
NZ の食レポシリーズ.スーパーの野菜コーナーで,ボコボコした朱色の親指のような物体が箱に詰められているのが気になっていた(写真左).yam 「ヤムイモ,ヤマノイモ」だ.ヤムイモの名前は知っており,おそらくどこかで食べてきていると思うが,収穫された原型を見たことがなかったので,未知の食物を目にした感じがしていたのである.先日,いくつか買ってみた.
調べてみると,ローストしたり,ゆでて粉状にしたり,食べ方は多々あるようだが,他の野菜と炒めるのが簡単そうなので,野菜炒めでいただくことにした.皮がけっこう固く,しかも小さいものは親指大で小さめなので,包丁で剥くのが難しい.ジャガイモのように簡単にはいかないのだ.剥いてみると,白い可食部分が現われる(写真左).ジャガイモのようなさわり心地で,デンプン質であることが分かる.そのまま生でかじってみると固くてえぐい.スライスしたらますます小さくなり,炒めてみたは良いが,他の野菜に紛れて探さないと見つけられないほどに存在感が薄くなってしまった.十分に火を通すと柔らかくなり,えぐみも消えてうっすらと,サツマイモのような甘みが出る.だが,それ以上の感想は出てこず,今回はサツマイモの下位互換という評価にとどまった.もっとワイルドに行ったほうが良かったかもしれない.
yam は,日本ではあまり見ないが,世界の(亜)熱帯で広く分布しており,数百種類が確認されるという.大きさも色も味も異なるというので,今回食したのはどんな種類だったのだろうかと思っている.西アフリカ,インドア大陸,ベトナム南部,南太平洋に産する特定の種が美味だというが,これがそうだったのだろうか.味がサツマイモに近いので,アメリカ南部の英語ではサツマイモを指して yam というようだが,種としては別である.一方,私の好きなナガイモやトロロイモは仲間だという.
yam は,ミクロネシアやメラネシアにおいては,食物としてのみならず文化的にも重要で,大量に保有する者は社会的名声を得られるといい,収穫儀礼も盛大に行なわれるという.そんなに大事な作物だったのか,スマン.
気を取り直して yam の語源を『英語語源辞典』で調べてみた.西アフリカの現地語に由来するとされ,セネガル語で「食べる」を意味する nyami が参照されているが,よくは分かっていないようだ.ヨーロッパに入って,スペイン語では ñame (古くは†igñame),ポルトガル語 ihname,フランス語 igname となった.英語でも,1588年の以下の初例を含め初期の例は,現代の yam にはみられない語頭音節が加えられた形で現われ,inamy, nnames, iniamos など様々な綴字で文証される.
1588 A fruite called Inany [Italian Ignami]: which fraite is lyke to our Turnops, but is verye sweete and good to eate. (Hickock, translation of C. Federici, Voyage & Trauaile f. 18)
ところが,英語でも17世紀半ばからは,もともとの語頭音節が脱落した形が現われてくる.Yeams, jamooes, Yames, Yams, Jammes, Jambs, Guams などエキゾチック感が満載な綴字が次から次へと出現し,516通りの through とは別の意味で壮観といってよい.
発音上の問題は,なぜオリジナルの語頭音節が脱落したかである.『英語語源辞典』も OED もこれには触れていない.n の脱落が関わっている点で,すぐに思いつくのは,異分析 (metathesis) である.ひとまず他言語は考えず英語のみを念頭にシミュレーションしてみよう.例えば */iniam/ の語頭母音が曖昧化した */əniam/ のような原型を想定する.聞き手が,これを不定冠詞 an /ən/ が前置されたものと誤って解釈し,語幹を /iam/ として切り出してしまった,というそんなシナリオだ.いかだろうか.
本記事には heldio 版もあります.「#1629. yam を食べたけれど,語源のほうがおいしかった --- NZ食レポ」よりお聴きいただければ.
・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.

NZ滞在も4週間が経ちました.現地のスーパーマーケット PAK'n'SAVE の特売コーナーを覗くのが日課となりつつあります.先日,店に入ってすぐの特売棚に見つけたのが,「おっ」と思わせる一品,rice with oat crackers でした(なぜ?).要するに,私の好物である「お煎餅」が,日本から1万キロほど離れた地で格安で手に入るとなれば,買わない手はありません.1パック49セント(=約43円)という破格の安さ!
しかし,この名前に一抹の不安を覚えたのも事実です.上記のパッケージの写真に見えるように,純粋な rice crackers ではなく rice with oat crackers となっています.oat 「カラスムギ,燕麦」が混じっているのです.しばしばスコットランドと結びつけられる穀物で,粥状の porridge として食されることが多いものです.私もスコットランド留学中,朝食に食べていた時期がありました(cf. 「#61. porridge は愛情をこめて煮込むべし」 ([2009-06-28-1])).
そんな oat 入りの煎餅を一口食べてみて,ナルホドと頷きました.パリッとした歯応えはまさしく煎餅ながらも,飲み込んだ後に鼻に抜ける香りで,米100%ではないことがすぐに分かりました.この風味が oat なのでした.ただし,若干の違和感がある程度で,決してまずいわけではなく,煎餅としては食べられる代物です.しかも破格のお値段とあれば,及第点といってよいと思います.
さて,oat と聞けば,英語史を学んだことのある者は,ある有名なエピソードを思い浮かべることでしょう.1755年に「ジョンソン博士」こと Samuel Johnson がほぼ独力で編纂した,英語史上に名高い辞書 A Dictionary of the English Language における oat の定義です.Dr. Johnson といえば,18世紀イギリスの大文豪であり,辞書制作の功績もさることながら,当時のスコットランドへの偏見と嫌悪を隠さない人物としても知られています.その辞書で oat を引くと,次のように定義されているのです.
grain, which in England is generally given to horses, but in Scotland supports the people
この定義は,イングランドでは馬の飼料扱いであるにもかかわらず,スコットランドでは人が食っている,という皮肉を効かせた記述となっています.Johnson らしさが炸裂していますね.辞書という公器に個人的な偏見を盛り込んでしまうところに,大文豪のユーモアと傲慢さが見てとれます.このくだりについては「#1420. Johnson's Dictionary の特徴と概要」 ([2013-03-17-1]) でも取り上げていますので,そちらもご覧ください.
さて,この oat について興味深い記述を,ふと手に取った OALD (= Oxford Advanced Learner's Dictionary) 8版における oat の語源欄に見つけました.これは語源そのものの話題というよりも,文化史的な意義をもつ指摘で,想像力を掻き立てる記述でした.
oat Old English āte, plural ātan, of unknown origin. Unlike other names of cereals (such as wheat, barley, etc.), oat is not an uncountable noun and may originally have denoted the individual grain, which may imply that oats were eaten in grains and not as meal.
他の主要な穀物 (barley, corn, rye, wheat) が不可算名詞扱いであるのに対し,oat だけが可算名詞であるという洞察に富む指摘です.barley や wheat などの穀物は,通常,粉に挽くことが多いので,食物としてとらえる際には不定冠詞も複数形の -s もつかない不可算名詞として扱われます.ところが,oat は可算名詞であり,通常 oats のように複数形で用いられます.OALD8 のこの指摘によれば,他の穀物が「粉に挽いてから食べるもの」だったのに対して,oat は少なくともかつては「粒のまま食べるもの」だった可能性が示唆されるというのです.つまり,日本人が米を粉にせず粒のまま炊いて食するのが普通であるように,かつての英語話者たちは oat を粒としてカウントできる形で食べていたのではないか,という食文化史的な考察にまで話が及ぶのです.
統語・形態・意味論上のカテゴリーである可算名詞・不可算名詞の区別が,遥か昔の食習慣にまで思いを馳せるきっかけを与えてくれるとは驚きです.この OALD8 の記述はサラッと書かれていますが,これを読んだとき,鳥肌が立ちました.中世の食文化史に踏み込むにはさらなる調査と裏付けが必要でしょうが,たいへんに魅力のある洞察です.
この rice with oat crackers の食レポを兼ねた話題は,10月23日の helwa で「【英語史の輪 #358】oat 「カラスムギ」について --- NZ食レポ」としてお話ししたものです.
滞在中のニュージーランドのスーパーの果物コーナーで dates 「デーツ」を発見した.名前だけは聞いたことがあったが,意識して食べたことはなかったので,何粒か買ってみた.写真のようにばら売りでドライフルーツ風になっている.

帰ってきて1粒目を食べてみると,これがやたらと甘い.シロップ漬けのように口の中にまとわりつく甘さ.食感はグミのような歯ごたえで,キャラメルのように粘っこい.洋菓子を作るときに粒を入れたりするという食べ方ならば分かるが,これを単体で食べるものではなかったと1粒目から早くも後悔.それでも余らせるわけにはいかないので,アマいアマすぎるとつぶやきながら何とか食べきった.柿の種のような堅い種が残った.
調べてみると,シリア原産のヤシ科ナツメヤシ属の高木になる実で,日本語では「ナツメヤシの実」や,そのまま「デーツ」と呼ばれている.「日付」や「デート」の date(s) とたまたま同音同綴語だが,語源は異なるようだ.
OED を繰ってみると,1300年頃に古仏語(の方言)から入ってきた語ということで,外来産の果物のわりには意外と早めの初出だ.なお date には「ナツメヤシの実」のほかに「ナツメヤシの木」の語義もあるが,実のほうが先に出ている.フランス語以前の借用経路を遡ってたどると古オクシタン語,ラテン語,ギリシア語,そしておそらくセム諸語,さらにはアラム語に行き着く.アラム語では diqlā という語形だが,これがギリシア語に借用される際に,民間語源 (folk_etymology) が入り込み daktulos に変形した.このギリシア単語は,英語にも dactyl 「(脊椎動物の)指」として関連語が入ってきている通り,「指」を意味した.くだんの果物が太く細長い形をしているので,親指にでもなぞらえたのだろうか.いずれにせよ,ギリシア語の「指」が,その後に音形を著しく短化させながら,中英語の半ばに date として入ってきたことになる.ちなみに,食べ終えた後,指がこれ以上なくベタベタになった.
MED の dāte n.(1) より,実の意味での最初例5つを挙げてみよう.
・ c1300 SLeg.(LdMisc 108) 380/115: A ȝeord of palm cam in is hond..Þe ȝeord was ful of Dates.
・ c1330(?c1300) Reinbrun (Auch) p.632: Fykes, reisyn, dates.
・ (1384-5) Acc.R.Dur. in Sur.Soc.103 594: Clous, Grenginger..Dates.
・ (1391) Acc.Exped.Der. in Camd.n.s.52 70/18: Fyges, dates, et sugre.
・ (a1398) * Trev. Barth.(Add 27944) 282a/a: Dromedarius..eteþ hey and ryndes and loueþ wel þe stones of dates.
興味深い例文が含まれている.dates と並記されている他の果物や食材やその記述とともに読み解けば,どんな果物なのか雰囲気が分かってくるだろう.中英語人の食レポを聞いてみたい.
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