*
今年度,白水社の月刊誌『ふらんす』にて連載記事「英語史で眺めるフランス語」を書かせていただいています.先日『ふらんす』6月号が刊行されました.今回で第3回となる記事のタイトルは「英語に借用された最初期の仏単語」です.以下の小見出しのもと,2頁ほどの読み物となっています.
・ フランス語との腐れ縁とその馴れ初め
・ 最初の仏借用語は古英語末期から
・ ノルマン征服後の2世紀は意外と地味
・ フランス語に置き換えられた法律用語
英語語彙にフランス語からの借用語が多く含まれていることはよく知られていますが,そもそも英仏語の言語接触 (contact) にはどのような背景があったのでしょうか.今回の記事では,両言語の出会いと,言語接触の最初期の状況を記述しました.最初期にはフランス語からの影響は意外と限定的だったことなどが,主たる話題となっています.
フランス語と英語史を掛け合わせた話題は豊富にあり,私の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも多く取り上げてきました.参考までに,関連する配信回をいくつか挙げておきます.
・ 「#26. 英語語彙の1/3はフランス語!」
・ 「#329. フランス語を学び始めるならば,ぜひ英語史概説も合わせて!」
・ 「#327. 新年度にフランス語を学び始めている皆さんへ,英語史を合わせて学ぶと絶対に学びがおもしろくなると約束します!」
・ 「#370. 英語語彙のなかのフランス借用語の割合は? --- リスナーさんからの質問」
・ 「#1087. 英語の料理用語はフランス語とともにあり」
・ 堀田 隆一 「英語史で眺めるフランス語 第3回 英語に借用された最初期の仏単語」『ふらんす』2024年6月号,白水社,2024年5月23日.52--53頁.
「#2032. 形容詞語尾 -ive」 ([2014-11-19-1]) で取り上げた形容詞(およびさらに派生的に名詞)を作る接尾辞 (suffix) に再び注目したい.OED の -ive (SUFFIX) の "Meaning & use" をじっくり読んでみよう.
Forming adjectives (and nouns). Formerly also -if, -ife; < French -if, feminine -ive (= Italian, Spanish -ivo):--- Latin īv-us, a suffix added to the participial stem of verbs, as in act-īvus active, pass-īvus passive, nātīv-us of inborn kind; sometimes to the present stem, as cad-īvus falling, and to nouns as tempest-īvus seasonable. Few of these words came down in Old French, e.g. naïf, naïve:--- Latin nātīv-um; but the suffix is largely used in the modern Romanic languages, and in English, to adapt Latin words in -īvus, or form words on Latin analogies, with the sense 'having a tendency to, having the nature, character, or quality of, given to (some action)'. The meaning differs from that of participial adjectives in -ing, -ant, -ent, in implying a permanent or habitual quality or tendency: cf. acting adj., active adj., attracting adj., attractive adj., coherent adj., cohesive adj., consequent adj., consecutive adj. From their derivation, the great majority of these end in -sive and -tive, and of these about one half in -ative suffix, which tends consequently to become a living suffix, as in talk-ative, etc. A few are formed immediately on the verb stem, esp. where this ends in s (c) or t, thus easily passing muster among those formed on the participial stem; such are amusive, coercive, conducive, crescive, forcive, piercive, adaptive, adoptive, denotive, humective; a few are from nouns, as massive. In costive, the -ive is not a suffix.
Already in Latin many of these adjectives were used substantively; this precedent is freely followed in the modern languages and in English: e.g. adjective, captive, derivative, expletive, explosive, fugitive, indicative, incentive, invective, locomotive, missive, native, nominative, prerogative, sedative, subjunctive.
In some words the final consonant of Old French -if, from -īvus, was lost in Middle English, leaving in modern English -y suffix1: e.g. hasty, jolly, tardy.
Adverbs from adjectives in -ive are formed in -ively; abstract nouns in -iveness and -ivity suffix.
OED の解説を熟読しての発見としては:
(1) -ive が接続する基体は,ラテン語動詞の分詞幹であることが多いが,他の語幹や他の品詞もあり得る.
(2) ラテン語で作られた -ive 語で古フランス語に受け継がれたものは少ない.ロマンス諸語や英語における -ive 語の多くは,かつての -ivus ラテン単語群をモデルとした造語である可能性が高い.
(3) 分詞由来の形容詞接辞とは異なり,-ive は恒常的・習慣的な意味を表わす.
(4) -sive, -tive の形態となることが圧倒的に多く,後者に基づく -ative はそれ自体が接辞として生産性を獲得している.
(5) -ive は本来は形容詞接辞だが,すでにラテン語でも名詞への品詞転換の事例が多くあった.
(6) -ive 接尾辞末の子音が脱落し,本来語由来の形容詞接尾辞 -y と合流する単語例もあった.
上記の解説の後,-ive の複合語や派生語が951種類挙げられている.私の数えでこの数字なのだが,OED も網羅的に挙げているわけではないので氷山の一角とみるべきだろう.-ive 接尾辞研究をスタートするためには,まずは申し分ない情報量ではないか.
1年半ほど前のことになりますが,2022年12月10日に日本歴史言語学会にてシンポジウム「日中英独仏・対照言語史ー語彙の近代化をめぐって」が開かれました(こちらのプログラムを参照).学習院大学でのハイブリッド開催でした.同年に出版された,高田 博行・田中 牧郎・堀田 隆一(編著)『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』(大修館,2022年)が J-STAGE 上で公開されました.PDF形式で自由にダウンロードできますので,ぜひお読みいただければと思います.セクションごとに分かれていますので,以下にタイトルとともに抄録へのリンクを張っておきます.
・ 趣旨説明 「日中英独仏・対照言語史 --- 語彙の近代化をめぐって」(高田博行,学習院大学)
・ 講演1 「日本語語彙の近代化における外来要素の受容と調整」(田中牧郎,明治大学)
・ 講演2 「中国語の語彙近代化の生態言語学的考察 --- 新語の群生と「適者生存」のメカニズム」(彭国躍,神奈川大学)
・ 講演3 「初期近代英語における語彙借用 --- 日英対照言語史的視点から」(堀田隆一,慶應義塾大学)
・ 講演4 「ドイツ語の語彙拡充の歴史 --- 造語言語としてのアイデンティティー ---」(高田博行,学習院大学)
・ 講演5 「アカデミーフランセーズの辞書によるフランス語の標準化と語彙の近代化 ---フランス語の標準化への歩み」(西山教行,京都大学)
・ ディスカッション 「まとめと議論」
講演3を担当した私の抄録は次の通りです.
初期近代英語期(1500--1700年)は英国ルネサンスの時代を含み,同時代特有の 古典語への傾倒に伴い,ラテン語やギリシア語からの借用語が大量に英語に流れ込んだ.一方,同時代の近隣ヴァナキュラー言語であるフランス語,イタリア語,スペイン語,ポルトガル語などからの語彙の借用も盛んだった.これらの借用語は,元言語から直接英語に入ってきたものもあれば,他言語,典型的にはフランス語を窓口として,間接的に英語に入ってきたものも多い.さらには,借用要素を自前で組み合わせて造語することもしばしば行なわれた.つまり,初期近代英語における語彙の近代化・拡充は,様々な経路・方法を通じて複合的に実現されてきたのである.このような初期近代英語期の語彙事情は,実のところ,いくつかの点において明治期の日本語の語彙事情と類似している.本論では,英語と日本語について対照言語史的な視点を取りつつ,語彙の近代化の方法と帰結について議論する.
先に触れた編著書『言語の標準化を考える』で初めて対照言語史 (contrastive_language_history) というアプローチを導入しましたが,今回の論考はそのアプローチによる新たな挑戦として理解していただければと思います.
・ 高田 博行・田中 牧郎・彭 国躍・堀田 隆一・西山 教行 「日中英独仏・対照言語史ー語彙の近代化をめぐってー」『歴史言語学』第12号(日本歴史言語学会編),2024年.89--182頁.
・ 高田 博行・田中 牧郎・堀田 隆一(編著)『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』 大修館,2022年.
英語の姓には,原則として定冠詞 the の付くものがない.また,前置詞 of を含む名前もほとんどない.この点で,他のいくつかのヨーロッパ諸語とは異なった振る舞いを示す.
しかし歴史を振り返ると,中英語期には,職業名などの一般名詞に由来する姓は一般名詞として用いられていた頃からの惰性で定冠詞が付く例も皆無ではなかったし,of などの前置詞付きの名前なども普通にあった.中英語期の姓は,しばしばフランス語の姓の慣用に従ったこともあり,それほど特別な振る舞いを示していたわけでもなかったのだ.
ところが,中英語期の中盤から後半にかけて,地域差もあるようだが,この定冠詞や前置詞が姓から切り落とされるようになってきたという.Fransson (25) の説明を読んでみよう.
Surnames of occupation and nicknames are usually preceded by the definite article, le (masc.) or la (fem.); the two forms are regularly kept apart in the earlier rolls, but in the 15th century they are often confused. Those names in this book that are preceded by the have all been taken from rolls translated into English, and the has been inserted by the editor instead of le or la. The case is that the hardly ever occurs in the manuscripts; cf the following instances, which show the custom in reality: Rose the regratere 1377 (Langland: Piers Plowman 226). Lucia ye Aukereswoman 1275 1.RH 413 (L. la Aukereswomman ib. 426).
Sometimes de occurs instead of le; this is due to an error made either by the scribe or the editor. The case is that de has an extensive use in local surnames, e.g. Thom. de Selby. Other prepositions (in, atte, of etc.) are not so common, especially not in early rolls.
The article, however, is often left out; this is rare in the 12th and 13th centuries, but becomes common in the middle of the 14th century. There is an obvious difference between different parts of England: in the South the article precedes the surname almost regularly during the present period, while in the North it is very often omitted. The final disappearance of le takes place in the latter half of the 14th century; in most counties one rarely finds it after c1375, but in some cases, e.g. in Lancashire, le occurs fairly often as late as c1400. De is often retained some 50 years longer than le: in York it disappears in the early 15th century, in Lancashire it sometimes occurs c1450, while in the South it is regularly dropped at the end of the 14th century.
歴史的な過程は理解できたが,なぜ定冠詞や前置詞が切り落とされることになったのかには触れられていない.検討すべき素朴な疑問が1つ増えた.名前における前置詞については「#2366. なぜ英語人名の順序は「名+姓」なのか」 ([2015-10-19-1]) で少しく触れたことがある.そちらも参照されたい.
・ Fransson, G. Middle English Surnames of Occupation 1100--1350, with an Excursus on Toponymical Surnames. Lund Studies in English 3. Lund: Gleerup, 1935.
*
今年度,白水社の月刊誌『ふらんす』に「英語史で眺めるフランス語」というシリーズタイトルで連載記事を寄稿しています.一昨日『ふらんす』5月号が刊行されました.シリーズ第2回の記事は「なぜ仏英語には似ている単語があるの?」です.今回の記事は以下の小見出しで構成しています.
・ 単語が似ているのにはワケがある
・ 借用の方向に基づく3つのパターン
・ 言語学的な観点に基づく3つのパターン
・ 似ている単語を見つけたときには要注意
仏英語には似ている単語が多く見られます.背景には1066年のノルマン征服とその後の歴史があります.しかし,理由はこれに尽きません.歴史的および言語学的に検討すると,両言語に類似単語が存在する背景には6つのパターンがあるのでス.今回の記事では,具体例を交えつつ,この点を解説しています.
新年度に新しい外国語としてフランス語を学び始めている方も多いかと思います.そのなかには,すでに英語について知識のある方も少なくないはずです.英語とフランス語の学習は,連動させるのが吉です.その上で英語史の知見も連動させると,学び全体に何倍もの相乗効果が生み出されることを強調したいと思います.この観点から,以下の Voicy 配信回もお聴きいただければ.
・ 「#26. 英語語彙の1/3はフランス語!」
・ 「#329. フランス語を学び始めるならば,ぜひ英語史概説も合わせて!」
・ 「#327. 新年度にフランス語を学び始めている皆さんへ,英語史を合わせて学ぶと絶対に学びがおもしろくなると約束します!」
シリーズの初回記事については,hellog 記事「#5449. 月刊『ふらんす』で英語史連載が始まりました」 ([2024-03-28-1]) で取り上げていますので,そちらもご覧ください.
(以下,後記:2024/05/08(Wed))
5月8日に heldio で「#1073. 『ふらんす』5月号で「なぜ仏英語には似ている単語があるの?」を書いています」を配信しました.
・ 堀田 隆一 「英語史で眺めるフランス語 第2回 なぜ仏英語には似ている単語があるの?」『ふらんす』2024年5月号,白水社,2024年4月23日.62--63頁.
昨日の記事「#5473. 中英語における職業を表わす by-name の取り扱い (2) --- ラテン語形の干渉」 ([2024-04-21-1]) に続き,今回は英語の by-name に対するフランス語形からの干渉について.Fransson (24--25) より引用する.
Besides in English, surnames also occur very frequently in French; I have made a calculation and found that one third of the surnames of occupation treated in this book is of French origin. The reason for this is to be found in the predominating position that the French language had during this period. French was spoken by all educated people, and English by the lower classes. Those who spoke French had, of course, surnames in French, and probably also used the French forms of English names when speaking with each other. It is possible, too, that those people who spoke English were influenced by this and used the French forms of their names, which, of course, were finer. During this period a large number of French names came into the language, and a great many of these have survived to the present day, whereas the corresponding substantives have often died out.
There is also another reason, however, for the frequent occurrence of French names; the case is that the scribe often translated English names into French, especially in early rolls. These translations, which are most common in assize rolls, are principally due to the fact that the court proceedings were generally held in French. I have found some instances in which both the English and French forms occur of the same person's surname, e.g.: Humfrey le Syur 1270 Ass 144, H. le Sawyere ib. 139 (So). --- Ric. le Charpentir 1327 SR 211, R. le Wryth 1332 SR 96 (St).
当時のイングランド人の姓が職業名に基づくものであり,かつそれがフランス語に語源をもつ単語だった場合,その取り扱い方は少なくとも3種類ある.
(1) 英単語として取り入れられておらず,生粋のフランス単語の使用例である
(2) 英単語として取り入れられているが,ここではフランス単語の使用例である
(3) 英単語として取り入れられており,ここでは英単語の使用例である
(1) であると確信をもって述べるためには,当時の英語文献のどこを探しても,英単語として取り込まれている形跡がないことを示す必要がある.しかし,今後の調査によって英単語として取り込まれている形跡が1例でも見つかれば,確信が揺らぐことになろう.
(2) か (3) のケースでは,英単語として取り入れられていることは確認できたとしても,当該箇所におけるその単語が,フランス語単語として使用されているのか,あるいは英単語として使用されているのかを判別するのは難しい.というのは,その語形はフランス語の語形かフランス語に由来する語形かであり,いずれにせよきわめて似ているからである.
職業名に限らず,法律・裁判・税金に関する公的な文書のなかに現われるフランス単語らしきものについては,常にこの問題が生じることに注意しておきたい.今目にしている単語は,フランス単語なのか,あるいはフランス語に由来する英単語なのか.あるいは,その両方であるという答えもあるのか.悩ましい問題である.
・ Fransson, G. Middle English Surnames of Occupation 1100--1350, with an Excursus on Toponymical Surnames. Lund Studies in English 3. Lund: Gleerup, 1935.
「#5470. 中英語における職業を表わす by-name の取り扱い」 ([2024-04-18-1]) で,英語の by-name の取り扱いの難しさは,ラテン語やフランス語からの干渉にあることを紹介した.今回はラテン語との関わりについて,Fransson (23--24) を引用して事情を解説したい.
The medieval rolls were written in Latin, and Christian names and surnames were also, when practicable, often translated into Latin. This was especially the case in the early Middle Ages (12--13th cent.), and surnames in English are therefore rarely met with so early. The surnames that appear in Latin are chiefly those names that are in common use, e.g. Carpentarius, Cissor, Cocus, Faber, Fullo, Marescallus, Medicus, Mercator, Molendinarius, Pelliparius, Pistor, Sutor, Tannator, Textor, Tinetor. The surnames, however, that were rare and difficult to translate, e.g. Wirdragher, Chesewright, Heyberare, Geldehirde, generally occur in English, even in early rolls.
In the 14th century these translations gradually pass out of use, and the native or French form becomes predominant. Thus, for instance, there is a considerable difference between SR [= Lay Subsidy Rolls] 1275 and SR 1327 (Wo); in the former there are a large number of names in Latin, but in the latter there are hardly any translations at all.
There surnames in Latin seem to have had some influence on the later development; the case is that some of them still exist as surnames, e.g. Faber, Pistor, Sutor.
初期中英語の公的名簿などはラテン語で書かれることが多かったために,本来は英語の語形としての姓が,しばしばラテン語に翻訳された形で記載されているという複雑な事情がある.英語としての姓を知りたい私のような研究者にとっては,なぜわざわざラテン語に翻訳してくれてしまっているのか,と実に歯がゆい.うまくラテン語に翻訳できないという場合にのみ,運よく英語名がしみ出てきて表面化している,という次第なのだ.
それが14世紀以降,後期中英語に入ると,ラテン語へ翻訳するという慣習は影を潜め,背後に隠れていた本来の英語名が浮上してくるのだ.私のような研究者にとっては,ニヤニヤせざるを得ない時代となる.
しかし,安心するのはまだ早い.ラテン語の干渉という問題は解決していくものの,中英語期にはもっとややこしいフランス語の干渉という別の問題があるのだ.この頭の痛い事情については明日の記事で.
・ Fransson, G. Middle English Surnames of Occupation 1100--1350, with an Excursus on Toponymical Surnames. Lund Studies in English 3. Lund: Gleerup, 1935.
「#5452. 英語人名史における by-name と family name の違い」 ([2024-03-31-1]) などで取り上げてきた,英語人名を構成する by-name の歴史研究について.初期中英語期に by-name を付ける慣習が徐々に発達していたとき,典型的な名付けのパターンの1つが職業名 (occupational terms) を利用するものだった.この方面の研究は,尽くされてはいないものの,それなりに知見の蓄積がある.Clark (294--95) は,カンタベリーにおける by-name を調査した論文のなかで,文証された by-name の解釈にまつわる難題に触れている.証拠をそのまま信じることは必ずしもできない理由が多々あるという.
The simplest of these Canterbury surnames offer supplementary records, mainly antedatings, of straightforward occupational terms. Yet all is not wholly straightforward. To begin with, we cannot be sure whether the occupational terms used in administrative documents were in fact all current as surnames, that is, in daily use among neighbours, or whether some were supplied by the scribes as formal specifiers, just as occupations and addresses are in legal documents of the present day. Nor can we be sure in what form neighbours would have used such terms as they did. With those examples that are latinized --- a proportion varying in the present material from three-quarters to nine-tenths --- scribal intervention is patent, although sometimes reconstruction of the vernacular base seems easy (such forms, and other speculative cases, are cited in square brackets). With those given in a French form matters are more complex. On the one hand, scribes had a general bias away from English and towards French, as though the latter were, as has been said, 'a sort of ignoble substitute for Latin'; therefore, use of a French occupational term guarantees neither its currency in the English speech of the time nor, alternatively, any currency of French outside the scriptorium: in so far as such terms appear neither in literary sources nor as modern surnames MED is justified in excluding them. On the other hand, many 'French' terms were adopted into English very early; use of these would by no means imply currency of French as such, either in the community at large or in the scriptorium itself.
証拠解釈が難題である背景は多様だが,とりわけラテン語やフランス語が関わってくる状況が厄介である.この時代の税金名簿などに記されている人名はラテン語化されているものが多く,英語名はその陰に隠されてしまっている.また,フランス語で書かれていることも多く,問題の職業名そのものがフランス語由来の場合,それがすでに英語に同化している単語なのか,それともフランス単語のままなのかの判断も難しい.
職業を表わす by-name は,そもそも文献学的に扱いにくい素材なのである.そして,これは職業を表わす by-name に限らず,中英語の固有名全般に関わる厄介な事情でもある.
・ Clark, Cecily. "Some Early Canterbury Surnames." English Studies 57.4 (1976): 204--309.
*
「日本で唯一のフランス語・フランス文化専門の総合月刊誌」という謳い文句で白水社より刊行されている『ふらんす』.先日発行された『ふらんす』2024年4月号(新年度開始号)より,12ヶ月にわたり「英語史で眺めるフランス語」というシリーズタイトルで2ページの連載記事をお届けします.
初回となる今回は「英語にはフランス語風味がたくさん」と題して,次のような小見出しで構成しています.
・ なぜ英語の歴史?
・ 1066年の衝撃
・ 英語語彙のなかのフランス語単語
・ 語彙以外へのフランス語の影響
『ふらんす』の誌上で英語(史)とは何事か,とみる向きもあるかと思います.そもそも白水社の編集者の方より連載執筆のお声がけをいただいた際の私自身の感想が「なぜ?」でした.私は,本ブログでもその他の媒体でも英語とフランス語の密接な関わりについて,主に英語史の観点から様々に発信してきました.試しに本ブログの french タグをクリックしてみると,実に313の記事がヒットします.それくらい英仏語の歴史的関係を強調してきたわけですが,まさかフランス語(文化)を専門とする雑誌に英語史に関する文章を載せられる日が来るとは思いも寄りませんでした.お話しをいただいたときには,上記のようにやや狼狽しつつも「チャンス!」と叫びつつ,謹んでお引き受けした次第です.
ご関心のある方々には,ぜひ1年間お付き合いいただければと存じます.初回はとりわけ最初の小見出し「なぜ英語の歴史?」にご注目ください.
この連載を機に,私自身もフランス語とフランス語史をもっと勉強しなければと気を引き締めています.フランス語史といえば,「三省堂のことばのコラム」より「歴史で謎解き!フランス語文法(フランス語教育 歴史文法派)」がお薦めです.現時点で第46回まで続いている長寿シリーズです.そちらにも英語(史)とフランス語(史)の関係に注目したコラムがいくつかあります.例えば,第18回「なぜ英語とフランス語は似ているの?」は,今回の『ふらんす』に掲載した記事と見事にシンクロします(cf. 「#4175. 「なぜ英語とフランス語は似ているの?」の記事紹介」 ([2020-10-01-1])).
1年間続く連載「英語史で眺めるフランス語」では,英語史とフランス語はとにかく相性がよいということを力説し続けようと思っています.「英語(史)とフランス語はペアでとらえるのが吉」,このことを訴えていきます.
年度替わりの時期で,新年度からフランス語学習に挑戦しようという方も少なくないかと思います.そのような方には,上記連載のみならず,私の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」より以下の3本をお薦めしておきましょう.ぜひこちらもお聴きいただければ.
・ 「#26. 英語語彙の1/3はフランス語!」
・ 「#329. フランス語を学び始めるならば,ぜひ英語史概説も合わせて!」
・ 「#327. 新年度にフランス語を学び始めている皆さんへ,英語史を合わせて学ぶと絶対に学びがおもしろくなると約束します!」
(以下,後記:2024/04/02(Tue))
4月1日に heldio で「#1036. 月刊『ふらんす』で英語史の連載を始めています」を配信しました.
・ 堀田 隆一 「英語史で眺めるフランス語 第1回 英語にはフランス語風味がたくさん」『ふらんす』2024年4月号,白水社,2024年3月23日.62--63頁.
seduce (誘惑する)の語源はラテン語の動詞 sēdūcere に遡る.接頭辞 sē- は "away; without" ほどを意味し,基体の dūcere は "to lead" の意味である.合わせて「外へ導く」となり,「悪の道に導く;罪に導く;そそのかす;誘惑する」などの語義を発達させた.
現代英語では「(性的に)誘惑する」の語義が基本だが,15世紀に初めて英語に入ってきたときには「自らの義務を放棄するように説得する」という道徳的な語義が基本だった.OED によると,初出は Caxton からの次の文である.
1477 Zethephius seduysed [French seduisoit] the peple ayenst him by tyrannye al euydente. (W. Caxton, translation of R. Le Fèvre, History of Jason (1913) 104)
この初出での語形は seduysed となっており,当時のフランス語の seduisoit に引きつけられた綴字となっている.
しかし,以下に挙げるもう1つの最初期の例文では,同じ Caxton からではあるが,語形は seduce となっている.
a1492 He [sc. the deuyll] procureth to a persone that he haue all the eases of his bodye, and may not begyle and seduce [Fr. seduire] hym by delectacyons and worldly pleasaunces. (W. Caxton, translation of Vitas Patrum (1495) ii. f. cclv/1
これ以降の例文ではすべて現代的な seduce が用いられている.つまり最初例のみフランス語形を取り,それ以後はすべてラテン語形をとっていることになる.
英語に借用されてきたのが,中英語期の最末期,あるいは初期近代英語期への入り口に当たる時期であることを考えると,英単語としての seduce の綴字は,ラテン語形を参照した語源的綴字 (etymological_respelling) の1例と見ることもできるかもしれない.当初はフランス語形を模していたものが,後からモデルをラテン語形に乗り換えた,という見方だ.あるいは,すでに英語に借用されていた adduce, conduce, deduce, educe, introduce, produce, reduce, subduce などの -duce 語からの類推作用が働いたのかもしれない.その場合には,英語内部で作り出された英製羅語の1例とみなせないこともない.
フランス語風 seduyse からラテン語風 seduce への乗り換えはあくまで小さな変化にすぎないが,英語史的には深掘りすべき側面が多々ある.
NewsPicks 上で岡本広毅先生(立命館大学)が連載している「RPGで知る西洋の歴史」の最新記事が公開されています.「ダンジョンと〈ゴシック〉への入り口---商人トルネコが覗いた闇」です.
RPG 好きには「ダンジョン」 (dungeon) の響きはたまらないのではないでしょうか.その意味は「地下牢」?「洞窟」?「塔」? なぜ RPG にはダンジョンが付きものなの? ゴシック・ロマンスとの関係は? このような問いに答えてくれる文化史・文学史の記事です.
記事でも言及されていますが,英単語 dungeon は古フランス語 donjon を借用したものです(1300年頃).古フランス語での原義は「主君の塔」ほどでしたが,それが後に牢獄として利用された背景から,「牢獄」,とりわけ「地下牢」の意味を発達させました.さらには RPG 的な「未知なる危険の潜む空間」(上記記事を参照)という語義にまで発展してきました.文化史的に味わうべき意味変化 (semantic_change) の好例ですね.
さて,古フランス語 donjon は,さらに遡ると中世ラテン語の dominiōnem に行き着き,これは古典ラテン語の dominium に対応します.「君主の地位;統治権;領地」を意味しました.このラテン単語が直接英語に取り込まれたのが dominion 「領土;支配権」です.つまり,dungeon と dominion は2重語 (doublet) ということになります.
関連する話題は,以下の hellog や heldio のコンテンツで取り上げていますので,ぜひどうぞ.
・ hellog 「#3899. ラテン語 domus (家)の語根ネットワーク」 ([2019-12-30-1])
・ hellog 「#3898. danger, dangerous の意味変化」 ([2019-12-29-1])
・ heldio 「#118. danger のもともとの意味は「権力」」
・ heldio 「#273. 「支配権」 ― 今だから知っておきたい danger の原義」
・ hellog 「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1])
英語語彙史においてフランス語やラテン語の影響が甚大であることは,折に触れて紹介してきた.何といっても借用された単語の数が万単位に及び,大きい.しかし,数や量だけの影響にとどまらない.大規模借用の結果として,英語語彙の質も,主に中英語期以降に,著しく変化した.その質的変化について,Durkin (224) が重要な3点を指摘している.
・ The derivational morphology of English was (eventually) completely transformed by the accommodation of whole word families of related words from French and Latin, and by the analogous expansion of other word families within English exploiting the same French and Latin derivational affixes (especially suffixes).
・ Not only was a good deal of native vocabulary simply lost, but many other existing words showed meaning changes (especially narrowing) as semantic fields were reshaped following the adoption of new words from French and Latin.
・ The massive borrowing of less basic vocabulary, especially in a whole range of technical areas, led to extensive and enduring layering or stratification in the lexis of English, and also to a high degree of dissociation in many semantic fields (e.g. the usual adjective corresponding in meaning to hand is the etymologically unrelated manual)
1点目は,単語の家族 (word family) や語形成 (word_formation) そのものが,本来の英語的なものからフランス・ラテン語的なものに大幅に入れ替わったことに触れている.2点目は,本来語が死語になったり,意味変化 (semantic_change) を経たりしたものが多い事実を指摘している.3点目は,比較的程度の高い語彙の層が新しく付け加わり,語彙階層 (lexical_stratification) が生じたことに関係する.
単純化したキーワードで示せば,(1) 語形成の変質,(2) 意味変化,(3) 語彙階層の発生,といったところだろうか.これらがフランス語・ラテン語からの大量借用の英語語彙史上の質的意義である.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
専門用語をじっくり考えるシリーズ.diglossia (二言語変種使い分け)も第5弾となる.これまでの「#5306. 用語辞典でみる diglossia (1)」 ([2023-11-06-1]),「#5311. 用語辞典でみる diglossia (2)」 ([2023-11-11-1]),「#5315. 用語辞典でみる diglossia (3)」 ([2023-11-15-1]),「#5326. 用語辞典でみる diglossia (4)」 ([2023-11-26-1]) と比べながら,今回は Pearce の英語学用語辞典を参照する (143--44) ."diglossia" に当たると "polyglossia" の項目を見よとあり,ある意味で野心的である.
Polyglossia A situation in which two or more languages exist side by side in a multilingual society, but are used for different purposes. Typically, one of the languages (usually labelled the 'H' or 'high' variety) has greater prestige than the others, and is used in formal, public contexts such as education and administration. The other languages in a polyglossic situation (usually labelled the 'L' or 'low' varieties) tend to be used in informal, private contexts (and also in popular culture). England was a triglossic society, with English as the 'L' variety, and French and Latin as 'H' varieties. As French died out, England became diglossic in English and Latin (which was maintained as the language of education and the Church).
最後に英語史における triglossia と diglossia (そして polyglossia)が言及されているのは,さすが「英語学」用語辞典である.英語史における polyglossia を論じる際には,このように中英語期の言語事情が持ち出されることが多いが,この場合に1つ注意が必要である.
このような議論では,中英語期のイングランドが triglossia の社会としてとらえられることが多いが,英語,フランス語,ラテン語の3言語のすべてを扱えるのは,ピラミッドの最上層を構成する一部の宗教的・知的エリートのみである.英語とフランス語の2言語の使い手となれば,もう少しピラミッドの下方まで下がるが,とうていピラミッドの全体には及ばない.つまり,中英語期イングランド社会の3層構造のピラミッドを指して,ゆるく triglossia や diglossia ということができたとしても,イングランド社会の構成員の全員(あるいは大多数)が,複数言語を操るわけではないということだ.むしろ,英語のみを操るモノリンガルが圧倒的多数を占めるということは銘記しておいてよい.
ここで思い出したいのは,典型的な diglossia 社会の状況である.それによると,とりわけ H 変種の習得の程度については程度の差はあるとはいえ,当該社会の全員(あるいは大多数)が L と H のいずれの言語変種をも話せるというが前提だった.スイス・ドイツ語と標準ドイツ語,口語アラビア語と古典アラビア語,ハイチクレオール語とフランス語等々の例が挙げられてきた.
この典型的な diglossia 社会に照らすと,中英語期イングランドは本当に diglossia/triglossia と呼んでよいのだろうかという疑問が湧く.緩い用語使いは,diglossia という概念の活用の益となるのか害となるのか,この辺りが私の問題意識である.
・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.
10月26日(木)の夜に,帝京科学大学の金田拓さんとともに,Baugh and Cable の英語史書の「対談精読実況生中継」を Voicy heldio で配信しました.同書の第21節 Italic (イタリック語派)を題材に,英文を精読し,内容について様々な角度から議論と解説を行ないました.(一緒に講師を務めました Taku さん,対談内での重要かつ適切なコメントで盛り上げていただきましてありがとうございました!)
配信している側の2人は確かに豊かで実りある時間を過ごすことができたのですが,お聴きのリスナーの方々はいかがでしたでしょうか? まだお聴きでない方もいるかと思いますので,ぜひお時間のあるときにどうぞ.生放送のアーカイヴは3回に分かれており,第1回は通常配信で,第2回と第3回はプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) にてお届けしています(第1回だけでも50分超の長尺です).第1回で関心が湧いた方は,ぜひ第2第,第3回へもお進みいただければと存じます(後者2回は有料となります).
対談特別回だったこともあり,精読対象となったテキストを特別にこちらの PDF に上げておきます.できれば,オンライン読書会のシリーズ企画でもありますので,ぜひ本書そのものを入手し,今後も長くお付き合いください.
(1) 「#879. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (21) Italic --- Taku さんとの実況中継(前半)」
(2) 「【英語史の輪 #46】英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (21) Italic --- Taku さんとの実況中継(後半)」(10月分の helwa に含まれる有料配信です)
(3) 「【英語史の輪 #47】最後にダメ押し,Taku さんとの実況中継第3弾 --- 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (21) Italic」(10月分の helwa に含まれる有料配信です)
各回にはリスナーの皆さんからも今回の精読について様々なコメントが寄せられてきていますので,そちらもご覧ください.
今回の対談精読実況生中継(第1回)は,先日の「#877. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (20) Albanian --- 小河舜さんとの実況中継」と同様に,サンプル回ということで一般公開した次第です.普段は週に1,2回のペースでお届けする有料配信のシリーズとなっています.ぜひ「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) より過去回のラインナップをご覧いただければと思います.今後,皆さんとともに本書を読み進めていけることを楽しみにしています.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
一昨日配信した YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は「#169. なぜ Z はアルファベットの最後に追いやられたのか? --- 時代に翻弄された日陰者 Z の物語」です.歴史的に「日陰者 Z」と称されてきたかわいそうな文字にスポットライトを当て,12分ほど集中して語りました.これで Z が多少なりとも汚名返上できればよいのですが.
z の文字については,この hellog,および Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」等の媒体でも,様々に取り上げてきました.Z の汚名返上のために助力してきた次第ですが,さすがに Z に関する話題はこれ以上見つからなくなってきましたので,ネタとしてはいったん打ち切りになりそうです.
これまでの Z の推し活の履歴を列挙します.
[ hellog ]
・ 「#305. -ise か -ize か」 ([2010-02-26-1])
・ 「#314. -ise か -ize か (2)」 ([2010-03-07-1])
・ 「#446. しぶとく生き残ってきた <z>」 ([2010-07-17-1])
・ 「#447. Dalziel, MacKenzie, Menzies の <z>」 ([2010-07-18-1])
・ 「#799. 海賊複数の <z>」 ([2011-07-05-1])
・ 「#964. z の文字の発音 (1)」 ([2011-12-17-1])
・ 「#965. z の文字の発音 (2)」 ([2011-12-18-1])
・ 「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1])
・ 「#2916. 連載第4回「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」」 ([2017-04-21-1])
・ 「#2925. autumn vs fall, zed vs zee」 ([2017-04-30-1])
・ 「#4990. 動詞を作る -ize/-ise 接尾辞の歴史」 ([2022-12-25-1])
・ 「#4991. -ise か -ize か問題 --- 2つの論点」 ([2022-12-26-1])
・ 「#5042. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第24回(最終回)「アルファベット最後の文字 Z のミステリー」」 ([2023-02-15-1])
[ heldio (Voicy) ]
・ 「#171. z と r の発音は意外と似ていた!」 (2021/11/18)
・ 「#540. Z について語ります」 (2022/11/22)
・ 「#541. Z は zee か zed か問題」 (2022/11/23)
[ helsta (stand.fm) ←数日前に始めました ]
・ 「#3. 動詞を作る接尾辞 -ize の裏話」 (2023/10/08)
ただし,いずれ Z に関する新ネタを仕込むことができれば,もちろん Z の汚名返上活動に速やかに戻るつもりです.皆様,これからも Z にはぜひとも優しく接してあげてくださいね.
今週の月・火と連続して,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」(毎朝6時に配信)にて delicious とその類義語の話題を配信しました.
・ 「#840. delicious, delectable, delightful」
・ 「#841. deleicious の歴史的類義語がたいへんなことになっていた」
かつて「#283. delectable と delight」 ([2010-02-04-1]) と題する記事を書いたことがあり,これとも密接に関わる話題です.ラテン語動詞 dēlectāre (誘惑する,魅了する,喜ばせる)に基づく形容詞が様々に派生し,いろいろな形態が中英語期にフランス語を経由して借用されました(ほかに,それらを横目に英語側で形成された同根の形容詞もありました).いずれの形容詞も「喜びを与える,喜ばせる,愉快な,楽しい;おいしい,美味の,芳しい」などのポジティヴな意味を表わし,緩く類義語といってよい単語群を構成していました.
しかし,さすがに同根の類義語がたくさんあっても競合するだけで,個々の存在意義が薄くなります.なかには廃語になるもの,ほとんど用いられないものも出てくるのが道理です.
Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (= HTOED) で調べてみたところ,歴史的には13の「delicious 語」が浮上してきました.いずれも語源的に dēlectāre に遡りうる同根類義語です.以下に一覧します.
・ †delite (c1225--1500): Very pleasant or enjoyable; delightful.
・ delightable (c1300--): Very pleasing or appealing; delightful.
・ delicate (a1382--1911): That causes pleasure or delight; very pleasing to the senses, luxurious; pleasurable, esp. in a way which promotes calm or relaxation. Obsolete.
・ delightful (a1400--): Giving or providing delight; very pleasant, charming.
・ delicious (c1400?-): Very pleasant or enjoyable; very agreeable; delightful; wonderful.
・ delectable (c1415--): Delightful; extremely pleasant or appealing, (in later use) esp. to the senses; very attractive. Of food, drink, etc.: delicious, very appetizing.
・ delighting (?a1425--): That gives or causes delight; very pleasing, delightful.
・ †delitous (a1425): Very pleasant or enjoyable; delightful.
・ delightsome (c1484--): Giving or providing delight; = delightful, adj. 1.
・ †delectary (?c1500): Very pleasant; delightful.
・ delighted (1595--1677): That is a cause or source of delight; delightful. Obsolete.
・ dilly (1909--): Delightful; delicious.
・ delish (1915--): Extremely pleasing to the senses; (chiefly) very tasty or appetizing. Sometimes of a person: very attractive. Cf. delicious, adj. A.1.
廃語になった語もあるのは確かですが,意外と多くが(おおよそ低頻度語であるとはいえ)現役で生き残っているのが,むしろ驚きです.「喜びを与える,愉快な;おいしい」という基本義で普通に用いられるものは,実際的にいえば delicious, delectable, delightful くらいのものでしょう.
このような語彙の無駄遣い,あるいは類義語の余剰といった問題は,英語では決して稀ではありません.関連して,「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]),「#4969. splendid の同根類義語のタイムライン」 ([2022-12-04-1]),「#4974. †splendidious, †splendidous, †splendious の惨めな頻度 --- EEBO corpus より」 ([2022-12-09-1]) もご覧ください.
「ゆる言語学ラジオ」からこちらの「hellog~英語史ブログ」に飛んでこられた皆さん,ぜひ
(1) 本ブログのアクセス・ランキングのトップ500記事,および
(2) note 記事,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の人気放送回50選
(3) note 記事,「ゆる言井堀コラボ ー 「ゆる言語学ラジオ」×「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」×「Voicy 英語の語源が身につくラジオ (heldio)」」
(4) 「ゆる言語学ラジオ」に関係するこちらの記事群
をご覧ください.
昨日7月18日(火)に,YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の最新回がアップされました.これまで3回ゲストとして出演させていただきまして,今回は第4回目となります.「英単語帳の語源を全部知るために,研究者を呼びました【ターゲット1900 with 堀田先生】#247」です.どうぞご覧ください.
最後のほうでも力説しているように,「英語史」は決して狭い学問領域ではなく,英語を学ぶ皆が英語に抱く疑問のほとんどについて,何か言うべきことをもっている頼もしい存在です.ぜひこの機会に英語史の存在を(再)認識していただければ.
過去の3回の出演回も合わせてご視聴ください.
・ 第1弾 「#227. 歴史言語学者が語源について語ったら,喜怒哀楽が爆発した【喜怒哀楽単語1】」(5月6日)
・ 第2弾 「#228. 「英語史の専門家が through の綴りを数えたら515通りあった話【喜怒哀楽単語2】」(5月9日)
・ 第3弾:「#234. 英語史の専門家と辞書を読んだらすべての疑問が一瞬で解決した」(5月30日)
形容詞・副詞の比較級・最上級の作り方には, -er/-est 語尾を付す形態的な方法と more/most を前置する統語的な方法がある.それぞれを「屈折比較」と「句比較」と呼んでおこう.これについては,hellog,heldio,その他でも様々に紹介してきた.「#4834. 比較級・最上級の歴史」 ([2022-07-22-1]) に関連リンクをまとめているので参照されたい.
英語やロマンス諸語の歴史では,屈折比較から句比較への変化が生じてきた.印欧語族に一般に観察される「総合から分析へ」 (synthesis_to_analysis) の潮流に沿った事例として見られることが多い.この変化は,比較構文の成立という観点からは文法化 (grammaticalisation) の1例ともとらえられる.
今回は Heine and Kuteva による言語接触に関わる議論を紹介したい.英語やいくつかの言語において歴史的に句比較が発達した1要因として,ロマンス諸語との言語接触が関係しているのではないかという仮説だ.英語がフランス語やラテン語の影響のもとに句比較を発達させたという仮説自体は古くからあり,上記のリンク先でも論じてきた通りである.Heine and Kuteva は,英語のみならず他の言語においても言語接触の効果が疑われるとし,言語接触が決定的な要因だったとは言わずとも "an accelerating factor" (96) と考えることは可能であると述べている.英語を含めて4つの事例が挙げられている (96) .
a. Analytic forms were still rare in Northern English in the fifteenth century, while in Southern English, which was more strongly exposed to French influence, these forms had become current at least a century earlier . . . .
b. In German, the synthetic comparative construction is still well established, e.g. schön 'beautiful', schön-er ('beautiful-COMP') 'more beautiful'. But in the dialect of Luxembourg, which has a history of centuries of intense contact with French, instances of an analytic comparative can be found, e.g. mehr schön ('more beautiful', presumably on the model of French plus beau ('more beautiful') . . . .
c. The Dutch varieties spoken in Flanders, including Algemeen Nederlands, have been massively influenced by French, and this influence has also had the effect that the analytic pattern with the particle meer 'more' is used increasingly on the model of French plus, at the expense of the inherited synthetic construction using the comparative suffix -er . . . .
d. Molisean has a 500-years history of intense contact with the host language Italian, and one of the results of contact was that the speakers of Molisean have given up the conventional Slavic synthetic construction by replicating the analytic Italian construction, using veče on the model of Italian più 'more' as degree marker. Thus, while Standard Croatian uses the synthetic form lyepši 'more beautiful', Molisean has più lip ('more beautiful') instead . . . .
このようなケースでは,句発達の発達は,言語接触によって必ずしも推進 ("propel") されたとは言えないものの,加速 ("accelerate") したとは言えるのではないか,というのが Heine and Kuteva の見解である.
・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
年度始めですので,英語史の学びを後押しする記事を書くことが多くなっています.昨年の夏に「#4873. 英語史を学び始めようと思っている方へ」 ([2022-08-30-1]) の記事を書き,今回はそれと重なるところも多いのですが,改めて2023年度版ということで,英語史の学びに役立つ 「hellog~英語史ブログ」の記事や Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の放送回へのリンクをまとめてみました.
[ そもそも本ブログの執筆者(堀田隆一)は何者? ]
・ heldio 「#408. 自己紹介:英語史研究者の堀田隆一です」 (2022/07/13)
・ note 上のプロフィールもご覧ください
[ hellog と heldio の歩き方 ]
・ hellog 「#5097. hellog の読み方(2023年度版)」 ([2023-04-11-1])
・ hellog 「#5093. heldio の聴き方(2023年度版)」 ([2023-04-07-1])
[ まずは英語史の学びのモチベーションアップから ]
・ heldio 「#444. 英語史を学ぶとこんなに良いことがある!」 (2022/08/18)
・ heldio 「#650. 英語史の知恵が AI に負けない3つの理由」 (2023/03/12)
・ heldio 「#112. 英語史って何のため?」 (2021/09/21)
・ hellog 「#4728. 2022年度「英語史」講義の初回 --- 慶應義塾大学文学部英米文学専攻の必修科目「英語史」が始まります」 ([2022-04-07-1])
・ hellog 「#5096. 『英語史新聞』第5号が発行されました」 ([2023-04-10-1])
・ hellog 「#4556. 英語史の世界にようこそ」 ([2021-10-17-1])
・ heldio 「#139. 英語史の世界にようこそ」 (2021/10/17)
・ hellog 「#24. なぜ英語史を学ぶか」 ([2009-05-22-1])
・ heldio 「#112. 英語史って何のため?」 (2021/09/21)
・ hellog 「#4361. 英語史は「英語の歴史」というよりも「英語と歴史」」 ([2021-04-05-1])
・ hellog 「#1199. なぜ英語史を学ぶか (2)」 ([2012-08-08-1])
・ hellog 「#1200. なぜ英語史を学ぶか (3)」 ([2012-08-09-1])
・ hellog 「#1367. なぜ英語史を学ぶか (4)」 ([2013-01-23-1])
・ hellog 「#2984. なぜ英語史を学ぶか (5)」 ([2017-06-28-1])
・ hellog 「#4021. なぜ英語史を学ぶか --- 私的回答」 ([2020-04-30-1])
・ hellog 「#3641. 英語史のすゝめ (1) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-16-1])
・ hellog 「#3642. 英語史のすゝめ (2) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-17-1])
・ hellog 「#4073. 地獄の英語史からホテルの英語史へ」 ([2020-06-21-1])
[ 英語史入門の文献案内 ]
・ heldio 「#140. 対談 英語史の入門書」 (2021/10/18)
・ hellog 「#5094. 英語史概説書等の書誌(2023年度版)」 ([2023-04-08-1])
・ hellog 「#4557. 「英語史への招待:入門書10選」」 ([2021-10-18-1])
・ hellog 「#4731. 『英語史新聞』新年度号外! --- 英語で書かれた英語史概説書3冊を紹介」 ([2022-04-10-1])
・ heldio 「#313. 泉類尚貴先生との対談 手に取って欲しい原書の英語史概説書3冊」 (2022/04/09)
・ hellog 「#3636. 年度初めに拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』を紹介」 ([2019-04-11-1])
・ heldio 「#315. 和田忍先生との対談 Baugh and Cable の英語史概説書を語る」 (2022/04/10)
・ hellog 「#4133. OED による英語史概説」 ([2020-08-20-1])
[ かつて英語史に入門した「先輩」からのコメント ]
・ heldio 「#607. 1年間の「英語史」の講義を終えて」 (2023/01/28)
・ hellog 「#5020. 2022年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2023-01-24-1])
・ hellog 「#4661. 2021年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2022-01-30-1])
・ hellog 「#3922. 2019年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2020-01-22-1])
・ hellog 「#3566. 2018年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2019-01-31-1])
・ hellog 「#2470. 2015年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2016-01-31-1])
[ とりわけ語源に関心がある方へ ]
・ hellog 「#3546. 英語史や語源から英単語を学びたいなら,これが基本知識」 ([2019-01-11-1])
・ hellog 「#3698. 語源学習法のすゝめ」 ([2019-06-12-1])
・ hellog 「#4360. 英単語の語源を調べたい/学びたいときには」 ([2021-04-04-1])
・ hellog 「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1])
・ hellog 「#600. 英語語源辞書の書誌」 ([2010-12-18-1])
[ とりわけ英語教育に関心がある方へ ]
・ heldio 「#310. 山本史歩子先生との対談 英語教員を目指す大学生への英語史のすすめ」 (2022/04/06)
・ hellog 「#4329. 「英語史の知見を活かした英語教育」について参考文献をいくつか」 ([2021-03-04-1])
・ hellog 「#4619. 「英語史教育」とは?」 ([2021-12-19-1])
[ とりわけフランス語学習に関心がある方へ ]
・ heldio 「#327. 新年度にフランス語を学び始めている皆さんへ,英語史を合わせて学ぶと絶対に学びがおもしろくなると約束します!」 (2022/04/23)
・ heldio 「#329. フランス語を学び始めるならば,ぜひ英語史概説も合わせて!」 (2022/04/25)
・ heldio 「#368. 英語とフランス語で似ている単語がある場合の5つのパターン」 (2022/06/03)
・ hellog 「#4787. 英語とフランス語の間には似ている単語がたくさんあります」 ([2022-06-05-1])
・ heldio 「#370. 英語語彙のなかのフランス借用語の割合は? --- リスナーさんからの質問」 (2022/06/05)
・ heldio 「#26. 英語語彙の1/3はフランス語!」 (2021/06/27)
・ heldio 「#486. 英語と他の主要なヨーロッパ言語との関係 ー 仏西伊葡独語」 (2022/09/29)
昨日の記事「#5076. キリスト教の普及と巻子本から冊子本へ --- 高宮利行(著)『西洋書物史への扉』より」 ([2023-03-21-1]) で紹介した髙宮利行(著)『西洋書物史への扉』より,今回は publish の文化史の話題をお届けする.
publish はラテン語の形容詞 pūblicus (public) の動詞形 pūblicāre に由来し,フランス語における変形を経て14世紀に英語に入ってきた.意味は語源に従って「公にする」であり,それが「書き物として公にする」を経て,現代的な「出版する」へと発展した.
私たちは,publish と聞くとまず印刷物を思い浮かべるだろう.しかし,この単語は実際には印刷術の発明以前にも用いられていた.もともとは,むしろ声に出して文章を読み上げる朗読文化と結びついていた.髙宮 (75--76) を引用する.
古代や中世のヨーロッパ社会にあっては,詩人や作家による新作の朗読は,「出版」という概念と結びついていた.出版にあたる英語の動詞は publish であるが,これはもともと意見や書物を公 (public) にするという意味であり,印刷術を用いて同一作品を多くの部数で一度に出版する以前から存在した.作者が自作を原稿から朗読し,そこにいるパトロンから転写の許しを頂戴することが,近代以前の出版形態だったといってよい.例えば,一二世紀のイングランド王ヘンリー二世に仕えた歴史家の司祭ギラルドゥス・カンブレンシス(ウェールズのジェラルド)は,ジョン王子に随行した体験をもとに,一一八八年に『アイルランド地誌』(青土社,一九九六)を完成した.まもなく彼は,大学制度の芽が出始めたオクスフォードで,三日間を費やしてラテン語原稿を読み続けた.現存する写本には「本文を朗唱する前に」という序文と,「ヘンリー二世陛下へのご挨拶」という第二の序文が付されている.
つまり,publish は「出版する」というよりも「お披露目する」に近かったということになる.現代では自作コンテンツを様々な媒体で publish できるようになっているが,この単語のもともとの語源や背景を押さえておくと味わい深い.
・ 髙宮 利行 『西洋書物史への扉』 岩波書店〈岩波新書〉,2023年.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow