hellog〜英語史ブログ

#211. spelling pronunciation[spelling_pronunciation][ame_bre]

2009-11-24

 spelling pronunciation綴り字発音」については本ブログでも何度か触れてきた.
 綴り字発音は「綴字に合わせて,歴史的,伝統的,標準的な様式とは異なる様式でなされる発音」として定義される.現代英語で often の発音に起きている変化が代表的な例である.この語は従来 [ˈɔ:fn] と発音されてきたが,近年では [ˈɔ:ftən] と <t> を発音する方向へ変化しつつある.「書かれているのだから読もう」という素直な発想に基づく発音変化である.
 他には,accomplish がある.これは従来 [əˈkʌmplɪʃ] と発音されてきたが,近年の米語では [əˈkɑ:mplɪʃ] と発音されるようになってきている.<om, on> という綴字における母音は,somecompany にみられるように,歴史的には [ʌ] と発音されてきたが,stopTom などの [ɑ:] の発音からの類推で,このように変化してきている.
 上記のように,綴り字発音には二つの種類が区別される.種類ごとにいくつかの例を挙げよう.

(1) 黙字 ( mute letter ) が発音されるようになるタイプ.often の新発音の例.

単語従来の発音綴り字発音
clothes[ˈkləʊz][ˈkləʊðz]
forehead[ˈfɒrɪd][ˈfɔ:hɛd]
often[ˈɔ:fn][ˈɔ:ftən]
suggest[səˈdʒɛst][səgˈdʒɛst]
towards[ˈtɔ:dz][təˈwɔ:dz]


(2) 類似した綴字をもつ他の語からの類推 ( analogy ) によって発音が変化するタイプ.accomplish の新発音の例.

単語従来の発音綴り字発音
assume[əˈʃu:m][əˈsju:m]
ate[ˈɛt][ˈeɪt]
clerk[ˈklɑ:k][ˈclə:rk]
constable[ˈkʌnstəbl][ˈkɑ:nstəbl]
nephew[ˈnevju:][ˈnefju:]


 上に挙げた表は,従来の発音から綴り字発音へと発音が変化しつつあるという通時的な過程を示唆しているが,一方で地域変種間の差異を示唆しているという側面もある.従来の発音がイギリス発音で,綴り字発音がアメリカ発音であることが多い.Mencken は,綴字と発音の差を縮める方向に作用する綴り字発音の合理性を指摘し,イギリス英語に勝るアメリカ英語の特質として力説している ( 483--88 ).イギリス英語とアメリカ英語のこの対比は,特に地名によく現れている.両国に同じ綴字の地名がある場合,イギリス英語では歴史と伝統によってはぐくまれた不規則な発音が,アメリカ語ではストレートな綴り字発音が行われることが多い.

単語イギリス発音アメリカ発音
Derby[ˈdɑ:bi][ˈdə:rbi]
Eltham[ˈɛltəm][ˈɛlθəm]
Greenwich[ˈgrɪnɪdʒ][ˈgri:nwɪtʃ]
Thames[ˈtɛmz][ˈθeɪmz]


 とはいえ,近年ではイギリス英語もアメリカ英語の影響を受けることが多くなってきており,全体として綴り字発音の傾向は続くことが予想される.

 ・Mencken, H. L. The American Language. Abridged ed. New York: Knopf, 1963.

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#192. etymological respelling (2)[spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][doublet][emode][spelling_pronunciation][silent_letter]

2009-11-05

 [2009-08-21-1]で取りあげた etymological respelling の続編.英国におけるルネッサンス時代はおよそ初期中英語期に相当する.ルネッサンスは古典復興運動であり,その媒体となったのが古典語,とりわけラテン語とギリシャ語だった.したがって,この時期に両古典語からの借用が多かったのはごく自然のことだった([2009-08-19-1]).しかし,ラテン語重視の時代の風潮は,なにも語の借用にとどまっていたわけではない.例えば,英文法書はラテン語文法をお手本に書かれた.そして,もう一つのラテン語重視の現れは,綴字に見られた.
 [2009-08-25-1], [2009-05-30-1]で見たように,近代英語期以前にもラテン語からの借用語はたくさんあった.そのなかでも特に中英語期にフランス語を経由して英語に入ってきたラテン語は,形態が崩れていることが多かった.伝言ゲームではないが,英語に入ってくる過程でフランス語などを経ると,どうしても原形が崩れてしまうのである.
 ルネッサンス期の学者たちはこれを嘆かわしいと思った.かれらは,権威のある古典ラテン語の「原形」を知っているので,英語で根付いていた「崩れた形」に我慢がならなかったのである.そこで,「原形」(=語源)を参照して,すでに英語に定着していた綴りを一方的に直した.この学者たちの営みを etymological respelling と呼ぶ.
 [2009-08-21-1]では debt 「債務」という語を例に etymological respelling のプロセスを解説したので,今回はいろいろと他の例を挙げることにする.以下の現代英単語はすべて etymological respelling の産物だが,各語についてどの文字が学者によって挿入・置換されたかわかるだろうか.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual


 学者たちは,ラテン借用語の綴字こそ改革したが,庶民の発音までをも改革し得たわけではない.多くの場合,庶民は相変わらず中世以来の「崩れた形」の発音を使い続けたのである.学者がいくら騒ごうが民衆にとって関心がないのは,いつの時代でも同じである.だが,せっかく綴字を改革したのだからそれにあわせて発音も変えようという殊勝な態度も一部にはあったようで,いくつかの単語では,挿入された文字に対応する発音もおこなわれるようになった.綴字にあわせて発音しようというこの考え方は,spelling pronunciation と呼ばれる.
 現代英語において綴字と発音の乖離は大きな問題であり,etymological spelling はこの問題に一役買っている([2009-06-28-2]).また,それを是正しようとする spelling pronunciation の作用も中途半端であり,かえって混乱を招いているともいえる.この問題の根が深いのは,上述のとおり深い歴史があるからである.「ルネッサンス期の学者の知識のひけらかし」といえば確かにそうだろう.しかし,当時の学者に罪を着せるという考え方よりは,当時の時代精神の産物と捉える方が,英語史をポジティブに味わえるように思われる.ときにはラテン語由来の英単語のかもすハイレベルな文体を味わうもよし,ときには island の <s> の不合理を嘆くもよし.人間と同じで,言語も一癖も二癖もあるからこそおもしろいのではないか.
 上記の語群でどの文字が挿入・置換されたか,その答えは以下をクリック.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual

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#1944. 語源的綴字の類型[etymological_respelling][spelling_pronunciation][spelling_pronunciation_gap][typology]

2014-08-23

 初期近代英語期を中心としたラテン語に基づく語源的綴字 (etymological_respelling) の例は,「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1]) に挙げたものにとどまらず,少なからずある.それらの語源的綴字の分類法はいくつか考えられるが,新綴字が導入された後,特に発音との関係がどうなったかという観点からは,3つの種類に分類することができる.以下,渡部 (241--43) に拠って示す.

 (1) 新綴字に合わせて発音も変わったもの(いわゆる綴字発音 (spelling_pronunciation) ;昨日の記事「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1]) でいう Holofernes 的なもの)

MEMod. ELatin
savaciounsalvationsalvātiō
fautefault*fallitus
saumepsalmpsalmus
fauconfalconfalcōn
caudrouncauldroncaldārium
auteralteraltāria
distraitdistracteddistractus
parfitperfectperfectus
descryvedescribedescrībere
suget, sugietsubjectsubjectus
egalequalaequālis


 (2) 新綴字に合わせて発音が変わらなかったもの(結果として綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) が生じたもの)

MEModELatin
det, dettedebtdebitum
dote, dutedoubtdubitāre
sutil, satilsubtlesubtilis
receiptreceiptrecepta


 (3) 新綴字に合わせて発音が変わらなかったために,旧綴字へ回帰したもの

 PDE deceit は ME でも <deceite> と綴られたが,ラテン語 deceptus に倣って <deceipt> と綴りなおされた.ここまでは,(2) の receipt と同じである.しかし,<deceipt> の <p> は発音されなかったために,やがて綴字から <p> が落ち,古い <deceit> へ回帰した.deceitreceipt もほぼ同じ状況だったにもかかわらず,一方は旧綴字に回帰し,他方は新綴字にとどまったのがなぜかを説明することはできない.同様に,PDE count は ME で <counte> と綴られていたが,ラテン語 computare を参照していったんは語源的綴字 <compt> へ改まった.これは広く行なわれていたが,後に再び <count> へ回帰した.
 現代英語の綴字体系という観点からみると,(1) と (3) は結果として綴字と発音が緊密な関係にあり,問題を生じさせない.そのような素直な例に混じって,予測不可能な分布で (2) の例が存在しているために,英語の綴字体系は全体として不規則にみえるのである.現代英語の綴字は,予想不可能な歴史の産物である.

 ・ 渡部 昇一 『英語の歴史』 大修館,1983年.

Referrer (Inside): [2018-03-01-1]

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#2097. 表語文字,同音異綴,綴字発音[homography][spelling_pronunciation][grammatology][spelling][homophony][standardisation]

2015-01-23

 近代英語期以後,英語の綴字体系が表音的というよりは,表語的(正確には表形態素的)になってきたことについて,以下の記事で取り上げてきた.
 
 ・ 「#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差」 ([2012-12-19-1])
 ・ 「#1386. 近代英語以降に確立してきた標準綴字体系の特徴」 ([2013-02-11-1])
 ・ 「#2043. 英語綴字の表「形態素」性」 ([2014-11-30-1])
 ・ 「#2058. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (1)」 ([2014-12-15-1])
 ・ 「#2059. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (2)」 ([2014-12-16-1])

 考えてみれば,同音異綴 (homophony) や綴字発音 (spelling_pronunciation) という現象は,すぐれて表語文字的な現象である.いずれも表音主義が貫かれていれば,生じる可能性が少ないだろう.ということは,いずれも現代英語の綴字と発音に関する顕著な特徴となっているが,その起源はせいぜい表語主義が発達し始めた初期近代英語期に遡るにすぎないということになる.もちろん,それ以前にも英語の綴字には表語的な用法はなかったわけではないし,原則として表音的だったとはいっても同じ発音の語が写字生次第で様々な綴字として書き表されていたのだから,中英語期にも同音異義や綴字発音という現象そのものは皆無ではなかったろう.ここで主張したいのは,これらの現象が本格的に英語の綴字上の問題として浮かび上がってきたのは近代英語期以降であるということだ.
 もう少し詳しく説明しよう.仮に表音主義が徹底されているとするならば(中英語でも実際には徹底はされていなかったが),同音異義語どうしは異なる語ではあっても書記上同綴字で表されざるを得ない.一方,表音主義にこだわらなければ(したがって表語主義に一歩でも近づくならば),この制限が外されるので,son / sun, plain / plane のような芸当が可能になる.これらの綴字が標準化によって社会的にお墨付きを与えられ固定化すると,書記上同音異義語の区別がつけられるという利便性が感じられることもあり,同音異綴の機能的価値は高まるだろう.
 oftent が読まれるようになってきた例に代表される綴字発音も,その前提に表音主義の衰退(したがって表語主義の発展)が関わっている.発音と綴字が緊密に対応し合っている体系においては,トートロジーだが,発音と綴字がぴたっと一致している.したがって,原則として発音を知っていれば綴字も書けるし,綴字を読めれば発音を再現できる.このような場合には,すべて最初から綴字発音の原則が成り立っているわけであり,取り立てて綴字発音の現象を語るまでもない.取り立てて綴字発音の現象を語る必要が出てくるのは,発音と綴字が大きく乖離し,そのギャップを埋めたいという欲求が感じられるようになってからである.表音主義が崩れているからこそ,表音主義に戻りたいという欲求が働いて綴字発音という現象が生じるのであり,表音主義が健在であればそれは生じるべくもないのだ.この点は,安井・久保田 (75) が鋭く指摘しているとおりである.

つづり字発音なるものは,つづり字と発音が離れていなかった時代においては問題となりえないものであるから,英語のつづり字が表音的でなくなってからのことである.しかも,その非表音的つづり字の語をつづり字どおりに発音しようとする試みが行われうるのは,つづり字法が確立して,特定単語が,それぞれきまった一つのつづり字をもち,また相当に多くの人々が印刷物に親しむようになってからのことであるから,年代的には,そう古いことではない.


 ・ 安井 稔・久保田 正人 『知っておきたい英語の歴史』 開拓社,2014年.

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