英語の歴史と語源・6
「ヴァイキングの侵攻」

堀田 隆一

2020年3月21日
hellog~英語史ブログ: http://user.keio.ac.jp/~rhotta

第6回 ヴァイキングの侵攻

8世紀後半,アングロサクソン人はヴァイキングの襲撃を受けました.現在の北欧諸語の祖先である古ノルド語を母語としていたヴァイキングは,その後イングランド東北部に定住しましたが,その地で古ノルド語と英語は激しく接触することになりました.こうして古ノルド語の影響下で揉まれた英語は語彙や文法において大きく変質し,その痕跡は現代英語にも深く刻まれています.ヴァイキングがいなかったら,現在の英語の姿はないのです.今回は,ヴァイキングの活動と古ノルド語について概観しつつ,言語接触一般の議論を経た上で,英語にみられる古ノルド語の語彙的な遺産に注目します.

目次

  1. ヴァイキング時代
  2. 英語と古ノルド語の関係
  3. 古ノルド語から借用された英単語
  4. 古ノルド語の語彙以外への影響
  5. 言語接触の濃密さ

1. ヴァイキング時代

  1. ヴァイキング (Viking) とは?
    • 8世紀後半~11世紀前半にヨーロッパを襲ったスカンジナビア人の海賊
    • 東西南北の広範囲に活動
    • 8世紀後半~11世紀前半の250年ほどを「ヴァイキング時代」という
  2. 真っ先に狙われたブリテン島 (#1611)
  3. ヴァイキングの移動の原動力 (#2889)
    • 536年の彗星か隕石の落下と,その結果としての日照不足に起因する飢饉(スカンディナヴィアは農耕の北限であることに注意)
    • Cf. 紀元9~11世紀に短期間の温暖期のピーク (#2854)
    • 放棄された土地を巡っての,勇猛さや攻撃性に特徴づけられた軍事的社会の形成
    • 7世紀の帆走技術や造船技術の発展
    • 独身の若い戦士が大勢いたとおぼしき状況

Viking の語源説 (#1610)

  1. 語源に定説なし
  2. 英語での初出は意外と遅く1807年
  3. 古ノルド語の vīk (入り江)+ -ingr (~の者)
  4. アングロ・フリジア語の wīc (キャンプ)+ -ing (~の者)
  5. Cf. 接尾辞 -ing(r): king, atheling, Browning; penny, shilling; farthing, riding; wilding, gelding, sweeting
  6. ちなみに「バイキング(料理)」は和製語.16世紀に始まるスウェーデン料理の集大成 smorgasbord の分配法をまねて,高度成長期以降にそう呼ぶようになった.

ヴァイキングのブリテン島襲来

2. 英語と古ノルド語の関係

  1. 古ノルド語 (Old Norse):北ゲルマン語派の諸言語の祖語.紀元1000年前後には,方言差はいまだ僅少.(#3978)
  2. ゲルマン語派の系統図 (#182)
  3. 古英語と古ノルド語の近さ (#389, #931)
  4. 古英語と古ノルド語の話者は互いに理解可能だったか? (#3981)
  5. Cf. 現代の北欧諸語間の近さ (#1499)
  6. また,ルーン文字も共有していた (#1006)
  7. 民族的,文化的にも近く「兄弟」のように喧嘩し「兄弟」のように仲直りした.
  8. このように互いに近い言語が交わったとき,著しい変化が・・・

3. 古ノルド語から借用された英単語

  1. フランス語やラテン語からの借用語に比べれば多くなく,
  2. 現代標準英語に残るのは900語ほどだが,
  3. 基本語や機能語などの高頻度語が多く,
  4. 本来の英語と区別がつかないほど深く浸透.
  5. イングランドの東部・北部の方言を含めれば倍増する.(#2693)
  6. 古英語期に初出するものもあるが,ほとんどが中英語期,12世紀以降に初出する.(#2869, #3263, #3979)

古ノルド借用語の日常性

  1. 例:they, their, them; both, though; die, get, give, hit, seem, take, want; cake, call, egg, gift, guest, husband, ill, kid, law, leg, low, same, score, sister, skin, sky, steak, weak, window, etc. (#2625)
  2. 英語であって英語でない文?:Though they are both weak fellows, she gives them gifts.
  3. デンマークの英語学者 Jespersen のコメント (#340):“An Englishman cannot thrive or be ill or die without Scandinavian words; they are to the language what bread and eggs are to the daily fare” (74).

古ノルド借用語の音韻的特徴

  1. 古英語では /sk/ > /ʃ/ が起こっているが,古ノルド語では起こっていない
  2. 古英語では /k/ > /ʃ/ が起こっているが,古ノルド語では起こっていない
  3. 古英語では /g/ > /j/ と /gg/ > /ddʒ/ が起こっているが,古ノルド語では起こっていない
  4. 古英語ではゲルマン祖語の *ai > ā が起こったが,古ノルド語では起こっていない
  5. 古英語ではゲルマン祖語の *au > ēa が起こったが,古ノルド語では起こっていない
  6. 古ノルド語では *jj > gg が起こっているが,古英語では起こっていない
  7. 古ノルド語では *ui > y が起こっているが,古英語では起こっていない
  8. 古ノルド語では語末の鼻音が消失したが,古英語では消失していない

    古英語の形態 古ノルド語由来の(現代英語の)形態 Cf. 古アイスランド語の形態
    sċyrta (> shirt) skirt skyrta
    sċ(e)aða, sċ(e)aðian scathe skaði, skaða ‘it hurts’
    sċiell, sċell (> shell) (northern) skell ‘shell’ skel
    ċietel, ċetel (> ME chetel) kettle ketill
    ċiriċe (> church) (northern) kirk kirkja
    ċist, ċest (> chest) (northern) kist kista
    ċeorl (> churl) (northern) carl karl
    hlenċe link hlekkr
    ġietan get geta
    ġiefan give geva (OSw. giva)
    ġift gift gipt (OSw. gipt, gift)
    ġeard (> yard) (northern) garth garðr
    ġearwe gear gervi
    bǣtan bait ‘to bait’ beita
    hāl (> whole) hail ‘healthy’ heill
    lāc northern laik ‘game’ leikr
    rǣran (> rear) raise reisa
    swān swain sveinn
    (> no) nay nei
    blāc bleak bleikr
    wāc weak veikr
    þēah though þó
    lēas loose louss, lauss
    ǣġ (> ME ei) egg egg
    sweoster, swuster sister systir
    fram, from (> from) fro frá

いくつかの日常的な古ノルド借用語について

  1. shirt と skirt
  2. seek と beseech (#2015, #2054)
  3. get と give (#169)
  4. guest と host (#170)
  5. she の語源説 (#827)
  6. 接尾辞 -ly (#40)

イングランドの地名の古ノルド語要素

  1. 古ノルド語由来の地名がイングランドに1400以上
  2. 東部・北部の Danelaw に集中 (#818)
  3. -by (町): Derby, Rugby, Whitby
  4. -thorpe (村):Althorp, Bishopsthorp, Mablethorpe
  5. -thwaite (空地):Applethwaite, Braithwaite, Storthwaite
  6. -toft (農家):Eastoft, Langtoft, Nortoft

英語人名の古ノルド語要素

  1. 父称 (#1673)
    言語 接辞 名前の例
    英語 -ing Browning, Denning, Gunning
    古ノルド語,英語 -son Anderson, Jackson, Morrison
    スコットランド・ゲール語 Mac/Mc- MacArthur, MacDonald, McMillan
    アイルランド語 O’ O’Brien, O’Connell, O’Connor
    ウェールズ語 Ap Apjohn, Apreys, Powell (< Ap Howell)
    フランス語 Fitz- Fitzgerald, Fitz-simmons, Fitzwilliam
    ロシア語 -ovich Ivanovich, Shostakovich
    ポーランド語 -ski Korzybski, Malinowski
    アラビア語 Ibn Ibn Battutah, Ibn Sina
  2. 人名 -son の出身地の分布 (#1937)
  3. 地名と人名における両言語混交のもつ意義

古ノルド語からの意味借用

  1. 意味借用とは (#2149)
  2. bloom : 古英語 「鉄塊」,古ノルド語 「花」
  3. bread : 古英語「破片」,古ノルド語「パン」
  4. dream : 古英語「喜び」,古ノルド語「夢」
  5. gift : 古英語「持参金,結婚」,古ノルド語「贈り物」

4. 古ノルド語の語彙以外への影響 (#1253, #3987)

  1. 機能語の借用:they, till, fro, though, both, are, same, etc.
  2. 複数形の -s の拡大
  3. 北部方言における3単現の -s の発達
  4. 北部方言の現在分詞語尾 -and
  5. 古ノルド語の形容詞の中性形に由来する scant, want, athwart などの -t
  6. on nighter tale, bi nighter tale などの属格語尾 -er
  7. 古ノルド語の再起語尾に由来する busk, bask などの -sk
  8. 南部の be に対する北部の are
  9. 動詞の過去分詞につく接頭辞 ge- の脱落
  10. IV類,V類の強変化動詞の過去複数および接続法過去の形態
  11. harden, deepen などの -n や crackle, sparkle などの -l- の生産性の増加
  12. 関係代名詞 that の省略傾向
  13. will と shall の使い分け
  14. “He has someone to rely on.” などの前置詞で文を終える傾向
  15. 接続法過去完了の助動詞の位置とその省略傾向
  16. 属格名詞を被修飾語の前におく傾向
  17. 句動詞,特に up を用いた句動詞の発達 (#2396)
  18. 「動詞+目的語」語順の一般化

なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」なのか?

  1. 世界の言語の基本語順 (#137)
  2. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移:SOV から SVO へ (#3127)
  3. SOV と SVO の競合の時代 (#132)
  4. SVO への自然で緩慢な流れがあったところに,古ノルド語との接触が強力なプッシュを加えた.
  5. Cf. 拙論 「第11回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」「第12回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」
  6. 屈折の衰退から語順の固定化へ
  7. 言語接触の強さと屈折の衰退の相関関係 (#927, #931)

5. 言語接触の濃密さ

  1. 大量の借用語(特に日常語),地名・人名,意味借用,文法への影響
  2. お互いに広い意味で同族,また近い言語
  3. どのような混交か?
  4. Cf. Aldbrough sundial (#1149): +VLF LET (?HET) ARŒRAN CYRICE FOR HANVM 7 FOR GVNWARA SAVLA (“+Ulf had this church built for his own sake and for Gunnvǫr’s soul.”)

  5. 古ノルド語はいつまでイングランドで使われていたか (#2591)

言語接触の種々のモデル

  1. 中英語=古英語と古ノルド語のクレオール語 (#1223, #1249, #1250)
  2. 中英語=古ノルド語化した英語 (#3001)
  3. 中英語=英語化した古ノルド語
  4. 強度の借用にすぎない (Thomason and Kaufmann)
  5. 言語交代によって誘引された干渉 (Durkin)
  6. Cf. 言語接触の類型論 (#1780, #1781)
  7. コイネー化 (#3972, #3980)
  8. 「弱い絆」で結ばれた社会 (#1179)

まとめ

  1. 8世紀後半~11世紀前半にわたるイングランドでのヴァイキングの活動を通じて,
  2. ゲルマン語として共通点の多い英語と古ノルド語が接触することになった.
  3. 結果として,古ノルド語の要素が英語の語彙にも深く多く流入し,
  4. 語順を含めた英語の文法などにも多大な影響を及ぼした.
  5. その言語接触の濃密さは,両民族がいかなる社会関係にあったかを示唆する.

参考文献