hellog〜英語史ブログ

#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因[sociolinguistics][geolinguistics][lingua_franca][language_planning][hebrew]

2014-03-20

 「#1521. 媒介言語と群生言語」 ([2013-06-26-1]) の記事で,カルヴェによる言語の群生 (grégaire) 機能と媒介 (vehiculaire) 機能について概観した.媒介的な機能がとりわけ卓越し,地理的に広範囲に lingua franca として用いられるようになった言語を,カルヴェは "langue véhiculaire" と呼んでおり,日本語では「超民族語」あるいは「乗もの言語」と訳出されている.カルヴェ (33) の定義に従えば,超民族語とは「地理的に隣接してはいても同じ言語を話していない,そういう言語共同体間の相互伝達のために利用されている言語」である.
 世界には,分布の広さなどに差はあれ,英語,フランス語,マンデカン語,ウォロフ語,スワヒリ語,ケチュア語,アラビア語,マライ語,エスペラント語など複数の超民族語が存在している.社会言語学および言語地理学の観点からは,それらがどのような状況と要因により発生し,勢力を伸ばしてきたのかが主たる関心事となる.超民族語を出現させる諸状況としては,当該社会の (1) 多言語状態と,(2) 地理的な軸に沿った勢力拡大,が挙げられる(カルヴェ,p. 101).そして,超民族語の発展に介入する諸要因として,カルヴェ (82--101) は7つを挙げている.私自身のコメントを加えながら,説明する.

 (1) 地理的要因.この要因は,「ある言語の勢力拡大の原因にはならないが,その拡大の形態,つまりどの方向に広まって行くかを決定する.一定空間に地歩を得るような言語は自然の道に従い,自然の障害を避けてゆくものだ」(84) .ただし,地政学的な条件が,より積極的に超民族語の発展に貢献すると考えられる場合もなしではない(cf. 「#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学」 ([2011-11-10-1])).
 (2) 経済的要因.「商業上の結び付きができると,伝達手段として何らかの言語が登場することになるわけだが,どのような言語が超民族語になる機会にもっとも恵まれているかは,経済的状況(生産地帯の位置,銀行家の居住地,商取引のタイプ,など)と地理的状況(隊商の通り道や川沿いや港では,何語が話されているか)の関係如何できまる」 (85) .
 (3) 政治的要因.例えば,インドネシアで,1928年,自然発生的に超民族語としてすでに機能していたマライ語を,国語の地位に昇格させることがインドネシア国民党により決定された.この政治的決定は,将来にむけてマライ語が超民族語としてさらに成長してゆくことを約束した.しかし,この例が示すように,「政治的選択だけをもってしたのではある言語に,国語となるために必要な超民族語という地位を与えることはできない.政治的要因が,それ単独で効力を発揮することはありえないのである.すでに他の要因によってもたらされた地位をさらに強化するとか,そういう他の要因と協力して働くことしかできないのだ」 (90) .関連して,カルヴェによる政治的介入への慎重論については,「#1518. 言語政策」 ([2013-06-23-1]) を参照.
 (4) 宗教的要因.中世ヨーロッパにおける宗教・学問の言語であるラテン語や,ユダヤの民の言語であるヘブライ語は,超民族語として機能してきた.しかし,社会での宗教の役割が減じてきている今日において,宗教的要因は「超民族語の出現において,もっとも重要度の低い要因」 (92) だろう.ただし,「教会には,今日もはや聖なる言語を伝え広める力はないけれども,しかしその言語政策は,言語の成り行きにかなりの影響を及ぼすことがある」 (93) .「#1546. 言語の分布と宗教の分布」 ([2013-07-21-1]) を参照.
 (5) 歴史的威信.言語がその話者共同体の過ぎ去りし栄華を喚起する場合がある.「過去に由来するこの威信は,神話の形で,勢力拡大の要因を蘇らせ」る (94) .「威信は,人々の頭のなかにある「歴史」から生まれ,日ごとに形作られる「歴史」のなかで段々と大きくなっていく」 (95) .
 (6) 都市要因.都市には様々な言語の話者が混住しており,超民族語の必要が感じられやすい環境である.「都市は,すでに超民族的な役割を果たしている言語の,その超民族語としての地位をさらに強化したり,他の超民族的形態の出現に道を開いたりする」 (97) .
 (7) 言語的要因? カルヴェは,言語的要因が超民族語の出現に関わり得る可能性については否定的な見解を示しているが,妥当な態度だろう.言語的要因によりある言語が超民族語になるのではないということは,世界語化しつつある英語の事例を取り上げながら,「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]) や「#1082. なぜ英語は世界語となったか (1)」 ([2012-04-13-1]) で,私も繰り返し論じていることである.

 カルヴェ (100--01) は,締めくくりとして次のように述べている.

生まれながらの超民族語なるものは存在しない,と結論せざるをえない.その内的構造を根拠にして,超民族語に適しているといえる言語など存在しないということだ.すなわち,存在しているのは,超民族語の出現とか,ある言語の超民族語への格上げとかを必要とする状況なのである.そしてこの超民族的機能を果たす何らかの言語が出現するかどうかは,先ほど示したさまざまな要因が互いに重なりあって一つになるかどうかにかかっているのだ.


 注目すべきは,上記の要因の多くが,「#1543. 言語の地理学」 ([2013-07-18-1]) の記事の下部に掲載した「エスニーの一般的特徴」の図に組み込まれているものである.超民族語の発展の問題は,言語地理学で扱われるべき最たる問題だということがわかるだろう.

 ・ ルイ=ジャン・カルヴェ 著,林 正寛 訳 『超民族語』 白水社〈文庫クセジュ〉,1996年.

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