「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」 ([2010-07-14-1]) で取り上げた言語変化の原因論について,最近,「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]) で再考する機会をもった.
私見によれば,言語接触による他言語からの影響は,自言語の体系に著しい変化をもたらすものではない.語の借用は,語彙体系や意味体系にいくばくかの影響を与え得るとはいえ,多くの場合,体系から独立したものとして受け入れられる.また,音韻,形態,統語への影響は,語彙に比べて頻度として少ないし,あったとしても受け入れ側の言語の体系の隙間をついたり,すでに内的に始まっている変化を促進するという補助的な役割を果たすにすぎない.いずれにせよ,他言語からの影響は,著しい体系変化を呼ぶものではない.一方で,隙間をついたり,内的に進行している変化に一押しを加えるという役割それ自体は,それまでは多分に潜在的であった言語変化を顕在化させるという点で,言語変化において重要な地位を占めているとも考えられる.言語変化は,内的な体系化の力のもとで準備が整えられ,外的な圧力のもとで発現するものではないか.
Aitchison の雨漏りの比喩は,実に言い得て妙である.
Overall, then, borrowing does not suddenly disrupt the basic structure of a language. Foreign elements make use of existing tendencies, and commonly accelerate changes which are already under way. We may perhaps liken the situation to a house with ill-fitting windows. If rain beats against the windows, it does not normally break the window or pass through solid panes of glass. It simply infiltrates the cracks which are already there. If the rain caused extensive dry rot, we could perhaps say that in a superficial sense the rain 'caused' the building to change structurally. But a deeper and more revealing analysis would ask how and why the rain was able to get in the window in the first place. (145)
では,この場合,雨漏りの原因としてより重要なのはどちらなのだろうか.窓のひび(内的要因)だろうか,雨の強さ(外的要因)だろうか.明日の記事で,続けて考えたい.
・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.
英語と日本語の語彙史は,特に借用語の種類,規模,受容された時代という点でしばしば比較される.語彙借用の歴史に似ている点が多く,その顕著な現われとして両言語に共通する三層構造があることは [2010-03-27-1], [2010-03-28-1] の両記事で触れた.
英語語彙の最上層にあたるラテン語,ギリシア語がおびただしく英語に流入したのは,語初期近代英語の時代,英国ルネッサンス (Renaissance) 期のことである(「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]) , 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) を参照).思想や科学など文化の多くの側面において新しい知識が爆発的に増えるとともに,それを表現する新しい語彙が必要とされたことが,大量借用の直接の理由である.そこへ,ラテン語,ギリシア語の旺盛な造語力という言語的な特徴と,踏み固められた古典語への憧れという心理的な要素とが相俟って,かつての中英語期のフランス語借用を規模の点でしのぐほどの借用熱が生じた.
ひるがえって日本語における洋語の借用史を振り返ってみると,大きな波が3つあった.1つ目は16--17世紀のポルトガル語,スペイン語,オランダ語からの借用,2つ目は幕末から明治期の英独仏伊露の各言語からの借用,3つ目は戦後の主として英語からの借用である.いずれの借用も,当時の日本にとって刺激的だった文化接触の直接の結果である.
英国のルネッサンスと日本の文明開化とは,文化の革新と新知識の増大という点でよく似ており,文化史という観点からは,初期近代英語のラテン語,ギリシア語借用と明治日本の英語借用とを結びつけて考えることができそうだ.しかし,語彙借用の実際を比べてみると,初期近代英語の状況は,明治日本とではなく,むしろ戦後日本の状況に近い.明治期の英語語彙借用は,英語の語形を日本語風にして取り入れる通常の意味での借用もありはしたが,多くは漢熟語による翻訳語という形で受容したのが特徴的である.「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で示した借用のタイプでいえば,importation ではなく substitution が主であったといえるだろう(関連して,##902,903 も参照).また,翻訳語も含めた英語借用の規模はそれほど大きくもなかった.一方,戦後日本の英語借用の方法は,そのままカタカナ語として受容する importation が主であった.また,借用の規模も前時代に比べて著大である.したがって,借用の方法と規模という観点からは,英国ルネッサンスの状況は戦後日本の状況に近いといえる.
中村 (60--61) は,「文芸復興期に英語が社会的に優勢なロマンス語諸語と接触して,一時的にヌエ的な人間を生み出しながら,結局は,ロマンス語を英語の中に取り込んで英語の一部にし得た」と,初期近代英語の借用事情を価値観を込めて解釈しているが,これを戦後日本の借用事情へ読み替えると「戦後に日本語が社会的に優勢な英語と接触して,一時的にヌエ的な人間を生み出しながら,結局は,英語を日本語の中に取り込んで日本語の一部にし得た」ということになる.仮に文頭の「戦後」を「明治期」に書き換えると主張が弱まるように感じるが,そのように感じられるのは,両時代の借用の方法と規模が異なるからではないだろうか.あるいは,「ヌエ的」という価値のこもった表現に引きずられて,私がそのように感じているだけかもしれないが.
価値観ということでいえば,中村氏の著は,英語帝国主義に抗する立場から書かれた,価値観の強くこもった英語史である.主として近代の外面史を扱っており,言語記述重視の英語史とは一線を画している.反英語帝国主義の強い口調で語られており,上述の「ヌエ的」という表現も著者のお気に入りらしく,おもしろい.展開されている主張には賛否あるだろうが,非英語母語話者が英語史を綴ることの意味について深く考えさせられる一冊である.
・ 中村 敬 『英語はどんな言語か 英語の社会的特性』 三省堂,1989年.
[2011-10-17-1]の記事「#903. 借用の多い言語と少ない言語」の続編.言語によって借用語を受け入れる度合いが異なっている点について,Otakar Vočadlo という研究者が homogeneous, amalgamate, heterogeneous という3区分の scale of receptivity を設けていることに触れたが,同じ3区分法を採用している研究者に Décsy がいる.以下,下宮 (62--63) による Décsy の論の紹介を参照しつつ,3区分とそれぞれに属する主なヨーロッパ語を挙げよう.
(1) 借用に積極的な言語 "Mischsprachen" (混合語): English, French, Albanian, Romanian
(2) 借用に消極的な言語 "introvertierte Sprachen" (内向的な言語): German, Icelandic, Czech, Modern Greek
(3) 中間的な言語 "neutrale Sprachen" (中立的な言語): Polish, Danish, Swedish, Dutch
上で Mischsprachen として分類されている言語の借用元諸言語を記すと,以下の通り.
・ English: Old English, French, Celtic, Latin
・ French: Latin, Frankish, Celtic
・ Albanian: Illyrian, Latin, Slavic, Turkish
・ Romanian: Latin, Slavic, French
フランス語は近年英単語の借用を拒んでいるというイメージがあり,借用語の少ない言語かのように思われるかもしれないが,英語ほどとは言わずとも,かなりの Mischsprache である.基層のケルト語にラテン語が覆い被さったのみならず,フランク語からの借用語も少なくない.ゲルマン系とロマンス系が語彙的に同居しているという点では,英語とフランス語は一致している.
[2011-10-17-1]の記事でも触れたように,借用語の多寡は,その言語の構造的な問題というよりは,その言語の共同体の政治的・社会的な態度の問題としてとらえるほうが妥当のように思われる.もっと言えば,[2011-11-10-1]の記事「#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学」で取り上げたように,共同体の地政学的な立ち位置に多く依存する問題なのではないか.
・ Vočadlo, Otakar. "Some Observations on Mixed Languages." Actes du IVe congrès internationale de linguistes. Copenhagen: 1937. 169--76.
・ 下宮 忠雄 『歴史比較言語学入門』 開拓社,1999年.
・ Décsy, Gyula. Die linguistische Struktur Europas. Wiesbaden: Kommissionsverlag O. Harrassowitz, 1973.
[2010-12-11-1]の記事「#593. 現代によみがえった古い接尾辞 -wise」の続編.
Foster (100) は,-wise の生産性の復活は,アメリカ英語で始まり,その背景には American-German 語法の影響があったのではないかと述べている.
It cannot be denied that such expressions as 'engineeringwise' are very readily coined in modern English and that this habit comes from America where in turn the astonishingly free use of the ending '-wise' owes something to the equally free application in German of the parallel -weise (as in beispeilsweise 'for example', gastweise 'as a guest', and others). . . . It may well be that the old usage had lingered on in the United States to a greater extent than in the English of Britain, but it can scarcely be doubted that its blossoming forth in the twentieth century was due to a more or less unconscious transference of a German habit, whether on the part of scholars or --- more likely --- of immigrants.
Foster は,-wise の例に限らず,アメリカ英語における多くの革新的表現がドイツ語からの影響によるものであると提起している.それは,彼の著わした The Changing English Language の全体を貫く主張とも言えるほどで,文字通りに受け取ると,アメリカ英語の革新(そして,そのイギリス英語への伝播)は,語句,意味,文法に至るまでドイツ語法の写しではないかと思えてくるほどである.
もちろん,文字通りに受け取ることはできない.借用や影響の同定は必ずしも容易でないからだ.同定のためには,借用や影響が生じたとされる当時の両言語の共時的記述がなされていなければならず,その他に社会状況その他も詳細に分かっていなければならないことが多い.Foster もすべての例について十分な証拠を与えて議論しているわけではないので,評価には慎重にならなければならないだろう.
とはいえ,翻訳借用 (loan translation) や意味借用 (semantic loan) を含めた substitution ([2011-10-15-1]) を積極的に評価しようとするタイプの議論は,個人的には好きである.客観的な証拠を挙げての議論ではない以上,信念の問題といったほうがよいのかもしれないが,言語間の影響には importation のような表面的に見られる以上の効果がもっとあるはずだと考える.外国語からの影響について,過大評価は注意すべきだが,過小評価にも気をつけなければならないように思う.
アメリカ英語において外国語の影響が過小評価されてきた経緯については,Foster (86--87) に要領よくまとめられている.そこから,要点となる部分を抜き出そう.
Writers on the subject of Americanisms have usually made little of the fact that, in the past, millions of Americans have had a foreign language as their mother-tongue, though in fact it is incredible that the language of the country should not have been affected thereby. . . . In other words there has been a natural tendency to see foreign influences as consisting solely in straightforward loan-words from German, Yiddish, Spanish, Italian or whatever the language of the immigrants may have been. / Fortunately there have been some signs in recent years that scholars are becoming rather more aware that foreign borrowing into American speech has been taking place on a larger scale than had been thought.
借用の同定には決着がつかないことが多いのだが,大胆に問題提起し,慎重に議論するというプロセスを経ることは重要だろう.
・ Foster, Brian. The Changing English Language. London: Macmillan, 1968. Harmondsworth: Penguin, 1970.
昨日の記事「#904. 借用語を共時的に同定することはできるか」 ([2011-10-18-1]) の続編.ここ数日で取り上げてきた Haugen の論文中で,Fries and Pike による興味深い題名の論文が参照されていたので,入手して読んでみた.借用語の音韻論は本来語の音韻論と異なっていることがあり,その差が借用語の同定に貢献しうるか否かという議論が,標題の問題と関わってくるからだ.
メキシコ南部 Oaxaca 州のマサテコ族によって話される Mazateco 語では,原則としてすべての無声閉鎖音が鼻音の後で有声化する.例えば,音素 /t/ は鼻音の後では異音 [d] として現われる.ところが,少数の例外が存在する.スペイン借用語 siento (百)では,上記の原則が破られ鼻音の後に [t] が現われるという.この語は高頻度語で,本来語に代替語がないために,上記の原則の重要な反例となる.これにより,[nd] と [nt] がもはや相補分布をなさなくなるため,構造言語学の方法論に従えば,/d/ の音素としての地位を認めざるを得ない.phonemicisation (音素化)の例ということになろう.
しかし,話者の反応を調査すると,siento のような僅かな例外があるからといって,/d/ を /t/ と区別される音素として一般的に認めていることを示す証拠は強くないという.理論的な minimal pair テストが明らかにするところと,話者の意識とは異なるということだろうか.この矛盾を解消すべく,Fries and Pike は次のような結論に至る.
The Mazateco evidence points to the conclusion, then, that two or more phonemic systems may coexist within a single dialect, even though one or more of these systems may be highly fragmentary. (31)
siento などの少数の予期せぬ例は,既存の音韻体系内の周辺部に位置づけられるわけではなく,その外側に並び立つもう1つの音韻体系に位置づけられ,両音韻体系が話者の中で共存しているのではいかという結論である.個人における複数の音韻体系の共存は,何も借用語のもたらす異質な音韻を説明するためだけに持ち出した考え方ではなく,通常の発話の音韻体系とささやき声の音韻体系は異なるし,歌声の音韻体系とも異なるといったように,様々な次元で見られる現象だというのが,Fries and Pike の主張である.
では,逆に言うと,音韻分布を詳細に調べることによって,周辺的な音韻体系を主たる音韻体系から区別できるということであれば,前者を特徴づけていると考えられる借用語彙を共時的に同定できるということになるのだろうか.だが,そう間単に行かない.昨日の記事でも述べたように,上に仮定した両音韻体系を分ける線を引くという作業はあくまで確率の問題であり,音韻分布を詳しく調べたところで明確な線引きはできそうにないからだ.siento が借用語であるということが,先に別の証拠により分かっているがゆえに音韻上の問題として提起できるという事情があるのであり,逆の方向の問題提起,もっぱら共時的な観察をもとに,ある語が借用語であるに違いないと提案する議論はやはり難しいようだ.
Fries and Pike は,以下を議論の結論としてではなく前提として明言している.
In a purely descriptive analysis of the dialect of a monolingual speaker there are no loans discoverable or describable. An element can be proved to be a loan word only when two dialects are compared. The description of a word as a loan is a mixture of approaches: the mixing of purely descriptive analysis with dialect study, comparative work, or historical study. Dialect mixture cannot be studied or legitimately affirmed to exist unless two systems have previously been studied separately. It follows that in a purely descriptive analysis of one particular language as spoken by a bilingual, no loans are discoverable. (31)
一般に,借用語は受け入れ側の言語の音韻論に吸収されやすい.あるいは,当初は元の言語の音韻論を保持したとしても,時間とともに nativise されやすい.はたまた,元の言語の音韻論そのものが受け入れ側の言語に導入され,それに基づいて作られた本来語の新語が,借用語と区別できなくなるという場合もある.
昨日の議論と合わせて,一般論として,標題の問いに対する答えは No と言わざるを得ないだろう.
・ Fries, Charles C. and Kenneth L. Pike. "Coexistent Phonemic Systems." Language 25 (1949): 29--50.
[2011-10-14-1]の記事「#900. 借用の定義」で触れた通り,借用 (borrowing) は歴史的な過程であり,共時的な結果ではない.結果として共時的に蓄積されているのは,あくまで借用語彙である.通時的な借用と共時的な借用語彙の間に因果関係があることは言うまでもないが,特に共時的な観点からは両者を明確に区別すべきである.これは,次の問題に関わる."Can loanwords be identified by a student who knows nothing of the previous stages of a language?"
ある語が借用語か否かを区別する共時的な方法の1つとして,借用語の示す異質な音韻・形態が挙げられるかもしれない.借用語は,自言語の様式に完全に同化していない限り,ソース言語の様式をいくぶんか受け継いでおり,異質なものとして浮き立っている可能性があるからだ.しかし,この基準は絶対的ではない.同質と異質の間に明確な線引きを施すことは難しいからだ.
Now it would be impossible to deny that, as we have shown in a preceding section, many loanwords have introduced features of arrangement which are numerically less common than certain other features and which sometimes stand in other relationships to the rest of the language than the previously existent patterns. But to identify the results of a historical process like borrowing is simply not possible by a purely synchronic study. What we find when we study a structure without reference to its history is not borrowing or loans, but something that might rather be described as 'structural irregularity'. This is not an absolute thing: word counts have shown that patterns vary in frequency from the extremely common to the extremely rare, with no absolute boundary between the two. Patterns of high frequency are certain not to sound 'queer' to native speakers; just how infrequent must a pattern be before it begins to 'feel foreign'? (Haugen 229--30)
たとえ「異質な音韻・形態」を確率的に割り出すことができたとしても,それを示す語彙には借用語のみならず非借用語の一部も含まれることになるだろうし,借用語でありながらそこに含まれないものも出てくるだろう.異質な音韻・形態を示す語彙は,それこそ確率論的に定義されるに語彙にすぎず,"items of LIMITED LEXICAL DISTRIBUTION" (Haugen 230) や "systemic fragments" (Haugen 231) と呼ばれておしまいになるかもしれない.
通時的な過程である借用の結果としての借用語彙が,話者の共時的な言語知識(特に音韻論や形態論)の中にいかに反映されているか --- 理論的に挑戦をせまる大きな問題である.
・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.
昨日の記事「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]) で取り上げた "scale of adoptability" は,ある言語項目の借用されやすさは,それが言語体系に構造的に組み込まれている程度と反比例するという趣旨だった.ここで,次の疑問が生じてくる.言語体系の構造は言語によって異なるのだから,比較的借用の多い言語と少ない言語というものがあることになるのだろうか.
例えば,英語や日本語はしばしば借用の多い言語と言われるが,それは借用が少ないとされる言語(アイスランド語,チェコ語など)との比較においてなされている言及にちがいない.中英語期から近代英語期にかけての語彙史は借用語の歴史と言い換えてもよいほどで,現代英語では勢いが減じているものの([2011-09-17-1]の記事「#873. 現代英語の新語における複合と派生のバランス」を参照),英語史全体を借用の歴史として描くことすら不可能ではないかもしれない.一方,[2010-07-01-1]の記事「#430. 言語変化を阻害する要因」で示したように,アイスランド語は「借用語使用を忌避する強い言語純粋主義」をもっているとされ,借用が著しく少ない言語の典型として取り上げられることが多い.このように見ると,諸言語間に "scale of receptivity" なる,借用の受けやすさの尺度を設けることは妥当のように思われる.Haugen (225) によれば,Otakar Vočadlo という研究者が,homogeneous, amalgamate, heterogeneous という3区分の scale of receptivity を設けており,この種の尺度の典型を示しているという.
しかし,諸言語間の借用の多寡はあるにせよ,それが言語構造に依存するものかどうかは別問題である.Kiparsky は,言語構造依存の考え方を完全に否定しており,借用の多寡は話者の政治的・社会的な立場に依存するものだと明言している (Haugen 225) .この問題について,Haugen (225) はお得意の importation vs. substitution の区別を持ち出して,Kiparsky に近い立場から次のように結論している.
Most of the differences brought out by Vočadlo are not differences in actual borrowing, but in the relationship between importation and substitution, as here defined. Some languages import the whole morpheme, others substitute their own morphemes; but all borrow if there is any social reason for doing so, such as the existence of a group of bilinguals with linguistic prestige.
この Haugen の見地では,例えば借用の多いと言われる英語と少ないと言われるアイスランド語の差は,実のところ,借用の多寡そのものの差ではなく,2つの借用の方法 (importation and substitution) の比率の差である可能性があるということになる.importation に対する substitution の特徴は,形態的・音韻的に借用らしく見えないことであるから,借用する際に substitution に依存する比率の高い言語は,その分,借用の少ない言語とみなされることになるだろう.両方法による借用を加え合わせたものをその言語の借用の量と考えるのであれば,一般に言われているほど諸言語間に著しい借用の多寡はないのかもしれない.借用の議論において比較的目立たない loan translation (翻訳借用) や semantic loan (意味借用)に代表される substitution の重要性を認識した次第である.
・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.
・ Vočadlo, Otakar. "Some Observations on Mixed Languages." Actes du IVe congrès internationale de linguistes. Copenhagen: 1937. 169--76.[sic]
昨日の記事「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で述べたとおり,借用を論じるに当たって,Haugen の強調する importation と substitution の区別は肝要である.この区別は,借用されやすい言語項目について考える際にも,重要な視点を提供してくれる.
直感的にも理解できると思われるが,他言語から最も借用されやすい言語項目といえば,語彙であり,特に名詞である.一方,文法項目の借用は不可能ではないとしても,最も例が少ないだろうということは,やはり直感されるところだ.言語項目の借用されやすさを尺度として表わすと,"scale of adoptability" なるものが得られる.William Dwight Whitney の1881年の scale によると,名詞が最も借用されやすく,次に他の品詞,接尾辞,屈折接辞,音と続き,文法項目が最も借用されにくいという (Haugen 224) (関連して,現代英語の新語ソースの76.7%が名詞である件については[2011-09-23-1]の記事を,英語語彙の品詞別割合については[2011-02-22-1], [2011-02-23-1]の記事を参照).文法項目の借用されにくさについては,Whitney は,言語項目が形式的あるいは構造的であればあるだけ,その分,外国語の侵入から自由であるという趣旨のことを述べている.
もちろん,文法項目でも借用されている例はあり,上述の scale は規則ではなく傾向である.しかし,この scale は多くの言語からの多くの借用例によって支持されている.この問題について,Haugen (224) は importation vs. substitution の視点から,次のように述べている.
All linguistic features can be borrowed, but they are distributed along a SCALE OF ADOPTABILITY which somehow is correlated to the structural organization. This is most easily understood in the light of the distinction made earlier between importation and substitution. Importation is a process affecting the individual item needed at a given moment; its effects are partly neutralized by the opposing force of entrenched habits, which substitute themselves for whatever can be replaced in the imported item. Structural features are correspondences which are frequently repeated. Furthermore, they are established in early childhood, whereas the items of vocabulary are gradually added to in later years. This is a matter of the fundamental patterning of language: the more habitual and subconscious a feature of language is, the harder it will be to change.
これを私的に解釈すると次のようになるだろうか.借用は,ある言語項目を必要に応じて(ただし,[2009-06-13-1]の記事「#46. 借用はなぜ起こるか」で挙げた理由ような広い意味での「必要」である)他言語から招き入れる過程であり,その方法にはソース言語の形態を導入する革新的な importation と,自言語の形態で済ませる保守的な substitution がある.言語体系にそれほど強く織り込まれていず,頻度もまちまちである一般名詞のような借用においてすら保守的な substitution に頼る可能性が常にあるのだから,言語体系に深く構造的に組み込まれており,高頻度で生起する文法的な項目は,借用を必要とする機会が稀であるばかりか,稀に借用される場合にも革新的な importation に頼る確率は低いだろう.このように考えると,借用における substitution は一見すると importation よりも目立たないが,(両者を足して借用100%とする場合)後者と異なりその比率が0%になることはなさそうだ,ということになろうか.従来の一般的な考え方に従って importation を借用の核とみなすのではなく,substitution を借用の核とみなすことにするならば,実際のところ,言語には見た目以上に借用が多いものなのかもしれない.
・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.
昨日の記事「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]) に引き続き,今回は借用の分類の話題を.Haugen の提案している借用の分類では,importation と substitution の区別がとりわけ重要である.分類を概観する前に,用語を導入しておこう.
・ model: 借用元の形式
・ loan: 借用により自言語に定着した形式
・ importation: model と十分に類似した形式を自言語へ取り込むこと
・ substitution: model に対応する自言語の形式を代用すること
Haugen (214--15) は借用語を大きく3種類に分類している.
(1) LOANWORDS show morphemic importation without substitution. Any morphemic importation can be further classified according to the degree of its phonemic substitution: none, partial, or complete.
(2) LOANBLENDS show morphemic substitution as well as importation. All substitution involves a certain degree of analysis by the speaker of the model that he is imitating; only such 'hybrids' as involve a discoverable foreign model are included here.
(3) LOANSHIFTS show morphemic substitution without importation. These include what are usually called 'loan translations' and 'semantic loans'; the term 'shift' is suggested because they appear in the borrowing language only as functional shifts of native morphemes.
具体例で補足すると,(1) の(狭い意味での) loanword の典型例として,英語の America が日本語へそのまま借用された「アメリカ」がある.この際に生じたのは,形態的な importation であり,かつ音韻的にもほぼそのまま model が受け継がれている (imported) .一方,形態的に importation ではあるが,音韻的に完全に日本語化した (substituted) と考えられる「ラブ」 (love) がある.「ラヴ」として借用されたのであれば,音韻上,部分的に日本語化したと表現できるだろう.
(2) の loanblend の例としては,複合語の借用の場合などで,形態的な importation と substitution が同時に見られる「赤ワイン」 (red wine) のような例が挙げられる.しばしば,hybrid として言及されるが,過程としての hybrid と結果としての hybrid は,本来区別すべきものである(昨日の記事[2011-10-14-1]の最終段落を参照).混合がその中で生じている形態の単位によって,blended stem, blended derivative, blended compound が区別される.
(3) の loanshift には,loan_translation (翻訳借用; calque とも)呼ばれているもの,そして semantic loan (意味借用)と呼ばれているものが含まれる.前者では自言語の語彙目録に新たな morph が登録されることになるが,後者に至っては同形態がすでに存在するので,他言語からの影響を示すものは意味のみであるという点が特異である.ただし,既存の morph と意味の関連が希薄な場合には,語彙目録に異なる morph として立項されるかもしれない.意味の近似により既存の morph に従属する場合には loan synonym,意味の隔たりにより別の morph として立項される場合には loan homonym と呼ばれる.loan translation が複合語を超えてイディオムなどの連語という単位へ及ぶと,syntactic substitution と呼べることになるだろう (ex. make believe < F fair croire ) .
借用の方法が importation か substitution か,借用の単位が morphology か phonology かによって (1), (2), (3) の区分と,さらなる下位区分が得られることになる.ここで注意したいのは,どの種の借用でも semantics のレベルでは必ず importation が生じていることである.「意味借用」などの術語に惑わされてはならないのは,いずれにせよ,意味は必ず借用されるということである.
Haugen は,さらに細かい下位区分と多くの術語を導入しながら,借用を論題通りに "analysis" してゆく.借用という問題の奥深さが感じられる好論である.
・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.
言語項目の借用 (borrowing) については,語の借用を中心に様々な話題を扱ってきた.英語史においても,語の借用史は広く関心をもたれるテーマであり,それ自体が大きな主題だ.借用語に関する話題は,時代ごとあるいはソース言語ごとに語を列挙して,形態的・意味的な特徴を具体的に指摘したりすることが多いが,借用という現象について理論的に扱っている研究はあまりない.そこで,借用の理論化を試みている Haugen の論文を紹介したい.
Haugen (210--11) は,borrowing を "Sprachmischung" (= language mixture) あるいは "hybrid" と呼ばれる過程とは区別すべきだと説く.Sprachmischung はカクテルシェーカーで2言語の混合物を作るような過程を想像させるが,実際には2言語使用者であっても同時に2つの言語から自由に言語要素を引き出すということはしない.両者の間でめまぐるしく交替することはあっても,一時に話しているのはどちらか一方である.したがって,Sprachmischung は borrowing と同一視することはできないと同時に,それ自体が普通には観察されない言語現象である.また,"hybrid language" とは,あたかも "pure language" が存在するかのような前提を含意するが,"pure language" なるものは存在しない.
このように,Sprachmischung や hybrid との区別を明確にした上で,Haugen (212) は borrowing を次のように記述し,定義づけた.
(1) We shall assume it as axiomatic that EVERY SPEAKER ATTEMPTS TO REPRODUCE PREVIOUSLY LEARNED LINGUISTIC PATTERNS in an effort to cope with new linguistic situations. (2) AMONG THE NEW PATTERNS WHICH HE MAY LEARN ARE THOSE OF A LANGUAGE DIFFERENT FROM HIS OWN, and these too he may attempt to reproduce. (3) If he reproduces the new linguistic patterns, NOT IN THE CONTEXT OF THE LANGUAGE IN WHICH HE LEARNED THEM, but in the context of another, he may be said to have 'borrowed' them from one language into another. The heart of our definition of borrowing is then THE ATTEMPTED REPRODUCTION IN ONE LANGUAGE OF PATTERNS PREVIOUSLY FOUND IN ANOTHER. . . The term reproduction does not imply that a mechanical imitation has taken place; on the contrary, the nature of the reproduction may differ very widely from the original . . . .
借用の議論においてもう1つ重要な点は,借用は過程であり結果ではないということである.例えば,借用語は借用という歴史的過程の結果として共時的に観察される言語項目である.ある語が借用され,その借用語に基づいて新たな語形成が行なわれ,2次的に新語が作られた場合,この新語は共時的にはあたかも借用語のように見えるが,借用の過程を経たわけではないことに注意したい.借用が過程であるという点については,Haugen (213) も特に注意を喚起している.
Borrowing as here defined is strictly a process and not a state, yet most of the terms used in discussing it are ordinarily descriptive of its results rather than of the process itself. . . . We are here concerned with the fact that the classifications of borrowed patterns implied in such terms as 'loanword', 'hybrid', 'loan translation', or 'semantic loan' are not organically related to the borrowing process itself. They are merely tags which various writers have applied to the observed results of borrowing.
・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.
昨日と一昨日の記事 (##883,884) で取りあげてきた,Algeo による word-making の詳細分類の続編.Algeo の論文の補遺 (129--31) には,彼が9個の基準 (CR1--CR9) により設けた37クラス (CLASS) と,各クラスおよびその下位クラスを代表する63語 (NEW_ITEM) が表の形で示されている.今日は,その表に MAJOR_CLASS なる大分類 (root creation, conversion, clipping, composite, blending, borrowing) の情報を加えたものを掲載する.word-making の分類の際のお供に.
9個の基準分類については,改めて以下に要約しておく.
CR1: Does the new item have an etymon?
CR2: Does the new item have a borrowed etymon?
CR3: Does the new item combine two or more etyma?
CR4: Does the new item shorten an etymon?
CR5: Does the new item have an etymon that lacks a formal exponent in the item?
CR6: Does the new item have a phonological motivation?
CR7: Do the etyma include more than one base? (More precisely: If there is only one etymon, does it consist of more than one base; or if there are several etyma, do at least two contain bases?)
CR8: Does the new item derive from written rather than spoken etyma?
CR9: Does the new item add new morphs to the language?
ITEM NO. | NEW_ITEM | CR1 | CR2 | CR3 | CR4 | CR5 | CR6 | CR7 | CR8 | CR9 | ETYMA | TRADITIONAL_CLASS | CLASS | MAJOR_CLASS |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | googol | - | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | + | --- | arbitrary coinage | 1 | root creation |
2 | miaow | - | 0 | 0 | 0 | 0 | + | 0 | 0 | + | --- | onomatopoeia | 2 | root creation |
3 | fun (adj) | + | - | - | - | - | - | - | - | - | fun (n) | functional shift | 3 | conversion |
4 | watt | + | - | - | - | - | - | - | - | - | (James) Watt | commonization | 3 | conversion |
5 | grudge | + | - | - | - | - | + | - | - | + | grutch | analogical reformation | 4 | conversion |
6 | splosh | + | - | - | - | - | + | - | - | + | splash | analogical reformation | 4 | conversion |
7 | cónstrùct | + | - | - | - | - | + | - | - | + | constrúct | analogical reformation | 4 | conversion |
8 | mho | + | - | - | - | - | + | - | + | + | ohm | reverse form | 5 | conversion |
9 | bassackwards | + | - | - | - | - | + | + | - | + | assbackwards | spoonerism | 6 | conversion |
10 | cab | + | - | - | + | - | - | - | - | + | cabriolet | back clipping (stump word) | 7 | clipping |
11 | 'fessor | + | - | - | + | - | - | - | - | + | professor | aphaeresis | 7 | clipping |
12 | curtsy | + | - | - | + | - | - | - | - | + | courtesy | syncope | 7 | clipping |
13 | flu | + | - | - | + | - | - | - | - | + | influenza | front & back clipping | 7 | clipping |
14 | H | + | - | - | + | - | - | - | + | + | horse, heroin | initialism | 8 | clipping |
15 | prof | + | - | - | + | - | - | - | + | + | professor | front clipping | 8 | clipping |
16 | Dr. | + | - | - | + | - | - | - | + | - | Doctor | abbreviation | 9 | clipping |
17 | jet | + | - | - | + | - | - | + | - | - | jet-propelled airplane | clipped compound | 10 | clipping |
18 | show biz | + | - | - | + | - | - | + | - | + | show business | clipped compound | 11 | clipping |
19 | sitch com | + | - | - | + | - | - | + | - | + | situation comedy | clipped compound | 11 | clipping |
20 | CO | + | - | - | + | - | - | + | + | + | commanding officer | initialism | 12 | clipping |
21 | scuba | + | - | - | + | - | - | + | + | + | self contained underwater breathing apparatus | acronym, 1st order | 12 | clipping |
22 | radar | + | - | - | + | - | - | + | + | + | radio detecting and ranging | acronym, 2nd order | 12 | clipping |
23 | Inbex | + | - | - | + | - | - | + | + | + | Industrialized Building Exposition | acronym, 2nd order | 12 | clipping |
24 | Nabisco | + | - | - | + | - | - | + | + | + | National Biscuit Company | acronym, 2nd order | 12 | clipping |
25 | bit | + | - | - | + | - | - | + | + | + | binary digit | blend (acronym, 3rd order; acrouronym) | 12 | clipping |
26 | Amerindian | + | - | - | + | - | - | + | + | + | American Indian | blend | 12 | clipping |
27 | bus ad | + | - | - | + | - | - | + | + | + | business administration | clipped compound (acronym, 4th order) | 12 | clipping |
28 | sit com | + | - | - | + | - | - | + | + | + | situation comedy | clipped compound (acronym, 4th order) | 12 | clipping |
29 | vroom | + | - | - | + | - | + | - | - | + | boom | onomatopoeia & phonestheme | 13 | clipping |
30 | morphonemics | + | - | - | + | - | + | + | - | + | morphophonemics | haplology | 14 | clipping |
31 | riddle | + | - | - | + | + | + | - | - | + | riddles & -s | back formation | 15 | clipping |
32 | burger | + | - | - | + | + | + | + | - | + | hamburger & ham | back formation | 16 | clipping |
33 | slowly | + | - | + | - | - | - | - | - | - | slow & -ly | suffixation | 17 | composite |
34 | unloose | + | - | + | - | - | - | - | - | - | un- & loose | prefixation | 17 | composite |
35 | funhouse | + | - | + | - | - | - | + | - | - | fun & house | compound | 18 | composite |
36 | abso-damn-lutely | + | - | + | - | - | - | + | - | - | absolutely & damn | sandwich term | 18 | composite |
37 | dice | + | - | + | - | - | + | - | - | + | die & -s | metanalysis | 19 | composite |
38 | ofay | + | - | + | - | - | + | - | - | + | foe & ay | Pig Latin | 19 | composite |
39 | hotshot | + | - | + | - | - | + | + | - | - | hot & shot | rime compound | 20 | composite |
40 | tiptop | + | - | + | - | - | + | + | - | - | tip & top | ablaut compound | 20 | composite |
41 | funny farm | + | - | + | - | - | + | + | - | - | funny & farm | alliterative compound | 20 | composite |
42 | bye bye | + | - | + | - | - | + | + | - | - | bye & bye | reduplication | 20 | composite |
43 | goodschmood | + | - | + | - | - | + | + | - | + | good & schm- & good | reduplication with onset substitution | 21 | composite |
44 | trouble and strife ("wife") | + | - | + | - | + | + | + | - | - | trouble & and & strife & wife | riming slang | 22 | composite |
45 | buxom ("busty") | + | - | + | - | + | + | + | - | - | buxom & bosom | clang association | 22 | composite |
46 | hanky | + | - | + | + | - | - | - | - | + | handkerchief & -y | clipping & suffix | 23 | blending |
47 | happenstance | + | - | + | + | - | - | + | - | - | happening & circumstance | blend | 24 | blending |
48 | smog | + | - | + | + | - | - | + | - | + | smoke & fog | blend | 25 | blending |
49 | scrunch | + | - | + | + | - | - | + | - | + | scram/screw/scrimp & bunch/crunch/hunch | phonesthemes | 25 | blending |
50 | bridegroom | + | - | + | + | - | + | + | - | - | bridegoom & groom | folk etymology | 26 | blending |
51 | guesstimate | + | - | + | + | - | + | + | - | + | guess & estimate | blend | 27 | blending |
52 | meld | + | - | + | + | - | + | + | - | + | melt & weld | blend | 27 | blending |
53 | prepocerous | + | - | + | + | - | + | + | - | + | preposterous & rhinoceros | forced rime | 27 | blending |
54 | sayonada | + | + | - | - | - | - | - | - | + | sayonara | popular adoption | 28 | borrowing |
55 | sayonara | + | + | - | - | - | - | - | + | + | sayonara | learned adoption | 29 | borrowing |
56 | disc | + | + | - | + | - | - | - | + | + | discus | adaptation | 30 | borrowing |
57 | foot ("metrical unit") | + | + | + | - | + | - | - | - | - | foot & pēs | calque | 31 | borrowing |
58 | superman | + | + | + | - | + | - | + | - | - | super & man & &Uum;bermensch | loan translation | 32 | borrowing |
59 | foe paw | + | + | + | - | + | + | + | - | - | foe & paw & faux pas | folk etymology | 33 | borrowing |
60 | fox pass | + | + | + | - | + | + | + | + | - | fox & pass & faux pas | folk etymology | 34 | borrowing |
61 | coffee klatch | + | + | + | + | - | - | + | - | + | coffee & Kaffee Klatsch | loanblend | 35 | borrowing |
62 | chaise lounge | + | + | + | + | - | + | + | + | + | chaise longue & lounge | loanblend & folk etymology | 36 | borrowing |
63 | tamale | + | + | + | + | + | + | - | - | + | tamal-es & -s | metanalysis | 37 | borrowing |
昨日の記事「#883. Algeo の新語ソースの分類 (1)」 ([2011-09-27-1]) の続編.Algeo による word-making の9個の基準は,以下の問いで表わされる.
(1) Does the new item have an etymon?
既存の語から作られているかどうか.ほとんどの新語について答えは Yes だが,そうでない稀なケースでは語根創成 (root creation) が行なわれていると考えられる.例えば,10の100乗の数を表わす googol は,子供による語根創成とされる.
(2) Does the new item have a borrowed etymon?
この基準は,(1) が Yes の場合に,その既存の語が自言語(化された)のものであるか,他言語から借用されたものであるか (borrowing) を区別する.例えば,influenza は借用語だが,flu は influenza が自言語化した後にそれに基づいて作られた語と考えられるので,この基準の問いの答えは No となる.
(3) Does the new item combine two or more etyma?
(4) Does the new item shorten an etymon?
この2つの基準を掛け合わせると,以下の4種類の区別が得られる.
1 etymon | 2+ etyma | |
---|---|---|
unshortened | fun (conversion) | funhouse (composite) |
shortened | cab (clipping) | smog (blending) |
[2011-09-21-1], [2011-09-22-1], [2011-09-23-1]の記事で Algeo による現代英語の新語ソース調査を紹介してきた.彼が word-making と呼んでいる新語のソース(語形成 [word formation] というと,通常借用語を含まないのでこのように称したと考えられる)を非常に細かく分類したことは,特に[2011-09-21-1]の記事「#877. Algeo の現代英語の新語ソース調査」で触れた通りであり,実際にこちらのページに,新語例とともに分類表を示した.では,この word-making の分類の理論的な根拠は何か.この分類法については,Algeo 自身が別の論文 "The Taxonomy of Word Making" で明快に論じている.
word-making の分類については,西洋に限っても古代ギリシアの時代にまで遡る古い伝統がある.例えば,Plato (427?--327?BC) は compounding, derivation by ablaut, loanwords, clipping, phonesthetics を区別している (Jowett 394, 400, 409, 420, 426) .また,ギリシア語文法の父とされる Dionysius Thrax (c100BC) は名詞に7種類の派生と2種類の複合を認めている (Davidson, Section 14).
この古い伝統は,現在の形態論や語形成の参考書のなかにも連綿と生き続けている.伝統的分類に基づいて語形成に貼られてきたラベルとしては,例えば次のようなものが認められる.compounding, affixation, blending, acronymy, clipping, back formation, functional shift, sound substitution, borrowing, folk etymology, onomatopoeia, reduplication, etc. これらの多くの伝統的な術語は,本ブログで最近取り上げてきた一連の「新語ソース」の記事でも多く用いてきた.
伝統的な分類と用語が有効であることは,それに基づいた多くの語形成に関する研究によって,そして時の試練によっても実証されてきたと言ってよいが,一方で何か ad hoc な印象を与えるのも確かである.私もそのような印象を漠然ともっていたが,Algeo が同じ趣旨のことを述べていた.
The traditional taxonomy of word-making is messy because the classes have not been defined by any consistent set of criteria. Indeed, the taxonomy was formed, not according to logical order, but rather by accidental accretion. It was not planned. It just happened. Could it speak, it might say with Topsy, "I 'spect I growed. Don't think nobody never made me." Nobody ever made the familiar taxonomy of word formation. It just grew. (123)
Algeo はこの問題意識から,"Taxonomy" の論文で自ら論理的な word-making の分類を編み出そうと試みた.9個の基準に照らし,各基準がプラス特性をもつかマイナス特性をもつかによって,word-making を子細に分類した.その概要は,明日の記事で紹介したい.
・ Algeo, John. "The Taxonomy of Word Making." Word 29 (1978): 122--31.
・ Algeo, John. "Where Do the New Words Come From?" American Speech 55 (1980): 264--77.
・ Jowett, B., ed. The Dialogues of Plato. 4 vols. New York: Scribner, 1873.
・ Davidson, Thomas, trans. "The Grammar of Dionysios Thrax." Journal of Speculative Philosophy 8 (1874): 326--39.
先日,ゼミで「なぜ他言語から語を借用するのか?」について皆でブレインストームしてみた.主に英語の日本語への借用を念頭においたブレストだったが,様々な理由が考えられ,実にいろいろな意見が出た.結果を整理して提示してみる.
一番さきに思いつく理由は,「新しいモノが舶来してきたときに,そのモノの名前も一緒に取り入れる」ということであろう.実際にブレインストーミングでも,最初にそれが出た(図の右上).モノだけでなく名前も一緒に取り込むことが必要だからという「必要説」は確かに重要な説だが,借用の理由のすべてではない.新しいモノが入ってきたときに,元の言語からその名前を借用するのではなく,自前で単語を作り出したり,既存の単語を流用するというやりかただってあるはずである.
また,コメ,ご飯,白米,稲など,日本の主食をさす単語はすでに十分にあるところへ,追加的に英語の「ライス」が借用されている事態を見れば,「名前が必要だから」という説がすべてでないことはすぐに分かる.洋食屋では「ご飯」ではなく「ライス」と呼ぶのがふさわしいという理由で借用語が用いられるのである(図の右中).
他にどんな理由があるだろうか.この図に付け加えてみて欲しい.
英語史や言語学の入門書で 借用 ( borrowing ) が取り上げられるときに,セレモニーのように繰り返される但し書きがある:「言語における借用は一般のモノの借用とは異なり,借りた後に返す必要はない.だが,借用という概念は理解しやすいし,広く受け入れられているので,本書ではこの用語を使い続けることにする.」
もっともなことである.みな,確かにそうだとうなずくだろう.だが,一般のモノの借用と言語の借用の差異について,それ以上つっこんで議論されることはほとんどない.今回の記事では,この問題をもう少し掘り下げてみたい.
モノの借用と語の借用の違いを挙げてみよう.
(1) モノを借りるときにはたいてい許可を求めるが,語を借りるときには許可を求めない.好きなものを好きなだけ好きなときに勝手に「借りる」ことができる.
(2) モノの場合,貸し手は貸したという認識があるが,語の場合,貸し手は貸したという認識がない.
(3) モノを貸したらそれは貸し手の手元からなくなるが,語を貸したとしても,依然としてそれは貸し手の手元に残っている.つまり,語の場合には移動ではなくコピーが起こっている.
(4) 貸し手は(2)(3)のとおり,貸した後に喪失感がない.なので,借り手は特に返す必要もない.たとえ返したところで,貸し手の手元には同じものがすでにあるのだ.一方,モノの場合には,貸し手には喪失感が生じるかもしれない.
上記のポイントは,言語の性質を論じる上で重要な点である.他言語から語を借用するという過程は,誰にも迷惑をかけずに,しかもノーコストで自言語に新たな項目を付加するという過程である.語の借用過程の本質が移動ではなくコピーであることが,これを可能にしている.移動の場合には,その前後でモノの量は不変だが,コピーの場合には,その前後でモノの量が一つ増える.
物質世界では,他を変化させずに1を2にすることは不可能である.もし2になったとしたら,必ずよそから1を奪っているはずである.それに対して,言語世界ではいとも簡単に1を2にすることができる.その際,誰にも喪失感はなく,常に純増である.
このことは,言語が,あるいは言語をつかさどる人の精神が,無限の可能性を秘めていることを示唆しているのではないだろうか.
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