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borrowing - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-22 08:43

2021-08-22 Sun

#4500. 文字体系を別の言語から借りるときに起こり得ること6点 [grapheme][graphology][alphabet][writing][diacritical_mark][ligature][digraph][runic][borrowing][y]

 自らが文字体系を生み出した言語でない限り,いずれの言語もすでに他言語で使われていた文字を借用することによって文字の運用を始めたはずである.しかし,自言語と借用元の言語は当然ながら多かれ少なかれ異なる言語特徴(とりわけ音韻論)をもっているわけであり,文字の運用にあたっても借用元言語での運用が100%そのまま持ち越されるわけではない.言語間で文字体系が借用されるときには,何らかの変化が生じることは避けられない.これは,6世紀にローマ字が英語に借用されたときも然り,同世紀に漢字が日本語に借用されたときも然りである.
 Görlach (35) は,文字体系の借用に際して何が起こりうるか,6点を箇条書きで挙げている.主に表音文字であるアルファベットの借用を念頭に置いての箇条書きと思われるが,以下に引用したい.

   Since no two languages have the same phonemic inventory, any transfer of an alphabet creates problems. The following solutions, especially to render 'new' phonemes, appear to be the most common:

1. New uses for unnecessary letters (Greek vowels).
2. Combinations (E. <th>) and fusions (Gk <ω>, OE <æ>, Fr <œ>, Ge <ß>).
3. Mixture of different alphabets (Runic additions in OE; <ȝ>: <g> in ME).
4. Freely invented new symbols (Gk <φ, ψ, χ, ξ>).
5. Modification of existing letters (Lat <G>, OE <ð>, Polish <ł>).
6. Use of diacritics (dieresis in Ge Bär, Fr Noël; tilde in Sp mañana; cedilla in Fr ça; various accents and so on).


 なるほど,既存の文字の用法が変わるということもあれば,新しい文字が作り出されるということもあるというように様々なパターンがありそうだ.ただし,これらの多くは確かに言語間での文字体系の借用に際して起こることは多いかもしれないが,そうでなくても自発的に起こり得る項目もあるのではないか.
 例えば上記1については,同一言語内であっても通時的に起こることがある.古英語の <y> ≡ /y/ について,中英語にかけて同音素が非円唇化するに伴って,同文字素はある意味で「不要」となったわけだが,中英語期には子音 /j/ を表わすようになったし,語中位置によって /i/ の異綴りという役割も獲得した.ここでは,言語接触は直接的に関わっていないように思われる (cf. 「#3069. 連載第9回「なぜ try が tried となり,die が dying となるのか?」」 ([2017-09-21-1])) .

 ・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.

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2021-08-03 Tue

#4481. 英語史上,2度借用された語の位置づけ [lexicography][lexicology][borrowing][loan_word][latin][lexeme]

 英語史上,2度借用された語というものがある.ある時代にあるラテン語単語などが借用された後,別の時代にその同じ語があらためて借用されるというものである.1度目と2度目では意味(および少し形態も)が異なっていることが多い.
 例えば,ラテン語 magister は,古英語の早い段階で借用され,若干英語化した綴字 mægester で用いられていたが,10世紀にあらためて magister として原語綴字のまま受け入れられた (cf. 「#1895. 古英語のラテン借用語の綴字と借用の類型論」 ([2014-07-05-1])).
 中英語期と初期近代英語期からも似たような事例がみられる.fastidious というラテン語単語は1440年に「傲岸不遜な」の語義で借用されたが,その1世紀後には「いやな,不快な」の語義で用いられている(後者は現代の「気難しい,潔癖な」の語義に連なる).また,Chaucer は artificial, declination, hemisphere を天文学用語として導入したが,これらの語の現在の非専門的な語義は,16世紀の再借用時の語義に基づく.この中英語期からの例については,Baugh and Cable (222--23) が次のような説明を加えている.
 

A word when introduced a second time often carries a different meaning, and in estimating the importance of the Latin and other loanwords of the Renaissance, it is just as essential to consider new meanings as new words. Indeed, the fact that a word had been borrowed once before and used in a different sense is of less significance than its reintroduction in a sense that has continued or been productive of new ones. Thus the word fastidious is found once in 1440 with the significance 'proud, scornful,' but this is of less importance than the fact that both More and Elyot use it a century later in its more usual Latin sense of 'distasteful, disgusting.' From this, it was possible for the modern meaning to develop, aided no doubt by the frequent use of the word in Latin with the force of 'easily disgusted, hard to please, over nice.' Chaucer uses the words artificial, declination, and hemisphere in astronomical sense but their present use is due to the sixteenth century; and the word abject, although found earlier in the sense of 'cast off, rejected,' was reintroduced in its present meaning in the Renaissance.


 もちろん見方によっては,上記のケースでは,同一単語が2度借用されたというよりは,既存の借用語に対して英語側で意味の変更を加えたというほうが適切ではないかという意見はあるだろう.新旧間の連続性を前提とすれば「既存語への変更」となり,非連続性を前提とすれば「2度の借用」となる.しかし,Baugh and Cable も引用中で指摘しているように,語源的には同一のラテン語単語にさかのぼるとしても,英語史の観点からは,実質的には異なる時代に異なる借用語を受け入れたとみるほうが適切である.
 OED のような歴史的原則に基づいた辞書の編纂を念頭におくと,fastidious なり artificial なりに対して,1つの見出し語を立て,その下に語義1(旧語義)と語義2(新語義)などを配置するのが常識的だろうが,各時代の話者の共時的な感覚に忠実であろうとするならば,むしろ fastidious1fastidious2 のように見出し語を別に立ててもよいくらいのものではないだろうか.後者の見方を取るならば,後の歴史のなかで旧語義が廃れていった場合,これは廃義 (dead sense) というよりは廃語 (dead word) というべきケースとなる.いな,より正確には廃語彙項目 (dead lexical item; dead lexeme) と呼ぶべきだろうか.
 この問題と関連して「#3830. 古英語のラテン借用語は現代まで地続きか否か」 ([2019-10-22-1]) も参照.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2021-07-30 Fri

#4477. フランス語史における語彙借用の概観 [french][borrowing][loan_word][hfl]

 本ブログでは,英語史における語彙借用について数多くの記事で紹介してきた.英語史研究では,英語がどの言語からどのような/どれだけの語を何世紀頃に借りてきたのかという問題は,主に OED などを用いた調査を通じて詳しく取り扱われてきており,多くのことが明らかにされている.(具体的には borrowing statistics などの各記事を参照されたい.)
 では,英語史とも関連の深いフランス語について,同様の問いを発してみるとどうなるだろうか.フランス語はどの言語からどのような/どれだけの語を何世紀頃に借りてきたのか.私は英語史を専門とする者なので直接調べてみたことはなかったが,たまたま Jones and Singh (31) に簡便な数値表を見つけたので,それを再現したい(もともとは Guiraud (6) の調査結果を基にした表とのこと).

Century12th13th14th15th16th17th18th19th
Arabic2022362670302441
Italian27507932018810167
Spanish  511851034332
Portuguese   1192383
Dutch1623352232522410
Germanic51251123273345
English821161467134377
Slavic2  1461110
Turkish1  2139614
Persian2  21531
Hindu    1485
Malaysian    41065
Japanese/Chinese    3625217
Greek845312  
Hebrew91252211


 表を眺めるだけで,いろいろなことが分かってくる.フランス語では16--17世紀にイタリア語からの借用語が多かったようだが,これは英語でも同様である.当時イタリア語はヨーロッパにおいて洗練された文化的な言語として威信を誇っていたからである.18世紀以降,イタリア語の威信は衰退したが,今度はそれと入れ替わるかのように英語が語彙供給言語として台頭してきた.なお,スペイン語も,こじんまりとしているが,イタリア語と似たような分布を示す.この点でも,フランス語史と英語史はパラレルである.
 アラビア語やオランダ語からは歴史を通じて一定のペースで単語が流入してきたというのもおもしろい.特にアラビア語については,英語史ではさほど目立たないため,私には意外だった.日本語と中国語はひっくるめて数えられているものの,16世紀以降にある程度の語彙をフランス語に供給していることが分かる.これについては英語史でもおよそパラレルな状況が見られる.
 語彙借用の傾向についてフランス語史と英語史を比べてみると,当然ながら類似点と相違点があるだろうが,おもしろい比較となりそうだ.

 ・ Jones, Mari C. and Ishtla Singh. Exploring Language Change. Abingdon: Routledge, 2005.
 ・ Guiraud, P. Les Mots Etrangers. Paris: Presses Universitaires de France, 1965.

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2021-07-06 Tue

#4453. フランス語から借用した単語なのかフランス語の単語なのか? [code-switching][borrowing][loan_word][french][anglo-norman][bilingualism][lexicology][etymology][med]

 主に中英語期に入ってきたフランス借用語について,ラテン借用語と見分けがつかないという語源学上の頭の痛い問題がある.これについては以下の記事で取り上げてきた.

 ・ 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1])
 ・ 「#848. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別 (2)」 ([2011-08-23-1])
 ・ 「#3581. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (1)」 ([2019-02-15-1])
 ・ 「#3582. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (2)」 ([2019-02-16-1])

 では,フランス語か英語かの見分けがつかない語というものはあるだろうか.フランス語と英語は属している語派も異なり,語形は明確に区別されるはずなので,そのような例は考えられないと思われるかもしれない.
 しかし,先のフランス借用語とラテン借用語の場合とは異なる意味合いではあるが,しかと判断できないことが少なくない.語形が似ている云々という問題ではない.語形からすれば明らかにフランス単語なのだ.ただ,その語が現われているテキストが英語テキストなのかフランス語テキストなのか見分けがつかない場合に,異なる種類の問題が生じてくる.もし完全なる英語テキストであればその語はフランス語から入ってきた借用語と認定されるだろうし,完全なるフランス語テキストであればその語は純然たるフランス語の単語であり,英語とは無関係と判断されるだろう.これは難しいことではない.
 ところが,現実には英仏要素が混じり合い,いずれの言語がベースとなっているのかが判然としない "macaronic" な2言語テキストなるものがある.いわば,書かれた code-switching の例だ.そのなかに出てくる,語形としては明らかにフランス語に属する単語は,すでに英語に借用されて英語語彙の一部を構成しているものなのか,あるいは純然たるフランス単語として用いられているにすぎないのか.明確な基準がない限り,判断は恣意的になるだろう.英仏語のほかラテン語も関わってきて,事情がさらにややこしくなる場合もある.この問題について,Trotter (1790) の解説を聞こう.

Quantities of medieval documents survive in (often heavily abbreviated) medieval British Latin, into which have been inserted substantial numbers of Anglo-French or Middle English terms, usually of course substantives; analysis of this material is complicated by the abbreviation system, which may even have been designed to ensure that the language of the documents was flexible, and that words could have been read in more than one language . . ., but also by the fact that in the later period (that is, after around 1350) the distinction between Middle English and Anglo-French is increasingly hard to draw. As is apparent from even a cursory perusal of the Middle English Dictionary (MED, Kurath et al. 1952--2001) it is by no means always clear whether a given word, listed as Middle English but first attested in an Anglo-French context, actually is Middle English, or is perceived as an Anglo-French borrowing.


 2言語テキストに現われる単語がいずれの言語に属するのかを決定することは,必ずしも簡単ではない.ある言語の語彙とは何なのか,改めて考えさせられる.関連して以下の話題も参照されたい.

 ・ 「#2426. York Memorandum Book にみられる英仏羅語の多種多様な混合」 ([2015-12-18-1])
 ・ 「#1470. macaronic lyric」 ([2013-05-06-1])
 ・ 「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1])
 ・ 「#1941. macaronic code-switching としての語源的綴字?」 ([2014-08-20-1])
 ・ 「#2271. 後期中英語の macaronic な会計文書」 ([2015-07-16-1])
 ・ 「#2348. 英語史における code-switching 研究」 ([2015-10-01-1])

 ・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.

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2021-07-04 Sun

#4451. フランス借用語のピークは本当に14世紀か? [french][loan_word][borrowing][statistics][lexicology][hybrid][personal_name][onomastics][link]

 中英語期にフランス語からの借用語が大量に流入したことは,英語史ではよく知られている.とりわけ中期から後期にかけて,およそ1250--1400年の時期に,数としてピークに達したことも,英語史概説書では広く記述されてきた.本ブログでも以下の記事などで,幾度となく取り上げてきた話題である.

 ・ 「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1])
 ・ 「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1])
 ・ 「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1])
 ・ 「#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点」 ([2013-10-21-1])
 ・ 「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1])
 ・ 「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1])
 ・ 「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1])
 ・ 「#2385. OED による古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1])
 ・ 「#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強でかつ重要語」 ([2020-08-25-1]),

 フランス借用語の数についていえば,OED などを用いた客観的な調査に裏づけられた事実であり,上記の「定説」に異論はない.しかし,当然ながらすべて書き言葉に基づく調査結果であることに注意が必要である.もし話し言葉におけるフランス借用語のピークを推し量ろうとするならば,ピークはもっと早かった可能性が高い.Trotter (1789) が次のように論じている.

In charting the chronology of the process, we are again at the mercy of the documentary evidence. The key period of lexical transfer appears to be the 14th century; but that may be, as much as anything else, because of the explosion of available documentation in both Anglo-French and, more particularly, Middle English at that time. In other words, the real dates of the transfers may not be the dates at which they are documented. Some evidence that this is not so is available in the form of English surnames, of Anglo-French origin . . . , and indeed in the capacity of some early Middle English texts to generate hybrids from Anglo-French and Middle English (forpreiseð; propreliche; priveiliche from Ancrene Wisse . . .).


 1つは,一般的にピークとされてきた14世紀は,たまたま書き言葉の記録が多く残された時代であり,そのためにフランス借用語の規模も大きく見えがちになるということだ.
 もう1つは,書き言葉に初出した年代をもって,そのまま英語に初出した年代と理解することはできないということだ(cf. 「#2375. Anglo-French という補助線 (2)」 ([2015-10-28-1])).普通の語ではなく姓(人名)として借用されたフランス語要素を考え合わせるならば,より早い時期に入っていた証拠がある.また,初期中英語期に文証される混種語の存在は,通常のフランス借用語が当時までにそれだけ多く流通していたことを示唆する(cf. 「#96. 英語とフランス語の素材を活かした 混種語 ( hybrid )」 ([2009-08-01-1])).
 英語史におけるフランス借用語のピークは,書き言葉の証拠から量的に調査した限りにおいては,従来通りに14世紀といってよいが,話し言葉を含めた実態としては,それより早い時期にあったものと推測されるのである.

 ・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.

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2021-07-02 Fri

#4449. ギリシア語の英語語形成へのインパクト [greek][loan_word][borrowing][compounding][compound][word_formation][register][combining_form]

 英語語彙史におけるギリシア語 (greek) の役割は,ラテン語,フランス語,古ノルド語のそれに比べると一般的には目立たないが,とりわけ医学や化学などの学術レジスターに限定すれば,著しく大きい.本ブログでも様々に取り上げてきたが,以下に挙げる記事などを参照されたい.

 ・ 「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1])
 ・ 「#552. combining form」 ([2010-10-31-1])
 ・ 「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1])
 ・ 「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1])
 ・ 「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1])
 ・ 「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1])
 ・ 「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1])
 ・ 「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1])
 ・ 「#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について」 ([2020-10-17-1])

 Joseph (1720) が,英語とギリシア語の歴史的な関係について次のように総論的にまとめている.

English and Greek share some affinity in that both are members of the Indo-European language family, but within Indo-European, they are not particularly closely related. Nor is it the case that at any point in their respective prehistories were speakers of Greek and speakers of English in close contact with one another, and such is the case throughout most of historical times as well. Thus the story of language contact involving English and Greek is actually a relatively brief one.
   However, the languages have not been inert over the centuries with respect to one another and some contact effects can be discerned. For the most part, these involve loanwords, as there are essentially no structural effects . . . and in many, if not most, instances, as the following discussion shows, the loans are either learned borrowings that do not even necessarily involve overt speaker-to-speaker contact, or ones that only indirectly involve Greek, being ultimately of Greek origin but entering English through a different source.


 近代英語期以降に,ギリシア語とその豊かな語形成が本格的に英語に入ってきたとき,確かにそれは専門的なレジスターにおける限定的な現象だったといえばそうではあるが,やはり英語の語形成に大きなインパクトを与えたといってよいだろう.極端な例として encephalograph (脳造影図)を取り上げると,これはギリシア語に由来する encephalon (脳) + graph (図)という2つの連結形 (combining_form) から構成される.これを基に encephalography, electroencephalography, electroencephalographologist などの関連語を「英語側で」簡単に生み出すことができたのである.
 化学用語においても然りで,1,3-dimethylamino-3,5-propylhexedrine といった(私の理解を超えるが)そのまま化学記号に相当する「複合語」を生み出すこともできる.ちなみに,完全にギリシア語要素のみからなる化学物質の名称として bromochloroiodomethane なる語がある (Joseph (1722)) .
 さらに,もう少し専門的な形態論の立場からいえば,ギリシア語要素による語形成は,本来の英語の語形成としては比較的まれだった並列複合語 (dvandva/copulative/appositional compound) の形成を広めたという点でも英語史的に意義がある.例えば otorhinolaryngologist (耳鼻咽喉科医)は,文字通り「鼻・耳・咽喉・科・医(者)」の意である.
 dvandva compound については,「#2652. 複合名詞の意味的分類」 ([2016-07-31-1]),「#2653. 形態論を構成する部門」 ([2016-08-01-1]) を参照.

 ・ Joseph, Brian D. "English in Contact: Greek." Chapter 109 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1719--24.

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2021-07-01 Thu

#4448. 中英語のイングランド海岸諸方言の人称代名詞 es はオランダ語からの借用か? [personal_pronoun][me_dialect][dutch][borrowing][clitic]

 標題は,「#3701. 中英語の3人称複数対格代名詞 es はオランダ語からの借用か? (1)」 ([2019-06-15-1]) および「#3702. 中英語の3人称複数対格代名詞 es はオランダ語からの借用か? (2)」 ([2019-06-16-1]) で取り上げてきた話題である.
 一般にオランダ語が英語に及ぼした文法的影響はほとんどないとされるが,その可能性が疑われる稀な言語項目として,中英語のイングランド海岸諸方言で行なわれていた人称代名詞の es が指摘されている(ほかに「#140. オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」 ([2009-09-14-1])も参照).
 このオランダ語影響説について,Thomason and Kaufman (323) が興奮気味の口調で紹介し解説しているので,引用しよう.

[T]here was a striking grammatical influence of Low Dutch on ME that is little known, because though introduced sometime before 1150, it is found in certain dialects only and disappeared by the end of the fourteenth century . . . .
   In the Lindsey (Grimsby?), Norfolk, Essex, Kent (Canterbury and Shoreham), East Wessex (Southampton?), and West Wessex (Bristol?) dialects of ME, attested from just before 1200 down to at least 1375, there occurs a pronoun form that serves as the enclitic/unstressed object form of SHE and THEY. Its normal written shape is <(h)is> or <(h)es>, presumably /əs/; one text occasionally spells <hise>. This pronoun has no origin in OE. It does have one in Low Dutch, where the unstressed object form for SHE and THEY is /sə/, spelled <se> (this is cognate with High German sie). If the ME <h> was ever pronounced it was no doubt on the analogy of all the other third person pronoun forms of English. We do not know whether Low Dutch speakers settled in sizable numbers in all of the dialect areas where this pronoun occurs, but there is one striking correlation: all these dialect areas abut on the sea . . ., and after 1070 the seas near Britain, along with their ports, were the stomping grounds of the Flemings, Hollanders, and Low German traders. These facts should remove all doubt as to whether this pronoun is foreign or indigenous (and just happened not to show up in any OE texts!).


 引用の最後で述べられている通り,「疑いがない」というかなり強い立場が表明されている.p. 325 では "this clear instance of structural borrowing from Low Dutch into Middle English" とも述べられている.仮説としてはとてもおもしろいが,先の私の記事でも触れたように,もう少し慎重に論じる必要があると思われる.West Midland の内陸部でも事例が見つかっており,同説を簡単に支持することはできないからだ.連日引用してきた Hendriks (1668) も,Thomason and Kaufman のこの説には懐疑的な立場を取っており,論題として取り上げていないことを付言しておきたい.

 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

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2021-06-30 Wed

#4447. 英語史であまり目立たないドイツ語 [german][germanic][borrowing][loan_word]

 英語史において高地ドイツ語 (german) が登場する機会は非常に少ない.これは,ある意味では驚くべきことかもしれない.英語もドイツ語も同じゲルマン語派に属する姉妹言語だし,地理的にもイギリスとドイツはさほど隔たっているわけでもないのだから,もっと歴史的な交流があったとしもおかしくないのではないか,という疑問は理解できる.
 しかし,英語史においてドイツ語との接触が話題となってくるのは,せいぜい近代に入ってからのことである.英語とドイツ語の間には,確かにゲルマン語派の仲間としての「系統関係」こそあれ,「影響関係」は薄かったといってよい.(系統と影響の区別および GermanGermanic の区別の重要性については「#369. 言語における系統影響」 ([2010-05-01-1]),「#4380. 英語のルーツはラテン語でもドイツ語でもない」 ([2021-04-24-1]),「#4411. German と Germanic の違い --- ややこしすぎる言語名の問題」 ([2021-05-25-1]) を参照.)
 上記の事情で,本ブログでもドイツ語の存在感は薄く,「#2164. 英語史であまり目立たないドイツ語からの借用」 ([2015-03-31-1]),「#2621. ドイツ語の英語への本格的貢献は19世紀から」 ([2016-06-30-1]),「#150. アメリカ英語へのドイツ語の貢献」 ([2009-09-24-1]) などで取り上げてきた程度である.
 連日引用している Hendriks の論文のタイトルは "English in Contact: German and Dutch" であり,GermanDutch よりも先に立っているわけだが,High German の扱いは,1/3ページにも満たない1段落のみ,以下にすべてを引用してしまえる程度の分量である.(ただし,Hendriks (1660) も本論の最初に明言している通り,焦点は11世紀から17世紀までの言語接触であり,18世紀以降の近現代史は考慮から外していることに注意が必要である.)

4.3 Influence from High German
The 16th century is frequently noted as the starting point for lexical influence from High German (Serjeantson 1961: 179; Viereck 1993: 70; Nielsen 2005: 182). During this period, German miners were brought to England to develop the mineral resources industry; it has been suggested (Luu 2005: 31) that the necessary contacts required to recruit southern German miners were established in the late 15th/early 16th century in the commercial center of Antwerp. Some of the words having entered the language as a result of this connection are zinc, cobalt, shale, and quartz. Regarding German influence on English dialects, Wakelin (1977: 23) states: "There has been contact with Germany since the Middle Ages, but from the dialectal point of view it is not until the seventeenth century that there is much to note". Again, this is a reference to mineralogy. A detailed, OED-based study of High German lexical influence on English is Carr (1934). Briefly noting loans prior to 1600, the study focuses primarily on cultural loans in English from the 17th-19th centuries. The words identified are frequently technical scientific terms or are from other domains of influence such as religion, the military, philosophy and music.


 16世紀にドイツの鉱夫が鉱山技術を伝えるべくイングランドにやってきたということ,またそのための商業上の拠点がアントワープにできていたということは初めて知った.
 だが,いずれにせよ英語史においては,近代,実質的には後期近代を待たなければ,ドイツ語はまともに現われてこないといってよさそうだ.

 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

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2021-06-28 Mon

#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか? [historiography][dutch][flemish][low_german][contact][loan_word][borrowing][purism][register][oed]

 昨日の記事「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1]) でも触れたように,英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきたきらいがある (cf. 「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1])).これは英語史記述に関する小さからぬ問題と考えているが,なぜそうだったのだろうか.
 Hendriks (1660) によれば,過小評価されてきた理由の1つとして,オランダ語を代表とする低地諸語がいずれも英語と近縁言語であり,個々の単語の語源確定が困難である点を指摘している.積極的にオランダ語由来であると判定できない限り,英語本来語であるという保守的な判断が優先されるのも無理からぬことだ.英語史はまずもって英語の存在を前提とする学問である以上,この点において強気の議論を展開することは難しい.明らかに英語とは異質の語源であると判明しやすいフランス語(そして,ある程度そうである古ノルド語)と比べれば,この点は確かに理解できる.

[C]ontributions from the Scandinavian and French languages to the lexicon of English, for example, are discussed in terms of certainty, whereas contributions from the closely related varieties of "Low Dutch" or "Low German" are couched in terms of "probably" or "possibly" or are simply not discussed.


 しかし,それ以上に Hendriks が強調しているのは,従来の英語史の標準的参考書の背景に横たわる "purist language ideologies" (1659) である.Hendriks はさほど過激な物腰で論じていてるわけではないのだが,効果としては伝統的な英語史記述に対する強烈で辛辣な批判となっているといってよい.非常に注目すべき論考だと思う.
 Hendriks は議論を2点に絞っている.1つめは,OED の文学テキスト偏重への批判である.OED は伝統的に,中英語における複数言語の混交した "macaronic" なテキストをソースとして除外してきた.実際には,このような実用的で現実的なテキストこそが,まさにオランダ語などからの新語導入の契機を提供していたかもしれないという視点が,OED には認められなかったということである(ただし,目下編纂中の第3版においてはこの点で改善が見られるということは Hendriks (1669) 自身も言及している).
 もう1つは上記とも関連するが,OED は現代の標準英語に連なる英語変種にしか焦点を当ててこなかったという指摘だ.オランダ語からの借用語は,むしろ標準英語から逸脱したレジスター,例えば商業分野や通商分野の "macaronic" なレジスターでこそ活躍していたと想定されるが,OED なり英語史の標準的参考書では,そのような非標準的なレジスターはまともに扱われてこなかった.Hendriks (1662) 曰く,

Non-literary sources such as macaronic business writings, however, may be more likely to reflect the vernacular of London than the more pure literary texts selected to compile the atlas. Given the literary emphasis in the OED and the LALME, the range of topics which appear in these sources may be considerably restricted. The consequence of this is that entire semantic fields --- such as those pertaining to industrial or commercial relations, that is, fields where the significant contribution of Low Dutch to the English lexicon would be observed --- remain undocumented.


 さらに,近代英語期以降に限れば,OED は "Standard English" 以外のソースを軽視してきたという事実も指摘せざるを得ない.
 要するに,オランダ借用語が存在感を示してきたはずのレジスターが,OED を筆頭とする標準的レファレンスのソースには含まれてこなかったということなのだ.これは,英語史の historiography における本質的な問題と言わざるを得ない.

 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

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2021-06-27 Sun

#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀 [dutch][flemish][low_german][contact][loan_word][borrowing]

 たいていの英語史概説書では,Dutch, Flemish, Afrikaans, Low German などの低地帯 (the Low Countries) の諸言語からの借用語について,多少の記述がある.しかし,ラテン語,古ノルド語,フランス語からの借用語と比べれば規模も影響もずっと小さいため,あくまでオマケ的な位置づけにとどまる.
 ところが,昨今の英語史研究では,このように過小評価されてきた事実を受けて,低地諸語との言語接触をより積極的に評価しようという気運が高まってきている.
 本ブログでは,関連する記事として以下を書いてきた.

 ・ 「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1])
 ・ 「#140. オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」 ([2009-09-14-1])
 ・ 「#149. フラマン語と英語史」 ([2009-09-23-1])
 ・ 「#2645. オランダ語から借用された馴染みのある英単語」 ([2016-07-24-1])
 ・ 「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1])
 ・ 「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1])
 ・ 「#3436. イングランドと低地帯との接触の歴史」 ([2018-09-23-1]) 

 今回は,OED を用いて低地諸言語からの借用語("once-Dutch words" と称されている)を調査した den Otter に依拠した Hendriks (1667) より,13--17世紀に英語に入ってきた借用語のサンプルを示そう.

13th century:
   asquint, bouse, gewgaw, muster, pack, scour, scum, slight, slip, slop, welter, wiggle

14th century:
   bale, bundle, clamp, clock, fraught, grim, groove, keel, kit, mate, miller, north-north-east, north-north-west, rack, rover, school, scoop, slipper, slap, sled, spike, splint, splinter, tear, wainscot, wig, wind

15th century:
   brake, cabbage, cooper, cope, cramer, dapper, deck, excise, freight, gold, graft, hackle, hop, leak, lighter, luck, marline, mart, meerkat, misdeal, mud, nappy, pace, peg, pickle, pink, pip, rack, rumple, rutter, scout, scuttle, slip, sod, stripe, stuff, tattle, warble, whirl

16th century:
   aloof, anker, beleaguer, boor, boss, bumpkin, burgomaster, bush, cashier, clump, cramp, dike-grave, dock, dollar, domineer, drawl, ensconce, filibuster, flute, foist, forlorn hope, free-booter, frolic, gripe, gruff, jerkin, kermis, landscape, lazy, manikin, mesh, pad, pickle-herring, pram, push, rant, rash, reef, safflower, sconce, scone, scrabble, scrub, shoal, slap, snap, sniff, snuff, snuffle, span, spatter, stake, steady, stump, stutter, tattoo, uproar, wagon, wagoner, yacht

17th century:
   back, balk, beer, blaze, boom, brandy, clank, cruise, cruiser, decoy, drill, duck, easel, enlist, etch, furlogh, gas, gherkin, hovel, hustle, kill, kink, knapsack, masterpiece, morass, outlander, plug, polder, skate, sketch, slim, slurp, smack, smuggle, smuggler, snow, snuff, speck, still life, stink-pot, stoker, tea, trigger (den Otter 1990: 265--266)


 den Otter の調査によると,集まった "once Dutch words" の数は1254語であり,その影響の絶頂期は15世紀だったという(続いて,16世紀,18世紀,17世紀という順番) (Hendriks 1667) .オランダ借用語というと16--17世紀の海事用語が多そうなイメージだが,実際には日常的な名詞,動詞,形容詞も多数含まれていることがわかる.

 ・ den Otter, Alice G. "Lekker Scrabbling: Discovery and Exploration of Once-Dutch Words in the Online Oxford English Dictionary." English Studies 71.3 (1990): 261--71.
 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

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2021-06-03 Thu

#4420. 統語借用というよりも語彙語用的なぞり? [borrowing][contact][suffix][french][loan_translation][false_friend]

 言語接触 (contact) の概説書を書いている Winford は,文法項目の借用可能性を否定はしていないものの,従来指摘されてきた文法借用の事例の多くは,通常の語彙借用をベースとしたものであり,その発展版という程度のものではないかという考え方を示している.
 例えば,一般に中英語期にはフランス語から多くの派生接辞が借用されたといわれる.接尾辞 (suffix) に限っても -acioun, -age, -aunce, -erie, -ment, -ite; -ant, -ard, -esse, -our; -able, -al, -iv, -ous, -ate, -ify, -ize などが挙げられる (Winford 57) .しかし,英語話者は,これらの接尾辞をフランス語語彙からピンポイントで切り取って受容したわけではない.あくまでこれらの接尾辞をもつ単語を大量に受容し,その後に接尾辞を切り出して,英語内部の語形成に適用したのだろう.結果的にフランス語から派生接辞を借用したかのように見えるが,実際のプロセスは,語彙借用の後に接辞を切り出し適用したということなのだろう.
 同様に,一見すると統語的な借用に見える事例も,問題の統語構造を構成する語彙項目の借用がまず生じ,それと連動する形で結果的に統語構造そのものもコピーされた結果とみなすことができるかもしれない.
 例えば,Winford (66) は Silva-Corvalán の1994年の研究を参照して,標準スペイン語と,英語と濃厚接触しているロサンゼルス・スペイン語の構文を比較している.英語でいえば they broke my jaw に相当する統語構造が,前者では与格 me を伴う y me quebraron la mandibula となるものの,後者では英語風に属格 mi を伴う y quebraron mi, mi jaw となるという.ロサンゼルス・スペイン語の構文において英語からの統語借用が生じているようにみえるが,厳密にいえば「借用」というよりは,英語の統語構造を参照した上でのロサンゼルス・スペイン語としての統語用法の拡張というべきかもしれない.というのは,標準スペイン語でも,後者の構造は不自然ではあるが,影響を受ける対象が「あご」のような身体の部位ではなく,身体から切り離せる一般の所有物の場合には,普通に用いられるからだ.つまり,もともとのスペイン語にあった語用・統語的な制限が,対応する英語構造に触発されて,緩まっただけのように思われる.これを「借用」と呼ぶことができるのか,と.この問題に対する Winford の結論を引こう (68) .

Silva-Corvalán (1998) discusses several other examples like these, and argues that the changes involved are not the outcome of direct borrowing of a syntactic structures or rules from one language into another (1998: 225). Rather, what is involved is a kind of "lexico-syntactic calquing" (ibid.) triggered by partial congruence between Spanish and English words. This results in Spanish words assuming the semantic and/or subcategorization properties of the apparent English equivalents (faux amis). Her findings lead her to the conclusion that "what is borrowed across languages is not syntax, but lexicon and pragmatics" (1998: 226) This claim certainly seems to hold for cases of language maintenance with bilingualism such as that in LA.


 「統語借用」を "lexico-syntactic calquing" (cf. loan_translation) として,あるいは統語的 "faux amis" (cf. false_friend) としてとらえる視点はこれまでになかった.目が開かれた.

 ・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.
 ・ Silva-Corvalán, Carmen. Language Contact and Change: Spanish in Los Angeles. Oxford: Clarendon, 1994.
 ・ Silva-Corvalán, Carmen. "On Borrowing as a Mechanism of Syntactic Change." Romance Linguistics: Theoretical Perspectives. Ed. Shwegler, Armin, Bernard Tranel, and Myriam Uribe-Etxebarria. Amsterdam: Benjamins, 1998. 225--46.

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2021-06-02 Wed

#4419. 形態借用に課せられる制限,4種 [borrowing][contact][morphology][morpheme]

 語彙項目の借用はしばしば生じるが,文法項目の借用はまれである.このことは,借用 (borrowing) や言語接触 (contact) の議論で一般的に認められていることだ.ただし,文法項目といっても様々である.例えば,統語的借用は確かに稀のようだが,形態的借用は例に事欠かない.後者のなかでも派生形態素は屈折形態素よりも語彙項目に近いだけに借用事例は多いとされる.あくまで相対的な話しである.
 文法借用はどのような条件のもとで生じ得るのか,そこにはどのような言語学的制限が課せられているのか.言語接触論でもたびたび論じられてきた話題で,本ブログでは以下の記事で言及してきた.

 ・ 「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1])
 ・ 「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1])
 ・ 「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1])
 ・ 「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1])
 ・ 「#2011. Moravcsik による借用の制約」 ([2014-10-29-1])
 ・ 「#2113. 文法借用の証明」 ([2015-02-08-1])
 ・ 「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1])
 ・ 「#4410. 言語接触の結果に関する大きな見取り図」 ([2021-05-24-1])

 Winford (93--96) は,Weinreich, Heath, Thomason and Kaufman などの先行研究を参照しながら,形態借用に課せられる制限として4点を挙げている.

Morphological constraint 1 (borrowing):
   The greater the congruence between morphological structures across languages in contact, the greater the ease of borrowing.
   . . . .
Morphological constraint 2 (borrowing):
   The greater the degree of transparency of a morpheme, the greater the likelihood of its diffusion. By contrast, the more opaque (complex, bound, phonologically reduced) a morpheme is, the less likely it is to be borrowed.
   . . . .
Morphological constraint 3 (borrowing):
   The existence of gaps in the morphemic inventory of a recipient language facilitates the importation of new morphemes and functional categories from a source language.
   . . . .
Morphological constraint 4 (borrowing):
   The lack of a functional category in a source language may lead to loss of a similar category in a recipient language


 先行研究ですでに指摘されていた諸点を4点に整理したという点で,見通しはよくなっている.これをさらに2点にまで要約すれば「2言語間の構造的類似性」と「言語上の naturalness」に行き着くだろう.

 ・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.
 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.
 ・ Heath, Jeffrey. Linguistic Diffusion in Arnhem Land. Australian Aboriginal Studies: Research and Regional Studies 13. Canberra: Australian Institute of Aboriginal Studies, 1978.
 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.

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2021-05-24 Mon

#4410. 言語接触の結果に関する大きな見取り図 [contact][typology][borrowing][language_shift][pidgin][creole]

 言語接触 (contact) の研究で,近年もっとも影響力をもった著書といえば Thomason and Kaufman の Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics (1988) だろう.古今東西の言語接触の事例を検討し,様々な観点から類型化しようとした点に価値がある.本ブログでも,以下のような記事で紹介してきた(ほかにこちらの記事群もどうぞ).

 ・ 「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1])
 ・ 「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1])
 ・ 「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1])

 Winford (23--24) が,Thomason and Kaufman に部分的に依拠しつつ "Major outcomes of language contact" と題する類型表を作っている.「言語接触の結果に関する大きな見取り図」といってよい.言語接触を論じる際に常に手元に置いておきたいメモというつもりで,以下に示す.  *

Winford's

 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
 ・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.

Referrer (Inside): [2023-05-18-1] [2021-06-02-1]

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2021-04-20 Tue

#4376. 現代日本で英語と向き合っている生徒・学生と17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民 [renaissance][emode][loan_word][borrowing][latin][japanaese][contrastive_linguistics][inkhorn_term][khelf_hel_intro_2021]

 4月5日にスタートした「英語史導入企画2021」も,3週目に突入しました.学部・院のゼミ生を総動員しての,5月末まで続く少々息の長い企画なのですが,本ブログ読者の皆さんにも懲りずにお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます.毎日,コンテンツを提供する学生のガッツを感じながら,私自身がおおいにインスピレーションをゲットしています.年度初めとして,なかなかフレッシュでナイスなオープニングです.
 さて,上の段落では,いやらしいほどにカタカナ語を使い倒してみました.英語が嫌いな人,横文字が嫌いな人には,ケッと吐いて捨てたくなるような文章だろうと思います(うーむ,我ながら軽薄な文章).昨日,本企画ために院生よりアップされたコンテンツは「英語嫌いな人のための英語史」と題する,このカタカナ語嫌いに寄り添った考察です.その冒頭の2つの段落の出だしが,何とも歯切れよく心地よいですね.

「一生英語を使わなくてもいい環境で暮らしてやる」……このような恨みつらみのこもった台詞は,英語嫌いの人間ならば一度は発したことがあるだろう.そして,何を隠そう,十年ほど前,中学生・高校生だったころの筆者自身が毎日のようにこぼしていた言葉でもあった.


英語嫌いの人間が辟易するのは,まずもって,世の中に氾濫している横文字の多さであるだろう.レガシー,コミット,アカウンタビリティ……なぜそこで英語を(あるいは英語由来の和製英語を)使わなければならないのかと,ニュースなどを見ながら突っ込みたくなる日々である.


 これは読みたくなるコンテンツではないでしょうか.内容としては,現代日本で英語と向き合っている生徒・学生と,17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民とを,空間・時間を超えて比較した英語史の好コンテンツとなっています.
 現代日本語におけるカタカナ語とルネサンス期イングランドのラテン借用語を巡る比較対照は,対照言語史 (contrastive_language_history) の観点から興味の尽きないテーマです.一般に2つのものを比較しようとする際には,共通点だけでなく相違点に留意することも重要です.上記コンテンツでは,意図的に両者の共通点を拾い出して近づけて見せているわけですが,あえて相違点に注目することで,先の共通点の意義を浮かび上がらせることができます.以下に2点指摘しておきましょう.
 1点目.現代日本で英語と向き合っている生徒・学生,とりわけ「英語なんて嫌い」と吐き捨てるタイプと,17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民とでは,各言語に対する思いがかなり異なります.「英語なんて嫌い」の背景には,逆説的に英語に対する「憧れ」があるのではないかというコンテンツでの指摘は当たっていると私も思います.しかし,17世紀イングランドの庶民はラテン語を「嫌い」と吐き捨ててはいなかったでしょう.ラテン語は,もっと純粋な「憧れ」,手に届かないところにいる「スター」に近いものではなかったでしょうか.
 両者の違いは,端的にいえば,むりやり学ばされているか否かにあります.現代日本では,たとえ英語が「憧れ」だったとしても,義務教育で強制的に学ばされるという意味では,現実の学習上の「苦労」がセットになっています.学校で学ぶべき「科目」となっていては,好きなものも好きではなくなるはずです.17世紀イングランドでは,庶民にとってラテン語学習はおろか教育の機会そのものがまだ高嶺の花であり,現実の学習上の「苦労」とは無縁なために,「憧れ」は純然たる憧れとして生き延び得たのです.
 2点目は,17世紀イングランドではラテン借用語が inkhorn_term として批判されたというのは事実ですが,批判の主は,若い生徒・学生でもなければ庶民でもなく,バリバリの知識人でした.Sir John Cheke (1514--57) のようなケンブリッジ大学の古典語教授が,借用語を批判していたほどなのです.この状況は,どう控えめにみても,日本の英語嫌いの生徒・学生がカタカナ語に悪態をついているのとは比較できないように思われます.
 もちろん,2つのものを比較対照するときに,共通点を重視して「比較」の議論にもっていくか,相違点を重視して「対照」の議論にもっていくかは,論者の方針次第でもあり,言ってしまえばレトリックの問題でもあります.いずれにしても比較する場合には相違点に,対照する場合には共通点に注意しておくと考察が深まる,ということを述べておきましょう.
 関連する話題は,本ブログとしては「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) その他の記事で扱ってきました.いろいろとリンクを張っているので,是非そちらをどうぞ.

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2021-04-07 Wed

#4363. イタリア語は英語史では影が薄い? [cosmopolitan_vocabulary}[italian][borrowing][loan_word][khelf_hel_intro_2021]

 英語は語彙的に雑食性の言語である.英語史を学ぶとこの意味がすぐに分かるのだが,そうでないとハテナが飛ぶだろう.端的にいうと,英語の語彙の約2/3はよその言語からの借用語である.逆にいえば,真の「英単語」は英単語の1/3しか占めないということだ.
 英語は歴史を通じて,ひたすら他言語から単語を借用してきた.その結果,語彙的にはすっかり雑種になってしまった.この英語の歴史的性格を下品に表現すれば「雑食性」 (omnivorousness) となるし,上品にいえば「世界的な語彙」 (cosmopolitan_vocabulary) となる.ソースとなった言語を数えると少なく見積もっても350言語はあり,地理的にも時代的にもまさに「世界的」というにふさわしい.語彙に関していえば「英語は語彙的にはもはや英語ではない」のだ (cf. 「#2468. 「英語は語彙的にはもはや英語ではない」の評価」 ([2016-01-29-1])).この辺りの話題は,本ブログでもたびたび取り上げてきた.関心のある方は,##151,756,201,152,153,390,3308の記事をご覧いただきたい.
 さて,英語に語彙を提供してきた数ある言語のなかで,今回はイタリア語を取り上げたい.イタリア語は昨今の日本語でも馴染みが深く,インフルエンザ,オペラ,カジノ,ジェラート,ソナタ,テンポ,ティラミス,トロンボーン,パパラッチ,ビオラ,ピザ,フィナーレ,フォルテ,ブロッコリー,マカロニ,マニフェスト,マラリア,ミネストローネなど多数挙げられる (cf. 「#1896. 日本語に入った西洋語」 ([2014-07-06-1])).では,英語に入ったイタリア単語には何があるか.arcade, balcony, ballot, bandit, ciao, concerto, falsetto, fiasco, giraffe, lava, mafia, opera, scampi, sonnet, soprano, studio, timpani, traffic, violin など,こちらも多数挙がってくる.
 しかし,英語語彙において著しく存在感のあるフランス語,ラテン語,古ノルド語などに比べれば,イタリア語の影は薄いといってよい.これは,イギリスとイタリアの濃密な接触は歴史的にはおよそ近代以降のことであり,交流の歴史が浅いためである.それでも,相対的に影が薄いというだけであり,やはりある程度のプレゼンスを認めることができるのも確かだ.イタリア単語の借用に関する考察は##1411,1530,2329,2357,2385,2369,3586を参照されたい.
 イタリア語の話しをしておきながら,最も馴染み深いといえる spaghetti 「スパゲティ」に触れていなかった.実は,このイタリア語由来の1単語に注目するだけで,英語史の魅力を垣間見ることができる.一昨日から始まっている「英語史導入企画2021」で,学部ゼミ生が「借用語は面白い! --- "spaghetti" のスペルからいろいろ ---」を発表している.是非ご一読を.

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2021-02-08 Mon

#4305. 専門的な分野の語彙は統一に向かう --- 「大いなる模写」 [borrowing][lexicology][loan_word][scientific_name][scientific_english]

 アジェージュが,専門的な分野の語彙は異なる言語間で貸し借りされ,統一に向かう傾向があると指摘している.
 典型的に科学用語を念頭におくと,確かにその語彙は少なくとも様々な西洋語間で,そして多くの場合世界の多数の言語間でも,共通していることが多い.たとえ各言語へ翻訳され語形こそ共通ではなくなったケースでも,その意味(科学的な定義)はほぼ同一に保たれるのが普通である.専門的な分野の語彙が言語境界を越えて伝播していく傾向について,アジェージュ (210--11) は「大いなる模写」という印象的な名前を与えながら指摘している.

大いなる模写

 豊富な借用は,ヨーロッパの諸言語の語彙のなかに,言語の壁をこえた同語反復のひろがりを作り出している.ヨーロッパ以外の大陸の諸言語についても同じことがいえる.たしかに,ヨーロッパ以外の諸言語は,語彙を豊かにするために古典的基盤に頼り,つねにそこから語彙の源を汲んでいる.たとえば,ヒンディー語,タイ語,ビルマ語などの東南アジアの諸言語にはサンスクリットとパーリ語,日本語には古典中国語や訓読漢字語,テュルク系言語やモンゴル系言語には古トルコ語と古モンゴル語がそれにあたる.しかし,これらすべての言語はまた同様に,専門用語を作り出す必要に答えるために,英語にも頼っている.そしてこの英語も,多くの学問用語をラテン語,ギリシア語の語根から形成しているのである.
 その結果,多くのヨーロッパやその他の地域の言語がギリシア・ラテンの系統に属さないとしても,専門用語は全般的によく似ていることになる.このような相同性が言語の習得を容易にしたり,少なくとも受け身の理解をしやすくしているとしたら,メイエが強調するように〔中略〕,諸言語はそれぞれたがいの巨大で忠実なコピーとなってしまうのだろうか? 各言語の単語がたがいに異質な諸文明のはてしなく多様な支柱ではなくなり――その場合には翻訳はしばしば甘美な難業となる――,すべての文化に共通な概念と対象をいつも同じように表わすできあいの鋳型になっていたのであれば,このような単語の有用性はとくに実用に資するものとなり,経済的に正当化されるであろう.そうなれば,新しい言語の獲得が精神を豊かにするなどとは,見なされなくなるだろう.
 しかし実際には,ヨーロッパの諸言語内での大幅な模写は,きわめて専門的な語彙でしか起こっておらず,その意味で語彙の特定の部分に限られている.残りの部分はもとの状態のままであり,とくに慣用表現などがそうである(とはいえ,慣用表現の分野でも収束現象が見られないわけではないが).そして何よりも,ひとつの言語の本質を形づくる文法構造は,それぞれに特有の形でありつづけている.そうである以上,多数の言語が繁茂することは,無機的で取り替え可能な道具が大量に存在するのとはわけがちがうのである.専門的な分野の語彙に統一に向かう傾向があるのは,このような生命の開花と矛盾するどころか,その正当な限界を記しづけているのである.


 アジェージュの趣旨は,専門的な分野の語彙に関していえば確かに「大いなる模写」の傾向は見られるが,あくまでそれは部分的で表面的なものにすぎず,言語体系全体に関しての「さらなる大いなる模写」などあり得ない,ということだ.引用最後で,大いなる模写の「正当な限界」にまで言い及んでいる.実は言語の模写の小なることを訴えたい文章だったのではないか,と解釈しなおした.
 英語史の立場からの科学用語の造語・伝播の問題については「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]),「#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か」 ([2018-01-09-1]),「#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について」 ([2020-10-17-1]) などの記事をどうぞ.

 ・ グロード・アジェージュ(著),糟谷 啓介・佐野 直子(訳) 『共通語の世界史 --- ヨーロッパ諸語をめぐる地政学』 白水社,2018年.

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2020-10-20 Tue

#4194. Meillet による借用語の定義 [loan_word][borrowing][terminology]

 言語における借用 (borrowing) について,特に語の借用,すなわち借用語 (loan_word) について,本ブログでは具体例を多々挙げてきた.また,理論的にも様々に考察してきた(例えば「#44. 「借用」にみる言語の性質」 ([2009-06-11-1]),「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#2010. 借用は言語項の複製か模倣か」 ([2014-10-28-1]),「#2663. 「オープン借用」と「むっつり借用」 (1)」 ([2016-08-11-1]),「#2664. 「オープン借用」と「むっつり借用」 (2)」 ([2016-08-12-1]),「#3008. 「借用とは参考にした上での造語である」」 ([2017-07-22-1]),「#3332. Aitchison による借用の4つの特徴」 ([2018-06-11-1]) などを参照.)
 最近,借用語のもう1つの異なる見方を Meillet (22--23) から学んだ.ある語が借用語か否かは,よその言語から入ってきたか否かによって決まるわけではなく,その使用が前時代からの継続性に特徴づけられていないかどうかによって決まるという見方だ.例えば,現代標準英語の観点からみれば,ある語の起源こそフランス語やラテン語であっても,それが古英語期や中英語期という古い時代に入ってきたものであれば,以後,近代英語期を通じて現代にまで継続的に用いられてきたわけであるから,これは借用語ではない,ということになる.逆にみれば,古英語や中英語で用いられていた語であっても,歴史の過程で一度廃用となり,何らかの理由で現代英語において復活した語であれば,直前の時代から継続的に用いられてきたわけではないので,借用語ということになる.この借用語の定義によると,問題の単語の起源とされる言語(あるいは方言)が,比較言語学的に同系統であるかどうかは,この際関係ないということになる.
 さらにいえば,「前時代」や「起源として参照される言語(あるいは方言)」に関するスケールにも可変性がある.「前時代」を100年前とするのか10年前とするのか,はたまた1年前とするのか.また,「起源として参照される言語(あるいは方言)」も,かなり狭く限定された地域方言,社会方言,レジスターなどを指すこともできる.スケールの取り方次第で,注目している語が借用語か否かが決まってくるという意味では,Meillet の定義はすぐれて相対的な定義といえよう.この相対的な視点こそが驚くほど斬新なのである.少々長いが Meillet (22--23) より核心の部分を引用しておこう.実際には,この後にも Meillet の丁寧な解説や具体例が続く.

Il importe de définir ici ce que l'on entend en linguistique par l'emprunt.

Soit une langue considérée à deux moments successifs de son développement; le vocabulaire de la seconde époque considérée se compose de deux parties, l'une qui continue le vocabulaire de la première ou qui a été constituée sur place dans l'intervalle à l'aide d'éléments compris dans ce vocabulaire, l'autre qui provient de langues étrangères (de même famille ou de familles différentes); s'il arrive que quelque mot soit créé de toutes pièces, ce n'est, semble-t-il, que d'une manière exceptionnelle, et les faits de ce genre entrent à peine en ligne de compte. Soit par exemple le latin à l'époque de la conquête de la Gaule par les Romains et le français (c'est-à-dire la langue de Paris) au commencement de XXe siècle; il y a des mots comme père, chien, lait, etċ, qui continuent simplement des mots latins; il y en a comme noyade ou pendaison qui ont été faits sur sol français avec des éléments d'origine latine, et il y en a d'autres qui sont entrés à des dates diverses: prêtre est un mot qui est entré par le groupe chrétien à l'époque impériale romaine, sous la forme presbyter; guerre, un mot germanique, apporté par les invasions germaniques, et entré dans la langue par le groupe des conquérants qui ont été maîtres du pays, à la suite de ces invasions; camp est un mot italien venu au XVe siècle par les éléments militaires qui ont fait les campagnes d'Italie; siècle est un mot pris dès avant le Xe siècle au latin écrit par les clercs et qui avait disparu de la langue commune; équiper est un terme de la langue des marins normands ou picards; foot-ball est un terme de sport venu de l'anglais il y a peu d'années; mais, par rapport au latin de l'époque de César, tous les mots en question sont également empruntés, car aucun n'est la continuation ininterrompue de mots latins de cette date, ni ne s'explique par des formes qui se soient perpétuées dans la langue sans interruption entre l'époque de César et le commencement du XXe siècle. Il n'importe pas que le mot soit emprunté à une langue non indo-européenne, comme il arrive pour orange, ou à une langue indo-européenne autre que le latin, comme prêtre, guerre, ou au latin écrit comme siècle, cause, ou à un dialecte roman comme camp, camarade, ou même à des parlers français plus ou moins proches du parisien, comme le mot foin, pris à des parlers ruraux, et que sa phonétique dénonce comme n'étant pas parisien; en aucun cas il n'y a eu continuation directe et ininterropmpue du mot latin à Paris depuis l'époque de César jusqu'au début du XXe siècle, et ceci suffit à définir l'emprunt pour la période considérée de l'histoire du français parisien. Donc la notion d'emprunt ne saurait être définie qu'à l'intérieur d'une période strictement délimitée, et pour une population strictement délimitée.


 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologique 9 (1906). 1921 ed. Rpt. Dodo P, 2009.

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2020-10-17 Sat

#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について [scientific_name][scientific_english][lexicology][conceptual_metaphor][lexicology][register][loan_translation][borrowing][loan_word][latin]

 科学用語に限らず,宗教的な用語など普遍的・文明的な価値をもつ語彙とその意味は,言語境界を越えて広範囲に伝播する性質をもつ.ある言語から別の言語へと語彙がほぼそのまま借用されることもあれば,翻訳されて取り込まれることもあるが,後者の場合にも翻訳語が帯びる意味は,たいていオリジナルの語と等価である.というのは,言語境界を越えて伝播するのは,語それ自体というよりは,むしろその意味 --- 問題となっている普遍的・文明的な価値 --- だからだ.
 さらにいえば,単一の語のみならず関連する語彙がまとまって伝播することが多いという点では,実際に伝播しているのは,一見すると語彙やその意味のようにみえて,実はそれらの背後に潜んでいる概念メタファー (conceptual_metaphor) なのではないかという考え方もできる.
 以上は,Meillet (20--21) の著名な意味変化論を読んでいたときに,ふと気付いたことである.その1節を原文で引用しておきたい.

Le fait est particulièrement sensible dans les groupes composés de savants, ou bien où l'élément scientifique tient une place importante. Les savants, opérant sur des idées qui ne sauraient recevoir une existence sensible que parle langage, sont très sujets à créer des vocabulaire spéciaux dont l'usage se répand rapidement dans les pays intéressés. Et comme la science est éminemment internationale, les termes particuliers inventés par les savants sont ou reproduits ou traduits dans des groupes qui parlent les langues communes les plus diverses. L'un des meilleurs exemples de ce fait est fourni par la scholastique dont la langue a eu un caractère éminemment européen, et à laquelle l'Europe doit la plus grande partie de ce que, dans la bigarrure de ses langues, elle a d'unité de vacabulaire et d'unité de sens des mots. Un mot comme le latin conscientia a pris dans la langue de l'école un sens bien défini, et les groupes savants ont employé ce mot même en français } les nécessités de la traduction des textes étrangers et le désir d'exprimer exactement la même idée ont fait rendre la même idée par les savants germaniques au moyen de mith-wissei en, gothique, de gi-wizzani en vieux haut-allemand (allemand moderne gewissen). Souvent les mots techniques de ce genre sont trduits littéralement et n'ont guère de sens dans la langue où ils sont transférés; ainsi le nom de l'homme qui a de la pitié, latin misericors, a été traduit littéralement en gotique arma-hairts (allemand barm-herzig) et a passé du germanique en slave, par example russe milo-serdyj. Ce sont là de pures transcriptions cléricales de mots latins.


 英語における科学用語については「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) などで取り上げてきたが,今回の話題と関連して,とりわけ「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) を参照されたい.

 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologique 9 (1906). 1921 ed. Rpt. Dodo P, 2009.

Referrer (Inside): [2021-07-02-1] [2021-02-08-1]

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2020-10-16 Fri

#4190. 借用要素を含む前置詞は少なくない [preposition][french][loan_word][borrowing][lexicology]

 昨日の記事「#4189. acrossa + cross」 ([2020-10-15-1]) で,across の語源に触れた.cross 自身が初期中英語期に借用された語であり,前置詞を伴った across の原型も同じく初期中英語期に初出している.一般に前置詞は高頻度の機能語として「閉じた語類」 (closed class) といわれるが,そのような語に借用要素が含まれているというのは,一見すると稀な例のように思われるかもしれない.
 しかし,英語の歴史において前置詞は「閉じた語類」らしからぬ性質を示してきた.時代とともに種類が増えてきたからである.そのなかには,フランス語やラテン語などからの借用要素を含むものも少なくない.「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) を眺めてみると,比較的高頻度の前置詞に限っても,先述の across のほか (a)round, concerning, considering, despite, during, except, past などがすぐに挙がる.複合前置詞を考慮に入れれば,according to, apart from, because of, due to, in place of, regardless of なども加えられる.前置詞における借用要素は珍しくない.
 歴史的な前置詞の増加は,とりわけ後期中英語から初期近代英語にかけて生じた(cf. 「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1])).これは同時代のフランス語やラテン語からのインプットによるところが大きいことは明らかである.結果として,既存のものを含めた個々の前置詞の使い分けが複雑化することになり,現代の英語学習者を悩ませることにもなっている.そのような潮流の走りというべきものが,中英語の比較的早い時期に初出した across であり,around でもあるのだろう.罪深いといえば罪深い?

Referrer (Inside): [2023-03-07-1]

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2020-09-10 Thu

#4154. 借用語要素どうしによる混種語 --- 日本語の例 [japanese][hybrid][shortening][borrowing][loan_word][etymology][word_formation][contact][purism][covid]

 先日の記事「#4145. 借用語要素どうしによる混種語」 ([2020-09-01-1]) を受けて,日本語の事例を挙げたい.和語要素を含まない,漢語と外来語からなる混種語を考えてみよう.「オンライン授業」「コロナ禍」「電子レンジ」「テレビ電話」「牛カルビ」「豚カツ」などが思い浮かぶ.ローマ字を用いた「W杯」「IT革命」「PC講習」なども挙げられる.
 『新版日本語教育事典』に興味深い指摘があった.

最近では,「どた(んば)キャン(セル)」「デパ(ート)地下(売り場)めぐり」のように,長くなりがちな混種語では,略語が非常に盛んである.略語の側面から多様な混種語の実態を捉えておくことは,日本語教育にとっても重要な課題である. (262)


 なるほど混種語は基本的に複合語であるから,語形が長くなりがちである.ということは,略語化も生じやすい理屈だ.これは気づかなかったポイントである.英語でも多かれ少なかれ当てはまるはずだ.実際,英語における借用語要素どうしによる混種語の代表例である television も4音節と短くないから TV と略されるのだと考えることができる.
 日本語では,借用語要素どうしによる混種語に限らず,一般に混種語への風当たりはさほど強くないように思われる.『新版日本語教育事典』でも,どちらかというと好意的に扱われている.

混種語の存在は,日本語がその固有要素である和語を基盤にして,外来要素である漢語,外来語を積極的に取り込みながら,さらにそれらを組み合わせることによって造語を行ない,語彙を豊富にしてきた経緯を物語っている. (262)


 英語では「#4149. 不純視される現代の混種語」 ([2020-09-05-1]) で触れたように,ときに混種語に対する否定的な態度が見受けられるが,日本語ではその傾向は比較的弱いといえそうだ.

 ・ 『新版日本語教育事典』 日本語教育学会 編,大修館書店,2005年.

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