hellog〜英語史ブログ

#2113. 文法借用の証明[methodology][borrowing][contact]

2015-02-08

 言語間の借用といえばまず最初に語彙項目が思い浮かぶが,文法項目の借用も知られていないわけではない.文法借用が比較的まれであることは,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#2011. Moravcsik による借用の制約」 ([2014-10-29-1]) の記事や,「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) にリンクを張った他のいくつかの記事でも取り上げてきた通りだが,古今東西の言語を見渡せば文法借用の言及もいろいろと見つかる.英語史に限っても,文法借用の可能性が示唆される事例ということでいえば,ケルト語,ラテン語,古ノルド語,フランス語などから様々な候補が挙げられてきた.
 しかし,文法項目の借用は語彙項目の借用よりも同定しにくい.その理由の1つは文法項目が抽象的だからだ.語彙項目のような具体的なものであれば一方の言語から他方の言語へ移ったということが確認しやすいが,言語構造に埋め込まれた抽象的な文法項目の場合には,直接移ったのかどうか確認しにくい.理由の2つ目は,語彙項目が数万という規模で存在するのに対して,文法範疇は通言語的にも種類が比較的少なく,無関係の2つの言語に同じ文法範疇が独立して発生するということもあり得るため,借用の可能性があったとしても慎重に論じざるを得ないことだ.
 Thomason (93--94) の説明を要約すると,文法借用あるいは構造的干渉 (structural interference) を証明するには,次の5点を示すことが必要である.

(1) evidence of interference elsewhere in the language's structure
(2) to identify a source language, or at least its relative language(s)
(3) to find shared structural features in the proposed source and receiving language
(4) to show that the shared features were not present in the receiving language before it came into close contact with the source language
(5) to show that the shared features were present in the source language before it came into close contact with the receiving language.


 この5つの条件を満たす証拠が得られれば,A言語からB言語へ文法項目が借用されたことを説得力をもって言い切ることができるということだが,とりわけ歴史的な過程としての文法借用を問題にしている場合には,そのような証拠を揃えられる見込みは限りなくゼロに近い.というのは,証拠を揃える以前に,過去の2言語の共時的な記述と両言語をとりまく社会言語学的な状況の記述が詳細になされていなければならないからだ.
 それでも,上記の5点のすべてを完全にとはいわずともある程度は満たす稀なケースはある.ただし,そのような場合にも,念のために,当該の文法項目が言語干渉の結果としてではなく,言語内的に独立して発生した可能性も考慮する必要がある.それら種々の要因を秤にかけた上で,文法借用を説明の一部とみなすのが,慎重にして穏当な立場だろう.文法借用は魅力的な話題だが,一方で慎重を要する問題である.

 ・ Thomason, Sarah Grey. Language Contact. Edinburgh: Edinburgh UP, 2001.

Referrer (Inside): [2021-06-02-1] [2017-12-13-1]

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