以下の国名リストから何が連想されるだろうか.
・Argentina
・Belgium
・Costa Rica
・Denmark
・Ethiopia
・Honduras
・Lebanon
・Myanmar
・Nepal
・Netherlands
・Nicaragua
・Norway
・Panama
・Somalia
・Sudan
・Suriname
・Sweden
・Switzerland
・United Arab Emirates
これは国内での英語の位置づけが EFL ( English as a Foreign Language ) から ESL ( English as a Second Language ) の地位へと変化しつつある国のリストである ( Graddol 11 ).こうした国では,専門職や高等教育といった領域を中心に,国内コミュニケーションのために英語が用いられる機会が増えているという.
北欧人の英語が上手なことはよく知られているが,私がデンマークを訪れたときに,ある印象的な出来事があった.Shakespeare の Hamlet の舞台となった Kronborg Castle の観光ツアーに参加したときのこと.10名以上いた参加者のうち,私が唯一の外国人であり,残りは皆デンマーク人だった.そこでツアー開始時にツアーガイドから自然に発せられた一言,「これからの観光案内は英語でいたします」.参加者の一人で中学生くらいとおぼしき若者がジェスチャーで「英語は苦手だよ」と冗談めかしていたが,その後ツアーはごく自然に英語で進行した.英語が国内でも広く受け入れられている証拠だろう.
英語が ESL の地位を得つつあるデンマークのような国が増えてきていることは,英語の未来を考える上で重要な意味をもつだろう.
・Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
昨日の記事[2010-06-13-1]に続き,カメルーンの英語の話題.昨日も触れたが,現在のカメルーンでは標準的なイギリス英語 Educated English ( EdE ) はエリートと結びついており,対照的に Cameroon Pidgin English ( PE ) は社会的地位が相対的に低くなっている.PE は国内で広く長く使われてきた歴史があり,本来は社会言語学的にも無色透明に近いはずだが,公用語として採用された EdE との対比により「色」がついてきた.
他言語社会カメルーンの人々は多くが multilingual だが,どの言語を母語とするか,どの順序で複数の言語を習得するかについては都市部と地方部でかなりの揺れがある.特に近年は,都市部で現地の言語や PE ではなく EdE を母語として(第二言語としてではなく)教える親が増えているという.日本でも,将来性を見込んで我が子に英語の早期教育を,という状況は普通に見られるようになってきているが,まさか日本語をさしおいて英語を母語として教えるというケースはないだろう.以下は,カメルーンの諸都市で EdE と PE を第一言語としている子供の比率の通時的変化を示した表である ( Jenkins 176-77 ).20年ほどの間に,EdE を母語とする子供の比率が伸び出してきたのが分かる.
City | EdE (%) | PE (%) | ||
1977-78 | 1998? | 1977-78 | 1998? | |
Bamenda | 1 | 3.5 | 22 | 24 |
Mamfe | 0 | 1 | 25 | 25 |
Kumba | 1 | 3 | 19 | 22 |
Buea | 7 | 13 | 26 | 28 |
Limbe | 4 | 9 | 31 | 30 |
昨日の記事[2010-06-14-1]で,カメルーンで英語を巡って起こっている language shift を取りあげた.カメルーンで ENL 話者が徐々に増加するという傾向が続けば,同国は ESL 的な地域からより ENL 的な地域へと位置づけが変わることになるのかもしれない.一方,EFL 地域から ESL 地域へと位置づけが変わりつつある国については[2009-06-23-1]で列挙した.
[2009-11-30-1]や[2009-10-17-1]で導入した ENL, ESL, EFL という英語話者の同心円モデルはあくまで静的であるが,カメルーンを含めたこうした国々の言語事情をみていると,実際にはもっと動的なモデルが必要であることがわかる.この問題意識から,Graddol (10) は三つの円を部分的に重ね合わせた動的な英語話者モデルを新たに提案した.
このモデルの要点は二つある.一つは,language shift の現実が反映されているということだ.EFL から L2 ( ESL ) への乗り換えのほうが,L2 ( ESL ) から L1 ( ENL ) への乗り換えよりも数が大きいことが移行線の太さで示唆されている.もう一つは,L2 speakers が今後の英語話者の中核を担う層になってゆくことを暗示している点だ.L2 speakers は EFL 話者から language shift による大量の移行を受け,内部でも India, Pakistan, Bangladesh, Nigeria, the Philippines など人口増加率の大きい国を擁しているために ([2010-05-07-1]),規模と影響力において英語話者全体のなかで中心的な役割を果たすことになる可能性がある.このことは,L2 speakers が三つの円のなかで中央に位置づけられていることにより表されている.
Graddol のモデルは,少なくとも21世紀前半の英語話者のトレンドを表すものとして有効だと思われる.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
昨日の記事「#1539. ethnie」 ([2013-07-14-1]) で「エスニー」という言語地理学の概念と用語を導入したが,これは言語交替 (language shift) の問題を取り扱う上でとりわけ重要である.個人やその集団を,一方では母語が何であるかに焦点を当てるエスニーという観点から,他方では民族という観点から分類し,その組み合わせやその変化を動的にとらえると,言語交替を有効に記述することが可能になる.
ブルトン (54) は,ウクライナ人,ロシア人,ウクライナ語,ロシア語の間に生じている言語交替を例にとって図式化を試みているが,ここでは応用編として中英語期にイングランド人,フランス(ノルマン)人,英語,フランス語の間で生じていた言語交替を図示しよう.
大文字 E, F はそれぞれの民族を表わす記号,小文字 e, f はそれぞれの言語を表わす記号である.この組み合わせの種類と変化により,言語交替の段階が記述される.左上の Ee は,英語のみを話していたイングランド人を表わす.中英語期の大多数の庶民が,ここに属する.しかし,上位のフランス語と接する機会の多い中流階級などに属するイングランド人は,フランス語を第2言語として習得し,Eef のバイリンガルとなっていった.理論的には,さらに段階が進めば,英語とフランス語の習得の順序が逆転し,フランス語が第1言語として,英語が第2言語として習得されるという状況,すなわちイングランド人による英語文化の放棄という方向へ進んでいたかもしれないが,実際にはそこまでには至らなかった.
では,ノルマン征服後,イングランドへやってきたフランス(ノルマン)人の言語交替はどのように進んだか.まずは,彼らは第1言語としてのフランス語しか操らない右下の Ff として分類される.だが,12世紀以降,徐々に英語がイングランド社会で復権してゆくにつれ,彼らのなかには英語を第2言語として習得するものも現われるようになった(Ffe の段階).さらに英語化が進んでゆくと,英語を第1言語,フランス語を第2言語として習得するものが現われ(Fef の段階),最後に英語のモノリンガルになっていった(Fe の段階).これが,中英語期に実際に起こったフランス人の英語文化受容の流れである.中世イングランドでは,以上のように,英語とフランス語のあいだでイングランド人とフランス人による言語交替が進行していたのである.
言語交替の方向と拡散力は,1言語使用者と2言語使用者の数の比で決まる.ブルトン (70) によれば,拡散指数とは,第2言語としての話者数を第1言語としての話者数で割った値である.中世イングランドで考えると,征服後しばらくの間はフランス語を第2言語として習得するイングランド人(分子)が増加したために,全体としてフランス語の拡散指数も大きくなった.つまり,それなりにフランス語の拡散力があったということである.しかし,後に英語の復権が進むにつれ,英語を第2言語として習得するフランス人(分子)の数が上回るようになり,むしろ英語の拡散指数のほうが大きくなった.
上の図式には通時的な次元が直接には表わされていないが,先に英語からフランス語への言語交替という弱い潮流があり(上段の左から右への2本の矢印),次にフランス語から英語への言語交替という強い潮流(下段の右から左への3本の矢印)が生じたということを念頭に解釈すると,わかりやすいだろう.あわせて,以下の図も参照.
・ ロラン・ブルトン 著,田辺 裕・中俣 均 訳 『言語の地理学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1988年.
他言語から語を借用する場合,形態をおよそそのまま借り入れる importation と,自言語へ翻訳して借り入れる substitution が区別される.一般に前者は借用語 (loanword) と呼ばれ,後者は翻訳借用(語) (loan_translation) と呼ばれる.細かい分類や用語は Haugen に依拠して書いた記事「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) に譲るが,この2種類の借用方法が記号論的に大いに相違していることは明らかである.
2つの借用方法を区別した上で問題となるのは,個別言語の語彙借用の個々の事例において,いずれの方法で借用するかを決定しているのはいかなる要因かということだ.言語によって,あるいは時代によって,いずれかが好まれるというのは英語史,日本語史,他の言語の歴史でも確認されており,個々の傾向があることは否定できない.だが,同言語の同時代の個々の借用の事例をみると,あるものについては importation だが,別のものについては substitution であるといったケースがある.これらについては個別に言語内的・外的な要因を探り,それぞれの要因の効き具合を確かめる必要があるのだろうが,実際上は確認しがたく,表面的には借用方法の選択はランダムであるかのようにみえる.また,importation と substitution を語のなかで半々に採用した「赤ワイン」のような loanblend の事例も見られ,借用方法の決定を巡る議論はさらに複雑になる.この辺りの問題については,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]),「#1778. 借用語研究の to-do list」 ([2014-03-10-1]),「#1895. 古英語のラテン借用語の綴字と借用の類型論」 ([2014-07-05-1]),「#2064. 言語と文化の借用尺度 (1)」 ([2014-12-21-1]) でも部分的に触れてきた通りだ.
importation ではなく substitution を選択する言語外的な要因として真っ先に思い浮かぶのは,受け入れ言語の話者(集団)が抱いているかもしれない母語への忠誠心や言語的純粋主義だろう (cf. 「#2068. 言語への忠誠」 ([2014-12-25-1])) .自言語への愛着が強ければ強いほど,他言語からの自言語への目に見える影響は排除したいと思うのが普通だろう.それを押してでも語彙を借用するということになれば,そのまま借用ではなく翻訳借用がより好まれるのも自然である.一方,そのような忠誠心が希薄であれば,そのまま借用への抵抗感も薄いだろう.
他に考えられるパラメータとしては,借用の背景にある言語接触が安定した2言語使用状況なのか,あるいは話者の言語交替を伴うものなのかという区別がある.前者では substitution が多く,後者では importation が多いという仮説だ.Weinreich (109) は ". . . language shifts are characterized by word transfers, while loan translations are the typical mark of stable bilingualism without a shift" という可能性に言及している.
この点で,「#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点」 ([2013-10-21-1]) で示した観点を振り返ると興味深い.古英語のラテン語借用では substitution も多かったが,中英語のフランス語借用と初期近代英語のラテン語借用では importation が多かった.そして,後者の2つの語彙借用の波は,ある種の「安定的な2言語使用状況」が崩れ,ある種の「言語交替」が起こり始めたちょうどそのタイミングで観察されるのである.上の仮説では「安定的な2言語使用状況」と「言語交替」は対置されているものの,実際には連続体であり,明確な境を設けることは難しいという問題はある.しかし,この仮説のもつ含蓄は大きい.借用方法という記号論的・言語学的な問題と,言語への忠誠や言語交替のような社会言語学的な問題とをリンクさせる可能性があるからだ.今後もこの問題には関心を寄せていきたい.
・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.