hellog〜英語史ブログ

#46. 借用はなぜ起こるか[borrowing][loan_word][brainstorm]

2009-06-13

 先日,ゼミで「なぜ他言語から語を借用するのか?」について皆でブレインストームしてみた.主に英語の日本語への借用を念頭においたブレストだったが,様々な理由が考えられ,実にいろいろな意見が出た.結果を整理して提示してみる.

why borrow words?

 一番さきに思いつく理由は,「新しいモノが舶来してきたときに,そのモノの名前も一緒に取り入れる」ということであろう.実際にブレインストーミングでも,最初にそれが出た(図の右上).モノだけでなく名前も一緒に取り込むことが必要だからという「必要説」は確かに重要な説だが,借用の理由のすべてではない.新しいモノが入ってきたときに,元の言語からその名前を借用するのではなく,自前で単語を作り出したり,既存の単語を流用するというやりかただってあるはずである.
 また,コメ,ご飯,白米,稲など,日本の主食をさす単語はすでに十分にあるところへ,追加的に英語の「ライス」が借用されている事態を見れば,「名前が必要だから」という説がすべてでないことはすぐに分かる.洋食屋では「ご飯」ではなく「ライス」と呼ぶのがふさわしいという理由で借用語が用いられるのである(図の右中).
 他にどんな理由があるだろうか.この図に付け加えてみて欲しい.

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#900. 借用の定義[borrowing][terminology][loan_word]

2011-10-14

 言語項目の借用 (borrowing) については,語の借用を中心に様々な話題を扱ってきた.英語史においても,語の借用史は広く関心をもたれるテーマであり,それ自体が大きな主題だ.借用語に関する話題は,時代ごとあるいはソース言語ごとに語を列挙して,形態的・意味的な特徴を具体的に指摘したりすることが多いが,借用という現象について理論的に扱っている研究はあまりない.そこで,借用の理論化を試みている Haugen の論文を紹介したい.
 Haugen (210--11) は,borrowing を "Sprachmischung" (= language mixture) あるいは "hybrid" と呼ばれる過程とは区別すべきだと説く.Sprachmischung はカクテルシェーカーで2言語の混合物を作るような過程を想像させるが,実際には2言語使用者であっても同時に2つの言語から自由に言語要素を引き出すということはしない.両者の間でめまぐるしく交替することはあっても,一時に話しているのはどちらか一方である.したがって,Sprachmischung は borrowing と同一視することはできないと同時に,それ自体が普通には観察されない言語現象である.また,"hybrid language" とは,あたかも "pure language" が存在するかのような前提を含意するが,"pure language" なるものは存在しない.
 このように,Sprachmischung や hybrid との区別を明確にした上で,Haugen (212) は borrowing を次のように記述し,定義づけた.

(1) We shall assume it as axiomatic that EVERY SPEAKER ATTEMPTS TO REPRODUCE PREVIOUSLY LEARNED LINGUISTIC PATTERNS in an effort to cope with new linguistic situations. (2) AMONG THE NEW PATTERNS WHICH HE MAY LEARN ARE THOSE OF A LANGUAGE DIFFERENT FROM HIS OWN, and these too he may attempt to reproduce. (3) If he reproduces the new linguistic patterns, NOT IN THE CONTEXT OF THE LANGUAGE IN WHICH HE LEARNED THEM, but in the context of another, he may be said to have 'borrowed' them from one language into another. The heart of our definition of borrowing is then THE ATTEMPTED REPRODUCTION IN ONE LANGUAGE OF PATTERNS PREVIOUSLY FOUND IN ANOTHER. . . The term reproduction does not imply that a mechanical imitation has taken place; on the contrary, the nature of the reproduction may differ very widely from the original . . . .


 借用の議論においてもう1つ重要な点は,借用は過程であり結果ではないということである.例えば,借用語は借用という歴史的過程の結果として共時的に観察される言語項目である.ある語が借用され,その借用語に基づいて新たな語形成が行なわれ,2次的に新語が作られた場合,この新語は共時的にはあたかも借用語のように見えるが,借用の過程を経たわけではないことに注意したい.借用が過程であるという点については,Haugen (213) も特に注意を喚起している.

Borrowing as here defined is strictly a process and not a state, yet most of the terms used in discussing it are ordinarily descriptive of its results rather than of the process itself. . . . We are here concerned with the fact that the classifications of borrowed patterns implied in such terms as 'loanword', 'hybrid', 'loan translation', or 'semantic loan' are not organically related to the borrowing process itself. They are merely tags which various writers have applied to the observed results of borrowing.


 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.

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#901. 借用の分類[borrowing][terminology][loan_word][loan_translation]

2011-10-15

 昨日の記事「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]) に引き続き,今回は借用の分類の話題を.Haugen の提案している借用の分類では,importation と substitution の区別がとりわけ重要である.分類を概観する前に,用語を導入しておこう.

 ・ model: 借用元の形式
 ・ loan: 借用により自言語に定着した形式
 ・ importation: model と十分に類似した形式を自言語へ取り込むこと
 ・ substitution: model に対応する自言語の形式を代用すること

 Haugen (214--15) は借用語を大きく3種類に分類している.

  (1) LOANWORDS show morphemic importation without substitution. Any morphemic importation can be further classified according to the degree of its phonemic substitution: none, partial, or complete.
  (2) LOANBLENDS show morphemic substitution as well as importation. All substitution involves a certain degree of analysis by the speaker of the model that he is imitating; only such 'hybrids' as involve a discoverable foreign model are included here.
  (3) LOANSHIFTS show morphemic substitution without importation. These include what are usually called 'loan translations' and 'semantic loans'; the term 'shift' is suggested because they appear in the borrowing language only as functional shifts of native morphemes.


 具体例で補足すると,(1) の(狭い意味での) loanword の典型例として,英語の America が日本語へそのまま借用された「アメリカ」がある.この際に生じたのは,形態的な importation であり,かつ音韻的にもほぼそのまま model が受け継がれている (imported) .一方,形態的に importation ではあるが,音韻的に完全に日本語化した (substituted) と考えられる「ラブ」 (love) がある.「ラヴ」として借用されたのであれば,音韻上,部分的に日本語化したと表現できるだろう.
 (2) の loanblend の例としては,複合語の借用の場合などで,形態的な importation と substitution が同時に見られる「赤ワイン」 (red wine) のような例が挙げられる.しばしば,hybrid として言及されるが,過程としての hybrid と結果としての hybrid は,本来区別すべきものである(昨日の記事[2011-10-14-1]の最終段落を参照).混合がその中で生じている形態の単位によって,blended stem, blended derivative, blended compound が区別される.
 (3) の loanshift には,loan_translation (翻訳借用; calque とも)呼ばれているもの,そして semantic loan (意味借用)と呼ばれているものが含まれる.前者では自言語の語彙目録に新たな morph が登録されることになるが,後者に至っては同形態がすでに存在するので,他言語からの影響を示すものは意味のみであるという点が特異である.ただし,既存の morph と意味の関連が希薄な場合には,語彙目録に異なる morph として立項されるかもしれない.意味の近似により既存の morph に従属する場合には loan synonym,意味の隔たりにより別の morph として立項される場合には loan homonym と呼ばれる.loan translation が複合語を超えてイディオムなどの連語という単位へ及ぶと,syntactic substitution と呼べることになるだろう (ex. make believe < F fair croire ) .
 借用の方法が importation か substitution か,借用の単位が morphology か phonology かによって (1), (2), (3) の区分と,さらなる下位区分が得られることになる.ここで注意したいのは,どの種の借用でも semantics のレベルでは必ず importation が生じていることである.「意味借用」などの術語に惑わされてはならないのは,いずれにせよ,意味は必ず借用されるということである.
 Haugen は,さらに細かい下位区分と多くの術語を導入しながら,借用を論題通りに "analysis" してゆく.借用という問題の奥深さが感じられる好論である.

 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.

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#902. 借用されやすい言語項目[borrowing][loan_word]

2011-10-16

 昨日の記事「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で述べたとおり,借用を論じるに当たって,Haugen の強調する importation と substitution の区別は肝要である.この区別は,借用されやすい言語項目について考える際にも,重要な視点を提供してくれる.
 直感的にも理解できると思われるが,他言語から最も借用されやすい言語項目といえば,語彙であり,特に名詞である.一方,文法項目の借用は不可能ではないとしても,最も例が少ないだろうということは,やはり直感されるところだ.言語項目の借用されやすさを尺度として表わすと,"scale of adoptability" なるものが得られる.William Dwight Whitney の1881年の scale によると,名詞が最も借用されやすく,次に他の品詞,接尾辞,屈折接辞,音と続き,文法項目が最も借用されにくいという (Haugen 224) (関連して,現代英語の新語ソースの76.7%が名詞である件については[2011-09-23-1]の記事を,英語語彙の品詞別割合については[2011-02-22-1], [2011-02-23-1]の記事を参照).文法項目の借用されにくさについては,Whitney は,言語項目が形式的あるいは構造的であればあるだけ,その分,外国語の侵入から自由であるという趣旨のことを述べている.
 もちろん,文法項目でも借用されている例はあり,上述の scale は規則ではなく傾向である.しかし,この scale は多くの言語からの多くの借用例によって支持されている.この問題について,Haugen (224) は importation vs. substitution の視点から,次のように述べている.

All linguistic features can be borrowed, but they are distributed along a SCALE OF ADOPTABILITY which somehow is correlated to the structural organization. This is most easily understood in the light of the distinction made earlier between importation and substitution. Importation is a process affecting the individual item needed at a given moment; its effects are partly neutralized by the opposing force of entrenched habits, which substitute themselves for whatever can be replaced in the imported item. Structural features are correspondences which are frequently repeated. Furthermore, they are established in early childhood, whereas the items of vocabulary are gradually added to in later years. This is a matter of the fundamental patterning of language: the more habitual and subconscious a feature of language is, the harder it will be to change.


 これを私的に解釈すると次のようになるだろうか.借用は,ある言語項目を必要に応じて(ただし,[2009-06-13-1]の記事「#46. 借用はなぜ起こるか」で挙げた理由ような広い意味での「必要」である)他言語から招き入れる過程であり,その方法にはソース言語の形態を導入する革新的な importation と,自言語の形態で済ませる保守的な substitution がある.言語体系にそれほど強く織り込まれていず,頻度もまちまちである一般名詞のような借用においてすら保守的な substitution に頼る可能性が常にあるのだから,言語体系に深く構造的に組み込まれており,高頻度で生起する文法的な項目は,借用を必要とする機会が稀であるばかりか,稀に借用される場合にも革新的な importation に頼る確率は低いだろう.このように考えると,借用における substitution は一見すると importation よりも目立たないが,(両者を足して借用100%とする場合)後者と異なりその比率が0%になることはなさそうだ,ということになろうか.従来の一般的な考え方に従って importation を借用の核とみなすのではなく,substitution を借用の核とみなすことにするならば,実際のところ,言語には見た目以上に借用が多いものなのかもしれない.

 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.

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#903. 借用の多い言語と少ない言語[borrowing][loan_word][icelandic]

2011-10-17

 昨日の記事「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]) で取り上げた "scale of adoptability" は,ある言語項目の借用されやすさは,それが言語体系に構造的に組み込まれている程度と反比例するという趣旨だった.ここで,次の疑問が生じてくる.言語体系の構造は言語によって異なるのだから,比較的借用の多い言語と少ない言語というものがあることになるのだろうか.
 例えば,英語や日本語はしばしば借用の多い言語と言われるが,それは借用が少ないとされる言語(アイスランド語,チェコ語など)との比較においてなされている言及にちがいない.中英語期から近代英語期にかけての語彙史は借用語の歴史と言い換えてもよいほどで,現代英語では勢いが減じているものの([2011-09-17-1]の記事「#873. 現代英語の新語における複合と派生のバランス」を参照),英語史全体を借用の歴史として描くことすら不可能ではないかもしれない.一方,[2010-07-01-1]の記事「#430. 言語変化を阻害する要因」で示したように,アイスランド語は「借用語使用を忌避する強い言語純粋主義」をもっているとされ,借用が著しく少ない言語の典型として取り上げられることが多い.このように見ると,諸言語間に "scale of receptivity" なる,借用の受けやすさの尺度を設けることは妥当のように思われる.Haugen (225) によれば,Otakar Vočadlo という研究者が,homogeneous, amalgamate, heterogeneous という3区分の scale of receptivity を設けており,この種の尺度の典型を示しているという.
 しかし,諸言語間の借用の多寡はあるにせよ,それが言語構造に依存するものかどうかは別問題である.Kiparsky は,言語構造依存の考え方を完全に否定しており,借用の多寡は話者の政治的・社会的な立場に依存するものだと明言している (Haugen 225) .この問題について,Haugen (225) はお得意の importation vs. substitution の区別を持ち出して,Kiparsky に近い立場から次のように結論している.

Most of the differences brought out by Vočadlo are not differences in actual borrowing, but in the relationship between importation and substitution, as here defined. Some languages import the whole morpheme, others substitute their own morphemes; but all borrow if there is any social reason for doing so, such as the existence of a group of bilinguals with linguistic prestige.


 この Haugen の見地では,例えば借用の多いと言われる英語と少ないと言われるアイスランド語の差は,実のところ,借用の多寡そのものの差ではなく,2つの借用の方法 (importation and substitution) の比率の差である可能性があるということになる.importation に対する substitution の特徴は,形態的・音韻的に借用らしく見えないことであるから,借用する際に substitution に依存する比率の高い言語は,その分,借用の少ない言語とみなされることになるだろう.両方法による借用を加え合わせたものをその言語の借用の量と考えるのであれば,一般に言われているほど諸言語間に著しい借用の多寡はないのかもしれない.借用の議論において比較的目立たない loan translation (翻訳借用) や semantic loan (意味借用)に代表される substitution の重要性を認識した次第である.

 ・ Haugen, Einar. "The Analysis of Linguistic Borrowing." Language 26 (1950): 210--31.
 ・ Vočadlo, Otakar. "Some Observations on Mixed Languages." Actes du IVe congrès internationale de linguistes. Copenhagen: 1937. 169--76.[sic]

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#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)[loan_word][borrowing][french][geography]

2011-11-17

 [2011-10-17-1]の記事「#903. 借用の多い言語と少ない言語」の続編.言語によって借用語を受け入れる度合いが異なっている点について,Otakar Vočadlo という研究者が homogeneous, amalgamate, heterogeneous という3区分の scale of receptivity を設けていることに触れたが,同じ3区分法を採用している研究者に Décsy がいる.以下,下宮 (62--63) による Décsy の論の紹介を参照しつつ,3区分とそれぞれに属する主なヨーロッパ語を挙げよう.

 (1) 借用に積極的な言語 "Mischsprachen" (混合語): English, French, Albanian, Romanian
 (2) 借用に消極的な言語 "introvertierte Sprachen" (内向的な言語): German, Icelandic, Czech, Modern Greek
 (3) 中間的な言語 "neutrale Sprachen" (中立的な言語): Polish, Danish, Swedish, Dutch

 上で Mischsprachen として分類されている言語の借用元諸言語を記すと,以下の通り.

 ・ English: Old English, French, Celtic, Latin
 ・ French: Latin, Frankish, Celtic
 ・ Albanian: Illyrian, Latin, Slavic, Turkish
 ・ Romanian: Latin, Slavic, French

 フランス語は近年英単語の借用を拒んでいるというイメージがあり,借用語の少ない言語かのように思われるかもしれないが,英語ほどとは言わずとも,かなりの Mischsprache である.基層のケルト語にラテン語が覆い被さったのみならず,フランク語からの借用語も少なくない.ゲルマン系とロマンス系が語彙的に同居しているという点では,英語とフランス語は一致している.
 [2011-10-17-1]の記事でも触れたように,借用語の多寡は,その言語の構造的な問題というよりは,その言語の共同体の政治的・社会的な態度の問題としてとらえるほうが妥当のように思われる.もっと言えば,[2011-11-10-1]の記事「#927. ゲルマン語の屈折の衰退と地政学」で取り上げたように,共同体の地政学的な立ち位置に多く依存する問題なのではないか.

 ・ Vočadlo, Otakar. "Some Observations on Mixed Languages." Actes du IVe congrès internationale de linguistes. Copenhagen: 1937. 169--76.
 ・ 下宮 忠雄 『歴史比較言語学入門』 開拓社,1999年.
 ・ Décsy, Gyula. Die linguistische Struktur Europas. Wiesbaden: Kommissionsverlag O. Harrassowitz, 1973.

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#1661. 借用と code-switching の狭間[code-switching][borrowing][plural]

2013-11-13

 言語接触に起因する現象はいくつか挙げることができるが,そのなかに借用 (borrowing) や code-switching がある.「#1627. code-switchingcode-mixing」 ([2013-10-10-1]) の記事でも示唆したが,論者によってはこの2つの現象は1つの連続体の両極であるとされる.確かに,そう考えられる理由はある.例えば,A言語とB言語の code-switching において,基盤となるA言語の発話のなかにB言語から取られた単語が1つだけ用いられる場合,これを "nonce-borrowing" と呼ぶこともできそうである.そして,このような nonce-borrowing がある程度慣習化したものが "established borrowing" であり,結果として定着した語が借用語 (loanword) であると言えそうだ.このように考えると,借用と code-switching は連続体の両端だという説も説得力がある.接触言語学の第一人者である Einar Haugen も,この趣旨で code-switching を次のように定義している."the alternate use of two languages including everything from the introduction of a single, unassimilated word up to a complete sentence or more into the context of another language" (quoted from Haugen (193: 521) by Myers-Scotton (256)).
 だが,その想定された連続体の真ん中辺り,借用と code-switching が互いに乗り入れるとされる付近においては,互いの特徴は自然と溶け合うのだろうか,あるいは連続体とはいえどもある程度の不連続な境界が認められるのだろうか.この問題については議論があるようだが,取っ掛かりとして Myers-Scotton (253--60) に当たってみた.
 基盤のA言語にB言語から取られた単語が1つだけ用いられる場合,通常,その語はA言語で置かれるはずの統語的位置に現れるが,形態的にはA言語に特有の屈折などは取らず,裸で用いられる.また,通常その語はB言語での発音として実現される.すなわち,問題の語は基盤言語への同化の度合いが低い分,借用よりも code-switching のほうに近いということになる.一方,スワヒリ語を基盤とする英語の code-switching の実例によると,英単語がスワヒリ語の屈折を示しつつも英語風に実現されるケースがあるというので,判断が難しい.
 問題となるのは,借用と code-switching の境界,あるいは同化の程度を決めるのに,音韻,形態,統語の基準のそれぞれにどの程度の重みづけを付与するのかである.Myers-Scotton (260) は必ずしも歯切れはよくないが,単体で差し挟まれる語は,どちらかというと借用よりは code-switching に近いとして,両者の区別あるいは不連続性を一応は認めている.

Let's be clear: we aren't arguing that all Embedded language single words in codeswitching data sets are bona fide instances of codeswtiching. Some singly occurring Embedded Language words could have become established borrowings. But, as we've shown above, there is good reason to treat most of these singly occurring words as codeswitched forms.


 この問題と関与しそうなのが,借用元言語の形態論を反映した借用である.元言語の形態論を反映しているという意味で code-switching 的だが,音韻的,統語的には慣習化されており,借用語的であるという例だ.何を指すかは具体例を挙げれば一目瞭然だろう.現代英語における alumnus -- alumni, alga -- algae, phenomenon -- phenomena のような外来語の単複数形などである.これらは一般に借用語とみなされているが,上の議論を踏まえると,code-switching 的な特徴を部分的に残した借用語とみなしたくなる.借用と code-switching の境目はグレーではあるが,グレーであるがゆえに,外来語複数の問題に新たな洞察を与えてくれるようにも思える.

 ・ Myers-Scotton, Carol. Multiple Voices: An Introduction to Bilingualism. Malden, MA: Blackwell, 2006.

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#1778. 借用語研究の to-do list[loan_word][borrowing][semantics][lexicology][typology][methodology]

2014-03-10

 ゼミの学生の卒業論文研究をみている過程で,Fischer による借用語研究のタイポロジーについての論文を読んだ.英語史を含めた諸言語における借用語彙の研究は,3つの観点からなされてきたという.(1) morpho-etymological (or morphological), (2) lexico-semantic (or semantic), (3) socio-historical (or sociolinguistic) である.
 (1) は,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で論じたように,model と loan とが形態的にいかなる関係にあるかという観点である.形態的な関係が目に見えるものが importation,見えないもの(すなわち意味のみの借用)が importation である.(2) は,借用の衝撃により,借用側言語の意味体系と語彙体系が再編されたか否かを論じる観点である.(3) は,語の借用がどのような社会言語学的な状況のもとに行われたか,両者の相関関係を明らかにしようとする観点である.この3分類は互いに交わるところもあるし,事実その交わり方の組み合わせこそが追究されなければならないのだが,おおむね明解な分け方だと思う.
 Fischer は,このなかで (3) の社会言語学的な観点は最も興味をそそるが,目に見える研究成果は期待できないだろうと悲観的である.この観点を重視した Thomason and Kaufman を参照し,高く評価しながらも,借用語研究には貢献しないだろうと述べている.

Of the three types of typologies discussed here, the third, although the most attractive because of its sociolinguistic orientation, is possibly the least useful for a study of lexical borrowing: lexis is an unreliable indicator of the precise nature of a contact situation, and the socio-historical evidence necessary to reconstruct the latter is often not available. Morphological and semantic typologies on the other hand, though seemingly more traditional, can yield a great deal of new information if an attempt is made to study a whole semantic domain and if such studies are truly comparative, comparing different text types, different source languages or different periods. (110)


 Fischer は (1) と (2) の観点こそが,借用語研究において希望のもてる方向であると指南する.一見すると,英語史に限定した場合,この2つの観点,とりわけ (1) の観点からは,相当に研究がなされているのではないかと思われるが,案外とそうでもない.例えば,意味借用 (semantic loan) に代表される substitution 型の借用語については,研究の蓄積がそれほどない.これには,importation に対して substitution は意味を扱うので見えにくいこと,頻度として比較的少ないことが理由として挙げられる.
 それにしても,語を借用するときに,ある場合には importation 型で,別の場合には substitution 型で取り込むのはなぜだろうか.背後にどのような選択原理が働いているのだろうか.借用側言語の話者(集団)の心理や,公的・私的な言語政策といった社会言語学的な要因については言及されることがあるが,上記 (1) や (2) の言語学的な観点からのアプローチはほとんどないといってよい.Fischer (100) の問題意識,"why certain types of borrowing seem to be more frequent than others, depending on period, source language, text type, speech community or language policy, to name only the most obvious factors." は的を射ている.私自身も,同様の問題意識を,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]) などで示唆してきた.
 英語史におけるラテン借用語を考えてみれば,古英語では importation と並んで substitution も多かった(むしろ後者のほうが多かったとも議論しうる)が,中英語以降は importation が主流である.Fischer (101) で触れられているように,Standard High German と Swiss High German におけるロマンス系借用語では,前者が substitution 寄り,後者は importation 寄りの傾向を示すし,アメリカ英語での substitution 型の fall に対してイギリス英語での importation 型の autumn という興味深い例もある.日本語への西洋語の借用も,明治期には漢語による substitution が主流だったが,後には importation が圧倒的となった.言語によって,時代によって,importation と substitution の比率が変動するが,ここには社会言語学的な要因とは別に何らかの言語学的な要因も働いている可能性があるのだろうか.
 Fischer (105) は,このような新しい設問を多数思いつくことができるとし,英語史における設問例として3つを挙げている.

 ・ How many of all Scandinavian borrowings have replaced native terms, how many have led to semantic differentiation?
 ・ How does French compare with Scandinavian in this respect?
 ・ How many borrowings from language x are importations, how many are substitutions, and what semantic domains do they belong to?


 HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) が出版された現在,意味の借用である substitution に関する研究も断然しやすくなってきた.英語借用語研究の未来はこれからも明るそうだ.

 ・ Fischer, Andreas. "Lexical Borrowing and the History of English: A Typology of Typologies." Language Contact in the History of English. 2nd rev. ed. Ed. Dieter Kastovsky and Arthur Mettingers. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2003. 97--115.
 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.

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#1988. 借用語研究の to-do list (2)[loan_word][borrowing][contact][pragmatics][methodology][bilingualism][code-switching][discourse_marker]

2014-10-06

 Treffers-Daller の借用に関する論文および Meeuwis and Östman の言語接触に関する論文を読み,「#1778. 借用語研究の to-do list」 ([2014-03-10-1]) に付け足すべき項目が多々あることを知った.以下に,いくつか整理してみる.

 (1) 借用には言語変化の過程の1つとして考察すべき諸側面があるが,従来の研究では主として言語内的な側面が注目されてきた.言語接触の話題であるにもかかわらず,言語外的な側面の考察,社会言語学的な視点が足りなかったのではないか.具体的には,借用の契機,拡散,評価の研究が遅れている.Treffers-Dalle (17--18) の以下の指摘がわかりやすい.

. . . researchers have mainly focused on what Weinreich, Herzog and Labov (1968) have called the embedding problem and the constraints problem. . . . Other questions have received less systematic attention. The actuation problem and the transition problem (how and when do borrowed features enter the borrowing language and how do they spread through the system and among different groups of borrowing language speakers) have only recently been studied. The evaluation problem (the subjective evaluation of borrowing by different speaker groups) has not been investigated in much detail, even though many researchers report that borrowing is evaluated negatively.


 (2) 借用研究のみならず言語接触のテーマ全体に関わるが,近年はインターネットをはじめとするメディアの発展により,借用の起こる物理的な場所の存在が前提とされなくなってきた.つまり,接触の質が変わってきたということであり,この変化は借用(語)の質と量にも影響を及ぼすだろう.

Due to modern advances in telecommunication and information technology and to more extensive traveling, members within such groupings, although not being physically adjacent, come into close contact with one another, and their language and communicative behaviors in general take on features from a joint pool . . . . (Meeuwis and Östman 38)


 (3) 量的な研究.「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]) で示した "scale of adoptability" (or "borrowability scale") の仮説について,2言語使用者の話し言葉コーパスを用いて検証することができるようになってきた.Ottawa-Hull のフランス語における英語借用や,フランス語とオランダ語の2言語コーパスにおける借用の傾向,スペイン語とケチュア語の2限後コーパスにおける分析などが現われ始めている.

 (4) 語用論における借用という新たなジャンルが切り開かれつつある.いまだ研究の数は少ないが,2言語使用者による談話標識 (discourse marker) や談話機能の借用の事例が報告されている.

 (5) 上記の (3) と (4) とも関係するが,2言語使用者の借用に際する心理言語学的なアプローチも比較的新しい分野である.「#1661. 借用と code-switching の狭間」 ([2013-11-13-1]) で覗いたように,code-switching との関連が問題となる.

 (6) イントネーションやリズムなど韻律的要素の借用全般.

 総じて最新の借用研究は,言語体系との関連において見るというよりは,話者個人あるいは社会との関連において見る方向へ推移してきているようだ.また,結果としての借用語 (loanword) に注目するというよりは,過程としての借用 (borrowing) に注目するという関心の変化もあるようだ.
 私個人としては,従来型の言語体系との関連においての借用の研究にしても,まだ足りないところはあると考えている.例えば,意味借用 (semantic loan) などは,多く開拓の余地が残されていると思っている.

 ・ Treffers-Daller, Jeanine. "Borrowing." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 17--35.
 ・ Meeuwis, Michael and Jan-Ola Östman. "Contact Linguistics." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 36--45.

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#2113. 文法借用の証明[methodology][borrowing][contact]

2015-02-08

 言語間の借用といえばまず最初に語彙項目が思い浮かぶが,文法項目の借用も知られていないわけではない.文法借用が比較的まれであることは,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#2011. Moravcsik による借用の制約」 ([2014-10-29-1]) の記事や,「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) にリンクを張った他のいくつかの記事でも取り上げてきた通りだが,古今東西の言語を見渡せば文法借用の言及もいろいろと見つかる.英語史に限っても,文法借用の可能性が示唆される事例ということでいえば,ケルト語,ラテン語,古ノルド語,フランス語などから様々な候補が挙げられてきた.
 しかし,文法項目の借用は語彙項目の借用よりも同定しにくい.その理由の1つは文法項目が抽象的だからだ.語彙項目のような具体的なものであれば一方の言語から他方の言語へ移ったということが確認しやすいが,言語構造に埋め込まれた抽象的な文法項目の場合には,直接移ったのかどうか確認しにくい.理由の2つ目は,語彙項目が数万という規模で存在するのに対して,文法範疇は通言語的にも種類が比較的少なく,無関係の2つの言語に同じ文法範疇が独立して発生するということもあり得るため,借用の可能性があったとしても慎重に論じざるを得ないことだ.
 Thomason (93--94) の説明を要約すると,文法借用あるいは構造的干渉 (structural interference) を証明するには,次の5点を示すことが必要である.

(1) evidence of interference elsewhere in the language's structure
(2) to identify a source language, or at least its relative language(s)
(3) to find shared structural features in the proposed source and receiving language
(4) to show that the shared features were not present in the receiving language before it came into close contact with the source language
(5) to show that the shared features were present in the source language before it came into close contact with the receiving language.


 この5つの条件を満たす証拠が得られれば,A言語からB言語へ文法項目が借用されたことを説得力をもって言い切ることができるということだが,とりわけ歴史的な過程としての文法借用を問題にしている場合には,そのような証拠を揃えられる見込みは限りなくゼロに近い.というのは,証拠を揃える以前に,過去の2言語の共時的な記述と両言語をとりまく社会言語学的な状況の記述が詳細になされていなければならないからだ.
 それでも,上記の5点のすべてを完全にとはいわずともある程度は満たす稀なケースはある.ただし,そのような場合にも,念のために,当該の文法項目が言語干渉の結果としてではなく,言語内的に独立して発生した可能性も考慮する必要がある.それら種々の要因を秤にかけた上で,文法借用を説明の一部とみなすのが,慎重にして穏当な立場だろう.文法借用は魅力的な話題だが,一方で慎重を要する問題である.

 ・ Thomason, Sarah Grey. Language Contact. Edinburgh: Edinburgh UP, 2001.

Referrer (Inside): [2021-06-02-1] [2017-12-13-1]

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