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oe - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-18 09:00

2024-01-15 Mon

#5376. Middle-earth は2重の勘違いを経た「民間語源」(解釈語源) [etymology][folk_etymology][literature][medievalism][rpg][notice][old_norse][mythology][oe]

 「#5356. 岡本広毅先生の NewsPicks のトピックス「RPGで知る西洋の歴史」」 ([2023-12-26-1]) で紹介した岡本広毅先生(立命館大学)による「RPGで知る西洋の歴史」では,次々と新しい記事が公開されてきています.昨晩公開された最新回は「RPGは「ロマンティック」?---知られざるロマンス史を紐解く①」です.roman, romance, romantic などの語源が解説されています.
 1回前の記事「『ファイナル・ファンタジー』と北欧神話---RPGを彩る伝承の物語」もおもしろいです.


「『ファイナル・ファンタジー』と北欧神話---RPGを彩る伝承の物語」



 この記事では J. R. R. Tolkien の作品に登場する妖精たちの世界 Middle-earth (中つ国)について,関連する「ミッドガル」とともに言及がなされています.

「ミッドガル」は『FFVII』に登場する科学文明の栄えた都市で,世界のエネルギー市場を支配する「神羅カンパニー」という大企業の本拠地でした.薄暗いネオン街や高層ビル,魔晄炉と呼ばれる発電施設など,近未来風の佇まいからは太古の神話世界とのつながりを想像することは容易ではありません.ただ,「ミッドガル」とは明らかに古い北欧語「ミズガルズ」("Miðgarðr") から取られたもので,これは北欧神話における人間の住まう領域を指します(巨人ユミルのまつ毛で作られた「囲い」).ミッドガルに渦巻く欲望や策略は「人間」の本性の一面と関わりますし,都市の荒廃や破壊,再生といったストーリー展開なども神話と重なり合います.なお,J.R.R.トールキン『ホビット』や『指輪物語』の舞台「ミドル・アース」("Middle-earth"「中つ国」)はミズガルズの現代英語版です.北欧とイングランドの人々の民族的ルーツは共通の祖先(ゲルマン人)へと遡るため,北欧神話は英語話者の故郷の物語でもあるのです.


 Middle-earth の由来をさらに詳しく調べてみると,どうやら古ノルド語 miðgarðr とは妙なねじれの関係にあるようです.後者は,古英語期より2回ほど民間語源 (folk_etymology) による変形を受けて,今の形にたどりついているのです.
 古英語には「世界」を意味する middangeard という語がありました.現代風に示すと "mid(dle)" + "yard" という語形成で,原義は「中庭」ほどです.これは古ノルド語 miðgarðr の語形成とも一致します.
 ところが,すでに古英語期より middangeard の第2要素が geard 「庭」ではなく,音形の似た eard 「故郷,祖国」と取り違えられ,形態上の混乱が起こりました(第1の民間語源).さらに中英語期になると,今度はこの eard がやはりよく似た音形の erthe (> earth) 「地,世界」と取り違えられました(第2の民間語源).ちなみに歴史的に第2要素として用いられてきた上記の3つの語は,互いに語源的には無関係です.
 Middle-earth の民間語源による2回のひねりに関しては,Fertig (60) が触れています.

The compound middle earth (re-popularized but by no means invented by Tolkien) can be traced back to early Middle English middelærde and OE middangeard and midanærd. Comparison with related words in other older Germanic languages, such as Old Saxon middilgard, Old High German mittilagart and Old Norse miðgarðr suggests that the second element originally corresponded to the Modern English word yard. We then see two successive folk-etymological identifications of this element, first with the Old English word eard '(native) land, home', then later with earth.


 なお,「民間語源」という用語とその呼称をめぐっては「#5180. 「学者語源」と「民間語源」あらため「探究語源」と「解釈語源」 --- プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の最新回より」 ([2023-07-03-1]) を参照していただければ.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2023-12-10 Sun

#5340. 「ゲルマン征服」をめぐって Taku さんと対談精読実況生中継しました --- heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズ [voicy][heldio][hel_education][link][notice][bchel][anglo-saxon][oe][jute][history][germanic]

 一昨日12月8日(金)の夜に,帝京科学大学の金田拓さんとともに,Baugh and Cable の英語史書の「対談精読実況生中継」を Voicy heldio/helwa で配信しました.前半と後半を合わせて2時間弱の濃密なおしゃべり読書会となりました.ライヴでお聴きいただいた多くのリスナーの方々に感謝いたします.ありがとうございました.
 精読対象となったのはの同書の第32節 The Germanic Conquest (ゲルマン征服)です.伝統的に英語史の開始とされる449年とその前後の出来事にフォーカスしました.対談相手を務めていただいた Taku さんとともに,著者の英文に唸りつつ,内容についてもなるべく深く掘り下げて議論しました.当該の英文テキストは,先日の予告記事「#5335. 「ゲルマン征服」 --- Baugh and Cable の英語史より」([2023-12-05-1])に掲載しています.

 (1) 「#922. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (32) The Germanic Conquest --- Taku さんとの実況中継(前半)」


 (2) 「【英語史の輪 #65】英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (32) The Germanic Conquest --- Taku さんとの実況中継(後半)」(12月分のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) に含まれる有料配信です)



 今回の対談精読実況生中継をお聴きになって,このオンライン精読シリーズに関心を持った方は,ぜひ本書を入手し,シリーズ初回からゆっくりと追いかけていただければと思います.間違いなく良書です.配信のバックナンバーは「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) よりご確認ください.今後も週1,2回のペースでシリーズを継続していきます!


Baugh, Albert C. and Thomas Cable. ''A History of the English Language''. 6th ed. London: Routledge, 2013.



 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2023-12-08 Fri

#5338. 中英語期に人名にもたらされた2つの新機軸とその時期 [name_project][me][oe][onomastics][personal_name][by-name]

 「#5299. 中英語人名学の用語体系」 ([2023-10-30-1]) で,Clark に拠って,古英語から中英語にかけて人名のあり方が大きく変わったことを確認した(cf. 「#5297. 古英語人名学の用語体系」 ([2023-10-28-1])).(1) かつての "idionym" が "baptismal name" へと変容していったこと,そして (2) オプションだった "by-name" が徐々に現代的な "family name" へと発展していったことの2点が重要である.
 中英語人名の新機軸ともいえるこの2点が中英語期のどのぐらいのタイミングで定着・確立したのかを明確に述べることはできない.あくまで徐々に発展した特徴だからだ.しかし,Clark (552) は,1点目は1250年頃,2点目は1450年頃とみている.

This twofold shift in English personal naming was a specifically Middle English process. Among the mass of the population, the name system of ca 1100 was still virtually the classic Late Old English one, modified only by somewhat freer use of ad hoc by-names . . .; but ca 1450 a structure prefiguring the present-day one had been established, with hereditary family names in widespread use, though not yet universally adopted. As for the ousting of pre-Conquest baptismal names by what were virtually the present-day ones, that had been accomplished by ca 1250. This series of changes involved several convergent processes.


 大雑把にいえば,1点目の新機軸は初期中英語期 (1100--1300) の間に固まっていき,2点目の新機軸は主に後期中英語期 (1300--1500) に発展していったと言えそうだ.アングロサクソン的な名付けから現代的な名付けへの変化の中心となる時代は,ほぼきれいに中英語期 (1100--1500) といっておいてよいことになる.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

Referrer (Inside): [2024-01-31-1] [2023-12-16-1]

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2023-12-04 Mon

#5334. 英語名前学を志す学徒に Cecily Clark より悲報!? [onomastics][oe][name_project][toponymy][personal_name][evidence][philology][methodology]

 今年の夏に立ち上げた「名前プロジェクト」 (name_project) の一環として,名前学 (onomastic) の文献を読む機会が多くなっている.ここ数日の hellog 記事でも,Clark を参照して古英語の名前学に関する話題をお届けしてきた.
 この Clark の論文の最後の段落が強烈である.英語名前学を研究しようと思ったら,これだけの知識と覚悟がいる,という本当のこと(=厳しいこと)を畳みかけてくるのだ.せっかくここまで読んできて英語名前学への関心を焚きつけられた読者が,この最後のくだりを目にして「やーめた」とならないかと,こちらがヒヤヒヤするほどである.

Because lack of context makes name-etymology especially speculative, any opinion proffered in a survey or a name-dictionary must be considered critically, as basis for further investigation rather than as definitive statement. Anyone wishing to pursue historical name-studies of either sort seriously must, in addition to becoming conversant with the philology of the relevant medieval languages, be able to read Medieval Latin as well as modern French and German. Assessing and interpreting the administrative records that form the main course-material is the essential first step in any onomastic study, and requires understanding of palaeographical and diplomatic techniques; competence in numismatics may on occasion also be needed. Onomastic analysis itself involves not only political, social and cultural history but also, when place-names are concerned, a grasp of cartography, geology, archaeology and agrarian development. Any student suitably trained and equipped will find great scope for making original contributions to this field of study.


 博覧強記のスーパーマンでないと英語名前学の研究は務まらない!?

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

Referrer (Inside): [2023-12-17-1]

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2023-12-03 Sun

#5333. 古英語地名要素の混乱 --- -ham, -hamm, -holm; -bearu, -beorg, -burg, -byrig, -borough [old_norse][name_project][etymology][onomastics][toponymy][inflection][oe][polysemy][homonymy][synonym]

 古英語の地名は2要素からなるもの (dithematic) が多い.特に第2要素には「村」「町」などの一般名 (generic) が現われることが多い.そもそも固有名は音形が崩れやすく,とりわけ第2要素は語尾に対応するので弱化しやすい.すると,-ham 「村」なのか -hem 「縁」なのか -holm 「河川敷」なのかが形態的に区別しにくくなってくる.-bearu 「木立ち」,-beorg 「塚」,-burg/-byrig/-borough 「市」についても同じことがいえる(スラッシュで区切られた3つの異形態については「#5308. 地名では前置詞付き与格形が残ることがある」 ([2023-11-08-1]) を参照).
 古英語地名学をめぐる,この厄介な音形・綴字のマージという問題は,Clark でも紹介されている.上記の2つの例についての解説を引用する.

(2) OE -hām 'village', OE -hamm 'site hemmed in by water or wilderness' and also the latter's Scandinavian synonym -holm all fall together as [m̩]. Not even pre-Conquest spellings always allow of distinguishing -hām from -hamm: if dat. forms in -hamme/-homme survive, they tell in favour of the latter, but often etymology has to depend upon topography . . . . Distinction between -hamm and -holm is complicated by their synonymity, and their likely interchange in the medieval forms of many Danelaw names. . . . PDE spellings are again often unhistorical, as in Kingsholm < OE cyninges hamm 'the king's water-meadow' . . . . Confusion is further confounded by occasional unhistorical spellings of [m̩] < OE or Scand. dat. pl. -um, as in Airyholme and Howsham . . . . (Clark 486--87)


(4) Reflexes of OE -bearu 'grove' and -beorg 'mound' are partly merged not only with each other but also with those of -burg/-byrig, so that PDE forms in -barrow can represent -bearu or -beorg, ones in -bury can represent -bearu or byrig and ones in -borough can represent -beorg or burg . . . . (Clark 487)


 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-12-02 Sat

#5332. 豊かな土地は古英語名で貧しい土地は古ノルド語名? [old_norse][name_project][etymology][onomastics][toponymy][oe]

 古英語期の後半,8世紀半ば以降,イングランド北東部はヴァイキングに侵攻され奪われた.この地域は,後にデーン人の法律が適用される土地という意味で Danelaw と呼ばれることになる.この地域には,古ノルド語要素を含む地名が数多く残っている.これについては昨日の記事「#5331. 古ノルド語由来の地名に潜む2種類の単数属格形」 ([2023-11-30-1]) でも取り上げ,ほかにも「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) や「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1]) などで話題にしてきた.
 イングランド北東部は,Danelaw となる以前に,古来ケルト人が住んできた土地であり,後にアングロサクソン人も渡来して住み着いた土地である.したがって,すでに多くの土地がケルト語や英語で名付けられていた.ヴァイキングはあくまでその後にやってきたのであり,母語である古ノルド語の要素を利用して新しく地名を与えるという機会はそれほど多くなかったはずだ.それにもかかわらず古ノルド語要素を含む地名が少なからず残っているということは,(1) 既存の地名を古ノルド語要素で置き換えたか,あるいは (2) まだ名付けられていなかった土地に古ノルド語の名前を与えたか,ということになる.
 この観点から,Clark (484--85) が興味深い指摘を与えている.Danelaw の地名に関する限り,豊かな土地には古英語名が与えられ,貧しい土地には古ノルド語名が与えられている傾向があるというのだ.

The distribution in England of Scandinavian, Scandinavianised and hybrid place-names coincides almost exactly with the Danelaw as specified in Alfred's treaty with Guthrum . . . . This implies such names to stem mainly from the late ninth-century settlements, rather than from the wider Cnutian hegemony. Throughout the area, however, Scandinavian names co-exist, in varying proportions, with purely English ones. So, in attempts to clarify the picture and its bearing on settlement history, sites to which the various types of name are applied have been graded according to their likely attractiveness to subsistence formers. Those adjudged most promising bear either purely English names or else the sort of hybrid ones in which a Scand. specific, often a personal name, qualifies an OE generic; a finding consonant with the view that often the latter sort of name represents partial Scandinavianisation of a pre-Viking OE one. Sites bearing purely Scand. names, especially ones based on the generic -, mostly look less promising; and the villages concerned have often indeed prospered less than ones with names in the two previous categories. The main river-valleys are dominated by OE names, whereas Scand. forms appear mainly along the tributaries. These name-patterns are taken to imply two modes of settlement: one by which pre-existing English villages acquired Viking overlords, whose names some at least of those that had changed hands thenceforth bore; and another by which Viking settlers adopted lands previously uncultivated. As yet, it remains unclear what chronological relationship is to be postulated between the two processes.


 一流の土地はフル英語名,二流の土地は英語・古ノルド語のハイブリッド名,三流の土地はフル古ノルド語名.
 本当にそれほどきれいに分布しているのかどうかは私には分からないが,おもしろい.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-12-01 Fri

#5331. 古ノルド語由来の地名に潜む2種類の単数属格形 [old_norse][name_project][etymology][onomastics][toponymy][inflection][genitive][oe]

 イングランド地名に古ノルド語に由来する要素が含まれている件については「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) や「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1]) で取り上げてきた.
 地名を構成する要素には人名などの属格形が現われるケースが多い.「○○氏の町」といった名付けが自然だからだ.古ノルド語では名詞の単数属格形には特定の語尾が現われる.o 語幹の男性・中性名詞では -ss が,ā 語幹の女性名詞では -aR が現われるのが原則だ.これらの語尾(が少々変形したもの)が,実際に Danelaw の古英語地名に確認される.
 Clark (483) がその例をいくつか挙げているので確認したい.

In the districts most densely settled by Vikings --- mainly, that is, in Lincolnshire and Yorkshire --- survival in some specifics of Scand. gen. sing. inflexions bears witness to prolonged currency of Scandinavian speech in the milieux concerned . . . . Both with personal names and with topographical terms, genitives in -ar occur chiefly in the North-West: e.g. Lancs. Amounderness < Agmundar nes 'A.'s headland' and Litherland < hliðar (hlið 'hill-side') + -land . . . . Non-syllabic Scandinavian-style genitives in [s] are more widespread: e.g. Yorks. Haxby < DB Haxebi 'Hákr's estate' and Lincs. Brauncewell < ME Branzwell 'Brandr's spring'.


 接触した言語の屈折語尾が化石的に残存しているのは固有名詞だからこそだろう.一般語ではこのような事例はほとんどみられないと思われる.このような側面が名前学 (onomastics) の魅力である.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-11-29 Wed

#5329. 古英語地名に残る数少ないラテン語の遺産 [name_project][etymology][onomastics][toponymy][oe][roman_britain][celtic]

 ローマン・ブリテン時代の後に続く古英語期の地名には,思いのほかラテン語の痕跡が少ない.実際,純粋なラテン語由来の地名はほとんどないといってよい.ただし,部分的な要素として生き残っているものはある(cf. 「#3440. ローマ軍の残した -chester, -caster, -cester の地名とその分布」 ([2018-09-27-1])).
 Clark (481) は Lincoln, Catterick, camp, eccles, funta, port, wīc などを挙げているが,確かに全体としてあまり目立たない.

Unlike those once-Romanised areas that were destined to become Romance-speaking, England shows hardly any place-names of purely Latin origin. Few seem to have been current even in Romano-British times; fewer still survived . . . . PDE Lincoln is a contraction of Lindum Clonia, where the first element represents British *lindo 'pool' . . . . Whether Catterick < RB Cataractonium derives ultimately from Latin cataracta in supposed reference to rapids on the River Swale)(sic) or from a British compound meaning 'battle-ramparts' is uncertain . . . .
   The main legacy of Latin to Old English toponymy consisted not of names but of name-elements, in particular: camp < campus 'open ground, esp. that near a Roman settlement'; eccles < ecclesia 'Christian church'; funta < either fontana or fons/acc. fontem 'spring, esp. one with Roman stonework'; port < portus 'harbour'; and the already-mentioned wīc < vicus 'settlement, esp. one associated with a Roman military base', together with its hybrid compound wīchām . . . . Names involving these loan-elements occur mainly in districts settled by the English ante AD 600, and often near a Roman road and/or a former Roman settlement . . . .


 イングランドの地名に関する限り,ラテン語は(後の中英語期以降に関与してくる)フランス語と同様に,微々たる貢献しかなしてこなかったといってよい.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-11-27 Mon

#5327. York でみる地名と民間語源 [name_project][etymology][folk_etymology][onomastics][toponymy][oe][roman_britain][celtic][diphthong][old_norse][sound_change]

 「#5203. 地名と民間語源」 ([2023-07-26-1]) でみたように,地名には民間語源 (folk_etymology) が関わりやすい.おそらくこれは,地名を含む固有名には,指示対象こそあれ「意味はない」からだろう(ただし,この論点についてはこちらの記事群を参照).地名の語源的研究にとっては頭の痛い問題となり得る.
 Clark (28--29) に,York という地名に関する民間語源説が紹介されている.

. . . 'folk-etymology' --- that is, replacement of alien elements by similar-sounding and more or less apt familiar ones --- can be a trap. The RB [= Romano-British] name for the city now called York was Ebŏrācum/Ebŭrācum, probably, but not certainly, meaning 'yew-grove' . . . . To an early English ear, the spoken Celtic equivalent apparently suggested two terms: OE eofor 'boar' --- apt enough either as symbolic patron for a settlement or as nickname for its founder or overlord --- and the loan-element -wīc [= "harbour"] . . ., hence OE Eoforwīc . . . . (The later shift from Eoforwīc > York involved further cross-cultural influence . . . .) Had no record survived of the RB form, OE Eoforwīc could have been taken as the settlers' own coinage; doubt therefore sometimes hangs over OE place-names for which no corresponding RB forms are known. The widespread, seemingly transparent form Churchill, for instance, applies to some sites never settled and thus unlikely ever to have boasted a church; because some show a tumulus, others an unusual 'tumulus-like' outline, Church- might here, it is suggested, have replaced British *crǖg 'mound' . . . .


 もし York の地名についてローマン・ブリテン時代の文献上の証拠がなかったとしたら,それが民間語源である可能性を見抜くこともできなかっただろう.とすると,地名語源研究は文献資料の有無という偶然に揺さぶられるほかない,ということになる.
 ちなみに古英語 Eoforwīc から後の York への語形変化については,Clark (483) に追加的な解説があるので,それも引用しておこう.

OE Eoforwīc was reshaped, with a Scand. rising diphthong replacing the OE falling one, assibilation of the final consonant inhibited, and medial [v] elided before the rounded vowel: thus, Iorvik > York . . . .


 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-10-31 Tue

#5300. 古英語にみられるケルト系人名 [celtic][name_project][onomastics][personal_name][oe]

 5世紀にアングロサクソン人がブリテン島に渡来したとき,先住のケルト人からの言語的影響は僅少だったというのがイギリス史や英語史の伝統的な説である.ケルト系言語の英語への貢献としては,地名を除けば見るところはほとんどない,というのが典型的な英語史書での記述である.このように地名は例外であるとよく言われるが,もう1種類の固有名詞である人名についてはどうなのだろう.そもそもこの問いは思い浮かべたことすらなかった.Clark がこの件について興味深い1節を書いている.

The name Cædmon borne by the father of English religious verse represents a Welsh reflex of British *Catumandos ( . . . British Catu- is cognate with OE Heaðo- 'battle'); and its form suggests a structural compatibility between Celtic and Germanic types of name . . . . Despite his English cultural identity, Cædmon might, as an ox-herd, be supposed descended from an enslaved people. However, British names also appear among English royalty, including, for instance, the Cerdic (Welsh Ceredig < British *Coroticos), Ceawlin, Ceadda and Ceadwalla (Welsh Cadwallen) found in the Early West Saxon genealogies . . . . The element Cæd-/Cead- reappears in the names of two seventh-century brothers, both bishops, Cedd and Ceadda . . . . The name Cumbra . . . . current among West-Saxon nobility represents Welsh Cymro < British *Combrogos 'Welshman'. Taken with the story of Vortigern's invitation . . . . and with the archaeological evidence mentioned, such names imply that the first settlers arrived pacifically, perhaps married into Romano-British nobility, and sometimes names their sons in compliment to their hosts . . . . Assuming any such names necessarily indicate British blood would go well beyond the evidence; but their adoption by English royalty must mean respect for Celtic traditions.


 ケルト系の名前を帯びたアングロサクソン系の王侯貴族がいたということは,先住ケルト人たちに対して彼らへの「リスペクト」があったということを含意する --- なかなか刺激的な指摘である.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-10-28 Sat

#5297. 古英語人名学の用語体系 [name_project][oe][onomastics][personal_name][terminology][by-name]

 「名前プロジェクト」 (name_project) との関連で,英語史の各時代を対象にした名前学 (name-study, or onomastics) を学んでいる.目下,人名 (personal_name) に関心を寄せているが,時代によって人名のあり方も変わるので,それに応じて用語も異なってくる.今回は Clark (456) を参照して,古英語の人名学において使われる用語体系を確認しておきたい.

Early Germanic custom required that each individual should have single, distinctive name . . . . The system was therefore geared to constant provision of fresh forms. For students of it, the first problem is one of terminology: in this context, 'forename' and 'first-name' become meaningless, 'baptismal name' and the artificial 'font-name' are both inapplicable to pagan tradition, and 'Christian name', as well as also being inapplicable, will later be needed for a different sense. The term 'personal name' favoured for this purpose by some scholars is over-general, because 'by-names' and family-names are no less 'personal'. For convenience, the terminology adopted here will be knowingly inconsistent: simply to distinguish anthroponym from toponym, 'personal name' will be used, but where greater precision is needed the technical term 'idionym' will be brought in. A supplementary name of whatsoever kind --- genealogical, honorific, occupational, locative or characteristics --- collocated with an idionym will be called a 'by-name' . . . . The term 'nickname' will denote any characterising terms whether used as by-name or as idionym . . . .


 アングロサクソン人の名前は典型的に「個名」というべき idionym のみからなる.現代の英語名や日本語名のように,姓+名の2種類からなるものではない.したがって,first-namelast-name のような用語は馴染まない.また,キリスト教以前の伝統を汲む名前を主に扱うので baptismal name などの呼称も適さない.
 古英語の人名は典型的に idionym の1種類からなるとはいえ,もう1つの名前要素が任意で付される場合もある.これを指し示すのに by-name という用語が導入される.by-name には,その人物の家系,職業,居住地,性格・特徴を示すものなど様々な種類がある.
 まとめれば,古英語人名のフォーマットは「idionym (+ by-name)」ということになる.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-09-16 Sat

#5255. Voicy heldio の「ゼロから学ぶはじめての古英語」シリーズへご好評いただいています [oe][masanyan][ogawashun][hel_education][voicy][heldio][runic][anglo-saxon][link][notice][alfred][beowulf][proverb][heldio_community][hajimeteno_koeigo]

 毎朝6時に音声配信している Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「ゼロから学ぶはじめての古英語」シリーズが始まっています(不定期で無料の配信です).第3回まで配信してきましたが,嬉しいことにリスナーの皆さんにはご好評いただいています.各配信回の概要欄やチャプターに紐付けられたリンク先に,題材となっている古英語のテキストなども掲載していますので,そちらを参照しながら聴いていただければと思います.これまでの3回では,アルフレッド大王,古英語の格言,叙事詩『ベオウルフ』に関係する文章が取り上げられています.本当に「初めての方」に向けての講座となっていますので,お気軽にどうぞ.



 ナビゲーターは英語史や古英語を専攻する次の3人です.小河舜さん(フェリス女学院大学ほか)khelf(慶應英語史フォーラム)元会長の「まさにゃん」こと森田真登さん(武蔵野学院大学),および堀田隆一です.3人で楽しそうに話しているのが魅力,との評価もいただいています.
 毎回,厳選された古英語の短文を取り上げ,文字通り「ゼロから」解説しています.日本語による解説つきで気軽に始められる「古英語講座」なるものは,おそらくこれまでどの媒体においても皆無だったのではないでしょうか(唯一の例外は,まさにゃんによる「毎日古英語」かもしれません).このたびのシリーズは,その意味では本邦初といってよい試みとなります.ナビゲーター3人も,肩の力を抜いておしゃべりしていますので,それに見合った気軽さで聴いていただければと思います.
 本シリーズのサポートページとして,まさにゃんによる note 記事「ゼロから学ぶはじめての古英語(#1~#3)」が公開されています.また,X(旧ツイッター)上の「heldio コミュニティ by 堀田隆一」にて関連情報も発信しています.このコミュニティは承認制ですが,基本的にはメンバーリクエストをいただければお入りいただけますので,ぜひご参加ください.
 シリーズの第4弾もお楽しみに!

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2023-09-05 Tue

#5244. 少し遅い時代の古英語地名 [oe][toponymy][anglo-saxon][name_project][onomastics][history][chronology][farming]

 昨日の記事「#5243. 異教時代の古英語地名」 ([2023-09-04-1]) で,地名研究により,その土地がどの時代に開拓されたかを知る手がかりが得られる場合があると述べた.
 昨日の Tysoe, Wensley, Thursley, Friden, Harrow, Weeford などは,第1要素が異教を彷彿とさせるため,アングロサクソン時代でもとりわけ古い層に属すると紹介したが,ちょうど逆のケースもある.例えば,「専門農場」と訳出すべき wīc を含む地名は,農業が確立した後につけられたものと考えられるが,それはイングランドの農業史に鑑みて8世紀以降のことと推測される.つまり,同じ古英語期でも相対的に遅めの開拓であることが示唆される.Hough (98) より関連する箇所を引用する.

. . . some elements may be dated to a later phase of settlement on semantic or other grounds. Place-names from OE wīc 'specialized farm' are indicative of established farming communities, and are considered unlikely to have been coined before the eighth century AD. Examples from England include Butterwick (butter), Cheswick (cheese), Gatwick (goats), and Shapwick (sheep); examples from Scotland include Berwick (barley), Hedderwick (heather), and Sunwick (pigs).


 挙げられている例は,分かりやすいものを選んだということかもしれないが,乳製品を産する農場が多い.地名や固有名詞の研究は,ただ言語学的,形式的な研究だけでは済みそうもない,ということが理解できる.

 ・ Hough, Carole. "Settlement Names." Chapter 6 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 87--103.

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2023-09-04 Mon

#5243. 異教時代の古英語地名 [oe][toponymy][anglo-saxon][christianity][name_project][onomastics][history][chronology][heathenism]

 地名の構成要素の意味をひもとくことによって,どの時代にその地名がつけられたのか,示唆を得られる事例がある.同じ場所が後に別の地名に置き換えられていたりするので,時系列に整理した上で慎重に解釈する必要があるが,地名研究が歴史学など他分野に貢献し得る点で興味深い.
 Hough (98) によると,キリスト教化する以前のイングランドの古英語地名に,異教の神や寺院などの名前が用いられているものがあるという.このようなケースでは,それだけ古い土地であると解釈してよさそうだ.

Also indicative of early settlement are place-names referring to religious or other customs that were later superseded. Place-names referring to Anglo-Saxon paganism represent an early stratum which must pre-date the conversion to Christianity around 627. In England they fall into two main groups: those containing the names of pagan gods, and those containing a word for a heathen shrine or temple. Examples of the former are Tysoe (Tiw + OE hōh 'heel; hill-spur'), Wensley (Woden + OE lēah 'wood, clearing'), Thursley (Thunor + OE lēah 'wood, clearing', and Friden (Frig + denu 'valley'); examples of the latter are Harrow (OE hearg 'temple') and Weeford (OE wēoh 'shrine' + ford 'ford). The absence of either type from the corpus of Old English place-names in Scotland is usually taken to indicate that the Anglo-Saxons did not move north until after the conversion to Christianity, although this has been challenged on the grounds that pagan names are also absent from large areas of England . . . .


 このような異教的地名がスコットランドには認められないという議論も意味深長である.

 ・ Hough, Carole. "Settlement Names." Chapter 6 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 87--103.

Referrer (Inside): [2023-09-05-1]

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2023-09-01 Fri

#5240. Voicy heldio で「ゼロから学ぶはじめての古英語」シリーズが始まりました [oe][masanyan][ogawashun][hel_education][voicy][heldio][runic][anglo-saxon][link][notice][hel_education]



 昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の配信で,待望の(?)の古英語入門講座がスタートしました.「#822. ゼロから学ぶはじめての古英語 --- Part 1 with 小河舜さん and まさにゃん」です(上記の左側のパネル).シリーズ初回のメインパーソナリティは小河舜さん(フェリス女学院大学ほか),そして進行補佐が「まさにゃん」こと森田真登さん(武蔵野学院大学)と私,堀田隆一です.
 初回ということで,古英語の短い1文のみを素材として導入しています.9世紀に文武両道で活躍したウェセックスのアルフレッド大王 (King Alfred) による言葉です.大英図書館のサイトの King Alfred's Translation of the Pastoral Care より,写本画像が閲覧できます.

Þeos boc sceal to Wiogora ceastre


 今回取り上げるのはこの短い文のみですが,実はここに古英語とアングロサクソン文化の様々な側面が凝縮されているのです.小河さんが,それを解凍し,やさしく解説しくれています.また,まさにゃんもこちらの note 記事にて補足を加えてくれています.
 私自身も,今朝の Voicy 配信で補足のお話しをお届けしています.「#823. 昨日の「ゼロから学ぶはじめての古英語 --- Part 1」の補足と関連過去回」をお聴き下さい(上記の右側のパネル).今朝の配信では関連する過去回に多く言及しましたが,Voicy から直接飛ぶには不便かと思いますので,以下にリンクを張っておきます.この週末などのお時間のあるときに,今回の例文 "Þeos boc sceal to Wiogora ceastre" と関連付けて,古英語とアングロサクソンの世界に浸っていただければと思います.
 シリーズ第2回も近日公開予定ですので,お楽しみに! 初回へのご感想やご意見も Voicy のコメントよりお寄せいただけますと幸いです.

[ 指示代名詞 this をめぐる謎 ]

 ・ 「#233. this, that, the などの th は何を意味するの?」
 ・ 「#274. 不定指示形容詞の this」
 ・ 「#432. なぜ短縮形 that's はあるのに *this's はないの?」
 ・ 「#493. 指示詞 this, that, these, those の語源」

[ 名詞 book の深すぎる歴史 ]

 ・ 「#661. book と beech --- 本とブナの関係は?」
 ・ 「#662. 印欧祖語の故郷をめぐるブナ問題」

[ 衰退気味の shall の諸相 ]

 ・ 「#218. shall と will の使い分け規則はいつからあるの?」
 ・ 「#530. 日本ハム新球場問題の背後にある英語版公認野球規則の shall の用法について」

[ 前置詞の to もあるけれど不定詞マーカーの to にも注目を ]

 ・ 「#645. to 以外の不定詞マーカー」
 ・ 「#688. なぜ不定詞には to 不定詞 と原形不定詞の2種類があるの?」

[ イングランド地名についてアレコレ ]

 ・ 「#306. 市川誠先生との対談 長万部はイングランドか!?」
 ・ 「#349. 市川誠先生との対談 「ウスター」と「カステラ」,「レスター」と「リア王」」
 ・ 「#819. 古英語地名入門 with 小河舜さん」

[ 古英語一般の理解のために ]

 ・ 「#148. 古英語期ってどんな時代?」
 ・ 「#149. 対談 [[「毎日古英語」のまさにゃんと、古英語ってどんな言語?」
 ・ 「#326. どうして古英語の発音がわかるのですか?」
 ・ 「#628. 古英語の単語はどれくらい現代英語に受け継がれているの?」
 ・ 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」

Referrer (Inside): [2024-01-01-1]

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2023-08-24 Thu

#5232. 人名・地名の原資料としての Domesday Book [domesday_book][oe][norman_conquest][manuscript][onomastics][name_project][personal_name][toponymy]

 「#5227. 古英語の名前研究のための原資料」 ([2023-08-19-1]) で触れたとおり,Domesday Book は古英語の名前研究の一級の資料である.
 Domesday Book とは何か.一言でいえば,William I が1086年に作らせた,イングランドのほぼ全域を調査した土地台帳(元資料あるいは要約資料)である.慈悲も申し立ての余地もない徹底的な調査ぶりから「最後の審判の日」になぞらえて "Domesday Book" と名付けられた.この名前は12世紀中頃までには一般的な呼称となっていたようである.
 人々の反感を買ったものの,この調査は仕事の細かさと速さの点で,中世においておそらく最も偉大な行政的な業績だった.調査は7--8人の委員によって実施され,各々が異なる地域を担当して,王と直接受封者の所領に関する詳細な報告書を編纂した.これらの報告書から王の書記官たちが要約を作成したもの,それが Domesday Book である.
 単数形で Domesday Book と呼ばれているが、実際には異なる2つの巻から成り立っている.第1巻 (Great Domesday) は,Essex, Norfolk, Suffolk を除くすべての州の要約記録を含んでいる.これらの3つの州に関しては,要約ではない完全な報告が第2巻 (Little Domesday) に保存されている.
 Domesday Book の名前資料としての価値と「使用上の注意」について,Clark (453--54) が解説していることを引用しよう.

For late OE name-forms of both kinds Domesday Book (DB) is the prime source; for many place-names, those from the North especially, it furnishes the earliest record extant . . . . DB proper consists of two volumes (recently rebound as five), always part of the state archives and now housed in the Public Record Office, wherefore they are together known as the 'Exchequer Domesday'. The two sections are, it must be emphasised, of different standing: 'Little DB', which deals with Norfolk, Suffolk and Essex, represents a redaction earlier and fuller --- therefore more useful to onomasticians --- than that of 'Great DB', which deals with the rest of the Conqueror's English realm. There are also various related records, usually known as 'satellites', some (like Exon DB) official, others private . . .; on matters ranging from administrative procedure to orthography, these supplement the information given by the Exchequer volumes. Although DB as it stands results from a survey undertaken in 1086, roughly half the material there dates back to pre-Conquest times. Based as they were upon enquiries made by several panels of commissioners who collected documentary as well as oral evidence and interrogated alike French-speaking post-Conquest settlers and survivors of the pre-Conquest land-holding classes, the extant DB texts, in which the commissioners' returns have to varying degrees been recast, need careful handling. At the orthographical level, basic to onomastic study, they are notoriously unreliable. For one thing, not all the scribes used the traditional OE orthography . . . . For another, working conditions were unpropitious: name-material, unlike common vocabulary, cannot be predicted from context, and so the DB clerks, interpreting utterances of witnesses from varied linguistic backgrounds, sometimes perhaps toothless ancients, and editing drafts that bristled with unfamiliarities, were liable to mishear, misread, misunderstand, miscopy or otherwise mangle the forms. Only lately has appreciation of the types and degrees of scribal error in DB made progress enough for former broad assumptions --- for instance, about 'Anglo-Norman influences' --- to be gradually replaced by recognition of specific auditory and visual confusions.


 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-08-23 Wed

#5231. 古英語の人名には家系を表わす姓 (family name) はなかったけれど [oe][anglo-saxon][onomastics][name_project][personal_name][alliteration][patronymy][by-name]

 古英語の人名には,現代の family name や last name に相当する「姓」はない.「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1]) で触れたように,姓が現われるようになるのはノルマン征服後のことである.
 しかし,家系や所属を標示する発想がまるでなかったわけではない.特に王家の系統については,男性の名前を同じ子音で始める頭韻 (alliteration) の傾向が見られるという.いわば音象徴 (sound_symbolism) で家系を示唆してしまおうという,なんとも雅びで奥ゆかしい伝統ではないか.
 Clark (458) が次のように説明し,例を挙げている.

Despite the lack of 'family-names' in the modern sense, kinship-marking was a main motive behind old Germanic naming . . . . Thus, royal genealogies, whose partly mythical character makes them likely to show idealised forms, regularly exhibit runs of alliteration, as in the West Saxon sequence: Cerdic, Cynric, Ceawlin, Cuða, Ceada, Benbeorht, Ceadwalla . . . .


 ほかに,男性名について,規則的ではないものの,父や兄弟の名前に含まれる要素を共有する傾向がみられるという (cf. 父称 (patronymy)) .
 女性名については,いかんせん記録が少なく,一般的な傾向は指摘しにくいようである.例えば Bede に挙げられている名前一覧でいえば,古英語女性人名は全体の1/7以下にとどまるという.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

Referrer (Inside): [2024-01-31-1] [2023-12-16-1]

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2023-08-21 Mon

#5229. 古英語期中に人名のトレンドは変わったか? [oe][anglo-saxon][onomastics][name_project][personal_name][diachrony][bede][domesday_book][by-name]

 連日,古英語期における名前に注目している.古英語期と一口にいっても数世紀の長さにわたる時代なので,その内部で通時的変化があったとしてもおかしくない.人名の名付けにトレンドがあることは現代の英語でも日本語でもよく知られている通りであり,古英語期にもその時々の流行があったとしても驚かないだろう.
 Clark (461) は,Bede により731年に著わされた Historia Ecclesiastica Gentis Anglorum (= Ecclesiastical History of the English People) と William I が1086年に作らせた土地台帳 the Domesday Book における人名を比較し,名付けの傾向の通時的変化らしきものについて次のように述べている.

Although neither sample can be taken fully to represent contemporary usages, it is no accident that in detail the recorded stocks differ, with deuterotheme usages similar but only half the protothemes in common. Even with allowance for the greater number of name-bearers represented in DB, overall variability seems little reduced. Some change of custom has none the less taken place: the fairly even seventh-century frequency-pattern has given way to a markedly uneven one, with many names occurring just once or twice but a particular few, such as Ælfrīc, Godrīc, Godwine, Lēofwine and Wulfrīc, having each a multitude of bearers distinguished from one another by by-names (a similar pattern appears in the names of Suffolk peasants of probably ca 1100 . . .). This development parallels those seen in continental West-Germanic communities. . . .


 必ずしも明確な通時的変化であるとして強調しているわけではないが,Clark は後期古英語にかけて人名の多様性が増してきたと分析していることがわかる.一方で,旧来の主要な少数の名前は残っており,同名の場合には別の要素 (by-names) を付け加えることにより区別されるようになってきたという.
 名付けの流行の変化の背後に何があったのか,気になるところだ.「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]) を参照.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-08-20 Sun

#5228. 古英語の人名の愛称には2重子音が目立つ [oe][anglo-saxon][onomastics][name_project][personal_name][consonant][phonetics][shortening][hypocorism][germanic][sound_symbolism]

 古英語の人名の愛称 (hypocorism) の特徴は何か,という好奇心をくするぐる問いに対して,Clark (459--60) が先行研究を参考にしつつ,おもしろいヒントを与えてくれている.主に音形に関する指摘だが,重子音 (geminate) が目立つのだという.

Clearly documented hypocoristics often show modified consonant-patterns . . . . Thus, the familiar form Saba (variant: Sæba) by which the sons of the early-seventh-century King Sǣbeorht (Saberctus) of Essex called their father showed the first element of the full name extended by the initial consonant of the second, in a way perhaps implying that medial consonants following a stressed syllable may have been ambisyllabic . . . . In the Germanic languages generally, a consonant-cluster formed at the element-junction of a compound name was often simplified in the hypocoristic form to a geminate, Old English examples including the masc. Totta < Torhthelm, the fem. Cille < Cēolswīð, and also the masc. Beoffa apparently derived from Beornfrið . . . .


 重子音化や子音群の単純化といえば,日本語の「さっちゃん」「よっちゃん」「もっくん」「まっさん」等々を想起させる.日本語の音韻論では重子音(促音)そのものの生起が比較的限定されているといってよいが,名前やその愛称などにはとりわけ多く用いられているような印象がある.音象徴 (sound_symbolism) の観点から,何らかの普遍的な説明は可能なのだろうか.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-08-19 Sat

#5227. 古英語の名前研究のための原資料 [oe][anglo-saxon][onomastics][evidence][philology][methodology][name_project][domesday_book]

 連日の記事「#5225. アングロサクソン人名の構成要素 (2)」 ([2023-08-17-1]),「#5226. アングロサクソン人名の名付けの背景にある2つの動機づけ」 ([2023-08-18-1]) で引用・参照してきた Clark (453) より,そもそも古英語の名前研究 (onomastics) の原資料 (source-materials) にはどのようなものがあるのかを確認しておきたい.

The sources for early name-forms, of people and of places alike, are, in terms of the conventional disciplines, ones more often associated with 'History' than with 'English Studies': they range from chronicles through Latinised administrative records to inscriptions, monumental and other. Not only that: the aims and therefore also the findings of name-study are at least as often oriented towards socio-cultural or politico-economic history as towards linguistics. This all goes to emphasise how artificial the conventional distinctions are between the various fields of study.
   Thus, onomastic sources for the OE period include: chronicles, Latin and vernacular; libri vitae; inscriptions and coin-legends; charters, wills, writs and other business-records; and above all Domesday Book. Not only each type of source but each individual piece demands separate evaluation.


 伝統的な古英語の文献学的研究とは少々異なる視点が認められ,興味深い.とはいえ,文献学的研究から大きく外れているわけでもない.文献学でも引用内で列挙されている原資料はいずれも重要なものだし,引用の最後にあるように "each individual piece" の価値を探るという点も共通する.ただし,固有名は一般の単語よりも同定が難しいため,余計に慎重を要するという事情はありそうだ.
 原資料をめぐる問題については以下の記事を参照.

 ・ 「#1264. 歴史言語学の限界と,その克服への道」 ([2012-10-12-1])
 ・ 「#2865. 生き残りやすい言語証拠,消えやすい言語証拠――化石生成学からのヒント」 ([2017-03-01-1])
 ・ 「#1051. 英語史研究の対象となる資料 (1)」 ([2012-03-13-1])
 ・ 「#1052. 英語史研究の対象となる資料 (2)」 ([2012-03-14-1])

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

Referrer (Inside): [2023-08-24-1]

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