを示す好例ではないだろうか.
(2) Variation between late ME ou and ŭ from ME -we
則295. In words such as folwe(n) 'follow' there were variant developments in ME: either a glide-vowel o developed before the w, which then vocalized to [u], giving the diphthong ou; or the w, after final ĕ had become silent in late ME, vocalized to [u], which was identified with ME ŭ. PresE has regularly [o(:)] < ME ou, but formerly [ʊ] (or, by reduction, [ə]) < ME ŭ was common in follow, narrow, sparrow, borrow, morrow, yellow, &c. ME ou (or sounds developed from it) is shown by Hart (who has boro, &c. with [o] < [o:] < ou and felō with [o:] < ou; in all six forms < ME ou, against more than twice as many < ME ŭ), Laneham (folo, &c., but also ŭ), Bullokar, Robinson, Gil (who has both [ou] and [o:] < ME ou), Butler, Hodges, Newton, Lye, Lodwick, Cocker, Brown, and the shorthand-writers T. Shelton, Everardt, Bridges, Heath, and Hopkins. The pronunciations [ʊ] and [u:] (by lengthening of [ʊ]) < ME ŭ are shown by Salesbury, Hart (commonly), Laneham (yelloo 'yellow'), Mulcaster, Jonson (apparently; he says o loses its sound in willow and billow), Howell (1662), Price, Richardson, and WSC-RS. Gil gives fula, in which the a must represent [ə] (probably < ME ŭ) as a Northern form of follow. In the seventeenth century these words also had pronunciations with [ə] and perhaps with [ɪ] . . ., which are likely to be derived from the ME ŭ rather than the ME ou variant.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. Vol. 2. Oxford: OUP, 1968.
近現代英語で <nation> と綴られる語は,中英語では主として <nacio(u)n> と綴られていた.<nacio(u)> → <nation> の変化は,具体的にはなぜ,いつ,どのように生じたのだろうか.ここでは母音字 <ou> → <o> の変化と,子音字 <c> → <t> の変化を分けて考える必要がある.
まず母音字の変化について考えよう.中尾 (331) によると,俗ラテン語において /o/ + 鼻音で終わる閉音節は,対応する Norman French の形態では鼻母音化した短母音 /ʊ/ あるいは長母音 /uː/ を示した.この音をもつ語が中英語へ借用されると,round, troumpe, count, nombre, countrefeten, countour, cuntree, counseil, commissioun, condicioun, nacioun, resoun, sesoun, religioun などと綴られた.-<sioun> や -<tioun> の発音は,対応する現代の -<sion> や -<tion> の発音 /ʃ(ə)n/ とは異なり,いまだ同化も弱化もしておらず,完全な音価 /siuːn/ を保っていたと考えられる.後期中英語から初期近代英語にかけてこの音節に強勢が落ちなくなってくると,同化や弱化が始まり,現在の /ʃ(ə)n/ に近づいていったろう.この過程で長母音を示唆する綴字 -<ioun> はふさわしくないと感じられ,1文字を落として -<ion> とするのが一般化したと想像される.
しかし,<ou> → <o> の変化が単に発音と綴字を一致させるべく生じたものであるという説明が妥当かどうかは検証の余地がある.そこには多少なりとも語源的綴字 (etymological_respelling) の作用があったのではないか.というのは,ME nacioun が後に nation へ変化したとき,変化したのは問題の母音字だけではなく,先行する子音字の <c> から <t> への変化もろともだったからである.Upward and Davidson (97) によると,
The letter C with the value /s/ before E and I in OFr had two main sources. One was Lat C: Lat certanus > certain. The other was Lat T, which before unstressed E, I acquired the same value, /ts/, as C had in LLat. Medieval Lat commonly alternated T and C in such cases: nacionem or nationem, whence the widespread use of forms such as nacion in OFr and ME. The C adopted in LLat, OFr and ME for classical Lat T has sometimes survived into ModE: Lat spatium > space; platea > place. Elsewhere, a later preference for classical Lat etymology has led to the restoration of T in place of C, as in the -TION endings: ModE nation.
つまり,<nacio(u)n> → <nation> における母音字の変化も子音字の変化も,古典ラテン語の綴字に一致させるべく生じたものではないか.
この綴字変化がいつ,どのように生じたかについて,歴史コーパスを用いて調査してみた.まずは Helsinki Corpus に当たって,次の結果を得た(以下の検索では,いずれも複数語尾のついた綴字なども一緒に拾ってある).件数は少ないものの,16世紀が変化の時期だったことがうかがわれる.
<nacion> (<nacioon>) | <nation> | |
---|---|---|
M2 (1250--1350) | 0 (1) | 0 |
M3 (1350--1420) | 7 (1) | 0 |
M4 (1420--1500) | 2 (0) | 0 |
E1 (1500--1569) | 2 (0) | 2 |
E2 (1570--1639) | 0 (0) | 13 |
E3 (1640--1710) | 0 (0) | 14 |
<nacion> | <nation> | |
---|---|---|
CEECS1 (1418--1638) | 2 | 12 |
CEECS2 (1580--1680) | 1 | 27 |
<nacion> | <nacioun> | <nation> | <natioun> | |
---|---|---|---|---|
1451--1500 (123,537 words) | 4 | 0 | 0 | 0 |
1501--1550 (1,825,565 words) | 90 | 0 | 82 | 0 |
1551--1600 (6,648,588 words) | 64 | 0 | 947 | 13 |
1601--1650 (21,296,378 words) | 18 | 0 | 6,451 | 0 |
1651--1700 (38,545,254 words) | 11 | 0 | 22,350 | 1 |
1701--1750 (33,741 words) | 0 | 0 | 12 | 0 |
書き言葉には,formality のレベルが存在する.日本語を書くときにも,それが最終的に公的な印刷物に付される予定であれば,例えば漢字に間違いのないよう気をつけるなど,格段の注意を払うのが普通である.一方,電子メールの文章などでは,印刷物よりは格式度が下がることが多く,ビジネスなど比較的公的な性格の強い文章であっても誤字脱字などは決して少なくない.私的なメール文章であれば,なおさら誤字脱字などが目立つことは,誰しも経験しているところである.さらに,自分しか読むことのない備忘録などでは,文法も乱れており,漢字や句読点も適当に使ったりする.もしそれを人に見られ,書き方が誤っていると指摘されたとしても,私たちはそれは誤りではなく,略式な書き方にすぎないと反論したくなるだろう.書き言葉には,正書法の観点からの正誤とは別の軸として,formality の観点からの格式・略式という軸がある.これは現代英語でも同じである.
英語において綴字の標準化と固定化が着々と進行していた17--18世紀にも,状況は同じだった.綴字には,正誤とは別の軸として formality の軸が存在していた.Addison, Dryden, Swift, Johnson など当時の文人は,1つの固定した正しい綴字で英語を書くことを主張し,正書法の規範を確立しようとしたが,それはあくまで公的な文章を書く場合に限定されていた.というのは,彼らも私信などでは,揺れた綴字を頻繁に用いていたからである.Swift は他人の手紙における綴字には厳しかったにもかかわらず,自らも jail/gaol, hear/here/heer, college/colledge などと揺れていたし,Johnson は自ら書いた辞書でこそ綴字の固定化にこだわったが,私的な書き物では complete/compleet, pamphlet/pamflet, dos/do's/does と変異を示した.Johnson ですら,私信においては特に厳しく正書法を守る必要を感じていなかったのである.Horobin (157) は,17--18世紀におけるこの状況について,以下のように述べている.
Rather being a marker of literacy or education, non-standard spellings in private letters seem to have been considered a marker of relative formality. These private spellings do not appear in printed works, which follow the accepted standard spelling conventions.
この状況は,多かれ少なかれ19世紀以降,現在まで続いているといっても過言ではない.書き言葉については,正書法の問題と formality の問題,あるいは公私の問題とを混同してはならないということだろう.
公私ということでいえば,コンピュータ上でものを書くことが多くなってきた昨今,私的なメモを書いているときですら,半ば自動的にスペルチェッカー,漢字変換,文書校正などのチェック機能が作動するようになってきた.かつては植字工や出版・印刷業者が請けおってきた公的なチェック機能が,現在,コンピュータによって私的な書き物の領域にも侵入してきているといえるだろう.正書法を絶対視する規範主義的な立場の人にとっては,このような自動チェック機能の存在は望ましくすら思われるのかもしれないが,正書法の権化ともいえるかの Swift や Johnson ですら,現代のこの規範の押しつけには辟易するのではないだろうか.「正しさ」が是非とも必要になるのは公的な文脈においてであり,私的な文脈でいちいち「正しさ」を説教されるのは息苦しく感じる.半自動で作動するスペルチェッカーや漢字変換の背後に控えている辞書が一体何なのか,規範の正体が半ばブラックボックスとなっている状況で,常に「正しさ」を強要されているということは,考えてみると息苦しいばかりか,危うさすら感じさせる.Swift と Johnson の見せた公私の区別は,案外,常識的な線をいっていたのかもしれない.
書き言葉への植字工の介入という話題については,「#1844. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった (2)」 ([2014-05-15-1]) を参照されたい.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
「#1939. 16世紀の正書法をめぐる議論」 ([2014-08-18-1]) や「#1940. 16世紀の綴字論者の系譜」 ([2014-08-19-1]) でみたように,16世紀には様々な綴字改革案が出て,綴字の固定化を巡る議論は活況を呈した.しかし,Mulcaster を代表とする伝統主義路線が最終的に受け入れられるようになると,16世紀末から17世紀にかけて,綴字改革の熱気は冷めていった.人々は,決してほころびの少なくない伝統的な綴字体系を半ば諦めの境地で受け入れることを選び,むしろそれをいかに効率よく教育していくかという実際的な問題へと関心を移していったのである.そのような教育者のなかに,Edmund Coote (fl. 1597; see Edmund Coote's English School-maister (1596)) や Richard Hodges (fl. 1643--49) という顔ぶれがあった.
Hodges については「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]) でも触れたように,綴字史への関与のほかにも,当時の発音に関する貴重な資料を提供してくれているという功績がある.例えば Hodges のリストには,cox, cocks, cocketh; clause, claweth, claws; Mr Knox, he knocketh, many knocks などとあり,-eth が -s と同様に発音されていたことが示唆される (Horobin 129) .また,様々な発音区別符(号) (diacritical mark) を綴字に付加したことにより,Hodges は事実上の発音表記を示してくれたのである.例えば,gäte, grëat のように母音にウムラウト記号を付すことにより長母音を表わす方式や,garde, knôwn のように黙字であることを示す下線を導入した (The English Primrose (1644)) .このように,Hodges は当時のすぐれた音声学者といってもよく,Shakespeare 死語の時代の発音を伝える第1級の資料を提供してくれた.
しかし,Hodges の狙いは,当然ながら後世に当時の発音を知らしめることではなかった.それは,あくまで綴字教育にあった.体系としては必ずしも合理的とはいえない伝統的な綴字を子供たちに効果的に教育するために,その橋渡しとして,上述のような発音区別符の付加を提案したのである.興味深いのは,その提案の中身は,1世代前の表音主義の綴字改革者 William Bullokar (fl. 1586) の提案したものとほぼ同じ趣旨だったことである.Bullokar も旧アルファベットに数々の記号を付加することにより,表音を目指したのだった.しかし,Hodges の提案のほうがより簡易で一貫しており,何よりも目的が綴字改革ではなく綴字教育にあった点で,似て非なる試みだった.時代はすでに綴字改革から綴字教育へと移り変わっており,さらに次に来たるべき綴字規則化論者 ("Spelling Regularizers") の出現を予期させる段階へと進んでいたのである.
この時代の移り変わりについて,渡部 (96) は「Bullokar と同じ工夫が,違った目的のためになされているところに,つまり17世紀中葉の綴字問題が一種の「ルビ振り」に似た努力になっている所に,時代思潮の変化を認めざるをえない」と述べている.Hodges の発音区別符をルビ振りになぞらえたのは卓見である.ルビは文字の一部ではなく,教育的配慮を含む補助記号である.したがって,形としてはほぼ同じものであったとしても,文字の一部を構成する不可欠の要素として Bullokar が提案した記号は,決してルビとは呼べない.ルビ振りの比喩により,Bullokar の堅さと Hodges の柔らかさが感覚的に理解できるような気がしてくる.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
・ 渡部 昇一 『英語学史』 英語学大系第13巻,大修館書店,1975年.
初期近代英語期の語源的綴字 (etymological_respelling) について,本ブログでいろいろと議論してきた.そのなかの1つ「#1942. 語源的綴字の初例をめぐって」 ([2014-08-21-1]) で,語源的綴字に批判的だった論客の1人として John Hart (c. 1501--74) の名前を挙げた.Hart は表音主義の綴字改革者の1人で An Orthographie (1569) を出版したことで知られるが,あまりに急進的な改革案のために受け入れられず,後世の綴字に影響を及ぼすことはほとんどなかった.実際,Hart は語源的綴字の問題に関しても批判を加えたものの,最終的にはその批判は響かず,Mulcaster など伝統主義の穏健派に主導権を明け渡すことになった.
Hart の語源的綴字に対する批判は,当時の英語の綴字が全般的に抱える諸問題の指摘のなかに見いだされる.Hart は,英語の綴字は "the divers vices and corruptions which use (or better abuse) mainteneth in our writing" に犯されているとし,問題点として diminution, superfluite, usurpation of power, misplacing の4種を挙げている.diminution はあるべきところに文字が欠けていることを指すが,実例はないと述べており,あくまで理論上の欠陥という扱いである.残りの3つは実際的なもので,まず superfluite はあるべきではないところに文字があるという例である.<doubt> の <b> がその典型例であり,いわゆる語源的綴字の問題は,Hart に言わせれば superfluite の問題の1種ということになる.usurpation は,<g> が /g/ にも /ʤ/ にも対応するように,1つの文字に複数の音価が割り当てられている問題.最後に misplacing は,例えば /feɪbəl/ に対応する綴字としては *<fabel> となるべきところが <fable> であるという文字の配列の問題を指す.
上記のように,語源的綴字が関わってくるのは,あるべきでないところに文字が挿入されている superfluite においてである.Hart (121--22) の原文より,関連箇所を引用しよう.
Then secondli a writing is corrupted, when yt hath more letters than the pronunciation neadeth of voices: for by souch a disordre a writing can not be but fals: and cause that voice to be pronunced in reading therof, which is not in the word in commune speaking. This abuse is great, partly without profit or necessite, and but oneli to fill up the paper, or make the word thorow furnysshed with letters, to satisfie our fantasies . . . . As breifli for example of our superfluite, first for derivations, as the b in doubt, the g in eight, h in authorite, l in souldiours, o in people, p in condempned, s in baptisme, and divers lyke.
Hart は superfluite の例として eight や people なども挙げているが,通常これらは英語史において初期近代英語期に典型的ないわゆる語源的綴字の例として言及されるものではない.したがって,「語源的綴字 < superfluite 」という関係と理解しておくのが適切だろう.
・Hart, John. MS British Museum Royal 17. C. VII. The Opening of the Unreasonable Writing of Our Inglish Toung. 1551. In John Hart's Works on English Orthography and Pronunciation [1551, 1569, 1570]: Part I. Ed. Bror Danielsson. Stockholm: Almqvist & Wiksell, 1955. 109--64.
昨日の記事「#1982. -ick or -ic (2)」 ([2014-09-30-1]) に引き続き,初期近代英語での -ic(k) 語の異綴りの分布(推移)を調査する.使用するコーパスは市販のものではなく,個人的に EEBO (Early English Books Online) からダウンロードして蓄積した巨大テキスト集である.まだコーパス風に整備しておらず,代表性も均衡も保たれていない単なるテキストの集合という体なので,調査結果は仮のものとして解釈しておきたい.時代区分は16世紀と17世紀に大雑把に分け,それぞれコーパスサイズは923,115語,9,637,954語である(コーパスサイズに10倍以上の開きがある不均衡な実態に注意).以下では,100万語当たりの頻度 (wpm) で示してある.
Spelling pair | Period 1 (1501--1600) (in wpm) | Period 2 (1601--1700) (in wpm) |
---|---|---|
angelick / angelic | 0.00 / 0.00 | 1.45 / 0.21 |
antick / antic | 0.00 / 0.00 | 2.49 / 0.10 |
apoplectick / apoplectic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
aquatick / aquatic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
arabick / arabic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.10 |
archbishoprick / archbishopric | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
arctick / arctic | 0.00 / 0.00 | 0.42 / 0.00 |
arithmetick / arithmetic | 0.00 / 0.00 | 3.22 / 0.31 |
aromatick / aromatic | 0.00 / 0.00 | 0.83 / 0.10 |
asiatick / asiatic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.00 |
attick / attic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.21 |
authentick / authentic | 0.00 / 0.00 | 3.94 / 0.42 |
balsamick / balsamic | 0.00 / 0.00 | 0.73 / 0.10 |
baltick / baltic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
bishoprick / bishopric | 1.08 / 0.00 | 4.25 / 0.00 |
bombastick / bombastic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
catholick / catholic | 5.42 / 0.00 | 38.39 / 1.97 |
caustick / caustic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
characteristick / characteristic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.10 |
cholick / cholic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
comick / comic | 1.08 / 0.00 | 1.45 / 0.10 |
critick / critic | 0.00 / 0.00 | 1.76 / 1.87 |
despotick / despotic | 0.00 / 0.00 | 0.62 / 0.21 |
domestick / domestic | 0.00 / 0.00 | 8.09 / 0.21 |
dominick / dominic | 1.08 / 0.00 | 0.62 / 0.42 |
dramatick / dramatic | 0.00 / 0.00 | 0.83 / 0.10 |
emetick / emetic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.00 |
epick / epic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.10 |
ethick / ethic | 0.00 / 0.00 | 0.00 / 0.10 |
exotick / exotic | 0.00 / 0.00 | 0.73 / 0.10 |
fabrick / fabric | 0.00 / 0.00 | 8.72 / 0.31 |
fantastick / fantastic | 1.08 / 0.00 | 3.42 / 0.10 |
frantick / frantic | 1.08 / 0.00 | 3.94 / 0.00 |
frolick / frolic | 1.08 / 0.00 | 3.32 / 0.00 |
gallick / gallic | 0.00 / 0.00 | 3.32 / 0.52 |
garlick / garlic | 0.00 / 0.00 | 2.28 / 0.00 |
heretick / heretic | 2.17 / 0.00 | 6.02 / 0.00 |
heroick / heroic | 0.00 / 0.00 | 16.91 / 1.35 |
hieroglyphick / hieroglyphic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.00 |
lethargick / lethargic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.10 |
logick / logic | 0.00 / 0.00 | 7.06 / 1.04 |
lunatick / lunatic | 0.00 / 0.00 | 1.66 / 0.00 |
lyrick / lyric | 0.00 / 0.00 | 0.42 / 0.10 |
magick / magic | 2.17 / 0.00 | 3.32 / 0.10 |
majestick / majestic | 0.00 / 0.00 | 4.88 / 0.42 |
mechanick / mechanic | 0.00 / 0.00 | 4.15 / 0.00 |
metallick / metallic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
metaphysick / metaphysic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.21 |
mimick / mimic | 0.00 / 0.00 | 0.42 / 0.00 |
musick / music | 7.58 / 627.22 | 40.98 / 251.40 |
mystick / mystic | 0.00 / 0.00 | 1.45 / 0.10 |
panegyrick / panegyric | 0.00 / 0.00 | 4.46 / 0.10 |
panick / panic | 0.00 / 0.00 | 1.35 / 0.10 |
paralytick / paralytic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
pedantick / pedantic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
philosophick / philosophic | 0.00 / 0.00 | 0.00 / 0.21 |
physick / physic | 1.08 / 0.00 | 27.39 / 1.56 |
plastick / plastic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
platonick / platonic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
politick / politic | 0.00 / 0.00 | 15.98 / 1.14 |
prognostick / prognostic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.00 |
publick / public | 5.42 / 3.25 | 237.39 / 5.71 |
relick / relic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.00 |
republick / republic | 0.00 / 0.00 | 3.01 / 0.31 |
rhetorick / rhetoric | 0.00 / 0.00 | 5.71 / 0.21 |
rheumatick / rheumatic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
romantick / romantic | 0.00 / 0.00 | 0.83 / 0.00 |
rustick / rustic | 0.00 / 0.00 | 1.66 / 0.00 |
sceptick / sceptic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.10 |
scholastick / scholastic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.42 |
stoick / stoic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
sympathetick / sympathetic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
topick / topic | 0.00 / 0.00 | 1.45 / 0.00 |
traffick / traffic | 3.25 / 0.00 | 8.61 / 0.42 |
tragick / tragic | 3.25 / 0.00 | 2.91 / 0.00 |
tropick / tropic | 0.00 / 0.00 | 1.04 / 0.00 |
「#872. -ick or -ic」 ([2011-09-16-1]) の記事で,<public> と <publick> の綴字の分布の通時的変化について,Google Books Ngram Viewer と Google Books: American English を用いて簡易調査した.-ic と -ick の歴史上の変異については,Johnson の A Dictionary of the English Language (1755) では前者が好まれていたが,Webster の The American Dictionary of the English Language (1828) では後者へと舵を切っていたと一般論を述べた.しかし,この一般論は少々訂正が必要のようだ.
「#1637. CLMET3.0 で between と betwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した CLMET3.0 を用いて,後期近代英語の主たる -ic(k) 語の綴字を調査してみた.1710--1920年の期間を3期に分けて,それぞれの綴字で頻度をとっただけだが,結果を以下に掲げよう.
Spelling pair | Period 1 (1710--1780) | Period 2 (1780--1850) | Period 3 (1850--1920) |
---|---|---|---|
angelick / angelic | 6 / 50 | 0 / 68 | 0 / 50 |
antick / antic | 4 / 10 | 1 / 6 | 0 / 3 |
apoplectick / apoplectic | 0 / 10 | 1 / 19 | 0 / 14 |
aquatick / aquatic | 1 / 2 | 0 / 35 | 0 / 56 |
arabick / arabic | 2 / 101 | 0 / 45 | 0 / 115 |
archbishoprick / archbishopric | 4 / 7 | 2 / 2 | 0 / 8 |
arctick / arctic | 1 / 5 | 0 / 20 | 0 / 93 |
arithmetick / arithmetic | 9 / 32 | 0 / 77 | 0 / 98 |
aromatick / aromatic | 4 / 14 | 0 / 29 | 0 / 36 |
asiatick / asiatic | 1 / 101 | 0 / 48 | 0 / 76 |
attick / attic | 1 / 32 | 0 / 34 | 0 / 71 |
authentick / authentic | 4 / 160 | 0 / 79 | 0 / 68 |
balsamick / balsamic | 1 / 1 | 0 / 5 | 0 / 1 |
baltick / baltic | 4 / 50 | 0 / 33 | 0 / 43 |
bishoprick / bishopric | 3 / 28 | 2 / 9 | 0 / 19 |
bombastick / bombastic | 1 / 2 | 0 / 3 | 0 / 4 |
cathartick / cathartic | 0 / 1 | 1 / 0 | 0 / 0 |
catholick / catholic | 7 / 291 | 0 / 342 | 0 / 296 |
caustick / caustic | 1 / 2 | 0 / 11 | 0 / 20 |
characteristick / characteristic | 8 / 92 | 0 / 354 | 0 / 687 |
cholick / cholic | 1 / 13 | 0 / 2 | 0 / 1 |
comick / comic | 1 / 68 | 0 / 67 | 0 / 165 |
coptick / coptic | 1 / 11 | 0 / 3 | 0 / 35 |
critick / critic | 12 / 153 | 0 / 168 | 0 / 155 |
despotick / despotic | 9 / 66 | 0 / 51 | 0 / 65 |
dialectick / dialectic | 1 / 0 | 0 / 0 | 0 / 6 |
didactick / didactic | 0 / 10 | 1 / 20 | 0 / 23 |
domestick / domestic | 46 / 733 | 0 / 736 | 0 / 488 |
dominick / dominic | 4 / 11 | 0 / 14 | 1 / 3 |
dramatick / dramatic | 8 / 214 | 0 / 206 | 0 / 216 |
elliptick / elliptic | 1 / 1 | 0 / 8 | 0 / 2 |
emetick / emetic | 4 / 5 | 0 / 7 | 0 / 5 |
epick / epic | 1 / 68 | 0 / 83 | 1 / 38 |
ethick / ethic | 1 / 6 | 0 / 0 | 0 / 3 |
exotick / exotic | 2 / 7 | 0 / 20 | 0 / 38 |
fabrick / fabric | 15 / 116 | 1 / 84 | 0 / 111 |
fantastick / fantastic | 9 / 45 | 0 / 157 | 0 / 198 |
frantick / frantic | 5 / 88 | 2 / 163 | 0 / 124 |
frolick / frolic | 19 / 44 | 0 / 46 | 0 / 32 |
gaelick / gaelic | 1 / 1 | 0 / 30 | 0 / 64 |
gallick / gallic | 1 / 75 | 0 / 11 | 0 / 10 |
gothick / gothic | 2 / 498 | 0 / 131 | 0 / 66 |
heretick / heretic | 2 / 31 | 0 / 37 | 0 / 24 |
heroick / heroic | 17 / 201 | 2 / 224 | 0 / 211 |
hieroglyphick / hieroglyphic | 2 / 4 | 0 / 7 | 0 / 8 |
hysterick / hysteric | 1 / 9 | 0 / 10 | 0 / 6 |
laconick / laconic | 2 / 13 | 0 / 14 | 0 / 7 |
lethargick / lethargic | 1 / 12 | 0 / 8 | 0 / 14 |
logick / logic | 4 / 62 | 0 / 361 | 0 / 367 |
lunatick / lunatic | 2 / 32 | 0 / 34 | 0 / 77 |
lyrick / lyric | 3 / 15 | 0 / 26 | 0 / 37 |
magick / magic | 9 / 110 | 0 / 296 | 0 / 292 |
majestick / majestic | 4 / 73 | 0 / 149 | 1 / 115 |
mechanick / mechanic | 6 / 79 | 0 / 47 | 0 / 58 |
metallick / metallic | 1 / 9 | 0 / 79 | 0 / 137 |
metaphysick / metaphysic | 1 / 2 | 0 / 11 | 0 / 9 |
mimick / mimic | 2 / 25 | 1 / 46 | 0 / 23 |
musick / music | 87 / 549 | 3 / 1220 | 3 / 1684 |
mystick / mystic | 1 / 39 | 0 / 92 | 0 / 167 |
obstetrick / obstetric | 1 / 2 | 0 / 1 | 0 / 0 |
panegyrick / panegyric | 19 / 121 | 0 / 43 | 0 / 16 |
panick / panic | 14 / 58 | 1 / 90 | 0 / 314 |
paralytick / paralytic | 1 / 15 | 0 / 41 | 0 / 14 |
pedantick / pedantic | 3 / 31 | 0 / 28 | 0 / 29 |
philippick / philippic | 2 / 2 | 0 / 3 | 0 / 2 |
philosophick / philosophic | 1 / 140 | 0 / 80 | 0 / 155 |
physick / physic | 35 / 157 | 4 / 51 | 3 / 38 |
plastick / plastic | 1 / 4 | 0 / 19 | 0 / 32 |
platonick / platonic | 5 / 48 | 0 / 30 | 0 / 22 |
politick / politic | 8 / 40 | 2 / 37 | 0 / 51 |
prognostick / prognostic | 2 / 18 | 0 / 5 | 0 / 1 |
publick / public | 767 / 3350 | 1 / 3171 | 2 / 2606 |
relick / relic | 1 / 26 | 4 / 56 | 0 / 65 |
republick / republic | 12 / 515 | 0 / 185 | 0 / 171 |
rhetorick / rhetoric | 26 / 109 | 2 / 40 | 0 / 65 |
rheumatick / rheumatic | 1 / 7 | 0 / 33 | 0 / 30 |
romantick / romantic | 32 / 191 | 0 / 346 | 0 / 322 |
rustick / rustic | 3 / 102 | 0 / 157 | 0 / 80 |
sarcastick / sarcastic | 1 / 37 | 0 / 66 | 0 / 60 |
sceptick / sceptic | 3 / 26 | 0 / 19 | 0 / 26 |
scholastick / scholastic | 2 / 24 | 0 / 42 | 0 / 46 |
sciatick / sciatic | 1 / 1 | 0 / 1 | 0 / 3 |
scientifick / scientific | 2 / 16 | 0 / 451 | 0 / 814 |
stoick / stoic | 5 / 34 | 1 / 15 | 0 / 26 |
sympathetick / sympathetic | 3 / 26 | 0 / 70 | 0 / 248 |
systematick / systematic | 1 / 13 | 0 / 64 | 0 / 104 |
topick / topic | 12 / 128 | 0 / 177 | 0 / 176 |
traffick / traffic | 80 / 67 | 1 / 164 | 0 / 203 |
tragick / tragic | 4 / 65 | 0 / 65 | 0 / 209 |
tropick / tropic | 12 / 37 | 0 / 7 | 0 / 23 |
昨日の記事「#1941. macaronic code-switching としての語源的綴字?」 ([2014-08-20-1]) に引き続き,etymological_respelling の話題.英語史では語源的綴字は主に16--17世紀の話題として認識されている(cf. 「#1387. 語源的綴字の採用は17世紀」 ([2013-02-12-1])).しかし,それより早い例は14--15世紀から確認されているし,「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1]),「#1790. フランスでも16世紀に頂点を迎えた語源かぶれの綴字」 ([2014-03-22-1]) でみたように,お隣フランスでもよく似た現象が13世紀後半より生じていた.実際にフランスでも語源的綴字は16世紀にピークを迎えたので,この現象について,英仏語はおよそ歩調を合わせていたことになる.
フランス語側での語源的綴字について詳しく調査していないが,Miller (211) は14世紀終わりからとしている.
Around the end of C14, French orthography began to be influenced by etymology. For instance, doute 'doubt' was written doubte. Around the same time, such etymologically adaptive spellings are found in English . . . ., especially by C16. ME doute [?a1200] was altered to doubt by confrontation with L dubitō and/or contemporaneous F doubte, and the spelling remained despite protests by orthoepists including John Hart (1551) that the word contains an unnecessary letter . . . .
フランス語では以来 <doubte> が続いたが,17世紀には再び <b> が脱落し,現代では doute へ戻っている.
では,英語側ではどうか.doubt への <b> の挿入を調べてみると,MED の引用文検索によれば,15世紀から多くの例が挙がるほか,14世紀末の Gower からの例も散見される.
同様に,OED でも <doubt> と引用文検索してみると,15世紀からの例が少なからず見られるほか,14世紀さらには1300年以前の Cursor Mundi からの例も散見された.『英語語源辞典』では,doubt における <b> の英語での挿入は15世紀となっているが,実際にはずっと早くからの例があったことになる.
・ a1300 Cursor M. (Edinb.) 22604 Saint peter sal be domb þat dai,.. For doubt of demsteris wrek [Cott. wreke].
・ 1393 J. Gower Confessio Amantis I. 230 First ben enformed for to lere A craft, which cleped is facrere. For if facrere come about, Than afterward hem stant no doubt.
・ 1398 J. Trevisa tr. Bartholomew de Glanville De Proprietatibus Rerum (1495) xvi. xlvii. 569 No man shal wene that it is doubt or fals that god hath sette vertue in precyous stones.
だが,さすがに初期中英語コーパス ,LAEME からは <b> を含む綴字は見つからなかった.
・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.
昨日の記事「#1939. 16世紀の正書法をめぐる議論」 ([2014-08-18-1]) で,数名の綴字論者の名前を挙げた.彼らは大きく表音主義の急進派と伝統主義の穏健派に分けられる.16世紀半ばから次世紀へと連なるその系譜を,渡部 (64) にしたがって示そう.
昨日の記事で出てきていない名前もある.Cheke と Smith は宮廷と関係が深かったことから,宮廷関係者である Waad と Laneham にも表音主義への関心が移ったようで,彼らは Cheke の新綴字法を実行した.Hart は Bullokar や Waad に影響を与えた.伝統主義路線としては,Mulcaster と Edmund Coote (fl. 1597; see Edmund Coote's English School-maister (1596)) が16世紀末に影響力をもち,17世紀には Francis Bacon (1561--1626) や Ben Jonson (c. 1573--1637) を経て,18世紀の Dr. Johnson (1709--84) まで連なった.そして,この路線は,結局のところ現代にまで至る正統派を形成してきたのである.
結果としてみれば,厳格な表音主義は敗北した.表音文字を標榜する ローマン・アルファベット (Roman alphabet) を用いる英語の歴史において,厳格な表音主義が敗退したということは,文字論の観点からは重要な意味をもつように思われる.文字にとって最も重要な目的とは,表語,あるいは語といわずとも何らかの言語単位を表わすことであり,アルファベットに典型的に備わっている表音機能はその目的を達成するための手段にすぎないのではないか.もちろん表音機能それ自体は有用であり,捨て去る必要はないが,表語という最終目的のために必要とあらば多少は犠牲にできるほどの機能なのではないか.
このように考察した上で,「#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差」 ([2012-12-19-1]),「#1386. 近代英語以降に確立してきた標準綴字体系の特徴」 ([2013-02-11-1]),「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1]) の議論を改めて吟味したい.
・ 渡部 昇一 『英語学史』 英語学大系第13巻,大修館書店,1975年.
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