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oe - hellog〜英語史ブログ

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2010-02-23 Tue

#302. 古英語のフランス借用語 [french][loan_word][oe][benedictine_reform][i-mutation]

 英語史でフランス借用語といえば,[2009-08-22-1]のグラフで明らかなとおり,12世紀後半以降,中英語の話題とみなされている.しかし,数こそ少ないが古英語期にもフランス語からの借用があったことは,フランス語の名誉(?)のためにも記憶しておいてよい.以下,Kastovsky (337--38) より.

prud, prut "proud"
sot "foolish" (but possibly from Vulgar Latin)
tur "tower" (but possibly from Vulgar Latin)
capun "capon"
tumbere "dancer" (from OF tomber "fall")
fræpgian "accuse" (from OF frapper)
servian "serve"
gingifer "ginger"
bacun "bacon"
arblast "weapon"
serfise "service"
prisun "prison"
castel "castle"
market "market"
cancelere "chancellor"


 数こそ少ないが,現代英語でもなかなかに重要な語が含まれているではないか.これらの多くは11世紀後半に文献に現れており,古英語とはいってもその最末期の借用である.10世紀後半から11世紀にかけてイングランドに起こった修道院改革 ( the Benedictine Reform ) はフランスに範を取っており,ノルマン人の征服 ( the Norman Conquest ) を待たずともフランスとのコネクションはあった.また,エドワード懺悔王 ( Edward the Confessor ) はノルマン人を母にもち,ノルマンディで亡命生活を送った人物として,イングランドとフランスとのコネクションに貢献している.
 このなかで,特に prud / prut "proud" は,古英語から派生語や合成語がみられる希有な例である: ex. prutlice "proudly", pryto / pryte "pride", prytscipe "proudship", prutness "proudness", oferprut "haughty", prutswongor "overburdened with pride", woruldpryde "worldly pride", oferprydo "excessive pride".名詞形 pryto で母音が変化していることから,この語群が英語で使われ始めた10世紀末くらいにはまだ i-mutation が作用していたことが推測され,音変化の歴史においても重要な意味をもつ.
 古英語のフランス借用語はあまりに少なく目立たないため,英語史の概説書でもほとんど扱われることがないので,今回の記事で取り上げた次第.とがんばってみても,マイナー感は否めない・・・.

 ・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.

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2010-01-02 Sat

#250. 古英語の屈折表のアンチョコ [oe][inflection][chart][link]

 正月でお酒が回ってきたので軽い話題を一つ.
 OE Inflection Magic Sheetから,非常にコンパクトにまとまった古英語の屈折表をPDFで落とすことができる(直接にはこちら).A4用紙1枚にカラーで印刷できるので,試験前のアンチョコとして申し分ない.名詞,形容詞,代名詞,動詞の主要な屈折が掲げられている.  *
 私は中英語の形態論を主な研究領域としているので古英語の屈折は熟知していなければならないはずなのだが,かなりの部分が記憶から抜け落ちてしまっている.新年でもあるし,改めて覚えなおすか・・・.せめて手帳に挟み込んでおくことにする.

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2009-12-01 Tue

#218. 篋????茲???? [oe][double_plural][metanalysis]

 [2009-09-20-1]で,children を引き合いにして 二重複数 ( double plural ) に言及した.古英語では,この語の複数形(より正確には主格・対格の複数形)は cildru だったが,やがて r を含んだ形態が単数形の基体 ( base ) であると異分析 ( metanalysis ) され,そこから -en という複数語尾により新しく複数形が作られたというのが,複数形 children の生成された過程である.
 children のような二重複数の例は,歴史的には結構ある.非標準語法も含めて現代英語に残っているものとしては,bodices, breeches, datas, invoices, truces; brethren, kine などがある.いずれも /s/ や /n/ が複数語尾として付加されているが,歴史的にはそれらの語尾がない形ですでに複数形として機能していた.
 brethren については,brother が宗教的な「同胞」という意味で用いられる場合の複数形であり,通常の brothers と自由変異をなすわけではない.また,brethren との類推 ( analogy ) と思われるが,アメリカ英語では宗教的文脈で sister(e)n も使われるという.
 datas は,いわゆる外国語複数 ( foreign plural ) の例である.ラテン語やギリシャ語などに由来する借用語には,借用元言語での屈折を保ったまま英語に入ってくるものも少なくない.ラテン語から来た data はそれ自体が datum という単数形態に対する複数形態だが,もとのラテン語の屈折を知らない英語話者にとっては不透明な形態規則である.そこで,昨今では data 自体が単数形であると解釈されるようになってきており,新しい規則的な複数形 datas が生まれてきている.
 二重複数をはじめ「二重○○」というのは,英語史ではよく取りあげられる話題である.二重過去形の might ([2009-07-03-1][2009-06-25-1]),二重比較級の lesser ([2009-11-08-1], [2009-11-22-1]) などである.ここで注意すべきは,いずれの場合も,通時的には「二重」であるとみなせるが,共時的な感覚としては「一重」としてとらえられていることである.通時と共時を結ぶ接点に異分析という作用があるとすると,言語変化の力学において異分析の果たす役割は大きいといえる.

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2009-11-07 Sat

#194. shadowshade [doublet][etymology][register][inflection][oe]

 英語には二重語が数多く存在するので,この話題には事欠かない.今回は,綴りも発音も意味もよく似ていることが直感的にわかる shadow 「影」と shade 「陰」の関係について.
 両単語はゲルマン系の語であり,元来は一つの語だったと思われる.だが,古英語の時点ではすでに二つの形態に分化して存在していた.一つは女性強変化名詞の sċeadu,もう一つは中性強変化名詞の sċead である.両方の屈折表を掲げよう.

Paradigm of OE sceadu

 形態的には,現代英語の shade は,古英語の sċeadu の単数主格形(あるいは sċead の母音語尾をもつ屈折形)に由来する.一方,現代英語の shadow は,古英語の sċeadu の屈折形のうち <w> の現れる形態に由来する.
 形態としてはこのように二語が区別されていたが,意味のほうは必ずしも「影」と「陰」で厳密に区別されていたわけではないようである.互いに混同しながら徐々に意味の分化が起こってきたと考えるべきだろう.
 同一語の主格形と斜格形がそれぞれ生き残って現代に伝わった興味深い例だが,類例としては meadmeadow 「牧草地」が挙げられる.ただ,このペアの場合には意味の違いはない.後者が一般的な語であり,前者が詩的な響きを有するというレジスター ( register ) の差があるのみである.

Referrer (Inside): [2020-07-13-1] [2014-11-18-1]

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2009-11-02 Mon

#189. 名前動後の起源 (2) [stress][diatone][germanic][oe][prosody]

 昨日[2009-11-01-1]に引き続き「名前動後」の話題.昨日は「名前動後」のモデルがすでに古英語に存在していたことを確認した.派生名詞には接頭辞の強形が付加され,派生動詞には弱形が付加されたということだった.だが,この体系的な分布そのものは,どのように説明されうるだろうか.
 Campbell によれば,接頭辞が付加されるタイミングが,名詞と動詞とで異なっていたのではないかという.of-, be- などの接頭辞は,本来は副詞・前置詞として語幹と独立して機能していたと考えられる.後に意味的関連の強さから,その副詞・前置詞が接頭辞として語幹に付加され,一語へ統合された.ところが,一語へ統合されるタイミングが名詞と動詞とでは異なっていた.名詞の派生は一足早かったので,ゲルマン語の第1音節アクセントの原則の適用に間に合ったが,動詞の派生は遅く,語幹そのものの第1音節アクセントがしっかりと固まってしまった後に,ちょろっと弱い接頭辞が付加されて派生動詞ができあがったのである.
 ただ,この仮説を採用するにしても,なぜ名詞の派生が動詞の派生よりも一足早かったのかという次なる疑問が生じる.タイミングという切り口で説明を一歩だけ高い次元に持ち上げることができたとしても,究極的な説明を突き止めることは難しそうだ.
 タイミングが早いか遅いかによって,ある言語変化の適用を受けるか免れるかが決まるという他の例としては,[2009-06-14-1]を参照.

 ・Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959. 30--31.

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2009-11-01 Sun

#188. 名前動後の起源 [stress][diatone][oe][conversion][prosody]

 受験英語業界で「名前動後」と呼ばれる現象がある.現代英語では,綴りは同じだが品詞の異なる語が存在する.特に名詞と動詞のペアの場合,名詞ではアクセントが前の音節に,動詞ではアクセントが後ろの音節に落ちることがあり,こうしたペアを「名前動後」と呼んでいる.英語では「名前動後」に相当する便利な名称はなく,次のように説明的になってしまう.

diatonic homograph pairs that exhibit the alternating stress pattern between noun (paroxytonic) and verb (oxytonic)


 例を挙げるとキリがない.

absent, accent, addict, annex, combat, combine, concert, contract, contrast, convert, discard, discount, discourse, dismount, export, finance, implant, import, intercept, interchange, misprint, object, overturn, permit, protest, reject, research, retract, transplant, transport, etc.


 英語は,初期中英語期に起こった屈折語尾の消失により,容易に品詞転換 ( conversion ) の可能な言語となった.これは言語としては希有の現象であり,特に近代英語期以降,語を派生させるのにフル活用されてきた.名詞と動詞で綴りが同じであることはこれで分かるとしても,両者のあいだでアクセントの位置に区別がつけられたのはどうしてだろうか.
 その淵源は古英語,いやそれ以前にある.
 昨日の記事[2009-10-31-1]で見たように,古英語の単語では原則として第1音節にアクセントが落ちたが,接頭辞による派生語では,その接頭辞が強形として使われているか弱形として使われているかによって,アクセントの位置が変わった.接頭辞が強形として用いられている場合にはその接頭辞にアクセントが落ち,弱形として用いられている場合には語幹の第1音節にアクセントが落ちたのである.興味深いのは,派生名詞の接頭辞には強形が,派生動詞の接頭辞には弱形が,体系的に付加されている点である.以下,対応する派生名詞と派生動詞のペアを,アクセントの位置に注目して比べてみよう.

名詞動詞
ˈǣwielm "fountain"aˈweallan "to well up"
ˈæfþunca "source of offence"ofˈþyncan "to displease"
ˈætspyrning "offence"otˈspurnan "to stumble"
ˈandsaca "apostate"onˈsacan "to deny"
ˈbīgenga "inhabitant"beˈgān "to occupy"
ˈorþanc "mind"aˈþencan "to devise"
ˈwiþersaca "adversary"wiþˈsacan "to refuse"


 「名前動後」のモデルの起源は,すでに古英語に存在したのである.

 ・Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959. 30--31.

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2009-10-31 Sat

#187. 第1音節にアクセントのない古英語の単語 [stress][oe]

 [2009-10-26-1]の (4) で見たように,ゲルマン語の特徴の一つに「語のアクセントは第1音節に固定」というものがある.印欧祖語ではアクセントの位置は語の中で自由だったが,ゲルマン諸語へ分かれてゆく過程で固定化したと考えられている.古英語はこのゲルマン語の特徴をほぼ完全な形で受け継いでいるので,古英語の単語のアクセントについては原則として迷うことはない.
 しかし,例外がある.[2009-10-26-1]でも何気なく触れていたように,より正確には「接辞を除いた語幹の第1音節」にアクセントが落ちる.古英語の語形成の特徴の一つは,接頭辞などによる派生 ( derivation ) が多用されることである.be-, ge-, to- などの接頭辞が語幹の頭に付加されてできた語では,アクセントはもとの語幹の第1音節に残り,派生語全体としては第2音節にアクセントが来ることになる.例を挙げる.

geˈfeoht "fight", forˈbod "prohibition", beˈbod "command", toˈdæg "today", onˈweg "away", beˈhindan "behind", aˈþencan "devise", wiþˈsacan "deny"


 ただし,「接辞を除いた語幹の第1音節」という但し書きも,まだ完全に正確ではない.接頭辞には強形と弱形があり,強形として付加されると派生語であってもその接頭辞にアクセントが落ちるのである.次の例は,強形の接頭辞により派生された語である.いずれもアクセントは接頭辞にある.

ˈǣwielm "fountain", ˈæfþunca "source of offence", ˈætspyrning "offence", ˈandsaca "apostate", ˈbīgenga "inhabitant", ˈorþanc "mind", ˈwiþersaca "adversary"


 接頭辞の強形と弱形は綴りの上では区別されないこともあるので,結局は,接頭辞による派生語では,綴り字だけを頼りにアクセントを見分けることはできないということになる.
 強形と弱形の区別については[2009-07-22-1], [2009-06-22-1]も参照.

 ・Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959. 30--31.

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2009-10-28 Wed

#184. two の /w/ が発音されないのはなぜか [numeral][etymology][pronunciation][vowel][phonetics][inflection][oe][sobokunagimon]

 [2009-07-22-1], [2009-07-25-1]one の綴りには <w> がないのになぜ /w/ が発音されるかを見たが,今回は逆に two の綴りに <w> があるのになぜ /w/ が発音されないかを考えてみたい.
 数詞は形容詞の一種であり,古英語では two も以下のように性と格で屈折した(数については定義上,常に複数である).

Paradigm of OE numeral twa

 古英語では独立して「2」を表す場合には女性・中性形の twā が使われ,現在の two につらなっているが,男性形も twain として現代英語に残っている.
 さて,/w/ 音は,母音 /u/ が子音化したものであるから,調音的性質は同じである.母音四辺形[2009-05-17-1]をみると,
高・後舌・円唇という調音的性質をもつことがわかる./w/ や /u/ は口の奥深くという極端な位置での調音となるため,周辺の音にも影響を及ぼすことが多い.twā でいうと,後続する母音 /a:/ が /w/ 音に引っ張られ,後舌・円唇化した結果,/ɔ:/ となった.後にこの /ɔ:/ は /o:/ へ上昇し,そして最終的には /u:/ へと押し上げられた.そして,/w/ 音はここにきて役割を終えたかのごとく,/u:/ に吸収されつつ消えてゆく.まとめれば,次のような音変化の過程を経たことになる.

/twa:/ → /twɔ:/ → /two:/ → /twu:/ → /tu:/


 最後の /w/ 音の消失は15?16世紀のことで,この単語のみならず,子音と後舌・円唇母音にはさまれた環境で,同じように /w/ が消失した.whosword においても,綴りでは <w> が入っているものの /w/ が発音されないのはこのためである./w/ の消失は「子音と後舌・円唇母音にはさまれた環境」が条件であり,「子音と前舌母音にはさまれた環境」では起こらなかったため,twain, twelve, twenty, twin などでは /w/ 音はしっかり保たれている.
 swollen 「膨れた」や swore 「誓った」などでも,上の条件に合致したために /w/ 音が一度は消失したのだが,それぞれの動詞の原形である swellswear で /w/ 音が保持されていることから,類推作用 ( analogy ) により後に /w/ が復活した.多くの語で /w/ 音がこのように復活したので,むしろ two, who, sword が例外的に見えてしまうわけである.

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2009-10-24 Sat

#180. 古英語の人称代名詞の非対称性 [personal_pronoun][oe][inflection][paradigm]

 [2009-09-29-1]で古英語の人称代名詞の屈折表(三人称のみ)を掲げた.複雑に見えるが,この語類だけは loss of inflection の時代と呼ばれる近代英語期に至っても多くの屈折を残している.今日は,古英語の人称代名詞について,もう少し詳しく述べる.
 古英語の人称代名詞体系は,数 ( number ),格 ( case ),人称 ( person ),性 ( gender ) の四つのカテゴリーによって屈折した.以下,各カテゴリーの中身.

 数:単数,双数,複数
 格:主格,対格,属格,与格
 人称:一人称,二人称,三人称
 性:男性,女性,中性

 [2009-09-29-1]の表では「双数」 ( dual ) には触れなかったが,古英語では単数と複数の中間として,特別に「二人」を示す代名詞が存在した.だが,実際には古英語でもすでに廃れつつあった.双数を含めた人称代名詞体系の拡大版を掲げる.

Paradigm of OE Personal Pronouns Extended

 この表から,古英語から現代英語にかけて人称代名詞体系にどんな変化が起こったかが読み取れようが,ここでは,一つ一つの具体的な変化を考えるよりも,そもそも古英語の段階から人称代名詞体系が非対称だったという事実に注目してみたい.
 本来,数,格,人称,性でフルに屈折するのであれば,3 x 4 x 3 x 3 = 108 のセルからなる表ができあがるはずだが,実際には40セルしか埋まっていない.これだけ見ても体系が不完全であることがよくわかる.各カテゴリーについて非対称的・非機能的な点を指摘しよう.

 ・双数が1人称と2人称にしか存在しない
 ・1人称と2人称では,対格と与格の形態的区別がない(かっこ内は古い形態を示す)
 ・3人称で,his, him, hiere, hit が異なる複数の機能を果たしている
 ・2人称と3人称でいう(双数と)複数は,対応する単数が複数集まったものと考えられるが,1人称の双数と複数は,対応する単数である「私」が複数集まったものではない.あくまで,私とそれ以外のものの集合である.
 ・性が区別されるのは,三人称単数のみである.

 「体系」と呼びうるためには,それなりの対称性が必要である.欠陥がありつつも一応は表の形で表すことができるので,そこそこの対称性はあるということは間違いないが,期待されるほど綺麗な体系ではない.非対称性に満ちているといってよい.
 しかし,なぜそのような非対称が生じるのか.なぜカテゴリーによって区別の目が粗かったり細かかったりするのか.言語には体系を指向する力と体系を乱す力がともに働いており,その力関係は刻一刻と変化している.一定にとどまっていることがない以上,たとえある段階でより対称的になったとしても,次の段階ですぐに非対称へと逆行する.言語における体系は,ある程度の非対称をもっていることが常態なのかもしれない.

 ・Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997. 64--66.

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2009-10-22 Thu

#178. 動詞の規則活用化の略歴 [verb][conjugation][analogy][oe][statistics][sobokunagimon]

 現代英語の動詞は,規則動詞 ( regular verb ) と不規則動詞 ( irregular verb ) に大別される.
 規則動詞は原則として動詞の原形に -ed という語尾を付加して過去形・過去分詞形を作る.発音は語幹末の音にしたがって /d/, /ɪd/, /t/ のいずれかとなるが,いずれも歯音接尾辞 ( dental suffix ) を含んでいる( ex. played, wanted, looked ).これはゲルマン諸語に共通する過去形・過去分詞形の形成である.
 一方,不規則動詞 はいろいろと下位区分ができるが,多くは母音交替 ( ablaut or gradation ) によって過去形・過去分詞形を作る.swim -- swam -- swum, give -- gave -- given, come -- came -- come の類である.
 不規則動詞には基本動詞が多いために,相当数の不規則動詞があるかのように錯覚しがちだが,実際には70個ほどしかない.それ以外の無数の動詞は -ed で過去形・過去分詞形を作る規則動詞である.
 だが,昔からこのような分布だったわけではない.古英語では,およそ規則動詞に相当するものを弱変化動詞 ( weak verb ) と呼び,およそ不規則動詞に相当するものを強変化動詞 ( strong verb ) と呼んだが,後者は270語ほど存在したのである.だが,以降1000年の間に不規則動詞は激減した.この約270語がたどったパターンは以下のいずれかである.

 (1) 不規則動詞(強変化動詞)としてとどまった
 (2) 不規則動詞(強変化動詞)と規則動詞(弱変化動詞)の間で現在も揺れている
 (3) 規則動詞化(弱変化動詞化)した
 (4) 廃語として英語から消えた

 それぞれの内訳は以下の通りである.おおまかにいって,古英語の強変化動詞の1/3は廃れ,1/3は規則動詞化し,1/3は不規則動詞にとどまったといえる.

PDE Reflexes of OE Strong Verbs

 以下に簡単に具体例を挙げるが,定義上,(1) は現代英語に残っている不規則動詞であり,(4) は現代英語に残っていない語なので省略する.
 (3) のパターンには,help がある.この動詞は古英語では helpan -- healp / hulpon -- holpen母音交替によって活用していたが,現代英語では規則動詞となっている.その他,shave, step, yield などもかつては不規則動詞だった.
 (2) のパターンには,mow -- mowed -- mowed / mown, show -- showed -- showed / shown, prove -- proved -- proved / proven などがある.傾向としては,-ed の付いた規則形が優勢である.このパターンに属する動詞では,不規則形が廃れていくのも時間の問題かもしれない.

 ・Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997. 69--75.

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2009-10-18 Sun

#174. 古英語のもう一つの指示代名詞の屈折 [determiner][article][oe][inflection][demonstrative][paradigm]

 [2009-09-30-1]の記事で触れた se とは別の系列の指示代名詞 þēs "this" の屈折表を掲げる.

Paradigm of OE Demonstrative

 現代英語の this は,表中の単数中性主格の形態が生き残ったものである.また,表中の複数主格の þās は,現代英語の those の形態に影響を与えた.では,現代英語の these の起源は? 現代英語の that の起源は? この辺の話題は,実に深くて複雑な歴史が絡んでくるので,日を改めて.

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2009-09-30 Wed

#156. 古英語の se の品詞は何か [determiner][article][oe][demonstrative]

 [2009-09-28-1]で,現代英語の定冠詞 the に対応するものとして古英語の se の屈折表を掲げた.そのときの書き込みで,se はなぜ definite article定冠詞」ではなく determiner決定詞」(「限定詞」とも)呼ばれるのかという質問があった.記事内では,古英語の se は現代英語の the と機能や用法が異なるからと述べたが,自分の頭のなかでも整理されていなかったので,あらためて調べてみた.
 現代英語でいう 限定詞とは,名詞を前から修飾する語類のうち,定冠詞 ( definite article ),不定冠詞 ( indefinite article ),所有代名詞 ( possessive pronoun ),指示代名詞 ( demonstrative pronoun ) ,一部の数量詞 ( quantifier ) を指す.具体的には,the, a, my, this, all などを含む.したがって,現代英文法では,the は「限定詞」という語類の下位区分である「冠詞」のさらに下位区分である「定冠詞」であるという位置づけになる.その意味では,the も広い意味では名詞を限定する「限定詞」の一種であることは間違いない.
 一方,古英語では,名詞の定性を標示する「定冠詞」の機能は現代英語ほど明確には確立していなかった.ただ,後に定冠詞として確立することになる se という語は存在しており,これは本来,現代英語でいう "that" に近い「指示代名詞」として機能していた.「指示代名詞」としての用法の他に,この段階では確立していなかったとはいうものの「定冠詞」に相当する用法の萌芽も確かに見られるので,まとめると,se には「指示代名詞+定冠詞」の機能,つまり「"that"+"the"」の機能があったことになる.ここで注意すべきは,古英語には se "that" とは別系統の指示代名詞 þēs "this" も並列的に存在したことである.
 さて,ここで se を何と呼ぶべきかという問題が生じる.「定冠詞」と呼ばないのは,その機能が確立していないことに加え,本来の「指示代名詞」としての用法が無視されてしまうからである.一方,本来の機能を重視し「指示代名詞」とする案は妥当だろうが,se の系列のほかに þēs の系列もあるので区別を意識するする必要がある.したがって,「þēs-type の指示代名詞」と区別して「se-type の指示代名詞」と呼ぶのがもっとも正確なのかもしれない.
 前回の記事で,se を「決定詞」(=限定詞)と呼んだのは,何というラベルをつければよいのか判然としなかったために,包括的なラベルを使ってしまったということになる.犬を指して具体的に「犬だ」と言うべきところを,抽象的に「動物だ」と言ったようなものだ.間違いではないが,もっと適切な用語を用いるべきだった.
 現代英語の the が「限定詞」であるならば,古英語の se も「限定詞」である.だが,より適切には,the は「限定詞」のなかでも特に「定冠詞」であると言うべきであり,se は「限定詞」のなかでも特に「se-type の指示代名詞」であると言うべきだった.上記の事情に無自覚だったゆえの,誤解を招く表現だった.反省.
 一つの語でも複数の機能をもっていたりすると,ネーミングは難しい.This is a beautiful lifethis は「指示代名詞」とラベルづけされるが,This life is beautiful の場合には「指示限定詞」とでも呼ぶべき機能を果たす.文法家によってもこれらの機能の呼び方はまちまちだし,文法用語のネーミング問題は一筋縄ではいかない.

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2009-09-29 Tue

#155. 古英語の人称代名詞の屈折 [personal_pronoun][oe][inflection][paradigm]

 昨日の古英語の決定詞の屈折表[2009-09-28-1]に続き,今日は古英語の人称代名詞 ( personal pronoun ) の屈折表を掲げる.

Paradigm of OE Personal Pronouns

 現代英語でも人称代名詞は古い屈折の痕跡をかなり多く残している語類であり,屈折型言語であった時代の生きた化石と言える.例外なくすべて <h> で始まっている点や,今はなき hine, hēo, hīe, hiera といった形態に注意.
 ちなみに,古英語の疑問代名詞の屈折については,[2009-06-18-1]を参照.

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2009-09-28 Mon

#154. 古英語の決定詞 se の屈折 [determiner][article][oe][inflection][german][paradigm]

 現代英語の定冠詞 the の起源である古英語の se は,「定冠詞」 ( definite article ) ではなく「決定詞」 ( determiner ) と呼ばれるのが普通である.これは,機能や用法が現代英語の the とは相当に異なっていたためである.
 現代英語の定冠詞のように名詞に前置して定性 ( definiteness ) を標示するという用法は確かにあったが,現代のように義務的に課される文法事項ではなかった.また,名詞をともなわずに単独で he, she, it, they など人称代名詞に相当する用法もあった.さらに,関係代名詞としても用いられることがあった.古英語の決定詞は,現代英語の定冠詞 the よりも守備範囲がずっと広かったのである.
 形態的にも,古英語の se は現代英語の the と大きく異なっていた.現代英語の the はいつどこで使っても the という形態に変わりないが,古英語の se は性・数・格によって激しく屈折したのである.現代ドイツ語を学んでいる人は,屈折表を比較されたい.同じゲルマン系だけに,比べてみると,よく似ている.

Paradigm of OE Determiner se
Paradigm of German Definite Article der

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2009-09-20 Sun

#146. child の複数形が children なわけ [plural][oe][double_plural][analogy][homorganic_lengthening]

 昨日[2009-09-19-1]に引き続き,children の話題.children は,英語学習の初期に出会う超不規則複数の代表選手だが,なぜこのような形態を取っているのだろうか.-ren を付加して複数形を形成する例は,英語の語彙広しといえど,この語だけである.
 [2009-05-11-1]で関連事項に触れたが,現代英語の不規則複数の起源は古英語にさかのぼる.現代英語で規則複数を作る -s 語尾は確かに古英語でも圧倒的に優勢ではあったが,他にも -en,ゼロ語尾(無変化),i-mutation などによる複数形成が普通に見られた.現在では影の薄いこれらの複数形成も,古英語では十分に「規則的」と呼びうる形態論的な役割を担っていた.
 さて,そんな古英語においてすら影の薄い複数形成語尾として -ru という語尾が存在した.これは,印欧語比較言語学でs音幹と呼ばれる一部の中性名詞においては規則的な屈折語尾だった.そして cild "child" はまさにこの語類に属していたのである.その他の例としては,ǣg "egg", cealf "calf", lamb "lamb" などがあり,いずれも -ru を付加して複数形を作ったが,後に,圧倒的な -s 語尾による規則複数への類推作用 ( analogy ) の圧力に屈して,現在では方言形を除いて規則複数化してしまった.名詞の複数形に限らず,高頻度語は不規則性を貫く傾向があるように,cildru のみが古英語の面影を残すものとして現代に残っている.
 ちなみに,同じゲルマン語の仲間であるドイツ語では,s音幹の中性名詞に付く -r は中期高地ドイツ語の時代より異常な発達を遂げた ( Prokosch 183 ).本来はs音幹に属していなかった中性名詞に広がったばかりか,一部の男性名詞にまで入り込み,現在では100以上の名詞に付加される,主要な複数語尾の一つとなっている.children にしか残らなかった英語とはずいぶん異なった歴史を歩んだものである.
 だが,話しはまだ終わらない.古英語の複数形 cildru は,順当に現代英語に伝わっていれば,*childre や *childer という形態になっていそうなものだが,実際には children と -n 語尾が付加されている.これは,古英語から中英語にかけて -s 語尾複数に次ぐ勢力を有した -n 語尾複数が付加したためである.本来は -r(u) だけで複数を標示できたわけであり,その上にさらに複数語尾の -n を付加するのは理屈からすると余計だが,結果としてこのような二重複数 ( double plural ) の形態が定着してしまった.-r(u) 語尾の複数標示機能は,中英語期にはすでに影が薄くなっていたからだろうと考えられる.
 おもしろいことに,日本語の「子供たち」も二重複数である.複数の「子」が集まって「子供」となったはずだが,さらに「子供たち」という表現が生まれている.
 普段は深く考えずに使っている childchildren という語にも,Homorganic Lengthening やら double plural やら,種々の言語変化がつまっている.英語史は,ここがおもしろい.

 ・Prokosch, E. The Sounds and History of the German Language. New York: Holt, 1916.

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2009-07-15 Wed

#78. Verbix とコーパス [software][web_service][conjugation][inflection][oe][me][corpus][variation]

 昨日の記事[2009-07-14-1]で,Verbix の古英語版の機能を紹介し,評価して終わったが,実は述べたかったことは別のことである.
 動詞の不定詞形を入れると活用表が自動生成されるという発想は,標準語として形態論の規則が確立している現代語を念頭においた発想である.これは古英語や中英語などには,あまりなじまない発想である.確かに古英語にも Late West-Saxon という「標準語」が存在し,古英語の文法書では,通常この方言にもとづいた動詞の活用表が整理されている.だが,Late West-Saxon の「標準語」内ですら variation はありうるし,方言や時代が変われば活用の仕方も変わる.中英語にいたっては,古英語的な意味においてすら「標準語」が存在しないわけであり,Verbix の中英語版というのは果たしてどこの方言を標準とみなして活用表を生成しているのだろうか.
 Verbix 的な発想からすると,方言や variation といった現象は,厄介な問題だろう.このような問題に対処するには,Verbix 的な発想ではなくコーパス検索的な発想が必要である.タグ付きコーパスというデータベースに対して,例えば「bēon の直説法一人称単数現在形を提示せよ」とクエリーを発行すると,コーパス中の無数の例文から該当する形態を探しだし,すべて提示してくれる.その検索結果は,おそらく Verbix 型のきれいに整理された表ではなく,変異形 ( variant ) の羅列になるだろう.古英語の初学者にはまったく役に立たないリストだろうが,研究者には貴重な材料だ.
 英語史研究,ひいては言語研究における現在の潮流は,標準形を前提とする Verbix 的な発想ではなく,variation を許容するコーパス検索的な発想である.同じプログラミングをするなら,Verbix のようなプログラムよりも,コーパスを検索するプログラムを作るほうがタイムリーかもしれない.
 とはいえ,Verbix それ自体は,学習・教育・研究の観点から,なかなかおもしろいツールだと思う.だが,個人的な研究上の都合でいうと,古英語や中英語の名詞の屈折表の自動生成ツールがあればいいのにな,と思う.誰か作ってくれないだろうか・・・.自分で作るしかないのだろうな・・・.

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2009-07-14 Tue

#77. 動詞の活用表を生成してくれる「Verbix」 [software][web_service][conjugation][inflection][oe]

 Verbix: conjugate Old-English verbsでは,古英語の動詞(不定詞)をキーワードとして入れると,活用表が自動的に生成されるというウェブサービスを無償で提供している.
 古英語のみならず,現代英語を含め,世界の諸言語に対応しており,各言語の学習者,教育者,研究者にとって有益である.このサイトでは,ダウンロード可能な単体で動く同機能のアプリケーションもシェアウェアとして提供しており,一ヶ月までなら試用もできる.アプリケーション版では,機能拡張を施せば,中英語にも対応するようになるというから興味深い.

conjugation of beon

 上のスクリーンショットは,アプリケーション版で古英語の bēon "to be" の活用表を生成させた場面だが,みごとに wesan ( bēon に代わる別の動詞)の活用表に置き換えられてしまっている.現代英語でもそうだが bēon は著しく不規則な活用を示すわけで,こんな動詞をキーワードに入れてくれるなという Verbix からのメッセージとも受け取れる.
 そもそもアプリケーションのプログラム内では,どのように活用表が生成されているのだろうか.最初は,おそらく各動詞の活用形がそのままデータベースに納められており,プログラム側がそれを呼び出すだけなのではないかと思っていた.だが,bēon の例を見ると,そのようなきめ細かなデータ格納法はとられていないように思える.
 考えられるもう一つの方法は,最少限の基底形(古英語であれば「不定形 -- 第一過去形 -- 第二過去形 -- 過去分詞形」の4形態[2009-06-09-1])と所属クラスだけがデータベースに登録されており,あとは形態音韻規則によってプログラムに各活用形を生成させるという方法だ.こうすると,データ部の容量は節約できる.
 人間の脳では,上の二つの仕組みが連携して作用していると考えられる.大半の動詞についてはルールに基づいて活用形が生成されるが,bēon のような不規則活用をする動詞の場合には,ルールでは導かれないので,活用形がそのままデータとして格納されているというわけである.Verbix でも二つの方法が組み合わさって活用表の生成機能が実現されているのかもしれないが,bēon まではサポートが及ばなかったというだけのことかもしれない.
 上記のような問題はあるが,古英語動詞の活用の練習には使えそうだ.かつて学んだ動詞活用を Verbix で復習してみよう.

 ・Verbix の古英語版
 ・Verbix の現代英語版
 ・Verbix の対応言語一覧

Referrer (Inside): [2009-07-15-1]

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2009-07-11 Sat

#74. /b/ と /v/ も間違えて当然!? [consonant][phonetics][oe][inflection][have]

 [2009-07-09-1]で,日本語話者ならずとも [r] と [l] の交替は起こり得たのだから,両者を間違えるのは当然ことだと述べた.今回は,まったく同じ理屈で [b] と [v] も間違えて当然であることを示したい.
 まず第一に,[b] と [v] は音声学的に非常に近い.[2009-05-29-1]の子音表で確かめてみると,両音とも有声で唇を使う音であることがわかる.唯一の違いは調音様式で,[b] は閉鎖音,[v] は摩擦音である.つまり,唇の閉じが堅ければ [b],緩ければ [v] ということになる.
 第二に,語源的に関連する形態の間で,[b] と [v] が交替する例がある.古英語の habban ( PDE to have ) の屈折を見てみよう.

inflection of habban

のべ20個ある屈折形のうち,8個が [b] をもち,12個が [v] をもつ(綴り字では <f> ).現代英語で have の屈折に [b] が現れることはないが,古英語の不定詞が habban だったことは注目に値する.libban ( PDE to live ) も同様である.

inflection of libban

 第三に,現代英語の to bib 「飲む」はラテン語 bibere 「飲む」を借用したものと考えられるが,ラテン語の基体に名詞語尾 -age を付加した派生語で,英語に借用された beverage 「飲料」では,二つ目の [b] が [v] に交替している.また,ラテン語 bibere に対応するフランス語は boire であるが,後者の屈折形ではすでに [v] へ交替している例がある(例:nous buvons "we drink" など).
 やはり,[b] と [v] は交替し得るほどに近かったのだ.これで自信をもって I rub you と言えるだろう(←ウソ,ちゃんと発音し分けましょう).

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2009-06-18 Thu

#51. 「5W1H」ならぬ「6H」 [interrogative_pronoun][case][oe][paradigm][sobokunagimon]

 現代英語で 5W1H といえば代表的な疑問詞の通称として知られている.who, what, why, when, where, how の六つを指すが,疑問詞としては他にも whose, whom, which, whencewhither があるし,古くは whether も疑問詞だった.
 wh- が「疑問」を表す形態素であることはわかるが,その後に続く部分はそれぞれ何を意味するのだろうか.また,how だけが h- で始まっているのはどういうわけだろうか.
 まず最初の問題.疑問詞のうち what, whose, whom, why に関しては,実は who の屈折形にすぎない.古英語 hwā の屈折表を参照.

 男・女性中性
主格hwāhwæt
対格hwonehwæt
属格hwæshwæs
与格hwǣmhwǣm
具格---hwȳ


 現代にまで生き残っていないのは,男・女性対格の hwone だけである.
 その他の疑問詞についても,wh- に後続する部分は特定の意味をもつ.which は 「who + like ("body")」の縮まった形態,when は「?のとき」(cf. then ),where は「?の場所で」(cf. there, here ),whence は「?の場所から」(cf. thence, hence, once ),whither は「?の場所へ」(cf. thither, hither ),whether は「二つのいずれか」(cf. either ) である.
 次に how だけが h- で始まるという問題について考えよう.古英語の屈折表を見てわかるとおり,古英語では疑問詞は wh- ではなく hw- で始まった.しかし,中英語期になって,<wh> というフランス語の綴り字習慣が英語にも取り入れられ,古英語に由来する <hw> は軒並み <wh> とひっくり返して綴られるようになった.
 一方,how は本来 hwū という形態だったが,古英語ではすでに /w/ が失われつつあり, となっていた.ここではひっくり返されるべき <hw> の綴りがそもそも存在しなかったわけであり,中英語期のフランス語の影響によって *whow などととなることはなかったのである.
 以上からわかるとおり,本来,疑問詞はすべて h(w)- で始まっていたのであるから,「5W1H」ではなく「6H」と呼ぶべきかもしれない.あるいは,how のほうがある意味で由緒正しい綴り字を保っているということで敬意を表して(?),「1H5W」としてあげるのも一案かもしれない.

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2009-06-16 Tue

#49. /k/ の口蓋化で生じたペア [oe][phonetics][phoneme][consonant][palatalisation]

 二つの子音 /k/ と /tʃ/ は音声学的にはそれほど遠くない.前者は無声軟口蓋閉鎖音,後者は無声歯茎硬口蓋破擦音である([2009-05-29-1])./k/ を調音する際に,調音点を前方にずらせば,/tʃ/ に近い音が出る.
 /k/ と /tʃ/ は現代英語では別々の音素だが,古英語では一つの音素の異音にすぎなかった./k/ の前後に /i/ などの前舌母音がにくると,それにつられて調音点が前寄りとなり /tʃ/ となる.調音点が前寄りになるこの音韻過程を口蓋化 ( palatalisation ) という.
 英語には,口蓋化の有無により,名詞と動詞が交替する例がいくつか存在する.

bake / batch
break / breach
speak / speech
stick / stitch
wake / watch
match / make

 これらのペアのうち,左側の語は動詞で,口蓋化を受けていず,現在でも本来の /k/ を保っている.一方,右側の語は名詞で,口蓋化を受けており,現在でも /tʃ/ の発音をもっている.最後のペアについては口蓋化音をもつ match が動詞で,make が名詞(「連れ」の意)である.
 これらのペアを動詞と名詞のペアとして把握していた学習者はあまりいないと思うが,palatalisation という音韻過程を一つ介在させることで,急に関連性が見えてくるのが興味深い.英語(史)を学ぶ上で,音声学の知識が必要であることがよくわかるだろう.

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