大学は学年末,学期末である.今年度も英語史の概説の授業が終了した.受講した学生に,英語史の授業を通じて学んだ(広い意味で「学んだ」)事柄のうち,最も価値のあるものは何だったか,自由に記述してもらった.以下,目にとまったものをランダムに箇条書きで列挙する.
・ 古英語から中英語(以降)への言語変化の幅が異常に大きいことを知った
・ イギリス王室のルーツがフランス貴族にあると知って驚いた
・ イギリスが多様な人種と雑種の言語で成り立っている国だと学ぶことができた
・ 現代世界において一流の言語たる英語が,イングランド一国のなかですら社会的地位の低い言語だった時代があったことを知った
・ フランス単語には英単語に似たものがたくさんあり,前者が後者を借用したものだと思っていたが,歴史的には逆だということがわかった
・ 受験英文法には近代の規範文法家が制定したものが多いことがわかった
・ 英語の英米差が,イギリス内部の方言差に還元し得ることを知った
・ イギリス(英語)は保守的,アメリカ(英語)は革新的というステレオタイプが,反例を多く示されたことで,崩れた
・ 英語(語彙)がいかに雑種であるかがわかった
・ 英語語彙の階層構造と日本語語彙の階層構造の類似性に気づかされた
・ 不規則な言語項の背後に,種々の歴史的な要因(言語内的・外的な)が関わっていることを知った
・ 言葉は変化するものであり,固定化することはないと知った
・ 言語というものがあらゆる面で有機的で可塑的であることを学んだ
・ 言語の社会的価値や流行は時代とともに変化するものであると学んだ
・ 語彙借用の原因の一つに,流行や格好の良さ(ファッション)があるということを学んだ
・ 内面史と外面史上の出来事が芋づる式に繋がって,知識欲を満たされ,英語学習への意欲がわいた
・ 歴史と言語を照らし合わせると,今まで考えたことのなかったことが見えてきた
・ 英語と歴史を同時並行的に学習していく英語史という分野は非常に魅力的である
・ 好きなもの(英語)を軸にすれば苦手なもの(歴史)もすんなり頭に入ることがわかった(←英語は好きだが歴史が苦手という学生の言葉)
・ 英語(言語)を100%理解することは不可能だと悟り,解放された気分になった
・ 言語は外面史と内面史の両方からとらえていくべきであるとわかった
・ 英語に関係してきた他の言語(やその地域)にも興味がわいた
・ ただ TOEIC を解いたりすることだけが英語学習なのではないとわかった
・ 英語がどうしてこういう形になったのか中学や高校では一度も教わってこなかったので,初めて学ぶことができた
・ 英語の未来について興味を抱き,考察してみるようになった
・ 他のどの授業よりも「英語のおもしろさ」を知ることができた
・ 英語は大学受験の能力検査で使われる一種のパズルだと思っていたが,生きている言語として感じられるようになった
・ 言語と権力というキーワードが結びつくことを知った
・ 言語には優劣はなく,今広く用いられている言語は,たまたま歴史の途中で繁栄を遂げているだけであるということがわかった
・ 言語の力とは,言語そのものではなく,言語を話す人々の社会的影響力であることを知った
・ 言語は母語話者のためにあるという当たり前のことに気づかされた
・ 母語によるバイアスが介入するため,言語の難易度をはかることは難しいことを知った
・ 英語が一種類ではないことを知った
・ 英語が広まったのは,英語自体の特徴とは関係なく,あくまで英語を話していた人々の歴史や功績によるものであるという考えに衝撃を受けた
・ 英語がまとっている一種の正当性・優越性という言説・神話から目を覚ますことができた
・ いかに私たちが抱いている英語への認識が偏り,間違ったものであるかという点を理解することができた
・ 英語を学ぶ上で,「こういうものだ」と決めつけすぎず,その時その時に実際に使われている活きた英語に目を向けていきたいと思った
・ 英語をより多角的に,多面的に,視野を広くして見られるようになった
・ 英語に対する見方だけでなく,モノに対する見方が変わった
・ 現在の物事の姿のみから何かを類推するのはとても難しいということを学んだ
・ 事実として学んだことに対して,ふと疑問を投げかけ,その謎を追究するという姿勢を学んだ
・ 英語史という科目名にとらわれずに,世界史などを学ぶことが結果として英語史についての学びを深めることになった
・ 言語学は苦手だが,歴史は好きであり,この英語史で互いが密接に関わっていると知り,言語学の方面にも興味をもつことができた
・ 英語史の授業は総合的な授業だった
・ 当たり前と認識していたことを深く考えて,原因や背景を探ることのおもしろさがわかった
・ 英語を深く知ろうとする追究心を得た
・ 新たな英語の楽しみ方を知った
・ 他分野の歴史よりも英語史をはじめとした言語史というものは,より身近な歴史なのだと感じた
・ 英語を単なる世界共通の道具としてではなく,イギリスの人々の生活や思いや歩んできた道が詰まったものだと思うことができるようになった
・ 時とともに変化してきた英語の歴史を眺めてきて,もっと言葉を大事にしようと思った
私の英語史の組み立て方や力点の置き方を反映してくれたリアクションが多く,その点では講義担当者冥利に尽きると言うほかない.私自身もそのようなコメントから学んだり,勇気づけられたりすることが多く,早速今から来年度の授業に向けてテンションが高まっている.
「#2306. 永井忠孝(著)『英語の害毒』と英語帝国主義批判」 ([2015-08-20-1]) で紹介した書籍の出版とおよそ同時期に,施光恒(著)『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』という,もう1つの英語帝国主義批判の書が公刊されていた.ただし,力点は,英語帝国主義批判そのものというよりも日本の英語化への警鐘に置かれている.この分野の書籍の例に漏れず挑発的なタイトルだが,著者が言語学や教育学の畑ではなく政治学者であるという点で,私にとって,得られた知見と洞察が多かった.
現代日本のグローバル化と英語化の時勢は,近代史がたどってきた流れに逆行しており,むしろ中世化というに等しい,と著者は主張する.西洋近代は,それまで域内の世界語であったラテン語が占有していた宗教的・学問的な特権を突き崩し,英語,イタリア語,スペイン語,フランス語,ドイツ語など土着語の地位を高めることによって,人々の間に分け隔てなく知識を行き渡らせることを可能にした.人々は母語を通じて豊かな情報に接することができるようになり,結果として階級間の格差が小さくなった.これが,近代化の原動力だという.具体的には,聖書の各土着語への翻訳の効果が大きかった.
もし現代世界で進行している英語化がやがて完了し,かつてのラテン語のような特権を享受するようになれば,英語を理解しない非英語母語話者は情報へのアクセスの機会を奪われ,社会のあらゆる側面で不利益を被るだろう.つまり,多くの人々が中世の下級民のような地位,つまり「愚民」の地位へと落ちていくだろう,という.確かに,日本人にとって,日本語という母語・土着語を通じて情報にアクセスするのが,物事の理解・吸収のためには最も効率がよいはずであり,その媒体が英語に取って代わられてしまえば,能率は格段に落ちるはずだ.
著者は,今目指すべきは英語化ではなく,むしろ土着語化であるという逆転の発想を押し出している.では,世界中で英語やその他の言語により発信される価値ある情報は,どのように消化することができるだろうか.その最良の方法は,土着語への翻訳であるという.明治日本の知識人が,驚くべき語学力を駆使して,多くの価値ある西洋語彙を漢語へ翻訳し,日本語に浸透させることに成功したように,現代日本人も,絶え間ない努力によって,英語を始めとする外国語と母語たる日本語とのすりあわせに腐心すべきである,と (see 「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1])) .
英語が無条件に善いものであるという神話や英語化を前提とする政策の数々が,日本中に蔓延している.この盲目的で一方的な英語観の是正には,英語史を学ぶのが早いだろうと考えている.施 (215) の次の主張も傾聴に値する.
英語の隆盛の一因は,さかのぼれば,イギリス,そしてアメリカの植民地支配の歴史にある.また,第二次世界大戦後,イギリスやアメリカが,植民地を手放す際,旧植民地における実質的な政治力やビジネス上の有利さを残すため,国家戦略の一端として英語の覇権的地位を保ち,推進するよう努めてきた「成果」でもある.
『英語化は愚民化』よりキーワードを拾ったので,次に示しておこう.英語教育改革,英語公用語化論,オール・イングリッシュ,グローバル化史観,啓蒙主義,新自由主義(開放経済,規制緩和,小さな政府),TPP,ボーダレス化,リベラル・ナショナリズム,歴史法則主義.
・ 施 光恒 『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』 集英社〈集英社新書〉,2015年.
本日,大学のゼミの授業で「OED Online に触れてみる」と題して講習会を行うにあたって,補助的な資料を作って配布する予定なので,以下にHTML版を掲載しておきたい.配布用のPDF版はこちらからどうぞ.OED を利用した調査(結果)の実例へのリンクを多く張ったので,参考になれば.
現代英語における綴字と発音の乖離の問題については,spelling_pronunciation_gap の多くの記事で取り上げてきた.とりわけその歴史的要因については,「#62. なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか」 ([2009-06-28-2]) でまとめた.今回は英語綴字について言われる不規則性の種類と,それが生じた歴史的要因に注目し,改めて関連する事情を箇条書きで整理したい.各項の説明は,関連する記事のリンクにて代える.
[ 不規則性の不満の背後にある前提 ]
(1) アルファベットは表音文字体系を標榜している以上「1文字=1音」を守るべし (see #1024)
(2) 綴字規則に例外あるべからず (see #503)
(3) 1つの単語に対して1つの決まった綴字があるべし,という正書法 (orthography)の発想 (see ##53,54,194)
[ 不規則性の種類 ]
(1) 1つの文字(列)に対して複数の音: <o> で表わされる音は? <gh> で表わされる音は? (see ##210,1195)
(2) 1つの音に対して複数の文字(列): /iː/ を表わす文字(列)は? /k/ を表わす文字(列)は? (see #2205)
(3) 黙字 (silent_letter): climb, indict, doubt, imbroglio, high, hour, marijuana, know, half, autumn, receipt, island, listen, isthmus, liquor, answer, plateaux, randezvous
(4) 形態音韻上の交替: city/cities, swim/swimming, die/dying (see #1284)
(5) 綴字のヴァリエーション: color/colour, center/centre, realize/realise, jail/gaol (see #94)
[ 不規則性の歴史的要因 ]
(1) 英語は,音素体系の異なるラテン語を表記するのに最適化されたローマン・アルファベットという文字体系を借りた (see ##423,1329,2092)
(2) 英語は,諸言語から語彙とともに綴字体系まで借用した (see #2162)
(3) 綴字の標準を欠く中英語期の綴字習慣の余波 (see ##562,1341,1812)
(4) 各時代の書写の習慣,美意識,文字配列法 (graphotactics) (see ##91,223,446,1094,2227,2235)
(5) 語源的綴字 (see etymological_respelling)
(6) 表音主義から表語主義への流れ (see ##1332,1386,1760,2043,2058,2059,2097,2312,2344)
(7) 音はひたすら変化するが,文字は保守的 (see ##15,2292)
(8) 綴字標準化の間の悪さ (see ##1902,297,871,312)
(9) 変種間,位相間の綴字ヴァリエーション (see #ame_bre spelling)
(10) 綴字改革の難しさ (see spelling_reform)
[ 前提を疑う必要 ]
(1) アルファベットは表音文字体系だが,単語を表記するためにそれを組み合わせた単位である綴字は表語的である
(2) 1つの単語に対して1つの決まった綴字があるべしという正書法の発想は,多くの言語において近代以降に特徴的な考え方である (see #2392)
(3) 綴字規則には例外が多いが,個々の例外の多くは歴史的に説明される
・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
以下の記事で,国際学会の参加報告を行ってきた.
・ 「#2004. ICEHL18 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2014-10-22-1])
・ 「#2325. ICOME9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-08-1])
・ 「#2326. SHEL-9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-09-1])
報告をまとめながら,大学院生や若手研究者の立場に立って,英語史分野に関する国際学会に参加する長所と短所をブレストしてみた.多分に個人的な意見も混じっているが,何かの参考になるかもしれないと思い,箇条書きで綴っておきたい.
[長所]
・ 関心を共有する世界中の人々が1つの部屋に集まるので,エネルギー密度が高い
・ 世界的研究者の過去・現在の関心が目の前で開陳される(著書を読むきっかけになったり,既読の著書の理解向上にも)
・ 発表,司会,懇親会への参加を通じて,学会(学界)の主要人物と知り合えたり,誰が何を研究しているか等を知ることができる
・ 日本国内で会う機会の少ない日本人研究者と海外で出会えることもある
・ Proceedings に投稿する権利を得られる(論文執筆のペースメーカーに)
・ 論文執筆を意識しつつ英語の口頭発表の準備をすることで二度手間を省ける
・ 新著購入の割引のチャンスを得られる
・ 応募にあたっての敷居は,日本国内の学会と比べて著しく高いわけではない
・ (少なくとも私がこれまで出席した国際学会ではどこでも)聴衆が,若手・新人に対して温かく教育的に接してくれる
・ 国際的に発表すると自信がつく
[短所]
・ 渡航費などの負担
・ 開催時期が,日本では学期中など,タイミングがよくないことも
・ 応募締切が早い
・ 英語で発表する必要がある
旅行好きであれば,ほかにも他愛もない長所が多数挙げられるはずである.経済的な問題をはじめ短所もあるが,多くの長所を買えると思えば,個人的には安いと思う.国際学会で(も),お会いしましょう.
6月に出版された標題の新書がよく読まれているようだ.出版されて間もない時期に書店に平積みになっているところを購入し,読んでみた.一言でいえば英語帝国主義批判の書である.この種の書物には著者のイデオロギーが前面に出ており,挑発的で,毒々しく,痛ましい読後感をもつものが多い.この著書にもその色が感じられるが,現代日本社会の英語にまつわる事情をうまく提示しながら読者を説得しようとしている点が注目に値する.ただし,著者が,書籍というメディアでこの主張を広めることは難しいと吐露するくだり (p. 169) は,類書と同様,ある種の痛ましさを感じさせずにはおかない.いや,私自身もこの点ではおおいに同情する一人である.
私も英語帝国主義の議論には関心をもっているが,この問題については,原則として歴史的な観点から迫る必要があると思っている.その理由は,英語が帝国主義的になってきた(とらえられてきた)のは近代以降の歴史においてであり,現代の視点に立っていくら説得しようとしても,根拠が弱いために説得力が持続しないだろうと思うからだ.『英語の害毒』は,現代日本人の多くの直感的な英語観を指摘したり,あるいはその裏をかくような事実を豊富に挙げ,それを起点にして英語帝国主義批判を繰り広げているが,歴史への言及はほとんどない.したがって,瞬発的な説得の効果はあるかもしれないが,持続的な効果はないのではないかと思う.よく読まれているだけに,そこが残念である.だが,突破口としてはよいのかもしれない.この突破力を積極的に認め,読みやすい新書として世に出たことを有意義と評価したい.
本ブログでは,英語帝国主義の問題に関連して「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1]),「#1607. 英語教育の政治的側面」 ([2013-09-20-1]),「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]),「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1]),「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1]) ほか,linguistic_imperialism の各記事で触れてきた.私は,この問題に対して,日本を含めた現代世界において,英語には全肯定も全否定もありえないという立場に立っている.ただし,永井氏の主張するように,現代日本の英語観の圧倒的なデフォルトが「英語万歳」であり,バランスが著しく肯定側に偏っているという現実がある以上,バランス是正を念頭に,否定側を擁護する必要があると感じる機会は多い.この意味でも,上にも述べたとおり,読みやすく,かつ突破口を開く新書として本書が出版された意義を認めたい.
なお,英語帝国主義批判と関連して,英語史という分野が,英語の光と影を浮かび上がらせる貴重な機会を提供してくれる分野であることを添えておきたい.英語の言語内的な変化と言語外的な発展を学ぶことにより,どの点が英語帝国主義の賛成論あるいは反対論において利用されやすいかが見えてくるし,その議論の当否についても自分なりの判断を下すことができるようになる.
・ 永井 忠孝 『英語の害毒』 新潮社〈新潮新書〉,2015年.
英語史を学ぶ上で有用な地図25枚を解説つきで掲載しているウェブページをみつけたので紹介したい.25 maps that explain the English language では,地図や図式で表わすことのできる英語史上の重要な話題が取り上げられており,それがおよそ時代順に並べられている.25項目の題名を抜き出してみよう.
1. Where English comes from
2. Where Indo-European languages are spoken in Europe today
3. The Anglo-Saxon migration
4. The Danelaw
5. The Norman Conquest
6. The Great Vowel Shift
7. The colonization of America
8. Early exploration of Australia
9. Canada
10. English in India
11. Tristan da Cunha
12. Countries with English as the official language
13. Which countries in Europe can speak English
14. Where people read English Wikipedia
15. Where new English words come from
16. How vocabulary changes based on what you're writing
17. Vocabulary of Shakespeare vs. rappers
18. Where English learners speak the language proficiently
19. Scores on the Test of English as a Foreign Language
20. Immigrants to the US are learning English more quickly than previous generations
21. Where Cockneys come from
22. Dialects and accents in Britain
23. North American vowel shift
24. American dialects
25. You guys vs. y'all
本ブログでもこれらの多くの話題を取り上げてきたので,関連する記事をキーワードで検索されたい.地図や図表のような視覚資料についても,本ブログでは積極的に掲載してきた.map の各記事,およびイメージ集もご覧ください.
新年度なので,授業で英語史の概説書などを紹介する機会があるが,英語史の定番・名著といえば Baugh and Cable である(ほかには「#1445. 英語史概説書の書誌」 ([2013-04-11-1]) も参照).「#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次」 ([2015-01-15-1]) で2013年に出版された第6版の目次を紹介した.では,第6版は先行する第5版からどのように変化したのだろうか.両版を比較した和田によると,次のような異同が認められるという.
(1) 新たに第12章として,21世紀に向けた英語やその他の国際的な言語に関する章が付け加えられ,様々な言語的アプローチや言語における相対的な複雑性といった観点を含んだ議論がなされている.(2) 音韻変化について,新しいアプローチが加えられ,第3章の古英語,第7章の中英語の各章で紹介されている.(3) ルネサンス期の英語について,コーパス言語学的なアプローチが加えられている.(4) accent と register に関するセクションが加えられている.(5) アフリカ系黒人英語の観点から creolists と neo-Anglicists に関する最新の議論が加えられている.(6) 書誌情報の更新がなされている.
さらに和田によると,中世英語の記述に的を絞ると,§38にて古英語期を中心としたその前後の時代に起こった音韻変化の解説が従来よりも詳しく書かれており,グリムの法則以後の主要な音韻変化の理解が縦につながるような工夫がなされているという.中英語を扱う第7章の冒頭セクション(§§111--12)でも,前の版にはみられなかった中英語の音韻変化が具体的に解説されており,音韻分野での最新の研究成果が反映されたものと考えられる.
21世紀の英語,あるいは英語の未来を扱うような章節の追加は,近年出された英語史概説書に共通する特徴である.社会的な視点が豊富に取り入れられているのも最近の傾向だろう.だが,コーパス言語学の知見については,もっと取り入れられてもよいのではないかと思う.それくらいにコーパスを用いた研究の進展は著しい.Baugh and Cable の書誌情報は相変わらず豊富で,貴重である.
英語史を志す大学生の皆さんには,早い段階での通読をお勧めします.
ほかに英語史概説書の目次シリーズより,以下の記事も参照.
・ 「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1])
・ 「#2038. Fennell の英語史概説書の目次」 ([2014-11-25-1])
・ 「#2050. Knowles の英語史概説書の目次」 ([2014-12-07-1])
・ 和田 忍 「新刊紹介 Albert C. BAUGH & Thomas CABLE, A History of the English Language, Sixth edition, Upper Saddle River, NJ, Pearson, 2013, 446+xviii p., $174.07」『西洋中世研究』第5号,2013年,159頁.
以下は,Mitchell and Robinson の A Guide to Old English (179) に掲載されている,現代英語としてほぼそのまま読める古英語の文章である.
Harold is swift. His hand is strong and his word grim. Late in līfe hē went tō his wīfe in Rōme.
Is his inn open? His cornbin is full and his song is writen.
Grind his corn for him and sing mē his song.
Hē is dēad. His bed is under him. His lamb is dēaf and blind. Hē sang for mē.
Hē swam west in storme and winde and froste.
Bring ūs gold. Stand ūp and find wīse men.
だが,年度の初めの授業で古英語を導入するつもりで上の文章を見せると,相当に誤解を招くことになるだろう.現代英語として理解できる語彙と文法で強引にでっちあげた文章であり,実際には,ほとんど違和感もなく読めてしまうこのような古英語文に出会う機会はまれと言わざるを得ない.しかし,古英語と現代英語が千年以上の時を隔てて連綿とつながっていることは,この文章からも明らかである.やはり,英語は英語である.
続いて,見た目は現代英語とかけ離れているが,多少の古英語の発音規則を学んだ後で発音してみると現代英語の響きにおよそ通じ,およそ理解可能という古英語文を見てみよう (Mitchell and Robinson 179--80) .
Is his þeġn hēr ġīet?
His līnen socc fēoll ofer bord in þæt wæter and scranc.
Hwǣr is his cȳþþ and cynn?
His hring is gold, his disc glæs, and his belt leðer.
Se fisc swam under þæt scip and ofer þone sciellfisc.
His ċicen ran from his horsweġe, ofer his pæð, and in his ġeard.
Se horn sang hlūde: hlysten wē!
Se cniht is on þǣre brycge.
Sēo cwēn went from þǣre ċiriċe.
Hēo siteþ on þǣre benċe.
God is gōd.
Þis trēow is æsc, ac þæt trēow is āc.
Hē wolde begān wiċċecræft, and hē began swā tō dōnne.
Fuhton ȝē manlīċe oþþe mānlīċe?
His smiððe is þām smiðe lēof.
新年度の古英語初学者のみなさん,恐れる必要はありません!
・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 8th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.
「#1813. IPA の肺気流による子音の分類」 ([2014-04-14-1]) に引き続き,調音音声学に関する図表について.Carr (xx--xxi) の音声学の教科書に,調音器官の図とIPAの分節音の表が見開きページに印刷されているものを見つけたので,スキャンした(画像をクリックするとPDFが得られる).
特に右上にある肺気流による子音の分類表について,学習の一助になるようにと,表の穴埋め問題生成ツールを以下に作ってみた.調音音声学の学習の一助にどうぞ.
「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1]),「#2038. Fennell の英語史概説書の目次」 ([2014-11-25-1]),「#2050. Knowles の英語史概説書の目次」 ([2014-12-07-1]) に続き,英語史概説書の目次を抜粋するシリーズ.今回は,6版を重ねる英語史の古典的かつ現役の名著 Baugh and Cable の A History of the English Language より.私が学生のときに読んだのは古い版だったが,英語の読みやすさと引き込むような文体で英語史の魅力にとりつかれた.
2013年に出版された最新版6版では,現代英語と英語の未来を扱う1章と12章に大幅な改訂と追加が見られるほか,初期近代英語の章でコーパス言語学の成果を紹介するなど,英語史研究の進展に沿ったヴァージョンアップがなされている.私自身による読み上げ音声ファイルはこちら.
1 English Present and Future
1. The History of the English Language as a Cultural Subject
2. Influences at Work on Language
3. Growth and Decay
4. The Importance of a Language
5. The Importance of English
6. The Future of the English Language: Demography
7. External and Internal Aspects of English
8. Cosmopolitan Vocabulary
9. Inflectional Simplicity
10. Natural Gender
2 The Indo-European Family of Languages
11. Language Constantly Changing
12. Dialectal Differentiation
13. The Discovery of Sanskrit
14. Grimm's Law
15. The Indo-European Family
16. Indian
17. Iranian
18. Armenian
19. Hellenic
20. Albanian
21. Italic
22. Balto-Slavic
23. Germanic
24. Celtic
25. Twentieth-century Discoveries
26. The Home of the Indo-Europeans
3 Old English
27. The Languages in England before English
28. The Romans in Britain
29. The Roman Conquest
30. Romanization of the Island
31. The Latin Language in Britain
32. The Germanic Conquest
33. Anglo-Saxon Civilization
34. The Names "England" and "English"
35. The Origin and Position of English
36. The Periods in the History of English
37. The Dialects of Old English
38. Old English Pronunciation
39. Old English Vocabulary
40. Old English Grammar
41. The Noun
42. Grammatical Gender
43. The Adjective
44. The Definite Article
45. The Personal Pronoun
46. The Verb
47. The Language Illustrated
48. The Resourcefulness of the Old English Vocabulary
49. Self-explaining Compounds
50. Prefixes and Suffixes
51. Syntax and Style
52. Old English Literature
4 Foreign Influences on Old English
53. The Contact of English with Other Languages
54. The Celtic Influence
55. Celtic Place-Names and Other Loanwords
56. Three Latin Influences on Old English
57. Chronological Criteria
58. Continental Borrowing (Latin Influence of the Zero Period)
59. Latin through Celtic Transmission (Latin Influence of the First Period)
60. Latin Influence of the Second Period: The Christianizing of Britain
61. Effects of Christianity on English Civilization
62. The Earlier Influence of Christianity on the Vocabulary
63. The Benedictine Reform
64. Influence of the Benedictine Reform on English
65. The Application of Native Words to New Concepts
66. The Extent of the Influence
67. The Scandinavian Influence: The Viking Age
68. The Scandinavian Invasions of England
69. The Settlement of the Danes in England
70. The Amalgamation of the Two Peoples
71. The Relation of the Two Languages
72. The Tests of Borrowed Words
73. Scandinavian Place-names
74. The Earliest Borrowing
75. Scandinavian Loanwords and Their Character
76. The Relation of Borrowed and Native Words
77. Form Words
78. Scandinavian Influence outside the Standard Speech
79. Effect on Grammar and Syntax
80. Period and Extent of the Influence
5 The Norman Conquest and the Subjection of English, 1066--1200
81. The Norman Conquest
82. The Origin of Normandy
83. The Year 1066
84. The Norman Settlement
85. The Use of French by the Upper Class
86. Circumstances Promoting the Continued Use of French
87. The Attitude toward English
88. French Literature at the English Court
89. Fusion of the Two Peoples
90. The Diffusion of French and English
91. Knowledge of English among the Upper Class
92. Knowledge of French among the Middle Class
6 The Reestablishment of English, 1200--1500
93. Changing Conditions after 1200
94. The Loss of Normandy
95. Separation of the French and English Nobility
96. French Reinforcements
97. The Reaction against Foreigners and the Growth of National Feeling
98. French Cultural Ascendancy in Europe
99. English and French in the Thirteenth Century
100. Attempts to Arrest the Decline of French
101. Provincial Character of French in England
102. The Hundred Years' War
103. The Rise of the Middle Class
104. General Adoption of English in the Fourteenth Century
105. English in the Law Courts
106. English in the Schools
107. Increasing Ignorance of French in the Fifteenth Century
108. French as a Language of Culture and Fashion
109. The Use of English in Writing
110. Middle English Literature
7 Middle English
111. Middle English a Period of Great Change
112. From Old to Middle English
113. Decay of Inflectional Endings
114. The Noun
115. The Adjective
116. The Pronoun
117. The Verb
118. Losses among the Strong Verbs
119. Strong Verbs That Became Weak
120. Survival of Strong Participles
121. Surviving Strong Verbs
122. Loss of Grammatical Gender
123. Middle English Syntax
124. French Influence on the Vocabulary
125. Governmental and Administrative Words
126. Ecclesiastical Words
127. Law
128. Army and Navy
129. Fashion, Meals, and Social Life
130. Art, Learning, Medicine
131. Breadth of the French Influence
132. Anglo-Norman and Central French
133. Popular and Literary Borrowings
134. The Period of Greatest Influence
135. Assimilation
136. Loss of Native Words
137. Differentiation in Meaning
138. Curtailment of OE Processes of Derivation
139. Prefixes
140. Suffixes
141. Self-explaining Compounds
142. The Language Still English
143. Latin Borrowings in Middle English
144. Aureate Terms
145. Synonyms at Three Levels
146. Words from the Low Countries
147. Dialectal Diversity of Middle English
148. The Middle English Dialects
149. The Rise of Standard English
150. The Importance of London English
151. The Spread of the London Standard
152. Complete Uniformity Still Unattained
8 The Renaissance, 1500--1650
153. From Middle English to Modern
154. The Great Vowel Shift
155. Weakening of Unaccented Vowels
156. Changing Conditions in the Modern Period
157. Effect upon Grammar and Vocabulary
158. The Problems of the Vernaculars
159. The Struggle for Recognition
160. The Problem of Orthography
161. The Problem of Enrichment
162. The Opposition to Inkhorn Terms
163. The Defense of Borrowing
164. Compromise
165. Permanent Additions
166. Adaptation
167. Reintroductions and New Meanings
168. Rejected Words
169. Reinforcement through French
170. Words from the Romance Languages
171. The Method of Introducing New Words
172. Enrichment from Native Sources
173. Methods of Interpreting the New Words
174. Dictionaries of Hard Words
175. Nature and Extent of the Movement
176. The Movement Illustrated in Shakespeare
177. Shakespeare's Pronunciation
178. Changes Shown through Corpus Linguistics
179. Grammatical Features
180. The Noun
181. The Adjective
182. The Pronoun
183. The Verb
184. Usage and Idiom
185. General Characteristics of the Period
9 The Appeal to Authority, 1650--1800
186. The Impact of the Seventeenth Century
187. The Temper of the Eighteenth Century
188. Its Reflection in the Attitude toward the Language
189. "Ascertainment"
190. The Problem of "Refining" the language
191. The Desire to "Fix" the Language
192. The Example of Italy and France
193. An English Academy
194. Swift's Proposal, 1712
195. Objection to an Academy
196. Substitutes for an Academy
197. Johnson's Dictionary
198. The Eighteenth-century Grammarians and Rhetoricians
199. The Aims of the Grammarians
200. The Beginnings of Prescriptive Grammar
201. Methods of Approach
202. The Doctrine of Usage
203. Results
204. Weakness of the Early Grammarians
205. Attempts to Reform the Vocabulary
206. Objections to Foreign Borrowings
207. The Expansion of the British Empire
208. Some Effects of Expansion on the Language
209. Development of Progressive Verb Forms
210. The Progressive Passive
10 The Nineteenth and Twentieth Centuries
211. Influences Affecting the Language
212. The Growth of Science
213. Automobile, Film, Broadcasting, Computer
214. The World Wars
215. Language as a Mirror of Progress
216. Sources of the New Words: Borrowings
217. Self-explaining Compounds
218. Compounds Formed from Greek and Latin Elements
219. Prefixes and Suffixes
220. Coinages
221. Common Words from Proper Names
222. Old Words with New Meanings
223. The Influence of Journalism
224. Changes of Meaning
225. Slang
226. Register
227. Accent
228. British and Irish English
229. English World-Wide
230. Pidgins and Creoles
231. Spelling Reform
232. Purist Efforts
233. Gender Issues and Linguistic Change
234. The Oxford English Dictionary
235. Grammatical Tendencies
236. Verb-adverb Combinations
237. A Liberal Creed
11 The English Language in America
238. The Settlement of America
239. The Thirteen Colonies
240. The Middle West
241. The Far West
242. Uniformity of American English
243. Archaic Features in American English
244. Early Changes in the Vocabulary
245. National Consciousness
246. Noah Webster and an American Language
247. Webster's Influence on American Spelling
248. Webster's Influence on American Pronunciation
249. Pronunciation
250. The American Dialects
251. The Controversy over Americanisms
252. The Purist Attitude
253. Present Differentiation of Vocabulary
254. American Words in General English
255. Scientific Interest in American English
256. American English and World English
12 The Twenty-first Century
257. The Future of English: Three Circles
258. How Many Speakers?
259. Cross-linguistic Influence and the Spread of Languages
260. The Relative Difficulty of Languages
261. The Importance of Chinese
262. India and the Second Circle
263. The Expanding Circle
264. Coming Full Circle
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
今年度もゼミ生から卒業論文が提出された.今年度は以下の9本である.緩く分野別に並べてみた.
(1) 中英語期のフランス借用語の傾向について --- 宗教運動の盛衰という観点から ---
(2) フランス語における英語の借用とイギリスの時代背景
(3) 「神」を意味する言葉とその使い分け
(4) The Backgrounds of "Swear" --- Why It Has Double Meanings
(5) 意味の分解によるベーシック・イングリッシュの動詞表現の考察
(6) with にもたらされた多義性 --- コーパスを用いて fight with の意味分化を調査する ---
(7) 習慣・非習慣用法における黒人英語とアイルランド英語の関係性
(8) 英語商品名の総称化プロセスにおける Majuscule Loss について --- 社会背景を含めた考察 ---
(9) イギリスの階級と言葉 -- 日本の士農工商社会と比較して ---
社会言語学的な視点を含めた英語史の話題が比較的多かったように思う.ゼミの授業ではとりわけこのような視点に注目した内容を扱ったわけではなかったのだが,学生が関心を抱きやすいテーマなのだろう.語彙,意味,語法は例年人気のある分野で今年度も多かったが,音声や形態の研究はなかった.一方,私が綴字にこだわった年度だったためか,その関連で1本が提出された.○○英語を扱う World Englishes への関心は毎年続いており,今年もあった.近年の潮流となってきている歴史語用論の観点からの研究も1本出された.
2009年度以来の歴代卒論題目リスト集もどうぞ (##2065,1745,1379,973,608,266) .来年度もバリエーション豊かな話題に期待します!
黒田は言語学の入門書で,大学などで言語学に初めて接する学習者がしばしば「言語学のストレス」を体験すると述べている.言語学を教える身としてこれは人ごとではなく,なかなか興味深い話題なので,考えてみたい.黒田 (29) は4つのストレスを挙げている.
(1) イメージを否定されるストレス
(2) 用語の厳密さに対するストレス
(3) 枠にはめられるストレス
(4) 日常のことば遣いに対して指摘されるストレス
まず (1) について.すでに日本語を話しながら生活している者にとって,言語とは空気のように慣れ親しんだ自然なものである.ところが,言語学ではこれまで当然と思ってきたことがおよそすべて否定され,受け入れてきた前提が覆される.確かにその通りだ.多少のはったりを込めつつ,私もいろいろな授業で「日本語とか英語などというものは存在しない」とか「万人がバイリンガル,いやマルチリンガルだ」とか「正しい文法などは存在しない」などと明言する(「うそぶく」ともいう).日本語以外に知っている言語といえば英語であり,これまで何年も英語教育を受けてきた学生にとって,「英語というものは存在しない」とか「正しい英語とは虚構である」などと指摘されれたところで,何のことを言っているのかちんぷんかんぷんだろう.だが,そのような馬鹿げたことをある程度本気で言っているらしいということになれば,学生も言語学という分野に対して警戒心を抱くことになる.
(2) は本当はどの学問分野にも一般に言えることなのだが,確かに言語学も用語にはうるさい.学生はこれまでの国文法や英文法の授業で「名詞」「動詞」に始まり「未然形」「係り結び」「現在完了」「分詞構文」などという小難しい用語に苦しめられてきた.そのような用語の嵐に襲われてきた末に入った大学では,言語に関わるディスコースでは「母国語」ではなく「母語」を使うべし (cf. 「#1537. 「母語」にまつわる3つの問題」 ([2013-07-12-1]) や「#1926. 日本人≠日本語母語話者」 ([2014-08-05-1]))とか,「語」ではなく「形態素」を使えとか,「方言」ではなく「変種」と言うべしなどと諭されることになる(←よく諭すのは私).この人は言葉尻を取ることばかり考えているのではないかということになり,不信感が増す.
(3) は私としては実感がわかないのだが,黒田 (32--35) によれば例えば「言語は人間に特有の能力であり,他の動物にはないものである」というような枠のはめ方にストレスを感じる人がいるということらしい.このストレスについて私に(想像ですら)実感がわかないのは,私自身が言語学にあまり厳しい枠をはめたくないと思っているからかもしれないが,確かに伝統的な言語学やその下位分野にはそれぞれ独自の守備範囲,すなわち「枠」があるのは確かだ.構造言語学,生成文法,認知言語学などという学派を言語学の「枠」ととらえるのであれば,確かにこれは一種のストレスかもしれない.これは結構分かるような気がする.
(4) のストレスは (1) に通じるが,黒田 (35) によれば「多くの人がフラストレーションを感じる最大のもの」であり「自分ではふだん何気なく使っていることばに対して,トヤカクいわれるのはみんないやなのだ」ということである.しかし,もしこのストレスが普段の言葉遣いの正誤に関して言語学に干渉されたくないというストレスという理解であれば,それは当を得ていない.というのは,そもそも現代の言語学は,言葉遣いの正用と誤用を判断する規範主義的な立場を取っていないからだ.言語学は,通常,語法の正誤について無関心である.したがって,(4) は幻のストレス,いわば独り相撲である.
と,ここまで書いて,言語のような当たり前のことを追究するというのはとても難しいことなのかもしれないと思い直した.だが,私は言語学の考え方に対してストレスというよりはむしろ解放を感じているということは述べておきたい.(1) と (2) に基づいて,学生の言語に対する「イメージを否定」し「用語の厳密さ」を要求し続けていこうと思う(疎まれない範囲で).また,(3) と (4) については,完全とはいかないかもしれないけれども,なるべく干渉せずという方針でいきたいなと.
・ 黒田 龍之助 『はじめての言語学』 講談社〈講談社現代新書〉,2004年.
「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1]),「#2038. Fennell の英語史概説書の目次」 ([2014-11-25-1]) に続き,社会言語学的な観点を多分に含んだもう1つの読みやすい英語史書,Gerry Knowles 著 A Cultural History of the English Language の目次を掲げる.歴史社会言語学的な立場からの英語史概説書を紹介する機会が多いが,個人的には今や古典といってよい,筋金入りの構造主義路線をいく Strang や特異な言語史観をもつ Görlach なども本当は好きである.それでも個別言語史は話者(集団)の歴史,いわゆる外面史とともに記述するのが原則だろうとは思っている.
Knowles の章節のタイトルを見ていくと,Jespersen の Growth and Structure of the English Language を彷彿させるところがある.社会史としての英語史の流れが簡潔にとらえられる目次だ.Knowles に言及した過去の記事も参照されたい.
1 Introduction
1.1 An outline history
1.2 Language and social change
1.3 Language, evolution and progress
1.4 Language and myth
1.5 Language superiority
2 The origins of the English language
2.1 The linguistic geography of Europe
2.2 Language in Britain
2.3 Early English
2.4 The survival of Celtic
2.5 The British people
3 English and Danish
3.1 Old English and Old Norse
3.2 Norse immigration
3.3 The Anglo-Saxon written tradition
3.4 English in the Danelaw
3.5 Norse influence on English
4 English and French
4.1 England and France
4.2 Literacy in the medieval period
4.3 The reemergence of English
4.4 English under French influence
4.5 Printing
5 English and Latin
5.1 The Lollards
5.2 Classical scholarship
5.3 Scholarly writing in English
5.4 The English Bible
5.5 The legacy of Latin
6 The language of England
6.1 Saxon English
6.2 The language arts
6.3 English spelling and pronunciation
6.4 The study of words
6.5 Elizabethan English
7 The language of revolution
7.1 The Norman yoke
7.2 The Bible and literacy
7.3 Language, ideology and the Bible
7.4 The intellectual revolution
7.5 The linguistic outcome of the English revolution
8 The language of learned and polite persons
8.1 Language and science
8.2 The improving language
8.3 The uniform standard
8.4 A controlled language
8.5 A bourgeois language
9 The language of Great Britain
9.1 The codification of Standard English
9.2 London and the provinces
9.3 English beyond England
9.4 English pronunciation
9.5 Change in Standard English
10 The language of empire
10.1 The international spread of English
10.2 The illustrious past
10.3 Working-class English
10.4 The standard of English pronunciation
10.5 Good English
11 Conclusion
11.1 The aftermath of empire
11.2 English in the media
11.3 Speech and language technology
11.4 The information superhighway
11.5 English in the future
・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1]) に続き,英語史概説書の目次を挙げて,英語史 (a history of English) を数分で俯瞰するというシリーズの第2弾.Fennell (2001) は,本ブログでもたびたび参照してきた英語史概説書であり,歴史社会言語学的なアプローチに特徴がある.ある書評を読むと,"A Sociolinguistic Approach" という副題の割には,とりわけ古い時代における社会言語学的な扱いは弱く,体系的でもないという.一方で,最後の3章,後期近代英語以降の各章では社会言語学的な洞察が光っており,読むに値するという評価がある.私もおよそこの評価に同意する.新しい洞察がどれだけあるかといえば必ずしも多くはないかもしれないが,近代以前の時代についても社会言語学的に興味深い話題をいくつか提供しており,社会言語学的に英語史を眺めるとどうなるかという試みとしてはよいのではないかと好意的に見ている.社会言語学寄りとはいえ伝統的な構造言語学的な記述も多いので,その他の定評のある英語史概説書を1, 2冊読んだ上で読むのに適するのではないか.ノードの開閉もできる Flash 版ももどうぞ.
1 Introduction
1.1 The Time Periods of English
1.2 Language Change
1.3 Sources of Information on Language Change
1.4 Linguistic Preliminaries
1.5 The Sounds of English, and Symbols Used to Describe Them
1.5.1 Consonants
1.5.2 Vowels
1.5.2.1 Monophthongs
1.5.2.2 Diphthongs
1.6 Structure of the Book
2 The Pre-history of English
Timeline: The Indo-European Period
2.1 The Indo-European Languages and Linguistic Relatedness
2.1.1 The Beginnings
2.1.2 The Development of Historical Linguistics
2.1.3 Genetic Relatedness
2.2 Linguistic Developments: The Indo-European Language Family
2.2.1 Family-Tree Relationships
2.2.2 The Indo-European Family
2.2.2.1 Indo-Iranian
2.2.2.2 Armenian
2.2.2.3 Albanian
2.2.2.4 Balto-Slavonic
2.2.2.5 Hellenic
2.2.2.6 Italic
2.2.2.7 Celtic
2.2.2.8 Germanic
2.3 From Indo-European to Germanic
2.3.1 Prosody
2.3.2 The Consonant System: Sound Shifts
2.3.2.1 Grimm's Law
2.3.2.2 Verner's Law
2.3.2.3 The Second Consonant Shift
2.3.3 The Vowel System
2.3.4 Morphology
2.3.5 Syntax
2.3.6 Lexicon
2.3.7 Semantics
2.3.8 Indo-European/Germanic Texts
2.3.9 Neogrammarians, Structuralists and Contemporary Linguistic Models
2.4 Typological Classification
2.4.1 Universals
2.4.1.1 Syntactic Universals
2.4.2 Morphological Typology
2.5 Sociolinguistic Focus. The Indo-European Tribes and the Spread of Language. Language Contact and Language Change. Archaeological Linguistics
2.5.1 Language Contact
2.5.2 Archaeological Linguistics
2.6 Conclusion
3 Old English
Timeline: The Old English Period
3.1 Social and Political History
3.1.1 Britain before the English
3.1.2 The Anglo-Saxon Invasions
3.1.3 Anglo-Saxon Influence
3.1.4 Scandinavian Influence
3.2 Linguistic Developments: The Sounds, Structure and Typology of Old English
3.2.1 The Structure of Old English
3.2.1.1 OE Consonants
3.2.1.2 Vowels: from Germanic to Old English
3.2.1.3 Old English Gender
3.2.1.4 Inflection in Old English
3.2.1.5 Old English Syntax
3.2.1.6 Old English Vocabulary
3.3 Linguistic and Literary Achievements
3.3.1 Texts
3.3.1.1 Prose
3.3.1.2 Poetry
3.4 The Dialects of Old English
3.5 Sociolinguistic Focus
3.5.1 Language Contact
3.5.1.1 Latin and Celtic
3.5.1.2 The Scandinavians
4 Middle English
Timeline: The Middle English Period
4.1 Social and Political History
4.1.1 Political History: The Norman Conquest to Edward I
4.1.2 Social History
4.1.2.1 The Establishment of Towns and Burghs and the Beginnings of Social Stratification
4.2 Linguistic Developments: Middle English Sounds and Structure, with Particular Emphasis on the Breakdown of the Inflectional System and its Linguistic Typological Implications
4.2.1 Major Changes in the Sound System
4.2.1.1 The Consonants
4.2.1.2 Consonant Changes from Old to Middle English
4.2.1.3 Vowels in Stressed Syllables
4.2.1.4 Vowels in Unstressed Syllables
4.2.1.5 Lengthening and Shortening
4.2.1.6 Summary Table of Vowel Changes from Old to Middle English
4.2.1.7 The Formation of Middle English Diphthongs
4.2.2 Major Morphological Changes from Old to Middle English
4.2.2.1 Loss of Inflections
4.2.2.2 Other Changes in the Morphological System
4.2.2.3 Verbs
4.2.3 Middle English Syntax
4.2.3.1 Word Order
4.2.4 The Lexicon: Loan Words from French
4.2.4.1 Numbers and Parts of the Body
4.2.4.2 Two French Sources
4.3 Middle English Dialects
4.3.1 Linguistic and Literary Achievements
4.3.1.1 Middle English Literature
4.3.2 Language
4.3.3 Genre
4.4 Sociolinguistic Focus: Social Stratification, Multilingualism and Dialect Variation. Language Contact: The Myth of Middle English Creolization
4.4.1 English Re-established
4.4.1.1 Language and the Rise of the Middle Class
4.4.2 The Development of Standard English
4.4.2.1 The Evolution of ME 'Standard' English
4.4.3 Middle English Creolization: Myth?
4.4.3.1 Definitions
4.4.3.2 Pidgins and Creoles in England?
4.5 Conclusion
5 Early Modern English
Timeline: The Early Modern English Period
5.1 Social and Political History
5.1.1 Historical and Political Background
5.1.1.1 Internal Instability and colonial Expansion
5.2 Linguistic Developments: The Variable Character of Early Modern English
5.2.1 Phonology
5.2.1.1 Consonants
5.2.1.2 Vowels
5.2.1.3 The Great Vowel Shift
5.2.2 Morphology
5.2.2.1 Nouns
5.2.2.2 Pronouns
5.2.2.3 Adjectives and Adverbs
5.2.2.4 Verbs
5.2.2.5 The Spread of Northern Forms
5.2.3 Syntax
5.2.3.1 Periphrastic do
5.2.3.2 Progressive Verb Forms
5.2.3.3 Passives
5.2.4 Sample Text
5.2.5 Vocabulary
5.2.6 The Anxious State of English: The Search for Authority
5.2.6.1 Dictionaries and the Question of Linguistic Authority: Swift's and Johnson's View of Language
5.3 Linguistic and Literary Achievement
5.4 Sociolinguistic Focus
5.4.1 Variation in Early Modern English
5.4.2 Standardization
5.4.2.1 The Printing Press
5.4.2.2 The Renaissance and the Protestant Reformation
5.4.2.3 English Established
5.4.3 The Great Vowel Shift
5.4.3.1 Phonological Change
5.4.4 Case Study: Power and Solidarity Relations in Early Modern English
5.5 Conclusion
6 Present-Day English
Timeline: Present-Day English
Introduction
6.1 Social and Political History
6.1.1 The Age of Revolutions, Wars and Imperialism
6.1.2 Urbanization, Industrialization and Social Stratification
6.2 Linguistic Developments
6.2.1 Morphology and Syntax
6.2.1.1 Morphology
6.2.1.2 Syntax
6.2.2 The Lexicon
6.2.2.1 Colonialism, Contact and Borrowings
6.2.2.2 Neologisms
6.2.2.3 Illustrative Texts
6.3 Modern English Dialects
6.3.1 Traditional Dialects
6.3.2 Modern Dialects
6.3.3 Received Pronunciation (RP): The Social Background
6.3.3.1 Characteristics of RP
6.3.4 RP, Estuary English and 'the Queen's English'
6.4 Sociolinguistic Focus: English in Scotland, Ireland and Wales --- Multilingualism in Britain
6.4.1 English in the British Isles
6.4.1.1 English in Scotland
6.4.1.2 English in Wales
6.4.1.3 English in Ireland
6.4.2 Immigrant Varieties of English in Britain
6.4.2.1 Immigration to Britain in the PDE Period
6.4.2.2 Colonial Immigration and Language
7 English in the United States
Timeline: America in the Modern Period
7.1 Social and Political History
7.1.1 Settlement and Language
7.1.2 Settlement by Region
7.1.2.1 The Original Thirteen Colonies
7.1.2.2 The Middle West
7.1.2.3 The South and West
7.2 The Development of American English
7.2.1 The Strength and maintenance of Dialect Boundaries
7.2.2 How, Why and When American English Began to Diverge from British English
7.2.2.1 Physical Separation
7.2.2.2 The Different Physical Conditions Encountered by the Settlers
7.2.2.3 Contact with Immigrant Non-Native Speakers of English
7.2.2.4 Developing Political Differences and the Growing American Sense of National Identity
7.3 Language Variation in the United States
7.3.1 Uniformity and Diversity in Early American English
7.3.2 Regional Dialect Divisions in American English
7.3.2.1 The Lexicon
7.3.2.2 Phonology: Consonants
7.3.2.3 Phonology: Vowels
7.3.3 Social and Ethnic Dialects
7.3.3.1 Social Class and Language Change
7.3.3.2 Ethnicity
7.3.3.3 African-American Vernacular English
7.3.3.4 Traditional Dialects and the Resistance to Change
8 World-Wide English
Timeline: World-Wide English
8.1 Social and Political History: The Spread of English across the Globe
8.1.1 British Colonialism
8.1.1.1 Canada
8.1.1.2 The Caribbean
8.1.1.3 Australia
8.1.1.4 New Zealand
8.1.1.5 South Africa
8.1.1.6 South Asia
8.1.1.7 Former Colonial Africa: West Africa
8.1.1.8 East Africa
8.1.1.9 South-East Asia and South Pacific
8.1.2 An Overview of the Use of English throughout the World
8.2 English as a Global language
8.2.1 The Industrial Revolution
8.2.2 American Economic Superiority and Political Leadership
8.2.3 American Technological Domination
8.2.4 The Boom in English language Teaching
8.2.5 The Need for a Global Language
8.2.6 Structural Considerations
8.2.7 Global and at the Same Time Local
8.3 English as a Killer Language
8.3.1 Language Death
8.3.2 Language and Communication Technology
8.4 The Future of English
・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
様々な方言地図を眺めながら日本語とイングランド英語の方言について概要を学ぼうと思い,以下の4冊をざっと読んだ.いずれも概説的で読みやすく,気軽に方言地図のおもしろさを味わえるのがよい.
・ 柴田 武 『日本の方言』 岩波書店〈岩波新書〉,1958年.
・ 徳川 宗賢(編) 『日本の方言地図』33版,中央公論新社〈中公新書〉,2013年. *
・ Upton, Clive and J. D. A. Widdowson. An Atlas of English Dialects. 2nd ed. Abingdon: Routledge, 2006. *
・ Trudgill, Peter. The Dialects of England. 2nd ed. Oxford: Blackwell, 2000.
方言地理学と言語史は密接な関係にある.現代方言はいわば生きた言語史の素材を提供してくれ,言語史の知識は方言地図の解釈を助けてくれる.両者の連携を意識すれば,そこは通時態と共時態の交差点となるし,汎時的 (panchronic) な平面ともなる.英語史の記述や教育にも,現代方言の知見を盛り込むことにより,新たな可能性が開かれるのではないかと感じている.
さて,日本における方言地図作成の歴史は,世界のなかでも最も古い類いに属する.徳川 (ii) によると,明治期に文部省の国語調査委員会が標準語制定の参考とするために音韻と口語法に関する方言調査を行い,その成果として刊行された29面の『音韻分布図』 (1905) と37面の『口語法分布図』 (1906) が日本の方言地理学の出発点である.Gilliéron らによる画期的なフランス方言地図 (Atlas linguistique de la France) の出版が1902--10年であることを考えると,日本の方言研究も相当早い時期に発展してたかのように思われる.しかし,当時の国語調査委員会の目的は標準語制定や方言区画論といった実用的な色彩が強く,学問としての方言地理学のその後の発展に大きく貢献することはなかった.
日本の方言地理学にとって次の重要な契機となったは,柳田国男の『蝸牛考』 (1930) (cf. 「#1045. 柳田国男の方言周圏論」 ([2012-03-07-1])) である.しかし,柳田が作り出した潮流は戦争により頓挫し,その発展は戦後を待たなければならなかった.戦後,国立国語研究所(文部省・文化庁)による大規模な全国調査の結果として,300面に及ぶ『日本言語地図』 (1966--74) が刊行された.その目的は方言地理学と日本語史の研究に資する材料を提供することであり,明治期と異なり,明らかに科学的な方向を示していた.日本語方言地理学の本格的な歩みはここに始まるといってよい.手に取りやすい新書『日本の方言地図』(徳川宗賢(編))は,『日本言語地図』の300面から50面を選び出して丁寧に解説した方言学の入門書である.
一方,英語の方言地図作成は,日本や他のヨーロッパ諸国に比べて,出遅れていた.イングランド英語の最初の本格的な方言地図は,Harold Orton と Eugen Dieth が企図し,Leeds 大学を基点として行われた大規模な全国調査に基づく Survey of English Dialects (A in 1962; B in 1962--71) である.これは,現地調査員が1948--61年のあいだに全国313地点において伝統方言 (Traditional Dialects) を調査した成果であり,イングランドの方言地理学の基礎をなすものである.
日本においてもイングランドにおいても,大規模調査に基づいて作成された方言地図が,現在の各言語の方言地理学の基礎となっている.それぞれすでに半世紀以上前の伝統方言の調査結果であり,古めかしくなっていることは否定できないが,方言地図の1枚1枚がそれぞれの言語項と話者の歴史を物語っており,言語資料であるとともに貴重な民俗資料ともなっている.
概説書の目次というのは,その分野の全体像を見渡すのにうってつけである.英語史概説書も例外ではない.例えば,「#1301. Gramley の英語史概説書のコンパニオンサイト」 ([2012-11-18-1]) で紹介した The History of English: An Introduction の目次を取り上げよう.Gramley の英語史概説書のコンパニオンサイトのこちらのページより目次が得られるので,以下そこから目次の章立ての部分のみを抜き出したものを転載する.
Chapter 1: The origins of English (before 450)
1.1. The origins of human language
1.2. Language change
1.3. Changes in Germanic before the invasions of Britain
1.4. The world of the Germanic peoples
1.5. The Germanic migrations
1.6. Summary
Chapter 2: Old English: early Germanic Britain (450--700)
2.1. The first peoples
2.2. The Germanic incursions
2.3. Introduction to Old English
2.4. The Christianization of England
2.5. Literature in the early Old English period
2.6. Summary
Chapter 3: Old English: the Viking invasions and their consequences (700--1066/1100)
3.1. The Viking invasions
3.2. Linguistic influence of Old Norse
3.3. Creolization
3.4. Alfred's reforms and the West Saxon standard
3.5. Monastic reform, linguistic developments, and literary genres
3.6. Summary
Chapter 4: Middle English: The non-standard period (1066/1100--1350)
4.1. Dynastic conflict and the Norman Conquest
4.2. Linguistic features of Middle English in the non-standard period
4.3. French influence on Middle English and the question of creolization
4.4. English literature
4.5. Dialectal diversity in ME
4.6. Summary
Chapter 5: Middle English: the emergence of Standard English (1350--1500)
5.1. Political and social turmoil and demographic developments
5.2. The expansion of domains
5.3. Chancery English (Chancery Standard)
5.4. Literature
5.5. Variation
5.6 Summary
Chapter 6: The Early Modern English Period (1500--1700)
6.1. The Early Modern English Period
6.2. Early Modern English
6.3. Regulation and codification
6.4. Religious and scientific prose and belles lettres
6.5. Variation: South and North
6.6. Summary
Chapter 7: The spread of English (since the late sixteenth century)
7.1. Social-historical background
7.2. Language policy
7.3. The emergence of General English (GenE)
7.4. Transplantation
7.5. Linguistic correlates of European expansionism
7.6. Summary
Chapter 8: English in Great Britain and Ireland (since 1700)
8.1. Social and historical developments in Britain and Ireland
8.2. England and Wales
8.3. Scotland
8.4. Ireland
8.5. Urban varieties
8.6. Summary
Chapter 9: English pidgins, English creoles, and English (since the early seventeenth century)
9.1. European expansion and the slave trade
9.2. Language contact
9.3. Pidgins
9.4. Creoles
9.5. Theories of origins
9.6 Summary
Chapter 10: English in North America (since the early seventeenth century)
10.1. The beginnings of English in North America
10.2. Colonial English
10.3. Development of North American English after American independence
10.4. Ethnic variety within AmE
10.5. Summary
Chapter 11: English in the ENL communities of the Southern Hemisphere (since 1788)
11.1. Social-historical background
11.2. Southern Hemisphere English: grammar
11.3. Southern Hemisphere English: pronunciation
11.4. Southern Hemisphere English: vocabulary and pragmatics
11.5. Regional and ethnic variation
11.6. Summary
Chapter 12: English in the ESL countries of Africa and Asia (since 1795)
12.1. English as a Second Language
12.2. Language planning and policy
12.3. Linguistic features of ESL
12.4. Substrate influence
12.5. Identitarian function of language
12.6. Summary
Chapter 13: Global English (since 1945)
13.1. The beginnings of Global English
13.2. Media dominance
13.3. Features of medialized language
13.4. ENL, ESL, and ELF/EFL
13.5. The identitarian role of the multiplicity of Englishes
13.6. Summary
近年の英語史概説書におよそ共有される特徴ではあるが,近現代の英語を巡る社会言語学的な記述や論考が目立つ.Gramley では,英語の諸変種(ピジン語やクレオール語を含め)について多くの紙幅が割かれており,とりわけ12--13章においてその内容が充実しているように思われる.また,ENL, ESL, ELF/EFL の区別にかかわらず英語が "identitarian role" を担っているという指摘が繰り返されている辺り,21世紀的な英語観が感じられる.社会言語学的な色彩の濃い英語史概説書として,Fennell と並んでお勧めしたい.
・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]) に引き続き,時代別ヴァージョンで聖書の節を読み比べてみる.寺澤盾先生の『聖書でたどる英語の歴史』の第6章で「創世記」2:18--25 の箇所が,新共同訳,NRSV, KJ, Wycl, OEH の5ヴァージョン間で比較されている.これを基にして,2つの現代版聖書を追加し,全体として7ヴァージョンでの比較が可能となるように,パラレル・テキストを造ってみた.追加した2ヴァージョンは,平易な米口語訳で知られる Good News Translation (BibleGateway.com より)と,基礎語彙のみを用いた Basic English 版(The Holy Bible --- Bible in Basic English より)である.聖書の各版については,「#1709. 主要英訳聖書年表」 ([2013-12-31-1]) を参照されたい.
新共同訳 | 主なる神は言われた.「人が独りでいるのは良くない.彼に合う助ける者を造ろう.」 |
NRSV | Then the LORD God said, "It is not good that the man should be alone; I will make him a helper as his partner." |
Good News Bible | Then the Lord God said, "It is not good for the man to live alone. I will make a suitable companion to help him." |
Basic English | And the Lord God said, It is not good for the man to be by himself: I will make one like himself as a help to him |
KJ | And the LORD God said, "It is not good that the man should be alone: I will make him an helpe meet for him." |
Wycl | And the Lord God seide, "It is not good that a man be aloone, make we to hym an help lijk to hym silf." |
OEH | God cwæð ēac swylce, "Nis nā gōd ðisum men āna tō wunigenne; uton wyrcean him sumne fultum tō his gelīcnysse." |
新共同訳 | 主なる神は,野のあらゆる獣,空のあらゆる鳥を土で形づくり,人のところへ持って来て,人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた.人が呼ぶと,それはすべて,生き物の名となった. |
NRSV | So out of the ground the LORD God formed every animal of the field and every bird of the air, and brought them to the man to see what he would call them; and whatever the man called every living creature, that was its name. |
Good News Bible | So he took some soil from the ground and formed all the animals and all the birds. Then he brought them to the man to see what he would name them; and that is how they all got their names. |
Basic English | And from the earth the Lord God made every beast of the field and every bird of the air, and took them to the man to see what names he would give them: and whatever name he gave to any living thing, that was its name. |
KJ | And out of ye ground the LORD God formed euery beast of the field, and euery foule of the aire; and brought them vnto Adam, to see what he would call them: and whatsoeuer Adam called euery liuing creature, that was the name thereof. |
Wycl | Therfor whanne alle lyuynge beestis of erthe, and alle the volatils of heuene weren formed of erthe, the Lord God brouȝte tho to Adam, that he schulde se what he schulde clepe tho; for al thing that Adam clepide of lyuynge soule, thilke is the name therof. |
OEH | God sōðlīce gelǣdde ðā nȳtenu, ðe hē of eorðan gescēop, and ðǣre lyfte fugelas tō Adame, ðæt hē forescēawode hū hē hī gecȳgde. Sōðlīce ǣlc libbende nȳten, swā swā Adam hit gecȳgde, swā is his nama. |
新共同訳 | 人はあらゆる家畜,空の鳥,野のあらゆる獣に名を付けたが,自分に合う助ける者は見つけることができなかった. |
NRSV | The man gave names to all cattle, and to the birds of the air, and to every animal of the field; but for the man there was not found a helper as his partner. |
Good News Bible | So the man named all the birds and all the animals; but not one of them was a suitable companion to help him. |
Basic English | And the man gave names to all cattle and to the birds of the air and to every beast of the field; but Adam had no one like himself as a help. |
KJ | And Adam gaue names to all cattell, and to the foule of the aire, and to euery beast of the fielde: but for Adam there was not found an helpe meete for him. |
Wycl | And Adam clepide bi her names alle lyuynge thingis, and alle volatils, and alle vnresonable beestis of erthe. Forsothe to Adam was not foundun an helpere lijk hym. |
OEH | And Adam ðā genamode ealle nȳtenu heora naman, and ealle fugelas and ealle wildēor. Adam sōðlīce ne gemētte ðā gȳt nānne fultum his gelīcan. |
新共同訳 | 主なる神はそこで,人を深い眠りに落とされた.人が眠り込むと,あばら骨の一部を抜き取り,その跡を肉でふさがれた. |
NRSV | So the LORD God caused a deep sleep to fall upon the man, and he slept; then he took one of his ribs and closed up its place with flesh. |
Good News Bible | Then the Lord God made the man fall into a deep sleep, and while he was sleeping, he took out one of the man's ribs and closed up the flesh. |
Basic English | And the Lord God sent a deep sleep on the man, and took one of the bones from his side while he was sleeping, joining up the flesh again in its place: |
KJ | And the LORD God caused a deepe sleepe to fall vpon Adam, and hee slept; and he tooke one of his ribs, and closed vp the flesh in stead thereof. |
Wycl | Therfore the Lord God sente sleep in to Adam, and whanne he slepte, God took oon of hise ribbis, and fillide fleisch for it. |
OEH | Ðā sende God slǣp on Adam, and ðā ðā hē slēp, ðā genam hē ān rib of his sīdan, and gefylde mid flǣsce ðǣr ðæt rib wæs. |
新共同訳 | そして,人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた.主なる神が彼女を人のところを連れて来られると, |
NRSV | And the rib that the LORD God had taken from the man he made into a woman and brought her to the man. |
Good News Bible | He formed a woman out of the rib and brought her to him. |
Basic English | And the bone which the Lord God had taken from the man he made into a woman, and took her to the man. |
KJ | And the rib which the LORD God had taken from man, made hee a woman, & brought her vnto the man. |
Wycl | And the Lord God bildide the rib which he hadde take fro Adam in to a womman, and brouȝte hir to Adam. |
OEH | And geworhte ðæt rib, ðe hē genam of Adame, tō ānum wīfmen and gelǣdde hī tō Adame. |
新共同訳 | 人は言った.「ついに,これこそわたしの骨の骨,わたしの肉の肉.これをこそ,女(イシャー)と呼ぼう,まさに,男(イシュ)から取られたものだから.」 |
NRSV | Then the man said, "This at last is bone of my bones and flesh of my flesh; this one shall be called Woman, for out of Man this one was taken." |
Good News Bible | Then the man said, "At last, here is one of my own kind---Bone taken from my bone, and flesh from my flesh. 'Woman' is her name because she was taken out of man." |
Basic English | And the man said, This is now bone of my bone and flesh of my flesh: let her name be Woman because she was taken out of Man. |
KJ | And Adam said, "This is now bone of my bones, and flesh of my flesh: she shalbe called woman, because shee was taken out of man." |
Wycl | And Adam seide, "This is now a boon of my boonys, and fleisch of my fleisch; this schal be clepid virago, for she is takun of man." |
OEH | Adam ðā cwæð, "Ðis is nū bān of mīnum bānum and flǣsc of mīnum flǣsce; bēo hēo gecīged fǣmne, for ðan ðe hēo is of hyre were genumen." |
新共同訳 | こういうわけで,男は父母を離れて女と結ばれ,二人は一体となる. |
NRSV | Therefore a man leaves his father and his mother and clings to his wife, and they become one flesh. |
Good News Bible | That is why a man leaves his father and mother and is united with his wife, and they become one. |
Basic English | For this cause will a man go away from his father and his mother and be joined to his wife; and they will be one flesh. |
KJ | Therefore shall a man leaue his father and his mother, and shall cleaue vnto his wife: and they shalbe one flesh. |
Wycl | Wherfor a man schal forsake fadir and modir, and schal cleue to his wijf, and thei schulen be tweyne in o fleisch. |
OEH | For ðan forlǣt se man fæder and mōdor, and geðēot hine tō his wīfe, and hī bēoð būta on ānum flǣsce. |
新共同訳 | 人と妻は二人とも裸であったが,恥ずかしがりはしなかった. |
NRSV | And the man and his wife were both naked, and were not ashamed. |
Good News Bible | The man and the woman were both naked, but they were not embarrassed. |
Basic English | And the man and his wife were without clothing, and they had no sense of shame. |
KJ | And they were both naked, the man & his wife, and were not ashamed. |
Wycl | Forsothe euer eithir was nakid, that is, Adam and his wijf, and thei weren not aschamed. |
OEH | Hī wǣron ðā būta, Adam and his wīf, nacode and him ðæs ne sceamode. |
イエスが弟子たちに教えた祈りで,「主の祈り」「主祷文」とも言われる.ラテン語より paternoster とも.キリスト教において最も重要な祈りの文句である.聖書では Matt 6:9--13(簡約版が Luke 11:2--4)に現われる.the Lord's Prayer という英語表現はラテン語 ōrātiō Dominica のなぞりで,1548--49年に The Book of Common Prayer の中に the Lordes prayer として初めて現われる.
「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1]) で見たように英語訳聖書の歴史は長く,Lord's Prayer も古英語版から21世紀の最新版まで各種そろっている.英語の通時的変化を見るための素材としてうってつけなので,以下に (1) 1000年頃の West-Saxon Gospels より古英語版を,(2) 1388--95年の Wycliffite Bible の後期訳より中英語版を,(3) 1611年の The Authorised Version (The King James Version [KJV]) より初期近代英語版を,(4) 1989年の The New Revised Standard Version より現代英語版を,(5) 参考までに新共同訳の日本語版を,それぞれ掲げる.引用は,Matt 6:9--13 の Lord's Prayer を含む箇所である.これらの詳しい解説については,寺澤盾先生の『聖書でたどる英語の歴史』2--5章を参照されたい.
(1) 1000年頃の古英語訳 West-Saxon Gospels より.
Fæder ūre þū þe eart on heofonum, Sī þīn nama gehālgod. Tō becume þīn rīce. Gewurþe ðīn willa on eorðan swā swā on heofonum. Ūrne gedæghwāmlīcan hlāf syle ūs tōdæg. And forgyf ūs ūre gyltas, swā swā wē forgyfað ūrum gyltendum. And ne gelǣd þu ūs on costnunge, ac ālȳs ūs of yfele. Sōþlīce.
(2) 1388--95年の Wycliffite Bible (Later Version) より.
Oure fadir that art in heuenes, halewid be thi name; thi kyngdoom come to; be thi wille don in erthe as in heuene; ȝyue to vs this dai oure breed ouer othir substaunce; and forȝyue to vs oure dettis, as we forȝyuen to oure dettouris; and lede vs not in to temptacioun, but delyuere vs fro yuel. Amen.
(3) 1611年の The Authorised Version (The King James Version)より.
Our father which art in heauen, hallowed be thy name. Thy kingdome come. Thy will be done, in earth, as it is in heauen. Giue vs this day our daily bread. And forgiue vs our debts, as we forgiue our debters. And lead vs not into temptation, but deliuer vs from euill: For thine is the kingdome, and the power, and the glory, for euer, Amen.
(4) 1989年の The New Revised Standard Version より.
Our Father in heaven, hallowed be your name. Your kingdom come. Your will be done, on earth as it is in heaven. Give us this day our daily bread. And forgive us our debts, as we also have forgiven our debtors. And do not bring us to the time of trial, but rescue us from the evil one. [For the kingdom and the power and the glory are yours forever. Amen.]
(5) 新共同訳より.
天におられるわたしたちの父よ,御名が崇められますように.御国が来ますように.御心が行われますように,天におけるように地の上にも.わたしたちに必要な糧を今日与えてください.わたしたちの負い目を赦してください,わたしたちも自分に負い目のある人を/赦しましたように.わたしたちを誘惑に遭わせず,悪い者から救ってください.[国と力と栄えとは永遠にあなたのものです.アーメン.]
なお,古英語の Lord's Prayer について,YouTube で The Lords Prayer in Old English from the 11th century なる映像を見つけたので,参考までに.
・ 寺澤 盾 『聖書でたどる英語の歴史』 大修館書店,2013年.
今年度もゼミ生から卒業論文が提出された.今年度は以下の16本である.緩く分野別に並べてみた.
(1) 現代英語における Yod-dropping の生じた順序について --- 前後する子音群に注目して ---
(2) Long Front-Vowel Shift in Early Sixteenth Century
(3) The Shift from be-perfect to have-perfect in Late Modern English
(4) 準助動詞 had better の用法拡大 --- had best との比較も交えて ---
(5) 単独前置詞における区分の仕方 --- 除去の意味を持つ前置詞7語に限定して ---
(6) 1810年?2000年のアメリカ英語における at all costs と at any cost の使い分けについて
(7) On Classification of Old English Christian Terms into the Native or Exotic Type
(8) 英語における名詞から動詞への意味分類
(9) 温感形容詞 "hot" と "cold" の意味比較 日英対照言語学的観点から
(10) 16世紀末から17世紀までのイギリス詩における2人称代名詞 ye の使用頻度と目的格での使用
(11) 現代英語における thou の使用がもたらす効果
(12) ヴィクトリア朝の小説におけるポライトネスの表れの傾向
(13) 英語変種における航空管制英語の特殊性について
(14) 言語政策から見るシンガポールの英語教育
(15) ネイティブ英語に影響される日本人大学生 --- アンケート調査より ---
(16) カタカナ語のコミュニケーション機能における矛盾 --- 背後に存在する英語とアメリカ ---
音韻,形態,統語,語法,語彙,意味,語用にわたる言語学的な話題もあれば,言語変種や言語に対する態度といった社会言語学的な話題もあった.数が比較的多かったということもあろうが,とりわけバリエーション豊かな年となった.おかげさまで,今年度も新しいことをおおいに勉強させてもらいました.多謝.来年度の話題にも期待します.
2009年度以来の歴代卒論題目リスト集もどうぞ (##1745,1379,973,608,266) .
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