「V字型の刻み目,切込み」を意味する notch が,不定冠詞に関わる異分析 (metanalysis) の結果の形態であるという記事を読んだ.9 Words Formed by Mistakes: When false division gives us real words の記事によると,notch が異分析という勘違いによって生じた語の1つとして紹介されている(その他の例として apron, ingot, nickname, umpire, orange, aught, newt, adder が挙げられている).
この記事では,本来の (an) ickname が (a) nickname として誤って分析され,新しく nickname という語幹が取り出されたのと同様に,古フランス語から借用された oche についても,(an) oche から (a) noche が取り出されたものとして説明されている.
なるほどと思い OED の notch, n. で確認してみたが,上の記事の説明とは少々様子が異なる.確かに古フランス語やアングロノルマン語に oche なる形態はあったようだが,すでに14世紀初頭にアングロノルマン語において noche なる異形態が確認されているというのだ.英語での notch の初出は1555年であり,英語において不定冠詞の関わる異分析が生じたとするよりは,アングロノルマン語においてすでに n が語頭添加された形態が,そのまま英語に借用されたとするほうが素直ではないか,というのが OED のスタンスと読み取れる.語源欄には次のようにある.
Apparently < Anglo-Norman noche (early 14th cent.), variant of Anglo-Norman and Middle French osche notch, hole in an object (1170 in Old French), oche incised mark used to keep a record (13th cent.; French hoche nick, small notch; further etymology uncertain and disputed: see below), with attraction of n from the indefinite article in French (compare NOMBRIL n.).
これによると,n の語頭添加は確かに不定冠詞の関わる異分析の結果ではあるが,英語での異分析ではなくフランス語での異分析だということになる.しかし,英語の an/a という異形態ペアに相当するものが,アングロノルマン語にあるとは聞いたことがなかったので少々頭をひねった.そこで Anglo-Norman Dictionary の NOTCH1 に当たってみると,次の解説があった.
The nasal at the beginning of the word is believed to be the result of a lexicalized contraction of the n from the indefinite article: une oche became une noche. This nasalized form is not found in Continental French and, according to the OED, only appears in English from the second half of the sixteenth century (as notche).
どうやら英語の an/a と厳密な意味で平行的な異分析というわけではないようだ.不定冠詞の n が長化して後続の語幹の頭に持ち越された,と表現するほうが適切かもしれない.しかも,この解説自体が OED を参照していることもあり,これは1つの仮説としてとらえておくのがよいかもしれない.
参考までに,OED からの引用の末尾にある通り,nombril という語の n も,英語ではなくフランス語における不定冠詞の関わる異分析の結果として説明されている.
正式な I wish you a merry Christmas! という挨拶を省略すると Merry Christmas! となり,I wish you a good morning. を省略すると Good morning! となる.身近すぎて気に留めることもないかもしれないが,挨拶のような決り文句 (formula) を名詞句へ省略する場合には,冠詞を切り落とすことが多い.前置詞句などを伴うケースで A merry Christmas to you! のように冠詞が残ることもあり,水を漏らさぬルールではないものの,決り文句性が高ければ高いほど冠詞まで含めて省略されるようだ.感嘆句的な Charming couple!, Dirty place!, Excellent meal!, Poor thing!, Good idea!, Lovely evening! とも通じ合うし,その他 Cigarette?, Good flight?, Next slide? などの疑問句にも通じる冠詞の省略といえる.代表的な決り文句を,Quirk et al (§11.54) より一覧しよう.
GREETINGS: Good morning, Good afternoon, Good evening <all formal>; Hello; Hi <familiar>
FAREWELLS: Goodbye, Good night, All the best <informal>, Cheers, Cheerio <BrE, familiar>, See you <familiar>, Bye(-bye) <familiar>, So long <familiar>
INTRODUCTIONS: How do you do? <formal>, How are you?, Glad to meet you, Hi <familiar>
REACTION SIGNALS:
(a) assent, agreement: Yes, Yeah /je/; All right, OK <informal>, Certainly, Absolutely, Right, Exactly, Quite <BrE>, Sure <esp AmE>
(b) denial, disagreement: No, Certainly not, Definitely not, Not at all, Not likely
THANKS: Thank you (very much), Thanks (very much), Many thanks, Ta <BrE slang>, Thanks a lot, Cheers <familiar BrE>
TOASTS: Good health <formal>, Your good health <formal>, Cheers <familiar>, Here's to you, Here's to the future, Here's to your new job
SEASONAL GREETINGS: Merry Christmas, Happy New Year, Happy Birthday, Many happy returns (of your birthday), Happy Anniversary
ALARM CALLS: Help! Fire!
WARNINGS: Mind, (Be) careful!, Watch out!, Watch it! <familiar>
APOLOGIES: (I'm) sorry, (I beg your) pardon <formal>, My mistake
RESPONSES TO APOLOGIES: That's OK <informal>, Don't mention it, Not matter <formal>, Never mind, No hard feelings <informal>
CONGRATULATIONS: Congratulations, Well done, Right on <AmE slang>
EXPRESSIONS OF ANGER OR DISMISSAL (familiar; graded in order from expressions of dismissal to taboo curses): Beat it <esp AmE>, Get lost, Blast you <BrE>, Damn you, Go to hell, Bugger off <BrE>, Fuck off, Fuck you
EXPLETIVES (familiar; likewise graded in order of increasing strength): My Gosh, (By) Golly, (Good) Heavens, Doggone (it) <AmE>, Darn (it), Heck, Blast (it) <BrE>, Good Lord, (Good) God, Christ Almighty, Oh hell, Damn (it), Bugger (it) <esp BrE>, Shit, Fuck (it)
MISCELLANEOUS EXCLAMATIONS: Shame <familiar>, Encore, Hear, hear, Over my dead body <familiar>, Nothing doing <informal>, Big deal <familiar, ironic>, Oh dear, Goal, Checkmate
決り文句の多くは何らかの統語的省略を経たものであり,それだけでも不規則と言い得るが,加えて様々な統語的制約が課されるという特徴もある.例えば,過去形にすることはできない,主語を別の人称に変えることはできない,間接疑問に埋め込むことができない等々の性質をもつものが多い.ただし,決り文句性というのも程度問題で,(A) happy new year! のように,不定冠詞の有無などに関して variation を残すものもあるだろうと考えている.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
英語で最も頻度の高い語は,定冠詞 the である.「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) のどの頻度表をみても,圧倒的な1位である.ところが,これほど重要な語でありながら「語彙的な意味」はない.あるのは「文法的な機能」のみである.the は,一般には特定のものや既知のものを指示する役割を担っているとされ,文法的であると同時に談話的・語用的な語でもある.
一般に定冠詞に対置されるのは不定冠詞 a(n) や無冠詞の用法だが,これらの間の使い分けが難しいことはつとに知られている.規則でくくることができず,常に例外が存在する.また,同じ英語でも変種間で使い分けが異なる.「ギターを弾く」は play the guitar なのか play guitar なのか.「入院して」は in hospital なのか in the hospital なのか.
変種間(そして話者個人間)で異なるのは,使い方にとどまらない.発音も [ðə], [ði], [ðiː] などと変異する.このような語がダントツの超高頻度語であるというのも,考えてみればたいへん困った話しである.
歴史についてはどうか.古英語や,その祖先であるゲルマン祖語,そして究極の先祖に当たる印欧祖語でも,冠詞に相当するものはなかった.英語の歴史をみても,(定・不定)冠詞という語類は,古英語期には存在せず,中英語期以降に発達してきた新参者である.古英語には this や that に相当する指示詞は存在しており,後に後者から派生する形で冠詞が生まれてきたという経緯がある.それが,近代英語以降には,なくてはならない中核的な語類へと登り詰めてきたわけだから,不思議な話だ.
the について注目した30分弱のラジオ番組を紹介しよう.BBC Radio 4's Word of Mouth: The Most Powerful Word である.英語史の専門家たちが,the の不思議と魅力を余すところなく語っている.番組の内容をまとめた記事も一読をお勧めしたい.英語史の観点からは,とりわけ後半の "Origins" の節が有用.
なお,本ブログでも the について様々に扱ってきた.是非##3831,154,156,2144,2855,2856,906,907,2236,4132の記事セットをどうぞ.
hellog ラジオ版の第18回は,なぜ <w> の綴りのない one が /wʌn/ と発音されるのですか,という素朴な疑問です.英語の綴字と発音の関係はメチャクチャと言われますが,one ほどの基本語でそれが観察されるということは,やはりただ事ではありません.しかも,古今東西 <w> の文字なくして /w/ で発音される単語など他に思いつきません.ちょっとひどすぎる単語ということになります.では,その歴史的背景を覗いてみましょう.
<one> = /wʌn/ は,いくら現代的な観点から共時的に迫っても解決しません.中英語の方言発音とその後のスペリングの標準化の過程に由来する,すぐれて歴史的な問題だからです.言語はこのように,まずもって歴史的な存在なのです.
言語は確かに体系としての側面があります.だからこそ,現代の理論言語学が成り立っているのです.しかし,それがすべてではありません.言語特徴のなかには,前世代から受け継がれ,必ずしも現代的に再編された体系には適応せず,旧来のまま残っているものもあります.一方,現代の言語には,次の世代を見据えて先取りした新しい言語特徴も部分的に反映されています.言語は,世代ごとにゆっくりとバトンリレーを繰り返していく通時的な存在なのです.
本来の /aːn/ が,one とその関連語において歴史の過程で環境に応じて /oʊn/, /wʌn/, /ən/, /ə/ などに発展し,それらが現在も姉妹形として共存しているのです.
そこには半分音声学的な理屈がありますが,もう半分は歴史の戯れです.理屈で説明できるところはしっかり説明し,そうでないところは歴史の戯れとして受け入れる.言語はそれくらいの緩さを示すものなのだと思います.
この問題と関連して,##86,89,3573,831,2723,3551の記事セットをご覧ください
hellog ラジオ版の第17回は,定冠詞 the の発音に関する話題です.一般に the の後に母音が続く場合には [ði ˈæpl] のように発音され,[ðə ˈæpl] とは発音されない,と習います.これは発音のしやすさということで説明されることが多いのですが,若干の疑問が生じます.後者は本当に発音しにくいのでしょうか.私としては特に問題ないように思われるのですが・・・.実際,調べてみると現代の英語母語話者でも [ðə ˈæpl] と発音するケースが珍しくないのです.
では,なぜ [ði ˈæpl] が規範的な発音とされているのでしょうか.以下,私の仮説も含めた解説をお聴きください.
自然の流れに任せていれば,初期近代英語期にごく普通だった th'apple, th'orange などの elision 発音が受け継がれていただろうと想像されますが,後に規範主義的な言語観のもとで the apple (しかもその発音は単語の境目がことさら明確になるように [ði ˈæpl])が「正式な形」として「人為的に復元された」のではないかと疑っています.発音にせよ何にせよ,一度自然の発達で簡略化・省略化されたものが,再びもとの複雑かつ長い形に戻るというのは,常識では考えにくいからです.そこには規範的,教育的,人為的等々と呼びうる非自然的な力が働いたと思われます.ただし,上記はあくまで仮説です.参考までに.
この問題と関連して,##906,907,2236の記事セットを是非お読みください.
hellog ラジオ版の第12回は,1つの公式として学習することの多い標題の構文について.
・ The longer you work, the more you will earn. (長く働けば働くほど,多くのお金を稼げます.)
・ The older we grow, the weaker our memory becomes. (年をとればとるほど,記憶力は衰えます.)
・ The sooner, the better. (早ければ早いほどよい.)
この構文では,比較級を用いた節が2つ並列されるので「?すればするほど?」という意味になることは何となく分かる気がするのですが,なぜ定冠詞 the が出てくるのかしょうか.この the の役割はいったい何なのでしょうか.今回は,その謎解きをしていきます.
実は驚くほど歴史の古い構文なのですね.しかも,the が副詞 (adverb) として機能しているとは! 考え方としては,when . . . then, if . . . then, although . . . yet, as . . . so のような相関構文と同列に扱えばよいということになります.
この問題について詳しく理解したい方は,##812,811の記事セットをご覧ください.
英語史の授業にて尋ねられた質問.まさに直球.答えるのが難しい.
まず英語史的にいえることは,古英語や中英語では,現代的な使い方での「冠詞」 (article) は未発達だったということです.the や a(n) という素材そのものは古英語からあったのですが,それぞれ現代風の定冠詞や不定冠詞としては用いられていませんでした.つまり,古英語にも the や a(n) という単語のご先祖様は確かにいたけれども,当時はまだ名詞に添えるべき必須の項目というステータスは獲得していなかったということです.
ということは,日々私たちが使い分けに苦労している現代英語の「冠詞」という項目は,英語の歴史の歩みのなかで,徐々に獲得されてきたものということになります.冠詞は英語の歴史の最初からあったわけではない.まず,この事実を押さえておく必要があります.
冠詞なるものが歴史のなかで獲得されてきたというのは,なにも英語に限りません.そもそも英語を含めたヨーロッパからインドに及ぶ多くの言語のルーツである印欧祖語には冠詞はありませんでした.しかし,印欧語族に属する古典ギリシア語,アルメニア語,アイルランド語という個別の言語をはじめ,ロマンス語派,ゲルマン語派,ケルト語派の諸言語やバルカン言語連合でも冠詞がみられることから,いずれも歴史の過程で冠詞を発達させてきたことがわかります(「#2855. 世界の諸言語における冠詞の分布 (1)」 ([2017-02-19-1]) を参照).
また,印欧語族から離れて世界の諸言語に目を向けてみても,冠詞という言語項目は世界各地に確認されます(全体としては少数派ではありますが).ただし,地理的にはヨーロッパ,アフリカ,南西太平洋などにある程度偏在しているようで,類型論や地理言語学の立場からは興味深い話題となっています.
さて,英語に話しを戻しましょう.古英語にも冠詞の種となるものはあったにせよ,なぜその後それが現代風の冠詞的な機能を発達させることになったのでしょうか.1つには,英語が中英語以降に語順を固定化させてきたという事実が関係しているように思われます.「#2856. 世界の諸言語における冠詞の分布 (2)」 ([2017-02-20-1]) でも述べたように「語順が厳しく定まっている言語では一般的に名詞的要素の置き場所を利用して定・不定を標示するのが難しいために,冠詞という手段が採用されやすいという事情がある」のではないかと考えられます.
定・不定とは,その表現の指しているものが文脈上話し手や聞き手にとって既知か未知か,特定されるかされないかといった区別のことです.談話の典型的なパターンは,定の要素をアンカーとし,それに不定の要素を引っかけながら新情報を導入していくというものですが,このような情報の流れは情報構造 (information_structure) と呼ばれます.言語は情報構造を標示するための手段をもっていると考えられますが,語順や冠詞もそのような手段の候補となります.語順が自由であれば,定の要素を先頭にもってきたり,不定の要素を後置するなどの方法を利用できるでしょう(cf. 「#3211. 統語と談話構造」 ([2018-02-10-1])).しかし,語順の自由度が低くなると別の手段に訴える必要が生じてきます.英語は中英語期にかけて語順の自由度を失っていった結果,情報構造を標示するための新たな道具として,素材として手近にあった the や a(n) などを利用したのではないかと考えられます.
ただし,これも1つの仮説にすぎません.標題の質問にズバリ答えているわけではなく,我ながらもどかしいところです.
冠詞の発生に関する統語理論上の扱いは,「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) を参照してください.関連して,英語史における語順の固定化について「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]),「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]),「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1]) をご覧ください.
近代英語期にはゆっくりと英語の標準化 (standardisation) が目指されたが,標準化とは Haugen によれば "maximum variation in function" かつ "minimum variation in form" のことである(「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1])).後者は端的にいえば,1つの単語につき1つの形式(発音・綴字)が対応しているべきであり,複数の異形態 (allomorphs) が対応していることは望ましくないという立場である.
標題の機能語のペアは,n をもつ形態が語源的ではあるが,中英語では n を脱落させた異形態も普通に用いられており,特に韻文などでは音韻や韻律の都合で便利に使い分けされる「役に立つ変異」だった.形態的に一本化するよりも,音韻的な都合のために多様な選択肢を残しておくのをよしとする言語設計だったとでも言おうか.
ところが,初期近代英語期に英語の標準化が進んでくると,それ以前とは逆に,音韻的自由を犠牲にして形態的統一を重視する言語設計が頭をもたげてくる.標題の各語は,n の有無の間で自由に揺れることを許されなくなり,いずれかの形態が標準として採用されなければならなくなったのである.n のある形態かない形態か,いずれが選ばれるかは語によって異なっていたが,不定冠詞や1人称所有代名詞のように,用いられる分布が音韻的,文法的に明確に規定されさえすれば両形態が共存することもありえた.このような個々の語の振る舞いの違いこそあれ,基本的な思想としては,自由変異としての異形態の存在を許さず,それぞれの形態に1つの決まった役割を与えるということとなった.
a や my では n のない形態が選ばれ,in や on では n のある形態が選ばれたという違いは,音韻的には説明をつけるのが難しいが,標準化による異形態の整理というより大きな言語設計の観点からは,表面的な違いにすぎないということになるだろう.この鋭い観点を提示した Schlüter (29) より,関連箇所を引用しよう.
Possibly as part of this standardization process, the phonological makeup of many high-frequency words stabilized in one way or the other. While Middle English had been an era characterized by an unprecedented flexibility in terms of the presence or absence of variable segments, Early Modern English had lost these options. A word-final <e> was no longer pronounceable as [ə]; vowel-final and consonant-final forms of the possessives my/mine, thy/thine, and of the negative no/none were increasingly limited to determiner vs. pronoun function, respectively; formerly omissible final consonants of the prepositions of, on, and in became obligatory, and the distribution of final /n/ in verbs was eventually settled (e.g. infinitive see vs. past participle seen). In ME times, this kind of variability had been exploited to optimize syllable contact at word boundaries by avoiding hiatuses and consonant clusters (e.g. my leg but min arm, i þe hous but in an hous, to see me but to seen it). The increasing fixation of word forms in Early Modern English came at the expense of phonotactic adaptability, but reduced the amount of allomorphy; in other words, phonological constraints were increasingly outweighed by morphological ones . . . .
標題の語の n の脱落した異形態については「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1]),「#3030. on foot から afoot への文法化と重層化」 ([2017-08-13-1]) などを参照.定冠詞の話題だが,「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) の問題とも関連しそうな気がする.
・ Schlüter, Julia. "Phonology." Chapter 3 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 27--46.
「#3480. 膠着と滲出」 ([2018-11-14-1]) で,burger の「滲出」の例をみた.「滲出」を形態論上の問題として論じた Jespersen (384) は,次のように定義している.
By secretion I understand the phenomenon that one integral portion of a word comes to acquire a grammatical signification which it had not at first, and is then felt as something added to the word itself. Secretion thus is a consequence of a 'metanalysis' . . .; it shows its full force when the element thus secreted comes to be added to other words not originally possessing this element.
Jespersen は「滲出」の例として文法的なケースを念頭においていたようで,理解するのは意外と難しい.「滲出」の "a clear instance" として,所有代名詞 mine から n が滲出したケースを挙げているので,それを以下に解説する.
古英語では min, þin の n は語の一部であり,それ自体は特に有意味な単位ではなかった.しかし,中英語になると,後続音との関係で n の脱落する例が現われてきた.つまり,子音の前位置では n が保たれたものの,母音の前位置で n が消失する事例が増えてきた.一方,単独で「?のもの」を意味する所有代名詞として用いられる場合には,語源的な n は消えずに mine, thine などとして存続した.この段階になって,純粋に音韻的だった対立が機能的な対立へと転化され,現代的な my と mine, thy と thine の使い分けが発達することになった(関連して,不定冠詞 a と an の分化を扱った「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]) も参照).
さて,my, thy は上記の通り,歴史的には mine, thine の語の一部である n が脱落した結果の形ではあるが,my, thy がデフォルトの所有格と理解されるに及び,むしろそれに n を付加したものが mine, thine であるととらえられるようになった.つまり,n がどこからともなく,ある種の機能を帯びた音韻・形態として切り取られることになったのである.いったんこのような「有意味な」 n が切り取られて独立すると,これが他の数・人称・性の代名詞の所有格にも付加され,新たな所有代名詞 hisn, hern, ourn, yourn, theirn (ただし現代では非標準的)が生み出されることになった.これらは,明らかに n が「滲出」した証拠と理解することができる.
これらの -n を語尾にもつ所有代名詞については,「#2734. 所有代名詞 hers, his, ours, yours, theirs の -s」 ([2016-10-21-1]),「#2737. 現代イギリス英語における所有代名詞 hern の方言分布」 ([2016-10-24-1]) を参照.
・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.
ゲルマン祖語が紀元前3世紀頃に西,北,東のグループへ分裂していく際に,それぞれ独自の言語変化が生じた.結果として,起源を同じくする言語項の間に,ある種の対応関係が見いだされることになった.Algeo and Pyles (82--83) にしたがって,主要な変化と対応関係を6点挙げよう.
(1) ゲルマン祖語ではいくつかの名詞の主格単数形は *-az で終わっていた (ex. *wulfaz 「狼」) .この語尾は西ゲルマン語群では失われ (Old English wulf),北ゲルマン語群では -r となり (Old Icelandic ulfr),東ゲルマン語群では -s となった (Gothic wolfs) .
(2) ゲルマン祖語では動詞の2・3単現形がそれぞれ区別されていた.西・東ゲルマン語群では区別され続け,OE では bindest (you bind), bindeþ (he/she/it binds) となり,Go では bindis, bindiþ のごどくだったが,北ゲルマン語群では2単現形の -r が3単現形をも呑み込み,ともに bindr となった.
(3) 北ゲルマン語群では定冠詞が名詞に後続するようになった (ex. ulfrinn (the wolf)) が,西・東ゲルマン語ではそのような変化は起こらなかった.
(4) Verner's Law の出力としての *z は,西・北ゲルマン語群では r となった (= rhotacism) が,東ゲルマン語群では s となった.例として,OE ēare (ear), OIc eyra, Go auso.
(5) 西・北ゲルマン語群では i-mutation が生じて,例えば OE mann (man) に対してその複数形 menn (men) となったが,Go では単数形 mannan に対して複数形 mannans となり母音変化を反映していない.
(6) 西ゲルマン語群では Verner's Law の出力としての *ð は d となったが,北・東ゲルマン語群では摩擦音にとどまった.例として,OE fæder (father) に対して,OIc faðir, Go faðar (ただし綴字は fadar).
・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.
Bennett and Smithers 版で Ancrene Wisse の一部を読んでいたときに,この表現に出会った.A. 147--48 に,次のようにある.
Lokið nu ȝeorne, for his deorewurðe luue, hwuch a mearke he leide upon his icorene þa he steah to heouene
hwuch a mearke 以下の部分はいわゆる間接疑問節を導く which だが,直後に不定冠詞が現われるということは,感嘆の含意もいくらか含んでいるということだろうか.もしそうだとすると,現代英語では感嘆は what a ? となるのが普通なので,かつては which a ? なる形式もあったということになる.
そこで調べてみると,古英語と中英語には "exclamatory which" なる用法があったとのことだ.Mustanoja (186) の解説を引こう.
EXCLAMATORY 'WHICH
.' --- The original meaning of the pronoun, 'of what kind,' is also reflected in its dependent exclamatory use found in OE and ME (it is often separated from the governing noun by a)] --- ah loke wulche wæstres . . . Whulche wurþliche wude, Whulche wilde deores (Lawman A 11770--73); --- whiche lordes beth þis shrewes! (PPl. B x 27); --- lo which a wyf was Alceste (Ch. CT F Fkl. 1442); --- and whiche eyen my lady hadde! (Ch. BD 859); --- he seide, 'O whiche sorwes glade, O which wofull prosperite Belongeth to the proprete Of love!' (Gower CA iv 1212--13). In late ME which is superseded in this function by what.
MED の which (adj.) の語義7にも,この用法について次のように記述がある.
7. In exclamations, with emphatic force, indicating the striking or extraordinary character of the noun modified: what a remarkable, an excellent, or an impressive; what remarkable or fine:
さらに OED で which, pron. and adj. を調べてみると,この用法が語義5に,現代では廃用として挙げられている.例文は,古英語は Ælfred 訳の Boethius De Consol. Philos. からの例に始まり,中英語末期からの例に終わっている.
・ c888 Ælfred tr. Boethius De Consol. Philos. xvi. §2 Gif ge nu gesawan hwelce mus þæt wære hlaford ofer oðre mys,..mid hwelce hleahtre ge woldon bion astered.
. . . .
・ c1450 Jacob's Well (1900) 102 Lo, whiche a worschip sche hadde, & whiche a ioye.
感嘆節 which a ? は,古い英語で普通に見られたことが分かる.
・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
昨日の記事で,冠詞をもつ言語はそれほど多くないことを見た.だが,興味深いのは,地理的な分布がある程度偏りを示すことである.ヨーロッパ,アフリカ,南西太平洋に冠詞をもつ言語が多い.今回の記事では,山本の論文を参照しつつ,冠詞言語の地理的な偏在に焦点を当てたい.
英語における冠詞の発達は,「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) で取り上げたように,指示詞や数詞からの言語内的な文法化 (grammaticalisation) の結果と論じられている.冠詞をもつ他の言語でも同様の内的な発達としてとらることは可能である.しかし,上述のように地理的なまとまりが見られることから,山本 (139) は「地理的に言語連合を成して発達しやすいという側面の方が強いように思われる」と述べている.つまり,長期にわたる言語接触により形成される言語圏 (linguistic_area) の考え方が背景にある.
ある言語圏内で共有される言語項の可能性は,発音様式から統語構造に至るまで様々だが,基本語順もその可能性の1つである.昨日の記事でも触れたように,冠詞は動詞初頭語順をもつ言語にしばしば見受けられるが,この語順は世界の諸言語のなかでは1割ほどしかみられず,しかも分布がやはり偏っているのである.例えば,島嶼ケルト語派,ヘブル語,アラビア語,オーストロネシア諸語などが動詞初頭語順をもち,かつ冠詞をもつ言語群である.
では,この2つの言語的特徴に何らかの接点はあるのだろうか.山本 (139) は次のように論じている.
スラブ諸語や中国語等に典型的に見られるように,一般に,文頭というのは,しばしば題目ないし定の情報が占め,情報の提示において最も基本的な位置と考えられる.しかし,動詞初頭言語の場合は,この位置を名詞的要素でなく動詞が占めて,名詞の定・不定を表現するのに文頭位置を利用し難いために,名詞的要素に冠詞を付して定・不定の区別等を示す必要性が,比較的高くなっていると考えられる.
これと関連して,動詞初頭語順をもつ言語ならずとも,語順が厳しく定まっている言語では一般的に名詞的要素の置き場所を利用して定・不定を標示するのが難しいために,冠詞という手段が採用されやすいという事情があるかもしれない.
さらに,「象は鼻が長い」のような「題目――評言」型の「題目卓越型言語」と,「象の鼻が長い」のような「主語――述部」型の「主語卓越型言語」との類型的な区別を考えるならば,前者では定の情報は題目において表わされるので,冠詞のような,それ以外に特別な定標示の手段は不要であるが,後者では冠詞のような明示的な手段が要求されやすい,という事情もありそうだ.こうした観点から評価すると,英語は確かに (1) 主語卓越型であり,(2) 厳しい語順の制約をもつ言語であるから,冠詞という言語形式とは相性がよいことになる.
上で述べてきたことは,冠詞をもつ言語内的な動機づけでもあり,かつ言語圏という考え方に基づいた言語外的な動機づけでもある.冠詞の分布は,おそらくこれらの言語内外の要因が互いに絡み合って,ある程度の偏りを示すのだろう.
・ 山本 秀樹 「言語にとって冠詞とは何か」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.136--41頁.(2003年10月号より再録.)
英語学習において冠詞ほど習得の難しい項目はないと言われる.確かに,どのような場合に冠詞が必要あるいは不要かを的確に判断することは困難である.母語たる日本語に冠詞という語類がないだけに,類推が利かないという事情もある.冠詞とは何なのかという問題は英語学で盛んに考察されてきたし,冠詞の発達についても英語史でしばしば論じられてきたが,いまだに問題は残っている(「#154. 古英語の決定詞 se の屈折」 ([2009-09-28-1]),「#156. 古英語の se の品詞は何か」 ([2009-09-30-1]),「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) などの記事を参照).
山本 (136--39) によれば,世界の諸言語を見渡すと,冠詞という言語形式はそれほど広く見られるわけでもない.まずは印欧語族を覗いてみよう.もともと印欧祖語には冠詞は見られず,紀元前の印欧諸語にも,古典ギリシア語で定冠詞が発達したのを除けば,冠詞は存在しなかった.紀元5世紀以降になるとアルメニア語やアイルランド語に冠詞が現われ,さらに後にロマンス語派,ゲルマン語派,島嶼ケルト語派,バルカン言語連合でも冠詞が発達した(バルカン言語連合では後置定冠詞が発達したことについては「#1314. 言語圏」 ([2012-12-01-1]) を参照).アジアの印欧諸語では,ベンガル語,アッサム語,オリヤ語,シンハラ語などで接尾辞化した冠詞が見られる程度である.
印欧語族の外を見渡すと,ユーラシア大陸において,セム系のヘブル語,アラビア語,アラム語や,その他ハンガリー語,モルドビン語,バスク語,一部のコーカサス諸語にもみられるが,地理的には限定されている.一方,アフリカ大陸では,定冠詞をもつ言語ともたない言語が入り交じっているが,全体としては冠詞がよく現われる地域といえる.オセアニア地域では,オーストラリア諸語やパプア諸語には冠詞がないが,オーストロネシア諸語には,冠詞をもつ言語群が,主として動詞初頭語順が支配的な地域において確認される.台湾,フィリピン,ミクロネシア,ソロモン諸島,ニューカレドニア島,フィジー諸島,ポリネシアなどの言語だ.ほかに,やはり動詞初頭語順をもつマダガスカル島のマラガシ語にも冠詞がある.アメリカ大陸に目を向けると,冠詞をもつ言語は比較的少ないが,北太平洋沿岸のセイリッシュ諸語,中米のシエラ・ポポルカ語,マヤ諸語やオトミ諸語の一部などに見られる.
以上のように言語名を挙げていくと,冠詞をもつ言語が多いように錯覚するかもしれないが,数千ある言語のなかでは小さな部分集合をなすにすぎない.英語や主要なヨーロッパ諸語にあるからといって,決して普遍的な言語形式ではないということ銘記しておきたい.
・ 山本 秀樹 「言語にとって冠詞とは何か」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.136--41頁.(2003年10月号より再録.)
中英語では,もともと強勢をもたない前置詞 on がさらに弱化して語尾の n を落とし,o や a として現われる例が少なくない.これは,an/a, mine/my, none/no という機能語のほか,内容語でも maiden/maid, lenten/Lent, open/ope, even/eve (see 「#2708. morn, morning, morrow, tomorrow」 ([2016-09-25-1])) などにみられる変異とも同列に扱うことができそうだ.機能語のペアについては,後続語の語頭が子音で始まれば n が残り,母音や h で始まれば n が脱落する傾向のあったことが知られているが,on の場合にも中英語でおそらく似たような分布があったのではないかと踏んでいる.だが,前置詞 on について他例と異なるのは,現代標準英語では通例 n を保持した完全形しか認められていないということである.
on から n を脱落させた形態は,Swift からの Why did you not set out a Monday? の例のように近代英語にも見られ,長らく一般的だったようだ.in についても,16--17世紀に特に定冠詞の前での i' が頻用され,i'th' のように現われたが,その後は北部方言や詩における用例を除いて衰退した.n 脱落形が存続せず n が一律に「復活」したのは,Jespersen (32) によれば,"due to analogy assisted by the spelling and school-teaching" とのことである.私もこの説明は正しいだろうと思っている.
標準英語には o や a の形態は伝えられなかったと述べたが,実は接頭辞としては多くの形容詞,副詞,前置詞などに痕跡をとどめている.abed, aboard, about, above, afoot, again, ajar, alive, amid, apace, around, ashore, asleep, away, awry など多数挙げられるほか,a- 接頭辞は現代でも生産性を有しており,かなり自由に新語を形成することができる (see 「#2706. 接辞の生産性」 ([2016-09-23-1])) .
また,twice a day などの a は共時的には不定冠詞の1つの用法ととらえられているが,歴史的にはまさに on から n が脱落した形態である.
なお,o'clock の o' は on ではなく of の縮約形である.a cuppa tea (< a cup of tea) も参照.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
9月8日付けで掲示板に標題に関する質問が寄せられた.一般には,不定冠詞のない裸の few は可算名詞について「ほとんどない」と否定的な含意をもって用いられ,不定冠詞付の a few は「少しある」と肯定的な意味を有するとされる.この理解が誤りというわけではないが,日本語になおして理解するよりも,英英辞典における定義を参考にすると理解が深まるように思われる.例えば OALD8 によれば,few は "used with plural nouns and a plural verb to mean 'not many'" とあり, a few は "used with plural nouns and a plural verb to mean 'a small number', 'some'" とある.つまり,few は many の否定・対義としての位置づけ,a few は some と同義としての位置づけである.ここから few が否定的に傾き,a few は肯定的に傾くという傾向が発するのだろうと考えられる.
歴史を遡ってみよう.few という語は,古英語より fēawa, fēawe, fēa などの形で,原則として複数形の形容詞として(また不定代名詞的にも)普通に用いられていた.当時の意味はまさしく many (多い; OE maniġ)の対義語としての「少ない」であり,現代英語の不定冠詞なしの few と同等である.
一方,a few に相当する表現については,古英語では不定冠詞は未発達だったために,そもそも確立していなかった.つまり,現代のような few と a few の対立はまだ存在していなかったのである.中英語に入り,不定冠詞が徐々に発達してくると,ようやく "a small number of" ほどの意味で a few が現われてくる.OED での初例は1297年の "1297 R. Gloucester's Chron. (1724) 18 Þe kyng with a fewe men hym~self flew at þe laste." が挙げられている.
問題は,なぜこのような意味上の区別が生じたかということである.裸の few については,古英語より many の対義語として,つまり "not many" としての位置づけが,以降,現在まで連綿と受け継がれたと考えればよいだろう.一方,a few については,不定冠詞の本来的な「(肯定的)存在」の含意が few に付け加えられたと考えられるのではないか.「#86. one の発音」 ([2009-07-22-1]) でみたように,不定冠詞 a(n) の起源は数詞の ān (one) である.そして,この語に否定辞 ne を付加して否定語を作ったものが,nān (< ne + ān) であり,これが none さらには no へと発達する.つまり,不定冠詞 a(n) は,数詞としての1を積極的に示すというよりは,否定の no に対置されるという点で,肯定や存在の含意が強い.
以上をまとめると,few そのものは many の否定として位置づけられ,もとより否定的な含意をもっているが,a の付加された a few は不定冠詞のもつ肯定・存在の含意を帯びることになった,ということではないか.同じことは,不可算名詞の量を表わす little と a little についても言える.前者は much の否定として,後者はそれに a が付くことで肯定的な含意をもつことになったと考えられる.
参考までに OED の few, adj. の第1語義の定義を挙げておきたい.
1. Not many; amounting to a small number. Often preceded by but, †full, so, too, very, †well.
Without prefixed word, few usually implies antithesis with 'many', while in a few, some few the antithesis is with 'none at all'. Cf. 'few, or perhaps none', 'a few, or perhaps many'.
現代英語で普通にみられる wh- 形の関係詞は,初期中英語に which として初出する.関係詞 which は,より一般的だった that と競合しながらも,14世紀辺りから分布を拡げ,15世紀には普通となった.「#2314. 従属接続詞を作る虚辞としての that」 ([2015-08-28-1]) で示唆したように,expletive that を伴う which that も現われ,Chaucer などでは普通にみられたし,expletive as を伴う which as も知られている (Mustanoja 197--98) .
注目すべきは,同じく中英語に生じた the which (that) である.この定冠詞 the を伴う関係詞は,初期中英語の北部方言で書かれた Cursor Mundi で初出する(Cursor Mundi では,実に70回ほど現われる).OED の which, pron. and adj. より,語義13からの例を引こう.
a1400 (a1325) Cursor Mundi (Gött.) l. 9434 þe first law was cald 'of kinde,' .. þe toþer has 'possitiue' to name, þe whilk lawe was for-bed Adam, Forto ete þat fruit.
その後,14世紀にかけて南部方言でも見られるようになり,普通頻度も増してきた.ただし,著者やテキストによっても頻度はまちまちであり,Chaucer では which に比べて1:9と格段に少ないが,Gower では非常によく現われる.15世紀の散文になると一般に the which は which よりもずっと頻度が高くなるが,Capgrave, Pecock, Fortescue は例外で,むしろ the which が一切現われない (Mustanoja 199) .
分布がまちまちであるという謎もさることながら,さらに謎めいているのは,その起源である.議論百出で,定説はない.一説によると,古仏語の liquels (現代仏語 lequel)と関係するという(この説は,「#1252. Bailey and Maroldt による「フランス語の影響があり得る言語項目」」 ([2012-09-30-1]) のリストでも挙げた).古仏語からの翻訳テキストにおいてこの対応が見られることから,両者が無関係とは言えないが,初出が上記のように北部方言の非翻訳テキストであることから,フランス語が the which の直接の引き金となったとは考えにくい.フランス語は,英語で本来的に発達した表現の使用を後押しするほどの役割だったろう.
本来的に発達したとすると,古英語の seþe swa hwelc が起源の1候補に挙がる.この複合関係詞は,後期古英語の北部方言テキスト Lindisfarne Gospels に現われており,候補としてはふさわしいように思われる.一方,何人かの学者が支持しているのが,古英語あるいは初期近代英語の se þe のタイプの関係詞に起源をみる説で,この不変化詞 þe が which に置き換えられたのだという (Mustanoja 198) .
宇賀治 (253) によれば18世紀前半でほぼ消滅し,現在は事実上の廃用となっているが,OED での最も遅い例は,"1884 Tennyson Becket Prol. 20 He holp the King to break down our castles, for the which I hate him." となっている.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.
なぜ the apple が普通は [ði ˈæpl] と発音され,[ðə ˈæpl] となりにくいのか.この問題については,「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1]),「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) でいくつかの見解を紹介してきた.ある種の音便 (euphony),[i] 音の調音的・聴覚的な明確さ,規範教育の効果などが関与しているのではないかと述べてきたが,大名 (68--72) は母音の緊張・弛緩という観点から,この問題に迫っている.
英語の母音には,緊張 (tense) と弛緩 (lax) の対立がある.前舌高母音でいえば [i(ː)] が緊張母音,[ɪ] が弛緩母音だ.単語内で各々が生じうる環境は音韻論的におよそ決まっている.例えば無強勢音節の末尾においては happy [ˈhæpi] のように緊張母音が現われるのが普通だが,その後に音節が後続すると happily [ˈhæpɪli] のように弛緩母音が現われることが多い.場合によっては,弛緩母音 [ɪ] はさらに弛緩化し,[ə] に至ることもあれば,当該の母音が消失してしまうことすらある.
しかし,後ろに音節が続く場合でも,その音節が母音で始まる場合には,happier [ˈhæpiə] のように緊張母音が保たれるのが規則である.これは,緊張母音が調音的にも聴覚的にも明確であり,後続する母音と融合し脱落してしまうのを防ぐ働きをしているのだろう.緊張母音は,音節の区別を維持するのに役立つということだ.後続するのが母音か子音かで,緊張母音と弛緩母音が交替する状況は,create [kriˈeɪt] vs cremate [krɪˈmeɪt], react [riˈækt] vs relate [rɪˈleɪt], beatitude [biˈætitjuːd] vs believe [bɪˈliːv] などにも見られるとおりである.
the の緊張母音 [i] と弛緩母音 [ə] (or [ɪ]) の交替も,同じように考えることができる.母音が後続する場合には,the の音節の独立性を保つために緊張母音 [i] が採用され,the apple [ði ˈæpl] のようになる.子音が後続する場合には,the の母音が弛緩したとしても音節の独立性は保たれるため,緊張母音が必須とはならない.本来,定冠詞は無強勢であるから発音が弱まり,弛緩母音を伴って the grape [ðə greɪp] のようになるのは,自然の成り行きである.
・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
現代英語の不定冠詞 a(n) と冠詞 the は,歴史的にはそれぞれ古英語の数詞 (OE ān) と決定詞 (OE se) から発達したものである.現在では可算名詞の単数ではいずれかの付加が必須となっており,それ以外の名詞や複数形でも定・不定の文法カテゴリーを標示するものとして情報構造上重要な役割を担っているが,古英語や初期中英語ではいまだ任意の要素にすぎなかった.中英語以降,これが必須の文法項目となっていった(すなわち文法化 (grammaticalisation) していった)が,生成文法の立場からみると,冠詞の文法化は新たな DP (Determiner Phrase) という機能範疇の創発として捉えることができる.保坂 (16) を参照して,不定冠詞と定冠詞の構造変化を統語ツリーで表現すると次の通りとなる.
an にしても þe にしても,古英語では,名詞にいわば形容詞として任意に添えられて,より大きな NP (Noun Phrase) を作るだけの役割だったが,中英語になって全体が NP ではなく DP という機能範疇の構造として再解釈されるようになった.これを,DP の創発と呼ぶことができる.件の構造が DP と解釈されるということは,いまや a や the がその主要部となり,補部に名詞句を擁し,全体として定・不定の情報を示す文法機能を発達させたことを意味する.NP のように語彙的な意味を有する語彙範疇から,DP のように文法機能を担う機能範疇へ再解釈されたという点で,この構造変化は文法化の一種と見ることができる.
英語史において機能範疇の創発として説明できる統語変化は多数あり,保坂では次のような項目を機能範疇 DP, CP, IP への再分析の結果の例として取り扱っている.
・ 冠詞の構造変化
不定冠詞,定冠詞
・ 虚辞 there の構造変化
・ 所有格標識 -'s の構造変化
・ 接続詞の構造変化
now, when, while, after, that
・ 関係代名詞の構造変化
that, who
・ 再帰代名詞の構造変化
・ 助動詞 DO の構造変化
・ 法助動詞の構造変化
may, can ,will
・ to 不定詞の構造変化
不定詞標識の to, be going to, have to
・ 進行構文の構造変化
・ 完了構文の構造変化
・ 受動構文のの構造変化
・ 虚辞 it 構文の構造変化
連結詞 BE 構文,it 付き非人称構文
・ 保坂 道雄 『文法化する英語』 開拓社,2014年.
英語史には,ある変化A→Bが起きた後B→Aという変化によってまた元に戻る現象が見られることがあり,故中尾俊夫先生はしばしばそうした現象をマザーグースの一節になぞらえて「ヨークの殿様」 (Duke of York) と呼ばれた.ヨークの殿様は大勢の兵隊を一度山の上に上げて,それから下ろす.結果を見れば事情は何も変わっていない.しかし,一見無意味に見えるその行動にも何か理由があったはずで,「英語史にそのような変化が見られるときにはその背後にどんな意味があるのか考えなさい.大きな真実が隠れていることがある.」というのが中尾先生の教えであった.
定冠詞を伴う二重属格構造に関する論文の出だしで,宮前 (179) が以上のように述べている.英語史のなかの "Duke of York" の典型例は,「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) や「#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do」 ([2010-08-31-1]) でみた肯定平叙文での do 迂言法の発達と衰退である.16世紀に一度は発達しかけたが17世紀には衰退し,結局,定着するに至らなかった.ほかには,「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]) や「#1479. his 属格の衰退」 ([2013-05-15-1]) の例も挙げられる.
宮前が扱っている二重属格とは a knight of his や this hat of mine のような構造である.現代英語では *a his knight や *this my hat のように冠詞・指示詞と所有格代名詞を隣接させることができず,迂言的な二重属格構造がその代用として機能する.この構造の起源と成立については諸説あるが,a his knight という原型からスタートし,後期中英語に属格代名詞 his が後置され of とともに現われるようになったという説が有力である(宮前,p. 183).通常,古英語から中英語にかけての属格構造の発達では,属格代名詞が後置されるか of 迂言形に置換されるかのいずれかだったが,二重属格の場合には,その両方が起こってしまったということだ.
二重属格の発達は,14世紀半ばに a man of þair (a man of theirs) のタイプから始まり,名詞の所有者を示す an officer Of the prefectes へも広がった.100年後には,指示詞を伴う this stede of myne のタイプと定冠詞を伴う the fellys of Thomas Bettsons のタイプが現われた.しかし,この4者のうち最後の定冠詞を伴うもののみが衰退し,17世紀中に消えていった.
宮前は,この最後のタイプに関する "Duke of York" の現象を,Dという機能範疇の創発と確立によって一時的に可能となったものの,最終的には「意味的に定冠詞 the をもつ必然性がない」 (192) ために不可能となったものとして分析する.Dという機能範疇の創発と確立は,「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) で触れたように,属格とその代替構造の発達全体に有機的に関わる現象と考えられ,二重属格の発達もその大きな枠組みのなかで捉えるべきだという主張にもつながるだろう(cf. 「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1])). *
一方,定冠詞タイプの衰退について,宮前は意味的な必然性と説明しているが,これは構文の余剰性と言い換えてもよいかもしれない.your car と端的に表現できるところをわざわざ迂言的に the car of yours と表現する必要はない,という理屈だ(宮前,p. 193).
"Duke of York" の背後にある大きな真実を探るというのは,確かに英語史の大きな魅力の1つである.
・ 宮前 和代 「英語史のなかの "Duke of York"」『生成言語研究の現在』(池内正幸・郷路拓也(編著)) ひつじ書房,2013年.179--96頁.
語境界の n が関与する異分析 metanalysis の英語史からの例を,「#4. 最近は日本でも英語風の単語や発音が普及している?」 ([2009-05-03-1]),「#27. 異分析の例を集めるにはどうすればよいか?」 ([2009-05-25-1]),「#475. That's a whole nother story.」 ([2010-08-15-1]),「#1306. for the nonce」 ([2012-11-23-1]),「#1951. 英語の愛称」 ([2014-08-30-1]) などで取り上げてきた.不定冠詞 an が関わることが多く,数の異分析 (numerical metanalysis) とも称されるが (cf. 「#344. cherry の異分析」 ([2010-04-06-1])) ,所有代名詞の mine, thine が関与する例も少なくない.
今回は,現代英語では方言などに残るにすぎない非標準的な naunt (aunt) と nuncle (uncle) にみられる異分析を取り上げる.MED aunte (n.) や OED naunt, n. によれば,この親族語の n で始まる異形は,a1400 (1325) Cursor Mundi (Vesp.) に þi naunt として初出する.ほかにも þy naunt, my nawnte など所有代名詞とともに現われる例が見られ,異分析の過程を想像することができる.naunt は後に標準語として採用されることはなかったが,Wright の English Dialect Dictionary (cf. EDD Online) によれば,少なくとも19世紀中には n.Cy., Wm., Yks., Lan., Chs., Stf., Der., Wor., Shr., Glo., Oxf., Som. など主としてイングランド西部で行われていた.
同じように nuncle について調べてみると,MED uncle (n.) や OED nuncle, n. に,異分析による n を示す þi nunkle のような例が15世紀に現われる.なお,人名としての Nuncle は1314年に初出するので,異分析の過程そのものは早く生じていたようだ.後期近代英語には,これから分化したと思われる nunky, nunks などの語形も OED に記録されている.EDD によれば,naunt と同じく n.Cy., Yks., Lan., Chs., Der., Lei., Wor., Shr., Glo., Hmp., Wil., Dor., Som., Dev. などの諸方言で広く観察される.
所有代名詞の mine や thine に先行される異分析の例は,OED N, n. に詳述されているが,多くは14--16世紀に生じている.後の標準語として定着しなかったものも多いことと合わせて,これらの異分析形が後期中英語期にいかに受容されていたか,そして当時およびその後の方言分布はどのようなものだったかを明らかにする必要があるだろう.現代標準語に残っている異分析の例に加えて,必ずしも分布を広げなかったこのような「周辺的な」異分析の例を合わせて考慮することで,興味深い記述が可能となるかもしれない.
なお,英語 aunt は,ラテン語 amita から古フランス語 aunte を経由して1300年頃に英語に入ってきたものだが,フランス語ではその後語頭に t を付加した tante が標準化した.『英語語源辞典』はこの t の挿入について,「幼児の使う papa 式の加重形 antante あるいは t'ante thy aunt に由来するなど諸説がある」としている.もし t'ante 説を取るのであれば,フランス語 tante と英語 naunt は音こそ異なれ,同様に異分析の例ということになる.
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