中英語期には英仏羅の間で言語の切り替え code-switching が起こるテキストがあることを,「#1470. macaronic lyric」 ([2013-05-06-1]),「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]) の記事でみた.ジャンルとしては宗教的な韻文や散文,また書簡などの事例があるが,これらが著者によるランダムな切り替えなのか,あるいは切り替えに際して何らかの "social and discourse-pragmatic reasons" があったのかが問題となる(cf. 「#1627. code-switching と code-mixing」 ([2013-10-10-1])).
通常,上記の macaronic code-switching で問題とされるのは,語句,節,文といった比較的大きな言語単位で一方の言語から他方の言語へ切り替わる場合だが,より小さな単位,例えば形態素や音素(文字素)という単位での macaronic code-switching はありうるのだろうか.もしあるとすれば,そこにも何らかの "social and discourse-pragmatic reasons" が関わっていると考えられるのだろうか.
Miller (211) は,<doubt> (cf. ME <doute>) に見られるような語源的綴字 (etymological_respelling) はもしかすると macaronic code-switching により生じたものかもしれないと推測している.
Some changes may be due to the macaronic codeswitching between Medieval Latin and Late Middle English in certain poetic texts and especially London accounting records . . . .
しかし,この推測が妥当かどうかを決めることは難しい.<doubt> や <receipt> のように <b> や <p> を挿入する行為は,実に細微な点をついたラテン語かぶれの行為である.より大きな言語単位での英羅間の切り替えが頻繁に起こっていない限り,この細微さが物語るのは,著者が流ちょうな2言語使用者ではなくラテン語を外国語として(不十分に)学んだ英語話者だということだろう.ラテン語の語源形を参照した文字の挿入を macaronic code-switching と呼ぶべきかどうかは,畢竟,その定義にかかってくる.しかし,code-switching とは何かを考え始めれば,bilingualism とは何かという頭の痛い問題にも至らざるを得ない.また,「#1661. 借用と code-switching の狭間」 ([2013-11-13-1]) の問題も関わってこよう.<b> や <p> が初めて挿入されたとき,それははたして macaronic code-switching の現われなのか,あるいはラテン語形の借用なのか.そして,いずれにせよ,そこに社会的・語用論的な意図はあったのか.
この挿入がある程度慣習化してくると,語源主義,綴字論,衒学的風潮に裏打ちされて「社会的・語用論的な意義」が付加されることにはなったろう.しかし,初めて挿入されたときに,そのような意義や意図があったかどうかは,推測の域を出ない.
以上を考察した上で,次のような感想をもった.(1) code-switching が文字という小さな単位で起こり得るかどうか疑わしい.(2) 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1]) でみたフランス語における類例が示唆するように,中途半端なラテン語の知識に基づく混用とみなすことで十分ではないか.(3) 結果として後に,<b> や <p> の挿入に社会的・語用論的な意義が付された点こそが重要なのであって,その過程が code-switching か借用かなどの問題は各々の定義の問題であり,それほど重要ではない.ただし,挿入の過程に macaronic text の存在を考えてみる視点はなかったので,新鮮な推測ではある.
・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.
「#999. 言語変化の波状説」 ([2012-01-21-1]),「#1118. Schleicher の系統樹説」 ([2012-05-19-1]),「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]),「#1925. 語派間の関係を示したインドヨーロッパ語族の系統図」 ([2014-08-04-1]) で触れてきたように,従来の言語系統図の弱点として,言語接触 (language contact) や地理的な隣接関係に基づく言語圏 (linguistic area; cf. 「#1314. 言語圏」 [2012-12-01-1])がうまく表現できないという問題があった.しかし,工夫次第で,系統図のなかに他言語からの影響に関する情報を盛り込むことは不可能ではない.Miller (3) がそのような試みを行っているので,見やすい形に作図したものを示そう.
この図では,英語が歴史的に経験してきた言語接触や地理言語学的な条件がうまく表現されている.特に,主要な言語との接触の性質,規模,時期がおよそわかるように描かれている.まず,ラテン語,フランス語,ギリシア語からの影響が程度の差はあれ一方的であり,語彙的なものに限られることが,赤線の矢印から見て取れる.古ノルド語 (ENorse) との言語接触についても同様に赤線の一方向の矢印が見られるが,緑線の双方向の矢印により,構造的な革新において共通項の少なくないことが示唆されている.ケルト語 (Brythonic) との関係については,近年議論が活発化してきているが,地域的な双方向性のコネクションが青線によって示されている.
もちろん,この図も英語と諸言語との影響の関係を完璧に示し得ているわけではない.例えば,矢印で図示されているのは主たる言語接触のみである(矢印の種類と数を増やして図を精緻化することはできる).また,フランス語との接触について,中英語以降の継続的な関与はうまく図示されていない.それでも,この図に相当量の情報が盛り込まれていることは確かであり,英語史の概観としても役に立つのではないか.
・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.
「#1895. 古英語のラテン借用語の綴字と借用の類型論」 ([2014-07-05-1]) の記事で,後期古英語のラテン借用語は,英語化した綴字ではなくラテン語のままの綴字で取り込む傾向があることを指摘した.それ以前のラテン借用語は英語化した綴字で受け入れる傾向があったことを考えると,借用の類型論の観点からいえば,後期古英語に向かって substitution の度合いが大きくなったと表現できるのではないか,と.
さて,中英語期に入ると,英語の綴字体系は別の展開を示した.大量のフランス借用語が流入するにつれ,それとともにフランス語式綴字習慣も強い影響を持ち始めた.この英語史上の出来事で興味深いのは,フランス語式綴字習慣に従ったのはフランス借用語のみではなかったことだ.それは勢い余って本来語にまで影響を及ぼし,古英語式の綴字習慣を置き換えていった.主要なものだけを列挙しても,古英語の <c> (= /ʧ/) はフランス語式の <ch> に置換されたし,<cw> は <qw> へ, <s> の一部は <ce> へ,<u> は <ou> へと置換された.ゆえに,本来語でも現代英語において <chin>, <choose>, <queen>, <quick>, <ice>, <mice>, <about>, <house> などと綴るようになっている.これは綴字体系上のノルマン・コンクェストとでもいうべきものであり,この衝撃を目の当たりにすれば,古英語のラテン語式綴字による軽度の substitution など,かわいく見えてくるほどだ.これは,フランス語式綴字習慣が英語に及んだという点で,「#1793. -<ce> の 過剰修正」 ([2014-03-25-1]) で触れたように,一種の過剰修正 (hypercorrection) と呼んでもよいかもしれない(ほかに「#81. once や twice の -ce とは何か」 ([2009-07-18-1]) および「#1153. 名詞 advice,動詞 advise」 ([2012-06-23-1]) も参照).ただし,通常 hypercorrection は単語単位で単発に作用する事例を指すことが多いが,上記の場合には広範に影響の及んでいるのが特徴的である.フランス語式綴字の体系的な substitution といえるだろう.
Horobin (89) が "rather than adjust the spelling of the French loans to fit the native pattern, existing English words were respelled according to the French practices" と述べたとき,それは,中英語がフランス語を英語化しようとしたのではなく,中英語自らがフランス語化しようとしていた著しい特徴を指していたのである.
「#1208. フランス語の英文法への影響を評価する」 ([2012-08-17-1]) や「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]) で話題にしたように,フランス語の英語への影響は,語彙を除けば,綴字にこそ最も顕著に,そして体系的に現われている.通常,単発の事例に用いられる substitution や hypercorrection という用語を,このような体系的な言語変化に適用すると新たな洞察が得られるのではないかという気がするが,いかがだろうか.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
日本語に西洋語が初めて持ち込まれたのは,16世紀半ばである.「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1]) でも触れたように,ポルトガル人の渡来が契機だった.キリスト教用語とともに一般的な用語ももたらされたが,前者は後に禁教となったこともあって定着しなかった.後者では,アルヘイトウ(有平糖)(alfeloa) ,カステラ (Castella),カッパ (capa),カボチャ(南瓜,Cambodia),カルサン(軽袗,calsãn),カルタ (carta),コンペイトウ(金平糖,confeitos),サラサ(更紗,saraça),ザボン (zamboa),シャボン (sabão),ジバン(襦袢,gibão),タバコ(煙草,tabaco),チャルメラ (charamela),トタン (tutanaga),パン (pão),ビイドロ (vidro),ビスカット(ビスケット,biscoito),ビロード (veludo),フラスコ (frasco),ブランコ (blanço),ボオロ (bolo),ボタン (botão) などが残った.16世紀末にはスペイン語も入ってきたが,定着したものはメリヤス (medias) ぐらいだった.
近世中期に蘭学が起こると,オランダ語の借用語が流れ込んでくる.自然科学の語彙が多く,後に軍事関係の語彙も入った.まず,医学・薬学では,エーテル (ether),エキス (extract),オブラート (oblaat),カルシウム (calcium),カンフル (kamfer, kampher),コレラ (cholera),ジギタリス (digitalis),スポイト (spuit),ペスト (pest),メス (mes),モルヒネ (morphine).化学・物理・天文では,アルカリ (alkali),アルコール (alcohol),エレキテル (electriciteit),コンパス (kompas),ソーダ (soda),テレスコープ (telescoop),ピント (brandpunt),レンズ (lenz).生活関係では,オルゴール (orgel),ギヤマン (diamant),コーヒ (koffij),コック (kok),コップ(kop; cf. 「#1027. コップとカップ」 ([2012-02-18-1])),ゴム (gom),シロップ (siroop),スコップ (schop),ズック (doek),ソップ(スープ,soep),チョッキ (jak),ビール (bier),ブリキ (blik),ペン (pen),ペンキ (pek), ポンプ (pomp),ホック (hoek),ホップ (hop),ランプ (lamp).軍事関係では,サーベル (sabel),ピストル (pistool),ランドセル (ransel).
明治時代には西洋語のなかでは英語が優勢となってくるが,明治初期にはいまだ「コップ」「ドクトル」などオランダ借用語の使用が幅を利かせていた.しかし,大正中期以降は英語系が大半を占めるようになり,オランダ風の「ソップ」が英語風の「スープ」へ置換されたように,発音も英語風へと統一されてくる.英語以外の西洋語としては,大正から昭和にかけてドイツ語(主に医学,登山,哲学関係),フランス語(主に芸術,服飾,料理関係),イタリア語(主に音楽関係),ロシア語も見られるようになった.それぞれの例を挙げてみよう.
・ ドイツ語:ノイローゼ(Neurose),カルテ(Karte),ガーゼ(Gaze),カプセル(Kapsel),ワクチン(Vakzin),イデオロギー(Ideologie),ゼミナール(Seminar),テーマ(Thema),テーゼ(These),リュックサック(Rucksack),ザイル(Seil),ヒュッテ(Hütte),オブラート (Oblate), クレオソート (Kreosot).
・ フランス語:デッサン(dessin),コンクール(concours),シャンソン(chanson),ロマン(roman),エスプリ(esprit),ジャンル(genre),アトリエ(atelier),クレヨン(crayon),ルージュ(rouge),ネグリジェ(néglige),オムレツ(omelette),コニャック(cognac),シャンパン(champagne),マヨネーズ(mayonnaise)
・ イタリア語:オペラ(opera),ソナタ(sonata),テンポ(tempo),フィナーレ(finale),マカロニ(macaroni),スパゲッティ(spaghetti)
・ ロシア語:ウォッカ(vodka),カンパ(kampaniya),ペチカ(pechka),ノルマ(norma)
今日,西洋語の8割が英語系であり,借用の対象となる英語の変種としては太平洋戦争をはさんで英から米へと切り替わった.
以上,佐藤 (179--80, 185--86) および加藤他 (74) を参照して執筆した.関連して,「#1645. 現代日本語の語種分布」 ([2013-10-28-1]),「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1]) の記事も参照されたい.
・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.
・ 加藤 彰彦,佐治 圭三,森田 良行 編 『日本語概説』 おうふう,1989年.
日本語に西洋語が初めて持ち込まれたのは,16世紀半ばである.「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1]) でも触れたように,ポルトガル人の渡来が契機だった.キリスト教用語とともに一般的な用語ももたらされたが,前者は後に禁教となったこともあって定着しなかった.後者では,アルヘイトウ(有平糖)(alfeloa) ,カステラ (Castella),カッパ (capa),カボチャ(南瓜,Cambodia),カルサン(軽袗,calsãn),カルタ (carta),コンペイトウ(金平糖,confeitos),サラサ(更紗,saraça),ザボン (zamboa),シャボン (sabão),ジバン(襦袢,gibão),タバコ(煙草,tabaco),チャルメラ (charamela),トタン (tutanaga),パン (pão),ビイドロ (vidro),ビスカット(ビスケット,biscoito),ビロード (veludo),フラスコ (frasco),ブランコ (blanço),ボオロ (bolo),ボタン (botão) などが残った.16世紀末にはスペイン語も入ってきたが,定着したものはメリヤス (medias) ぐらいだった.
近世中期に蘭学が起こると,オランダ語の借用語が流れ込んでくる.自然科学の語彙が多く,後に軍事関係の語彙も入った.まず,医学・薬学では,エーテル (ether),エキス (extract),オブラート (oblaat),カルシウム (calcium),カンフル (kamfer, kampher),コレラ (cholera),ジギタリス (digitalis),スポイト (spuit),ペスト (pest),メス (mes),モルヒネ (morphine).化学・物理・天文では,アルカリ (alkali),アルコール (alcohol),エレキテル (electriciteit),コンパス (kompas),ソーダ (soda),テレスコープ (telescoop),ピント (brandpunt),レンズ (lenz).生活関係では,オルゴール (orgel),ギヤマン (diamant),コーヒ (koffij),コック (kok),コップ(kop; cf. 「#1027. コップとカップ」 ([2012-02-18-1])),ゴム (gom),シロップ (siroop),スコップ (schop),ズック (doek),ソップ(スープ,soep),チョッキ (jak),ビール (bier),ブリキ (blik),ペン (pen),ペンキ (pek), ポンプ (pomp),ホック (hoek),ホップ (hop),ランプ (lamp).軍事関係では,サーベル (sabel),ピストル (pistool),ランドセル (ransel).
明治時代には西洋語のなかでは英語が優勢となってくるが,明治初期にはいまだ「コップ」「ドクトル」などオランダ借用語の使用が幅を利かせていた.しかし,大正中期以降は英語系が大半を占めるようになり,オランダ風の「ソップ」が英語風の「スープ」へ置換されたように,発音も英語風へと統一されてくる.英語以外の西洋語としては,大正から昭和にかけてドイツ語(主に医学,登山,哲学関係),フランス語(主に芸術,服飾,料理関係),イタリア語(主に音楽関係),ロシア語も見られるようになった.それぞれの例を挙げてみよう.
・ ドイツ語:ノイローゼ(Neurose),カルテ(Karte),ガーゼ(Gaze),カプセル(Kapsel),ワクチン(Vakzin),イデオロギー(Ideologie),ゼミナール(Seminar),テーマ(Thema),テーゼ(These),リュックサック(Rucksack),ザイル(Seil),ヒュッテ(Hütte),オブラート (Oblate), クレオソート (Kreosot).
・ フランス語:デッサン(dessin),コンクール(concours),シャンソン(chanson),ロマン(roman),エスプリ(esprit),ジャンル(genre),アトリエ(atelier),クレヨン(crayon),ルージュ(rouge),ネグリジェ(néglige),オムレツ(omelette),コニャック(cognac),シャンパン(champagne),マヨネーズ(mayonnaise)
・ イタリア語:オペラ(opera),ソナタ(sonata),テンポ(tempo),フィナーレ(finale),マカロニ(macaroni),スパゲッティ(spaghetti)
・ ロシア語:ウォッカ(vodka),カンパ(kampaniya),ペチカ(pechka),ノルマ(norma)
今日,西洋語の8割が英語系であり,借用の対象となる英語の変種としては太平洋戦争をはさんで英から米へと切り替わった.
以上,佐藤 (179--80, 185--86) および加藤他 (74) を参照して執筆した.関連して,「#1645. 現代日本語の語種分布」 ([2013-10-28-1]),「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1]) の記事も参照されたい.
・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.
・ 加藤 彰彦,佐治 圭三,森田 良行 編 『日本語概説』 おうふう,1989年.
キリスト教の伝来とラテン単語の借用の関係について,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) などの記事で取り上げてきた.一方,借用の類型論に関わる話題として,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]),「#1778. 借用語研究の to-do list」 ([2014-03-10-1]) などの記事を書いてきた.今回は,古英語のラテン借用語の綴字という話題を介して,借用の類型論を考察してみたい.
古英語期には,キリスト教の伝来とともに,多くの宗教用語や学問用語がラテン語から英語の書き言葉へともたらされた.apostol (L apostulus), abbod (L abbadem), fenix (L phoenix), biscop (L episcopus) などである.ここで注意すべきは,借用の際に,発音にせよ綴字にせよ,ラテン語の形態をそのまま借用したのではなく,多分に英語化して取り込んでいることである.ところが,後の10世紀にラテン語借用のもう1つの波があったときには,ラテン単語は英語化されず,ほぼそのままの形態で借用されている.つまり,古英語のラテン語借用の2つの波の間には,質的な差があったことになる.この差を,Horobin (64--65) は次のように指摘している.
What is striking about these loanwords is that their pronunciation and spelling has been assimilated to Old English practices, so that the spelling-sound correspondences were not disturbed. Note, for instance, the spelling mynster, which shows the Old English front rounded vowel /y/, the <æ> in Old English mæsse, indicating the Old English front vowel. The Old English spelling of fenix with initial <f> shows that the word was pronounced the same way as in Latin, but that the spelling was changed to reflect Old English practices. While the spelling of Old English biscop appears similar to that of Latin episcopus, the pronunciation was altered to the /ʃ/ sound, still heard today in bishop, and so the <sc> spelling retained its Old English usage. This process of assimilation can be contrasted with the fate of the later loanword, episcopal, borrowed from the same Latin root in the fifteenth century but which has retained its Latin spelling and pronunciation. However, during the third state of Latin borrowing in the tenth century, a number of words from Classical Latin were borrowed which were not integrated into the native language in the same way. The foreign status of these technical words was emphasized by the preservation of their Latinate spellings and structure, as we can see from a comparison of the tenth-century Old English word magister (Latin magister), with the earlier loan mægester, derived from the same Latin word. Where the earlier borrowing has been respelled according to Old English practices, the later adoption has retained its classical Latin spelling.
借用の種類としては,いずれもラテン語の形態に基づいているという点で substitution ではなく importation である.しかし,同じ importation といっても,前期はモデルから逸脱した綴字による借入,後期はモデルに忠実な綴字による借入であり,importation というスケール内部での程度差がある.いずれも substitution ではないのだが,前者は後者よりも substitution に一歩近い importation である,と表現することはできるかもしれない.話し言葉でたとえれば,前者はラテン単語を英語的発音で取り入れることに,後者は原語であるラテン語の発音で取り入れることに相当する.あらっぽくたとえれば,英単語を日本語へ借用するときにカタカナ書きするか,英語と同じようにアルファベットで綴るか,という問題と同じことだが,古英語の例では,いずれの方法を取るかが時期によって異なっていたというのが興味深い.
借用語のモデルへの近接度という問題に迫る際に,そしてより一般的に借用の類型論を考察する際に,綴字習慣の差というパラメータも関与しうるというのは,新たな発見だった.関連して,語が借用されるときの importation 内部での程度と,借用された後に徐々に示される同化の程度との区別も明確にする必要があるかもしれない.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
フランス語は英語の語彙や綴字には大きな影響を及ぼしてきたが,英文法に及ぼした直接の影響はほとんどないといわれる.「#1208. フランス語の英文法への影響を評価する」 ([2012-08-17-1]) で論じたように,間接的な影響ということでいえば,「#1171. フランス語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-11-1]) で取り上げた問題はおおいに議論に値するが,統語や形態へのフランス語の影響はほとんどないといってよい.数少ない例の1つとして,「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) の記事でみたように,中英語期中の非人称動詞および非人称構文の増加はフランス語に負っていることが指摘されるが,せいぜいそれくらいのものだろう.
しかし,もう1つ,ときにフランス語からの文法的な影響として指摘される項目がある.One should always listen to what other people say. のように用いられる,不定代名詞 one である.これが,対応するフランス語の不定代名詞 on (< L homo) の借用ではないかという議論だ.最近では,Millar (126) が,次のように指摘している.
What is noteworthy about these large-scale French-induced changes is that they are dependent upon the massive lexical borrowing. Other structural changes not connected to this are limited (and also contested), such as the origin of the Modern English impersonal pronoun one in the ancestor of Modern French on.
OED の one, adj., n., and pron. によると,フランス語影響説は必ずしも妥当ではないかもしれない旨が示唆されている.
The use as an indefinite generic pronoun (sense C. 17), which replaced ME pron.2, MEN pron. in late Middle English, may have been influenced by Anglo-Norman hom, on, un, Old French, Middle French on (12th cent.; mid 9th cent. in form om ; French on; ultimately < classical Latin homō: see HOMO n.1), though this is not regarded as a necessary influence by some scholars.
C. 17 に挙げられている初例は,MED ōn (pron) の語義2からの初例を取ったものである.
a1400 (a1325) Cursor Mundi (Vesp.) 1023 (MED), Of an [a1400 Gött. ane; a1400 Trin. Cambr. oon] qua siþen ete at þe last, he suld in eild be ai stedfast.
Mustanoja (223--24) が,後期中英語における one のこの用法の発生について,まとまった議論を展開している.やや長いが,すべて引用しよう.
'ONE.' --- The origin of the one used for the indefinite person has been the subject of some scholarly dispute. Some grammarians believe that it developed from the indefinite one (originally a numeral . . .) meaning 'a person,' just as man expressing the indefinite person developed from man meaning 'a human being.' It has also been suggested that the one used for the indefinite person is in reality French on (from Latin homo), though influenced by the native indefinite one. This view, first expressed by R. G. Latham (The English Language, Vol. II, London 1855), has been more recently advocated by G. L. Trager and H. Marchand . . . . The case of those who maintain that one is a direct loan from French is, however, somewhat weakened by the fact that in the two earliest known instances of this use one occurs as an object of the verb and as an attributive genitive ('possessive dative'); one of these is doo thus fro be to be; thus wol thai lede oon to thaire dwelliyng place (Pall. Husb. v 181). The earliest examples of one as an indefinite subject are recorded in works of the late 15th century: --- he herde a man say that one was surer in keping his tunge than in moche speking, for in moche langage one may lightly erre (Earl Rivers Dicts 57); --- every chambre was walled and closed rounde aboute, and yet myghte one goo from one to another (Caxton En. 117). It is not until the second half of the 16th century that the use of one in this sense becomes common.
From all we know about the first appearance and the subsequent development of one expressing the indefinite person it seems that this use arose as a synthesis of native one and French on. This view is further supported by the fact that in Anglo-Norman the spelling un is used not only for the numeral un but also for the indefinite person, as in the proverb un vout pendre par compaignie.
標記の問題は,いまだ決着がついていない.
・ Millar, Robert McColl. English Historical Sociolinguistics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2012.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
「#46. 借用はなぜ起こるか」 ([2009-06-13-1]) の記事で,語彙が他言語から借用される理由を考えた.しかし,この「なぜ」は究極の問いであり,本格的に追究するのであれば,先に他の4W1Hの問いから潰していかなければならない.why の前に,what, who, when, where, how を問う必要があるということだ.そこで borrowing の記事を中心に,本ブログでも様々なアプローチを採ってきた.
借用語の「なぜ」に迫る論考としては,Hans Käsmann (Studien zum kirchlichen Wortschatz des Mittelenglischen 1100--1350. Eng Beitrag zum Problem der Sprachmischung. Tübingen, 1961.) に拠った Görlach (149--50) のものがあるので紹介しよう."causes and situations favouring the transfer" として,次のような分類表を掲げている(語例の前の "A11" などは.Görlach のテキスト参照記号).
(A) Gaps in the indigenous lexis
1. The word is taken over together with the new content and the new object: A11 myrre, D31 senep, F21 sabat, synagoge.
2. A well-known content has no word to designate it: D32 plant
3. Existing expressions are insufficient to render specific nuances ('misericordia', see blow).
(B) Previous weakening of the indigenous lexis
4. The content had been experimentally rendered by a number of unsatisfactory expressions: E15 leorningcniht||disciple.
5. The content had been rendered by a word weakened by homonymy, polysemy, or being part of an obsolescent type of word-formation: C24 hilid||covered; C25 hǣlan = heal, save; H11 hǣlend||sauyoure.
6. An expression which is connotationally loaded needs to be replaced by a neutral expression.
(C) Associative relations
7. A word is borrowed after a word of the same family has been adopted: D49 iust (after justice; cf. judge n., v., judgement).
8. The borrowing is supported by a native word of similar form: læccan × catchen; the process was particularly important with adoptions from Scandinavian.
9. 'Corrections': an earlier loanword is adapted in form/replaced by a new loanword: F2 engel||aungel.
(D) Special extralinguistic conditions
10. Borrowing of words needed for rhymes and metre.
11. Adoptions not motivated by necessity but by fashion and prestige.
12. Words left untranslated because the translator was incompetent, lazy or anxious to stay close to his source: H10 euangelise EV.
There remain a large number of uncertain classifications, most of these somehow connected with 11), a category which is very difficult to define.
(A), (B), (C) はまとめて,既存の語彙体系から生じる借用への圧力ということができるだろうか.「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) でみたタイポロジーとも交差する.(D) はおよそ言語外的な要因というべきものである.通常,語の借用を話題にする場合には,言語外的な要因が注目されることも多いが,この分類は相対的にその扱いが弱いのが特徴だ.結局のところ,最後に但し書きで逃げ口上を打っているように,このような分類を立てることに限界があるのだろう.Fischer (105) は,この分類に不満を表明している.
Like all attempts to "explain" language change, this one suffers from the fact that explanations can only be guessed at and that actual, verifiable proof is hard to come by. Any such typology, therefore, will remain tentative.
冒頭で述べたように,まずは借用の4W1Hを着実に理解してゆくところから始める必要がある.
・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.
・ Fischer, Andreas. "Lexical Borrowing and the History of English: A Typology of Typologies." Language Contact in the History of English. 2nd rev. ed. Ed. Dieter Kastovsky and Arthur Mettingers. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2003. 97--115.
2言語間の言語接触においては,一方向あるいは双方向に言語項の借用が生じる.その言語接触と借用の強度は,少数の語彙が借用される程度の小さいなものから,文法範疇などの構造的な要素が借用される程度の大きいものまで様々ありうるが,古今東西の言語接触の事例から,その尺度を類型化することは可能だろうか.
この問題については,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]) ほかで部分的に言及してきたが,昨日の記事「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]) で引用した Thomason and Kaufman (74--76) による借用尺度 ("BORROWING SCALE") が,現在のところ最も本格的なものだろう.著者たちは言語接触を大きく borrowing と shift-induced interference に分けているが,ここでの尺度はあくまで前者に関するものである.5段階に区別されたレベルの説明を引用する.
(1) Casual contact: lexical borrowing only
Lexicon:
Content words. For cultural and functional (rather than typological) reasons, non-basic vocabulary will be borrowed before basic vocabulary.
(2) Slightly more intense contact: slight structural borrowing
Lexicon:
Function words: conjunctions and various adverbial particles.
Structure:
Minor phonological, syntactic, and lexical semantic features. Phonological borrowing here is likely to be confined to the appearance of new phonemes with new phones, but only in loanwords. Syntactic features borrowed at this stage will probably be restricted to new functions (or functional restrictions) and new orderings that cause little or no typological disruption.
(3) More intense contact: slightly more structural borrowing
Lexicon:
Function words: adpositions (prepositions and postpositions). At this stage derivational affixes may be abstracted from borrowed words and added to native vocabulary; inflectional affixes may enter the borrowing language attached to, and will remain confined to, borrowed vocabulary items. Personal and demonstrative pronouns and low numerals, which belong to the basic vocabulary, are more likely to be borrowed at this stage than in more casual contact situations.
Structure:
Slightly less minor structural features than in category (2). In phonology, borrowing will probably include the phonemicization, even in native vocabulary, of previously allophonic alternations. This is especially true of those that exploit distinctive features already present in the borrowing language, and also easily borrowed prosodic and syllable-structure features, such as stress rules and the addition of syllable-final consonants (in loanwords only). In syntax, a complete change from, say, SOV to SVO syntax will not occur here, but a few aspects of such a switch may be found, as, for example, borrowed postpositions in an otherwise prepositional language (or vice versa).
(4) Strong cultural pressure: moderate structural borrowing
Structure:
Major structural features that cause relatively little typological change. Phonological borrowing at this stage includes introduction of new distinctive features in contrastive sets that are represented in native vocabulary, and perhaps loss of some contrasts; new syllable structure constraints, also in native vocabulary; and a few natural allophonic and automatic morphophonemic rules, such as palatalization or final obstruent devoicing. Fairly extensive word order changes will occur at this stage, as will other syntactic changes that cause little categorial alteration. In morphology, borrowed inflectional affixes and categories (e.g., new cases) will be added to native words, especially if there is a good typological fit in both category and ordering.
(5) Very strong cultural pressure: heavy structural borrowing
Structure:
Major structural features that cause significant typological disruption: added morphophonemic rules; phonetic changes (i.e., subphonemic changes in habits of articulation, including allophonic alternations); loss of phonemic contrasts and of morphophonemic rules; changes in word structure rules (e.g., adding prefixes in a language that was exclusively suf-fixing or a change from flexional toward agglutinative morphology); categorial as well as more extensive ordering changes in morphosyntax (e.g., development of ergative morphosyntax); and added concord rules, including bound pronominal elements.
英語史上の主要な言語接触の事例に当てはめると,古英語以前におけるケルト語,古英語以降のラテン語との接触はレベル1程度,中英語以降のフランス語との接触はレベル2程度,古英語末期からの古ノルド語との接触はせいぜいレベル3程度である.英語は歴史的に言語接触が多く,借用された言語項にあふれているという一般的な英語(史)観は,それ自体として誤っているわけではないが,Thomason and Kaufman のスケールでいえば,たいしたことはない,世界にはもっと激しい接触を経てきた言語が多く存在するのだ,ということになる.通言語的な類型論が,個別言語をみる見方をがらんと変えてみせてくれる好例ではないだろうか.
日本語についても,歴史時代に限定すれば中国語(漢字)からの重要な影響があったものの,BORROWING SCALE でいえば,やはり軽度だろう.しかし,先史時代を含めれば諸言語からの重度の接触があったかもしれないし,場合によっては borrowing とは別次元の言語接触であり,上記のスケールの管轄外にあるとみなされる shift-induced interference が関与していた可能性もある.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
ゼミの学生の卒業論文研究をみている過程で,Fischer による借用語研究のタイポロジーについての論文を読んだ.英語史を含めた諸言語における借用語彙の研究は,3つの観点からなされてきたという.(1) morpho-etymological (or morphological), (2) lexico-semantic (or semantic), (3) socio-historical (or sociolinguistic) である.
(1) は,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で論じたように,model と loan とが形態的にいかなる関係にあるかという観点である.形態的な関係が目に見えるものが importation,見えないもの(すなわち意味のみの借用)が importation である.(2) は,借用の衝撃により,借用側言語の意味体系と語彙体系が再編されたか否かを論じる観点である.(3) は,語の借用がどのような社会言語学的な状況のもとに行われたか,両者の相関関係を明らかにしようとする観点である.この3分類は互いに交わるところもあるし,事実その交わり方の組み合わせこそが追究されなければならないのだが,おおむね明解な分け方だと思う.
Fischer は,このなかで (3) の社会言語学的な観点は最も興味をそそるが,目に見える研究成果は期待できないだろうと悲観的である.この観点を重視した Thomason and Kaufman を参照し,高く評価しながらも,借用語研究には貢献しないだろうと述べている.
Of the three types of typologies discussed here, the third, although the most attractive because of its sociolinguistic orientation, is possibly the least useful for a study of lexical borrowing: lexis is an unreliable indicator of the precise nature of a contact situation, and the socio-historical evidence necessary to reconstruct the latter is often not available. Morphological and semantic typologies on the other hand, though seemingly more traditional, can yield a great deal of new information if an attempt is made to study a whole semantic domain and if such studies are truly comparative, comparing different text types, different source languages or different periods. (110)
Fischer は (1) と (2) の観点こそが,借用語研究において希望のもてる方向であると指南する.一見すると,英語史に限定した場合,この2つの観点,とりわけ (1) の観点からは,相当に研究がなされているのではないかと思われるが,案外とそうでもない.例えば,意味借用 (semantic loan) に代表される substitution 型の借用語については,研究の蓄積がそれほどない.これには,importation に対して substitution は意味を扱うので見えにくいこと,頻度として比較的少ないことが理由として挙げられる.
それにしても,語を借用するときに,ある場合には importation 型で,別の場合には substitution 型で取り込むのはなぜだろうか.背後にどのような選択原理が働いているのだろうか.借用側言語の話者(集団)の心理や,公的・私的な言語政策といった社会言語学的な要因については言及されることがあるが,上記 (1) や (2) の言語学的な観点からのアプローチはほとんどないといってよい.Fischer (100) の問題意識,"why certain types of borrowing seem to be more frequent than others, depending on period, source language, text type, speech community or language policy, to name only the most obvious factors." は的を射ている.私自身も,同様の問題意識を,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]) などで示唆してきた.
英語史におけるラテン借用語を考えてみれば,古英語では importation と並んで substitution も多かった(むしろ後者のほうが多かったとも議論しうる)が,中英語以降は importation が主流である.Fischer (101) で触れられているように,Standard High German と Swiss High German におけるロマンス系借用語では,前者が substitution 寄り,後者は importation 寄りの傾向を示すし,アメリカ英語での substitution 型の fall に対してイギリス英語での importation 型の autumn という興味深い例もある.日本語への西洋語の借用も,明治期には漢語による substitution が主流だったが,後には importation が圧倒的となった.言語によって,時代によって,importation と substitution の比率が変動するが,ここには社会言語学的な要因とは別に何らかの言語学的な要因も働いている可能性があるのだろうか.
Fischer (105) は,このような新しい設問を多数思いつくことができるとし,英語史における設問例として3つを挙げている.
・ How many of all Scandinavian borrowings have replaced native terms, how many have led to semantic differentiation?
・ How does French compare with Scandinavian in this respect?
・ How many borrowings from language x are importations, how many are substitutions, and what semantic domains do they belong to?
HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) が出版された現在,意味の借用である substitution に関する研究も断然しやすくなってきた.英語借用語研究の未来はこれからも明るそうだ.
・ Fischer, Andreas. "Lexical Borrowing and the History of English: A Typology of Typologies." Language Contact in the History of English. 2nd rev. ed. Ed. Dieter Kastovsky and Arthur Mettingers. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2003. 97--115.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
言語接触に起因する現象はいくつか挙げることができるが,そのなかに借用 (borrowing) や code-switching がある.「#1627. code-switching と code-mixing」 ([2013-10-10-1]) の記事でも示唆したが,論者によってはこの2つの現象は1つの連続体の両極であるとされる.確かに,そう考えられる理由はある.例えば,A言語とB言語の code-switching において,基盤となるA言語の発話のなかにB言語から取られた単語が1つだけ用いられる場合,これを "nonce-borrowing" と呼ぶこともできそうである.そして,このような nonce-borrowing がある程度慣習化したものが "established borrowing" であり,結果として定着した語が借用語 (loanword) であると言えそうだ.このように考えると,借用と code-switching は連続体の両端だという説も説得力がある.接触言語学の第一人者である Einar Haugen も,この趣旨で code-switching を次のように定義している."the alternate use of two languages including everything from the introduction of a single, unassimilated word up to a complete sentence or more into the context of another language" (quoted from Haugen (193: 521) by Myers-Scotton (256)).
だが,その想定された連続体の真ん中辺り,借用と code-switching が互いに乗り入れるとされる付近においては,互いの特徴は自然と溶け合うのだろうか,あるいは連続体とはいえどもある程度の不連続な境界が認められるのだろうか.この問題については議論があるようだが,取っ掛かりとして Myers-Scotton (253--60) に当たってみた.
基盤のA言語にB言語から取られた単語が1つだけ用いられる場合,通常,その語はA言語で置かれるはずの統語的位置に現れるが,形態的にはA言語に特有の屈折などは取らず,裸で用いられる.また,通常その語はB言語での発音として実現される.すなわち,問題の語は基盤言語への同化の度合いが低い分,借用よりも code-switching のほうに近いということになる.一方,スワヒリ語を基盤とする英語の code-switching の実例によると,英単語がスワヒリ語の屈折を示しつつも英語風に実現されるケースがあるというので,判断が難しい.
問題となるのは,借用と code-switching の境界,あるいは同化の程度を決めるのに,音韻,形態,統語の基準のそれぞれにどの程度の重みづけを付与するのかである.Myers-Scotton (260) は必ずしも歯切れはよくないが,単体で差し挟まれる語は,どちらかというと借用よりは code-switching に近いとして,両者の区別あるいは不連続性を一応は認めている.
Let's be clear: we aren't arguing that all Embedded language single words in codeswitching data sets are bona fide instances of codeswtiching. Some singly occurring Embedded Language words could have become established borrowings. But, as we've shown above, there is good reason to treat most of these singly occurring words as codeswitched forms.
この問題と関与しそうなのが,借用元言語の形態論を反映した借用である.元言語の形態論を反映しているという意味で code-switching 的だが,音韻的,統語的には慣習化されており,借用語的であるという例だ.何を指すかは具体例を挙げれば一目瞭然だろう.現代英語における alumnus -- alumni, alga -- algae, phenomenon -- phenomena のような外来語の単複数形などである.これらは一般に借用語とみなされているが,上の議論を踏まえると,code-switching 的な特徴を部分的に残した借用語とみなしたくなる.借用と code-switching の境目はグレーではあるが,グレーであるがゆえに,外来語複数の問題に新たな洞察を与えてくれるようにも思える.
・ Myers-Scotton, Carol. Multiple Voices: An Introduction to Bilingualism. Malden, MA: Blackwell, 2006.
フランス語借用の爆発期は「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) で見たように14世紀である.このタイミングについては,「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1]) や「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]) の記事で話題にしたように,イングランドにおいて英語が復権してきた時期と重なる.それまでフランス語が担ってきた社会的な機能を英語が肩代わりすることになり,突如として大量の語彙が必要となったからとされる.フランス語を話していたイングランドの王侯貴族にとっては,英語への言語交替 (language shift) が起こっていた時期ともいえる(「#1540. 中英語期における言語交替」 ([2013-07-15-1]) を参照).
一方,ラテン語借用の爆発期は,「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) や「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) で見たように,16世紀後半を中心とする時期である.このタイミングは,それまでラテン語が担ってきた社会的な機能,とりわけ高尚な書き物の言語にふさわしいとされてきた地位を,英語が徐々に肩代わりし始めた時期と重なる.ルネサンスによる新知識の爆発のために突如として大量の語彙が必要になり,英語は追いつけ,追い越せの目標であるラテン語からそのまま語彙を借用したのだった.このようにラテン語熱がいやましに高まったが,裏を返せば,そのときまでに人々の一般的なラテン語使用が相当落ち込んでいたことを示唆する.イングランド知識人の間に,ある意味でラテン語から英語への言語交替が起こっていたとも考えられる.
つまり,フランス語とラテン語からの大量語彙借用の最盛期は異なってはいるものの,共通項として「英語への言語交替」がくくりだせるように思える.ここでの「言語交替」は文字通りの母語の乗り換えではなく,それまで相手言語がもっていた社会言語学的な機能を,英語が肩代わりするようになったというほどの意味で用いている.この点を指摘した Fennell (148) の洞察の鋭さを評価したい.
As is often the case when use of a language ceases (as French did at the end of the Middle English period), the demise of Latin coincides with the borrowing of huge numbers of Latin words into English in order to fill perceived gaps in the language.
・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]) 等の記事で code-switching の話題を取り上げたが,今回はより一般的に,多言語状況における会話での code-switching を取り上げる.
code-switching とは,複数言語話者あるいは複数方言話者が会話の中で言語や方言を切り替える行為である.多言語状況では非常によくみられる現象であり,種々の言語学的および社会言語学的な要因が提案されている.
code-switching の程度が激しく,複数の言語や方言が1つの文のなかで素早く頻繁に切り替えられる場合,それを code-mixing と呼んで区別する場合がある.混合の度合いが高く,いずれの言語を話しているかが判然としないケースもある.そのような話者にとって,code-mixing はあたかも1つの言語を話しているのと同じくらいに自然なことであり,切り替えているということを意識していないことも非常に多いという.英語を含む code-mixing の例は,Malta, Nigeria, Hong Kong, the Philippines ([2013-09-06-1]の記事「#1593. フィリピンの英語事情 (2)」を参照)などの多言語地域から,多く報告されている(以上,Trudgill 23 より).
複数の言語体系が関わり合う言語接触に起因する現象としては,ほかに干渉 (interference),借用 (borrowing),媒介言語の発達などがある.これらはその効果が集団的に現れるのに対して,code-switching は個人の言語に属する現象であるといわれる.別の言い方をすれば,前者は competence に近いところにある話題だが,後者は performance に近いということになる.一方で,これらの間の厳密な線引きは困難であり,code-switching を程度の激しい借用とみることすらできるかもしれない.
東 (25) が引用している日英語の code-switching の例を挙げておこう.日系二世女性 (VY) が運転中の出来事をもう1人の女性 (MN) に話しているという場面で,北米の日系人社会に典型的な code-switching の例である.
VY: やすと私が今度 drive 代えたのよね.I was in the fast lane. Of course, speed 出さなくちゃいけないから.
MN: Yeah.
VY: 縺昴@縺溘i?シ荊here was a car in the left, right lane.
MN: うん.
VY: Two ならんで行ったのよね.side.
MN: Uh-huh.
VY: So, I was in the こっちの left lane. それでこう来たの.
MN: Violet, drive してたの?
VY: Half-way からまた代わったけどね.After lunch 食べてからね.そしたら,このうしろにいた car がね,いきなり he came out right. No signal or anything. 見ないでっから . . . 怖かったよ.Gee. こんなんなって brake かけちゃったから,こんななっちゃって.(ジェスチャーをまじえながら)Oh, gee.
MN: 縺ゅ≠?シ後b縺??シ荊hose 縺ゅ⊇縺?縺後>繧九°繧会シ景t's not your fault, eh? when you have an accident.
日本語と英語の切り替えがスムーズであることが見て取れる.「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]) の Wright からの2番目の引用でも述べられていたとおり,従来,code-switching は不完全な言語習得に基づく現象として否定的に,時に軽蔑的にとらえられてきた.しかし,それは明らかに誤解である.code-switching の背景には複雑な(社会)言語学的要因が作用している.その要因については,明日の記事で.
・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.
9月21--22日に,大連大学日本言語文化学院で開かれた第五回『中・日・韓日本言語文化研究国際フォーラム』に参加し,中央大学の同僚とチームを組んで「言語使用の前景と背景---言語研究と文学研究について」と題するパネルディスカッションを行った.私は「和製英語の自然さ・不自然さ」という題目で少し話しをした.専門外ではあるが,日本語学において和製英語や外来語の研究は,英語の研究者によるものが少なくないということなので,私もその立場からわずかばかり参与させていただいた,という次第である.
この発表のために,記事末に挙げたような参考図書等から和製英語といわれている表現を収集した.結果として231個が集まった.各々が本当に和製英語か否かという問題については,「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) で触れたように,本来,詳細な文献学的調査が必要だが,今回はそこまでは掘り下げていない.また,和製英語の厳密な定義が難しいという事情もある.したがって,以下の個々の例については疑問が呈されるかもしれないが,上記のような但し書きをつけたうえで,集めたものを一覧として公開しておくことは役に立つだろう.
和製英語の分類については,まだ仮のものにすぎないが,以下のように (1) 記号的和製英語,(2) 意味的和製英語,(3) 形態的和製英語に3分類してみた.分類の精緻化は今後の課題としたい.
(1) 記号的和製英語
アイスキャンディー (popsicle),アイドリングストップ (shutting off the engines),アウトコース (outside),アパート (apartment, apartmenthouse),アフターケア/アフターサービス (after-sales service, after-the-sale service),アフレコ (post recording),アメリカン(コーヒー) ((regular) coffee),イメージアップ (improve one's image),イメージチェンジ (change one's image),ウェストバッグ (fanny bag, bum bag),エステ (beauty salon, beauty spa, beauty-treatment clinic),エッチ (dirty-minded, sex-mad, have a one-track mind, indecent, salacious, pervert, abnormal),オーエル(オフィスレディ) (office worker),オーダーメード (custom-made, made-to-order),オートバイ (motorbike, motorcycle),オービー (alumnus, alumna, graduate),オーブントースター (toaster oven),オープンカー (convertible),オールバック (combed (straight) back, combed towards the back),カフスボタン (cuff links),ガード (overpass),ガードマン ((security) guard, watchman),ガソリンスタンド (gas station),ガッツポーズ (victory pose),キッチンペーパー (paper towel),キャッチコピー (slogan),キャッチホン (call-waiting),キャッチボール (play catch),クーラー (air conditioner),グラビア (glamour photos, cheesecake, Page Threes),グレードアップ (upgrade),ゲームセンター (amusement arcade),コインランドリー (launderette),コストダウン (lower costs, reduce costs),コンセント (outlet, outlet box, receptacle, wall outlet, wall socket),コンビニ (drugstore, grocery),ゴールデンアワー (prime time),ゴールデンウィーク (holidays in May),サイドビジネス (side job),サラリーマン (company employee),シーズンオフ (off-season),シーチキン (canned tuna),シェイプアップ (become thin, lose weight),システムキッチン (organized kitchen),シティホテル (big hotel),シャーペン (mechanical pencil, automatic pencil),シャッターチャンス (the right moment on film),シルバーウィーク (holidays in November),シルバーシート (priority seat),ジージャン (denim jacket, jeans jacket),ジーパン (jeans),ジェットコースター (roller coaster),ジューサー (blender),スーパー (supermarket),スキンシップ (touching, bonding, physical contact),スクールカラー (the traditional feature of a school),スケールメリット (economies of scale),スタメン (starting lineup),スタンドプレー (grandstand play),スピードダウン (slow down),スリーサイズ ((bust-waist-hip) measurement),ゼネコン (big construction company, large construction company),ソーラーシステム (solar power),ソフト (software),ソフトクリーム (soft-serve ice cream, ice cream cone, swirl ice-cream cone),ターミナルホテル (station hotel),タイムサービス (blue-light special, limited time offer (special)),タイムリーヒット (RBI hit),タッチアウト (tagged and out),ダイニングキッチン (kitchenette),ダンプカー (dump truck),チアガール (cheerleader a),チャンスメーカー (table setters),テーブルスピーチ (speech at a party),テレビゲーム (video game),テンキー (numeric keypad),デコレーションケーキ (birthday cake, decorated cake),デッドボール (hit by (a) pitch),デリバリーヘルス (massage parlor),トレーニングパンツ(トレパン) (sweat pants),ドクターストップ (doctor's orders),ドライブイン (rest area, rest stop),ナイター (night game),ニューハーフ (drag queen, transvestite),ネイティヴチェッカー (proof reader, native-speaking proof reader),ネットショッピング (on-line shopping),ノーカット (uncut (movie)),ノースリーブ (sleeveless dress),ノータイ(ノーネクタイ) (without a tie),ノートパソコン (laptop),ノンステップバス (bus without steps),ノンセクション (trivia),ハートフル (heartwarming),ハーフ (someone of mixed race),ハイソックス (knee socks),ハイティーン (late teens),ハイテンション (excitable, overexcited, carried away),ハローワーク (Job Centre),バックミラー (rearview mirror),バトンガール (baton twirler),バトンタッチ (baton pass, hand over),パタンナー (pattern maker),パトカー (police car),パネラー (panelist),パンチパーマ (tight-perm, short-perm),ビーチパラソル (beach umbrella),ビジネスホテル (economy hotel, budget hotel),フィールドアスレチック (obstacle course),フォアボール (base on balls, walk),フライドポテト (French fries, chips),フライング (false start),フリーサイズ (one-size-fits-all),フリーダイヤル (toll-free number),フロントガラス (windshield),ブックカバー (book jacket, dust jacket),プレーガイド (booking office),ヘアヌード (full-frontal nudity (photo)),ヘディングシュート (header),ヘルスメーター (bathroom scale),ベースアップ (raise of the wage base),ベッドタウン (bedroom suburb),ベビーサークル (playpen),ペーパーカンパニー (shell company),ペーパードライバー (person with a driving licence but no practice, driver in name only),ペアルック (dressed in matching outfits),ペットボトル (plastic bottle),ホーム (platform),ホットカーペット (electric carpet),ホットケーキ (pancake),ボディチェック (frisk, security check, body search),マイカー (one's own car),マイナスイメージ (negative image),マイペース (go one's own way),マカロニウェスタン (spaghetti Western),マグカップ (mug),マザコン (mummy's boy),マンツーマン (one-on-one (one-to-one) lesson, private lesson),ミシン (sewing machine),ミニコミ (free paper),ミルクティー (tea with milk),メタボ (big, overweight, fat),モーニングコール (wake-up call),モーニングサービス (breakfast special),ライブハウス (club with live music, live music club),ラブホテル (hot-pillow hotel, no-tell motel),ランニングシャツ (undershirt),ランニングホームラン (inside-the-park home run),リクルートスーツ (suit for an interview),リサイルクルショップ (secondhand shop, recycled-goods shop),リップクリーム (lip balm, chapstick),リフティング (keepy-uppy),ルーズソックス (loose-fitting socks),ローティーン (early teens),ロスタイム (additional time, injury time, stoppage time),ワイシャツ (business shirt),ワイドショー (talk and variety (TV) show, tabloid show, TV magazine show),ワンパターン (predictable, routine)
(2) 意味的和製英語
アイドル (pop idol),アットホーム (cozy, homey),アバウト (irresponsible),(イベント)コンパニオン (booth girl, promotional model, trade show model),カンニング (cheating),クラクション (car horn),クレーム (complaint),サイン (autograph, signature),シール (sticker),スタンド (grandstand),スナック (bar, pub),スマート (slender, slim),センス(服装) (good dress sense, well-dressed, stylish),ソープ(風俗) (bordello, house of ill repute, whorehouse, knocking shop),タレント (celebrity, entertainer, TV personality),ダッチワイフ (blow-up doll),チャック (zipper, zip-fastener),トランプ ((playing) cards),ドライ (businesslike),ドライバー(工具) (screwdriver),ナイーブ (uncorrupted, unspoiled),ネック (weak link, dead wood, disadvantage, burden),ハンドル ((steering) wheel),バーコード(髪型) (Bobby Charlton),バイキング (buffet),パワーアップ (build),ファイト (Go for it, Do your best),フロント (front desk, reception),ブーム (fad),プリント (handout, printout),プロデューサー (coordinator),マジック (felt tip pen, marker pen),マンション (condominium, apartment),メリット/デメリット (pros and cons, advantages and disadvantages),モニター (test user, product tester),ヤンキー (good-for-nothings, layabouts, hooligans, thugs),リフォーム (alteration, refurbish, renovate),リベンジ (rematch),ルーズ (lax, careless, negligent, irresponsible)
(3) 形態的和製英語
アイロン (flat iron),アクセル (accelerator),アプリ (application),アポ/アポイント (appointment),ウイルス (virus),エンスト (engine stall),オンザロック (on the rocks),カレーライス (curry and rice, curry with rice),コーンビーフ (corned beef),コネ (connection),サンオイル (suntan oil),スモークハム (smoked ham),セクハラ (sexual harassment),セットローション (setting lotion),デパート (department store),トイレ (bathroom, restroom),ドンマイ (Don't worry about it, Never mind),ニス (varnish),ネーブル (navel orange),ノート (notebook),ノンプロ (nonprofessional),パーマ (permanent),パソコン (personal computer),パンク (flat tyre, puncture),ビタミン (vitamin),ビル (building),ファンタジック (fantastic),プリン (pudding, custard pudding),プロレスラー (professional wrestler),マイク (microphone),マスコミ (mass communication, mass media, the media),マニア (maniac, fan),リストアップ (list),リストラ (restructuring, corporate downsizing),レジ (cash register)
・ スティーブン・ウォルシュ 『恥ずかしい和製英語』 草思社,2005年.
・ 桐生 りか 『カタカナ語・外来語事典』 汐文社,2006年.
・ 『新版日本語教育事典』 日本語教育学会 編,大修館書店,2005年.
・ デイビッド・セイン 『日本人がつい間違えるNGカタカナ英語』 主婦と生活社,2012年.
・ 『日本語学研究事典』 飛田 良文ほか 編,明治書院,2007年.
・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.
・ 村石 利夫 『カタカナ語おもしろ辞典』 さ・え・ら書房,1990年.
・ 山口 理 『国語おもしろ発見クラブ 外来語・和製英語』 2012年.
6世紀にキリスト教がブリテン島にもたらされた.その後,古英語期には数百語のラテン単語が英語に流入したが,多くはキリスト教関係の用語である.これは,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) で話題にした通りである.
しかし,キリスト教関係ラテン単語の流入という外見だけをみていては,この時期のキリスト教化の言語的側面を十分に理解することはできない.Baugh and Cable (90) を引用しよう.
The words that Old English borrowed in this period are only a partial indication of the extent to which the introduction of Christianity affected the lives and thoughts of the English people. The English did not always adopt a foreign word to express a new concept. Often an old word was applied to a new thing and by a slight adaptation made to express a new meaning. The Anglo-Saxons, for example, did not borrow the Latin word deus, because their own word God was a satisfactory equivalent. Likewise heaven and hell express conceptions not unknown to Anglo-Saxon paganism and are consequently English words.
「#865. 借用語を受容しにくい語彙領域は何か」 ([2011-09-09-1]) で話題にした通り,なぜ deus を筆頭に,ある意味で最もキリスト教的といえるいくつかの語が借用されなかったのか.主要な参考図書2点から,この問題についての言及を見よう.まずは,Kastovsky (310) は次のように述べている.
Substitutive semantic borrowing is particularly frequent in the religious vocabulary, since in using a native ('heathen') word for a Christian concept, the pagan interpretation had to be replaced by the Christian concept and all its theological associations. A good example is the word God as used for Deus (cf. Strang 1970: 368). Originally it seemed to have meant 'that which is invoked', 'that to which libation is poured', was a neuter noun and could form a plural, since the Germanic peoples had a polytheistic religion. The missionaries, however, had to convey the notion of a single Deity, a Person or One of the persons of the Trinity. Instead of adopting the lexical item Deus, its meaning was substituted for the old meaning of god, which, in this case, even produced a grammatical change: God as a singular noun became masculine; if it occurred in the plural, it only referred to pagan gods and remained neuter.
次に,上の引用文で言及されている Strang (368) を当たってみる.Strang は,古英語の翻訳借用 (loan_translation) や意味借用 (semantic loan) について触れている箇所で,god の意味変化を以下のように論じている.
The best term to start with is the word god. This is an old neuter noun, the meaning of whose stem has been disputed. It may mean 'that which is invoked' or 'that to which libation is poured' (in which case, it represents the same stem as we find in the name of the Goths and the Geats . . .); OE shares the form with other Germanic languages, which have formations from the same stem with the same meaning. In its inherited form the noun has a plural, since the monotheistic idea was unfamiliar to the Germanic peoples. The missionaries need to convey to the English the conception of a single Deity, a Person, One of the Persons of the Trinity, the Father, the Creator of the Universe, etc. They have a choice of explaining all this, and adding that the word for it is Deus; or of saying that the English have hitherto misunderstood the nature of god --- not it, but He, not many but One, etc. They choose the latter course, and their usage, as well as their belief, prevails. The noun acquires a new meaning, or rather, the whole complex of Christian meanings, though it is still the term for the old gods. From this development follows a curious grammatical change, akin to the modern use of the capital letter. When singular the word becomes masculine; when plural (therefore pagan in reference) it remains neuter. Thus, even syntax enters into the pattern of adaptation.
標題は,互いに関連する2つの点で興味を引く.1つは,語を直接借用するよりも意味を取り入れるやり方のほうがじわじわ型であり,キリスト教の布教にあたって,ときに有効だった可能性があること.もう1つは,一般に,他言語からの語彙への影響を考える際には,外見(形態)だけでなく中味(意味)も重視しなければならないということだ.再度 Baugh and Cable (91) に戻って,次を引用しておこう.
It is important to recognize that the significance of a foreign influence is not to be measured simply by the foreign words introduced but is revealed also by the extent to which it stimulates the language to independent creative effort and causes it to make full use of its native resources.
関連して,借用の importation と substitution の区別について,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) を参照.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.
「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) の記事で,英語史で有名な calf vs veal, deer vs venison, fowl vs poultry, sheep vs mutton, swine (pig) vs pork, bacon, ox vs beef の語種の対比を見た.あまりにきれいな「英語本来語 vs フランス語借用語」の対比となっており,疑いたくなるほどだ.その疑念にある種の根拠があることは「#332. 「動物とその肉を表す英単語」の神話」 ([2010-03-25-1]) でみたとおりだが,野卑な本来語語彙と洗練されたフランス語語彙という一般的な語意階層の構図を示す例としての価値は変わらない(英語語彙の三層構造の記事を参照).
[2010-03-24-1]の記事でも触れたとおり,動物と肉の語種の対比を一躍有名にしたのは Sir Walter Scott (1771--1832) である.Scott は,1819年の歴史小説 Ivanhoe のなかで登場人物に次のように語らせている.
"The swine turned Normans to my comfort!" quoth Gurth; "expound that to me, Wamba, for my brain is too dull, and my mind too vexed, to read riddles."
"Why, how call you those grunting brutes running about on their four legs?" demanded Wamba.
"Swine, fool, swine," said the herd, "every fool knows that."
"And swine is good Saxon," said the Jester; "but how call you the sow when she is flayed, and drawn, and quartered, and hung up by the heels, like a traitor?"
"Pork," answered the swine-herd.
"I am very glad every fool knows that too," said Wamba, "and pork, I think, is good Norman-French; and so when the brute lives, and is in the charge of a Saxon slave, she goes by her Saxon name; but becomes a Norman, and is called pork, when she is carried to the Castle-hall to feast among the nobles what dost thou think of this, friend Gurth, ha?"
"It is but too true doctrine, friend Wamba, however it got into thy fool's pate."
"Nay, I can tell you more," said Wamba, in the same tone; "there is old Alderman Ox continues to hold his Saxon epithet, while he is under the charge of serfs and bondsmen such as thou, but becomes Beef, a fiery French gallant, when he arrives before the worshipful jaws that are destined to consume him. Mynheer Calf, too, becomes Monsieur de Veau in the like manner; he is Saxon when he requires tendance, and takes a Norman name when he becomes matter of enjoyment."
英仏語彙階層の問題は,英語(史)に関心のある多くの人々にアピールするが,私がこの問題に関心を寄せているのは,とりわけ社会的な diglossia と語用論的な register の関わり合いの議論においてである.「#1489. Ferguson の diglossia 論文と中世イングランドの triglossia」 ([2013-05-25-1]) 及び「#1491. diglossia と borrowing の関係」 ([2013-05-27-1]) で論じたように,中英語期の diglossia に基づく社会的な上下関係の痕跡が,語用論的な register の上下関係として話者の語彙 (lexicon) のなかに反映されている点が興味深い.社会的な,すなわち言語外的な対立が,どのようにして体系的な,すなわち言語内的な対立へ転化するのか.これは,「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1]) で取り上げた,マクロ社会言語学 (macro-sociolinguistics or sociology of language) とミクロ社会言語学 (micro-sociolinguistics) の接点という問題にも通じる.社会構造と言語体系はどのように連続しているのか,あるいはどのように断絶しているのか.
Scott の指摘した swine vs pork の対立それ自体は,語用論的な差異というよりは意味論的な(指示対象の)差異の問題だが,より一般的な上記の問題に間接的に関わっている.
以下に,英語と日本語の語彙史,語形成の歴史を比較対照できるような表を作成した.それぞれの時代における語彙や語形成の特徴を箇条書きにしたものである.「#1524. 英語史の時代区分」 ([2013-06-29-1]) と「#1525. 日本語史の時代区分」 ([2013-06-30-1]) でそれぞれの言語の時代区分を示したが,両者がきれいに重なるわけではないので,表ではおよその区分で横並びにした.英語の側では特定の典拠を参照したわけではないが,その多くは本ブログ内でも様々な形で触れてきたので,キーワード検索やカテゴリー検索を利用して関連する記事にたどりつくことができるはずである.とりわけ現代英語の語形成については,「#883. Algeo の新語ソースの分類 (1)」 ([2011-09-27-1]) を中心として記事で細かく扱っているので,要参照.日本語の側は,『シリーズ日本語史2 語彙史』 (p. 7) の語彙史年表に拠った.
Old English | * Germanic vocabulary | 上代 | ○和語(やまとことば)が大部分を占めた. |
* monosyllabic bases | ○2音節語が基本. | ||
* derivation and compounding | ○中国との交流の中で漢語が借用された.例:茶 胡麻 銭 (なお,仏教とともに伝えられたことばの中には「卒塔婆」「曼荼羅」のような梵語(古代インド語=サンスクリット語)も含まれている.) | ||
* Christianity-related vocabulary from Latin (some via Celtic) | 中古 | ○漢語が普及した.例:案内(あない) 消息(せうそこ) 念ず 切(せち)に 頓(とみ)に | |
* few Celtic words | ○和文語と漢文訓読語との文体上の対立が見られる.例:カタミニ〈互に〉←→タガヒニ(訓読語) ク〈来〉←→キタル(訓読語) | ||
Middle English | * Old Norse loanwords including basic words | ○派生・複合によって,形容詞が大幅に造成された. | |
* a great influx of French words | 中世 | ○漢語が一般化した. | |
* an influx of Latin technical words | ○古語・歌語・方言・女房詞など,位相差についての認識が広く存在した. | ||
Modern English | * a great influx of Latin loanwords | ○禅宗の留学僧たちが,唐宋音で読むことばを伝えた.例:行燈(あんどん) 椅子(いす) 蒲団(ふとん) 饅頭(まんぢゅう) | |
* Greek loanwords directly | ○キリスト教の宣教師の伝来,また通商関係などにより,ポルトガル語が借用された.例:パン カルタ ボタン カッパ〈合羽〉 | ||
* loanwords from various languages | 近世 | ○漢語がより一般化し,日常生活に深く浸透した. | |
* Shakespeare's vocabulary | ○階層の分化に応じて語彙の位相差が深まった. | ||
* scientific vocabulary | ○蘭学との関係でオランダ語が借用された.例:アルコール メス コップ ゴム | ||
Present-Day English | * shortening | 近代 | ○西欧語の訳語として,新造漢語が急激に増加する.例:哲学 会社 鉄道 市民 |
* many Japanese loanwords | ○英米語を筆頭として,フランス語,ドイツ語,イタリア語などからの外来語が増加する. | ||
* compounding revived | ○長い複合語を省略した略語が多用される. | ||
* loanwords decreased |
昨日の記事「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) で,和製英語と呼ばれる語句について通時的,共時的の両観点から考察した.実のところ,この考察は英語語彙の話題にもほとんどそのまま当てはまる.昨日は日本語と英語の関係を論じたが,今日は英語とラテン語の関係を論じたい.
英語の歴史において,最も長く関わってきた外国語はラテン語である.大陸にあったゲルマン語の時代よりラテン語から語彙を借用してきた.古英語,中英語,近代英語にかけてラテン借用語は増加の一途を遂げ,以降はギリシア語とともに主として neo-classical compounding という語形成を通じて,英語語彙に影響を及ぼし続けている (##1437,32,120,1211,478の各記事を参照) .そして,英語はこの長い接触の歴史のなかで,ラテン語の語形成規則を自らの体系内に取り込んできた([2013-02-08-1]の記事「#1383. ラテン単語を英語化する形態規則」).
さて,昨日の記事の (1) では,相手言語にモデルとなる signe が存在し,かつそれが参照されたかどうかで,和製英語か借用語かが区別されると述べた.同じことは,英語とラテン語についても言える.英語が,自らの体系に内化したラテン語規則に基づいて独自にラテン風単語を作り上げた場合,それは英製羅語である([2010-05-24-1]の記事「#392. antidisestablishmentarianism にみる英語のロマンス語化」を参照).一方,ラテン語に既存のモデルを参照して取り込んだ場合は,ラテン借用語である.その両端の間に歴史的事情が不明なグレーゾーンが広がっているのは日本語の場合と同様である.日本語の場合は,昨日の記事で「英語横文字(カタカナ)語」というラベルを即席で提示したが,英語の場合は "Latinate word" (ラテン風単語)という便利な用語が用意されている.これは英製羅語も含むし,純正ラテン借用語も含むし,事情のわからないラテン語の外見を装ったあらゆる語を含む.
昨日の議論の (2) では,記号論・共時態の側面から,英語の干渉を受けて形成された日本語単語を4つに分類した.同様に,ラテン語の干渉を受けて形成された英単語を4つに分類しよう.
(a) ラテン語に対応する signe が存在するタイプ(借用語に典型的)
(b) ラテン語に対応する signifié は存在するが signifiant は異なるタイプ(翻訳借用語に典型的)
(c) ラテン語に対応する signifiant は存在するが signifié は異なるタイプ("false friends" あるいは "faux amis" に典型的)
(d) ラテン語に対応する signe が存在しないタイプ(英製羅語に典型的)
英語を解さないラテン語母語話者を想定すると,この話者は英語話者によって発せられた (c) と (d) のような語を聞くと,頭の上にハテナが浮かぶことだろう.これは,英語母語話者が和製英語を聞いたときと同じ反応である.だが,英語にしても,借用後に意味を違えてきた (c) の例である tradition ([2011-11-27-1]の記事「#944. ration と reason」を参照)や,(d) の例である antidisestablishmentarianism ([2010-05-24-1]の記事「#392. antidisestablishmentarianism にみる英語のロマンス語化」を参照)のような語彙を増やしてゆくことによって,豊かな表現力を得るに至ったのである.
日本語も然り.他言語からの語彙借用が歴史的に盛んである言語にあっては,(a)--(d) のすべてのタイプが,多かれ少なかれ見られるものなのではないか.和製英語は,興味をそそるトピックとしてしばしば取り上げられるが,通言語的には決して特異な現象ではないのだろう.
「#1471. golden を生み出した音韻・形態変化」 ([2013-05-07-1]) の記事で,「ゴールデンウィーク」 (Golden Week) という日本語表現に触れたとき,それを和製英語として紹介した.後日,同記事へのコメントがあり,英語教育に関する質疑応答・情報共有サイトの「Is ゴールデンウィーク wasei-eigo?」という記事へのリンクをいただいた(ありがとうございました!).その記事によると,Google Books Ngram Viewer (see [2010-12-25-1]) で検索をかけると,golden week という共起表現が1951年以前に英語に存在したということがわかる(こちらのページを参照).[2010-12-25-1]の記事で述べたように,正直のところ Google Books のコーパスとしての評価はしにくいと考えているが,少なくとも同句の存在は事実であると受け入れてよいだろう.だが,英語の golden week に「大型連休」なる語義があったわけではなく,あくまで「(黄金のように)素晴らしい週間」ほどの意味で用いられているようだ.さて,このような状況に鑑みて,はたして日本語の「ゴールデンウィーク」は和製英語とみなしてよいのかどうか.
この問いには様々な側面があると思われるが,整理すると (1) 語形成論・通時態の側面と (2) 記号論・共時態の側面がある.「ゴールデンウィーク」は和製英語かどうかという問いは,もっぱら (1) の視点から発せられる問いであり,日本語語彙史や日本語語源学においては重要な問題だろう.一方,(2) の視点からはこの問いはあまり本質的ではないものの,間接的に日本語語彙論に理論的な問題を投げかけるという点では同じくらい興味深い.以下で (1) と (2) のそれぞれについて記す.
(1) 語形成論・通時態の側面
日本語学用語として和製英語の厳密な定義が何であるのかはいくつかの用語辞典を参照しても判然としなかったが,和製英語の典型として挙げられる「ナイター」「バックミラー」のような例からその特徴を抽出すれば,「英語(由来)の形態素を英語の規則に概ね則って組み合わせることによって形成した日本語としての語句」ということになりそうだ.この定義は,音形 (signifiant) 形成が日本語体系内で行なわれている点,英語のモデルを参照していない点に焦点を当てた定義である.また,この定義は,その後意味が変化したかどうか,英語へ逆借用されたかどうかなどの後の発展には言及しない定義であり,もっぱら形成過程に注目した定義といえる.
上の定義の和製英語と対立する過程は,借用 (borrowing) である.英語側のモデルとなる記号 (signe) を参照し,それをほぼそのまま日本語語彙体系のなかに取り込む過程である.
さて,ある英語風日本語句が和製英語であるか英語借用語であるかは,既存の英語モデルを参照したかどうかにかかっている.「ゴールデンウィーク」の例でいえば,英語にすでに存在していたらしいモデル golden week を参照し借用したのか,あるいは英語側のモデルの有無はどうであれ,参照せずに日本語内部で独自に作り上げたものなのか.英語側にモデルがある以上,それを参照したと考えるのが自然と思われかもしれないが,必ずしもそうとはいえない.nighter などの形態規則のたまものとは異なり,golden week は統語規則のたまものであり,このような統語的共起表現が英語側と日本語側で独立して発生する可能性は十分にある.問題の語彙革新者がモデルの存在を知らなかったという可能性も捨てきれないのではないか.結局のところ,この問題への答えは,その語彙革新者が英語モデルの存在を知っており,それを参照したか否かという一点にかかっているのであり,それを知ることが現実的には難しい以上,この問いには「わからない」としか答えようがない.さらにいえば,その語彙革新者がモデルの存在を知っているか否かも,実際のところ,yes か no かで切り分けられる問題ではないかもしれない.英語の golden week をどこかで見聞きしたことがあるような・・・というおぼろげな記憶にすぎないかもしれないし,そもそも英語にはきっとモデルがありそうだという感覚さえあれば和製英語の形成に踏み切るには十分なのである.
語源学上,「ゴールデンウィーク」を日本語内部での形成と考えるか,英語からの借用および意味の特殊化と考えるかは大きな違いである.語源欄に書くべきことが変わってくるからだ.英語にモデルが存在しない「ナイター」のように,明らかな和製英語の例が一方の端にある.借用過程がわかっている「コーパス」のように,明らかな借用の例が他方の端にある.その両端の間に,歴史的事情がよくわからないグレーゾーンが広がっており,良心的な語源学者であれば無理にどちらかに所属させることには躊躇するだろう.代わりに,和製英語から借用語へと続くこの連続体そのものに何かラベルを当てるというのが1つの解決法になるかもしれない.モデル参照の有無にかかわらず signifiant が英語風であるという共通点があるので,「英語横文字(カタカナ)語」などとしておくのが無難かもしれない.
(2) 記号論・共時態の側面
記号論の観点から「ゴールデンウィーク」を考えると,上述とは違った見方が可能になる.英語の干渉を受けて形成された語は,記号 (signe) の観点から4つのタイプに分類される.
(a) 英語に対応する signe が存在するタイプ(借用語に典型的)
(b) 英語に対応する signifié は存在するが signifiant は異なるタイプ(翻訳借用語に典型的)
(c) 英語に対応する signifiant は存在するが signifié は異なるタイプ("false friends" あるいは "faux amis" に典型的)
(d) 英語に対応する signe が存在しないタイプ(和製英語に典型的)
(c) の "false friends" とは,言語教育などで指摘されている「諸言語間で,形態は対応するが意味は異なるために注意を要する語句」である.不完全な借用過程や,借用後に生じた意味変化によってもたらされることが多いが,モデルの存在に気づかずに作られた和製英語などでこのタイプに属するものがあるかもしれない.
和製英語にまとわりつくイメージとして「英語では通じないもの」があるが,実際には「英語では通じないもの」は,(c) と (d) に区別して捉えておく必要がある.(c) には「(自動車の)ハンドル」,授業をサボるの意での「エスケープする」,女性に親切な男を指す「フェミニスト」などが,(d) には「サラリーマン」「オールバック」「ベッドタウン」「シルバーシート」などがあり,通じなさの質が異なる.この類型に従えば「ゴールデンウィーク」は (c) となるだろう.この類型はあくまで共時的な類型であり,(1) で扱った形成過程に重きを置いた通時的な観点とは対照される点に注意されたい.
上では,いくつかの角度から和製英語を他の語彙(過程)と対比的に位置づけようと試みてきた.さらに議論の整理が必要だが,「和製英語」とは本質的に (1) の観点から名付けられた用語であるらしいことがわかってきた.一方,「英語では通じないもの」という問題は,(2) に属する話題である.「和製英語」と「英語では通じないもの」とは,通時態と共時態の区別と同様に,いったん切り分けて議論したほうがよいのではないか.
明日は,関連する英語の話題を取り上げる.
「#1489. Ferguson の diglossia 論文と中世イングランドの triglossia」 ([2013-05-25-1]) で借用(語)について話題にしたときに,英語における illumination ? light や purchase ? buy にみられる語彙階層は,diglossia における社会言語学的な上下関係が,借用 (borrowing) という手段を通じて,語彙体系における register の上下関係へ内化したものであると指摘した.
diglossia と borrowing の関係を探ることは社会言語学と理論言語学の接点を探るということにつながり,大きな研究テーマとなりうるが,この点について Hudson (56--57) が示唆的な見解を示している.Hudson は,英語本来語である get (正確には[2009-10-13-1]の記事「#169. get と give はなぜ /g/ 音をもっているのか」で示したように古ノルド語起源というべき)とラテン語に由来する obtain を取り上げ,中世イングランドの英羅語 diglossia 時代の社会的な上下関係が,借用という過程を通じて,英語語彙内の register の上下関係へ投影された例としてこれを捉えた.後に diglossia が解消されるにおよび,obtain がラテン語由来であるとの話者の記憶が薄まり,かつての diglossia に存在した上下関係の痕跡が,歴史的な脈絡を失いながら,register の上下関係として語彙体系のなかへ定着した.これを,Hudson (57) の図を参考にしながら,次のようにまとめてみた.
第1段階では,obtain と get の使い分けは,diglossia として明確に区別される2言語間における使い分けにほかならない.第2段階では,ラテン語から英語へ obtain が借用され,obtain と get の使い分けは英語内部での register による使い分けとなる.この段階では,obtain のラテン語との結びつきもいまだ感じられている.第3段階では,diglossia が解消され,obtain のラテン語との結びつきも忘れ去られている.obtain と get の使い分けは,純粋な register の差として英語語彙の内部に定着したのである.
・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.
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