hellog〜英語史ブログ

#1928. Smith による言語レベルの階層モデルと動的モデル[language_change][linguistics][systemic_regulation]

2014-08-07

 言語変化のモデルの例として,過去の記事で「#1466. Smith による言語変化の3段階と3機構」 ([2013-05-02-1]) や「#1600. Samuels の言語変化モデル」 ([2013-09-13-1]) などを紹介してきた.Smith は,言語変化のモデルに先立って,言語そのもののモデル,あるいは言語を構成する各レベルの関係図をも提示しており,それに基づいて言語変化を論じている.
 まず,Smith (4) の "The levels of language (hierarchical model)" を再現する.

The Levels of Language (Hierarchical Model)

 これは,言語の最も深いレベルに Semantics (意味)があり,次にそれが Grammar (文法)と Lexicology (語彙)によって表現され,次いでそれらが Transmission (伝達)の過程を経て,最後に Speech (話し言葉)あるいは Writing (書き言葉)という媒体により顕現するという階層モデルである.ここで,Transmission として話し言葉と書き言葉が同列に置かれていることは注目に値する.言語は音声であるとする20世紀言語学の常識から脱し,書き言葉を言語学の現場に引き戻そうとする意志が強く感じられる.この言語観については「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1]),「#748. 話し言葉書き言葉」 ([2011-05-15-1]) も参照されたい.
 上の階層モデルは静的である.言語変化という動的な過程を扱おうと思えば,このままの静的なモデルでは利用し続けることができない.Smith (5) が言語変化について述べているとおり,"any given linguistic event is the result of complex interaction between levels of language, and between language itself and the sociohistorical setting in which it is situated" である.そこで,Smith (5) は以下の動的なモデル "The levels of language (dynamic model)" を提示した.

The Levels of Language (Dynamic Model)

 これは,階層の上下の区別を設けずに,相互作用を重視した動的なモデルである.Grammar, Lexicon, Transmission の3者ががっちりとスクラムを組んだ言語体系 (cf. "système où tout se tient") において,ある一点で生じた変化は,体系内の別の部分にも影響を与えざるを得ない.なお,この図に Semantics が含まれていないのは,意味はいずれのレベルとも直接に関わるものであり,この図の背面(あるいは前面?)で常に作用しているという前提があるからのようだ (Smith 5) .
 Smith は言語変化における言語外的な要素 ("the sociohistorical setting") の役割も重視しているが,これを組み込んだ第3のモデルは図示していない.しかし,彼の師匠の Samuels が提示した「#1600. Samuels の言語変化モデル」 ([2013-09-13-1]) を念頭においていることは確かのようだ.

 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

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#377. 英語史で話題となりうる分野[hel][diachrony][linguistics][2022_summer_schooling_english_linguistics]

2010-05-09

 言語学や英語学は専門化が進み,分野も細分化されている.英語史や歴史英語学という分野は時間軸を中心にして英語を観察するという点で通時的 ( diachronic ) であり,現代英語なら現代英語で時間を止めてその断面を観察する共時的 ( synchronic ) な研究とは区別される.しかし,通時的に言語変化を見る場合にも,言語のどの側面 ( component ) に注目するかというポイントを限らなければないことが多く,共時的な言語研究で慣習的に区分されてきた言語の側面・分野に従うことになる.一口に言語あるいは英語を観察するといっても,丸ごと観察することはできず,その構成要素に分解した上で観察するのが常道である.
 理論言語学で基本構成部門 ( the core components ) として区別されている主なものは,以下の5分野だろうか.

 ・ 音声学 ( phonetics )
 ・ 音韻論 ( phonology )
 ・ 形態論 ( morphology )
 ・ 統語論 ( syntax )
 ・ 意味論 ( semantics )

 言語能力を構成する部門としては確かにこの辺りが基本だが,英語史研究を考える場合,特に近年の言語学・英語学の視点の広がりを反映させる場合,扱われる話題はこの5分野内には収まらない.例えば以下の構成要素を追加する必要があるだろう.

 ・ 語彙論 ( lexicology )
 ・ 語用論 ( pragmatics )
 ・ 筆跡・アルファベット・綴字 ( handwriting, alphabet, and spelling )
 ・ 書記素論 ( graphemics )
 ・ 方言学 ( dialectology )
 ・ 韻律論 ( metrics )
 ・ 文体論 ( stylistics )

 さらに英語史の周辺分野を含めるとなると,控えめにいっても[2009-12-08-1]の関係図にあるような諸分野がかかわってくる.分野の呼称だけであれば,○○学や○○論などと挙げ始めるときりがないだろう.今回,分野の呼称をいくつか列挙してみたのは,いずれの分野においても通時的な変化は観察されるのであり,したがって英語史や歴史英語学においては話題が尽きることはないということを示したかったためである.2年目に突入した本ブログでは,引き続き英語史に関する話題を広く提供してゆきたい.

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#1110. Guiraud による言語学の構成部門[linguistics]

2012-05-11

 「#377. 英語史で話題となりうる分野」 ([2010-05-09-1]) および「#378. 語用論は言語理論の基本構成部門か否か」 ([2010-05-10-1]) の記事で,言語学の基本構成部門を紹介した.伝統的な分類として現代のほとんどの言語学で採用されている言語(学)のモデルだが,必ずしもバランスがよいとはいえない.音声学・音韻論 (phonetics, phonology) ,形態論 (morphology) ,統語論 (syntax) は主として言語の形態を,意味論 (semantics) , 語用論 (pragmatics) は主として言語の意味を扱うのだが,形態と意味の関係が明示されていない.言語学において発達してきた時代順に部門を並べただけ,という印象である.
 ギロー (124--29) は,ソシュールの眺望にしたがって,言語学の構成部門を体系的に整理した.伝統的な見方とは異なる点が少なくないが,構造言語学の筋の通ったモデルである.以下は,ギロー (130) の「言語:意味作用の実体と形態」 の図をもとに作成したものである.

Guiraud's Range of Linguistics

 まず,ギローは言語を構成する大項目として,音韻論,語彙論,統辞論の3つを区別した.そして,それぞれに形態的側面と機能的側面があるとし,後者には認識的なものと文体的なものとがあるとした.形態的側面では,伝統的な「音韻論」と「統語論」の領域はそのままギローの「音韻論」と「統辞論」に包含されると考えてよいが,伝統的な「形態論」に含まれていた屈折 (inflection) は,語幹と語尾の組み合わせ(統辞)として再解釈されており,「統辞論」の1部へ取り込まれている.また,派生や合成は,語彙論と統辞論にまたがる性質をもつとされる.
 ギローのモデルの面目躍如たるは,3項目に対応する機能的側面の記述である.音韻論で扱われる音素という単位は,意味こそ担っていないが,区別する機能を担っている.また,情報的というのは,情報理論的と読み替えてよく,音素が最小努力の法則 (the Principle of Least Effort) に従って配分されており,経済的な情報伝達を確保しているという点に注目した記述である(ギローは情報理論の言語学への応用に関心が深い).語彙論における機能とは語の意味を表わす機能のことであり,「意味論」とは原則としてこの領域のみを扱うものでなければならない.統辞論における機能とは記号と記号の関係を確定する機能であり,広義には「意味」と読み替えられるかもしれないが,上記の意味論的な意味とは区別して理解しておく必要がある.以上の機能は認識的な側面について述べたものだが,機能には別に文体的な側面という付加的な価値も認められており,音韻論,語彙論,統辞論の3項目それぞれに対応する文体的機能が割り当てられている(ギローは文体論者でもある).

 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,1990年.

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#1726. 「形態」の紛らわしさと Ullmann による言語学の構成部門[terminology][linguistics][morphology]

2014-01-17

 言語学に形態論 (morphology) と呼ばれる分野があるが,常々この名前は紛らわしくて不適切であると思っている.というのは,言語学研究において形態という術語は異なる2つの意味で用いられるからだ.
 1つは,上記の形態論やそれが扱う形態素 (morpheme) の略語としての「形態」である.現代の言語学では,通常,取り扱う言語単位の大きさによって音韻論 (phonology),形態論 (morphology),統語論 (syntax) が区別されるが,その2つ目の単位として「形態」が現れる.
 もう1つは,意味あるいは機能に対置されるものとしての「形態」である.これは形式と言い換えてもよい.この意味においては,音素,形態素,語,句,節,文,文章などの単位はいずれも「形態」をもつことになる.
 この「形態」の混乱は,Ullmann の提案した言語学研究の全体像を表わす図においては,解消されている.以下,ペロ (124) に掲載されている図を再現する.

Ullmann's Linguistic Components

 ここでは,形態論というラベルは意味論に対置するものとして与えられている.一方,音韻論と統辞論のあいだに来るものには語彙論というラベルが貼られている.形態論という用語の使い方が一本化されているために,すっきりとした構成にみえる.この言語学の構成と用語使いは,「#1110. Guiraud による言語学の構成部門」 ([2012-05-11-1]) にも通じる.
 なお,Ullmann の図では3次元目として通時態と共時態が区別されており,通時態が共時態と等しい割合で居場所を与えられている.伝統的な言語学の構成部門よりも,包括的で正当だと評価することができる.

 ・ ジャン・ペロ 著,高塚 洋太郎・内海 利朗・滝沢 隆幸・矢島 猷三 訳 『言語学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1972年.

Referrer (Inside): [2017-02-09-1]

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