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最終更新時間: 2020-06-03 08:37

2012-12-04 Tue

#1317. 重要な等語線の選び方 [isogloss][dialect][methodology][me_dialect][geography]

 方言を区分する等語線 (isogloss) は,考慮される語の数だけ引くことができるといっても過言ではない.これは,どの等語線を重視するかによって,方言区分の様子がらりと変わりうる危険があるということである.また,特定の等語線を意図的に選ぶことによって,望む方言区分を作り出せるということでもある.
 では,重視すべき等語線の選定は恣意的とならざるを得ないのだろうか.何らかの客観的な基準によって,重要な等語線と重要でない等語線を区別することができるのだろうか.この方法論上の問題について,Bloomfield (341--42) は次のような意見を述べている.

An isogloss which cuts boldly across a whole area, dividing it into two nearly equal parts, or even an isogloss which nearly marks off some block of the total area, is more significant than a petty line enclosing a localism of a few villages. . . . The great isogloss shows a feature which has spread over a large domain; this spreading is a large event, simply as a fact in the history of language, and, may reflect, moreover, some non-linguistic cultural movement of comparable strength. As a criterion of description, too, the large division is, of course, more significant than small ones; in fact, the popular classification of dialects is evidently based upon the prevalence of certain peculiarities over large parts of an area. / Furthermore, a set of isoglosses running close together in much the same direction --- a so-called bundle of isoglosses --- evidences a larger historical process and offers a more suitable basis of classification than does a single isogloss that represents, perhaps, some unimportant feature. It appears, moreover, that these two characteristics, topographic importance and bundling, often go hand in hand.


 要約すれば,(1) 広い地域を大きく按分する等語線を選べ,(2) 束をなしている太い等語線を選べ,ということになるだろう.
 しかし,この基準自体が程度の問題を含む.どのくらい広ければ「広い地域」とみなせるのか,どのくらい「大きく」按分すべきかを明確に教えてくれる指標はない.どのくらい「太い」束であればよいのかも同様だ.例えば,イングランドの方言を南北へ大きく2分する等語線の価値はほとんどの人が認めるだろうが,方言学では通常さらに細かく分類してゆく.この場合,どの細かさまでを方言区分とみなしてよいかを客観的に示す指標はない.中英語方言にしても,中部方言を東と西に2分するだけでよいのか,あるいはそれぞれを南北に分けて全部で4方言とすべきなのか,一般的な正答はない.この辺りは,方言区分を用いて考察しようとしている言語項目の地理的分布やその他の背景を参照した上で,適切な区分を意識的に選ぶというのが,むしろ望ましいやり方と言えるのかもしれない.
 それでも,Bloomfield の2つの基準は,複数の等語線のあいだの相対的な重要性を測るのに役立つ基準であることは認めてよいだろう.
 Bloomfield の Language 10章 "DIALECT GEOGRAPHY" は,具体例が豊富で,実によく書けている.

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2012-10-28 Sun

#1280. コーパスの代表性 [corpus][representativeness][variety][idiolect][methodology]

 コーパスにとって代表性 (representativeness) が命であることは,コーパスの定義上 ([2010-11-16-1]) あきらかであるし,昨日の記事「#1279. BNC の強みと弱み」 ([2012-10-28-1]) で紹介した Leech もとりわけ主張している点である.McEnery et al. (13) は,代表性について,Leech の定義を参考にしながら "a corpus is thought to be representative of the language variety it is supposed to represent if the findings based on its contents can be generalized to the said language variety" と述べている.
 代表性を具体的に考えてみよう.例えば BNC がターゲットとするような,現代イギリス英語という一般的な変種を収録するコーパス (general corpus) の代表性はどのようにすれば得られるのか,その理論化は難しい.話し言葉と書き言葉の割合の問題を考えると,それぞれを50%ずつに割り振ることは,現代イギリス英語の代表性を約束してくれるだろうか.Leech の表現でいえば "impressionistic" とならざるを得ないが,今この瞬間に行なわれている現代イギリス英語の圧倒的な部分が,話し言葉においてではないか.もしそうだとすれば,話し言葉コーパスの割合を,例えば80%ほどに設定するほうがより代表性を確保できるのではないか.母体となる現代イギリス英語の全体像を直接つかむことができない以上,その代表性の議論は行き詰まってしまう.
 コーパス(特に一般コーパス)の代表性という場合に,これを balance と sampling という2つの概念に分けて考えることがある.McEnery et al. (13) では,"the representativeness of most corpora is to a great extent determined by two factors: the range of genres included in a corpus (i.e. balance . . .) and how the text chunks for each genre are selected (i.e. sampling . . .)" と説明されている.
 balance とは,BNC の用語でいうところの domain や genre という分類の設定に関するものである.例えば,現代イギリス英語のコーパスを標榜しながらも,イギリスの新聞の英語だけを集めたコーパスは,representativeness の点で難がある.現代イギリス英語には書き言葉だけでなく話し言葉もあるし,前者については新聞英語だけでなく文学英語もあれば電子メール英語もあるし,買い物メモ英語もあれば,日記英語もある.これらのあらゆる domain や genre を考慮に入れたいと思うが,果たしていくつの text domain があるのだろうか.新聞英語に限っても,タブロイドもあれば高級紙もある.1つの新聞内でも,社会面,スポーツ面,社説などを区別する必要はないのか,社会面であれば国内記事と国際記事の区別はどうか,等々.理論的にはどこまでも細分化しうる.話し言葉でも同様に細分化を推し進めていけば,個人語 (idiolect) ,さらに個人語における register 別の現われ,などのアトムへと終着してしまう.実際のコーパス作成上は,常識的なレベルで妥協することになるが,「常識的」と "impressionistic" はほぼ同義だろう.
 sampling とは代表性を得るための手法である.母体の言語的特徴が再現されるように,質と量の点において考慮を加えながら,コーパス内に各 domain を案配するための理論と実践である.ここには,sampling unit として何を設定するか(典型的には,本,雑誌,新聞などの製品としての単位),そのような単位をリスト化する作業の範囲 (sampling frame) をどこまでに設定するか(特定の年への限定や,ベストセラー本への限定など),標本収集は完全なランダムにするかある程度の体系化を加えた上でのランダムにするか,著作権の問題をどう乗り越えるかなどの,理論的・実践的な問題が含まれる.
 代表性に関わるもう1つの概念として,closure あるいは saturation と呼ばれるものもある.McEnery et al. (16) によれば,"Closure/saturation for a particular linguistic feature (e.g. size of lexicon) of a variety of language (e.g. computer manuals) means that the feature appears to be finite or is subject to very limited variation beyond a certain point." と説明されている.平たくいえば,これ以上コーパスの規模を大きくしても,語彙構成の割合は変わらないという規模に到達すれば,そのコーパスは saturated であると考えられる.代表性の指標としては,balance よりも saturation のほうがすぐれているという指摘もあるが,saturation は主として語彙が念頭にあり,他の言語項目への応用は試みられていないのが現状である.
 代表性は,定義上コーパスの命であるとはいっても,定義先行というきらいはある.それを確保するための理論もないし,検証法もない.すべてのコーパス編纂者に立ちはだかる頭の痛い問題だろうが,コーパスは次々と編纂されている.理論的な問題は別にして,ひたすら編纂と使用を続けてゆき,ノウハウをため込むべき段階にあるのかもしれない.

 ・ McEnery, Tony, Richard Xiao, and Yukio Tono. Corpus-Based Language Studies: An Advanced Resource Book. London: Routledge, 2006.

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2012-10-12 Fri

#1264. 歴史言語学の限界と,その克服への道 [methodology][uniformitarian_principle][writing][history][sociolinguistics][laeme][corpus][representativeness]

 [2012-10-10-1], [2012-10-11-1]の記事で,The LAEME Corpus の代表性について取りあげた.私の評価としては,カバーしている方言と時代という観点からみて代表性は著しく損なわれているものの,現在利用できる初期中英語コーパスとしては体系的に編まれた最大規模のコーパスであり,十分な注意を払ったうえで言語研究に活用すべきツールである.The LAEME Corpus の改善すべき点はもちろんあるし,他のコーパスによる補完も目指されるべきだとは考えるが,言語を歴史的に研究する際に必然的につきまとう限界も考慮した上で評価しないとアンフェアである.
 歴史言語学は,言語の過去の状態を観察し,復元するという課題を自らに課している.過去を扱う作業には,現在を扱う作業には見られないある限界がつきまとう.Milroy (45) の指摘する歴史言語学研究の2つの限界 (limitations of historical inquiry) を示そう.

[P]ast states of language are attested in writing, rather than in speech . . . [W]ritten language tends to be message-oriented and is deprived of the social and situational contexts in which speech events occur.

[H]istorical data have been accidentally preserved and are therefore not equally representative of all aspects of the language of past states . . . . Some styles and varieties may therefore be over-represented in the data, while others are under-represented . . . . For some periods of time there may be a great deal of surviving information: for other periods there may be very little or none at all.


 乗り越えがたい限界ではあるが,克服の努力あるいは克服にできるだけ近づく努力は,いろいろな方法でなされている.そのなかでも,Smith はその著書の随所で (1) 書き言葉と話し言葉の関係の理解を深めること、(2) 言語の内面史と外面史の対応に注目すること,(3) 現在の知見の過去への応用の可能性を探ること,の重要性を指摘している.
 とりわけ (3) については,近年,社会言語学による言語変化の理解が急速に進み,その原理の過去への応用が盛んになされるようになってきた.Labov の論文の標題 "On the Use of the Present to Explain the Past" が,この方法論を直截に物語っている.
 これと関連する方法論である uniformitarian_principle (斉一論の原則)を前面に押し出した歴史英語の論文集が,Denison et al. 編集のもとに,今年出版されたことも付け加えておこう.

 ・ Milroy, James. Linguistic Variation and Change: On the Historical Sociolinguistics of English. Oxford: Blackwell, 1992.
 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.
 ・ Labov, William. "On the Use of the Present to Explain the Past." Readings in Historical Phonology: Chapters in the Theory of Sound Change. Ed. Philip Baldi and Ronald N. Werth. Philadelphia: U of Pennsylvania P, 1978. 275--312.
 ・ Denison, David, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore, eds. Analysing Older English. Cambridge: CUP, 2012.

Referrer (Inside): [2018-07-21-1] [2015-02-10-1]

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2012-07-26 Thu

#1186. The Uniformitarian Principle (2) [methodology][uniformitarian_principle]

 [2010-11-04-1]の記事で,言語学の方法論としての「#556. The Uniformitarian Principle」を紹介した.斉一論の原則と訳されるこの原理は,元来は,地質学の分野における革命的な発想だった.18世紀末までの地質学は非科学的,思弁的なものであり,聖書に基づいてノアの洪水に代表される天変地異を基本とする地質観 (catastrophism) に支配されていた.これに対して,スコットランド人 James Hutton (1726--97) が,1795年の著書 Theory of the Earth において,過去の地質現象は,現在の地質現象を進行させているのと同じ自然法則のもとで進行したとする考えを発表した.過去の地質現象は現在の自然現象の注意深い観察によって知ることができる,現在を知ることは過去を知ることへの鍵である,と主張したこの地質観は,それまでの天変地異説を置き換え,科学的地質学の誕生を告げるものとなった.地球の誕生をわずか6千年ほどと見ていた従来の聖書に基づく地質観を転換させたことは,天文学における Copernicus, Kepler, Galileo などの業績と比較される科学史上の革命と言ってよいだろう.
 同じスコットランド人の Sir Charles Lyell (1797--1875) は,Principles of Geology (1830--33) において,Hutton の斉一論の普及に貢献した.Lyell は,地質現象がきわめて長大な時間の経過の中で緩慢に行われること,そしてその過程は一様であることを重視したため,斉一説はしばしば漸進説,斉一過程説,現在主義などと呼ばれることになった.この考え方は,Charles Darwin (1809--82) の進化論にも重要な示唆を与え,科学全般にも影響を与えた.そして,方法論として,言語の歴史的研究にも応用されることになった.
 歴史言語学における斉一論について,Campbell and Mixco (213) による定義を掲げよう.

uniformitarianism, Uniformitarian Principle A fundamental principle of biological, geological and linguistic sciences, which holds for linguistics that things about language that are possible today were not impossible in the past and that things that are impossible today were not possible in the past. This means that whatever is known to occur in languages today would also have been possible in earlier human languages and anything not possible in contemporary languages was equally impossible in the past, in the earlier history of any language. The Uniformitarian Principle came to linguistics from Charles Lyell's formulation of it in geology. It is valuable for reconstruction via the comparative method, where, according to the principle, nothing in reconstruction can be assumed to have been a property of some proto-language if it is not possible in known languages. (213)


 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.

Referrer (Inside): [2013-09-01-1] [2012-07-28-1]

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2012-07-25 Wed

#1185. 固有名詞化 (2) [onomastics][toponymy][semantic_change][semantics][sign][methodology][semiotics]

 昨日の記事「#1184. 固有名詞化」 ([2012-07-24-1]) で紹介した Coates の onymisation の理論について,思うところを2点メモする.
 (1) Coates にしたがって onymisation は意味を失う過程であると理解すると,これは,[2012-05-09-1]の記事「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」で言及した「無縁化」にほかならない.そこで触れたように,言語記号の無縁化と有縁化は通時的に無限のサイクルを構成するということを考慮すると,固有名詞と一般名詞の間の往来もまた無限に繰り返されるものなのかもしれない.この議論は,「#1056. 言語変化は人間による積極的な採用である」 ([2012-03-18-1]) や「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]) の記事でみた柳田国男の言語変化観にも関わるところがある.
 (2) 固有名詞は音韻的な摩耗や,一般語には見られない例外的な音韻変化を受けることが多い.理論的には,昨日の記事で触れたように,固有名詞語彙の phonological space が相対的に広々としていると説明することができるかもしれない.歴史言語学の方法論の観点からは,音韻変化に関する固有名詞の例外的な振る舞いは「音韻変化を論じる際には,固有名詞を参照することに注意せよ」という教訓となる.Coates (33) は,Hogg の同趣旨の言及を支持しながら,"using name material in argumentation about phonology (and morphology) needs caution, because name material can contain chronological and systemic anomalies with respect to its matrix language" と述べている.例えば,古英語 geat "gate" は,Yeats, Yates などに発音と綴字の痕跡を残しているが,現代標準英語では古ノルド語形 gat に由来するとおぼしき gate が伝わっている(Hogg 69; [2009-11-19-1]の記事「#206. Yea, Reagan and Yeats break a great steak.」も参照).

 ・ Coates, Richard. "to þære fulan flóde . óf þære fulan flode: On Becoming a Name in Easton and Winchester, Hampshire." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 28--34.
 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,1990年.
 ・ Hogg, Richard M. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language: Vol. 1 The Beginnings to 1066. Ed. Richard M Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 67--167.

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2012-07-05 Thu

#1165. 英国でコーパス研究が盛んになった背景 [corpus][history_of_linguistics][methodology]

 『英語コーパス研究』第19号に掲載の論文で,1960年代に誕生して以来,コーパス言語学がとりわけ英国で発展してきた経緯が話題とされていた.そこでは,the University of Birmingham, Lancaster University, the University of Nottingham の3大学がコーパス言語学の発展に果たしてきた役割が強調されており,英国におけるコーパス研究の現状と展望までもが要領よく概観され,非常に参考になった.
 その論文によると,英国でコーパス研究が盛んになった背景には,次の5点があった (68--69) .

 (1) 研究者に,大規模な研究プロジェクトに参加する時間的な余裕があった(ある).
 (2) 生成文法以外の言語理論に対して寛容な土壌があった.
 (3) 出版社が,コーパス研究の実用的な応用(特に辞書編纂)に関心を寄せた.
 (4) 1990年代には,the Bank of English, the British National Corpus, the London-Lund Corpus を含む,多くの巨大で良質なコーパスにアクセスできた.
 (5) 技術者との連係により,コーパスを分析するツールが手に入った(ex. Micro-Concord, WordSmith, AntConc, BNCweb).

 現状について.Birmingham では,John Sinclair の強力な指導力のもとに培われた伝統が継続している.collocation, meaning unit, semantic preference, semantic prosody, discourse analysis, pattern grammar, expressions of evaluation, modal-like expressions などをキーワードとするコーパス研究が盛んに進められている.
 Lancaster では,Geoffrey Leech, Tony McEnery, Andrew Wilson などによるコーパスの開発と研究が進められてきた.The Brown Family of Corpora の作成に関わったほか,タグ付けプログラム CLAWSBNCweb の開発,UCREL (University Centre for Computer Corpus Research in Language) の設立など,技術的,運営的な側面でも一日の長がある.現在では,量的な研究を主体としながら,英語以外の言語へと関心を広げつつある.一方で,資金難により BNC のような巨大プロジェクトの続編は期待できないようだ.
 Nottingham では,Ronald Carter, Michael McCarthy が話し言葉への関心から,1990年代初頭に CUP と共同して,CANCODE (the Cambridge and Nottingham Corpus of Discourse in English) を編纂した.その後も,続々と様々なコーパスをリリースしてきた.Nottingham におけるコーパス研究の特徴としては,話し言葉と書き言葉における語彙文法の差異,multimodal corpus 編纂などの技術的な革新,言語教育への応用が挙げられる.
 1960年代に産声を上げた近代コーパス言語学が,1970--1980年代の発展の結果,1990年代に主流をなす分野として確立し,21世紀に入り「黄金時代」に至っている.

 ・ Anthony, Laurence, Yasunori Nishina, Kaoru Takahashi, and Michael Handford. "Current Trends in Corpus Linguistics: Voices from Britain." 『英語コーパス研究』第19号,英語コーパス学会,2012年,67--92頁.

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2012-03-14 Wed

#1052. 英語史研究の対象となる資料 (2) [methodology][manuscript][textual_transmission][runic][japanese]

 昨日の記事[2012-03-13-1]では,日本語史資料の種類を拠り所にして,英語史資料の種類を考えた.昨日参照した佐藤では,日本語史資料を,記録・伝承上の形式という観点からも分類している (17) .概ね英語史の資料にもあてはまる分類と思われるので,引用しよう.

 (1) 文字言語資料(文献資料)
  (ア)金石文       ─┬─ 口語的要素を投影する程度は文献
  (イ)書籍(文書・典籍) ─┘  の性格によってさまざまである.
 (2) 音声言語資料
  (ウ)方言
  (エ)謡物類(謡物・語り物など)
  (オ)録音資料


 (ア)は,英語史ではルーン文字等で刻まれた碑文などが相当するだろうか.The Ruthwell Cross (8世紀初頭;The Dream of the Rood の断片を記す)や The Franks Casket (ca. 650--700) などが有名である.量としては必ずしも多くないが,成立時のものが現存する一等資料が多く,貴重である.関連して,「#572. 現存する最古の英文」 ([2010-11-20-1]) を参照.
 (イ)は,従来の英語史資料の大部分を占めるが,中世の写本では筆記者自身による原本 (autograph) が伝存しているものは稀であり,言語研究の資料として用いるには,文献学,書誌学,本文批判の手続きを経るなど,細心の注意が必要である.関連して,「#681. 刊本でなく写本を参照すべき6つの理由」 ([2011-03-09-1]) ,「#682. ファクシミリでなく写本を参照すべき5つの理由」 ([2011-03-10-1]) ,「#730. 写本文化の textual transmission」 ([2011-04-27-1]) の記事を参照.
 現代の方言により過去の言語の姿を推定する(ウ)や,謡物に残る古語を拾い出す(エ)は,それぞれの保守性と伝承性を利用する方法だが,どの時代の言語を反映しているのかが必ずしも明らかでない場合があり,(イ)の補足として利用されるべき資料だろう.
 (オ)の録音資料は,録音機器が発明されて以降の時代に限られるが,発音資料としてのほか談話資料としても価値がある.

 ・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.

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2012-03-13 Tue

#1051. 英語史研究の対象となる資料 (1) [methodology]

 英語史研究のための資料といえば,中世では写本,近代以降では印刷本というのが一般的なイメージだが,資料の種類には様々なものがありうる.しかし,英語史研究の対象となる資料の種類や分類について多くを語る概説書や研究書は,寡聞にして知らない.
 日本語史の概説書を開いてみると,佐藤 (16) に,橋本進吉の示した日本語研究の対象となる資料の種類というものが挙げられていた.そこには6点が挙げられているが,日本語を英語と読み替え,表現を微調整すると,以下のようになる.日本語史の文脈で「日本」となっていたところは,「英語社会」と読み替えた.

 (1) 英語を写した,英語社会内外の過去の文献
 (2) 英語社会内外の,英語を観察・内省した過去の記録
 (3) 他言語を英語の表記で書き写した過去の文献
 (4) 現在行なわれている,口頭語あるいは文章語など,あらゆる種類の英語
 (5) 他言語の中に入った英語
 (6) 英語と同系の言語


 (1) は,英語そのものを主としてローマン・アルファベットで書き写したもので,分量も多く中心的な資料となる.ここには,ルーン文字で記された英語や,同じローマン・アルファベットであっても異なる綴字習慣で表わされた英語なども含まれる.理論上は,近代以降の,日本語の片仮名などで表わされた英語もここに含まれることになる.
 (2) は,英語を観察して書き記したものである.(1) では書かれた英語そのものが研究対象となるのに対して,(2) では書かれた内容が意味をもつ点が異なる.中世,近代の文法家,正音学者,辞書編集者のほか,広い意味での言語観察者の発言が,ここに含まれる.また,英語話者が外国語を観察して書き記したものでも,背景に英語の特徴が反映されているようなものであれば,ここに含まれる.
 (3) 英語の綴字習慣にのっとって他言語を書き記したものは,その他言語についての事実が先に知られている場合には,それとの照応により,英語の対応する事実を推定するのに役立つ.
 (4) 現代の英語のあらゆる変種は,過去の英語の姿を反映しているものであり,生きた英語史の資料となりうる.特に方言は口頭語の古い姿をとどめていることが多く,有用である.
 (5) 他言語に借用された英語表現は,古い時代の英語を知る手がかりになることがある.近代以降,英語は世界中の言語に影響を与えてきており,「○○語へ入った英単語」の総合的な調査が英語史研究でも必要である旨,[2012-02-17-1]の記事「#1026. 18世紀,英語からフランス語へ入った借用語」で説いた.
 (6) 比較言語学的に同系と証明された諸言語の事実や,再建された祖語の意味や形態を援用して,かつての英語の状態やその変化の過程を推定する.

 日本語史と英語史とでは,両言語の言語的,歴史的特徴が異なるために,上記の箇条書きの単純な置き換えでは済まされない.例えば,(1) や (3) で英語の綴字習慣ということに言及したが,時代によってはその同定自体が難しいのが問題となる.特に,中英語以降はフランス語を中心として諸言語の影響を受けているために,英語の綴字習慣と他言語の綴字習慣をどこまで明確に区別できるかという問題がある.日本語史の場合,少なくとも仮名は日本語固有の文字体系であり,他言語との区別が明らかなので,英語史にあるような問題は生じない.また,(3) と (5) については,何らかの例はあるに違いないが,すぐには思いつかない.
 英語史が日本語史に比して明らかに恵まれているのは,(6) である.英語には,比較言語学により2世紀にわたって蓄積されてきた豊富な知識があり,英語史研究にもおおいに貢献している.
 関連して,英語史の研究対象を音声に限定する場合の拠り所としては「#437. いかにして古音を推定するか」 ([2010-07-08-1]) と「#758. いかにして古音を推定するか (2)」 ([2011-05-25-1]) を参照.

 ・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.

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2012-02-06 Mon

#1015. 社会の変化と言語の変化の因果関係は追究できるか? [causation][language_change][methodology][speed_of_change][diachrony]

 昨日の記事「#1014. 文明の発達と従属文の発達」 ([2012-02-05-1]) と,そこから参照した「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」 ([2011-01-12-1]) の記事では,社会の変化と言語(とりわけ文法)の変化の因果関係について触れた.この問題が研究者の関心を誘うことはまちがいないが,昨日述べたように学問的に扱うには難点を含んでいることも確かだ.
 社会変化が新語を生み出すというような語彙の刷新などは,時間的な符合により因果関係をとらえやすい.しかし,社会変革によってもたらされると仮定される文法レベルの変化は,たいてい時間がかかるものであり,その時間が長ければ長いほど,時間的な符合のもつ因果関係の証拠としての価値は弱まる.また,文法変化の場合,刷新形が急に現われるというよりは,前身があり,その頻度が徐々に高まってくる,という拡大過程を指すことが多く,語彙の場合のような,無から有の出現という見えやすい変化ではないことが普通だ.(部門別の言語変化の速度については,[2011-01-08-1]の記事「#621. 文法変化の進行の円滑さと速度」や[2011-01-09-1]の記事「#622. 現代英語の文法変化は統計的・文体的な問題」を参照.)
 Martinet (180--81) は,社会変化と言語変化の因果関係に関する議論をまったく排除するわけではないものの,共時的な構造言語学の立場からは副次的なものとして脇においておき,まず言語内での因果関係の追究に努めるべきだと主張する.

. . . il est trés difficile de marquer exactement la causalité des changements linguistiques à partir des réorganisations de la structure sociale et des modifications des besoins communicatifs qui en résultent. Les linguistes, une fois qu'ils ont reconnu l'influence décisive de la structure sociale sur celle de la langue, n'auront de chance d'atteindre à quelque rigueur que s'ils limitent leur examen à une période assez restreinte de l'évolution d'un idiome et se contentent de relever dans la langue même les traces d'influences extérieures et de noter les réactions en chaîne que celles-ci ont pu y déterminer, sans remonter aux chaînons prélinguistiques de la causalité. Certains traits de la langue étudiée deveront être nécessairement considérés comme des données de fait dont on ne saurait justifier l'existence qu'à l'aide d'hypothèses invérifiables. L'objet véritable de la recherche linguistique sera donc, ici, l'étude des conflits qui existent à l'intérieur de la langue dans le cadre des besoins permanents des êtres humains qui communiquent entre eux au moyen du langage.

社会構造の再編成や,そこから生じるコミュニケーション上の必要の変容に端を発する言語変化の因果関係を正確に示すことは,とても難しい.言語学者は,いったん社会構造が言語構造に与えた決定的な影響を認めたとしても,ある言語の発展の十分に限られた時期に調査を限定して,その言語に外的な影響の痕跡を見いだし,それが引き起こした可能性のある反応の連鎖に言及することで満足するよりほか,言語以前の因果関係の連鎖にさかのぼらずには,何らかの厳密さを得ることはできないだろう.研究対象の言語の特徴は,検証不能の仮説によってしかその存在を説明できない所与の事実としてみなさなければならない.したがって,言語研究の真の目的は,言語によって互いに意思伝達する人々の不変の必要性の枠内で言語内に存する対立の研究なのである.


 同書の最後の一節 (208) も引いておこう.

Les difficultés qu'on éprouve à identifier toutes les circonstances qui ont pu influer sur la genèse d'un changement linguistique ne sauraient détourner les chercheurs d'une analyse explicative. Il convient simplement de toujours donner la priorité à cet aspect de la causalité des phénomènes qui ne fait intervenir que la langue en cause et le cadre permanent, psychique et physiologique, de toute économie linguistique : loi du moindre effort, besoin de communiquer et de s'exprimer, conformation et fonctionnement des organes. En second lieu, interviendront les faits d'interférence d'un usage ou d'un idiome sur un autre. Sans faire jamais fi des données historiques de tous ordres, le diachroniste ne les fera intervenir qu'en dernier lieu, après avoir épuisé toutes les ressources explicatives que lui offrent l'examen de l'évolution propre de la structure et l'étude des effets de l'interférence.

言語変化の起源に影響を与えた可能性のあるすべての状況を同定するにあたって困難を感じるからといって,研究者は,説明的な分析から逸脱してはならない.諸現象の因果関係のある側面,すなわち当該の言語と言語組織全体の心的および生理学的な不変の枠組み(最小努力の原則,意思伝達し自己表現する必要性,器官の構造と機能)とにしか介入を許さないような因果関係の側面を常に優先するのが,単純にいって,よい.2番目には,ある用法や語法が他に干渉するという事実が関与してきてもよいだろう.あらゆる種類の歴史的に所与の事実をけっして無視するわけではないが,通時的な研究者は,それに介入させるのは最後にするのがよいだろう.構造の発達そのものの調査や干渉効果の検討がもたらしてくれる説明的なリソースをすべて使い尽くしたあとにするのがよいだろう.


 Martinet の透徹した共時主義の,構造主義の主張が響いている.共時態と通時態の折り合いについては,[2011-09-10-1]の記事「#866. 話者の意識に通時的な次元はあるか?」ほか diachrony の記事を参照.

 ・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.

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2012-01-27 Fri

#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された [japanese][hiragana][runic][writing][methodology][inscription][buddhism]

 1月18日の新聞記事で知ったのだが,三重県明和町にある斎宮跡から,平仮名で「いろは歌」の墨書された土師器が出土した.11世紀末から12世紀前半のものとされ,いろは歌で平仮名書きされたものとしては最古である.平安時代からは,万葉仮名や片仮名で記されたものは出土していたが,平仮名のものはいまだ発見されていなかった.これまでの平仮名いろはの最古は,岩手県平泉町の志羅山遺跡から出土した12世紀後半の木簡に記されたものだった.
 筆跡が繊細で,平凡な土器の両面に書かれており,女官の生活場所と目されるところから出土したことから,斎王(天皇の代わりに伊勢神宮に仕えた皇女)の女官が習書したものと考えられる.いろは歌が都から斎宮へいち早く伝えられ,比較的身分の低い地元出身の女官までがいろは歌を学んでいたとすれば,当時のいろは歌の普及の程度が推し量れることになり,貴重な史料となる.なお,12世紀半ばには都の子供は教養の一部としていろは歌で手習いをしていたとされている.
 この土器の出土について,詳しくは,斎宮歴史博物館による記事「斎宮跡から日本最古の「いろは歌」平仮名墨書土器が出土しました!」,あるいはGoogle News による記事リストを参照.
 「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす」の47文字からなるいろは歌は,手習い歌のほか,辞書などで順序を表わすのにも長く用いられ(平安末期,橘忠兼の「色葉字類抄」はいろは順で編まれた最初の辞書),昭和の初めまで習字の手本ともされていた.文献上の初出は,1079年の仏教経典「金光明最勝王経音義」の巻頭部分で,万葉仮名と片仮名で書かれている.成立年代は,今回の土器より約1世紀早く,10世紀末から11世紀中頃と考えられている.
 いろは歌のもつ日本語史上の意義は大きい.いろは歌の成立年代は日本語史でも重要な論点となっているが,それは日本語文化史上の問題であるばかりか,中古に生じていた音韻変化の問題に大いにかかわってくるからだ.いろは歌は,当時の異なる音節(ただし清濁の別は問わない)に相当する仮名をすべて用い,意味のある文章を作ったもので,一種のことば遊びだ.手習い歌としては,やはり47の仮名になる「太為仁歌」(たゐに歌)なるものがあったが,源為憲が970年頃の著で,さらに先行する平安初期の48字からなる「あめつちの詞」よりも「太為仁歌」のほうがすぐれていると言及している.この言及は,2つのことを示唆する.1つは,この段階ではいろは歌はまだなかったらしいこと.もう1つは,手習い歌としては,48字版から47字版がふさわしいと感じられるようになっていたこと,である.後者は,素直に考えれば,仮名の数だけでなく,仮名で表わされていた音節の数も1つ減っていたことを示す.問題の音節の消失は,950年頃より後に [e] と [je] の区別が失われたことに対応し,ここから,いろは歌の成立も早くてもこの年代以降であることが確実視される.したがって,平安末から広く聞かれた弘法大師(空海)(774--835) の作とする説は,現在では俗説として退けられている.ただし,いろは歌の原形が48字だったとする説もある.
 上記のように,音標文字一覧が時代とともに変わるということは,音韻体系の変化を示唆する.英語史あるいはゲルマン語史でこれに対応する例の1つに,ルーン・アルファベット (the runic alphabet) の文字数の変化と変異がある.これについては,明日の記事で.
 古音の推定については,[2010-07-08-1], [2011-05-25-1]の記事を参照.また,「#572. 現存する最古の英文」については[2010-11-20-1]を参照.

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2011-05-25 Wed

#758. いかにして古音を推定するか (2) [methodology][phonetics][grammatology][sobokunagimon]

 [2010-07-08-1]の記事「いかにして古音を推定するか」の補足.古英語の音読をする機会があると必ずなされる質問は,なぜ古英語の音がそれほどの確信をもって復元され得るのかという問題である.録音機器がなかった以上,確かな発音を推定するという作業は本質的に speculative である.しかし,文字資料が残っている以上,対応する音を想定しないということはあり得ない.古音を推定する際のもっとも基本的な属性である「文字の信頼」について考えてみたい.
 ある言語の古い段階に文字資料がある場合には,それは当時の発音を知るのにもっとも頼りになることは言うまでもない.特に文字がアルファベットや仮名のような表音文字であれば最高である.幸運なことに古くから英語はローマン・アルファベットによって記述されており,これが古語の音韻体系を推定するのにもっとも役立っている.
 以上は当然のことと思われるかもしれないが,実はそれほど自明ではない.例えば,<a> という字母が /a/ という音を表すということはどのように確かめられるのか.現代英語では,<a> は単独では /eɪ/ と読まれるし,単語内では /æ/, /ə/, /ʌ/, /ɑː/ など様々な音価に対応する.現代英語ではある文字がある音に一対一で対応するということは必ずしも信用できず,文字と音の関係には幾分かの「遊び」があるものである.そして,過去においてもこのような「遊び」がなかったとは言い切れない.文字と音の間に関係がないと疑うのは行きすぎだろうが,それでも100%ガチガチに対応があると想定するのは危険だろう.
 だが,上に述べた「遊び」の可能性を十分に考慮したうえであれば,やはり文字は音を想定する際に最大の助けになることは疑いをいれない.まずは文字を根拠にしておおざっぱに音韻組織を推定し,細部の「遊び」はそのつど解決してゆくという順序が,もっとも無理がない.「文字=音声」という仮説から始めない限り,そもそも古音推定は不可能だろう.

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2011-04-26 Tue

#729. 言語変化のマインドマップ [language_change][causation][linguistics][flash][methodology]

 大学の授業で英語史における具体的な言語変化を論じるにあたって,しばしば言語変化理論を概説する必要が生じるのだが,この学際的な分野を一望できる適切な資料がない.言語変化を扱う研究書の目次などが使えるのではないかと思っているが,探すよりも自分でまとめたほうが手っ取り早いと考えた.Bussmann の言語学辞典の "language change" の項を参照し,マインドマップを作成してみた.ノードを開閉できるFlash版もどうぞ.

Mindmap of Language Change

 作成に当たっては,ほかに[2010-07-13-1]の記事「言語変化の原因」などを参照した.ゆくゆくは language_change の各記事をまとめて,マインドマップの改訂版を作りたいと思っている.ある意味で,このブログ全体を通じて言語変化に関する考察の目録を作ろうとしているとも言えるので,日々の書きためが肝心.
 英語の言語変化理論に関するウェブ上の資料としては,Raymond Hickey's Studying the History of EnglishLanguage change が充実している.

 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

Referrer (Inside): [2015-02-18-1]

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2010-07-08 Thu

#437. いかにして古音を推定するか [methodology][phonetics][onomatopoeia][comparative_linguistics][sobokunagimon]

 授業などで グリムの法則 ( Grimm's Law ) や 大母音推移 ( Great Vowel Shift ) などの音声変化を解説すると,素朴な疑問が出る.どうして録音機器もない時代の音声や音声変化のことが分かるのか.なぜ古英語の発音がこれこれであり,中英語の発音があれこれであったと確信をもって言えるのか.
 言語変化には音声変化が引き金となっているものが多く,その解明は過去の音韻体系を正しく推定できるかどうかにかかっている.したがって,古音推定は歴史言語学にとってたいへん重要な問題である.しかし,その推定作業は簡単ではない.周辺的な証拠をジグソーパズルのように組み合わせて推論し,徐々に明らかにしてゆくという detective work である.では,周辺的な証拠や推論にはどのような種類のものがあるのだろうか.Brinton and Arnovick (64) から6点を引用する.

 ・ the statements of contemporary grammarians, lexicographers (dictionary makers), and other writers;
 ・ puns, word plays, and rhymes in the literature (though these must be used with caution, since the sounds of words entering into these combinations may not correspond exactly, as in slant rhymes and eye rhymes);
 ・ the representation of natural sounds in onomatopoeic words (though, again, caution is needed here because these words are at least partially conventinalized);
 ・ scribal variations and non-standard spellings that often reflect actual pronunciations;
 ・ the development of a sound in closely related languages; for example, we can use French, Spanish, and Italian to extrapolate the nature of a sound in the parent language, Latin;
 ・ the structure of the hypothesized phonological system, for we assume that such a system will be like modern sound systems in, for example, tending toward symmetry, pairing voiced and voiceless consonants or back and front vowels.


 それぞれに表題をつけると以下のようになろうか.

 (1) 言語観察者による発音に関する言及
 (2) 言葉遊びや韻律
 (3) 擬音語
 (4) 非標準的な綴字
 (5) 関連する諸言語の音変化
 (6) 音声学・音韻論に基づく音変化の一般的な傾向

 (1) は,主に近代英語期以降に現れる正音学者 ( orthoepist ),文法家 ( grammarian ),辞書学者 ( lexicographer ) などによる言語記述を参考にするというもので一般に信頼度は高いと考えられるが,客観的な description ではなく主観の混じった prescription が反映されている場合もあり,真に受けて解釈してよいのか判断が難しいケースもある.関連して,外国語として英語を学ぶ人のために英語以外の言語で書かれた教材なども,英語の客観的な記述を与えてくれることがある.(2) は,語呂を利用した言葉遊びなどで,音声資料が直接的にも間接的にも入手しくい時代の発音のヒントを与えてくれる.韻律は音価のみならず,強勢の位置や音節数をも教えてくれる.(3) は,通言語的に記号としての iconicity が高いと言われる動物の鳴き声などの典型的な onomatopoeia の綴字から,逆に発音を推定するという方法だ.しかし,iconicity が高いとはいえ「ワンワン」と bow-wow,「コケコッコー」と cock-a-doodle-doo は相当に異なるので注意は必要である.
 (4) は,標準的な綴字習慣のない中英語期や,標準が確立しつつあったものの私的な文書などで非標準の綴字がいまだ使われることのあった近代英語期において,当時の発音を垣間見せてくれる可能性がある.(5) は,方言や同族語での音声変化について独立してわかっていることがあれば,役に立つことがある.方言どうしを比較することで証拠の穴を埋めていくというのは,まさに比較言語学 ( comparative linguistics ) の主要な作業である.(6) は,予想される音声変化が通言語的にあり得そうか,その結果として生じた音韻体系が通言語的に自然か,といった観点からの推論や検証に役立つ.
 こうした地道な detective work の結果,古英語や中英語の音声が仮説として復元されてきた.仮説である以上,盲信することはできないが,過去の detectives に対して敬意を表し,尊重すべきであることはいうまでもない.
 関連して「なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか」について,[2009-06-28-2]の記事を参照.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

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2010-01-23 Sat

#271. 語彙研究ツールとしての辞書とコーパス [dictionary][corpus][methodology][lexicology]

 現代英語の語彙研究あるいは英語語彙の歴史的研究をおこなうときに,情報源は二つある.一つは辞書であり,もう一つは(電子)コーパスである.(膨大な量のテキストに体当たりという力業もあるが,ここではその可能性は考えないことにする.)歴史的な観点から英語の語彙論や形態論に関心のある私は,とりわけ OED 等の辞書(電子版)にお世話になることが多いが,The Helsinki Corpus of English Texts (Diachronic Part) を始めとする電子コーパスをもっと活用すべきだと自認している.
 辞書は語と語にまつわる諸情報を集めることに特化した出版物なので,電子版を用いれば「かくかくしかじかの条件に当てはまる語彙を一覧にせよ」という類の命令にはめっぽう強い.一方で,電子コーパスは通常,語彙研究に特化しているわけではなく広く言語研究全般に供する情報源として出版されている.だが,語彙研究において電子コーパスのほうが辞書よりも有用であるケースは少なくない.Baayen and Lieber (803) によると,語彙研究におけるコーパスの利点は以下の通り.

 (1) コーパスで語を検索すると,その頻度を知ることができる.辞書では頻度はわからない.
 (2) コーパスは生の言語使用を反映しており,辞書に掲載されない語を含んでいる可能性が高い.(辞書は一般に保守的な傾向が強く,俗語や新語を含んでいないことが多い.)
 (3) 逆に辞書に掲載されていてもコーパスではヒットしない語が多く存在する.

 まとめると,語彙研究にコーパスを用いる利点は,「生きた語彙を頻度つきで集めることができる」という点だろう.要は,辞書とコーパスそれぞれの長所と短所をわきまえたうえで,目的に応じて両者を使い分ければよいということになろう.
 辞書とコーパスのちょっとした比較例としては,octopus の複数形 ([2009-08-26-1]) と rhinoceros の複数形 ([2009-10-05-1]) の記事を参照.

 ・Baayen, Harald and Rochelle Lieber. "Productivity and English Derivation: A Corpus-Based Study." Linguistics 29 (1991): 801--43.

Referrer (Inside): [2019-05-21-1]

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2009-05-25 Mon

#27. 異分析の例を集めるにはどうすればよいか? [metanalysis][methodology]

 研究や調査を行うとき,どうしたら効率よく例を集めることができるかを徹底的に考えることは重要である.以前 異分析 ( metanalysis ) について書いた記事[2009-05-03-1]で,いろいろな異分析の例を収集したいと書いたが,具体的にはどのような調べ方をすればいいだろうか.
 例えば,思いついた限りでは,次のような方法がありそうだ.

 (1) 複数の英語史概説書や英語学辞典などから異分析についての解説箇所を探しだし,挙げられている例を丹念に拾い出す
 (2) 電子検索が可能な大型辞書で,語源欄を対象に "metanalysis" のキーワード検索をかける.異分析によって生じた単語の語源欄には,"metanalysis" というキーワードが含まれているという前提である.気合いさえあれば,紙の辞書でひたすら人力スキャンという手もあるが,あまりやりたくない.
 (3) ずばり異分析について書かれた学術論文を探す.いい論文が見つかれば,準網羅的に,かなり多数の例がリスト化されているだろう.効率が良すぎて,他にやることはないかも(ということはないと思うが).
 (4) hellog の読者に個々に知っている例を挙げてもらい,集約する."wisdom of crowds" 的な発想.

 さて,これらの手段で例が集まったと仮定しよう.次は何をすべきだろうか.集めるだけでは研究にならないので,次の一歩が必要である.多数の例を分析して,どんな種類の異分析が多いのか,どの時代に多いのか,日本語や他言語からの例も集めて比較できないかなど,問題は広がるはずである.興味を持った人は是非トライしてみて,hellogにフィードバックを!

Referrer (Inside): [2014-11-11-1]

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