hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 次ページ / page 4 (21)

loan_word - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-07-02 08:49

2021-04-20 Tue

#4376. 現代日本で英語と向き合っている生徒・学生と17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民 [renaissance][emode][loan_word][borrowing][latin][japanaese][contrastive_linguistics][inkhorn_term][khelf_hel_intro_2021]

 4月5日にスタートした「英語史導入企画2021」も,3週目に突入しました.学部・院のゼミ生を総動員しての,5月末まで続く少々息の長い企画なのですが,本ブログ読者の皆さんにも懲りずにお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます.毎日,コンテンツを提供する学生のガッツを感じながら,私自身がおおいにインスピレーションをゲットしています.年度初めとして,なかなかフレッシュでナイスなオープニングです.
 さて,上の段落では,いやらしいほどにカタカナ語を使い倒してみました.英語が嫌いな人,横文字が嫌いな人には,ケッと吐いて捨てたくなるような文章だろうと思います(うーむ,我ながら軽薄な文章).昨日,本企画ために院生よりアップされたコンテンツは「英語嫌いな人のための英語史」と題する,このカタカナ語嫌いに寄り添った考察です.その冒頭の2つの段落の出だしが,何とも歯切れよく心地よいですね.

「一生英語を使わなくてもいい環境で暮らしてやる」……このような恨みつらみのこもった台詞は,英語嫌いの人間ならば一度は発したことがあるだろう.そして,何を隠そう,十年ほど前,中学生・高校生だったころの筆者自身が毎日のようにこぼしていた言葉でもあった.


英語嫌いの人間が辟易するのは,まずもって,世の中に氾濫している横文字の多さであるだろう.レガシー,コミット,アカウンタビリティ……なぜそこで英語を(あるいは英語由来の和製英語を)使わなければならないのかと,ニュースなどを見ながら突っ込みたくなる日々である.


 これは読みたくなるコンテンツではないでしょうか.内容としては,現代日本で英語と向き合っている生徒・学生と,17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民とを,空間・時間を超えて比較した英語史の好コンテンツとなっています.
 現代日本語におけるカタカナ語とルネサンス期イングランドのラテン借用語を巡る比較対照は,対照言語史 (contrastive_language_history) の観点から興味の尽きないテーマです.一般に2つのものを比較しようとする際には,共通点だけでなく相違点に留意することも重要です.上記コンテンツでは,意図的に両者の共通点を拾い出して近づけて見せているわけですが,あえて相違点に注目することで,先の共通点の意義を浮かび上がらせることができます.以下に2点指摘しておきましょう.
 1点目.現代日本で英語と向き合っている生徒・学生,とりわけ「英語なんて嫌い」と吐き捨てるタイプと,17世紀イングランドでラテン語と向き合っていた庶民とでは,各言語に対する思いがかなり異なります.「英語なんて嫌い」の背景には,逆説的に英語に対する「憧れ」があるのではないかというコンテンツでの指摘は当たっていると私も思います.しかし,17世紀イングランドの庶民はラテン語を「嫌い」と吐き捨ててはいなかったでしょう.ラテン語は,もっと純粋な「憧れ」,手に届かないところにいる「スター」に近いものではなかったでしょうか.
 両者の違いは,端的にいえば,むりやり学ばされているか否かにあります.現代日本では,たとえ英語が「憧れ」だったとしても,義務教育で強制的に学ばされるという意味では,現実の学習上の「苦労」がセットになっています.学校で学ぶべき「科目」となっていては,好きなものも好きではなくなるはずです.17世紀イングランドでは,庶民にとってラテン語学習はおろか教育の機会そのものがまだ高嶺の花であり,現実の学習上の「苦労」とは無縁なために,「憧れ」は純然たる憧れとして生き延び得たのです.
 2点目は,17世紀イングランドではラテン借用語が inkhorn_term として批判されたというのは事実ですが,批判の主は,若い生徒・学生でもなければ庶民でもなく,バリバリの知識人でした.Sir John Cheke (1514--57) のようなケンブリッジ大学の古典語教授が,借用語を批判していたほどなのです.この状況は,どう控えめにみても,日本の英語嫌いの生徒・学生がカタカナ語に悪態をついているのとは比較できないように思われます.
 もちろん,2つのものを比較対照するときに,共通点を重視して「比較」の議論にもっていくか,相違点を重視して「対照」の議論にもっていくかは,論者の方針次第でもあり,言ってしまえばレトリックの問題でもあります.いずれにしても比較する場合には相違点に,対照する場合には共通点に注意しておくと考察が深まる,ということを述べておきましょう.
 関連する話題は,本ブログとしては「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) その他の記事で扱ってきました.いろいろとリンクを張っているので,是非そちらをどうぞ.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-04-17 Sat

#4373. tsunami で英語史,英語学 [japanese][loan_word][corpus][coha][glowbe][oed][htoed][khelf_hel_intro_2021]

 「英語を呑み込む 'tsunami'」と題するコンテンツが,昨日「英語史導入企画2021」の第11作目としてゼミ大学院生よりアップされました.英単語としての tsunami の使用について歴史的に迫る好コンテンツです.調査とインスピレーションのために使われているリソースは,Twitter に始まり,COHA (Corpus of Historical American English), GloWbE (= Corpus of Global Web-Based English), OED (= Oxford English Dictionary), 地震データベース,映画と幅広いです.内容としては,自然科学と社会科学と人文科学を融合させた総合的英語史コンテンツというべき,非常に啓発的な出来映えとなっています.まさに「英語史導入企画2021」の趣旨にピッタリ! ぜひ皆さんに読んでもらいたいと思います.
 同コンテンツ内でも触れられている通り,日本語「津波」が英語 tsunami として英語に借用され,初めて用いられたのは1897年のことです.明治期には数々の日本語の単語が英語に持ち込まれましたが,この単語もその1つです(cf. 「#3872. 英語に借用された主な日本語の借用年代」 ([2019-12-03-1])).しかし,英語に借用されたからといって,必ずしも当初から頻繁に用いられていたわけではありません.コンテンツ内でも触れられているように,tsunami が「津波」を意味する一般的な語として用いられるようになったのは,つい最近のことといってもよいのです.
 それまでは「津波」を意味する英単語としては tidal wave を用いるのが普通でしたし,現在でもこの tidal wavetsunami と共存しています.しかし,よく考えてみると tidal wave というのは誤解を招きやすい表現です.「潮の(大)波」と言われれば何となく納得しそうにもなりますが,「潮」は津波とは相容れない定期的な海洋現象で,これがなぜ「津波」を意味するようになったのか判然としません.実際,Durkin (397) などは tidal wave を "misleading" と評価しています(←この箇所を教えてくれた学生に感謝!).

A special case is shown by tsunami (1897), which, since it denotes a widespread natural phenomenon, can be used freely in English without any implicit associations with Japanese (or even generalized Eastern) culture, and is now preferred by most speakers to the misleading term tidal wave.


 なぜ近年になって,tsunamitidal wave に代わり急速に用いられるようになってきたのでしょうか.これは,まさに上記のコンテンツが英語史的なアプローチにより解決しようとしている問題です.
 以下は私のブレスト結果にすぎませんが,この問題に関わってきそうな他の英語学的な観点をいくつか挙げてみたいと思います.いずれも tsunami という語のインパクト・ファクターに注目する視点です.

 ・ 意味論的にいえば,tsunamitidal wave の denotation こそ基本的に受け継いでいるものの,津波の強力さや恐ろしさなどを想起させる種々の connotation が加わっており,独自の存在価値をもつ語として受容されるようになってきたのではないか.
 ・ 形態論(語形成論)的にいえば,tidal wave のような複合語ではなく,単体語であるということ(日本語としてみれば「津」+「波」の2形態素だが)は,上記の種々の connotation を(分析的ではなく)総合的に含み込んでいることとマッチする.
 ・ 音韻論的にいえば,「#3949. 津波が現代英語の音素体系に及ぼした影響」 ([2020-02-18-1])」で触れたとおり,onset における /ts/ の生起は英語史的にはかなり新しい現象であり,それだけで多少なりとも異質で目立つことになる.近年の借用語であることが語頭で一発で示されることにもなる.それと連動して,語頭の綴字 <ts> も英語らしくないので,やはり借用語であることが視覚的にも一目瞭然となる.これらが当該単語のインパクトに貢献している.
 ・ 韻律的にいえば,おもしろいことに同じ3音節でも tídal wàve (強弱強)と tsunámi (弱強弱)は正反対である.このように韻律上の差異があることも,相対的に後者の新鮮さを浮き彫りにしているのかもしれない.
 ・ 社会言語学的にいえば,地質学や海洋学などの特殊レジスターに属する単語という位置づけから,一般レジスターへ進出したとみることができる.

 以上,当の海洋現象は望ましくないものの英単語としては広まってしまった tsunami について,英語史・英語学してみた次第です.tsunami については「#1432. もう1つの類義語ネットワーク「instaGrok」と連想語列挙ツール」 ([2013-03-29-1]) の記事でも軽く触れています.
 なお,上記の Durkin の言及について教えてくれた学生から,あわせて「Tsunami or Tidal Wave? --- 舘林信義」というウェブ上の記事も教えてもらいました.たいへん貴重な情報.多謝.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-04-07 Wed

#4363. イタリア語は英語史では影が薄い? [cosmopolitan_vocabulary}[italian][borrowing][loan_word][khelf_hel_intro_2021]

 英語は語彙的に雑食性の言語である.英語史を学ぶとこの意味がすぐに分かるのだが,そうでないとハテナが飛ぶだろう.端的にいうと,英語の語彙の約2/3はよその言語からの借用語である.逆にいえば,真の「英単語」は英単語の1/3しか占めないということだ.
 英語は歴史を通じて,ひたすら他言語から単語を借用してきた.その結果,語彙的にはすっかり雑種になってしまった.この英語の歴史的性格を下品に表現すれば「雑食性」 (omnivorousness) となるし,上品にいえば「世界的な語彙」 (cosmopolitan_vocabulary) となる.ソースとなった言語を数えると少なく見積もっても350言語はあり,地理的にも時代的にもまさに「世界的」というにふさわしい.語彙に関していえば「英語は語彙的にはもはや英語ではない」のだ (cf. 「#2468. 「英語は語彙的にはもはや英語ではない」の評価」 ([2016-01-29-1])).この辺りの話題は,本ブログでもたびたび取り上げてきた.関心のある方は,##151,756,201,152,153,390,3308の記事をご覧いただきたい.
 さて,英語に語彙を提供してきた数ある言語のなかで,今回はイタリア語を取り上げたい.イタリア語は昨今の日本語でも馴染みが深く,インフルエンザ,オペラ,カジノ,ジェラート,ソナタ,テンポ,ティラミス,トロンボーン,パパラッチ,ビオラ,ピザ,フィナーレ,フォルテ,ブロッコリー,マカロニ,マニフェスト,マラリア,ミネストローネなど多数挙げられる (cf. 「#1896. 日本語に入った西洋語」 ([2014-07-06-1])).では,英語に入ったイタリア単語には何があるか.arcade, balcony, ballot, bandit, ciao, concerto, falsetto, fiasco, giraffe, lava, mafia, opera, scampi, sonnet, soprano, studio, timpani, traffic, violin など,こちらも多数挙がってくる.
 しかし,英語語彙において著しく存在感のあるフランス語,ラテン語,古ノルド語などに比べれば,イタリア語の影は薄いといってよい.これは,イギリスとイタリアの濃密な接触は歴史的にはおよそ近代以降のことであり,交流の歴史が浅いためである.それでも,相対的に影が薄いというだけであり,やはりある程度のプレゼンスを認めることができるのも確かだ.イタリア単語の借用に関する考察は##1411,1530,2329,2357,2385,2369,3586を参照されたい.
 イタリア語の話しをしておきながら,最も馴染み深いといえる spaghetti 「スパゲティ」に触れていなかった.実は,このイタリア語由来の1単語に注目するだけで,英語史の魅力を垣間見ることができる.一昨日から始まっている「英語史導入企画2021」で,学部ゼミ生が「借用語は面白い! --- "spaghetti" のスペルからいろいろ ---」を発表している.是非ご一読を.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-03-02 Tue

#4327. 羅英辞書から英英辞書への流れ [latin][loan_word][coote][cawdrey][bullokar][lexicography][dictionary]

 連日の記事で,英語史上の最初の英英辞書の誕生とその周辺について Dixon に拠りながら考察している (cf. 「#4324. 最初の英英辞書は Coote の The English Schoole-maister?」 ([2021-02-27-1]),「#4325. 最初の英英辞書へとつなげた Coote の意義」 ([2021-02-28-1]),「#4326. 最初期の英英辞書のラインは Coote -- Cawdrey -- Bullokar」 ([2021-03-01-1])) .英英辞書の草創期を形成するラインとして Mulcaster -- Coote -- Cawdrey -- Bullokar という系統をたどることができると示唆してきたが,Mulcaster 以前の前史にも注意を払う必要がある.Mulcaster 以前と以後も,辞書史的には連続体を構成しているからだ.
 概略的に述べれば,確かに Mulcaster より前は bilingual な羅英辞書の時代であり,以後は monolingual な英英辞書の時代であるので,一見すると Mulcaster を境に辞書史的な飛躍があるように見えるかもしれない.しかし,後者を monolingual な英英辞書とは称しているものの,実態としては「難語辞書」であり,見出し語はラテン語からの借用語が圧倒的に多かったという点が肝心である.つまり,ラテン語の形態そのものではなくとも少々英語化した程度の「なんちゃってラテン単語」が見出しに立てられているわけであり,Coote -- Cawdrey -- Bullokar ラインの monolingual 辞書は,いずれも実態としては "1.5-lingual" 辞書とでもいうべきものだったのだ.つまり,Mulcaster 以後の英英辞書の流れも,それ以前からの羅英辞書の系統に連なるということである.
 Dixon (42) に従い,15--16世紀の羅英辞書の系統を簡単に示そう.よく知られているのは,1430年辺りの部分的な写本版が残っている Hortus Vocabulorum である.1500年に出版され,27,000語ものラテン単語が意味別に掲載されている.英羅辞書については,1440年の写本版が知られている Promptorium Parvalorum sive Clericum が,1499年に出版され,以後1528年まで改訂されることとなった.
 16世紀前半に存在感を示した羅英辞書は,The Dictionary of Sir Thomas Elyot knight (1538) である(タイトルが英語であるこに注意).これは先行する Hortus Vocabulorum の影響をほとんど受けておらず,むしろ Ambrogio Calepino の羅羅辞書をベースにしている (Dixon 43) .世紀の半ばの1565年に Bishop Thomas Cooper による羅英辞書 Thesaurus Linguae Romanae & Britannicae が出版され一世を風靡したが,世紀後半の1587年に Thomas Thomas により出版された羅英辞書 Dictionarium Linguae Latinae et Anglicanae にその地位を奪われていくことになった.そして,この Thomas Thomas の羅英辞書こそが,Mulcaster より後の Coote -- Cawdrey -- Bullokar ラインの英英辞書 --- すなわち英語史上初の英英辞書群 --- の源泉だったという事実を指摘しておきたい (Dixon 48) .
 関連して,「#3544. 英語辞書史の略年表」 ([2019-01-09-1]),「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1]),「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1]) を参照.

 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

Referrer (Inside): [2022-12-13-1] [2021-03-03-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-02-08 Mon

#4305. 専門的な分野の語彙は統一に向かう --- 「大いなる模写」 [borrowing][lexicology][loan_word][scientific_name][scientific_english]

 アジェージュが,専門的な分野の語彙は異なる言語間で貸し借りされ,統一に向かう傾向があると指摘している.
 典型的に科学用語を念頭におくと,確かにその語彙は少なくとも様々な西洋語間で,そして多くの場合世界の多数の言語間でも,共通していることが多い.たとえ各言語へ翻訳され語形こそ共通ではなくなったケースでも,その意味(科学的な定義)はほぼ同一に保たれるのが普通である.専門的な分野の語彙が言語境界を越えて伝播していく傾向について,アジェージュ (210--11) は「大いなる模写」という印象的な名前を与えながら指摘している.

大いなる模写

 豊富な借用は,ヨーロッパの諸言語の語彙のなかに,言語の壁をこえた同語反復のひろがりを作り出している.ヨーロッパ以外の大陸の諸言語についても同じことがいえる.たしかに,ヨーロッパ以外の諸言語は,語彙を豊かにするために古典的基盤に頼り,つねにそこから語彙の源を汲んでいる.たとえば,ヒンディー語,タイ語,ビルマ語などの東南アジアの諸言語にはサンスクリットとパーリ語,日本語には古典中国語や訓読漢字語,テュルク系言語やモンゴル系言語には古トルコ語と古モンゴル語がそれにあたる.しかし,これらすべての言語はまた同様に,専門用語を作り出す必要に答えるために,英語にも頼っている.そしてこの英語も,多くの学問用語をラテン語,ギリシア語の語根から形成しているのである.
 その結果,多くのヨーロッパやその他の地域の言語がギリシア・ラテンの系統に属さないとしても,専門用語は全般的によく似ていることになる.このような相同性が言語の習得を容易にしたり,少なくとも受け身の理解をしやすくしているとしたら,メイエが強調するように〔中略〕,諸言語はそれぞれたがいの巨大で忠実なコピーとなってしまうのだろうか? 各言語の単語がたがいに異質な諸文明のはてしなく多様な支柱ではなくなり――その場合には翻訳はしばしば甘美な難業となる――,すべての文化に共通な概念と対象をいつも同じように表わすできあいの鋳型になっていたのであれば,このような単語の有用性はとくに実用に資するものとなり,経済的に正当化されるであろう.そうなれば,新しい言語の獲得が精神を豊かにするなどとは,見なされなくなるだろう.
 しかし実際には,ヨーロッパの諸言語内での大幅な模写は,きわめて専門的な語彙でしか起こっておらず,その意味で語彙の特定の部分に限られている.残りの部分はもとの状態のままであり,とくに慣用表現などがそうである(とはいえ,慣用表現の分野でも収束現象が見られないわけではないが).そして何よりも,ひとつの言語の本質を形づくる文法構造は,それぞれに特有の形でありつづけている.そうである以上,多数の言語が繁茂することは,無機的で取り替え可能な道具が大量に存在するのとはわけがちがうのである.専門的な分野の語彙に統一に向かう傾向があるのは,このような生命の開花と矛盾するどころか,その正当な限界を記しづけているのである.


 アジェージュの趣旨は,専門的な分野の語彙に関していえば確かに「大いなる模写」の傾向は見られるが,あくまでそれは部分的で表面的なものにすぎず,言語体系全体に関しての「さらなる大いなる模写」などあり得ない,ということだ.引用最後で,大いなる模写の「正当な限界」にまで言い及んでいる.実は言語の模写の小なることを訴えたい文章だったのではないか,と解釈しなおした.
 英語史の立場からの科学用語の造語・伝播の問題については「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]),「#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か」 ([2018-01-09-1]),「#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について」 ([2020-10-17-1]) などの記事をどうぞ.

 ・ グロード・アジェージュ(著),糟谷 啓介・佐野 直子(訳) 『共通語の世界史 --- ヨーロッパ諸語をめぐる地政学』 白水社,2018年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-12-06 Sun

#4241. なぜ語頭や語末に en をつけると動詞になるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][suffix][prefix][verb][latin][loan_word]

 英語の動詞には接頭辞 en- をもつものが多くあります.encourage, enable, enrich, empower, entangle などです.一方,接尾辞 -en をもつ動詞も少なくありません.strengthen, deepen, soften, harden, fasten などです.さらに,語頭と語末の両方に en の付いた enlighten, embolden, engladden のような動詞すらあります.接頭辞にも接尾辞にもなる,この en とはいったい何者なのでしょうか.では,音声の解説をどうぞ.



 意外や意外,接頭辞 en- と接尾辞 -en はまったく別語源なのですね.接頭辞 en- は,ラテン語の接頭辞 in- に由来し,フランス語を経由して少しだけ変形しつつ,英語に入ってきたものです.究極的には英語の前置詞 in と同語源で,意味は「中へ」です.この接頭辞を付けると「中へ入る」「中へ入れる」という運動が感じられるので,動詞を形成する能力を得たのでしょう.名詞や形容詞,すでに動詞である基体に付いて,数々の新たな動詞を生み出してきました.
 一方,接尾辞 -en はラテン語由来ではなく本来の英語的要素です.古英語で他動詞を作る接尾辞として -nian がありましたが,その最初の n の部分が現代の接尾辞 -en の起源です.形容詞や名詞の基体に付いて新たな動詞を作りました.
 このように接頭辞 en- と接尾辞 -en は語源的には無関係なのですが,形式の点でも,動詞を作る機能の点でも,明らかに類似しており,関係づけたくなるのが人情です.比較的珍しいものの,enlighten のように頭とお尻の両方に en の付く動詞があるのも分かるような気がします.
 英語史や英単語の語源を学習していると,一見関係するようにみえる2つのものが,実はまったくの別物だったと分かり目から鱗が落ちる経験をすることが多々あります.今回の話題は,その典型例ですね.
 今回取り上げた接頭辞 en- と接尾辞 -en について,詳しくは##1877,3510の記事セットをご覧ください.

Referrer (Inside): [2024-06-22-1] [2023-05-31-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-11-17 Tue

#4222. 行為者接尾辞 -eer [suffix][agentive_suffix][loan_word][french][latin][register][stress][conversion]

 ゼミ生からのインスピレーションで,標記の行為者接尾辞 (agentive_suffix) に関心を抱いた.この接尾辞をもつ語はフランス語由来のものがほとんどであり,その来歴を反映して,語末音節を構成する接尾辞自身に強勢が落ちるという特徴がみられる.つまり語末の発音は /ˈɪə(r)/ となる.engineer, pioneer, volunteer をはじめとして,auctioneer, electioneer, gazetteer, mountaineer, profiteer などが挙がる.語源的には -ier もその兄弟というべきであり,cachier, cavalier, chevalier, cuirassier, financier, gondolier なども -eer 語と同じ特徴を有する.いずれもフランス語らしい振る舞いを示し,なぜ英語においてこのフランス語風の形式(発音と綴字)が定着したのだろうかという点で興味深い(cf. 「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]),「#1291. フランス借用語の借用時期の差」 ([2012-11-08-1])).
 Jespersen (§15.51; 243) より,-eer, -ier に関する解説を引用する.

   15.51 Words in -eer, -ier (stressed) -[ˈɪə] are mostly originally F words in -ier (generally from L -arius). Most of the OF words in -ier were adopted in ME with -er, and the stress was shifted to the first syllable . . . , as also in a few in which the i was kept . . . .
   A few words borrowed in ME times kept the final stress, and so did nearly all the later loans (many from the 16th and 17th c.). The established spelling of most of these, and of nearly all words coined on English soil, is -eer, as in auctioneer, cannoneer, charioteer (Keats 46), gazetteer, jargoneer (NED from 1913), mountaineer, muffineer, 'small castor for sprinkling salt or sugar on muffins' (NED 1806), muleteer [mjuˑliˈtiə], musketeer, pioneer, pistoleer (Carlyle Essays 251), routineer (Shaw D 54), and volunteer, but many of them preserved the F spelling, e.g. cavalier and chevalier, cuirassier, and finanicier.
   The recent motorneer, is coined on the pattern of engineer.
   Sh in some cases has initial-stressed -er-forms instead of -eer, e.g. ˈenginer, ˈmutiner (Cor I. 1.244), and ˈpioner.


 この解説に従えば,-eer は私たちもよく知る行為者接尾辞 -er の一風変わった兄弟としてとらえてよさそうだ.
 しかし, -eer には意味論的,語形成的に注目すべき点がある.まず,形成された行為者名詞は,軽蔑的な意味を帯びることが多いという事実がある.crotcheteer, garreteer, pamphleteer, patrioteer, privateer, profiteer, pulpiteer, racketeer, sonneteer などである.
 もう1つは,行為者名詞がそのまま動詞へ品詞転換 (conversion) する例がみられることだ.electioneer, engineer, pamphleteer, profiteer, pioneer, volunteer などである.これは上記の軽蔑的な語義とも密接に関係してくるかもしれない.なお,commandeer は,動詞としてしか用いられないという妙な -eer 語である.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

Referrer (Inside): [2022-05-10-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-10-20 Tue

#4194. Meillet による借用語の定義 [loan_word][borrowing][terminology]

 言語における借用 (borrowing) について,特に語の借用,すなわち借用語 (loan_word) について,本ブログでは具体例を多々挙げてきた.また,理論的にも様々に考察してきた(例えば「#44. 「借用」にみる言語の性質」 ([2009-06-11-1]),「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#2010. 借用は言語項の複製か模倣か」 ([2014-10-28-1]),「#2663. 「オープン借用」と「むっつり借用」 (1)」 ([2016-08-11-1]),「#2664. 「オープン借用」と「むっつり借用」 (2)」 ([2016-08-12-1]),「#3008. 「借用とは参考にした上での造語である」」 ([2017-07-22-1]),「#3332. Aitchison による借用の4つの特徴」 ([2018-06-11-1]) などを参照.)
 最近,借用語のもう1つの異なる見方を Meillet (22--23) から学んだ.ある語が借用語か否かは,よその言語から入ってきたか否かによって決まるわけではなく,その使用が前時代からの継続性に特徴づけられていないかどうかによって決まるという見方だ.例えば,現代標準英語の観点からみれば,ある語の起源こそフランス語やラテン語であっても,それが古英語期や中英語期という古い時代に入ってきたものであれば,以後,近代英語期を通じて現代にまで継続的に用いられてきたわけであるから,これは借用語ではない,ということになる.逆にみれば,古英語や中英語で用いられていた語であっても,歴史の過程で一度廃用となり,何らかの理由で現代英語において復活した語であれば,直前の時代から継続的に用いられてきたわけではないので,借用語ということになる.この借用語の定義によると,問題の単語の起源とされる言語(あるいは方言)が,比較言語学的に同系統であるかどうかは,この際関係ないということになる.
 さらにいえば,「前時代」や「起源として参照される言語(あるいは方言)」に関するスケールにも可変性がある.「前時代」を100年前とするのか10年前とするのか,はたまた1年前とするのか.また,「起源として参照される言語(あるいは方言)」も,かなり狭く限定された地域方言,社会方言,レジスターなどを指すこともできる.スケールの取り方次第で,注目している語が借用語か否かが決まってくるという意味では,Meillet の定義はすぐれて相対的な定義といえよう.この相対的な視点こそが驚くほど斬新なのである.少々長いが Meillet (22--23) より核心の部分を引用しておこう.実際には,この後にも Meillet の丁寧な解説や具体例が続く.

Il importe de définir ici ce que l'on entend en linguistique par l'emprunt.

Soit une langue considérée à deux moments successifs de son développement; le vocabulaire de la seconde époque considérée se compose de deux parties, l'une qui continue le vocabulaire de la première ou qui a été constituée sur place dans l'intervalle à l'aide d'éléments compris dans ce vocabulaire, l'autre qui provient de langues étrangères (de même famille ou de familles différentes); s'il arrive que quelque mot soit créé de toutes pièces, ce n'est, semble-t-il, que d'une manière exceptionnelle, et les faits de ce genre entrent à peine en ligne de compte. Soit par exemple le latin à l'époque de la conquête de la Gaule par les Romains et le français (c'est-à-dire la langue de Paris) au commencement de XXe siècle; il y a des mots comme père, chien, lait, etċ, qui continuent simplement des mots latins; il y en a comme noyade ou pendaison qui ont été faits sur sol français avec des éléments d'origine latine, et il y en a d'autres qui sont entrés à des dates diverses: prêtre est un mot qui est entré par le groupe chrétien à l'époque impériale romaine, sous la forme presbyter; guerre, un mot germanique, apporté par les invasions germaniques, et entré dans la langue par le groupe des conquérants qui ont été maîtres du pays, à la suite de ces invasions; camp est un mot italien venu au XVe siècle par les éléments militaires qui ont fait les campagnes d'Italie; siècle est un mot pris dès avant le Xe siècle au latin écrit par les clercs et qui avait disparu de la langue commune; équiper est un terme de la langue des marins normands ou picards; foot-ball est un terme de sport venu de l'anglais il y a peu d'années; mais, par rapport au latin de l'époque de César, tous les mots en question sont également empruntés, car aucun n'est la continuation ininterrompue de mots latins de cette date, ni ne s'explique par des formes qui se soient perpétuées dans la langue sans interruption entre l'époque de César et le commencement du XXe siècle. Il n'importe pas que le mot soit emprunté à une langue non indo-européenne, comme il arrive pour orange, ou à une langue indo-européenne autre que le latin, comme prêtre, guerre, ou au latin écrit comme siècle, cause, ou à un dialecte roman comme camp, camarade, ou même à des parlers français plus ou moins proches du parisien, comme le mot foin, pris à des parlers ruraux, et que sa phonétique dénonce comme n'étant pas parisien; en aucun cas il n'y a eu continuation directe et ininterropmpue du mot latin à Paris depuis l'époque de César jusqu'au début du XXe siècle, et ceci suffit à définir l'emprunt pour la période considérée de l'histoire du français parisien. Donc la notion d'emprunt ne saurait être définie qu'à l'intérieur d'une période strictement délimitée, et pour une population strictement délimitée.


 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologique 9 (1906). 1921 ed. Rpt. Dodo P, 2009.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-10-18 Sun

#4192. 形容詞 able と接尾辞 -able は別語源だった! --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][etymology][suffix][latin][loan_word][derivation][word_formation][productivity]

 今回は,決して「素朴な疑問」としてすら提起されることのない,驚きの事実をお届けします.私もこれを初めて知ったときには,たまげました.英語史・英語学を研究していると,何年かに一度,これまでの長い英語との付き合いにおいて当たり前とみなしていたことが,音を立てて崩れていくという経験をすることがあります.hellog ラジオ版には,そのような目から鱗の落ちる経験を皆さんにもお届けすることにより,あの茫然自失体験を共有しましょう,という狙いもあります.able と -able が無関係とは信じたくない,という方は,ぜひ聴かないないようお願いします.では,こちらの音声をどうぞ.



 単体の形容詞 able も接尾辞 -able も,ラテン語の形容詞(語尾)さかのぼるという点では共通していても,成り立ちはまるで異なるのです.端的にいえば,次の通りです.

 ・ 形容詞 able = 動詞語幹 ab + 形容詞語尾 le
 ・ 接尾辞 -able = つなぎの母音 a + 形容詞語尾 ble

 語源的には以上の通りですが,現代英語のネイティブの共時的な感覚としては(否,ノン・ネイティブにすら),able と -able は明らかに関係があるととらえられています.この共時的な感覚があるからこそ,接尾辞 -able は「?できる」の意で多くの語幹に接続し,豊かな語彙的生産性 (productivity) を示しているのです.この問題と関連して,##4071,4072の記事セットをどうぞ.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-10-17 Sat

#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について [scientific_name][scientific_english][lexicology][conceptual_metaphor][lexicology][register][loan_translation][borrowing][loan_word][latin]

 科学用語に限らず,宗教的な用語など普遍的・文明的な価値をもつ語彙とその意味は,言語境界を越えて広範囲に伝播する性質をもつ.ある言語から別の言語へと語彙がほぼそのまま借用されることもあれば,翻訳されて取り込まれることもあるが,後者の場合にも翻訳語が帯びる意味は,たいていオリジナルの語と等価である.というのは,言語境界を越えて伝播するのは,語それ自体というよりは,むしろその意味 --- 問題となっている普遍的・文明的な価値 --- だからだ.
 さらにいえば,単一の語のみならず関連する語彙がまとまって伝播することが多いという点では,実際に伝播しているのは,一見すると語彙やその意味のようにみえて,実はそれらの背後に潜んでいる概念メタファー (conceptual_metaphor) なのではないかという考え方もできる.
 以上は,Meillet (20--21) の著名な意味変化論を読んでいたときに,ふと気付いたことである.その1節を原文で引用しておきたい.

Le fait est particulièrement sensible dans les groupes composés de savants, ou bien où l'élément scientifique tient une place importante. Les savants, opérant sur des idées qui ne sauraient recevoir une existence sensible que parle langage, sont très sujets à créer des vocabulaire spéciaux dont l'usage se répand rapidement dans les pays intéressés. Et comme la science est éminemment internationale, les termes particuliers inventés par les savants sont ou reproduits ou traduits dans des groupes qui parlent les langues communes les plus diverses. L'un des meilleurs exemples de ce fait est fourni par la scholastique dont la langue a eu un caractère éminemment européen, et à laquelle l'Europe doit la plus grande partie de ce que, dans la bigarrure de ses langues, elle a d'unité de vacabulaire et d'unité de sens des mots. Un mot comme le latin conscientia a pris dans la langue de l'école un sens bien défini, et les groupes savants ont employé ce mot même en français } les nécessités de la traduction des textes étrangers et le désir d'exprimer exactement la même idée ont fait rendre la même idée par les savants germaniques au moyen de mith-wissei en, gothique, de gi-wizzani en vieux haut-allemand (allemand moderne gewissen). Souvent les mots techniques de ce genre sont trduits littéralement et n'ont guère de sens dans la langue où ils sont transférés; ainsi le nom de l'homme qui a de la pitié, latin misericors, a été traduit littéralement en gotique arma-hairts (allemand barm-herzig) et a passé du germanique en slave, par example russe milo-serdyj. Ce sont là de pures transcriptions cléricales de mots latins.


 英語における科学用語については「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) などで取り上げてきたが,今回の話題と関連して,とりわけ「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) を参照されたい.

 ・ Meillet, Antoine. "Comment les mots changent de sens." Année sociologique 9 (1906). 1921 ed. Rpt. Dodo P, 2009.

Referrer (Inside): [2021-07-02-1] [2021-02-08-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-10-16 Fri

#4190. 借用要素を含む前置詞は少なくない [preposition][french][loan_word][borrowing][lexicology]

 昨日の記事「#4189. acrossa + cross」 ([2020-10-15-1]) で,across の語源に触れた.cross 自身が初期中英語期に借用された語であり,前置詞を伴った across の原型も同じく初期中英語期に初出している.一般に前置詞は高頻度の機能語として「閉じた語類」 (closed class) といわれるが,そのような語に借用要素が含まれているというのは,一見すると稀な例のように思われるかもしれない.
 しかし,英語の歴史において前置詞は「閉じた語類」らしからぬ性質を示してきた.時代とともに種類が増えてきたからである.そのなかには,フランス語やラテン語などからの借用要素を含むものも少なくない.「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) を眺めてみると,比較的高頻度の前置詞に限っても,先述の across のほか (a)round, concerning, considering, despite, during, except, past などがすぐに挙がる.複合前置詞を考慮に入れれば,according to, apart from, because of, due to, in place of, regardless of なども加えられる.前置詞における借用要素は珍しくない.
 歴史的な前置詞の増加は,とりわけ後期中英語から初期近代英語にかけて生じた(cf. 「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1])).これは同時代のフランス語やラテン語からのインプットによるところが大きいことは明らかである.結果として,既存のものを含めた個々の前置詞の使い分けが複雑化することになり,現代の英語学習者を悩ませることにもなっている.そのような潮流の走りというべきものが,中英語の比較的早い時期に初出した across であり,around でもあるのだろう.罪深いといえば罪深い?

Referrer (Inside): [2023-03-07-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-09-10 Thu

#4154. 借用語要素どうしによる混種語 --- 日本語の例 [japanese][hybrid][shortening][borrowing][loan_word][etymology][word_formation][contact][purism][covid]

 先日の記事「#4145. 借用語要素どうしによる混種語」 ([2020-09-01-1]) を受けて,日本語の事例を挙げたい.和語要素を含まない,漢語と外来語からなる混種語を考えてみよう.「オンライン授業」「コロナ禍」「電子レンジ」「テレビ電話」「牛カルビ」「豚カツ」などが思い浮かぶ.ローマ字を用いた「W杯」「IT革命」「PC講習」なども挙げられる.
 『新版日本語教育事典』に興味深い指摘があった.

最近では,「どた(んば)キャン(セル)」「デパ(ート)地下(売り場)めぐり」のように,長くなりがちな混種語では,略語が非常に盛んである.略語の側面から多様な混種語の実態を捉えておくことは,日本語教育にとっても重要な課題である. (262)


 なるほど混種語は基本的に複合語であるから,語形が長くなりがちである.ということは,略語化も生じやすい理屈だ.これは気づかなかったポイントである.英語でも多かれ少なかれ当てはまるはずだ.実際,英語における借用語要素どうしによる混種語の代表例である television も4音節と短くないから TV と略されるのだと考えることができる.
 日本語では,借用語要素どうしによる混種語に限らず,一般に混種語への風当たりはさほど強くないように思われる.『新版日本語教育事典』でも,どちらかというと好意的に扱われている.

混種語の存在は,日本語がその固有要素である和語を基盤にして,外来要素である漢語,外来語を積極的に取り込みながら,さらにそれらを組み合わせることによって造語を行ない,語彙を豊富にしてきた経緯を物語っている. (262)


 英語では「#4149. 不純視される現代の混種語」 ([2020-09-05-1]) で触れたように,ときに混種語に対する否定的な態度が見受けられるが,日本語ではその傾向は比較的弱いといえそうだ.

 ・ 『新版日本語教育事典』 日本語教育学会 編,大修館書店,2005年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-09-05 Sat

#4149. 不純視される現代の混種語 [hybrid][etymology][word_formation][combining_form][contact][waseieigo][borrowing][loan_word][waseieigo][purism][complaint_tradition]

 「#4145. 借用語要素どうしによる混種語」 ([2020-09-01-1]) で,混種語 (hybrid) の1タイプについてみた.このタイプに限らず混種語は一般に語形成が文字通り混種なため,「不純」な語であるとのレッテルを貼られやすい.とはいっても,フランス語・ラテン語要素と英語要素が結合した古くから存在するタイプ (ex. bemuse, besiege, genuineness, nobleness, readable, breakage, fishery, disbelieve) は十分に英語語彙に同化しているため,非難を受けにくい.
 不純視されやすいのは,19,20世紀に形成された現代的な混種語である.たとえば amoral, automation, bi-weekly, bureaucracy, coastal, coloration, dandiacal, flotation, funniment, gullible, impedance, pacifist, speedometer などが,言語純粋主義者によって槍玉に挙げられることがある.この種の語形成はとりわけ20世紀に拡大し,genocide, hydrofoil, hypermarket, megastar, microwave, photo-journalism, Rototiller, Strip-a-gram, volcanology など枚挙にいとまがない (McArthur 490) .
 Fowler の hybrid formations の項 (369) では,槍玉に挙げられることの多い混種語がいくつか列挙されているが,その後に続く議論の調子ははすこぶる寛容であり,なかなか読ませる評論となっている.

If such words had been submitted for approval to an absolute monarch of etymology, some perhaps would not have been admitted to the language. But our language is governed not by an absolute monarch, nor by an academy, far less by a European Court of Human Rights, but by a stern reception committee, the users of the language themselves. Homogeneity of language origin comes low in their ranking of priorities; euphony, analogy, a sense of appropriateness, an instinctive belief that a word will settle in if there is a need for it and will disappear if there is not---these are the factors that operate when hybrids (like any other new words) are brought into the language. If the coupling of mixed-language elements seems too gross, some standard speakers write (now fax) severe letters to the newspapers. Attitudes are struck. This is all as it should be in a democratic country. But amoral, bureaucracy, and the other mixed-blood formations persist, and the language has suffered only invisible dents.


 なお,混種語は,借用要素を「節操もなく」組み合わせるという点では「和製英語」 (waseieigo) を始めとする「○製△語」に近いと考えられる.不純視される語形成の代表格である点でも,両者は似ている.そして,比較的長い言語接触の歴史をもつ言語においては,極めて自然で普通な語形成である点でも,やはり両者は似ていると思う.最後の点については「#3858. 「和製○語」も「英製△語」も言語として普通の現象」 ([2019-11-19-1]) を参照.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: Oxford University Press, 1992.
 ・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.

Referrer (Inside): [2020-09-10-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-09-01 Tue

#4145. 借用語要素どうしによる混種語 [hybrid][etymology][word_formation][combining_form][contact][waseieigo][borrowing][loan_word]

 語源の異なる要素が組み合わさって形成された複合語や派生語などは混種語 (hybrid) と呼ばれる.その代表例として英語については「#96. 英語とフランス語の素材を活かした混種語 (hybrid)」 ([2009-08-01-1]) で,日本語については「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]) などで挙げてきた.他言語との接触の歴史が濃く長いと,単なる語の借用に飽き足りず,借用要素を用いて自由に造語する慣習が発達するというのは自然である.和製英語を含めた「○製△語」もしかり,今回話題の「混種語」もしかりだ.
 混種語を話題にするときには,およそ借用要素と本来要素の組み合わせの例を考えることが多い.例えば,commonly や murderous では赤字斜体部分がフランス語要素,それ以外が英語本来語要素である.日本語の「を(男)餓鬼」においては「餓鬼」が漢語要素,「を」が日本語本来語要素である.
 しかし,様々な言語からの借用を繰り返してきた言語にあっては,言語Aからの借用語要素と言語Bからの借用語要素が組み合わさった混種語,つまり本来語要素が含まれないタイプの混種語というのもあり得る.英単語でいえば,television はギリシア語要素の tele- とラテン語要素の vision が組み合わさった,本来語要素が含まれないタイプの混種語である.いずれの要素も借用語要素には違いなく,語源学者でない限りソース言語の違いなど通常は識別できないという事情もあるからだろうか,このタイプの混種語は相対的に注目度が低いように思われる.しかし,このタイプは実際には英語語彙のなかに相当数あるのではないか.ギリシア語やラテン語に由来する連結形 (combining_form)を用いた学術用語や専門用語の例がとりわけ多そうで,これが認知度を低めている要因かもしれない.
 そんなことを思ったのは,先日,大学院生が -philia (?愛好症)と -phobia (?恐怖症)というギリシア語に由来する連結形を含む英単語を集め,前置されている第1要素の語種を調べて報告してくれたからだ.いずれの場合も,第1要素の大半は予想されるとおりギリシア語要素だったが,1/3ほどがラテン語要素だったという.「ラテン語要素+ギリシア語要素」となる例をいくつか挙げれば,Anglophilia (イングランド贔屓),canophilia (犬好き),claustrophobia (閉所恐怖症),verbophobia (単語恐怖症)などである.見過ごされやすいタイプの混種語に光が当てられ,とても勉強になった.
 なお,『新英語学辞典』 (313) に,このタイプの混種語について次のように記述があったが,やはり扱いは素っ気なく,この程度にとどまっていた.

混種語は本来語と外来語の結合のみとは限らない.外来の語基・接辞についてもみられる: hypercorrect (= overly correct; Gk + L), visualize (< LL visuālis + Gk -ize) .


 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

Referrer (Inside): [2020-09-10-1] [2020-09-05-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-08-29 Sat

#4142. guest と host は,なんと同語源 --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][grimms_law][indo-european][palatalisation][old_norse][loan_word][semantic_change][doublet][antonym][french][latin][old_norse]

 hellog ラジオ版も第20回となりました.今回は素朴な疑問というよりも,ちょっと驚くおもしろ語源の話題です.「客人」を意味する guest と「主人」を意味する host は,完全なる反意語 (antonym) ですが,なんと同語源なのです(2重語 (doublet) といいます).この不思議について,紀元前4千年紀という,英語の究極のご先祖様である印欧祖語 (Proto-Indo-European) の時代にまで遡って解説します.以下の音声をどうぞ.



 たかだか2つの英単語を取り上げたにすぎませんが,その背後にはおよそ5千年にわたる壮大な歴史があったのです.登場する言語も,印欧祖語に始まり,ラテン語,フランス語,ゲルマン祖語,古ノルド語(北欧諸語の祖先),そして英語と多彩です.
 語源学や歴史言語学の魅力は,このように何でもないようにみえる単語の背後に壮大な歴史が隠れていることです.同一語源語から,長期にわたる音変化や意味変化を通じて,一見すると関係のなさそうな多くの単語が芋づる式に派生してきたという事実も,なんとも興味深いことです.今回の話題について,詳しくは##170,171,1723,1724の記事セットをご覧ください.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-08-27 Thu

#4140. 英語に借用された日本語の「いつ」と「どのくらい」 [oed][japanese][borrowing][loan_word][lexicology][statistics]

 「#3872. 英語に借用された主な日本語の借用年代」 ([2019-12-03-1]),「#142. 英語に借用された日本語の分布」 ([2009-09-16-1]) などの記事で見てきたように,英語には意外と多くの日本語単語が入り込んでいる.両言語の接触は16世紀以降のことであり (cf. 「#4131. イギリスの世界帝国化の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-18-1])),日本語単語の借用は英語史の観点からすると比較的新しい現象とはいえるが,そこそこの存在感を示しているといってよい.このことは「#45. 英語語彙にまつわる数値」 ([2009-06-12-1]),「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#2165. 20世紀後半の借用語ソース」 ([2015-04-01-1]) などでも触れてきた.
 OED Online には,様々なパラメータにより,どの時代にどのくらいの単語が英語語彙に加わったかを視覚化してくれる "Timelines" という便利な機能がある.たとえば「日本語が語源である単語」を指定すると,日本語からの借用語が「いつ」「どのくらい」英語に流入したのかを即座にグラフ化してくれる.その結果は以下の通り.

Japanese Loanwords in English Chronologically by OED

 数としては19世紀後半から爆発的に増え始め,現代に至ることがわかる.19世紀後半といえば,もちろん我が国が英米を含む西洋諸国との濃密な接触を開始した幕末・明治維新の時代である.
 棒グラフをクリックすると,該当する単語のリストも得られる.ここまで簡単な操作でグラフ化してくれるとは本当に便利な世の中になったなあ.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-08-25 Tue

#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強で,かつ重要語 [oed][french][latin][loan_word][statistics][lexicology][borrowing]

 英語語彙史において,フランス借用語の流入のピークが中英語期にあったことはよく知られている.このことは「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]),「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1]),「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1]) などのグラフを見れば,容易に理解できるだろう.
 OED が提供している Middle English: an overview の "Borrowing from Latin and/or French" を読んでいたところ,この問題と関連して具体的な数字が挙げられていたので紹介しておきたい.

By 1500, over 40 per cent of all of the words that English has borrowed from French had made a first appearance in the language, including a very high proportion of those French words which have come to play a central part in the vocabulary of modern English. By contrast, the greatest peak of borrowing from Latin was still to come, in the early modern period; by 1500, under 20 per cent of the Latin borrowings found in modern English had yet entered the language.


 フランス借用語の流入のピークは中英語期であり,ラテン借用語のピークは近代英語期だったという順序についての指摘はその通りだが,ここで目を引くのは,引用の最初に挙げられている40%強という数字である.現代英語語彙におけるフランス借用語のうち40%強が中英語期の借用であり,しかも現在も中核的な語彙として活躍しているという.言い方をかえれば,この時期に借用されたフランス単語は,古株ながらも現在に至るまで有用性を保ち続けているものが多いということである.残存率が高いと言ってもよい.
 それに対するラテン借用語の残存率は,残念ながら数字で表わされていないが,フランス語のそれよりもずっと低いと考えられる.新参者でありながら,現在まで残っていない(あるいは少なくとも有用な語として残っていない)ものが多いのである(cf. 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1])).英語史において,このフランス語とラテン語の語彙的影響の差異は興味深い.
 今回の話題と関連して,「#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語」 ([2018-01-10-1]),「#2667. Chaucer の用いた語彙の10--15%がフランス借用語」 ([2016-08-15-1]),「#2283. Shakespeare のラテン語借用語彙の残存率」 ([2015-07-28-1]) なども参照されたい.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1] [2021-07-04-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-07-26 Sun

#4108. boy, join, loiter --- 外来の2重母音の周辺的性格 [diphthong][vowel][phoneme][phonology][loan_word]

 標記の単語に含まれる2重母音 /ɔɪ/ は,現代英語ではかなりマイナーな母音である.「#1022. 英語の各音素の生起頻度」 ([2012-02-13-1]) で確認するかぎり,母音音素としては /ʊə/ につぐ最低頻度の音素である.boy, choice, enjoy, join, poison などの日常語に現われるため,あまり実感はないかもしれないが,統計上はマイナーである.
 このマイナー性の歴史的背景としては,この音素がそもそも外来のものである点を指摘できる.choice, employ, loin, moist, turmoil, soil, join, poison のようにフランス語に遡るものが圧倒的多数だが,ほかにオランダ語からの buoy, foist, loiter などもある.ギリシア語 hoi polloi,ベンガル語 poisha,中国語 hoisin,それから擬音語 ahoy, boink, oink もある.擬音語の起源にまつわる問題は別として,一般的な本来語にはルーツをたどることのできない音素なのである.
 共時的にみても,この音素はマイナーな匂いを放っている.Minkova (270) は,Vachek や Lass に言及しつつ,その周辺性を次のように紹介している.

The incorporation of the new diphthong in boy, join, coin into the English phonological system is commonly described as incomplete. Vachek (1976: 162--7, 265--8) argued that lack of parallelism with the other diphthongs ([eɪ-oʊ], [aɪ-aʊ], but not *[ɛɪ-ɔɪ]) and lack of morphophonemic alternations involving [ɔɪ] in the PDE system, makes [ɔɪ] a 'peripheral' phoneme in SSBE. He hypothesised that the survival of [ɔɪ] is associated with its pragmatic function of differentiating synchronically foreign words from native words, especially polysyllabic words. Lass (1992a: 53) also emphasises the 'foreignness' of [ɔɪ] and its structural isolation, and concludes that it . . . 'has just sat there for its whole history as a kind of non-integrated "excrescence" on the English vowel system'.


 一方,確かに周辺的な匂いはするものの,現代英語の体系に取り込まれていることは確かだという議論もある.(1) 他の2重母音と同様に音声実現上の変異を示す (ex. [ɔɪ], [oi], [ui]),(2) 接尾辞 -oid はこの2世紀の間,高い生産性を誇る,(3) 20世紀に入ってからの造語として oik (1917), oink (1935), boing (1952), boink (1963); droid (1952), roid (1978) などが現われてきている,などの事実だ.
 いろいろな観点から興味をそそる2重母音音素といえるだろう.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.
 ・ Vachek, Joseph. Selected Writings in English and General Linguistics. Prague: Academia and the Hague: Mouton, 1976.
 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.

Referrer (Inside): [2022-09-10-1] [2020-07-27-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-07-24 Fri

#4106. gaunt, aunt, lamp, danger --- 歴史的な /a(u)NC/ がたどった4つのルート [sound_change][vowel][diphthong][gvs][phonology][phonetics][anglo-norman][french][loan_word]

 歴史的に /a(u)NC/ の音連鎖をもっていた借用語は,標題に例示した通り,現代英語において4種類の発音(と揺れ)を示し得る.[ɔː ? ɑː], [ɑː ? æ(ː)], [æ(ː)], [eɪ] である.4種類間の区別は,音環境により,そしてある程度までは借用のソース方言により説明される.歴史的な /a(u)NC/ 語がたどってきた4つのルートをまとめた Minkova (241) による図表を,多少改変した形で以下に挙げよう.

SourceOutputExamples
/aNC/ (AN <-aunC>)[ɔː ? ɑː]gaunt, haunt, laundry, saunter
/aNC/ (OFr <-anC>)[ɑː ? æ(ː)]aunt, grant, slander, sample, dance
/aNC#/[æ(ː)]lamp, champ, blank, flank, bland
/aNC (palat. obstr.)/[eɪ]danger, change, range, chamber


 gaunt タイプはおよそアングロ・ノルマン語に由来し,aunt タイプは古(中央)フランス語に由来する.lamp タイプは,問題の音連鎖が語末に来る場合に観察される.danger タイプは,典型的には [ʤ] の子音が関わる語にみられ,大母音変化 (gvs) を経て長母音が2重母音変化した結果を示している(中西部から北部にかけての中英語方言の [aː] がベースとなったようだ).
 いずれのタイプについても,中英語のスペリングとしては母音部分が <a> のみならず <au> を示すことも多く,当時より母音四辺形の下部において音声実現上の揺れが様々にあったことが窺われる.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-07-17 Fri

#4099. sore の意味変化 [cognitive_linguistics][semantic_change][metaphor][metonymy][loan_word][french][prototype][polysemy]

 Geeraerts による,英語史と認知言語学 (cognitive_linguistics) のコラボを説く論考より.本来語 sore の歴史的な意味変化 (semantic_change) を題材にして,metaphor, metonymy, prototype などの認知言語学的な用語・概念と具体例が簡潔に導入されている.
 現代英語 sore の古英語形である sār は,当時よりすでに多義だった.しかし,古英語における同語の prototypical な語義は,頻度の上からも明らかに "bodily suffering" (肉体的苦しみ)だった.この語義を中心として,それをもたらす原因としての外科的な "bodily injury, wound" (傷)や内科的な "illness" (病気)の語義が,メトニミーにより発達していた.一方,"emotional suffering" (精神的苦しみ)の語義も,肉体から精神へのメタファーを通じて発達していた.このメタファーの背景には,語源的には無関係であるが形態的に類似する sorrow (古英語 sorg)との連想も作用していただろう.
 古英語 sār が示す上記の多義性は,以下の各々の語義での例文により示される (Geeraerts 622) .

(1) "bodily suffering"
   þisse sylfan wyrte syde to þa sar geliðigað (ca. 1000: Sax.Leechd. I.280)
   'With this same herb, the sore [of the teeth] calms widely'

(2) "bodily injury, wound"
   Wið wunda & wið cancor genim þas ilcan wyrte, lege to þam sare. Ne geþafað heo þæt sar furður wexe (ca. 1000: Sax.Leechd. I.134)
   'For wounds and cancer take the same herb, put it on to the sore. Do not allow the sore to increaase'

(3) "illness"
   þa þe on sare seoce lagun (ca. 900: Cynewulf Crist 1356)
   'Those who lay sick in sore'

(4) "emotional suffering"
   Mið ðæm mæstam sare his modes (ca. 888: K. Ælfred Boeth. vii. 則2)
   'With the greatest sore of his spirit

 このように,古英語
sār'' は,あくまで (1) "bodily suffering" の語義を prototype としつつ,メトニミーやメタファーによって派生した (2) -- (4) の語義も周辺的に用いられていたという状況だった.ところが,続く初期中英語期の1297年に,まさに "bodily suffering" を意味する pain というフランス単語が借用されてくる.長らく同語義を担当していた本来語の sore は,この新参の pain によって守備範囲を奪われることになった.しかし,死語に追いやられたわけではない.prototypical な語義を (1) "bodily suffering" から (2) "bodily injury, would" へとシフトさせることにより延命したのである.そして,後者の語義こそが,現代英語 sore の prototype となった(他の語義が衰退し,この現代的な状況が明確に確立したのは近代英語期).

 ・ Geeraerts, Dirk. "Cognitive Linguistics." Chapter 59 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 618--29.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow