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spelling - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-05-27 08:43

2009-06-30 Tue

#63. 塵肺症は英語で最も重い病気? [spelling]

 「塵肺症」という病気がある.日本語として知っている人は少ないだろうが,英語ではちょっと有名である.ただ,有名というのはその病気自体ではなく,それを表す英単語が,である.英語で最も長い単語と言われている.

pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis

 実に45文字からなり,このままでは何が何だか分からないが,分解してみると次のようになる.

pneumono 「肺の」
ultra 「超」
microscopic 「微細な」
silico 「ケイ素の,珪酸の」
volcano 「火山性の」
coniosis 「塵肺病」

「超微小な珪酸の火山塵が肺につまる病気」と考えればよさそうである.coniosis だけでも「塵肺病」を指せるので,まるで寿限無のようだが,確かに長い.膠着的とも抱合的ともいえる,英語としては相当に強引な語形成である.さらに細かく形態素分解すれば,次のようになる.語源は古代ギリシャ語かラテン語のいずれかに遡る.

pneumono 「肺の」 (Greek)
ultra 「超」 (Latin)
micro 「微」 (Greek)
scop 「視野」 (Greek)
ic 「?の」 (Greek)
silico 「ケイ素の,珪酸の」 (Latin)
volcano 「火山(灰)の」 (Latin)
coni 「塵」 (Greek)
osis 「症状」 (Greek)

 念のため,発音も記しておこう.

[nju:ˌmɑnoʊʌltrəmaɪkrəˈskɑpɪkˌsɪlkoʊvɑlkeɪnoʊkoʊnɪˈoʊsɪs]

 英単語としては,以下の4部門で金賞受賞と言っていいかもしれない.

 ・45文字
 ・19音節
 ・42音素(長母音と二重母音は1音素として数えた)
 ・9形態素(もっと細分化も可能?)

 英語史の観点からは,この単語の初出がいつかに関心がある.OED によると,初出は1936年となっている(ただし綴りが若干異なる).OED の説明は以下の通り.

a factitious word alleged to mean 'lung disease caused by the inhalation of very fine silica dust' but occurring chiefly as an instance of a very long word

 この単語は何かと有名な単語なので,Googleでpneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosisを検索するともっと面白い記事があるかもしれない.
 最後に疑問を二点.
 (1) 複数形は,やはり -osis を -oses にするのだろうか? (答:多分そうだろう)
 (2) 1936年より前には英語で最も長い単語は何だったのだろうか? (答:なぞである)

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2009-06-21 Sun

#54. through 異綴りベスト10(ワースト10?) [spelling][lalme][laeme][oed][me_dialect][through]

 昨日[2009-06-20-1]の記事で through の綴りが後期中英語期だけでも515通りあったことを紹介した.そこで書き忘れたのだが,どこからこのような情報が得られるかということである.まさか,丹念に中英語のテキストをしらみつぶしに読んで,一つ一つ through とおぼしき形態をせっせと収集したというわけではない.また,電子コーパスとして全テキストが検索可能になっていたとしても,lemmatise(見出し語化)されていなければ,そもそも検索欄にどの綴り字を入力すればいいのかが不明である.
 方法の一つとして Oxford English Dictionary ( OED ) の利用がある.この究極の英英辞書は,古英語から現代英語までの各単語の異綴りを数多く掲載している.確かに汎用的に使える方法だが,OEDthrough を引いてみると,せいぜい数十の異綴りしか得られない.
 もう一つの方法は,A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English ( LALME ) の利用である.これは,選ばれた基本語の異綴りがブリテン島の地図の上にプロットされている「方言地図」である.時代は後期中英語に限られているものの,異綴り研究にとっては究極のツールである.今回の through の異綴りも LALME ですでにまとめられているリストを打ち込んだだけである.LALME の初期中英語期の姉妹編として LAEME なるものもあり,こちらはオンラインで利用可能なので,ぜひ試されたい(URLは末尾).
 さて,515通りの列挙を眺めていると目がチカチカしてくるが,その中で私の独断と偏見で選ぶベスト10(ワースト10ともいえる)を,突っ込みを入れながら挙げてみよう.

 1. yhurght (←ほぼ yoghurt
 2. trghug (←ほぼ発音不可能)
 3. thrwght (←母音字なし,その一)
 4. thwrw (←母音字なし,その二)
 5. thrvoo (←vって・・・)
 6. throw (←違う単語になってる)
 7. threw (←その過去形まである)
 8. yora (←どうしてこうなるの?)
 9. ȝour (←なぜ?)
 10. through (←ちゃんとあるじゃない!)

 ・McIntosh, Angus, Michael Louis Samuels, Michael Benskin, eds. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
 ・Laing, Margaret and Roger Lass, eds. A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/laeme1.html . Online. Edinburgh: U of Edinburgh, 2007.

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2009-06-20 Sat

#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り [spelling][lme][scribe][me_dialect][through]

 現代英語の学習者が,初めて中英語で書かれたテキストを読もうとするときに驚くのは,スペリングの多様さである.例えば,後期中英語期には through という単語はなんと515通りもの異なるスペリングがあり得た.

doruȝ-, dorw, dorwe, dorwgh, dourȝh, drowgȝ, durghe, durwe, -thogh, thorch, thorew, thorewe, thorffe, thorg, Thorgh, thorgh, -thorgh, thorgh, thorghe, thorght, thorghw, thorghwe, thorgth, thorh, thoro, thorogh, thoroghe, thoroght, -thoroght, thorohe, thoroo, thorou, Thorough, thorough, thorough-, thoroughe, thorought, Thorouh, thorouȝ, thorouȝh, Thorow, thorow, thorow-, Thorowe, thorowe, thorowg, thorowgh, thorowghe, thorowght, thorowh, thorowth, thorowut, thorowȝ, thorowȝt, thorrou, thorrow, thorth, thorthe, thoru, thoru-, thorue, thorugh, -thorugh, thorughe, thorught, -thorught, Thoruh, thoruh, thoruh-, thorur, thoruth, Thoruȝ, thoruȝ, thoruȝh, thorv, Thorw, thorw, -thorw, thorw, Thorwe, thorwe, thorwgh, thorwh, thorwȝ, -thorwȝ, thorwȝ, thorwȝe, Thorȝ, thorȝ, Thorȝe, thorȝe, thorȝh, thorȝoh, thorȝt, thorȝw, thorȝwe, thour, thour, thoure, thourgh, -thourgh, thourghe, thourght-, thourh, thourhe, thourow, thourr, thourth, thourw, thourw, thourwg, thourȝ, thourȝ, thourȝe, thow, thowe, thowffe, thowr, thowrgh, thowrow, thowur, thrawth, threw, thro, thro-, -thro, throch, throcht, throgh, throghe, throghet, throght, throght, throghte, throighe, throu, throuche, throue, throug, through, through-, throughe, throught, throuh, throuȝ, throuȝe, throuȝht, throve, throw, throw-, throw, throwe, throwe, throwe, throwg, throwgh, throwght, throwh, throwr, throwth, throwȝ, throwȝe, throȝ, -throȝe, throȝe, throȝgh, throȝghe, throȝh, throȝhe, throȝt, thruch, thrue-, thrug-, Thrugh, thrugh, thrughe, thrught, thrughte, thruh, thruth, thruȝ, thruȝe, thruȝhe, thrvoo, thrw, thrwe, thrwgh, thrwght, thrygh, thuht, thur, thurch, thurew, thurg, thurge, thurge-, thurgeh, Thurgh, thurgh, thurgh-, -thurgh, thurgh, thurghe, thurght, thurghte, thurgth, thurgwe, Thurh, thurh, thurhe, thurhge, thurhgh, thuro, thurow, thurowe, thurth, thurthe, thuru, thurv, thurw, -thurw, thurwe, Thurȝ, thurȝ, thurȝe, Thurȝh, thurȝh, Thurȝhg, thurȝt, thurȝth, thwrgh, thwrw, torgh, torghe, torw, -torwe, trghug, trogh, troght, trough, trow, trowe, trowffe, trowgh, trowght, trugh, trughe, trught, twrw, yerowe, yhorh, yhoru, yhrow, yhurgh, yhurght, yora, yorch, yorgh, yorghe, yorh, yoro, yorou, yoroue, yorough, yorour, yorow, yorow-, yorowe, yorowe, yoru, yorugh, yoruh, yoruȝ, yorw, yorwe, yorȝ, your, yourch, yourgh, yourghe, yourh, yourw-, yourȝ, yowr, yowrw, yoȝou, yrogh, yrou-, yrow, yrugh, yruȝ, yurch, yurg-, yurgh, yurghe, yurght, yurh, yurhg, yurht, yurowe, yurth, yurthe, yuru, yurw, yurwh, yurȝ, yurȝe, ðoru, þarȝ, þerew, þerew, þerow, þerue-, þhorow, þhurȝ, þor, þorch, þore, þoreu, þorew, þorewe, þorewȝ, þoreȝ, þorg, -þorgh, þorgh, þorghe, þorght, þorghȝ, þorguh, þorgȝ, þorh, þoro, þorogh, þoroghe, þorou, þorou, þoroue, þorough, þorought, þorouh, þorour, -þorouȝ, þorouȝ, þorouȝe, þorouȝh, þorouȝt, þorow, -þorow, þorow, þorow, þorowe, þorowgh, þorowghe, þorowh, þorowth, þorowþ, þorouwȝ, þoroȝ, þorrow, þorrughe, þorth, þoru, -þoru, þorue, þorug, þorugh, þorught, þorugȝ, þoruh, þoruhg, þoruth, þoruþ, þoruȝ, -þoruȝ, þoruȝe, þoruȝh, þoruȝt, þorv, þorw, þorw-, -þorw, þorwe, þorwgh, þorwgȝ, þorwh, -þorwh, þorwhe, þorwth, þorwtȝ, þorwȝ, þorwȝe, þorþ, þorȝ, þorȝe, þorȝh, þorȝhȝ, þorȝt, þough, þour, þour, þour, þourg, þourgh, þourght, þourgȝ, þourh, þourh, þourow, þourt, þourth, þouruȝ, þourw, þourw-, -þourw, þourwe, þourþ, þourȝ, t-þourȝ, þourȝ, þourȝe, þourȝh, þourȝt, þourȝw, þouȝ, þouȝt, þowr, þowre, þro, þrogh, þroghe, þrorow, þrorowe, þroth, þrou, þrough, þrought, þroughte-, þrouh, þrouhe, þrouht, þrouȝ, þrouȝe, þrouȝh, þrouȝt, þrouȝte, þrouȝth, þrow, þrow, þrowe, þrowgh, þrowghe, þrowh, -þrowþ, þrowȝ, þrowȝe, þroȝ, þroȝe, þroȝgh, þroȝh, þroȝt, þroȝth, þrugh, -þruh, þruȝ, þruȝe, þur, þurch, þureh, þureȝ, þurf, þurg, þurgh, -þurgh, þurghe, þurght, þurghȝ, þurgȝh, þurh, þurh, þurhg, þurht, þuro, þurow, þurru, þurth, þurthe, þuru, þuruch, þurugh, þurughe, þurut, þuruȝ, þurw, þurw-, þurwe, þurwȝ, þurwȝ, þurþ, þurȝ, þurȝe, þurȝg, þurȝh, þurȝhg, þurȝt, þurȝth, þwrgh, ȝorgh, ȝoru, ȝoruȝ, ȝoruȝt, ȝorw, ȝour, ȝowr, ȝurch


 壮観である.だが,なぜこんな状況になっていたのだろうか.
 一言でいえば,標準スペリングというものがなかったということである.当時は規範となる辞書もなければ,スペリング・マスターのような人物もいない.写字生 ( scribe ) と呼ばれる書き手の各々が,およそ自分の発音に即して綴り字をあてたのである.例えば,イングランド北部・南部の出身の写字生では,方言がまるで違うわけであり,発音も相当異なったろう.そこで,同じ単語でもかなり異なった綴り字が用いられたはずである.さらには,同じ写字生でも,一つの単語が,数行後に異なるスペリングで書かれるということも珍しいことではない.スペリングがきちんと定まっている現代英語から見ると,信じがたい状況である.
 英語のスペリングがおよそ現在のような形に落ち着いたのは,近代英語以降である.それも比較的ゆっくりと固まっていった.英語の試験で一字でも間違えたらバツということを我々は当たり前のように受け入れているが,中世の写字生がこの厳しい英語教育の現状を見たらなんというだろうか?
 中英語のほうが余裕と遊びがあるようにも思えるが,さすがに515通りは行き過ぎか・・・.そもそも <trghug> なんてどう発音されたのだろうか?

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2009-05-15 Fri

#17. 注意すべき古英語の綴りと発音 [oe][spelling][pronunciation][alphabet]

 古英語は,原則としてローマ字通りに音読すればよいが,現代英語に存在しない文字や音が存在したので注意を要する.以下に,要点を記す.

(1) 古英語のアルファベット

 小文字: a, b, c, d, e, f, ȝ, h, i, k, l, m, n, o, p, r, s, t, u, x, y, z, þ, ð, ƿ, æ
 大文字: A, B, C, D, E, F, Ȝ, H, I, K, L, M, N, O, P, R, S, T, U, X, Y, Z, Þ, Ð, Ƿ, Æ

(2) 注意を要する文字と発音

 以下,綴りは<>で,発音は//で囲む.

 <c>
  ・前舌母音が続くとき,/tʃ/: bēce "beech", cild "child"
  ・語末で<ic>となるとき,/tʃ/: dic "ditch", ic "I"
  ・それ以外は,/k/: æcer "acre", weorc "work"

 <f, s, þ, ð>
  ・有声音に挟まれるとき,/v, z, ð/: hūsian "to house", ofer "over", sūþerne "southern"
  ・それ以外は,/f, s, ð/: hūs "house", of "of", þanc "thank"

 <g>
  ・前舌母音が前後にあるとき,/j/: dæg "day", geong "young"
  ・<l, r>が続くとき,/j/: byrgan "bury", fylgan "follow"
  ・後舌母音に挟まれるとき,/ɣ/: āgan "own", fugol "fowl"
  ・それ以外は,/g/: glæd "glad", gōs "goose"

 <h>
  ・語頭で,/h/: hand "hand", hlāf "loaf"
  ・前舌母音が前にあるとき,/ç/; cniht "knight", riht "right"
  ・口舌母音が続くとき,/x/: nāht "naught", seah "saw"

 <y>
  ・/y/: lȳtel "little", yfle "evilly"

 <sc>
  ・多くは,/ʃ/: asce "ashes", scild "shield"
  ・その他は,/ks/: āscaþ "(he) asks", tusc "tusk"

 <cg>
  ・/dʒ/: bricg "bridge", secgan "say"

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2009-05-11 Mon

#13. 英国のパブから ye が消えていくゆゆしき問題 [palaeography][spelling][spelling_pronunciation][thorn][th][pub]

 英国のパブがどんどん潰れているという新聞記事を読んだ.スーパーに出される格安のビール,経済不況,アルコール増税が原因らしい.1日平均6件が潰れているという.窮状はこちらの記事に詳しい.パブなしでは過ごせなかった留学時代を思い出すと,このゆゆしき事態に嘆かざるをえない.
 パブは "public house" の略語であり,英国の伝統的な酒場のことである.屋号や建物に歴史が刻まれているパブも多い.例えば,ロンドンで最古のパブとして知られているのが1528年創業の "Ye Olde Cheshire Cheese" である.
 今日の話題は,屋号に現れる最初の単語である.店の看板の画像をご覧ください.古いパブ,あるいは古さを装っているパブには,この Ye で始まるものが多い.発音は/ji:/として読まれるが,実はこれは定冠詞 the の異形である.これには歴史的背景がある.
 古英語には,現代英語にないアルファベット文字がいくつか存在した.そのうちの一つに,<þ> "thorn" という文字があった.これは,現代英語でいえば<th>という二文字に相当し,歯摩擦音の /θ/ や /ð/ を表した.<þ> は古英語以降も使われはしたが,フランス語から入った<th>に徐々に取って代わられていった.したがって,中英語の the に対しては,新形として <the> が,古形として <þe> が併存することとなった.

thorn 1thorn 2y
thorn thorn y

 さて,<þ> があまり使われなくなり,歯摩擦音を表す文字として忘れ去られようとしたとき,古風を装った書き手は,<þ> と形の似た <y> の文字を代用した.<ye> と綴って the を表すことで,<þ> の文字の伝統がかろうじて保たれたわけである.だが,<þ> 自体は最終的には忘れられ,その事情を何も知らない後世の人々は,<ye> の綴りを見て当然のごとく /ji:/ と発音した ( spelling pronunciation ).その慣習が現在に続いている.
 古風を売りにするパブが <ye> を使い続けている背景には,文字の消失と spelling pronunciation という英語史上の過程があったのである.

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