hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 次ページ / page 5 (11)

borrowing - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-24 16:18

2019-08-03 Sat

#3750. ケルト諸語からの借用語 (2) [celtic][loan_word][borrowing][lexicology][etymology][toponymy][onomastics][irish]

 昨日の記事「#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ」 ([2019-08-02-1]) で論じたように,英語におけるケルト借用語の特定は様々な理由で難しいとされる.今回は,「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]) のリストと部分的に重なるものの,改めて専門家による批評を経た上で,確かなケルト借用語とみなされるものを挙げていきたい.その専門家とは,英語語源学の第1人者 Durkin である.
 Durkin (77--81) は,古英語期のあいだ(具体的にその時期のいつかについては詳らかにしないが)に借用されたとされる Brythonic 系のケルト借用語をいくつかを挙げている.まず,brock "badger" (OE brocc) は手堅いケルト借用語といってよい.これは,「アナグマ」を表わす語として,初期近代英語期に badger にその主たる地位を奪われるまで,最も普通の語だった.
 「かいばおけ」をはじめめとする容器を指す bin (OE binn) も早い借用とされ,場合によっては大陸時代に借りられたものかもしれない.
 coomb "valley" (OE cumb) も確実なケルト借用語で,古英語からみられるが主として地名に現われた.地名要素としての古いケルト借用語は多く,古英語ではほかに luh "lake", torr "rock, hill", funta "fountain", pen "hill, promontory" なども挙げられる.
 The Downs に残る古英語の dūn "hill" も,しばしばケルト借用語と認められている.「#1395. up and down」 ([2013-02-20-1]) で見たとおり,私たちにもなじみ深い副詞・前置詞 down も同一語なのだが,もしケルト借用語だとすると,ずいぶん日常的な語が借りられてきたものである.他の西ゲルマン諸語にもみられることから,大陸時代の借用と推定される.
 「ごつごつした岩」を意味する crag は初例が中英語期だが,母音の発達について問題は残るものの,ケルト借用語とされている.coble 「平底小型漁船」も同様である.
 hog (OE hogg) はケルト語由来といわれることも多いが,形態的には怪しい語のようだ.
 次に,ケルト起源説が若干疑わしいとされる語をいくつか挙げよう.古英語の形態で bannuc "bit", becca "fork", bratt "cloak", carr "rock", dunn "dun, dull or dingy brown", gafeluc "spear", mattuc "mattock", toroc "bung", assen/assa "ass", stǣr/stær "history", stōr "incense", cæfester "halter" などが挙がる.専門的な見解によると,gafeluc は古アイルランド語起源ではないかとされている.
 古アイルランド語起源といえば,ほかにも drȳ "magician", bratt "cloak", ancra/ancor "anchorite", cursung "cursing", clugge "bell", æstel "bookmark", ċine/ċīne "sheet of parchment folded in four", mind "a type of head ornament" なども指摘されている.この類いとされるもう1つの重要な語 cross "cross" も挙げておこう.
 最近の研究でケルト借用語の可能性が高いと判明したものとしては,wan "pale" (OE wann), jilt, twig がある.古英語の trum "strong", dēor "fierce, bold", syrce/syrc/serce "coat of mail" もここに加えられるかもしれない.
 さらに雑多だが重要な候補語として,rich, baby, gull, trousers, clan も挙げておきたい (Durkin 91) .

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-08-02 Fri

#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ [celtic][loan_word][borrowing][lexicology][contact][etymology][hydronymy]

 「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]) を受け,より専門的な語源学の知見を参照しながら英語へのケルト借用語について考えておきたい.主として参照するのは,Durkin の第5章 "Old English in Contact with Celtic" (76--95) である.
 ケルト諸語から英語への借用語が少ないという事実は疑いようがないが,ケルト借用語とされている個々の単語については,語源や語史の詳細が必ずしも明らかになっていないものも多い.先の記事で挙げたような,一般の英語史書でしばしば取り上げられる一連の単語は比較的「手堅い」ものが多いが,その中にももしかすると怪しいものがあるかもしれない.本当にケルト語からの借用語なのかという本質的な問題から,どの時代に借用されたのか,あるいはいずれのケルト語から入ってきたのかといった問題まで,様々だ.
 背景には,英語の歴史とケルト諸語の語源の両方に詳しい専門家が少ないという現実的な事情もある.また,ケルト語源学やケルト語比較言語学そのものも,発展の余地をおおいに残しているという側面もある.たとえば,河川名などの地名に関して「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」 ([2012-07-28-1]) でみたように,ケルト語源を疑う見解もあるのだ.
 さらに,時期の特定の問題も難しい.英語話者とケルト諸語の話者との接触は,前者が大陸にいた時代から現代に至るまで,ある意味では途切れることなく続いている.問題の語が,大陸時代にゲルマン語に借用されたケルト単語なのか,アングロサクソン人のブリテン島への渡来の折に入ってきたものなのか,その後の中世から近代にかけてのある時点において流入したものなのか,判然としないケースもある.
 いずれのケルト語から入ってきたかという問題については,その特定に際して,「#778. P-Celtic と Q-Celtic」 ([2011-06-14-1]) で触れた音韻的な特徴がおおいに参考になる.しかし,この音韻差の発達は紀元1千年紀中に比較的急速に起こったとされ,ちょうどアングロサクソン人の渡来と前後する時期なので,語源の特定にも微妙な問題を投げかける.
 今後ケルト言語学が発展していけば,上記の問題にも答えられる日が来るのだろう.今後の見通しについては,Durkin (80--81) の所見を参考にされたい.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-07-24 Wed

#3740. ケルト諸語からの借用語 [celtic][loan_word][borrowing][lexicology][welsh][scottish_gaelic][irish]

 歴史的に,アングロサクソン人とケルト人の関係は征服者と被征服者の関係である.通常,水が下から上に流れることがないように,原則としてケルト語から英語への語彙の流入もなかった.小規模な語彙の流入があったとしても,あくまで例外的とみるべきである.
 「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1]) で示したものと重なるが,大槻・大槻 (58) より,アングロサクソン時代に英語に借用され,かつ現在まで生き残っているものを挙げると,bin (basket), dun (gray), ass (ass < Latin asinus) 程度のものである.また,ケルトのキリスト教を経由して英語に入ってきたものとしては clugge (bell), drȳ (magician) などがある.
 中英語期以降にも散発的にケルト諸語からの借用がみられた.以下,世紀別にいくつか挙げてみよう(W = Welsh, G = Scottish Gaelic, Ir = Irish) .質も量も地味である.

 ・ 14世紀: crag 絶壁 (G/Ir), flannel フランネル (W), loch 湖 (G).
 ・ 15世紀: bard 吟遊詩人 (G), brog 小錐 (Ir), clan 氏族 (G), glen 峡谷 (G).
 ・ 16世紀: brogue 地方訛り (Ir/G), caber 丸太棒 (G), cairn ケルン (G), coracle かご船 (W), gillie 高地族長の従者 (G), plaid 格子縞の肩掛け (G), shamrock シロツメクサ (Ir), slogan スローガン (G), whisky ウィスキー (G), usquebaugh ウィスキー.
 ・ 17世紀: dun こげ茶の (G/Ir), tory トーリー党 (Ir), leprechaun レプレホーン (Ir).
 ・ 18世紀: claymore 諸刃の剣 (G).
 ・ 19世紀: colleen 少女 (Ir), ceilidh 集い (Ir/G), hooligan ちんぴら(Ir).
 ・ 20世紀: corgi コーギー犬 (W).
 (W).

 以上,大槻・大槻 (58--59) に拠った.関連して「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1]),「#2578. ケルト語を通じて英語へ借用された一握りのラテン単語」 ([2016-05-18-1]) を参照.

 ・ 大槻 博,大槻 きょう子 『英語史概説』 燃焼社,2007年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-07-08 Mon

#3724. 日本語語彙を作り上げてきた歴史的な言語層 [japanese][lexicology][substratum_theory][contact][borrowing]

 沖森(編著)『日本語史概説』の4章「語彙史」に,日本語のルーツの問題に踏み込んだ「日本語語彙の層」に関する話題が提供されている.安本美典と大野晋の各々による「基礎語彙四階層」の説が紹介されており,表の形式でまとめられているので,そちらを掲げよう.

┌───┬────────────────┬──────┐
│      │            安本美典            │  大野 晋   │
├───┼────────────────┼──────┤
│第一層│古極東アジア語の層              │タミル語    │
│      │                                │            │
│      │(朝鮮語・アイヌ語・日本語)    │(南まわり)│
│      │                                │            │
│      │文法的・音韻的骨格              │縄文時代    │
├───┼────────────────┼──────┤
│第二層│インドネシア・カンボジア語の層  │タミル語    │
│      │                                │            │
│      │(基礎語彙)                    │(北回り)  │
├───┼────────────────┼──────┤
│第三層│ビルマ系江南語の層              │            │
│      │                                │            │
│      │(身体語・数詞・代名詞・植物名)│漢語の層    │
│      │                                │            │
│      │列島語の統一                    │            │
├───┼────────────────┤            │
│第四層│中国語の層                      │            │
│      │                                ├………………┤
│      │(文化的語彙)                  │印欧語の層  │
└───┴────────────────┴──────┘

 安本は第一層を「北方由来説」に立脚して古極東アジア語の層とみている.続いて,第二層を「南方由来」に従って基礎語彙の層ととらえている.第三層にはビルマ系江南語の層を据え,これにより列島日本語が完成したとみなしている.そして,第四層が中国語から借用された文化語彙の層であるという立場だ.
 一方,大野は論争の的になったタミル語説を提唱しながら,第一層は南まわり,第二層は北まわりでタミル語彙が供給されたと論じている(安本説と北方・南方の順序が異なることに注意).その後,第三層として文化語彙を構成する漢語の層を認め,さらに近世以降の西洋諸語からの借用語を念頭に,印欧語の層を設定している.
 日本語語彙を作り上げてきた歴史的な言語層に関する二つの説を眺めていて,英語の場合はどうだろうかと関心が湧いた.およそ古い層から順に,印欧祖語,ゲルマン語,ラテン語,ケルト語,古ノルド語,フランス語,ギリシア語,その他の諸言語といったところだろうか.曲がりなりにも日本語と英語の語彙史を比較できてしまう点がおもしろい.語彙史に関しては,両言語はある程度似ているといえるのだ.関連して「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) も参照.

 ・ 沖森 卓也(編著),陳 力衛・肥爪 周二・山本 真吾(著) 『日本語史概説』 朝倉書店,2010年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-06-15 Sat

#3701. 中英語の3人称複数対格代名詞 es はオランダ語からの借用か? (1) [personal_pronoun][me_dialect][dutch][borrowing][havelok][clitic]

 Bennett and Smithers 版で14世紀初頭の作品といわれる Havelok を読んでいる.East Midland 方言で書かれており,古ノルド語からの借用語を多く含んでいることが知られているが,East Midland はオランダ語からの影響も取り沙汰される地域である.
 Havelok より ll. 45--52 のくだりを引用しよう.

Þanne he com þenne he were bliþe,
For hom he brouthe fele siþe
Wastels, simenels with þe horn,
Hise pokes fulle of mele an korn,
Netes flesh, shepes, and swines,
And hemp to maken of gode lines,
And stronge ropes to hise netes
(In þe se-weres he ofte setes).


 最後の行は he often set them in the sea-weir を意味し,setes の -es は前行の hise netes (= "his nets") を指示する接語化された3人称複数対格の代名詞と解釈できる.要するに "them" として用いられる -es というわけだが,この形態について Bennett and Smithers (293) は注で次のように解説している.

setes: i.e. sette es 'placed them'. Es, is (ys in Hav. 1174), hes, his, hise are first recorded in England c. 1200, as the acc.pl. or fem. sg. of the pronoun of the third person, and (apart from 'Robt. of Gloucester's' Chronicle are restricted to SE or EMidl texts. This pronoun is best explained as an adoption of the comparable MDu pronoun se, which is likewise used enclitically in the reduced form -s; for a pronoun (as an essential and prominent element in the grammatical machinery of a language) would hardly have escaped record till 1200 if it had been a native word.


 つまり,問題の -es は中期オランダ語の対応する形態を借用したものだということである.この説を評価するに当たっては関連する事項を慎重に調査していく必要があるが,英語史においてオランダ語の影響が過小評価されてきたことを考えると,魅力的な問題ではある.
 英語史とオランダ語の関わりについては,「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1]),「#3436. イングランドと低地帯との接触の歴史」 ([2018-09-23-1]),「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#2645. オランダ語から借用された馴染みのある英単語」 ([2016-07-24-1]),「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]),「#140. オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」 ([2009-09-14-1]) を含め dutch の記事を参照

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.

Referrer (Inside): [2021-07-01-1] [2019-06-16-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-03-29 Fri

#3623. ヘブライ語からの借用語 [bible][hebrew][loan_word][borrowing][onomastics][personal_name]

 ヘブライ語 (hebrew) は,いわずとしれた旧約聖書の言語であり,ユダヤ・キリスト教の影響化にある多くの言語に影響を与えてきた.英語も例外ではなく,古英語期から近代英語期まで,ラテン語やギリシア語に媒介される形で,主に語彙的な影響を被ってきた.宇賀治 (119--20) に従って,いくつかの借用語を示そう.

 ・ amen: 「アーメン」(祈りの終わりの言葉).「そうでありますように」 (So be it!) の意.
 ・ cabal: 「陰謀団,秘密結社」.
 ・ cherub [ʧérəb]: 「ケルビム,第2天使」
 ・ hallelujah: 「ハレルヤ」(神を賛美する叫び).「主をほめたたえよ」 (Praised be God!) の意.
 ・ hosanna: 「ホサナ」(神またはキリストを賛美する叫び).「救い給え」 (Save, we pray) の意.
 ・ jubilee: 「ヨベルの年;記念祭」(ユダヤ教で50年ごとに行われる安息の年).
 ・ leviathan: 「リヴァイアサン」(巨大な海の怪物).
 ・ manna: 「マナ」(モーゼ (Moses) に率いられたイスラエル人がエジプト脱出に際して荒野で飢えたとき神から恵まれた食物).
 ・ rabbi: 「ラビ」(ユダヤ教の聖職者,律法学者等).
 ・ sabbath: 「安息日」.
 ・ satan: 「サタン,(キリスト教でいう)悪魔」.
 ・ schwa: 「シュワー,(アクセントのない)あいまい母音.
 ・ seraph: 「セラピム,熾天使」.
 ・ shibboleth: 「(ある階級・団体に)特有の言葉[慣習・主義など]」.敵対するエフライム人 (Ephraimites) が [ʃ] 音を発音できないことから,ギレアデ人 (Geleadites) が敵を見分けるためにこの語を用いた(旧約聖書 Judges 12: 4--6 より).

 ほかに大槻・大槻 (96) より補えば,bar mitzvah (バル・ミツバー[13歳の男子の宗教上の一種の成人式]),Jehovah (ヤハウェ),Rosh Hashana (ユダヤの新年祭),sapphire (サファイア), babel (バベルの塔),behemoth (ビヒモス[巨獣]),cider (リンゴ酒),jasper (碧玉),shekel (シケル銀貨),kosher ((食物が)律法にかなった),kibbutz (キブツ[イスラエルの集団農場])などがある.
 人名に多いことも付け加えておこう.例として,「#3408. Elizabeth の数々の異名」 ([2018-08-26-1]) と「#3433. 英語の男性名 John」 ([2018-09-20-1]) を参照.

 ・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.
 ・ 大槻 博,大槻 きょう子 『英語史概説』 燃焼社,2007年.

Referrer (Inside): [2023-05-25-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-03-12 Tue

#3606. 講座「北欧ヴァイキングと英語」 [asacul][old_norse][inflection][word_order][history][contact][loan_word][borrowing][link][slide]

 先日3月9日(土)の15:00?18:15に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて,「英語の歴史」と題するシリーズ講座の第2弾として「北欧ヴァイキングと英語」をお話ししました.参加者の方々には,千年以上前のヴァイキングの活動や言葉(古ノルド語)が,私たちの学んでいる英語にいかに多大な影響を及ぼしてきたか分かっていただけたかと思います.本ブログでは,これまでも古ノルド語 (old_norse) に関する話題を豊富に取り上げてきましたので,是非そちらも参照ください.
 今回は次のような趣旨でお話ししました.

 英語の成り立ちに,8 世紀半ばから11世紀にかけてヨーロッパを席巻した北欧のヴァイキングとその言語(古ノルド語)が大きく関与していることはあまり知られていません.例えば Though they are both weak fellows, she gives them gifts. という英文は、驚くことにすべて古ノルド語から影響を受けた単語から成り立っています.また,英語の「主語+動詞+目的語」という語順が確立した背景にも,ヴァイキングの活動が関わっていました.私たちが触れる英語のなかに,ヴァイキング的な要素を探ってみましょう.

   1. 北欧ヴァイキングの活動
   2. 英語と古ノルド語の関係
   3. 古ノルド語が英語の語彙に及ぼした影響
   4. 古ノルド語が英語の文法に及ぼした影響
   5. なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」で固定なのか?


 講座で使用したスライド資料をこちらにアップしておきます.スライド中から,本ブログの関連記事へもたくさんのリンクが張られていますので,そちらで「北欧ヴァイキングと英語」の関係について復習しつつ,理解を深めてもらえればと思います.

   1. シリーズ「英語の歴史」 第2回 北欧ヴァイキングと英語
   2. 本講座のねらい
   3. 1. 北欧ヴァイキングの活動
   4. ブリテン島の歴史=征服の歴史
   5. ヴァイキングのブリテン島来襲
   6. 関連用語の整理
   7. 2. 英語と古ノルド語の関係
   8. 3. 古ノルド語が英語の語彙に及ぼした影響
   9. 古ノルド語からの借用語
   10. 古ノルド借用語の日常性
   11. イングランドの地名の古ノルド語要素
   12. 英語人名の古ノルド語要素
   13. 古ノルド語からの意味借用
   14. 句動詞への影響
   15. 4. 古ノルド語が英語の文法に及ぼした影響
   16. 形態論再編成の「いつ」と「どこ」
   17. 古英語では屈折ゆえに語順が自由
   18. 古英語では屈折ゆえに前置詞が必須でない
   19. 古英語では文法性が健在
   20. 古英語は屈折語尾が命の言語
   21. 古英語の文章の例
   22. 屈折語尾の水平化
   23. 語順や前置詞に依存する言語へ
   24. 文法性から自然性へ
   25. なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (1)
   26. なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (2)
   27. なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (3)
   28. 形態論再編成の「どのように」と「なぜ」
   29. 英文法の一大変化:総合から分析へ
   30. 5. なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」で固定なのか?
   31. 本講座のまとめ
   32. 参考文献

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-03-09 Sat

#3603. 帝国主義,水族館,辞書 [borrowing][history][cosmopolitan_vocabulary][linguistic_imperialism]

 水族館には好んででかけていくほうだが,最近,溝井裕一(著)『水族館の文化史』を読むまで,水族館へ足を運ぶという文化の背後に,ここまで深い歴史と,ときに露骨なまでの帝国主義的な意味合いが込められているとは思いも寄らなかった.イラスト等も豊富で,知的刺激に富む一冊.
 水族館(や動物園)は,人間が他の生物を支配していることの証であるにとどまらず,他の人間に対してみずからの権力を誇示するためのステータス・シンボルでもあった(溝井,p. 47).水族館の原型は古代や中世にもみられたが,現代的な意味での公開型水族館の第1号は,1853年にロンドン動物園内に設立された「フィッシュハウス」だとされる.ロンドンという場所といい,19世紀半ばというタイミングといい,イギリス帝国の存在を思い起こさずにはいられない.溝井 (74) によれば,

 フィッシュハウスは,ただ珍奇な見世物だったわけではない.それは西洋文明が自然からもぎとったさらなる勝利を象徴するものであった.しかも,これがロンドン動物園に生まれた点が重要である.1828年の開園以来,ロンドン動物園には,世界各地から連れてこられた動物が展示されたが,それは多様な生きものを管理できるイギリス人の優れた能力を誇示するものだった.さらに動物たちは,イギリス人が支配する,あるいはアクセスできる地域をも体現した.
 フィッシュハウスにも,おなじことが当てはまる.生きた魚の展示は,アクアリウムを生んだイギリス人の英知と,大英帝国の支配がとうとう水界にまで及んだことを表象したのである.しかもその範囲は,いずれ全海域におよぶであろうことは,『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』のつぎの一文にもあらわれていよう.

海のもっとも隔絶されたところにいる華麗な種でさえ,今後,常に変化しまた興味深いコレクション[……]に追加されない理由はない.


 その後,イギリスでは1871年と翌年に,クリスタル・パレス水族館とブライトン水族館もそれぞれ開館した.時をほぼ同じくして,1872--76年には,イギリス軍艦「チャレンジャー」による深海探査も開始され,イギリスは世界の海底にまで触手を伸ばすことになった.

 「チャレンジャー」に期待されていたのは,深海生物の実態を明らかにすることであった.とはいえ,生物学的探究のためだけに,イギリス政府が軍艦1隻を貸すわけがない.「チャレンジャー」は,世界中の海流や水質を調査することも任務としており,それは海底用電信ケーブルの敷設に役立てられることになっていた.ケーブルは,遠隔地との交信を容易にするため,戦略的に重要とみなされており,大英帝国は,自国のケーブルのために海底を確保することを望んでいたのだ.
 それに,海流や水位がわかれば,海軍の展開にどれほど役立つことか.有名な歌に「ブリタニア,海を統治せよ」とあるように,大英帝国はなんといっても海の国である.海の情報をもっとも多く蓄積するのはとうぜんであり,しかもその支配は海面だけでなく海底にまでおよぶべきであったのだ.(溝井,p. 114)


 帝国主義と水族館発展史の関わりは,イギリスに限定されない.大日本帝国も,同じように水族館と関わっていた.「大日本帝国の水族館」と題する節で,溝井 (177--78) は次のように述べている.

 明治期の水族館のもうひとつの特徴は,帝国主義とのかかわりだ.和田岬水族館は,台湾が日本統治下におかれていくばくもたたないうちに,そこから運んできたタイマイを展示している.当時の来館者には,その政治的意味は明らかだったはずである.ヨーロッパの動物園や水族館において,植民地産の生きものが,帝国の版図を表象していたことはすでに述べた.同様に,台湾産の生きものは,大日本帝国が新しく獲得した植民地を体現していた.
 もちろん,タイマイを展示した運営者側の本来の意図は定かではない.しかしこの時代,できるかぎり広い地域から,できるかぎりたくさんの生きものを展示しようとする水族館は,おのずから帝国主義と結びつかざるをえなかったのである.
 堺水族館でも,再び台湾産のサンパンヒー,レーヒー,ゼンヒー,コウタイ,トウサイなる魚が展示された.これらを出品したのは,台湾総督府である.


 水族館をこのようにみる視点は,言語の帝国主義的側面にも新たな光を与えてくれそうだ.関連して,「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1]),「#3021. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (2)」 ([2017-08-04-1]),「#3376. 帝国主義の申し子としての英語文献学」 ([2018-07-25-1]) を参照.
 また,エキゾチックな水産物をエキゾチックな単語に置き換えてみれば,近代以降,なぜ英語が世界の隅々から語彙を借用し,それを OED などの辞書に登録してきたかという問題にも,1つの答えが出せるように思われる.辞書は水族館なのかもしれない.関連して「#2359. 英語が非民主的な言語と呼ばれる理由 (3)」 ([2015-10-12-1]) も参照.

 ・ 溝井 裕一 『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』 勉誠出版,2018年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-03-06 Wed

#3600. 比較言語学は技芸の域を出ておらず科学ではない? [comparative_linguistics][family_tree][methodology][borrowing][contact][reconstruction]

 昨日の記事「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1]) で参照した McMahon and McMahon は,19世紀以来発展してきた比較言語学は,いまだ科学的な言語学たりえていないと考えている.いままで以上に客観的な方法論,とりわけ量的な手法を開発していくことが肝心だと主張する.主張の背景として,3つの問題を指摘する (11--14) .
 1つめは,同じ語族に属する2つの言語について系統的にどのくらい近いのか,遠いのかを問われても,比較言語学者は客観的に答えることができないことだ.系統図を描いて,2つの言語の相対的な位置関係を示すことはできたとしても,言語的にどの程度の距離なのかを客観的な指標で伝えることができない.たとえば,英語,フランス語,スペイン語を知っている話者であれば,それぞれの距離感について主観的には分かっているだろうが,それを他の人に伝えるのは難しい.そのようなことを客観化して示せるのが,科学の強みだったはずではないか.言語間の関係の数値化がなされなければならない.
 2つめは,言語接触と借用の問題をクリアできていないことだ.比較言語学にとって,言語接触による借用は頭の痛い問題である.純粋な音韻法則を適用していく際に,借用語の存在は雑音となるからだ.それによって系統図の描き方に悪影響が及ぼされる可能性がある.比較言語学者は,この悪影響を最小限に抑えるべく,借用語を同定し,比較対照すべき単語リストから除外するなどの対策を講じてきたが,そのようなことは言語証拠の多い印欧語族だからこそできるのであって,そうではない語族を前にしたときには使えない対策である.借用に関する事実も,後に一般化することを念頭に,量化しておく必要がある.
 3つめは,再建 (reconstruction) を含む比較言語学の専門的な手法が,マニュアル化されていないことだ.諸言語のことを学び,音変化に精通し,直感にも秀で,再建の経験を積んだ者にしか,再建の作業に加われない."essentially a heuristic, and hence irreducibly knowledge- and experience-based [method]" (14) なのである.たとえば,2つの音がどの程度似ていれば妥当な類似とされるかの合意はない.同じデータを前にした2人の比較言語学者が同じ結論に達するとは限らないのである.その意味では,比較言語学は「科学」ではなく,「技芸」にとどまっているというべきである.この指摘は,「#466. 語源学は技芸か科学か」 ([2010-08-06-1]) や「#1791. 語源学は技芸が科学か (2)」 ([2014-03-23-1]) の議論を思い出させる.
 このように McMahon and McMahon はなかなかクリティカルだが,論文では具体的な量化の方法を開発してみせようとしている.

 ・ McMahon, April and Robert McMahon. "Finding Families: Quantitative Methods in Language Classification." Transactions of the Philological Society 101 (2003): 7--55.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-02-23 Sat

#3589. 「インク壺語」に対する Ben Jonson の風刺 [inkhorn_term][lexicology][hapax_legomenon][renaissance][emode][borrowing][latin][loan_word]

 ルネサンス期のラテン・ギリシア語熱に浮かされたかのような「インク壺語」 (inkhorn_term) について,本ブログでも様々に取り上げてきた(とりわけ「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]),「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1]),「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1]),「#2479. 初期近代英語の語彙借用に対する反動としての言語純粋主義はどこまで本気だったか?」 ([2016-02-09-1]),「#3438. なぜ初期近代英語のラテン借用語は増殖したのか?」 ([2018-09-25-1]) を参照).
 インク壺語は同時代からしばしば批判や風刺の対象とされてきたが,劇作家 Ben Jonson も,1601年に初上演された The Poetaster のなかでチクリと突いている.Crispinus という登場人物が催吐剤を与えられ,小難しい単語を「吐く」というくだりである.吐かれた順にリストしていくと,次のようになる (Johnson 192; †は現代英語で廃語) .

retrograde, reciprocall, incubus, †glibbery, †lubricall, defunct, †magnificate, spurious, †snotteries, chilblaind, clumsie, barmy, froth, puffy, inflate, †turgidous, ventosity, oblatrant, †obcaecate, furibund, fatuate, strenuous, conscious, prorumped, clutch, tropological, anagogical, loquacious, pinnosity, †obstupefact


 OED では,pinnosity を除くすべての単語が見出し語として立てられている.しかし,このなかには Jonson の劇でしか使われていない1回きりの単語も含まれている.現代でも普通に通用するものもあるにはあるが,確かに立て続けに吐かれてはかなわない単語ばかりである.典型的なインク壺語のリストとして使えそうだ.

 ・ Johnson, Keith. The History of Early English: An Activity-Based Approach. Abingdon: Routledge, 2016.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-02-16 Sat

#3582. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (2) [french][latin][loan_word][lexicology][etymology][borrowing]

 昨日の記事 ([2019-02-15-1]) で,標題に関する Ellenberger の批評を紹介した.中英語の学問語 (= "mots savants") のソース言語に関する伝統的な見解は,不当にフランス語寄りではないかという問題提起である.では,Ellenberger 自身は,この問題についてどのような姿勢を取るのがふさわしいと考えているのだろうか.論文の終わりに,4箇条を掲げている (149--50) .

   1. Words are borrowed not once and for all but many times and from many sources.
   2. A Latin word borrowed into either of Anglo-French or English would be given an ending prescribed by Anglo-Norman scribal tradition.
   3. Words could be borrowed from Latin or French depending on what spheres of society the borrowers moved in. Clerics would be more likely to borrow from Latin than would laics.
   4. As the medieval libraries of England contained mainly Latin books and school curricula concentrated on Latin texts, learned words borrowed into French from written Latin sources would be more likely also to have entered English from those same sources than through French.


 英語史では,中英語の借用語の話題といえばフランス語がさらっていく.しかし,学問語に関する限り,中英語期のラテン語からの借用は,一般に思われているよりもずっと豊富だったことに注意したい.関連して,「#120. 意外と多かった中英語期のラテン借用語」 ([2009-08-25-1]),「#1211. 中英語のラテン借用語の一覧」 ([2012-08-20-1]),「#2961. ルネサンスではなく中世こそがラテン語かぶれの時代?」 ([2017-06-05-1]),「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) を参照.

 ・ Ellenberger, Bengt. "On Middle English Mots Savants." Studia Neophilologica 46.1 (1974): 142--50.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1] [2021-07-06-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-02-15 Fri

#3581. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (1) [french][latin][loan_word][lexicology][etymology][borrowing]

 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1]),「#848. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別 (2)」 ([2011-08-23-1]) で論じてきたように,とりわけ中英語期にラテン語・フランス語から入ってきた借用語は,いずれの言語をソースとするのか判然としないケースが多い.ラテン語なのか,ラテン語化したフランス語なのか,フランス語なのか,フランス語化したラテン語なのか,等々.
 OED を中心とする,この問題に対する伝統的な対処法として,「フランス語形が文証されればフランス語を借用元言語とし,そうでない場合に限ってラテン語をソースとみなす」ことが一般的だった.もう少し強くいってしまえば,判然としない場合には,フランス語をソースとみなすのをデフォルトとしようというスタンスだ.Ellenberger (142) は,この立場を紹介しながら,それに対する批判的な見解を示している.

. . . the 'learned words' . . . could have been taken either from French or directly from Latin. The difficulty of determining the exact source has been recognized with varying hesitation. Foremost in Francophilia stands the Oxford English Dictionary, which regards as borrowed from Latin only those words that have not been recorded in French; in addition, French forms are often postulated. To the author's knowledge, no scholar before Marchand has openly criticized this procedure.


 Ellenberger が引用中で同じ意見の仲間として引き合いに出している H. Marchand は,The Categories and Types of Present-Day English Word-Formation (2nd ed. München, 1969) の p. 238 で次のように述べている (Ellenberger 142fn) .

It would . . . be an erroneous standpoint to be always looking for the Latin original or the French pattern of a word (which the OED often does). The existence of an actual pattern is irrelevant so long as, potentially, the coinage is Latin. . . . the principle of assuming an actual original is wrong.


 借用元の形態が文証されるからフランス語であるとか,そうでないからラテン語であるとか,そのような議論はおそらく成り立たないだろうということだ.Ellenberger (148) 自身の言葉でいえば,次のような議論となる.

The clerks knew about adaptation and suffixation; they were used to latinizing English names, and sometimes words, and we may trust them to have been able to anglicize a Latin word in the same way as they or the French would have Frenchified it. To request a French intermediary for each and every word is to deny the knowledge of Latin in England. To regard an English word as a loan from French because a corresponding French loan is recorded a few years earlier in an ever so obscure source is to fall a victim to the perilous argument of post hoc, ergo propter hoc; as far as we know, no annual lists of new French words circulated among English clerks. Whether a learned word occurs first in French or English is simply a matter of chance, need, and literary activity.


 中英語期の学問語 (= "mots savants") のソースがフランス語なのかラテン語なのかという問題を議論することよりも大事なことは,むしろそれが一般のフランス借用語とは異なるレベルに属することを再認識することだろう.Ellenberger (150) が,論文の最後で次のように述べている通りである.

A far more useful distinction than that between learned words that might have and those that could not have been mediated by French is that between Romance popular and learned words. Middle English mots savants are latinisms and should be treated as such.


 なお,Ellenberger では,OED が上記のように槍玉に挙げられているが,現在編纂が進んでいるOED3 の編者の1人である Durkin は,この問題に柔軟な態度を示していることを付け加えておきたい.「#848. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別 (2)」 ([2011-08-23-1]) を参照.

 ・ Ellenberger, Bengt. "On Middle English Mots Savants." Studia Neophilologica 46.1 (1974): 142--50.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-09-25 Tue

#3438. なぜ初期近代英語のラテン借用語は増殖したのか? [emode][renaissance][loan_word][borrowing][latin][inkhorn_term][lexicography]

 16世紀後半にピークに達するルネサンス期のラテン借用語の流入について,本ブログで様々に取り上げてきた.英語史上もっとも密度の濃い語彙借用の時代だったといわれるが,なぜこれほどまでに借用語が増殖したのだろうか.貧弱だった英語の語彙を補うためという必要不可欠論も部分的には当たっているが,ラテン語の威を借りるという虚飾的な理由が特に大きかったと思われる.なにしろ,「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) で見たように,むやみやたらに取り込んだのだ.
 Görlach (162--62) が,この辺りの事情をうまく説明している.この時代より前にはラテン語そのものをマスターすることがステータスだった.しかし,俗語たる英語の地位が徐々に上昇し,ある程度のラテン借用語が蓄積してきた16世紀後半からは,ラテン語そのものというよりも,英語に取り込まれたラテン借用語を使いこなすことが社会的に重要なスキルとなった.とはいえ,ラテン語を学習しているわけではない多くの人々にとって,ラテン借用語を「正しい」形式と意味で使いこなすことは簡単ではない.形式上の勘違いは頻繁に起こったし,意味についても,緩く対応する既存語とのニュアンスの差を正確に習得することはたやすくなかった.そのような状況下でも,人々はある意味では勘違いを恐れず,積極的にラテン借用語を使おうとした.なぜならば,その試み自体が,話者のステータスを高めると信じていたからである.
 例えば,Hart は以下のような形式上の間違いを挙げながら,この風潮を非難している(カッコの中の形式が当時としては「正しい」もの).temporall (temperate), sullender (surrender), statute (stature), obiect (abiect), heier (heare), certisfied (certified or satisfied), dispence (suspence), defende (offende), surgiant (surgian). 内容に関しては,ancientantiqueold と同義に,つまり old の単なる見栄えのよい言い換えとして用いている例があるという.
 17世紀初めから続出する難語辞書は,このような誤用を正し,適切なラテン借用語を教育するために出版されたともいえるが,実のところ,むしろ虚飾的な借用語の使用を促す役割を果たしたのかもしれない.結果として,ラテン借用語は,当時の人々の言葉遣いの風潮にいわば培養される形で,自己増殖していったと考えられるだろう.この経緯を,Görlach (162) がうまく表現している.

To judge by the success of Cockeram and his imitators . . ., there was a large market in the seventeenth century for dictionaries translating common expressions into elevated diction. This indicates how difficult it must have been to limit loanwords to a moderate number. The issue was obviously not the objective need to fill lexical gaps for the sake of unambiguous reference, but the pairing of common words with their Latinate equivalents, the implication being that use of the elevated term was more prestigious --- even if it was unintelligible and therefore useless for communication.


 ・ Görlach, Manfred. Introduction to Early Modern English. Cambridge: CUP, 1991.

Referrer (Inside): [2019-09-09-1] [2019-02-23-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-09-23 Sun

#3436. イングランドと低地帯との接触の歴史 [dutch][flemish][contact][borrowing][loan_word][history][anglo-saxon][norman_conquest][sociolinguistics]

 昨日の記事「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1]) を受けて,Chamson の論文に拠り,英語と低地諸語の話者たちが歴史上いかなる機会に接触してきた(はず)か,略述したい.
 両者の接触の歴史は,時間幅でいえば,5世紀のアングロサクソンのブリテン島への移動の前後の時期から,オランダが超大国として覇権を握った17世紀まで,千年以上に及ぶ.このなかで注目に値するのは,(1) アングロサクソンの渡来の前後,(2) ノルマン征服とその後,(3) 両地域間に毛織物貿易の発達した14--15世紀,(4) オランダの繁栄期である16--17世紀の4つの時期だろう.それぞれについて述べていく.

 (1) アングロサクソンの渡来の前後

 5世紀のアングル人,サクソン人,ジュート人のブリテン島への移動の前後から,他の低地ゲルマン語派の諸部族も同じくブリテン島へ渡っていたことが分かっている.しかし,このように時代が古ければ古いほど,互いの言語の類似性も大きく,借用の決定的な証拠は得にくい.しかし,イングランドの地名のなかに "Frisians" や "Flemings" の存在を示すものが少なくないことに注意すべきである.例えば,Dunfries, Freseley, Freswick, Frisby, Friesden, Friesthorpe, Frieston, Friezland, Frisby, Frisdon, Frizenham, Frizinghall, Frizingon, Fryston; Flemingtuna, Flameresham, Flemdich, Flemingby など.人名でも,Flandrensis, Fleemeng, Flammeng, Flameng, Flemang, Fleamang, Flemmyng, Flamenc, Flemanc などの "Flemings" の異形が,現代でもイギリス人に多く残っている.

 (2) ノルマン征服とその後

 ノルマン征服の折に William に付き従った外国軍のなかには,多くのフランドル人がいた.また,William の妻 Matilda はフランドル伯 Baldwin V の娘だったこともあり,フランドル人の貢献は際立っていた.征服後もこれらのフランドル人はブリテン島にとどまったらしい.
 1107年頃にフランドルで洪水があった際に,Henry I は,被災したフランドル人がイングランド北部に移住することを許可した.それに伴って大量のフランドル人が押し寄せ,世紀半ばには彼らを Wales の南西端 Pembrokeshire に再移住させるなどの事態にも発展している (see 「#3292. 史上最初の英語植民地 Pembroke」 ([2018-05-02-1])) .結果として,Pembrokeshire 南部ではウェールズ人を押しのけてフランドル人が定住するようになり,その人口状況は16世紀の記述にもみられるほどである.
 ほかに,12世紀後半には,Henry II とその子供たちの争いにおいてフランドル人の軍隊が利用されたこともあった.さらに,12世紀以降には,Norwich や Norfolk などのイングランド東部の町は,低地帯からの入植者で満たされ,フランドルとの羊毛貿易でおおいに栄えた(特に Norwich は London に次ぐ人口の町となった).彼らは,征服者アングロノルマン人とイングランド人のつなぎの役目を果たした可能性もある.

 (3) 両地域間に毛織物貿易の発達した14--15世紀

 上記のように征服後間もない頃から,羊毛・織物産業を基盤とする両地域の貿易は大いに栄えてきたが,必ずしも常に仲むつまじい関係だったわけではない.14世紀からは貿易摩擦に由来する敵対心が芽生えたこともあった.イングランド東部やスコットランドに多数のフランドル人が移住し,イングランドの労働者の間に不満が生じるほどになった.国王は,貿易による利益獲得とイングランド国民の経済的保護とのあいだで難しい舵取りを迫られていたのである.しかし逆にいえば,この時代,両者が日常的に密に接触していた証左でもある.

 (4) オランダの繁栄期である16--17世紀

 16--17世紀には,低地帯はヨーロッパ全体に巨大な影響力を及ぼす地域へと成長しており,アントワープやブリュージュはヨーロッパを代表する都市となっていた.16世紀後半,低地帯はスペイン支配からの独立を巡る争いのなかで,プロテスタントの北部とスペイン支配が続く南部とに分裂した.この争いを受けて,南部からの移民が大量にイングランドに渡ってきた.その後も宗教・政治的争いに起因する万単位の移民の波が17世紀半ばまで数十年間も続き,低地帯とイングランドの人々の間に,歴史上最も大規模で親密な関係が築かれることとなった.

 以上,具体的な言語接触の過程や結果には触れなかったが,歴史上,両者の接触が間断なく続いていたことを,Chamson の論文に拠って示した.これは,語彙借用を含む言語的な影響を相互に容易たらしめた社会言語学的条件と見ることができるだろう.

 ・ Chamson, Emil. "Revisiting a Millennium of Migrations: Contextualizing Dutch/Low-German Influence on English Dialect Lexis." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 281--303.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-09-22 Sat

#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた [dutch][flemish][frisian][contact][borrowing][loan_word][historiography]

 オランダ語や低地ドイツ語などの,いわゆる低地帯 (the Low Countries) の諸言語が英語に与えた影響について,従来の英語史では,記述が皮相なものにとどまっていた.念頭にあるのは主として語彙的な影響のことだが,これが過小評価されてきたことは「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#149. フラマン語と英語史」 ([2009-09-23-1]),「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]) などの記事でも示唆してきた通りである.
 この問題を取り上げた Chamson の論考に目がとまった.なぜ低地諸語の影響が過小評価されてきたのかについて,次のように述べている (281) .

While historical records attest to continual and intense migrations to Britain from the Low Countries over a period of roughly a thousand years, our knowledge of the linguistic consequences of this contact --- i.e. the impact of Dutch, Frisian, and the Low German dialects on English --- remains sketchy. One main reason is inherent, i.e. due [to] the similarities of the languages involved. Another is extrinsic: the nature of the contact, at once commonplace and elusive, has meant that discussions of the history of English frequently pass over this area, favoring the big players and the exotics.


 まず,過小評価の背景には,英語と低地諸語が言語的に類似しているという本質的な理由があると Chamson は述べている.同じ西ゲルマン語群の低地ゲルマン諸語として,語彙,音韻,形態が似通っており,外見的には貸し借りの関係が把握しにくいという事情がある.つまり,本来語なのか借用語なのか見極めづらいのだ.
 しかし,語源が見極めづらいのは,なにも英語と低地諸語に限ったことではない.英語と古ノルド語も同様だし,比較される問題として,フランス語借用語かラテン語借用語かが判明しないケースなども思い浮かぶ.だが,古ノルド語,フランス語,ラテン語は,Chamson に言わせれば,英語史上知名度の高い "the big players and the exotics" なのである.この3言語は英語(社会)に様々な形で関与しており,英語史にクライマックスを設定し,ドラマチックに仕立て上げてくれる立役者なのだ.それに対して,低地諸語はいかんせん影が薄い.
 イギリスと低地帯の社会的な関係(移民,定住,交易活動)は,古英語期から近代英語期に至るまで,大雑把にいって700年から1700年までの千年間という長きにわたってずっと保たれてきたのであり,潜在的には,相互の言語的な影響もそれに従って大きかったはずである.しかし,この腐れ縁的なダラダラな関係こそが,英語史のドラマに緊張感を生み出し得ない要因なのだ.

 ・ Chamson, Emil. "Revisiting a Millennium of Migrations: Contextualizing Dutch/Low-German Influence on English Dialect Lexis." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 281--303.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-08-18 Sat

#3400. 英語の中核語彙に借用語がどれだけ入り込んでいるか? [loan_word][borrowing][lexicology][semantics][oed][htoed][statistics]

 英語語彙における借用語の割合が高いことは,本ブログの多くの記事で取り上げてきた.この事実に関してとりわけ注目すべき質的な特徴として,借用語が基本語彙にまで入り込んできているという点が挙げられる(例えば「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1]) を参照).諸言語の比較研究によれば,借用語が基本語彙に入り込むという事例は,非常に稀かといえばそうでもなく,ある程度は観察されるのも事実であり,従来しばしば指摘されてきたように,英語がきわめて特異であると評価することはもはやできない.とはいえ,そのような事例が通言語的には "unusual" (Durkin 391) であるというのも傾向としては確かである.
 Durkin は,標記の問いに答えるべく OEDHTOED を用いて実証的な調査を行なった.まず,'Leipzig-Jakarta list of basic vocabulary' と呼ばれる通言語的に有効とされる基本語彙のリストを参照し,そこから100の核心的な意味を取り出す.次に,その各々の意味が,英語語彙史においてどのような単語(群)によって担われてきたかを両辞書によって同定し,その単語の語源情報(借用語か否かなどの詳細)を記録・整理していく.そして,現在,借用語が100の核心的な意味のどれくらいをカバーしているのかを割り出す.その結果は,Durkin (392) によれば次の通り.

To summarize the results of this exercise very briefly . . ., looking in detail at the 100-meaning 'Leipzig-Jakarta list of basic vocabulary' in this way suggests that, while only twenty-two of these meanings appear never to have been realized by a loanword in the data of the OED as summarized in the HTOED, there are only twelve cases where a good case can be made for a loanword being the usual realization of the relevant core meaning in contemporary English:

   (from early Scandinavian): root, wing, hit, leg, egg, give, skin, take; (from French): carry, soil, cry, (probably) crush


 見方を変えれば,100の核心的な意味のうち78までが,部分的であれ何らかの借用語によって担われているということだ.ここから,借用語が幅広く核心的な意味領域を覆っているということが分かる.しかし,その借用語が,そのような核心的な意味領域を表わす単語群のなかでも典型的・代表的な語であるかどうかは別問題であり,そのような数え方をすると,上記の12語ほどに限定されるということだ.
 もっとも,語彙や意味について何をもって「核心」や「基本」とみなすのかは難しい問題であり,それによって結果の数値も変わり得ることはいうまでもない.この問題その他について,以下のような記事で様々に取り上げてきたので参照を.

 ・ 「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1])
 ・ 「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1])
 ・ 「#1965. 普遍的な語彙素」 ([2014-09-13-1])
 ・ 「#1970. 多義性と頻度の相関関係」 ([2014-09-18-1])
 ・ 「#2659. glottochronology と lexicostatistics」 ([2016-08-07-1])
 ・ 「#2660. glottochronology と基本語彙」 ([2016-08-08-1])
 ・ 「#2661. Swadesh (1952) の選んだ言語年代学用の200語」 ([2016-08-09-1])

 ・ 「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1])
 ・ 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」 ([2009-11-15-1])
 ・ 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」 ([2010-06-30-1])
 ・ 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1])
 ・ 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1])

 ・ Durkin, Philip. "The OED and HTOED as Tools in Practical Research: A Test Case Examining the Impact of Loanwords in Areas of the Core Lexicon." The Cambridge Handbook of English Historical Linguistics. Ed. Merja Kytö and Päivi Pahta. Cambridge: CUP, 2016. 390--407.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-07-31 Tue

#3382. 神様を「大日」,マリアを「観音」,パライソを「極楽」と訳したアンジロー [japanese][christianity][borrowing][semantic_borrowing][religion][age_of_discovery]

 1549年に鹿児島に入ったフランシスコ・ザビエルは,3人の有能な日本人信者を獲得した.そのうち素性がよく分かっているのは「アンジロー」である.ザビエルはこのアンジローのつてで,薩摩の領主,島津貴久に拝謁することができた.ザビエルは,早速布教を開始したが,キリスト教について何も知られていない日本での布教が多難であったことは想像に難くない.ザビエルやアンジローは,布教に際していかにしてキリスト教の概念や用語を日本人に理解させるかという問題に頭を悩ませたことだろう.この点について,平川 (46--47) が次のように述べている.

 それにしても,ザビエルのおぼつかない日本語やアンジローの通訳した説教を聞いて,日本人は本当にキリスト教を理解したのだろうか.実際のところアンジローは,聖母マリアのことを「観音」,天国(パライソ)のことは「極楽」と訳していた.神様の訳語は「大日」であった.大日如来の「大日」のことである.唯一神の観念が日本にはないのでアンジローは困ってしまって「大日」と訳したのだろう.のちに来日した宣教師ヴァリニャーノは,「全くひどい訳だ」と批判しているが,大日如来は仏教では無限宇宙にあまねく存在する超越者という位置づけであるから,最初の訳語としてはそれなりに筋が通っているといってもよい.つまりザビエルたちは日本人に「大日を拝みなさい」と呼びかけたわけであるから,日本人達はキリスト教を仏教の一派だと思って抵抗感なく受け入れたということだろう.
 その後ザビエルは,さすがに「大日」ではまずいということに気づいて「天道」と言うようになった.「天道」は「天地をつかさどり,すべてを見通す超自然の存在」という意味をもっているので,日本語で超越的存在を示す用語としては不自然ではない.もう少しあとになると,こうした翻訳語ではキリスト教の正しい概念を伝えられないとして,神のことはそのまま「デウス」,「マリア」のことも「観音」ではなく原語通りに「マリア」と言うようになった.しかしこれまでの研究により,慶長年間(一六〇〇年初頭)まではイエズス会もデウスのことを「天道」と呼ぶことを容認していたとされている.
 デウスとは「天道」のことであるという説教を聞けば,多くの日本人はあまり抵抗を感じなかったのではないか.だからこそキリスト教が伝来してわずか四〇年ほどで三〇万人もの信者を得ることができたのだろう.仏教において,僧侶らはともかく,一般レベルでは各宗派の教義にこだわることはあまりなかったし,家付きの宗派または縁故などによって所属の宗派が決まっていたようなものだった.寺院自体が宗派替えをすることもあったのだから,俗人の宗派替えもありえただろう.したがって新しく知ったキリスト教に帰依することは,それほど深奥な宗派替えでも不自然なことでもなかったと思われる.


 つまり,アンジローは当初,伝統的な仏教用語にしたがって,キリスト教の神様を「大日」,マリアを「観音」,パライソを「極楽」と訳していたのだ.これは,日本語の語彙体系の観点からいえば既存の用語に新語義を導入したということであり,つまるところ,ここで起こっていることは意味借用 (semantic_borrowing) である.「デウス」「マリア」「パライソ」という,当時の日本人にとってあまりに異質で,それゆえにショッキングであろう語形を借用語として導入するよりも,聞き慣れている既存の日本語のなかにそっと(むっつりと)新たな語義(あるいは宗教的解釈)を滑り込ませるほうが,布教・改宗を進める上では好都合だっただったろうと思われる.
 おもしろいことに,6世紀以降にアングロサクソン人の間にキリスト教を広めようとした宣教師も,最初,似たような方法を選んだ.ラテン語 deus (神)を直接英語に導入するのではなく,英語本来語の God を利用して,その語義だけをそっと(むっつりと)キリスト教的な単一神に置き換えたのである.これについては「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]) と「#2663. 「オープン借用」と「むっつり借用」 (1)」 ([2016-08-11-1]) を参照されたい.

 ・ 平川 新 『戦国日本と大航海時代』 中央公論新社〈中公新書〉,2018年.

Referrer (Inside): [2019-10-25-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-07-17 Tue

#3368. 「ラテン語系」語彙借用の時代と経路 [contact][latin][greek][french][borrowing][lexicology][loan_word]

 「ラテン語系」 (Latinate) 借用語とは,主としてラテン語とフランス語をソースとする借用語を指す.緩く解釈して,他のロマンス諸語からの借用語を含むこともあれば,ギリシア語もラテン語を経由して英語に取り込まれることが多かったことから,ギリシア借用語(直接借用されたものも)を含んで言われることもある.英語史上,ラテン語系の語彙借用が見られた時代と経路は,以下のように図示できる(輿石,p. 113 の図を参照した).

┌───────────────────────────────────┐
│                               Greek                                  │
└──────┬──────────────────────────┬─┘
              │                                                    │
              ↓                                                    │
        ┌─────┬────────────┬────────┐  │
        │  Latin   │ Old and Middle French  │ Modern French  │  │
        └──┬──┴─────┬──────┴────┬───┘  │
              │                │                      │          │
              │                └─────┐          └──┐    │
              │                            │                │    │
      ┌───┴─┬──────┬───────┬─────┐│    │
      │          │            │          │  │          ││    │
      │          │            │          │  │          ││    │
      ↓          ↓            ↓          ↓  ↓          ↓↓    ↓
┌────┬───────┬──────┬───────┬───────┐
笏?Germanic笏1rehistoric OE笏0ld English 笏?Middle English笏?Modern English笏?
└────┴───────┴──────┴───────┴───────┘

 図を見ると,借用元言語のレパートリーは変わっていないものの,時代によって経路を含めた英語との関わり方がそれぞれ特徴的であることが,改めてよく分かる.英語の語彙にとりわけ強い影響を及ぼしてきた言語といえば,上記の "Latinate" languages を除けば古ノルド語の名前が挙がるくらいであり,「ラテン語系」の存在感の著しさが再確認できるだろう.
 ラテン語系に限らない語彙借用の経路図としては,「#1930. 系統と影響を考慮に入れた西インドヨーロッパ語族の関係図」 ([2014-08-09-1]) も参照.

 ・ 輿石 哲哉 「第6章 形態変化・語彙の変遷」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.106--30頁.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-06-11 Mon

#3332. Aitchison による借用の4つの特徴 [borrowing][contact]

 Aitchison (150--52) によれば,借用 (borrowing) には4つの重要な特徴があるという.

First, detachable elements are the most easily and commonly taken over --- that is, elements which are easily detached from the donor language and which will not affect the structure of the borrowing language. (150)


 これは,言い換えれば表面的な語彙こそが最も借りられやすい言語単位であるということになる.もちろん程度問題であり,基礎的な語彙,音韻,文法など,他の言語項の借用があり得ないというわけではない (cf. 「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1])) .

A second characteristic is that adopted items tend to be changed to fit in with the structure of the borrower's language, though the borrower is only occasionally aware of the distortion imposed. (150)


 これは,例えば英単語がカタカナ語として日本語に借用されるときに,発音,意味,形態変化などが多かれ少なかれ日本語化して取り込まれるのが普通だということに相当する.

A third characteristic is that a language tends to select for borrowing those aspects of the donor language which superficially correspond fairly closely to aspects already in its own. (151)


 ある句の借用に際して,その句内の語順が受け入れ側の言語でも許容される場合には,借用されやすくなる,といった事情のことだ.両言語でおよその対応関係があったほうが,ない場合よりも借用されやすいというのはもっともな話しだろう.類型論上の一致という観点である (cf. 「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]),「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1])) .

A final characteristic has been called the 'minimal adjustment' tendency --- the borrowing language makes only very small adjustments to the structure of its language at any one time. In a case where one language appears to have massively affected another, we discover on close examination that the changes have come about in a series of minute steps, each of them involving a very small alteration only, in accordance with the maxim 'There are no leaps in nature.' (151)


 大量の借用によって,受け入れ側の言語が大きく変化したように見えるケースであっても,それは時間をかけて少しずつそうなったのであって,具体的な1回1回借用に際して起こっていることは僅少な変化にすぎない,という原理だ.最初の3点は,従来,言語接触 (contact) の分野でも指摘されてきたことだが,この4点目の指摘が明示的になされたことは,それほどなかったのではないかと思われる.
 関連して,借用という用語と概念を巡って「#44. 「借用」にみる言語の性質」 ([2009-06-11-1]),「#2010. 借用は言語項の複製か模倣か」 ([2014-10-28-1]),「#3008. 「借用とは参考にした上での造語である」」 ([2017-07-22-1]) で論じてきたので,参照されたい.

 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 4th ed. Cambridge: CUP, 2013.

Referrer (Inside): [2020-10-20-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-05-22 Tue

#3312. 言語における基層と表層 [linguistics][language_acquisition][media][writing][borrowing][terminology]

 標題は生成文法を語ろうとしているわけではない.言語を構成する諸部門を大きく2つの層に分けると,それぞれを「基層」「表層」と名付けられるだろうというほどのものだ.しかし,言語学上,この2区分の波及効果は大きい.野村 (12) の説明が明快である.

ある言語(方言で考えてもらってもよい)のさまざまな要素は,おおむねその言語の基層と表層に振り分けられる.文法や音声・音韻や基礎的な語彙は,基層に属する.文化的な(「高級な」)語彙,言い回し・表現法(広義のレトリック),文体などは,表層に属する.ある言語の使い手は,基層に属する部分を子供時代に無意識的に習得してしまう.表層に属する部分は,教育と学習によって徐々に身につける.独創ともなれば,なおさらの努力が必要である.


 基層と表層の区別が,言語習得における段階と連動していることはいうまでもない.また,この区別は,話し言葉と書き言葉の区別,あるいは書き言葉のなかでの口語体と文語体の区別とも連動することが,続く野村の文章で触れられている (12) .

書き言葉口語体は,文化語彙,言い回し・表現法,文体などの表層部分では,必ずしも話し言葉には従っていない.しかし,基層に属する文法や音声・音韻,基礎語彙などの面で,話し言葉のそれらに従っている.一方,「文語体」(古典語をもとにした文語体)は,文法,音韻,基礎語彙などの面で,古典語のそれらに従っているのである.


 基層と表層の区別はまた,他言語からの借用に対して開かれている程度にも関係するだろう.基層は他言語からの干渉を比較的受けにくいが,表層では受けやすいということはありそうだ.この問題については,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#2011. Moravcsik による借用の制約」 ([2014-10-29-1]) の記事や,「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) も参照されたい.

 ・ 野村 剛史 『話し言葉の日本史』 吉川弘文館,2011年.

Referrer (Inside): [2018-08-29-1] [2018-05-23-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow