昨日午後1時より Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,khelf(慶應英語史フォーラム)主催の生放送「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一) 第2弾」をお届けしました(予告記事も参照).
今回も hellog の読者や heldio のリスナーの方々には,多数の質問(120本ほど!)を寄せていただき,また生放送にも参加していただきまして,ありがとうございました.おかげさまで,第1弾にもまして実りある回となりました.
生放送を収録した音声を今朝の heldio にてアーカイヴとして配信しましたので,以下よりお聴きください(60分間と長めです).本編16:10辺りからは,たまたま居合わせた(?)専修大学の菊地翔太先生にも参加していただきました.また,本編39:48辺りからの「推し英単語は何ですか?」という愉快な問いを巡って,一部暴走者(?)も現われながら,おおいに盛り上がりました.本編後の10分間の「楽屋トーク」まで含めてお楽しみいただければと思います.出演者としてもたいへん楽しく,かつ勉強になる会となりました.
全体として様々な角度から質問が寄せられ,良問ぞろいでした.また今回はとりわけ「英語史研究者の言葉の見方」が繰り返し話題となっていました.参考になればと思います.
今回の「千本ノック」についてご感想やご意見などがありましたら,ぜひ Voicy のコメント機能を通じてお寄せください.よろしくお願いします.
今回千本ノックに回答者として参戦していただいた矢冨弘先生(熊本学園大学)と菊地翔太先生(専修大学),そして司会のまさにゃん(慶應義塾大学大学院)の運営するウェブリソースへのリンクを,以下にご紹介します.英語史の学びのために,ぜひご訪問ください.
・ 矢冨弘先生のホームページ:英語史関連のブログ記事や YouTube 講義動画が公開されています
・ 菊地翔太先生のホームページ: 英語史関連の授業資料や講習会資料が公開されています
・ まさにゃんによる YouTube チャンネル「まさにゃんチャンネル【英語史】」: 「毎日古英語」や「語源で学ぶ英単語」のシリーズなど英語史や英語学習に関する動画が満載です
標記の通り,熊本学園大学の矢冨弘先生と堀田隆一とで「英語に関する素朴な疑問 千本ノック 第2弾」を企画しています.10月27日(木) 13:00--14:00 に Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の生放送という形でお届けする予定です.khelf(慶應英語史フォーラム)主催の企画となります.今回も司会を務めるのは,khelf 会長にして日本初の古英語系 YouTube チャンネル「まさにゃんチャンネル」を運営するまさにゃん (masanyan) です.
さる9月21日に「第1弾」を Voicy 生放送でお届けしました (cf. 「#4886. 「英語に関する素朴な疑問 千本ノック(矢冨弘&堀田隆一)」のお知らせ(9月21日(水)16:00--17:00 に Voicy 生放送)」 ([2022-09-12-1])).その生放送また翌日のアーカイヴ配信も合わせ,非常に多くの方に聴取していただき好評を賜わりましたので,このたび第2弾を企画した次第です.
前回と同様,今回の第2弾のためにも,事前に皆さんより「英語に関する素朴な疑問」を募集したいと思います.日々英語について抱いている疑問をお寄せください.矢冨&堀田が主に英語史の観点から回答したり議論したりする予定です.
生放送でお聴きいただける場合には,ライブの投げ込み質問(Voicy アプリ経由で)も受け付ける予定ですので,ぜひご参加ください.なお,生放送でお聴きいただけない場合でも,翌日に収録した音源をアーカイヴ配信する予定ですので,そちらでお聴きください.
・ 皆さんが日々抱いている「英語に関する素朴な疑問」をこちらのフォームよりお寄せください.生放送でなるべく多く取り上げたいと思います.
・ Voicy 生放送への予約済みリンクはこちらとなります.「英語に関する素朴な疑問」は,事前あるいは生放送中に,こちらのリンク先より Voicy のコメント機能を通じて寄せていただいてもけっこうです.
前回の第1弾をまだ聴いていないという方は,ぜひアーカイヴ配信よりお聴きください.雰囲気がつかめるかと思います.
第2弾もどうぞお楽しみに!
なお,Voicy の千本ノックシリーズ全体はこちらからどうぞ.
『中高生の基礎英語 in English』の11月号が発売されました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」も第20回となります.今回はなかなか本質的な問い「なぜ英語の文には主語が必要なの?」を取り上げています.
素朴な疑問であるからこそ,きれいに答えるのが難しいですね.特に日本語は主語がなくて済む場合のほうが多いので,それと比較対照すると,英語の「主語は絶対に存在しなければならない」という金科玉条は理解しにくいですし説明もしにくいわけです.なぜ英語はそんなに主語の存在にうるさいのか,と.
ところが,英語史を振り返ってみると,古英語や中英語という古い時代には,必ずしも主語が存在しない文もあったのです.しかも,存在すべきなのに省略されているというケースだけでなく,そもそも主語の存在が想定されていない(つまり省略しようにも省略すべきものがない)ケースすらあったのです.
今回の連載記事では,その辺りの事情を語りました.記事の最後では,疑問文で主語と動詞をひっくり返したり,命令文で主語を省略する統語規則についても言及しました.ぜひ11月号を手に取ってみてください!
拙著の宣伝となって恐縮ですが,後期が始まった大学も多いかと思いますし,英語史入門書の1つとして紹介いたします.目下7刷りとご愛読いただいていますが,つい先日電子版 (Kindle) も登場しましたので,このタイミングでお知らせ致します.
2016年の本書の出版時に,研究社のウェブサイト上にコンパニオン・サイトも特設されましたので,本書と合わせて以下のリンクよりご参照ください.とりわけ連載「現代英語を英語史の視点から考える」の12回は,英語史のおもしろさを伝えるべく,かなりの力を入れて執筆しましたので,ぜひどうぞ.
・ 本書の紹介
・ 著者の紹介
・ 補足資料とリンク集(中途半端なリンク張りで止まっています,すみません)
・ 連載「現代英語を英語史の視点から考える」
この新学期に英語史を学び始める方も多いと思いますが,(拙著はさておいても)まず「#4873. 英語史を学び始めようと思っている方へ」 ([2022-08-30-1]) をご一読ください.そして,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の「#444. 英語史を学ぶとこんなに良いことがある!」も,ぜひお聴きください.やる気が湧いてくるはずです.
実りある英語史の学びを!
・ 堀田 隆一 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.
『中高生の基礎英語 in English』の10月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第19回は「なぜ単語ごとにアクセントの位置が決まっているの?」です.
英単語のアクセント問題は厄介です.単語ごとにアクセント位置が決まっていますが,そこには100%の規則がないからです.完全な規則がないというだけで,ある程度予測できるというのも事実なのですが,やはり一筋縄ではいきません.
例えば,以前,学生より「nature と mature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」という興味深い疑問を受けたことがあります.これを受けて hellog で「#3652. nature と mature は1文字違いですが,なんで発音がこんなに異なるのですか?」 ([2019-04-27-1]) の記事を書いていますが,この事例はとてもおもしろいので今回の連載記事のなかでも取り上げた次第です.
英単語の厄介なアクセント問題の起源はノルマン征服です.それ以前の古英語では,アクセントの位置は原則として第1音節に固定で,明確な規則がありました.しかし,ノルマン征服に始まる中英語期,そして続く近代英語期にかけて,フランス語やラテン語から大量の単語が借用されてきました.これらの借用語は,原語の特徴が引き継がれて,必ずしも第1音節にアクセントをもたないものが多かったため,これにより英語のアクセント体系は混乱に陥ることになりました.
連載記事では,この辺りの事情を易しくかみ砕いて解説しました.ぜひ10月号テキストを手に取っていただければと思います.
英語のアクセント位置についての話題は,hellog よりこちらの記事セットおよび stress の各記事をお読みください.
昨日の記事「#4885. 「英語ヴァナキュラー談義(岡本広毅&堀田隆一)」のお知らせ(9月20日(火)14:50--15:50 に Voicy 生放送)」 ([2022-09-11-1]) に引き続き,もう1つ Voicy 生放送のご案内です.
9月21日(水)の 16:00--17:00 に,熊本学園大学の矢冨弘先生と堀田隆一とで「英語に関する素朴な疑問 千本ノック」をライヴでお届けします.事前に一般の方々から寄せられてきた英語に関する素朴な疑問に,2人(+α)が主に英語史の観点から次々と回答する,という企画です.
「正しい解答を与える」などというエラそうなことはまったく考えていません(そんなことは不可能です!).むしろ,ノックを受ける側ですから「しどろもどろながらも回答の練習をする」くらいのものに終わると思います.
ただ,企画を通じて「楽しく英語史する」雰囲気が伝わればよいなと思っています.むしろ一緒に質問への回答を考えてみませんか? 奮って生放送にご参加ください.
・ 生放送へのリンクはこちらです
・ 皆様が日々抱いている英語に関する疑問をこちらのフォームよりお寄せください(疑問が寄せられてこないと企画そのものが成り立ちませんで・・・)
・ 生放送時の投げ込み質問にもなるべく対応できればと思っています
・ 生放送の収録は後日アーカイヴとして一般公開もする予定です
回答者の1人となる矢冨弘先生は,近代英語期の歴史社会言語学ほかを専門とされており,YouTube での講義やブログを含めウェブ上でも積極的に活動されています.heldio にも1度ご出演いただいています.今年の4月7日に「#311. 矢冨弘先生との対談 グラスゴー大学話しを1つ」と題して対談しました.
今回の「千本ノック」は,khelf(慶應英語史フォーラム)主催の khelf-conference-2022 という小集会(←実質的には夏の「ゼミ合宿」)の一環として企画されているものです.9月20日,21日の両日にかけて開催される集会で,各日 Voicy の生放送が企画されています.2つの生放送企画について詳しくはこちらの特設ページをご覧ください.また,両企画は以下でもご案内していますので是非お聴きください.
khelf-conference-2022 に関係する各種セッションについては,khelf 公式ツイッターアカウント @khelf_keio でも広報しています.そちらもフォローのほどよろしくお願いいたします.
(後記 2022/09/22(Thu):上記の生放送は予定通りに終了しました.以下のアーカイヴ配信よりお聴きください.)
今週(月)~(土)の午前中は,慶應義塾大学通信教育課程にて「英語学」の夏期スクーリングが対面で開講されます.1コマ105分の授業を計12回という短期決戦の集中講義です.ということで,今週は hellog や heldio の話題も概ね集中講義と連動させる形にし,「英語学入門ウィーク」をお届けしようと思います.集中講義の初日は受講者の顔を眺めながら空気作りをしつつ,以下のような導入的なメニューを展開する予定です.受講される方,どうぞよろしくお願いします.そうでない方も,まだであれば英語学を学び始めてはいかがでしょうか.
1. 英語学の入門書
・ 三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)『日英対照 英語学の基礎』 くろしお出版,2013年. *
・ 井上 逸兵 『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』 慶應義塾大学出版会,2015年.
・ 平賀 正子 『ベーシック新しい英語学概論』 ひつじ書房,2016年.
・ 長谷川 瑞穂(編著),大井 恭子・木全 睦子・森田 彰・高尾 享幸(著) 『はじめての英語学 改訂版』 研究社,2014年.
・ 安藤 貞雄・澤田 治美 『英語学入門』 開拓社,2001年.
・ その他「#4727. 英語史概説書等の書誌(2022年度版)」 ([2022-04-06-1]) を参照
2. 堀田が提供する英語学・英語史に関するウェブリソース
・ 「hellog~英語史ブログ」: http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/
・ Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」: https://voicy.jp/channel/1950
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」: https://www.youtube.com/channel/UCth3mYbOZ9WsYgPQa0pxhvw
・ 詳しくはこちらのプロフィール (note)を参照: https://note.com/chariderryu/n/na772fcace491
3. 英語に関する素朴な疑問から始める「英語学」
・ 「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1])
・ 「#1442. (英語)社会言語学に関する素朴な疑問を募集」 ([2013-04-08-1])
4. 英語学・言語学の6つの基本構成部門
・ 音声学 (phonetics)
・ 音韻論 (phonology)
・ 形態論 (morphology)
・ 統語論 (syntax)
・ 意味論 (semantics)
・ 語用論 (pragmatics)
5. 本日の復習は heldio 「#448. 言語学の6つの基本構成部門」(14分程度),およびこちらの記事セットより
昨日『中高生の基礎英語 in English』の9月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第18回は「なぜ英語には類義語が多いの?」です.
英語には ask -- inquire -- interrogate のような類義語が多く見られます.多くの場合,語彙の学習は暗記に尽きるというのは事実ですので,類義語が多いというのは英語学習上の大きな障壁となります.本当は英語に限った話しではなく,日本語でも「尋ねる」「質問する」「尋問する」など類義語には事欠かないわけなので,どっこいどっこいではあるのですが,現実的には英語学習者にとって高いハードルにはちがいありません.
英語に(そして実は日本語にも)類義語が多いのは,歴史を通じて様々な言語と接触してきたからです.英語にとってとりわけ重要な接触相手はフランス語とラテン語でした.英語は,ある意味を表わす語をすでに自言語にもっていたにもかかわらず,同義のフランス語単語やラテン語単語を借用してきたという経緯があります.結果として,類義語が積み重ねられ,地層のように層状となって今に残っているのです.この語彙の地層は,典型的に下から上へ「本来の英語」「フランス語」「ラテン語」と3層に積み上げられてきたので,これを英語語彙の「3層構造」と呼んでいます.
3層構造については,hellog でも繰り返し取り上げてきました.こちらの記事セットおよび lexical_stratification の各記事をお読みください.
雑誌の連載記事では,この話題を中高生にも分かるように易しく解説しています.ぜひ手に取っていただければと思います.
8月3日に更新された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回,第46弾は「Macy's は -'s なのに Harrods にはアポストロフィがないわけ」です.' (apostrophe) の使用をめぐる共時的・通時的混乱に焦点を当てました.
アポストロフィつながりで緩く関連する話題として,今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」では「#432. なぜ短縮形 that's はあるのに *this's はないの?」という素朴な疑問を取り上げました.こちらもお聴きください.
さらに,所有格の 's に関するとりとめのない話題を,『徹底例解ロイヤル英文法』を参照しつつ,ここに追加したいと思います.s を付けずにアポストロフィだけを単語の末尾に付けて所有格を表わすケースがいくつかあるのです.1つは複数形の -s がすでに付いているケースです.a girls' school や birds' nests のような例です.
次に,複数形ではなくとも綴字上 -s で終わる単語(典型的には固有名詞)を所有格にする場合には, -'s ではなく -' のみを付けることが多いです.Socrates' death, Achilles' tendon, Moses' prophecy のような例です.Columbus' discovery, Dickens' novels, Venus' flower basket なども類例なのですが,こちらは -'s ヴァージョンも可能ということで,ややこしい.
また,for ---'s sake のフレーズでは,当該の名詞が [s] の発音で終わっているときには -'s の代わりに -' が好まれます.for convenience' sake, for goodness' sake, for appearance' sake のごとくです.
アポストロフィの些事というよりも混乱の極みといったほうがよいですね.アポストロフィについては以下の記事もご参照ください.
・ 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1])
・ 「#3889. ネイティブがよく間違えるスペリング」 ([2019-12-20-1])
・ 「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1])
・ 「#3869. ヨーロッパ諸言語が初期近代英語の書き言葉に及ぼした影響」 ([2019-11-30-1])
・ 「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1])
・ 「#3892. greengrocer's apostrophe (2)」 ([2019-12-23-1])
・ 「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1])
・ 「#3661. 複数所有格のアポストロフィの後に何かが省略されているかのように感じるのは自然」 ([2019-05-06-1])
・ 「#4755. アポストロフィはいずれ使われなくなる?」 ([2022-05-04-1])
・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.
前回の「#4747. 英語・言語に関する質問への回答 --- Mond の近況報告」 ([2022-04-26-1]) 以来,3ヶ月が経ちました.この間に Mond に寄せらた英語・言語に関する質問に5件ほど回答しましたので,新しい順にまとめて紹介します(質問が寄せられたタイミングは,ずいぶん前だったりしますが).それぞれの質問をクリックして Mond へ飛んでみてください.
・ 移動動詞の省略についてドイツ語では,gehen, kommen 等の移動動詞は,助動詞,方向規定句と共起する場合は省略しうる,とあります.ここで助動詞は,話法の助動詞のみならず,完了形を作る助動詞も含まれ,結局 sein + 方向規定句 + (省略された移動動詞の過去分詞)で・・・へ行ったところだ,きたところだ,という意味になります.英語でも同様のことがあったことを堀田先生も,以下のページで紹介されていますが,私は,I'm home = I am come home, I'm back = I am come back と考えて良いと思います.ただし,方位副詞で,動的なもの(方向)と静的なもの(位置)が同じ場合(here 等)には文型だけでは「今ここにいる」という現在形なのか,「ここにやってきたところだ」という現在完了形なのかを区別できないので,注意する必要があると思います.現代英語でも「移動動詞は,助動詞,方向規定句と共起する場合は省略しうる」ということは実はかなりあることだと思いますが,何故か堀田先生の上記記事以外では,見たことがありません.不思議です.
・ 国際共通語として英語が存在するにもかかわらず,エスペラント語が生まれたのはなぜですか? 国際補助語として生まれたエスペラント語をいつか学んでみたいと考えているのですが,現実には英語が国際共通語として広く用いられおり,実用性では遥かに勝ると思います.このような状況下で,なぜエスペラント語が生み出されたのでしょうか.また,現在この言語を学ぶ動機としては,私のように趣味的なものがほとんどなのでしょうか?
・ 単語について質問です.see「見る」,watch「観る」は他動詞なのに,なぜ look の場合は前置詞の at をつける必要があるんですか?
・ 曜日については,Sunday,Monday,Saturday は天体名に,Tuesday,Wednesday,Thursday,Friday は神様の名前にちなんで名付けられていると思いますが,神様起源の曜日のうち,Friday にだけ所有格のsが入っていないように感じられるのはなぜでしょうか.
・ 名前とネーム,道路とロード,母とママのように,言語を超えて似ている言葉に不可思議さを感じています.これらの類似性はただの偶然なのでしょうか? それとも種として共有されている潜在意識的なものがあるのでしょうか?
週末のちょっとした読み物としてどうぞ.
先日「#4826. 『起源でたどる日常英語表現事典』の目次」 ([2022-07-14-1]) で紹介した事典の「プロローグ」 (1--8) には,英語史の概略が記述されている.「英語の誕生以前」「英語の誕生」「古英語の時代」「中期英語の時代」「近代英語の時代」「印欧祖語とゲルマン祖語」「ラテン語とロマンス諸語」という見出しで端的に英語史が描かれている.
プロローグの最初では,重要な素朴な疑問「英語が世界で広く用いられるようになった理由」への言及がある.以下に引用する.
英語がこのように世界で広く用いられるようになった理由はいろいろとあげられていますが,次の3点にまとめることが可能です.
1. 英国の貿易政策と文化政策
2. 超大国としての米国の興隆
3. 英語自体の柔軟性と混種性
英語は,英国による植民地政策の結果による貿易用の商用語として世界に広がっていき,各地にある英領植民地での公用語また教育用語となりました.植民地が独立した後にもその有益性から,現地において異なる言語を話す異民族を結ぶ「つなぎ言葉」として多くの国々で使用され続けています.次の政治・経済・軍事大国としての米国の興隆ですが,米国発祥の映画・音楽・スポーツ・インターネット・パソコン・iPhone などが英語の国際的普及に及ぼした影響は大きいものでした.また,英語自体が持つ特徴,すなわち名詞の性・数・格や動詞の時制・法などが,他の言語に比較して簡単であり,学習が容易である点も無視できません.
英語の世界化を巡る日本での言説としては比較的よく見られる「順当な」理由3点のように思われる.しかし,特に第1点と第3点について私は安易に同意できない.
1点目については「政策」という柔らかい表現により,英国と英語の帝国主義的な側面を覆い隠している点が気になる.というのは,英語はそれほど「きれい」なやり方で世界語に発展してきたわけではないからである.英国の政策として成功してきたということは確かに事実だが,この表現ではあまりに英語贔屓のように思われるのである.補足説明でも「有益性」に触れているにとどまり,英語拡大の負の側面には一切触れていない.
2点目については,特に異論はない.
3点目にはおおいに問題を感じる.英語には,見方によって確かに「柔軟性」と「混種性」があるといえるのかもしれない.しかし,それゆえに「英語が世界で広く用いられるようになった」と結論するためには,客観的な根拠や本格的な議論が必要である.しかし,それはここでも,そして一般的にも,ほとんどなされていないのだ.つまり,3点目はあくまで印象論な「理由」にとどまるように思われる.
また,補足説明において「名詞の性・数・格や動詞の時制・法などが,他の言語に比較して簡単であり,学習が容易である」とあるが,これに対しては様々に反論できる.まず,名詞や動詞の形態論について「他の言語に比較して簡単」というときの「他の言語」は,おそらく同事典の趣旨からするとラテン語,ドイツ語,フランス語などの「他の印欧諸語」を念頭に置いているかと思われるが,もしそうだとするならば「他の言語」では言葉足らずだろう.世界には約7千の言語があるのだ.
次に,仮に議論のために上記の議論を受け入れるとしても,「名詞の性・数・格」が比較的簡単であるという指摘については,英語の「数」が「他の言語」よりも複雑であった/複雑であると主張できる理由はない.想定されているとおぼしきいずれの言語においても,数カテゴリーとしては「単数」と「複数」の2種類が区別されるにとどまる(ただし,歴史的な「両数」については考慮されていないという前提).あるいは,性・数・格をひっくるめた三位一体が比較的簡単だということだろうか.
さらに,この点を認めるとしても(少なくとも性と格を個別に見れば「比較的簡単」ではあるとは言えそうだ),名詞や動詞の形態論が比較的簡単だからといって,統語論や語用論など,それ以外の幾多の言語項目を考慮に入れずに,英語の言語体系が全体として比較的簡単であると主張できるかどうかは,おおいに疑問である.少なくとも私個人にとって(そして,おそらく多くの日本の学習者にとって)英語は他の多くの言語と比べても「学習が容易」な言語では決してないように思われる(それこそ印象論だと言われれば,確かにその通りではあるが).言語の難易度が客観的に定めがたいことはよく知られている (cf. 「#293. 言語の難易度は測れるか」 ([2010-02-14-1]),「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]),「#1839. 言語の単純化とは何か」 ([2014-05-10-1]),「#2820. 言語の難しさについて」 ([2017-01-15-1]),「#4165. 言語の複雑さについて再考」 ([2020-09-21-1])).
以上の議論より,私は上記の3点(特に1点目と3点目)は「英語が世界で広く用いられるようになった理由」ではなく「英語の世界的覇権を容認・擁護する理由」なのではないかと考える.
・ 亀田 尚己・中道 キャサリン 『起源でたどる日常英語表現事典』 丸善出版,2021年.
7月11日に khelf(慶應英語史フォーラム)による『英語史新聞』第2号が発行されたことは,「#4824. 『英語史新聞』第2号」 ([2022-07-12-1]) でお知らせしました.第2号の4面に4問の英語史クイズが出題されていましたが,昨日,担当者が答え合わせと解説を2022年7月号外として一般公開しました.どうぞご覧ください.
私自身も今回のクイズと関連する内容について記事や放送を公開してきましたので,以下にリンクを張っておきます.そちらも補足的にご参照ください.
[ Q1 で問われている規範文法の成立年代について ]
・ hellog 「#2583. Robert Lowth, Short Introduction to English Grammar」 ([2016-05-23-1])
・ hellog 「#2592. Lindley Murray, English Grammar」 ([2016-06-01-1])
・ hellog 「#4753. 「英文法」は250年ほど前に規範的に作り上げられた!」 ([2022-05-02-1])
・ YouTube 「英文法が苦手なみなさん!苦手にさせた犯人は18世紀の規範文法家たちです.【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 19 】」
・ heldio 「18世紀半ばに英文法を作り上げた Robert Lowth とはいったい何者?」
[ Q2 で問われている活版印刷の始まった年代について ]
・ hellog 「#241. Caxton の英語印刷は1475年」 ([2009-12-24-1])
・ hellog 「#297. 印刷術の導入は英語の標準化を推進したか否か」 ([2010-02-18-1])
・ hellog 「#871. 印刷術の発明がすぐには綴字の固定化に結びつかなかった理由」 ([2011-09-15-1])
・ hellog 「#1312. 印刷術の発明がすぐには綴字の固定化に結びつかなかった理由 (2)」 ([2012-11-29-1])
・ hellog 「#1385. Caxton が綴字標準化に貢献しなかったと考えられる根拠」 ([2013-02-10-1])
・ hellog 「#3243. Caxton は綴字標準化にどのように貢献したか?」 ([2018-03-14-1])
・ hellog 「#3120. 貴族に英語の印刷物を売ることにした Caxton」 ([2017-11-11-1])
・ hellog 「#3121. 「印刷術の発明と英語」のまとめ」 ([2017-11-12-1])
・ hellog 「#337. egges or eyren」 ([2010-03-30-1])
・ hellog 「#4600. egges or eyren:なぜ奥さんは egges をフランス語と勘違いしたのでしょうか?」 ([2021-11-30-1])
・ heldio 「#183. egges/eyren:卵を巡るキャクストンの有名な逸話」
[ Q3 で問われている食事の名前について ]
・ 「英語史コンテンツ50」より「#23. 食事って一日何回?」
・ hellog 「#85. It's time for the meal --- time と meal の関係」 ([2009-07-21-1])
・ hellog 「#221. dinner も不定詞」 ([2009-12-04-1])
[ Q4 で問われている「動物」を意味する単語の変遷について ]
・ 「英語史コンテンツ50」より「#4. deer から意味変化へ,意味変化から英語史の世界へ!」
・ hellog 「#127. deer, beast, and animal」 ([2009-09-01-1])
・ hellog 「#128. deer の「動物」の意味はいつまで残っていたか」 ([2009-09-02-1])
・ hellog 「#1462. animal の初出年について」 ([2013-04-28-1])
・ heldio 「#117. 「動物」を意味した deer, beast, animal」
今回の号外も含め『英語史新聞』第2号について,ご意見,ご感想,ご質問等がありましたら,khelf 公式ツイッターアカウント @khelf_keio よりお寄せください.アカウントのフォローもよろしくお願いします!
『中高生の基礎英語 in English』の8月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第17回は「なぜ「時・条件を表す副詞節」では未来のことも現在形?」です.
If it is fine tomorrow, I will go shopping. のような文で,明らかに「明日」という未来のことなのに,*If it will be fine tomorrow, . . . . のように will は用いないことになっています.これは,学校文法のヘンテコな規則の最たるものの1つでしょう.英語は一般に現在・過去・未来と時制 (tense) にうるさい言語なのですが,その割には「時・条件を表す副詞節」だけが特別扱いされているようで理解に苦しみます.
しかし,この疑問は,英語史の観点から迫ると見方が変わります.古くは「時制」の問題というよりは「法」 (mood) の問題だったからです.近代英語までは上記の文は If it be fine tomorrow, . . . . のように「仮定法現在」を用いていました.その後,仮定法(現在)の衰退が進み,直説法(現在)で置き換えられた結果 If it is fine tomorrow, . . . . となっている,というのが歴史的経緯です.この経緯には,もともと時制の考慮が入ってくる余地はなかったということです.
この問題は以下の通り,著書,hellog, heldio などでも繰り返し取り上げてきましたが,今回の連載記事では初めて中高生にも理解しやすいよう易しく解説してみました.現代の文法問題に英語史の観点から迫るおもしろさを味わってもらえればと思います.
・ hellog 「#2764. 拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』が出版されました」 ([2016-11-20-1])
- 拙著の4.1.1節にて「時・条件の副詞節では未来のことでも will を用いない」という話題を取り上げています.
・ hellog 「#2189. 時・条件の副詞節における will の不使用」 ([2015-04-25-1])
・ hellog 「#4408. 未来のことなのに現在形で表わすケース」 ([2021-05-22-1])
・ heldio 「#33. 時・条件の副詞節では未来でも現在形を用いる?」(2021年7月04日放送)
khelf(慶應英語史フォーラム)内で,以下のちぐはぐ案件が発生しました.
英語学習者用の文法参考書『Vintage 英文法・語法』(第2版,p. 295)には,something of a+名詞「ちょっとした〈名詞〉/かなりの〈名詞〉」と出ています.新英和中辞典にも同様なことが書いてあります.「ちょっとした」と「かなりの」は日本語的に異なりますが.なぜこのような違いがあるのでしょう.そもそも something の意味が分かっていないから違いが理解できないのでしょうか???
日本語としては確かに「ちょっとした」と「かなりの」は意味が異なるように思われます.原義で考えれば,前者は程度が低く,後者は程度が高いものと理解されており,むしろ対義の感があります.しかし「(意外なことにも)彼はちょっとした/かなりの音楽家なんですよ」という文を考えると,その語用論的意味は近似しているようにも思われます.英語の something of a(n) も日本語の「ちょっとした」も,意味論と語用論のキワに関わる微妙な問題のようです.
関連して quite が「完全に」「そこそこ」の両義をもつことが思い起こされます.「#4247. quite の「完全に」から「そこそこ」への意味変化」 ([2020-12-12-1]),「#4233. なぜ quite a few が「かなりの,相当数の」の意味になるのか?」 ([2020-11-28-1]),「#4235. quite a few は,下げて和らげ最後に皮肉で逆転?」 ([2020-11-30-1]) をご参照ください.広く強意語 (intensifier) の語用論に関する話題ですので,「#4236. intensifier の分類」 ([2020-12-01-1]) も参考になるかと思います.
さて,something of a について『ジーニアス英和大辞典』では次のように記載されています.
▼ *sómething of a ...
((略式))[通例肯定文で] ちょっとした…;かなりの…?She is ~ of a musician. 彼女の音楽の才はかなりのものです《◆音楽家ではない人に用いる》/I found it ~ of a disappointment. それにはかなりがっかりしました(=I found it rather disappointing.)/Life has always been ~ of a puzzle. 人生はこれまで常に謎めいたところがあった.
「《◆音楽家ではない人に用いる》」という指摘は,きわめて重要で示唆に富んだ注だと思います.参照した他の辞書には,このような注はありませんでした.
次に学習者用英英辞書からいくつか例文を拾ってみましょう.
・ She found herself something of a (= to some degree a) celebrity.
・ Charlie's always been something of an expert on architecture.
・ The news came as something of a surprise.
・ The city proved to be something of a disappointment. . .
・ He has a reputation as something of a troublemaker.
ここで改めて something of a(n) は「ちょっとした」なのか「かなりの」なのかという問題に戻って考えてみましょう.この表現には anything of a(n) と nothing of a(n) という関連表現があります.some, any, no の3者の関係については「#679. assertion and nonassertion (1)」 ([2011-03-07-1]),「#680. assertion and nonassertion (2)」 ([2011-03-08-1]) で考察しました.
私は no(thing) の基本義が「無」であるのに対して some(thing) の基本義は「有」であると考えています.「無」の場合にはゼロですから無いものは無いと言っておしまいですが,「有」である場合には「ちょっとした」なのか「かなりの」なのかなど程度の問題が生じます.しかし,あくまで「無」ではなく「有」なのだというのが some(thing of a(n)) の「意味論」的な原義なのではないでしょうか.その程度については「意味論」としては限定せず,あくまで「語用論」的な解釈に任せるといったところではないかと睨んでいます.
「無」が前提とされているところに,その前提をひっくり返して「有」であることを主張するのが some(thing of a(n)) の基本的な働きだろうと考えます.結果として,程度の低い/高い意味になるのかは,文脈に依存する語用論的な判断に委ねられるのではないかと.とはいえ,一般的傾向としては,「無」に対して「有」であることをあえて主張する目的で用いられるわけですから,高めの程度が意図されているケースが多いのではないかと思われます.ただし,最終的な判断はやはり都度の文脈次第なのではないかと.
なかなか難しそうですね.
この2年間,日本の大学もコロナ禍によりオンライン授業が一気に広がりました.この状況下,私自身の教育・研究環境も激変し,半ば無理矢理に音声や動画を用いて教材を作成することを強制されたような感じがします.
この hellog の執筆は13年間続けてきまして,文章をウェブ公開することにはさすがに慣れてきました.しかし,音声や動画をウェブ公開するなどというこっぱずかしいことは,まさかするまいと信じて疑いませんでした.
ところが,一昨年度,音声配信系の授業を試しにやってみたところ,様々な利点があることが判明し,一般の方々に向けても「声の英語史ブログ」として hellog の音声版の配信を始めることになりました.1年ほど前にはプラットフォームを Voicy に移し,「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」を始めました.以後,毎朝6時に「声の英語史ブログ」をお届けしているという次第です.最近は,声を公開するこっぱずかしさは麻痺してきたようです(笑).今朝の heldio のタイトルは「#398. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック --- Part 9」です.どうぞお聴きください.
一方,この2年間のオンライン授業では Zoom などを用いて講義を録画するなどの機会も多く,画面に自分の顔が映るということにも徐々に慣れてきたようです.とはいえ,まさか一般公開することはあるまいと信じて疑いませんでした.それが,ひょんなことで今年の2月より同僚の井上逸兵さんとともに YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を始めることになり,声のみならず顔も出すことになりました(いずれもたいしたものではないので恐縮至極です).「こっぱずかしい」どころかいつの間にか「厚顔無恥」に至った次第です(コロナ禍は恐ろしいですね).
この厚顔無恥が高じ,このたび上記の Voicy の収録の様子を動画で撮り,それを YouTube にて公開するという運びとなりました(笑).日曜日の軽い余興ということで,ご勘弁・ご笑覧ください.「Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の収録の様子(2022/07/03に向けての放送)」です.ということで,チャンネル登録のほど,よろしくお願いいたします(笑).
YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を始めて4ヶ月が経ちました.一昨日,その第35弾が公開されました.「英語の不規則活用動詞のひきこもごも --- ヴァイキングも登場!」です.
標準的にはABC型の sing -- sang -- sung と教わりますが,実はABB型の sing -- sung -- sung も非標準的ながらも現役で用いられています.これは「誤用」ではなく,古英語から続く伝統です.古英語では不規則動詞(歴史的な「強変化動詞」)の過去形には主語の人称に応じて2つあり,それぞれ第1過去形,第2過去形と呼ばれていました.この2区分は,現代標準英語では超高頻度語である be 動詞のみに残っており,それぞれ was と were となります.古英語では,was -- were のような2区分が,他の不規則動詞にもおしなべて存在したというわけです.
sing の場合には第1過去が sang,第2過去が sungon でした.その後の歴史で,過去形は1つに集約されることになりましたが,個々の動詞に応じて,どちらの形態に集約させるかは異なっていました.ある動詞は第1過去形が一般化しましたが,別の動詞では第2過去形が一般化しました.しかし,両者の揺れは実に初期近代英語期(1500--1700年頃)まで続き,第1過去形と第2過去形の揺れは日常的でした.
後期近代英語期(1700--1900年頃)にようやく規範化が進み,いずれかが「正しい」と定められたのですが,その判断基準はアドホックで,必ずしも理由は明らかではありません.sing の場合には,古英語の第1過去形に基づく形態 sang がたまたま標準として定められましたが,方言や個人用法としては,その語も第2過去形に基づく sung も併用され続けたため,現在の英語母語話者にも sung を常用する人がいるのです.
これは,過去分詞 sung を過去形にも適用したという意味での共時的な「誤用」や類推 (analogy) とみることもできるかもしれませんが,歴史の継続性を重視するならば,古英語の第2過去形の残存とみるべき現象なのです.
この問題については,以下の hellog 記事でも取り上げてきましたのでご参照ください.
・ 「#492. 近代英語期の強変化動詞過去形の揺れ」 ([2010-09-01-1])
・ 「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1])
・ 「#2084. drink--drank--drunk と win--won--won」 ([2015-01-10-1])
・ 「#3343. drink--drank--drank の成立」 ([2018-06-22-1])
・ 「#3812. was と were の関係」 ([2019-10-04-1])
Voicy の heldio でも取り上げたことがありました.「#35. sing の過去形は sang か sung か?」を,ぜひお聴きください.
3日前の6月22日(水)に,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 の第34弾が公開されました.「昔の英語は不規則動詞だらけ!」です.
-ed をつければ過去形になる,というのは単純で分かりやすいですね.大多数の動詞に適用される規則なので,このような動詞を「規則動詞」と呼んでいます.一方,日常的で高頻度の一握りの動詞はこの規則に沿わず,「不規則動詞」と呼ばれています.sing -- sang -- sung や come -- came -- come のような,暗記しなければならないアレですね.語幹母音を変化させるのが特徴です.
上記の YouTube で話したことは,歴史的には不規則動詞のほうが先に存在しており,規則動詞は歴史のかなり遅い段階に初めて現われた新参者である,ということです.規則動詞は新参者として現われた当初は,例外的なものとして白眼視されていた可能性が高いのです.しかし,その合理性が受け入れられたのでしょうか,瞬く間に多くの動詞を飲み込んでいき,古英語期が始まるまでにはすっかり「規則的」たる地位を確立していました.逆に,オリジナルの語幹母音を変化させるタイプは,当時すでに「不規則的」な雰囲気を醸すに至っていたというわけです.
このような動詞を巡る大変化は,ゲルマン語派に特有のものでした.つまり,この変化は英語,ドイツ語,アイスランド語などには生じましたが,フランス語,ロシア語,ギリシア語などには生じていないのです.すなわち,ゲルマン語派にのみ生じた印欧語形態論の大革命というべき事件でした.
YouTube により関心をもった方は,専門的な話しにはなりますが,この重大事件について,ぜひ次の記事を通じて深く学んでみてください.英語史のおもしろさにハマること間違いなしです.
・ 「#3345. 弱変化動詞の導入は類型論上の革命である」 ([2018-06-24-1])
・ 「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1])
・ 「#3135. -ed の起源」 ([2017-11-26-1])
・ 「#3339. 現代英語の基本的な不規則動詞一覧」 ([2018-06-18-1])
・ 「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1])
・ 「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1])
・ 「#3385. 中英語に弱強移行した動詞」 ([2018-08-03-1])
・ 「#3670.『英語教育』の連載第3回「なぜ不規則な動詞活用があるのか」」 ([2019-05-15-1]) と,そこに示されている記事群
『中高生の基礎英語 in English』の7月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」が続いています.今回の第16回は,英語学習者より頻繁に寄せられる質問「なぜ仮定法では if I were a bird となるの?」を取り上げます.
この素朴な疑問は,英語史関連の本などでも頻繁に取り上げられてきましたし,私自身も hellog やその他の媒体で繰り返し注目してきました.拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(研究社,2016年)でも4.2節にて「なぜ If I were a bird となるのか?――仮定法の衰退と残存」として解説を加えています.
しかし,これまで明示的に「中高生」の読者層をターゲットに据えた解説にトライしたことはなかったので,何をどこまで述べるべきか,○○には触れないほうがよいのかなど,なかなか腐心しました.そんななか,今回は少し挑戦的に踏み込み,そもそも「仮定法」とは何ぞや,という本質に迫ってみました.はたしてうまくいっているでしょうか.皆様にご判断していただくよりほかありません.
以下は,これまで公表してきた if I were a bird 問題に関する hellog や音声・動画メディアでのコンテンツです.様々なレベルや視点で書いていますので,今回の連載記事と合わせてご覧ください(そろそろこの話題については出し尽くした感がありますね).
・ 「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1])
・ 「#3812. was と were の関係」 ([2019-10-04-1])
・ 「#3983. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (1)」 ([2020-03-23-1])
・ 「#3984. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (2)」 ([2020-03-24-1])
・ 「#3985. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (3)」 ([2020-03-25-1])
・ 「#3989. 古英語でも反事実的条件には仮定法過去が用いられた」 ([2020-03-29-1])
・ 「#3990. なぜ仮定法には人称変化がないのですか? (1)」 ([2020-03-30-1])
・ 「#3991. なぜ仮定法には人称変化がないのですか? (2)」 ([2020-03-31-1])
・ 「#4178. なぜ仮定法では If I WERE a bird のように WERE を使うのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-04-1])
・ 「#4718. 仮定法と直説法の were についてまとめ」 ([2022-03-28-1])
・ 「#30. なぜ仮定法では If I WERE a bird のように WERE を使うのですか?」(hellog-radio: 2020年10月4日放送)
・ 「#36. was と were --- 過去形を2つもつ唯一の動詞」(heldio: 2021年7月7日放送)
・ 「#301. was と were の関係について整理しておきましょう」(heldio: 2022年3月28日放送)
・ 「#102. なぜ as it were が「いわば」の意味になるの?」(heldio: 2021年9月11日放送)
・ 「I wish I were a bird. の were はあの were とは別もの!?--わーー笑【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #9 】(YouTube: 2022年3月27日公開)
本日は直近の YouTube と Voicy で取り上げた話題をそれぞれ紹介します.
(1) 昨日,YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第29弾が公開されました.「英語と日本語とでは同音異義語ができるカラクリがちがう!」です.
英語にも日本語にも同音異義語 (homonymy) は多いですが,同音異義語が歴史的に生じてしまう経緯はおおよそ3パターンに分類される,という話題です.1つは,異なっていた語が音変化により発音上合一してしまったというパターン.もう1つは,同一語が意味変化により異なる語とみなされるようになったというパターン.さらにもう1つは,他言語から入ってきた借用語が既存の語と同形だったというパターンです.
英語の同音異義語の例をもっと知りたいという方は「#2945. 間違えやすい同音異綴語のペア」 ([2017-05-20-1]),「#4533. OALD10 が注意を促している同音異綴語の一覧」 ([2021-09-24-1]) の記事がお薦めです.第2パターンの例として挙げた flower と flour については Voicy 「#2. flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.
また,対談内でも出てきた,故鈴木孝夫先生による「テレビ型言語」か「ラジオ型言語」かという著名な区別については「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]),「#2919. 日本語の同音語の問題」 ([2017-04-24-1]),「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1]) でも触れています.
今回の話題に関心をもたれた方は,本チャンネルへのチャンネル登録もよろしくお願いします.
(2) 今朝,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて,リスナーさんからいただいた付加疑問 (tag_question) に関する質問に回答してみました.「#371. なぜ付加疑問では肯定・否定がひっくり返るのですか? --- リスナーさんからの質問」です.なかなかの難問で,当面の不完全な回答しかできていませんが,ぜひお聴きください.
どうやら主文の表わす命題の肯定・否定を巡る単純な論理の問題ではなく,話し手の命題に関する前提と,話し手が予想する聞き手の反応との組み合わせからなる複雑な語用論の問題となっているようです.あくまで前者がベースとなっていると考えられますが,歴史的にはそこから後者が派生してきたのではないかとみています.未解決ですので,今後も考え続けていきたいと思います.なお,放送で述べていませんでしたが,今回参考にしたのは主に Quirk et al. です.
上記の Voicy 放送はウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うとより快適に聴取できます.Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローも合わせてよろしくお願いいたします! また,放送へのコメントや質問もお寄せください.
新しい一週間の始まりです.今週も楽しい英語史ライフを!
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて「#368. 英語とフランス語で似ている単語がある場合の5つのパターン」という題でお話ししました.この放送に寄せられた質問に答える形で,本日「#370. 英語語彙のなかのフランス借用語の割合は? --- リスナーさんからの質問」を公開しましたので,ぜひお聴きください.
英語とフランス語の両方を学んでいる方も多いと思います.Voicy でも何度か述べていますが,私としては両言語を一緒に学ぶことをお勧めします.さらに,両言語の知識をつなぐものとして「英語史」がおおいに有用であるということも,お伝えしたいと思います.英語史を学べば学ぶほど,フランス語にも関心が湧きますし,その点を押さえつつフランス語を学ぶと,英語もよりよく理解できるようになります.そして,それによってフランス語がわかってくると,両言語間の関係を常に意識するようになり,もはや別々に考えることが不可能な境地(?)に至ります.英語学習もフランス語学習も,ともに楽しくなること請け合いです.
実際,語彙に関する限り,英語語彙の1/3ほどがフランス語「系」の単語によって占められます.フランス語「系」というのは,フランス語と,その生みの親であるラテン語を合わせた,緩い括りです.ここにフランス語の姉妹言語であるポルトガル語,スペイン語,イタリア語などからの借用語も加えるならば,全体のなかでのフランス語「系」の割合はもう少し高まります.
さて,その1/3のなかでの両言語の内訳ですが,ラテン語がフランス語を上回っており 2:1 あるいは 3:2 ほどいでしょうか.ただし,両言語は同系統なので語形がほとんど同一という単語も多く,英語がいずれの言語から借用したのかが判然としないケースもしばしば見られます.そこで実際上は,フランス語「系」(あるいはラテン語「系」)の語彙として緩く括っておくのが便利だというわけです.
このような英仏語の語彙の話題に関心のある方は,ぜひ関連する heldio の過去放送,および hellog 記事を通じて関心を深めていただければと思います.以下に主要な放送・記事へのリンクを張っておきます.実りある両言語および英語史の学びを!
[ heldio の過去放送 ]
・ 「#26. 英語語彙の1/3はフランス語!」
・ 「#329. フランス語を学び始めるならば,ぜひ英語史概説も合わせて!」
・ 「#327. 新年度にフランス語を学び始めている皆さんへ,英語史を合わせて学ぶと絶対に学びがおもしろくなると約束します!」
・ 「#368. 英語とフランス語で似ている単語がある場合の5つのパターン」
[ hellog の過去記事(一括アクセスはこちらから) ]
・ 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」 ([2009-11-15-1])
・ 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」 ([2010-06-30-1])
・ 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1])
・ 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1])
・ 「#874. 現代英語の新語におけるソース言語の分布」 ([2011-09-18-1])
・ 「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1])
・ 「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1])
・ 「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1])
・ 「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1])
・ 「#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強で,かつ重要語」 ([2020-08-25-1])
・ 「#660. 中英語のフランス借用語の形容詞比率」 ([2011-02-16-1])
・ 「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1])
・ 「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1])
・ 「#1225. フランス借用語の分布の特異性」 ([2012-09-03-1])
・ 「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1])
・ 「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1])
・ 「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1])
・ 「#4451. フランス借用語のピークは本当に14世紀か?」 ([2021-07-04-1])
・ 「#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点」 ([2013-10-21-1])
・ 「#1295. フランス語とラテン語の2重語」 ([2012-11-12-1])
・ 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1])
・ 「#848. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別 (2)」 ([2011-08-23-1])
・ 「#3581. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (1)」 ([2019-02-15-1])
・ 「#3582. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (2)」 ([2019-02-16-1])
・ 「#4453. フランス語から借用した単語なのかフランス語の単語なのか?」 ([2021-07-06-1])
・ 「#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語」 ([2018-01-10-1])
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